力づくで運命を捻じ曲げてハッピーエンドにする話です。

こんくらいぶち込めばなんとかなるじゃろ。



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ドリーム的なお話

 

 

    間

 

 

 「——謎だよねぇ……」

 

 十月三十一日、十八時三十六分、東京メトロ副都心線。

 

 渋谷を目指すコスプレをした若者たちでひしめく電車内に、ツギハギの男が乗っていた。

 

 ツギハギとは言葉通り、顔や体の至るところに縫い目があることを意味している。まるで複数の人間の死体から、ましな部位を切り取って継ぎ合わせたような外見——彼は扉にもたれかかりながら、すぐ隣でスマホをいじっていた大学生らしき青年に話しかけた。

 

「え——はい、何の話っすか?」

 

 青年は当初、ツギハギの男が自分に話しかけているとわからなかったらしく、困惑気味にスマホからツギハギの男に目を向ける。

 

「いやさ、コスプレの話なんだけど。仮装してんだかしてないんだか、してたとして何の仮装なんだかよくわかんない微妙なラインってのが一番冷めるっていうか。コスプレひとつとっても、本気度って出るよねー」

 

「はあ……そうっすか」

 

 変な人に絡まれちゃったなと困り顔になりながら、青年は頷く。

 

 確かにこの車両の乗客は、何のコスプレをしているのか、そもそもそれはコスプレなのかという格好をしている者ばかりだった。ピンク髪を変なヘアピンでまとめている私服の少年、いかにもメルヘンチックな王子の格好をしている男とエジソンっぽい女、何がとは言わないが丸出しの子ども、青髪からアホ毛を立てたベスト姿の男、小さな角の生えた赤い帽子を被っている男、賢そうな犬——誰も彼も、具体的に何を表現しようとしているのかよくわからない。「謎」という形容詞を使うべきかどうかは自信がないが、ツギハギの男の言いたいことはわかった。

 

 少なくとも、ツギハギの男が醸し出す危険な雰囲気は、この場の誰も再現できないだろう。

 

 彼の怪物のような形相は、整った造形をしていながらも、この車両の中で最も醜悪だった。この中で最も悪を体現しているのは、彼だった。

 

「君にしてもそうだよ。何その角付きヘルメット。何を表現してんの?」

 

「あーいや、これは……一応、魔王っす」

 

 青年は苦笑いしながら言った。「友達に無理やり被らされちゃって。わりかし偉い人の物なんで、捨てることもできないんすよね……ははは」

 

「魔王? ははっ」

 

 ツギハギの男は笑った。「面白っ。センスあるねその友達。なに、今から渋谷で待ち合わせ?」

 

「まあ、はい。久しぶりに昔の仲間で集まろうかって感じですね」

 

「へえ……そいつはラッキーだ」

 

 ツギハギの男はにいっと笑った。「他の人たちもコスプレしてくるの?」

 

「いやどうっすかね」

 

 なにがラッキーなのかと内心首を傾げながら、青年は答える。「案外普段着で来るかも……普段着がコスプレみたいなもんだから、それでも今日の渋谷にはハマると思うんすけど」

 

「じゃあ、せめて君だけでももっとましなコスプレになるよう、俺が手伝ってあげるよ」

 

 ツギハギの男がゆっくりと青年に手を伸ばした。

 

「え——?」

 

 

 

    間

 

 

 

 ひしめく雑踏の中。

 

 まいった、渋谷なんか来るんじゃなかった——と、氷麗(つらら)は独りで激しく後悔していた。

 

 リクオたちと逸れたのである。

 

 なんでこんなことになったんでしょうと回想するが、その責任の大部分は氷麗本人にあった。

 

 「ハロウィン」とかいう外夷のお祭り騒ぎが渋谷で開催されるとの噂を聞きつけ、これは文化侵略です、シマを荒らされます、敵情視察に行きましょう! とリクオたちを焚き付けたのは他ならぬ氷麗である。店先で売られていたスイーツに釣られてリクオたちから逸れたのも氷麗である。大部分というか、もう全部氷麗のせいだった。

 

「でも仕方ないでしょう。特性あんみつ『つらら』なんてメニュー見ちゃったんですから……」

 

 誰にともなく呟いた言い訳は、雑踏の喧騒に溶けて消える。そのあんみつはほっぺが落ちるほど美味しくて、いやーよかった五〇〇円分以上の物を味わったと満足したのだが、ふと後ろを見ると知り合いの姿はどこにもなかった。「あっ」と思った時にはもう後の祭りだった。

 

 多少気持ちが沈んでおり、心なしか肩も重い。

 

「君、一人?」

 

 声をかけられて顔を上げると、目の前になんだかチャラチャラした風体の男が立っていた。彼は氷麗の顔を見るなり少し戸惑った様子で、「あれ……え、あれ? 君中学生?」と尋ねてきた。

 

「はあ、見ての通りの中学生ですが」

 

 氷麗は現在、浮世絵中学のセーラー服を身に纏っている。誰が見ても普通の中学生(美少女)にしか見えない格好だ。リクオにしても最初はこの姿の氷麗を氷麗と見破れなかった。

 

 ナンパ目的らしい男は、流石に女子中学生を相手に誘いをかける気はなかったようで、「ああ、まあ、じゃあそのお元気で……」と、謎な挨拶だけを残して消えていった。

 

「……」

 

 この格好だと舐められますかね?

 

 氷麗は自分の胸に手を当てる。

 

 ナンパされるどころか、ナンパ対象にすら見られなかった。変な男が寄ってくるのは不快だが、まったく相手にされないというのもそれはそれで腹が立つ。これでも私、奴良組では美少女属性で通っているんですけど……などと考えていると、またしても声をかけられる。

 

「おいお前、ちょっと待て」

 

 振り返ると、警官がいた。

 

 帽子こそ被っていないが、その格好は交番勤務のお巡りさんそのものだった。

 

「え、は、はい。なんでしょうか」

 

 緊張しながら、氷麗は警官に応対する。

 

「二人だけか? 親はどうした」

 

「ああえっと、今ちょっと友達と逸れちゃいまして——って、え? 二人?」

 

 警官の視線は氷麗の肩に注がれていた。氷麗は首を動かして警官の視線の先を見る。

 

 赤ん坊がいた。

 

「……え?」

 

 黄色いおしゃぶりを咥えた、緑髪の赤ん坊。それが氷麗の背中にしがみついていた。

 

 らんらんと輝く瞳と目が合うと、赤ん坊は「ダッ!」と一声鳴いてみせた。

 

「おい、真っ裸じゃないか。服はどーした服は」

 

 警官が赤ん坊を見て言う。確かに赤ん坊は服を何一つ着ていなくて、全裸だった。

 

「えっ、と……え?」

 

 混乱しながら、氷麗は警官と赤ん坊を見比べる。もしかして、先ほどナンパ男が逃げたのはこれが理由か? 背中に赤ん坊がいたから面倒そうだと思って逃げたのか? じゃあこの赤ん坊、一体いつから氷麗の背中に……?

 

 というかあなた、誰?

 

「なんか訳ありか。チッ、ちょっと一緒に来い」

 

「あ、いや。別にややこしいワケがあるとかそういうワケでは……」

 

 警官に同行願われるが、それだけは不味いので身を引く氷麗。色々調べられると、戸籍その他が存在しないことがバレてしまう。緑髪の赤ん坊も大概だが、警官の方がこの場合は厄介だった。

 

「し、失礼しますっ!」

 

 氷麗は逃げ出した。

 

 赤ん坊をしっかり両手で背負いながら、ピャーっという擬音とともに走り去る。「あっ、おい!」という警官の声が聞こえたが、仮にも妖怪である氷麗の脚は強靭だ。追いつくことなど、常人にはできない。

 

 雑踏を縫って道の角を曲がり、一息つく。

 

「で、あなたはいつから私の背中に乗っていたんですかね……」

 

 背負っていた赤ん坊を抱え、自分の目の前にまわす。とはいえ何か意味のある言葉を喋れるそぶりはなく、素っ裸の赤ん坊は「ダーブッ!」と元気よく喃語を発するだけだった。

 

「困ったなあ。私体温低いから、ずっと背負ってると風邪ひいちゃいますよ——」

 

「いきなり逃げるなコラ!」

 

「ひゃあっ!?」

 

 横から怒鳴られて、氷麗は危うく赤ん坊を取り落としそうになる。振り向くと、先ほどの警官が氷麗のすぐ横にいた。馬鹿な。どうやって追いついたというのか。

 

「す、すいませーん!」

 

 と言いながら、氷麗はまた駆け出す。しかし「待たんかー!」と、警官は氷麗に追随してきた。

 

「嘘でしょ!?」

 

 衆人環境ゆえにかなり抑えてはいるものの、そして赤ん坊を背負っているものの、氷麗の脚力は文字通り妖怪レベルだ。その気になれば新幹線と並走できる速さがあるのにも関わらず、警官は全く遅れを取らずについてくる。

 

 しかも下駄で。

 

 何だあの警官。

 

 そんな時、赤ん坊はと言うと、快速で走る氷麗におぶわれているのが楽しいのか、「キャッキャッ」と歓声を上げていた。この赤ん坊も大概だ。なんでこんな状況を楽しめるのか。普通なら泣くだろう。

 

「何なのこれーっ!?」

 

 氷麗渾身の叫びをあげつつ、必死で逃げる。信じられないことに、氷麗はジリジリと距離を詰められていた。ちょっと振り返ってみたところ、先ほどよりも警官が近寄っているのだ。ありえないありえないありえない。人間に走り負けるの私!? 何あの人!? 本当に人間!?

 

 氷麗はもう一度振り向く。警官はすぐそこに迫っていた。

 

「お助けーっ!」

 

 言い訳できないレベルまで脚力を解放して走ろうか本気で悩む氷麗——と、すぐ後ろで「ゴチンッ!」という衝突音が鳴り響いた。

 

 何事かと振り返ったところ、そこに警官が倒れていた。

 

「いってー!」と叫びながらゴロゴロ転がっている。何かにぶつかったらしい。ラッキーだ——しかし警官は一体何にぶつかったのだろうか? ここは道の真ん中、遮るものなんてどこにもないのになあと思ったその時、目の前に薄い膜のようなものが張られていることに気づく。

 

「……?」

 

 何でしょう、これ。

 

 膜は道を遮るように張られている。右を見ても左を見ても途切れる様子はない。遥か上空を仰ぎ見ても切れ目は見つからなかった。

 

 氷麗は赤ん坊を片手と背中で器用におぶり、空いた左手で膜に触ってみる——が、失敗した。氷麗の手は膜に触れることなく擦り抜けた。

 

「なにこれ?」

 

 本気でわからない。何の用途を果たす膜なのか? 何となく、うっすらと花開院(けいかいん)の陰陽道に似たニオイを感じるが、それとも違う。

 

「くそっ、おい何だこれは!?」

 

 立ち上がった警官が膜に蹴りを入れていた。

 

 蹴り?

 

 蹴れるのかこれは?

 

 試しに氷麗も右足で蹴ってみるが、スカる。氷麗の足は何事もなく膜を通り過ぎた。この膜は氷麗の体に何ら干渉しない。

 

 一方、他の者たちにとっては「見えない壁」のようなものとして機能しているらしい。現に周りの人々は困惑しながら膜を蹴ったり触ったり、もたれかかったりしている。

 

「人間を通さない……結界?」

 

 氷麗は呟く。

 

「おい! 何だこれは!? お前何者だ!?」

 

 膜ごしに警官に怒鳴られ、思わずのけぞる氷麗。「さ、さあ……?」首を傾げた。正直よくわからない。少なくとも氷麗の仕掛けた物ではない。

 

「怪しいぞお前! 普通の中学生じゃないな? さては妖怪変化の類いか! そこ動くなよ!」

 

 鋭い。

 

「あ、あっはっは〜そんなわけないじゃないですかー……」と氷麗は誤魔化し笑い、膜からさらに数歩距離をとった。「おい逃げるな!」と怒鳴られるが、逃げないわけがなく、氷麗は「失礼しまーす!」と言ってそそくさとその場を後にして、リクオたちがいるであろうセンター街方面に小走りで移動する。

 

「——あの膜が人を遮断する結界だったとして……」

 

 雑踏を駆け抜けながら、考える。

 

「この子はどうして通れたの……?」

 

 氷麗は改めて腕に抱く子を見た。

 

 緑髪の赤ん坊は、「ダブッ!」と元気よく声をあげた。

 

 尚、ちなみにそこは文化村通り道玄坂2丁目東——

 

 時刻にして、十九時頃のことだった。

 

 

 

     間

 

 

 

 片手で赤ん坊を抱きながら、氷麗はリクオのケータイ(正確にはスマホ)に自分のケータイ(ケータイ)で通話をかける。が、繋がらない。

 

「あれぇ? おかしいなぁ……」

 

 ケータイだってスマホに繋がるって氷麗に教えたのは誰だったか。首無? 黒田坊? 毛倡妓? 忘れてしまったが、もしや嘘か。

 

 いずれにせよ、困ったことになった。こんな人混みの中、リクオたちと合流するのは至難の業だ。どうしよう。

 

 一瞬だけ畏を解き放ってみようかしら……? それで私の居場所がわかるんじゃないかな……なんてことまで考えるが、やめる。おぶっている赤ん坊に悪い影響が出るんじゃないかと心配になったのだ。

 

「それにしても、あなたどこの子……? パパやママは? はぐれちゃったの?」

 

 赤ん坊は元気よく「アイッ!」と発声するが、氷麗の言葉を理解しているんだかしていないんだか、よくわからない。全くもって謎な赤ん坊だった。そもそもなぜ全裸なのか。「もしや、虐待とかされてたり……?」

 

 ピーンと来てしまった。

 

 そうだ、そうに違いない。お父さんが厳しすぎて服も与えていないんだ。お母さんもわがまますぎて勝手に髪を緑に染められたのだ。だから親元から逃げ出して、いかにも優しそうな氷麗さんに懐いたのだ。間違いない。

 

「な、なんて可哀想なの……! ええいどうしようどうしよう、いっそ奴良組で育てちゃいましょうか」

 

 奴良組本家で、氷麗とリクオが一緒にこの子のおしめを取り替えるような妄想がぽわわわ〜んと始まりそうになった時、「見ぃつけたぁーっ! ベル坊っ!」と氷麗の背後で誰かが叫んだ。

 

 びっくりして振り返ると、そこに悪鬼のような表情を浮かべた男がいた。

 

 その男は氷麗の抱いている赤ん坊を目つきの悪い目で睨んでおり(氷麗の主観)、今にも食い殺さんという勢いで(氷麗の主観)猛然と襲いかかってきた(氷麗の主観)。

 

「ひゃぁ〜っ!? お助けーっ!」

 

「おい、待てコラガキっ!? ベル坊をどこに連れてくつもりだっ!」

 

 やばいやばいやばい、めちゃめちゃヤバイ。

 

 本能がヤバイと言っていた。

 

 あの男にだけは無垢な赤子を渡してはならない。

 

 多分、食われる。

 

 氷麗は先ほど警官から逃げた時よりももっと速く駆けた。もう普通の人間だとは言い訳できないレベルで——しかし、先ほどの警官と同じく、その男も氷麗の足についてきていた。

 

「なんでーっ!? どしてーっ!?」

 

 最近の人間ってみんなこうなの!?

 

 それとも私が遅いの!?

 

 氷麗は己の足に自信をなくした。

 

 

 

    間

 

 

 

 「待てコラァっ!」

 

「ひゃーっ! お助け〜っ!」

 

 目の前を猛烈な勢いで通り過ぎていく男女を見て、白シャツに半ズボンというラフな格好をした女性が「わあ……治安最悪じゃん、渋谷のハロウィン。不良が少女を襲ってるし。やっぱ来るんじゃなかった……」と、青ざめた顔で言った。

 

「ねえ園長……ヤバイですって。もういいでしょ? 雰囲気はわかったでしょ? そろそろ帰りましょうよ——って、あれ? いない!」

 

 彼女はキョロキョロと慌ただしくあたりを見まわす。誰かを探しているようだった。

 

「園長ぉーっ!?」

 

 彼女はやがて、はるか彼方の屋台の前にいる()()()()を見つけて絶叫した。

 

「ワハハハ、なんじゃコレ! くっっっそマズイのう! 面白っ!」

 

「わかってるねぇお客さん、笑えるほど不味いだろ? そいつはゲテモノゲソシリーズの中でも最低傑作でよ——」

 

 店主と談笑しつつ、謎のゲソを食べているウサギ男——白シャツの彼女は猛烈な勢いでそこまで走っていき、「アウトーーーー!」と叫びながらウサギ男に目深の帽子を被らせる。

 

 帽子でウサギ顔が隠れたウサギ男——もとい、帽子男は、「なんじゃ、顔出さんとゲソ食えんじゃろが」と彼女に言う。

 

「食わなくたっていいでしょっ!?」と彼女は帽子男を一喝した後、店主に向き直り「あの、すみません! 勝手に取っちゃいましたよね!? お代はいくらですか?」と言って財布を取り出した。

 

「いいよ別に。ゲソは売りもんじゃねーし——にしても驚いたわ」

 

「え!? 何がですか? ちなみにこの人のこれは被り物であって決してホントウノウサギガオジャナインデスケド……」

 

「ああそれはそうだろうけど。まさかこんなの食べるヤツが、同じ日に2人も現れるなんてな」

 

「2人?」

 

 女性は屋台の片隅に突き刺さっているゲソの足を見て首を傾げる。横にはたこ焼きやらラーメンやらおむすびやらかぼちゃジュースやら、美味しそうなメニューがかかっているのに(とはいえなんだかメニューが雑多で節操がない。本当に全部作れるのだろうか?)、わざわざこんな不味そうなモノを食べた者が、我らが園長以外にいるというのか?

 

「そちらのウサギのにーちゃんが来るちょっと前にな? 黒髪の別嬪さんが来て、ウチの看板にあるメニュー全部食った後、そのゲソも食べてったんだよ」

 

「別嬪さんが……? メニュー全部食べた後にこれを……?」

 

 にわかに信じがたいという面持ちで女性が店主の言葉を反芻する。

 

「面白れー女っ!」

 

 多少意味が変わってしまう形容をした帽子男は、「そいつはどっち行った?」と店主に問いかける。

 

「さー……。駅の方に歩いてったかな? なんか待ち合わせがあるとかなんとか言ってたわ、そういや」

 

「いくぞ蒼井華(あおいはな)! 大食い女を追えっ!」

 

「えっ、ちょっと待ってください! そんな人見つけてどうするんですかァっ!?」

 

「面白そうな匂いがするっ!」

 

「何ソレーーーー!?」

 

 走り去る帽子男と白シャツの女性。彼らもまた、渋谷駅方面に消えていった。

 

 

 

    間

 

 

 

 渋谷駅西口、スクランブル交差点近く——

 

 「あのっ——すみません!」

 

「む?」

 

「ん?」

 

 眼鏡の少年が声をかけると、その二人は少年の方を振り返った。

 

 黒髪の美女と金髪の青年。二人は眼鏡の少年を一瞥するなり、「なんだ、大丈夫か」「どうした? あいにくだが、お菓子は持ってねーぞ」と尋ねる。

 

「ああいえ、人を探していて。マフラーを首に巻いた僕と同い年ぐらいの女の子、見かけませんでした?」

 

「マフラー? この時期に?」

 

 金髪の青年は怪訝な顔をする。「めだかちゃん、見たか?」と美女に訊くが、美女は首を横に振った。

 

「いや、見ていないな。友達か?」

 

「はい……はぐれちゃって。なんかスマホも使えなくて」

 

「そりゃ難儀だな。俺の貸してやるよ」

 

 金髪の青年はポケットからスマホを取り出し、画面を点ける——しかし「ありゃ、俺のも圏外だ。この辺一帯が電波障害なのか?」と言って、画面を美女と少年に見せた。

 

「はい、どうもそうみたいで……」

 

 困り顔になる少年。金髪の青年はしゃがみこんで少年に目線を合わせ、「もし見かけたら、ここらで君が探してたって伝えといてやるよ」と言った。

 

「ありがとうございます!」

 

 少年は礼儀正しく頭を下げる。

 

 少年の後ろから、つれあいらしき少年少女たちが「おーい、奴良くーん! 及川さんいたか〜い?」と声をかけてきた。

 

「いや、こっちにはいないみたいだ!」

 

 少年はそちらに返事をした後、またもう一度青年と美女に頭を下げ、くるりと踵を返して去っていった。

 

 金髪の青年は彼の後ろ姿を眺めながら、「にしても、俺たちが揃って後ろを取られるとはな」と呟く。

 

「俺も衰えたかねぇ……」

 

「あの少年、手練れだったな。相当な修羅場を潜っているようだ」

 

 美女が言う。「彼に心配される女の子、というのが気になるな。きっとよっぽどのじゃじゃ馬だぞ?」

 

「昔を思い出すぜ。よっぽどのじゃじゃ馬に振り回されまくってた尊き青春の日々を」

 

「確かに、不知火や江迎はとんでもないじゃじゃ馬だったな」

 

「オメーのことだよ」

 

 青年は呆れたように頭を振る。「っつーかまだまだ振り回されっぱなしだぜ。渋谷のハロウィンくんだりまで連れてこられて。あいにくお菓子は持ってきてねーぞ。なんで来たんだ? 理由、まだ聞いてなかったよな」

 

「何となく、だ」

 

 美女が言った。

 

「何となく、今日は渋谷に来た方が良いんじゃないかと思ったんだよ——いいや、違うな。『私たちがこの場に居合わせていればよかったのに』と、誰かに願われた気がしたんだ」

 

 美女はそう言って少し笑った。

 

「なんだそりゃ」

 

 青年も笑う。

 

「お告げか、でなきゃ夢の話かよ? 現実味がねーな」

 

「ああ、もちろん夢の話だとも。だが、お前だって嫌いじゃないだろう? 善吉。一夜限りの馬鹿騒ぎというのは」

 

「まあそうだな——学生時代を思い出して、昔の気分ではしゃぐのも、たまには悪くない」

 

 

 

    間

 

 

 

 「……ふうん。それは奇妙だね」

 

 「夏油(げとう)」が顎に手をあてながら言った。

 

 その場所は渋谷駅ハチ公口前——道の片隅。「夏油」の他に漏瑚(じょうご)花御(はなみ)陀艮(だごん)脹相(ちょうそう)が集まっており、怪訝な顔を突き合わせていた。

 

 彼らの周りを、改札から溢れてきた人々が通りすがる。

 

 通行人たちは、虚空と会話をする長髪の坊主と仏頂面のツインテール男を不思議そうに見て通り過ぎていくが、「夏油」も呪霊たちも、周りの目を気にするそぶりはない。

 

「待てど暮らせど『真人(まひと)の改造人間が来ない』——……。彼にも作戦は伝わっている筈だろう? 何か他に気を取られているのかな」

 

「いくら真人でも、流石にこの作戦を放棄して他の何かを優先するというのはありえない」

 

 漏瑚が首を横に振って言う。「何かトラブルが起こったと考えるのが自然だろう」

 

「トラブルねぇ……」

 

 「夏油」は遠い目をして呟く。

 

「相手側に対策を打たれていたのかな? 『メカ丸くん』は潰したし、作戦が外部に漏れている可能性はゼロなのだけど……」

 

「偶然、高位の呪術師と鉢合わせたのではありませんか?」

 

 そう言ったのは花御だ。

 

「これだけの人が集まっているのです。非番の呪術師と偶然鉢合わせになり、戦闘になる可能性はゼロではないのでは」

 

「ゼロではない、けどねぇ……」

 

 「夏油」は腑に落ちなさそうな顔をしていた。

 

「奇跡のような確率だよ? 真人と互角かそれ以上に渡り合える存在が、今日、真人と同じ列車に乗り合わせるなんて」

 

「しかし現実問題、真人は来ない上、改造人間も送られてこない」

 

 漏瑚は改札から更にわらわらと出てくる人の群れを見ながら言った。

 

「どうする? 夏油。最初の騒ぎを起こすのは儂等だけだろうと造作もないが——真人の改造人間がないとなると、色々と面倒だぞっ「お助けーっ!」——」

 

 漏瑚の言葉は途切れた。

 

 道ゆく者の一人が、漏瑚にぶつかったのだ。

 

「あっ、ごめんなさい! お怪我ないですか?」

 

 制服姿にマフラーを巻いた少女が、漏瑚に謝ってくる。本気で心配そうに、漏瑚の顔を覗き込んでいた。

 

 彼女はなぜか赤ん坊を抱いており、その赤ん坊も漏瑚を見て、「ダッ」と言葉を発する。

 

「……?」

 

 漏瑚は今起きた事象を咄嗟に理解できず、少女の顔を見つめ返す。

 

「本当にすみません、あの、私今ちょっと、いえかなり急いでてっ!」

 

 少女は申し訳なさそうに謝りつつも、足を止めることはなく、また駆け出す。

 

 赤ん坊を抱き抱えながら走り去る少女——漏瑚は、少女の後ろ姿を見ながら「おい夏油」と短く言う。

 

「ああ」と「夏油」は答える。「いずれにせよ、今日の渋谷を逃す手は無い。不穏因子を取り除きつつ、作戦の第一段階を始めよう。改造人間を使って起こすはずだった最初の混乱は各々で、同時多発的にやることにする。駅構内にも人が逃げ込むような陣取りでね。呪詛師たちにも連絡しておくよ。最初だけ、追加で手伝っておくれって」

 

「了解した」

 

 漏瑚は未だ少女の後ろ姿を捉え続けている。

 

 心なしか、周囲の温度が上がったような気がした。

 

 

 

    間

 

 

 

「はぁい。一般人狩りね。りょうかーい」

 

 重面春太(しげもはるた)は「夏油」の操る呪霊の一体から指示を受け取り、間の抜けた声でそう言った。

 

「オッケーオッケー、そういう仕事は得意よ。任せて頂戴」

 

 重面はそう言うと周囲を見渡す。一般人は腐るほどいた。剣を担ぐ重面は全く警戒されていない。仮装か何かだと思われているらしいが、都合が良い。警戒され、逃げようとされると少々面倒だが、こんなにも無防備ならば、殺すのなど造作もない。

 

 重面は剣の柄に()()()()()、ふわりと刃をもたげた。そしてあたりを見渡し、最初の獲物を誰にしようか見繕う。

 

 そのうちに、重面はある女に狙いを定めた。制服姿なところを見るに、警官らしい。それがわかって、重面は一瞬標的を変えようか躊躇うが、真っ先に警官を殺せば後がやりやすくなるのではと考え直す。加えて、彼女は眼帯をしていた。ものもらいか何かを患ったまま、渋谷の警備に駆り出されたということか。警察も人手不足らしい。なんにせよ、負傷中なら狙いやすい。

 

「さぁて——」

 

 重面は呪術師ゆえの常人離れした身体能力を駆使し、人混みの間を疾駆。その婦警に急接近した。

 

 そして剣を振り下ろす。

 

 重面の刃は、非術師からすれば必殺の一撃。意識していなければ——否、全力で注視していようと回避も防御も難しいだろう。ましてや今回は人混みに紛れての不意打ち。

 

 何の呵責もなく。

 

 何のためらいもなく、重面は剣を振り下ろし——

 

 ——なぜか、受け止められた。

 

 

 トンファーのような形状をした、2本の警棒(ブレイド)によって。

 

 

「——えぇ?」

 

 そんなまのぬけた声が重面の口から出た次の瞬間、重面の背筋にぞくりと寒気が走った。まるで三方から銃口を突きつけられているような、莫大な殺気にあてられたような感覚。その殺気が、目の前の婦警から出ていることに気づいた重面は、驚愕する。

 

 この婦警、やばい。

 

 気づいた時は全てが手遅れ——一瞬の後、重面は宙を舞っていた。

 

「ぐっふ——」

 

 にわかには信じられないが、重面は確かに見たのだ——いや、その時は速すぎて何がなんだかわからなかったが、後になってみれば何をされたのかはわかった。婦警の振るう2本のブレイドがとんでもない勢いで振るわれ、その余波で旋風が巻き起こり、その風に巻き上げられて重面は吹き飛ばされたのだ。アスファルトが削られ、電柱が倒れ、瓦礫が重面の上にバラバラと落ちてきた。

 

 特大の瓦礫が頭にあたり、重面はそこで意識を手放す。

 

 消えゆく意識の中、「どうして婦警がそんな武器持ってるんだよ」と考え続けた重面だったが、どうやってもその疑問は解消されなかった。

 

 

…………。

 

「——あぁー!? 何やってんだよキルコォ!? 警視庁栄典のチャンスがァー!」

 

「ごごごごめんなさい先輩! ちょっといきなり斬りかかられて、つい……」

 

 

 

 

    間

 

 

 

 俄かには信じ難いと、漏瑚は驚愕する。

 

 漏瑚の一撃は火山の噴火そのもの。常人は愚か、卓越した実力を持つ呪術師であっても、対処はほぼ不可能だろう。手加減したとはいえ、それでも噴火は噴火。年端も行かない少女一人葬るのには大きすぎる火力だ。

 

 その一撃は、しかし、防がれた。

 

 

 少女の奥から飛び出してきた眼鏡の少年によって——

 

 

 少年が握る刀と激突した漏瑚の拳は、それ以上の進撃が叶わず、弾け飛ぶ。

 

「——っ!?」

 

「——!」

 

 

 

 閃光。

 

 衝撃。

 

 遅れて、轟音。

 

 

 少年と漏瑚を中心に突風が起こり、周りにいた者たちを吹き飛ばした。

 

「なんだ、お前!?」

 

「それはこちらの台詞だ——呪術師か?」

 

 睨み合う、少年と漏瑚。

 

 互いの力が拮抗し、限界になり、弾け飛ぶタイミングでどちらも後方に跳ぶ。少年は刀を逆手に構え、漏瑚は新たに術式を発動するべく腕を振るった。今度は拳ではなく、溶岩の放出。突如として地面から湧き出たフジツボのような土塊から、灼熱の溶岩を少年に向けて撃ち出す。

 

「リクオ様——!」

 

 しかしそれは凍りついた。

 

 少年に届くより速く、横から差し込まれた絶対零度の吐息が、降りかかる溶岩を急速冷却する。漏瑚は目を見張った。

 

 先ほど漏瑚の狙った少女が、雪のように白い着物へと装いを変えていたのだ。

 

「……呪霊、なのか?」

 

 その様はまるで、妖怪雪女を想起させる。

 

 かつて小泉八雲が綴った妖怪——雪山と吹雪の化身が、そこにいた。

 

「ありがとう、氷麗」

 

「こちらこそ、ありがとうございました……! おかげさまで、赤ちゃんも無事でした!」

 

「赤ちゃん?」

 

 少年と雪女が何事か言葉を交わす。雪女は少年に背中を見せた。そこにはなぜか、裸の赤ん坊がいて、大層寒そうに体を震わせていた。

 

「ダッ……ダーッ……!」

 

「うわっ、寒そうだよ! 死んじゃうよ!」

 

「あーっ、そうでした! ただでさえ裸なのに、ずっと私と一緒だったから凍えそうで——」

 

「……」

 

 裸の赤ん坊を巡ってわちゃわちゃしている少年たちを、漏瑚が呆気に取られながら眺める——その赤ん坊は結局、雪女たちの後ろにいた少年少女たちが預かることになったようだった。

 

「……おい」

 

「えっ、あ、まずい!」

 

 少年は漏瑚に向き直り、慌てて刀を構える。「なんだお前は! いきなり攻撃なんかしてきて、僕らに何の用だ!」

 

「そーですそーですっ! 大体あなた、どこの組の妖怪ですかっ!」

 

 雪女の方も戦闘態勢で漏瑚に相対した。しかしその様が今ひとつ真面目になりきれておらず、漏瑚はため息をつく。質問は全て無視した。

 

「貴様——人か、それとも呪霊か、どちらだ?」

 

 そして少年にそう問いかける。

 

 それを訊くために、漏瑚は攻撃を控えていたのだった。

 

「貴様は……人に見えるが、呪霊のような匂いもする。どちらだ? どちらが本当の姿だ」

 

「……それは」

 

 漏瑚の問いかけを受けて、少年はわずかに刀の鋒を下げる。先ほどよりも落ち着いた構え方になり——姿を、変えた。

 

 少年の姿が揺らぐ。

 

 眼鏡が取られ、髪が伸びる。今の今までただの人間にしか見えなかった者が——信じられないほど巨大な力を帯びた存在に化けた。

 

 漏瑚は己の目を疑う。

 

 破格の怪異がいた。

 

 漏瑚の眼前に立っているのは、漏瑚たち自然呪霊にも畏敬の念を抱かせるような怪異だった。

 

「成程——それが貴様の真の姿か!」

 

 漏瑚は叫ぶ。

 

 ゾクゾクと興奮していた。

 

 まさか、これほどの存在が現代に生き残っていたとは——

 

「それこそがお前の本当の姿なのだな!? お前は、呪霊なのだなっ!?」

 

「——違えよ」

 

 しかし巨大な怪異は不機嫌そうに言う。

 

「昼の姿、夜の姿……どちらも俺だ。どちらも本当の姿。どっちが偽りとか、そういうのは無え。俺はリクオ。関東妖怪総元締、奴良組三代目総大将。奴良リクオだ」

 

「どちらも本当だと……?」

 

 そう言われて、漏瑚は困惑した。

 

 そして、激怒した。

 

「では、お前は人に付くというのか……呪霊の血を引きながら、それだけの力を呪霊の血から与えられておきながら——!」

 

「なんだか偉くおかんむりのようだが、ここで暴れるっつうんなら容赦しねえぜ」

 

 リクオは手に持つ刀——妖怪殺しの名刀、祢々切丸を逆手に構え、漏瑚を睨む。

 

「ここは、俺のシマだ」

 

 リクオと漏瑚は、ジリジリと間合いをはかる。互いの緊張が限界まで達した時、両者同時に動き出し——

 

 その直前、漏瑚の側面から豪速の拳が飛んできた。

 

 

「——火とか危ないだろーが! ベル坊が火傷でもしたらどーすんだゴルァ!」

 

 

 漏瑚の口から「ぶっ」という音が漏れる。

 

 漏瑚は派手に吹っ飛び、のみならず建物の壁に激突し、頭部が深く減り込んだ。

 

 馬鹿な——と、漏瑚は心中で叫ぶ。

 

 不意打ちとはいえ、この儂が殴られるとは。

 

 そして、壁に減り込むなんて。

 

 壁に埋まった漏瑚は、しばらくの間、事態を呑み込むことができなかった。

 

 

 

    間

 

 

 

「いやぁ、マズい。流石に予想外だなぁ、これは——」

 

 「夏油」は空飛ぶ蛇のような呪霊の妖怪の背の上で胡座をかきながら、ぼやくように言った。

 

 特急呪霊、全滅。

 

 呪詛師、ほぼ戦闘不能。

 

 かねてより準備していた渋谷での五条悟封印計画は、その第一段階に至る前で破綻したのだ。たまたま渋谷に居合わせていた一般人たちによって。

 

 いや、あれらを一般人と呼ぶことはできないだろう——と、「夏油」は思い直す。

 

 花御をボッコボコにした黒髪の女と金髪の男。陀艮をピースサインでぶっ飛ばしたウサギ男。あの漏瑚を氷漬けにした少年と少女。そしてその後、なんとか氷から這い出てきた漏瑚を大爆発させたチンピラ&赤ん坊。思い返すだけでも馬鹿馬鹿しくなる。特級を軽く捻る戦闘能力を持った化け物ども——なぜよりによって今日、この場に居合わせたのか。

 

「まあ、これを想定しろっていうのは無理だよね……仕方ない。また一から計画を練り直そう」

 

 夜風を感じながら、大して残念がるそぶりもなく「夏油」は言う。そしてまた「夏油」は、今回で懲りることもなく、悪だくみを始めた。

 

 この度姿を見せた者たちをどう扱えば良いか、うまいこと五条悟にぶつけることはできないかなんてことを考えながら、渋谷上空から離脱しようとしていると——

 

 進行上に、丸い「扉」が現れた。

 

「……?」

 

 訝しみ、呪霊に停止の命令を送る「夏油」。夜の中空になぜこんなものが出現したのか、首を傾げる。

 

 ——なんだ? これは。

 

 空間が真円状に切り取られ、どこかの家の門扉と繋がっているような光景だ。形状は和風の引き戸。木製の格子の間に障子紙が貼られている。少しの間、「夏油」が観察していると、扉は横にゆっくりと開いていった。

 

 

 ——そして扉の奥から、オレンジ髪の男が姿を見せた。

 

 

 黒い和装。

 

 やたらにでかい包丁のような刀を背負っている。

 

 その男は、扉の奥に何やら文句を言っていた。

 

 

「——何がついでだよ、第一、管轄がちげーだろ管轄が! 渋谷とかほとんど行ったことねーし! ハロウィンだから忙しい!? 知るか馬鹿! あんなん海の向こうの風習だろーが! んなもん祝ってんじゃねーよ和服集団!」

 

 

 

    間

 

 

 

 どっかーん、と。

 

 上空で華々しく何かが爆散したので、虎杖悠仁は「おっ」と顔を上げ、「花火かな?」と言った。

 

「花火ぃ?」

 

 釘崎野薔薇は訝しげに夜空を見上げる。

 

「そんなわけないでしょ、イベントなんか全部止まってるはずだし」

 

「そっか」

 

 虎杖は釘崎の方を向く。2人の隣にいた伏黒恵が、「呪霊か呪詛師の激突……だろうな。報告が確かなら」と呟いた。

 

「まじ? じゃあ今の声もそいつらかな」

 

 虎杖がそう言ったので、釘崎は「声って?」と尋ねる。

 

「叫び声」

 

 虎杖はそう答えた。

 

「げつが……げつがなんたらって言ってたんだけど。爆発の前に。聞こえなかった?」

 

 虎杖は2人を見るが、伏黒も釘崎も心当たりがないようだった。

 

「何にしても、現場に行った方がいいんじゃね」と釘崎。「空中で爆発したってことは、何かが地上に落ちたってことでしょ」

 

「報告が先だ。どのみち、帷に入る許可はまだ降りてないしな」

 

 伏黒がそう言った時、パリンと何かが割れる音が周囲にこだまする。

 

 3人とも音のした方を振り向いた。そちらは帷のある方向だった。

 

 その帷に亀裂が入っていた。

 

 誰かが何かを言う暇もなく、亀裂は大きくなっていき、やがて帷そのものが砕け散る。3人が呆気に取られていると、後ろから「おーい」と声がかかった。

 

 目隠しをした白髪の大男——五条悟が、そこにいた。

 

 五条は携帯端末を片手に持ちながら、「なんか収集ついたらしい」と言った。

 

「え? もう?」

 

 眉を寄せてそう言った釘崎に、五条は「うん、もう」と頷く。「呪詛師十数名がお縄になったって。だいたいが元夏油一派だったみたいよ」

 

「お縄って……。夏油って、百鬼夜行の夏油傑ですよね? あの夏油の配下が、そんな簡単に捕らえられるもんなんですか?」

 

 伏黒が問う。3人に説明する側の五条も、不思議そうな顔をして顎に手を当てていた。

 

「なんかねー……、これが妙な話なんだけど、どいつもこいつも、発見した時すでにノビてたり縛られたりしてたみたいなんだ。警察に捕まってた奴もいたのかな? いずれにせよ、『俺たちが来た時には全て終わってた』パターンっぽい」

 

「呪詛師の内部抗争ってことですか?」

 

「さあね」

 

 五条はお手上げとばかりに腕を広げ、笑ってみせた。

 

「まあ、今夜は誰も死ななかったってことで、めでたく納めようじゃないの」


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