Dämmerung…この国では黄昏時と称されるこの時間。私は差し込む西日に照らされながらただ1人、学園の大通り脇に佇んでいた。あの人といる時は酷く輝いて見えるあの夕日も、今の私には寂しいノスタルジーを感じさせるものに見える。
チラと腕時計を見る。約束の時間まであと5分。貴方が約束を破るはずがないと分かっていても、不安になってしまう。彼を信じ切れていない自分を恥ずべきなのに、私をここまで心酔させる彼に責任を求める。彼があんなにも魅力的だから。彼があんなにも私に熱心だから。だから私の心は彼に浸かってしまった。もう貴方無しでは生きていけない程に。
手元の翡翠色の箱を見る。金色のリボンで結ばれた箱の中には、私が丹精を込めて作ったザッハトルテが入っている。両親から貰ったレシピ通り、完璧な調理を施した。いつも通り…そう、いつも作っているザッハトルテと何も変わらない完璧なレシピ。量も、材料の混ぜ方も、加熱時間も、何もかも変えていない。それなのに…それなのにいつもより調理が何倍も楽しかった。彼がどんな反応をしてくれるのか。どんな笑顔を見せてくれるのか。それを思うと不思議と調理する腕に熱が生まれた。
やはり私はどうかしてしまったらしい。1秒1秒刻まれる秒針の音が寂しくて…切なくて…恋という気持ちを嫌という程理解させられる。一緒にいる時は何よりも幸せなのに少しでも離れたら深い悲しみに支配される。無意識に彼を彷彿とさせる物を求めその悲しみを埋める。これではまるで、恋をしているのではなく恋に支配されているではないか。そして最もどうかしてると思うのは…その感情に支配されてもいいと思っている事。彼との幸せを噛み締めるこの時間を何より尊く素晴らしいものだと感じ、永遠を求めているのだ。
「
一度口に出せば想いはドンドン増してゆく。会いたい、言葉を交わしたい、肌に触れたい、愛を伝えたい。気持ちがエスカレートしていく。でもまだこの想いは胸に秘めなければならない。私の手帳にはまだ、と交際する予定を記載していないからだ。今はただ、この幸せを享受して使命を全うする。その覚悟に忠実でもありたいのだ。
私の気持ちに気づいて…彼から来てもいいのに。
「フラッシュ~!ごめん、待った?」
遠くから彼の声がする。せっかく格好よくしてきた服装を乱しながら必死に走ってくる姿を見て胸がときめく。彼が私を想ってくれた時間を感じられて、頬が朱に染まる。
腕時計を見る。時刻は17時半ちょうど。約束通りの時刻だ。
「大丈夫ですよ。待ち合わせの時間どおりですね」
火照る頬を必死に冷まし、笑顔を向ける。こんな些細な事でも苦戦しなければいけないだなんて…貴方は本当に罪な人です。だから、好き。
「じゃぁ…早速移動開始…だっけ?」
昨夜私がLANEで送った今日のプランを確認しながら提案する。彼のスマートフォンのケースには丁寧に私との写真が差し込まれており、頬が緩んだ。
おっと、こうしている場合ではない。おもむろに手元の箱を取り出し彼を制止した。
「いえ、出発まではあと2分35秒あります。ですので…えっと…これを」
「それは…?」
首を傾げ訪ねる彼を他所に箱を差し出す。差し出された箱を見てビックリしたように目を見開く彼。全く貴方は…今日が何日か分かっているのですか?普段の機転が効いた風格とは打って変わった可愛らしい天然っぽさにときめく。
「今日は2月14日、日本ではチョコレートを贈るんですよね。ハッピーバレンタイン。心を込めて作りました」
そう言って箱を差し出す。飛び切りの笑顔を添えて。
「ありがとうフラッシュ!すっげー嬉しい!!」
やっぱり貴方はそう反応しますよね。子供の様に無邪気に…大袈裟で…可愛らしい。箱を開けた時は?食べた時は?きっと同じように喜んでくれるだろう。ああ…好きだなぁ…。
「ふふ…こちらも作った甲斐がありますね」
両手で口を隠しながら笑う。それに釣られて彼の笑みも大きくなる。
「それでは行きましょう。まずはショッピングですね」
夕日が私を照らす。これからの時間を思い心が弾む。もっと…貴方への好きを感じられたら…いいな。