スリザリンの面汚し   作:減らず口

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クィディッチ今昔

 ハロウィンの晩にトロールから痛恨の一撃を喰らったフィニアスが医務室で意識を取り戻したのがそれから二日後の夕方。まだ怪我が完治していなかったものの、無理を言ってマダム・ポンフリーから退院の許可を貰ったのがさらに二日後。結局、最後まで残った頭の包帯がきれいに取れた頃には、十一月も半ばに差し掛かっていた。

 

 石造りのホグワーツ城の冷え込みはかなりのもので、治りかけの傷が疼くこともしばしばだった。しかし、これはかえってフィニアスにとっては幸いだった。なぜなら、満を持して始まったクィディッチの観戦の誘いを断る言い訳になったからである。

 

 フィニアスにとって、クィディッチは最高の喜びと悪夢のような恐怖と両方に結び付いている。

 

 まだごく普通のホグワーツ生だった頃、フィニアスが学生生活のあらゆる面で最高の成績をおさめようとしたのは全てペティボーン家の名誉のためであった。ペティボーンの家名は本人の望む望まざるにかかわらず模範生であることを求めた。さながら義務の奴隷であった(とは言え、忠実な奴隷は自身の境遇に疑問を抱かないものだ)フィニアスが本気で夢中になったのは、二年生からシーカーとなったクィディッチだけだった。

 

 風をきって自由自在にピッチを飛び回るのは無上の喜びであったし、スニッチを巡る相手シーカーとの駆け引きも大好きだった。その時ばかりは、ペティボーン家の長男としての重荷から解放される気がしたのだった。

 

 しかし、フィニアスの心を最も深く抉る思い出の一つ刻み付けられていたのもまたクィディッチ・ピッチだった。

 

 それは、五年生のクィディッチ・シーズンの初試合、対グリフィンドール戦の事だった。その時のことはつぶさに記憶していた――

 

 スリザリン生の声援を背にピッチに立ち、宿敵ジェームズ・ポッターを新たなメンバーに迎えたグリフィンドールチームを思いっきり睨み付けた。手には母の兄であるウィラード伯父にプレゼントされたばかりの最新式のコメットを握りしめていた。

 

 はじめはスリザリンが優勢だった。しかし、グリフィンドールの新チェイサー・ポッターがスリザリンチームを出し抜き、次々とゴールを決めていく。あっという間に逆転。爆発的なグリフィンドール生の歓声に包まれながらフィニアスは焦る。ようやくスニッチを見つけ、一気にトップスピードまで加速する。敵のシーカーはついてこれない。新しいコメットの乗り心地は最高だ。もう少しでスニッチに手が届く――

 

 その時だった。スニッチに追いつこうと加速することしか考えていなかったフィニアスの意思と裏腹に、箒が急ブレーキをかけたように突然停止したのである。パニックに陥るフィニアスにさらに追い討ちをかけるように、箒は浮力まで失い始めた。必死で体勢を立て直そうとするが、高度はみるみる下がっていく。悲鳴とブーイングの混じった叫びが観客席から巻き起こる。

 

 何が何だか訳も分からないまま、地面に叩きつけられ意識を失うまでフィニアスは汗の滲んだ手で箒の柄を握りしめることしか出来なかった。

 

 医務室で目を覚ましたときはこれ以上悪いことはないと思った。自分のせいでスリザリンチームは負けたのだ。しかも、グリフィンドールに。当然見舞いに来るものなどいない。怪我が癒えて退院したあともスリザリン生の視線がチクチクと刺さった。

 

 しかし、それは悪夢の始まりに過ぎなかった。この試合の日を境にフィニアスが出来なくなったことは箒に乗る事だけではなかったのだ。それは、退院してすぐの呪文学の授業で気づいた。得意のはずの科目。いつも必ず一番乗りで呪文を成功させ点数をもらっていたのに、その日はどうしたものかちっとも上手くいかない。まだ体調が戻らないせいかと思ったが、次の変身術でも、防衛術でも、何日たっても呪文を成功させることは出来なかった。

 

 杖を降って呪文を唱えるという当たり前のことが出来ない。はじめは一時的なものだとたかをくくっていた。今後自分が「スリザリンの面汚し」として生きていくことになるなど夢にも思ってはいなかった。

 

 自分の汚辱にまみれたスクイブ人生の始まりを飾るクィディッチにフィニアスはほとんど憎しみに近い思いを持つことになった。それまで愛してやまなかったものだっただけに余計にその感情は強かったのだ。

 

 そんな訳だから、どんな理由をつけてもフィニアスはクィディッチの試合など金輪際見たくないのだ。

 

 

***

 

 

「ハリーが箒から振り落とされそうになったときは本当に息が止まりそうになったわ」

 

 冷たい青空の下の庭園。ハーマイオニー・グレンジャーが興奮冷めやらぬ面持ちで初クィディッチの感想をフィニアスに聞かせていた。

 

 フィニアスは相づちを打ちながらバラの木についた虫をマグル式にピンセットで摘まみあげた。ハーマイオニーがすかさず袋を差し出す。彼女は自分を庇ってフィニアスが大怪我を負ってからというもの責任を感じたのか、時間が空く度にこうして管理人の仕事を手伝いに来るようになったのだ。

 

 十一月の寒空にもめげず、魔法界のバラのつぼみは順調に膨らんでいる。フィニアスが幼いころ、ペティボーン家の庭に咲いていたのと同じ品種である。母ウィニフレッドが特に愛でていたこのバラが花を咲かせるのも遠い先ではないだろう。フィニアスは楽しみで仕方がなかった。本当のことを言えば、この喜びを独り占めしたかったので、この庭にあまり生徒を入れたくはなかったのだが、学内の者なら誰でも入れるのだから、拒むこともできない。

 

 二人はベンチに腰を下ろした。魔法瓶に入れたお茶をふうふうしながらハーマイオニーが言った。

 

「でも、その後がすごかったの。まさか口でスニッチをキャッチするなんて!さすが最年少シーカーだわ」

 

 と、誇らしげに語るハーマイオニーは、あのトロールの一件のあと、最年少シーカーこと例のハリー・ポッターとその友人ロナルド・ウィーズリーと無事友達となったようだった(この二人がトロールをノックアウトしたと聞いてフィニアスは驚いた)。

 

「ペティボーンさんにも見てもらいたかったわ!」

 

「それは残念だったなぁ」

 

 心にもないことを口にしてから、少し気まずくなってフィニアスは立ち上がった。その背後でハーマイオニーが慌てて魔法瓶のコップを置く音がした。

 

「そろそろ、魔法薬学に行かなくちゃ」

 

「スネイプ先生の授業に遅れると厄介だからね。授業頑張っておいで」

 

 ハーマイオニーはにっこり笑って駆けていこうとしたが、急に立ち止まって振り返った。その顔はうって変わって不安げに曇っていた。

 

「ねぇ、ペティボーンさん。ペティボーンさんはスネイプ――先生とは仲が良くないのよね?」

 

「え?そんなことはないよ、特別仲が良いということもないけれど」

 

 はっきり言ってしまえば、スネイプほど反りのあわない人物はいないと思えるほど仲は最悪である。ホグワーツ入学前の特急で顔を合わせてからというもの、フィニアスはスネイプの陰気で意固地なところを嫌悪していたし、組分け後はスリザリンの癖に「穢れた血」の女子に思いを寄せるとんでもない裏切り者に思えた。寮の主義に背くスネイプに村八分というそれ相応の立場を教えたのもフィニアスである。

 

 スネイプが寮内で孤立しているうちは取るに足りないものとして捨て置けた。しかし、自分が魔法力を失い、「面汚し」と蔑まれるようになってから、豊富な闇の魔術の知識を武器に、入れ替わるように寮内で受け入れられ、あまつさえ憚ることなく嫌がらせを仕掛けてくるようになったスネイプに対するフィニアスの憎悪は燃え上がった。スネイプはスネイプで、自分がやったことは棚に上げているくせに、過去にフィニアスから受けた仕打ちは今も忘れてはいないようだったし、赦す心の広さも持ってはいないようだった。だがフィニアスとしたら仮にも教授のことを「嫌い」とは言えないので、自然と曖昧な答えになってしまうのだった。

 

「どうしてそんなことを聞くんだい?」

 

 訝しげな表情をしたフィニアスに向かって、ハーマイオニーはぶんぶんと首を振った。

 

「な、何でもないの。ただスネイプ先生ってスリザリンの寮監だし、ペティボーンさんも、その、スリザリン出身だから、どうなのかしらと思っただけ」

 

 去っていくハーマイオニーの背中を見送りながら、フィニアスは首を傾げた。

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