人を救うということ   作:のーとりあす


オリジナル現代/ノンジャンル
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 人を救うのは難しい。そんな話。

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人を救うということ

 

 

          ◇◆◇

 

 

 昔から人を救いたいと思っていた。

 

 家庭内暴力に苦しむ友達を助けたい。

 理不尽に怒られている友達を救いたい。

 仕事をする両親の助けになりたい。

 

 自分にできることを考えて、実行して、いつしか"いい子"と呼ばれるようになった。

 

 俺はそれが誇らしかった。

 

 

          ◇◆◇

 

 

 日に日に大きくなっていくこの感情は、いつしか自分の限界を越えてエスカレートしていった。

 

 ある日ふと思ったのだ。

 

 なぜ、世界は戦争を続けているのだろうと。

 なぜ、人同士で殺し合うのだろうかと。

 

 助け合えばよいではないか。簡単なことだ。言葉を学び、会話し、友となる。

 それだけのことができない大人が世界には多く存在する。

 

 馬鹿らしい。

 根性が足りない。

 楽な方に流されているんだ。

 

 俺ならできる。

 

 外国人の友を作ろう。

 世界中に友達を作るんだ。

 最初は少なくとも、続けていればいつか。

 

 ……無謀だった。

 

 その時の気持ちをなんと言い表せばいいか。

 そうだな……初めての"挫折"だろうか。

 

 

          ◇◆◇

 

 

 ネガティブなニュースを見るたび、可哀そうだなと思う。

 

 やれ人が死んだ、やれ人が人を殺した。

 

 うんざりだ。

 どうして、俺の手はこんなにも短い。

 どうして俺には助けられない?

 昨日も一昨日も、その前も、俺は人を助けてきたはずだ。

 なら何故未だに世界の何処かで人が死んでいく?

 

 ……民衆が"怠惰"なんじゃないのか。

 

 俺はこんなにも頑張っているのに。

 簡単に殺意に流されるニンゲン。

 簡単に殺されるニンゲン。

 見て見ぬふりするニンゲン。

 我が身が可愛いニンゲン。

 どいつもこいつも、至って"怠惰"で"傲慢"だ。

 

 ……俺はこんなにも頑張っているのに、奴らは"怠惰"に人生を無為に過ごすだけ。

 

 それはとても"醜い"ことのように思えた。

 

 

          ◇◆◇

 

 

 自殺。自殺だ。

 

 俺の友達の一人が自殺した。

 

 原因は、俺だ。

 

 ……俺はただ、あいつの"間違い"を指摘しただけだった。

 それだけだ。死ねだなんて言ってない。

 俺は悪くない。

 

 なぜ死を選ぶ。

 なぜ自ら死ぬ。

 "理解できない"

 生きることが命のすべてだろう?

 "理解できない"

 

 "あいつ"は言った。

 俺は人を救えなかったのだと。

 いいや、自分の手で殺したのだと。

 

 あいつは医者だった。

 しかし、先日の手術で失敗したのだ。

 原因は、その被術者が、彼の恋人だったからだ。

 

 失意に沈み、一月にわたり引き籠り寝込んでいた彼を、俺は叱咤した。

 

 そんな休んでいる暇はない。

 今すぐに仕事に戻って人を救え、と。

 

 その一週間後、俺は彼が自殺したことを人づてに聞いた。

 

 

          ◇◆◇

 

 

 苦節、五十年。

 

 思えば短い日々だった。

 

 俺には常にすべきことがあった。

 やるべきことがあった。

 ある時は知識を学び、ある時は話術を学び、ある時は化学を、ある時は医学を、ある時は武術を、ある時は護身術を、またある時は……。

 

 すべては人を救う為だ。

 

 可哀そうな人を救う為だ。

 

 それだけでよかった。

 

 両親が病でなくなっても止まらなかった。

 救うべき友がいたからだ。

 

 友が自殺しても止まらなかった。

 救うべき他人がいたからだ。

 

 すべての他人を救えないと知っても止まらなかった。

 まだ、俺に救える"誰か"がいたから。

 救える可哀そうな人がいたから。

 可哀そうな人を助けるのは当たり前だから。

 迷子の手を引くのは当然だから。

 助け合いは、社会の基本だ。 

 

 だから、

 

『かわいそう』

 

 ……。

 …………。

 ……………………ああ。

 

 ある日、紛争地帯に訪れて救護活動をしていた時。

 

 助けた少女がそう言った。

 

 彼女は片足を失っていた。

 すでに出血が多すぎて、輸血するにも、とても珍しい血液型で輸血できなかった。

 しかし、俺は見殺しにせず延命治療を施した。

 止血し、彼女を安全な所に運び、点滴を打った。

 

 死なせてはいけない。

 まだ子供だ。

 死なせてはならない。

 まだ生きて、楽しいことがたくさんあるはずなんだ。

 死なせてはならない。

 

「先生! 手に負えない怪我人が多数搬送されてきました……!」

 

「ッ、そっちでなんとかしろ! 泣き言を言うな! そんな暇があるなら手を動かせ! いいか、絶対に、誰一人死なせるな! ……わかったら行け!」

 

「は、はいっ!」

 

 どいつもこいつも役立たずだ。

 

 俺になれよ。

 俺みたいになれ。

 なんで教えたことをすぐに理解しない。できるようにならない。

 

 俺がもう一人でもいれば、いいや、俺があと百人いれば、何人救えると思う。

 

 努力が足りないんだ。

 意思が。

 気概が足りない。

 

 役立たず。

 役立たず。

 役立たずだ。

 

 

『……かわいそう』

 

「…………」

 

 

 そんな折、目を覚ました少女が俺に言った。

 

 

 かわいそう。可哀そう?

 この少女は何を言っている。

 幻覚でも見ているのか。

 

 

『どうしたんだお嬢さん、悪い夢でも見たのかい?』

 

『ううん……ちがう。おじさんが、かわいそう』

 

「…………」

 

 意味が分からない。

 俺の何が可哀そうだと言うのか。

 いや、この子は識字もできない地域の子だ。

 おそらくまだ知性が熟していないだけだ。

 聞くに値しない。

 適当に流して、治療の合意を取ろう。

 

『今から君に手術をする。子供の体に強い麻酔は使えない。だが、手術しなければ君は死ぬ。大丈夫、俺が必ず君を助ける。承知してくれるね?』

 

『ううん』

 

『……なんだと?』

 

 返ってきたのは肯定ではなく、弱弱しく首を振るってのノーだった。

 なぜ?

 俺の腕が信用できないのか。

 

『安心しろ。痛みは最小限だ。それもすぐに終わる。そうすれば義足を付ければまた歩けるように……』

 

『ちがうよ、わたしは死ぬ。おじさんは嘘つきだ』

 

『何を言っている。俺は嘘などつかない。必ず君を助ける』

 

『そう言って、何人の子を救えなかったの?』

 

『………………』

 

 この子は……。

 なんだ、なんだこの子供は。

 子供はもっと知性が足りず、元気で、わんぱくであるべきだろう。

 それなのに、この子はすでに大人のような世界への諦観を抱えているではないか。

 何があればこんなことになる。

 

『わたし、嘘がわかるの。だからわかる。おじさんはずっと、ずっと……自分に嘘をついてる』

 

『俺が嘘、だと?』

 

『うん、それを自分でもわかってない。"かわいそうな人"』

 

『……それと可哀そうに何の繋がりがあるんだ?』

 

『わたしのお母さんもそうだった。いつも"大丈夫"って嘘をついてた。お父さんは"必ず帰ってくる"って嘘をついた。隣の子は"しあわせ"だっていつも言ってた。他の子は"生きのこれてよかった"って泣いてた。みんな、みんな自分に嘘をついてた』

 

『…………彼らはどうなったんだ?』

 

『死んだ。お母さんはわたしを守って死んだ。お父さんは帰ってこなかった。お母さんは泣いてた。隣の子も死んじゃった。最後まで幸せだって嘘をついてた。他の子もみんな死んじゃった。どうしてだろうね、みんな、自分から危ないところにいっちゃった。…………わたしも、そう。自分から危ないところにいった』

 

『…………』

 

『わたしね、今すごく"ここ"が軽いの。今までで一番。わたし、怖くないよ。これは嘘じゃない。だって、"あっち"にはみんながいるもの』

 

 価値観の相違だ。

 宗教圏が違うのだ。

 そういうこともあるだろう。

 だが俺は、天国なんて信じない。

 天国があるのなら、俺はそこで何をすればいいと言うのだろう。

 

『おじさん、とってもつらそう。とっても頑張ってるのに、きっと天国に行けない。おじさんは天国にいったら、きっと苦しんじゃうから。だから、とてもかわいそう。おじさんは、生きてても、死んでも、苦しいんだと思う』

 

『……そう、かもしれないな』

 

 子供に言い負かされるとは……俺も耄碌したな。

 

『わたしのことは助けなくていい。助ける必要なんてない。わかるでしょ? だってわたしはもう……』

 

「……せ、先生! 対抗テロリストが攻めてきて……、ッ!」

 

 次の瞬間、弟子の心臓が的確に打ち抜かれて命を喪失した。

 

 銃、か。

 そんなものを作った奴を俺は一生認めない。

 人間の恥さらしだ。

 

「……何の用だ」

 

『ここで異端者の救済をしていると聞いた。今すぐに撤退しろ。さもなくば殺す』

 

「……宗教で人が死ぬか。さぞ高慢な神なのだろうな」

 

『今なにを言った! いいか、今すぐに外に出ろ! 不審な真似はするな!』

 

「すでに殺しているじゃないか。君は言葉を話せるだけの獣。君よりこの子の方がよっぽど賢いじゃないか」

 

『撃て! こいつを殺せ!』

 

『……ダ、メ!』

 

『子供? 片足がないな。どけ』

 

『……!』

 

『ふん、異端者を庇うならお前も同罪だ。諸共撃ち殺せ』

 

 世も末だ。

 人に命令されて人を殺す集団に、老い先短いおっさんを守る年端もゆかぬ少女。

 こんな理不尽。あっていいものだろうか。

 

 いや、ずっと前からわかっていたことだ。

 この世は醜い。

 人は、成長しない。

 

 そして、俺は誰も救えはしない。

 

「ぐ……ッ」

 

『……おじさん!?』

 

『撃て、撃て!』

 

『なんで……ッ!』

 

『お嬢ちゃん、生きて、みるんだ。大丈夫、大丈夫さ。きっと、君の未来は明るい……だって、君には素晴らしい知性があるんだから……だいじょうぶ、だいじょうぶ、君ならきっとこの世界でもやっていける……居場所を見つけて、目標を見つけて、慎ましく、当たり前の日々を………………』

 

 ああ、目が見えない。

 耳が聞こえない。

 自分の声すら聞こえない。

 

 最後に伝える言葉が、論理性も何もない、支離滅裂な全肯定の言葉とは……本当に耄碌したものだ。

 

 

 だが……ああ、これは今までで一番いい言葉を伝えられたのではないか。

 

 

 論理性、合理性、クソ喰らえだ。

 

 全肯定、いいじゃあないか。

 

 俺は、好きだぜ。

 

 人間、醜い日もそりゃあるさ、だが………………たった一日、輝く日がある。

 

 それを知ってりゃあ、大丈夫さ。

 

 過去にあるならそれが指針になる。

 

 まだないなら未来に希望がある。

 

 たった一日、それが人を決める。

 

 だからそれまでどうか、絶望しないで欲しい。

 

 諦めないで欲しい。

 

 人間であることを。

 

 

 

 ああ、もう終わりか。

 

 思えば長かったな。

 

 俺も、一人ぐらいは、誰か、を……救って………………。

 

 

 


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