「アウラ、ソースとって」
「はい。……わざわざ私が取らなくても近くにあるじゃない」
そう言って俺にソース瓶を渡す女性の名はアウラ。
ふんわりと空気を含ませながら編んだワイン色の髪が特徴的な見目麗しい正真正銘の魔族である。
昨晩風呂上がりにオイルを塗って手入れした角は今日も美しい。
「今日は何をするの?」
「とりあえず街に行って、交易と魔物退治かな」
「街に行くなら私もついていくわ。シスターと、孤児院の子供に字を教える約束をしてあるの」
「そういえばお前の教え子が1級魔法使いになったんだっけ。あの子たしか12かそこらだろう? やばいな」
「どう? 私の教え子は。凄いでしょ?」
ふふんと胸を張るアウラ。
孤児院───俺たちの家より数分歩いたところにある城壁に囲まれた街がある。他と比較すると結構発展してるんじゃない?って感じのこの街の孤児院には、二人のシスターと大勢の子供たちがいる。たまにアウラも出入りして、子供達と遊んでいるようだ。
「でも俺と離れるんだから服従の天秤は持っていきなよ。もう埃被ってるぞアレ」
「鑑定士のお仕事やる時以外使わなくなってたわ。今どこにあるのかしら」
「忘れるなよ大事なものだろ」
俺達は持ち前の魔力から、魔法やフィジカルで問題を解決する傭兵業をしていた。
依頼料はお金をはじめ、食べ物や日用品、杖などの道具や、魔導書なんかもたまにもらえる。
そういった生活の中で一際レアなものがあると、行商人や旅人が訪ねて来て、それを高値で買い取ってくれるのだ。
「ごちそうさま」
「アウラ、洗い物しろ」
「言われなくてもやるわよ。……あとで」
壁にかけてある木の板には、俺とアウラの家事分担表が刻まれている。
今日はアウラの日だ。
「アウラ」
「…………」
「アウラ」
「わかったわよ! やるわよ!」
根気負けしたアウラが台所に立つ。
袖を捲りスポンジを片手に皿を擦る彼女の姿が、妙に愛らしい。
思わず背中から抱きしめてしまう。
「ちょっと。邪魔なんだけど」
「いい匂いだ」
「……そ」
「耳が赤い」
「うるさいわね! あっち行っててよ! もう!」
手に泡をつけながら家事に勤しむ魔族という光景があまりにもシュールで愛おしく、ただ眺めているだけでも楽しい。
視線に気づいている彼女が微妙にやりづらそうにしているのもポイントだ。手が泡だらけなので顔を隠すこともできないのだろう。
「アウラ、がんばれ」
「…………ん!」
おっと。怒らせてしまった。
でも応援されてるから叱るに叱らないらしい。かわいい。
彼女と一緒に過ごしはじめて、
共に眺めてきた朝日は今も変わらず俺たちを照らしてくれる。
大魔族様の目の前で言うのもなんだが、俺も生きたもんだ。これからも長く生きるのかもしれないが。
「ふぅ。ねぇ、あれちょうだい」
「『綺麗な水が出る魔法』」
「ありがと」
なんか知らんけどクソ無尽蔵の魔力を手に入れちゃった俺は、人の身でありながら魔法がバンバン使えちゃったりする。
アウラも魔法が使えるはずなんだけど、自分で生活魔法を使ってるところを見たためしがない。プライドなんだろうか。
と言うわけで、そんなアウラのためにも、魔力を入れるだけで魔法が発動する道具を作ろうと試行錯誤しているわけなんだが。
「じゃ、行きましょっか」
「アウラだっこして」
「近い距離なんだから歩きなさい。それに、妻に抱えられる旦那でいて恥ずかしいとは思わないの?」
「昨日の夜、散々その【妻】を抱いたから恥ずかしくはないかな」
「〜〜〜ッ、先に行くからね!」
「待って、待って」
さっさと出ていってしまった彼女を追いかけ玄関を出る。
さりげなく俺の靴紐を解いておき、結びやすくしているのがアウラ良妻ポイントだ。
「アウラ、鞄」
「ふふん、ありがと。じゃあ行きましょ」
のどかな草原を二人きり。
草原を揺らす風が心地よく、横にいる彼女もまた、草が擦れ合う音色に耳を傾けているようだった。
「春になって一月ほど経ったかしらね」
「あったかいよな」
「もしも野菜があったら買ってきて。スープを作りましょ」
「あ、ロールキャベツとかやりたい」
「ああいうのは手間だけかかるのよ。前も、ビーフすとろがのふ……? を作るとかなんとか言って、何時間も待たされたんだから」
「まさかあんなに時間のかかる料理だとはね」
今日の献立は春野菜のスープらしい。
アウラは俺と過ごしはじめてから料理にハマったらしく、俺が当番の時も割と交代したがる。
「それよりも倉庫のあれなんとかしてよ。血のついた剣なんていつまでも置いていても意味ないでしょ」
「あれはほら、アウラが自害した時の剣だし記念に取っておかないと」
「私ならここにいるじゃない」
「あれ、確かに」
「この私が自害?」
「……?」
「……?」
そんな他愛のない話をしながら検問を通り(俺とアウラは頻繁に行き来しているので街の住民と同じく顔パス)、大通りで別れて俺はギルドへ。
さあて、なんか実入りの良い話はあるかな、っと。
◇
「アウラねーちゃん、いかないでー!!」「びえええええ!」
「またすぐに来るから大丈夫よ。そんな大袈裟な……」
「そう言ってアウラねーちゃん1年来ない時あったー!」「魔族っていつもそうですよねー! わたしたちをなんだと思ってるんですかー!?」
「ちょ、ちょっと泣かないでよ、ホントにまたすぐ来るから」
「ほんと……?」
「本当よ本当。……だから髪を引っ張るのはやめて」
待ち合わせしていた大通りでアウラが子供に絡まれている。
アウラの服の裾を掴み必死に懇願しているようだ。
周りでは微笑ましいものを見るかのようにみんながアウラを温かい目で見守っている。実際微笑ましいが。
やがて困り果てたアウラが視線に気づいてこちらを見て、そこでようやく俺に気付いたようだ。
「あっほら、私、旦那来たから」
「いつも旦那優先ー!」「良妻賢母ー!」「半歩遅れて歩く女ー!」
「やめて恥ずかしい! ほら、遅くなるからシスターのところへ帰りなさい!」
「やだー!」
……ふむ。
「アウラ、こっちへ来い」
「あっ……。呼ばれちゃったから、またね」
そうして駆け足でやってきて、俺の胸に飛び込んでくるアウラ。
ふんわりと石鹸の香りが鼻をくすぐる。
「恥ずかしいんじゃなかったの?」
「呼ばれちゃったからー、命令だから仕方ないかなーって」
「抱きつけとは言ってないんだけど?」
「まあ良いじゃない。それよりも、今日はどうだったの?」
「仕事の話は家でするよ。それよりもアウラ、これ」
「あっお野菜! へえ、大きいのあるじゃない! このサイズならシチューとかにして冷凍しても良さそうね」
「お肉あったっけなぁ」
「買って帰りましょ」
空の色が、彼女の髪の色と同じくらい暗くなってきた頃。
俺たちは並んで歩く。
俺たちの幸せの詰まった家に。
旅人は俺のことを馬鹿と言うだろうし、魔族は彼女のことを愚か者と呼ぶだろう。
だけど、俺は今幸せだ。
こうして彼女と指輪を交わした手を繋ぐことができるのだから。
「アウラ、今日も美味しいご飯を作って」
「……うん!」