おわりのはじまり。
そのきっかけ。
ある時、心に組み付いた“モジュール”を思い切って外して見た。
一番今重要で、無いと本気で困る奴を…だ。
――――何も分からなくなった、後悔や絶望…苦痛も全部。
透明で、晴れやかだとも感じてしまった。身体か軽い…だから、普通でいられた。
何も難しい事では無かったのだ。
今から殺しに回れば良かったのだろう…この森の洋館、そこからほんの数百m離れれば、もう敵だらけの“危険地帯”だ。であれば、残す理由は無いが殺す理由には溢れている。
あの侯爵だか伯爵だかの屋敷の様に、全てバラバラに崩してしまえばよかったのだ。
それが決まった時――――“俺”は疾風のように、自室を…そこから廊下を駆け抜けた。
ただ乱暴に殺し回ろうだなんて、ヤケクソに走る趣味は無い。それは俺達“エンジニア”の仕事なんかじゃない。
銃火器も、精密機器も、そして世界でさえも…あらゆる全ては「仕組み」でしかない。どんなに複雑怪奇であって、どんなに魔法の様に見えたって、結局のところ作用の連鎖でしかないのだ。
俺が“そよ風”であり続けて、そのまま“暴風雨”と成らなかったのも、単に破壊と消滅を同一視していたからに過ぎない。
破壊の後に、再生が出来る程…星に力が無いと踏んでいたからだ。
ここは違う、まだ星に自浄作用が残っている…そうだ、残っている内にやらなければ、全てが遅くなる。
俺達は既に無限を生きられる…だからこそマズイ。
それが容易に正常な時間間隔を破壊し得る事は、咄嗟に想像がついた。
リビングの広い食卓の前に立ち…そこいっぱいに地図を広げる。
次に、今まで集めた情報だ。ニモエルの潜入、カーキィの偵察、デルモんの現地調査、リリュームの…それと俺の体験が、今この時の為に実を結ぶのだ。
「旦那はん…お、居たわ。
旦那はん旦那はん、ちょうどええトコに」
何か見つけたのだろうか?
サボっている訳でなければ、今まで遠隔での調査を行っていた山田が、こちらに向かってくる。
「あぁ…松田か「山田ですぅ」山田。
こっちも良い所だ…俺に丁度仕事が出来た。手伝ってほしい」
「はいはい了解で――――旦那はん?」
突然、山田が放つ視線が…その性質を変えた。
正直な所
…そいつを知っている。
“疑念”だ、敵になり得るモノの一つ。
しかし何が一体、山田に…。
「…山田?」
「――――旦那はん。
失礼承知で聞きますわ…何、しようとしてまっか?」
彼の声もまた、一段と低くなる。
この問いに対して――――恐らく馬鹿正直に答えるのは、彼を敵に回す“悪手”だろう。
だから少しだけ…言葉を選んだ。
「――――どうってコト無いさ。
俺一人ぐらいでなきゃ、どうにも難しそうな…繊細なお使いだよ」
「…」
一先ず嘘か本当かの境目程度の――――かなり“誤魔化し”に近い言葉でワケを語った。
しかし山田の視線には、一層と力がこもった。
「…それや、その一人称や。
その“俺”ってのが、もうプンプンしとるんや。臭い」
「なんだ?お前の設定にそんな面倒くさいの――――」
「旦那はんが、自分の事、その“俺”って言う時…それは何か殺る時や」
「ッ…」
何か一瞬、盛大につっかえた様な感覚を覚えた。
動揺…って奴だったハズだ、確か。
「…脳味噌まで腐ってんぞ。
たしかに“僕”って一人称は人前で――――」
「誤魔化すな言うとるんです、ワイは!
知ってんのや、あんたの“俺”が
また何か、つっかえた。
「あんたが何のタマ取ろうて…いいや言わんでもええ。
旦那はん、手前一人で何もかんもぶち殺したろうって魂胆でしょう」
「…ならばどうする。
俺もお前を知っている…ある程度。人が何人死のうが、知ったこっちゃないだろう」
寧ろコイツは「一方的な戦い」を好む傾向にある。
あの虐殺で、そういう傾向は見えたし…何より、俺達がそういう設定を作った。
「せや、別に旦那はんら以外が何百人死んで、何千人涙を流そうがどうでもええ…いい気味や。
けどもあんた等…旦那はんと、娘はん達だけはアカン。あんた等の涙だけは、見てられへんのや」
「…だったら、止めてくれるなよ。
他にない。俺達が、いや…あの子達が、本当の意味で…
「――――本気で言っとるんか」
「本気だよ」
そうだ、
こちらの考えを聞いた山田は「よう分かり申したわ」と、そのまま居間の出入り口に向かい――――その鍵を閉めた。
何となく分かってはいた、こんな事になるなんて…だから次の手を打つのは早かった。
戸惑いなく、俺は
「…旦那はん、今日は一段と早いでんな。
抜くんも…そがいな手段に出るのも」
「言葉の力は確かに強い…だが効き目が遅すぎる。
その分暴力は――――短絡的だが、効果的だ」
古めかしい物理撃鉄の拳銃を向けつつ、一歩二歩と、彼へと迫る。
その撃鉄をそのままに、片手で正面を狙いつつ…ゆっくりと足を進めた。
「…悪いけど、ワイぁチャカ向けられた程度じゃ、ここ引けへんで。
あんたの為でもあるんや、死んでも通さへん」
「ならば、どけ」
「話、平行線にする気か」
俺も、こいつも、そこから一歩も動かなかった。
もう戦争は始まっていた…昔馴染みの光景だ、どうしようもなく話が拗れて…戦うしか無くなる。
――――先に動いたのは、山田の方だった。
「ォアアアアアアアアッ!!」
「ッ…!」
銃口に向かって馬鹿正直に突っ込んできて、俺に撃たれるリスクも考えず、真正面からその獣の腕を伸ばす。
…この時、俺の指先は…また“つっかえ”が生じて、何も動かさずにいた。
――――何をやっているんだ、俺は…!
正気に戻った時には遅く、あろうことか…こいつに組み伏せられていた。
「旦那はん、堪忍やッ――――」
山田は俺の腰から、翡翠刃のショートソードを奪い取り…それを、俺の眼前につき立てた。
「ッ!…離せっ…山田ぁ!」
「離したら、アンタ此処から消えんでしょうが!
消えて、そのまま戻れるつもりも無い癖にッ」
「ッ――――!
お前に何が分かる!お前、お前にッ――――」
「分かっとるわ!ハナっからァ!
ワイと皆はん、こうして言葉交わしたんはつい最近からやけどもッ…ワイ、ずっと、あんたらの事…見て来たんや…!旦那はんの、30の誕生日だってッ!」
30の誕生日…それを聞いて、漸く思い出した。
目の前で、床に深々と刺さるこの剣…これを貰った時に。
同時に自分が…らしくも無く、焦りと怒りで満ち溢れていた事に気が付いた。
何も無い時の自分に、そんな感情なんて起こらなかったのに…
「――――あん時、娘はんらが何言ってたか、もしかすると旦那はん…覚えとらんかもしりゃせん。
でも…ワイはずっと記憶にあるんですわ…“ずっと、一緒にいてね”と」
――――瞬間、身体から熱が噴き出した。
直ぐに引っ込んだものの、一体何だったのだろうか…茫然とする今の俺は、きっと間抜けな表情をしていたに違いない。
俺の拘束を解いた山田は…ツギハギだらけの顔を覆って、その声も引き攣り始めた。
…泣いているのか?アンデッドが…怒りに身を任せる
「ワイにとっても、そしてそんなカスより何よりも――――あの子らにとって、旦那はんのおらん理想郷なんざゴミ程の価値もあらへん…ッ!わかって下さい…!
皆、アンタが好きで、ようやく生きられとるんや…!」
「…。
どう、して…」
「元々、ワイは…あんた等に作られました。
この笑ける見た目も、ウナギのタレみたいに継ぎ足された設定も、全部全部…旦那はんに、ニモエルはん、デルモはん…それに、リリュームはんと、カーキはんに、作って貰ったモンや。
だからか知らんけども…何や、心のどこかで…繋がってるみたいなんですわ」
おつかいのメモ代わりに使われたんは普通に腹立ったけど…と、いらん事を言いながら、山田は説得を続けた。
「…」
「分かってまうんや、皆…どう考えとるかとか、何を想っとるかとか。
旦那はんのだって…すぐポロリと取れてまう“心”が、ワイだってある…そうでなくたって、ここの皆は…外には言いづらい事、ワイに全部教えてくれた…」
…そういえば、そうだった。
ユグドラシルの頃に、俺達は家族にも言えない事があった時…ただただ、目の前の怪物にだけ聞いてもらっていた。
最初にやっていたのは、確かデルモんだったハズだ。
アイツがやっていた所を見て、俺も試してみるような形で――――そう、色々と思い出していく内、無くしていたモジュールが…手元にある事に気がついた。
ゆっくり、ゆっくりと…しかし確実に、その義肢を心にはめ込む。
…重圧が訪れた、ぐっと重たくなる。
けれども…それでいい、空虚を軽やかに駆けまわる、滑稽な姿より。
そのほうが、きっと父親らしいのだろう。
「――――旦那はん、短絡的ってだけで…もうダメなんや。
信じられんかもしれんけど、この世界はワイらだけや無いんです…希望あるんや…」
「あ、あぁ――――!?、まて、山田。それどういう…」
「旦那はん。
あんたの“古巣”、見つかったんや…!」
あの日から…大分月日が経ったのかもしれない。
正直、
あの日、恐れていた通りだった…もう人間の感覚には戻れない。
そもそも…イナミ、いや“俺の親父”と殺し合った時から、自分の化け物を自覚し始めた…あれが決定的だったのかも。
しかし、人としての成長も…無かった訳では無い。
あの日に感じた“つっかえ”やら“熱”、その意味が今ならわかる。
義肢でしかなかった俺の感情が、漸く生えて来たのだろう。
尤も…それら全て、あまりに強い感情だ。だからか…アンデッド系特有の精神安定に引っかかってかき消されてしまう。
映えた手足が、片っ端から断ち斬られるようだ。
まるで雑草扱いである。
それでも良かった…義肢だって、手足には変わり無い。
何度朽ちようたって、今…こうして目指す、錆びない
希望の光…その名は【アインズ・ウール・ゴウン魔導国】。
言うまでも無いだろう、俺の…俺達の、昔日の栄華。それと同じ名前を持つ国が…今エ・ランテルにある。
過去、世話になった街が…今はそれより過去に世話になったギルドの支配下にある。
ほんの少しだが、運命のいたずらを信じて見たくもなるだろう。
ニモエルの力を借りて、今はリ・エスティーゼ国内の酒場に潜入している。
どうもここは、王国の貴族…その中でも“ある派閥”の溜まり場として機能しているらしく、お陰で小綺麗な所作と服…それと、いかにもだが目立ちづらい“設定”を考える手間が出来てしまった。
酒の味は、まあ上等ではあるらしい。
高い酒など、報酬のついでに貰う事もあったが…大体は高値で買い取るバイヤーに流してしまった。
味など興味無いし、多少知識があればいいと味見したのが、最後の体験だ。
結局この知識が役に立ったかと言えば…案外役に立った、おかげで三流ソムリエとして標的に近づけたわけで。
「…(モモンガさん、あんたなんだろ?そこの玉座にいるのは…今こそ、アンタのデカい仕事を手伝わせて下さい、娘達の、その明日の為にも…)」
もう、あの日に“まだ生きたい”と叫んだ選択を恥じもしなければ、悔いもしない。
今こそ、森の外へ出よう…俺達は、まだ進められる。
俺には約束がある。