戦闘描写の練習と手慰みで書いたやつ。
巨大な螺子を構える学ランの少年。サブマシンガンを片手に彼を睨みつけるピンク髪の少女。どちらも傷だらけだが、後者の頭部にはヘイローが浮かんでいた。前者にはそんな物は存在せず、代わりにあるのは不気味な雰囲気だけ。それだけでどちらが劣勢かは分かるだろう。
そんな状況だというのに、球磨川禊はヘラヘラと笑っていた。身体のあちこちから滲む血も、手足に何箇所も刻まれた弾痕も。そんな物は慣れてしまったとでも言わんばかりに、気味が悪い笑みを浮かべている。
『どうしたんだい、ミカちゃん』
「……球磨川君一人で足止めなんて、出来ると思ってるの?」
聖園ミカは彼のことを知っている。幼馴染でも友人でもないが、ある程度の交流がある人間だ。ある時からキヴォトスに現れ、各地の学校を廃校間近、もしくは廃校に追い込んできた生徒。SRTの廃校にも関わっているという噂がある。彼が原因という明確な証拠はなくとも、彼が行った先々が酷い目に遭っているのだから、証拠としては十分。首脳陣の一角としては知っておくべき人間だった。
しかし、ある日を境に彼は丸くなった。その理由は分からない。シャーレの先生と一悶着あったという話はあったが、詳しいところは誰も語らなかったのだ。
『さぁ?』
ミカと彼が遭遇したのは、丸くなった後のこと。会って早々モブキャラどうこうと言われ、軽い喧嘩に発展。普通に球磨川がボコボコにされ、それで終わった。本来はミカにも処分が下されるはずだったものの、何故か無傷だった球磨川によって事件は有耶無耶に。本当にそれぐらいの関係しかない。
当然、知っていることも少ない。存在そのものが不気味だということ。噂の少年とは思えないぐらい、妙に顔が整っていること。非常に弱いということ。そして摩訶不思議な能力を持っていること。
『出来るとか出来ないとかじゃなくて、約束だからね。約束を破るなんて、人間として失格だろう?』
「人間かどうかも怪しいのに、今更そんなこと気にするわけ?」
『差別するなよ。過負荷だって、立派な人間だぜ?』
放たれた無数の螺子を空いている右手で迎撃し、ミカは球磨川に肉薄した。彼もその動き自体は目で追っていたものの、体は追いつかない。鳩尾に右手を捩じ込まれ、血だか吐瀉物だか分からない物を吐き散らしながら、数メートル吹き飛ばされた。
『これは肋が何本か逝ったかも。久々の感覚だ』
しかし、彼はぐにゃりと立ち上がる。螺子を両手に携えたまま、脚と腹筋の力だけを利用して。気持ち悪い動きに吐き気を催しつつ、ミカは少年に向けて銃弾をばら撒いた。
球磨川の言葉通りの感触を、ミカはその手で感じ取っていた。だからこそ、理解できない。どうしてそこで立ち上がれるのか。倒れていれば終わる話なのに、何を原動力にしてミカの前に立ち塞がっているのか。
『先生と同じ人間に対する扱いじゃないと思うんだけど』
マガジン一つ分の弾丸を撃ち込まれたにも関わらず、彼は血を撒き散らして立ち上がった。けれど、血を吹いたはずの傷はいつの間にか消えていた。何度も繰り返されたやり取りではあっても、ショッキングな映像であることに変わりはない。
ミカも多少はそういうことに慣れているキヴォトスの人間だが、精神的なダメージは大きかった。一応は知り合いである少年が、身体から血を吹き出す光景。それに伴う一挙手一投足は軒並み不気味で、一部は吐き気を催してしまうような気持ち悪さがある。それを間近で見せつけられて、まともな精神を保つ方が難しい。むしろ彼女は良く耐えている方だろう。
「良い加減にしてくれない?錠前サオリとの約束だか何だか知らないけど、これ以上邪魔するなら」
リロードした得物を向け直し、球磨川とは別の意味で不気味な笑顔を見せる少女。地位や名誉は既にない。築き上げてきたものなど、全て塵芥となって消え去った。誰かを傷つける行為も、もはや呼吸のように行える。知っている人間に銃口を向けることも、心臓に向けて引き金を引くことも怖くない。
「容赦しないよ?」
球磨川禊を無力化することなど、造作もない。
『つまり、僕にここを退けって?』
「そういうこと⭐︎」
『トリニティの女の子のパンツの色を決める権利をくれるなら、
「あっそ」
一瞬で冷たくなった表情と、間髪入れずに火を吹く銃口。
球磨川がそれを避けることが出来たのは、直前から動き出していたからだ。駆ける少年の軌跡をなぞるようにして、弾痕がボロボロの壁に刻まれていく。マガジンを一つ空にするも、球磨川の体には傷一つつけられなかった。
『僕みたいなエイムだね。尊敬するよ』
意味の分からない軽口を叩きながら、巨大な螺子を片手に突貫してくる球磨川。ミカは銃でその軌道を逸らしつつ、ガラ空きの側面に蹴りを叩き込む。バキベキという鈍い音と共に少年の体は壁に飛ばされ、追撃の為にやって来たミカによって、更に拳を叩き込まれる。単なる少女の拳ならともかく、ミカのそれは平気で壁一枚をぶち抜く。一発一発が拳銃と同等かそれ以上の威力。そんなモノを体に何度も打ち込まれては、悲鳴を上げる余裕すら生まれない。
「あの変な能力も!これだけ、やれば!」
大きく振りかぶり、トドメの一撃を顔面に叩き込む。これまでよりも数段惨い音を響かせ、ミカは肩で息をしながら少年の体から僅かに距離を空けた。
「はぁ……はぁ……」
もはや加減はされていない。彼の身体は完全に壁にめり込んでいる。真っ黒な学ランのおかげで目立たないだけで、体の形は完全におかしくなっていた。手足は明らかに妙な方向を向いてしまっているし、少し太い血管が切れてしまっているのか、ズボンの裾からはドロドロと血が垂れている。トドメの一撃は相当重たかったようで、鼻は完全にひしゃげていた。意識はあるのかないのか分からない。僅かに漏れ出る呼吸音が、彼が生きていることを証明していた。
『……僕は別に、君を追うつもりはなかったよ』
そんな状態のまま、彼は中性的で特徴的な声で喋り始める。
『約束通り、この道を通さないだけのつもりだったんだ』
嘘なのか本当なのか、声色だけでは判別がつかない。元より真偽の境界が定かな人間ではないが、この時ばかりはいつも以上に胡散臭く聞こえた。
『別の道からあの子達を追うっていうなら、止めるつもりはなかったんだよ』
折れた手足をもぞもぞと動かし、壁から這い出てきた。しかし、力が入らない手足で立っていられるはずもなく、ベチャリと血を撒き散らしながら地面に落ちた。
『それなのに執拗に僕を痛ぶったのは、あの時の仕返しかい?』
芋虫のような体勢で声を出していることに加え、殴打によって色々と潰れてしまっているのだろう。聞こえづらい声ではある。
『ああ、それとも単なる嫌がらせかな?ミカちゃんって案外性格悪いもんね』
それなのに、ミカの耳にはそれがハッキリと聞こえた。亡者達のドロドロとした怨嗟の声にも聞こえる、ただ一人の少年の声が。
『でもさ、あれだけ殴っといて急所は全部無傷。君の腕力なら、心臓を無理矢理止めることも、脳漿を炸裂させることだって出来たはずだ』
声が出なかった。出せなかった。否定しようとした。出来なかった。
『それをしなかったのは、君が結局甘ちゃんだからだ』
目の前の男から目を逸らそうにも、目を逸らせば何をされるか分からない。逃げたとしても、それでどうにかなるとは思えない。ズルズルと這いずっていたはずの少年は、いつの間にか小綺麗な学ランを身に纏って、キチンと二足歩行を始めていた。先程よりも気味悪さは薄いはずなのに、どうしてか纏う不気味さは増していくばかり。
勝てないとは思わない。負けるとは全く思わない。結果の分かりきった勝負から、わざわざ逃げ出したくはない。だが、どうしようもなく投げ出したいと思ってしまっていた。
『誇れよ、ミカちゃん。君はサオリちゃん達を自分と同じぐらい不幸にしようとか言っても、他人の不幸どころか、僕の死体すら作れない。その程度のちっぽけな覚悟を本物の覚悟だと思い込んでる、正真正銘の甘ちゃんなんだ。君は世界に誇るべき半端者さ』
「う、うるさいっ!」
漸く絞り出せた声は、酷く震えていた。いつもの可愛らしい声色でも、先程までの殺意のこもった声でもない。怯える少女の声だった。
『大丈夫。僕はそんな君が、そんな甘さが嫌いじゃない』
そんな自分を見せない為に、ミカは再び発砲した。しかし、タタタと軽い音が数回響いただけ。引き金を引き続ける力が入っていなかった。
「あっ」
指同様、声にも力が入っていない。少女の手から離れてそのまま落ちてしまった銃に、球磨川は手を伸ばした。先程の弾はキチンと命中している。その証拠に、彼の左半身からは血が流れていた。それを何でもないことのように、球磨川はミカの愛銃を拾い上げる。
『ほら、また急所じゃない。やるなら、こういう風に』
側頭部。所謂コメカミ。位置を確認するように銃口をグリグリと押しつけ、球磨川は引き金を引いた。
『ちゃんと一思いにやってくれよ』
言うが先か、鳴るが先か。
あまりにも惨たらしい自殺を目の前にして、ミカは近くの壁に走った。その後に響く水を撒くような音。少女の嗚咽。八つ当たりのように壁を殴る音。パラパラと落ちるコンクリートの欠片。それに混ざる僅かな衣擦れと足音。
『壁で練習かい?それも良いと思うよ。桜木花道もレイアップを練習していたし、モンキー・D・ルフィも二年間は修行していたからね。虎杖悠仁だって、孫悟空だってそうさ。努力は週刊少年ジャンプには欠かせない三本柱の一つ。つまり、僕にとっては素晴らしく大事なことだ。だから僕は、君の無駄な努力を笑ったりしない』
ミカの元に歩み寄っていたのは、当然この少年だった。
「私が悪かったから。もう、何もしないから」
ボロボロと溢れる涙。心の底からの拒絶。
「お願いだから、近寄らないで。もう私の負けで良い」
目的を達成せず、捨てる。それをしても良いと思って、実際に口に出した。けれど、彼はヘラヘラと笑うのだ。何が楽しいのか、何が面白いのか。
『負けを認めたぐらいで負けられるほど、現実は甘くないんだぜ?知ってたかい?』
飛び掛かる彼の両手には、長く伸びるマイナス螺子が握られていた。貫かれれば、確実に致命傷を負うだろう。そんな見た目をしている上に、その螺子が漂わせている雰囲気は球磨川のようだった。不気味で気持ちが悪く、何とも度し難い不快感。
泣きじゃくるミカでも、それは感じ取れていた。もう無理だ。駄目だ。走馬灯のように後悔と思い出が頭を流れていく中、一人の男性を思い出してしまう。一言でも良い。言葉を交わしたいと思いながら、叶わぬ夢だと嗚咽を漏らす。
『じゃあね、ミカちゃん。いつかは解いてあげるさ。十年、いや百年後かな?いつになるかは分からないけど、ミカちゃんみたいなのがいなければ、エデン条約なんていう絵空事はすぐ結ばれると思うからさ。その時が来たら、トリニティの大聖堂で磔にしてあげるよ。立派な魔女としてね』
ごめんなさい。心の中の言葉に呼応するように、彼は二人の間に現れた。
「禊、やり過ぎだよ」
『先生じゃん。久し振りだね』
球磨川と同じくヘイローを持たない人間。球磨川とは違い、特殊な能力はない大人。球磨川とは対照的に、白を基調とした衣服に身を包んだ男。そんな彼は身を挺してミカを庇い、球磨川は彼に螺子が刺さる直前で動きを止めている。先生の目論見は成功していた。
「色々と聞きたいことと言いたいことはあるけど、まずはそれをしまってくれないかな?私がここに来た時点で、君の仕事は頓挫してるはずだ」
『時間制限が来ちゃったか。耐久戦っていうのは条件を満たした瞬間に終わりだもんね。ストーリーはそのまま進行するのが当たり前』
長大な螺子を紙屑のようにそこらへ放り捨て、球磨川はポケットに手を突っ込んだ。螺子は音を立てることもなく消え去り、ミカとの戦闘でばら撒かれたプラス螺子だけが地面に散乱している。
「つまり?」
『つまろうがつまるまいが……』
小刻みに震えてしまっているミカと、それを支える先生。ニヒルで不気味な笑みを浮かべる少年は、彼らとは相容れない。根本から異なっている彼らでは、彼と芯から分かり合うことはできない。
『また勝てなかった』
二人に背を向け、球磨川はツカツカと歩き出す。その足音が二人の耳から消えるまで、そう時間は掛からなかった。