真人間には向かないプラン   作:ikos

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余話:感傷の話

CHAPTER 4-3「組み合わされた手、あるいは管理者(下)」余話

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 沈もうとしている夕日が、暮れる空の裾を赤く炙りあげていた。

 冷え切ったこの惑星でも、ハビタブルゾーンに位置する星において恒星の美しさは変わらない。太陽と同じ黄色矮星。水素の核融合反応によって輝く星は、その温度こそコーラルに奪われているものの、ルビコン3に数少ない恵みの光をもたらしている。

 進駐拠点の屋上へ姿を見せた副官は、両手に保温カップを携えていた。一つ差し出されたので、礼を言って受け取る。

 

「ハンガーではなくこちらでしたか、隊長。この寒いのに物好きな……。何か、面白いものでも?」

 

 無言で指さした。

 夕日から、幻想的な光の柱が立ち昇っている。目映いまでの光芒だった。空気中の氷の結晶が起こす光学現象(サン・ピラー)だ。

 副官が目を細めて白い息を吐き、なるほど、と頷いた。

 

「……ルビコンだというのに、美しいものですね……」

「ああ」

「ともに眺めるのが自分で、申し訳ない限りです」

「まったくだ」

「そこは素直にからかわれてくださいよ。隊長」

 

 からかっていたのかと首を傾げた。

 まだ温度を保ったコーヒーを啜り、明日の作戦は何時間後だったかと考える。苦笑をこぼした部下が、ひとつ大きく息を吐いて切り出した。

 

「……今回の件は、さすがに想定外でした。他人事とするには不穏だ。第1部隊も例外ではなく、同様に扱われる可能性があります」

「ああ」

「我々は盲信者ではない。意味もなく使い捨てられるのは御免だ。……隊長、我々が信奉するのは貴方です。どんなに無謀に見える作戦であっても、貴方がやると決めたなら喜んで死地に赴く。第1部隊の誰一人、それに異を唱えることはありません」

「熱烈だな。特に保険にはならないと思うぞ、(V.Ⅰ)ごと使い潰す可能性もわりとある」

「それならば話は早いくらいです。――貴方以外の人間に、我々の手綱を預けないでいただきたい。自分が言いたいのはそれだけです」

 

 第1部隊は精鋭の集まりだ。隊長抜きで作戦に従事することも多い。同じように捨て石にされようとしたとき、指揮官の命令に背くには、より上位の命令が必要だと考えたのだろう。

 ヴェスパーの指揮系統はいささか歪な構造を取っている。これまでそれを発揮してきたのは、大体、我が儘を通すためのごく「ささやかな」ものばかりだったのだが。

 これも、変化のひとつだろうか。

 肩をすくめて応じた。

 

「いいだろう。ヴェスパー首席隊長としての命令だ。俺が不在の作戦時は、部隊の保全を優先しろ」

「ありがとうございます。では、こちらの命令書にサインを」

「……どいつもこいつも仕事ができるな……」

「今に至るまで散々に振り回されてきましたからね。おかげで、生き残るための嗅覚は鍛えられたところです」

 

 そういえば前回も、第1部隊は他の隊よりも随分な割合が生き残って最後までついてきていた。真意を話すこともなく、わりと一方的に利用した形なので、こうもまっすぐに忠誠を示されるとどうにも据わりが悪い。

 自分の死後、部下の生き残りはどうなったのだろう。

 ついていった結果がコーラルリリースだと知ったなら、さすがに頭を抱えられていた気がする。賛同する人間は少なさそうだ。呪いの言葉を吐かれていてもおかしくない。

 

 状況によっては勝手にふらっと出ていく心積もりでいたものの、これは、少しばかり考え直す必要がありそうだ。責任感がどうのでレイヴンの好感度を下げそうな気がする。――ものすごく苦手な単語だし、正直に言うなら、この上なく面倒ではあるのだが。

 「前」のレイヴンはアーキバスに部下を持たなかったが、今も以前も、おそらくレイヴンは自分を慕う人間を簡単には見捨てられない。そう考えると前回、スネイルは強制的にでもレイヴンに部隊をつけるべきだったのだろう。足枷くらいにはなったはずだ。

 ホーキンスなどはまさにその状況であるように思える。どうやら、律儀な人間にとっての保身とは、自分自身だけに向けられるものではないらしい。

 

 レイヴンは、今どうしているだろう。

 

 日が沈んでも、光芒はまだ空に残っていた。

 コーラルの色よりも透明度の高い、まだらさのない、炎のような色だ。レイヴンに見せたかった。見せたいと思う相手がいることが、なぜだか少し、嬉しいような気がした。

 昔は知らなかった感覚だ。

 

 ふと、副官が口を開いた。

 ひとりごちるような声だった。

 

「……やり方はうまくなかったかもしれませんが、一生懸命だったとは思うんですよ」

 

 V.Ⅵのことだろう。不思議な口振りだった。何か、個人的な関係があったのだろうか。

 目を向けると、男は苦笑して首を振った。

 

「ああ、いえ。違います。持て囃されているニューエイジが同郷だったので、少し気にかけていたというだけです。名前くらいは覚えられていましたが」

「そうか。……確かに最初は尖っていたな」

「初っ端から貴方に喧嘩を売っていましたしね。何もできず一方的にボコボコにされて、半泣きになっていたのを覚えていますよ」

「そうだったか?」

「……貴方が早々に興味を失っていましたからね……あれは見るからにとどめ撃ちでした。あのおかげで増長せずにすんだからこそ、唯一の女隊長として長く生き延びることができたのでしょうが」

 

 懐かしげに振り返り、溢れかえりそうなものを押さえつけるように、男が口をつぐんだ。

 赤い光の柱は随分と薄くなり、逆側で、二つの白い衛星が存在を主張し始めていた。

 

 その目は、景色を見ていたわけではなかったのだろう。

 

 

 

 掠れた声が漏れた。

 どこか遠く、いたわるような響きがあった。

 

 

「……どんな気持ちで、死んでいったんでしょうね」

 

 

 







次回より最終章となります。
結末まで見届けていただければ嬉しいです。よろしくお願いいたします。



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