どけ! おれがお兄ちゃんだぞ!!
アサリリみたいな女学園モノをやろうとしたけど書いてる作品数が多くて断念供養

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大阪終末時計~TSしたけどおれがお兄ちゃんだ!!

 

*くりあ とくてんを ひとつ えらんでね*

 

 おれは一刻も早く、その謎めいた記述の意味を読み解かねばならなかった。

 

 左腕の時計を見やると、表面のクリア板が血に汚れて数字が読めない。慌てて右手で拭うが、それは血痕をわずかに引き延ばして、新たな赤を塗り付けるだけだ。血で汚れていない部位はない。

 

 ポーションで汚れを流す方法もあったが、悠長に時間を取っている暇はないし、体力的にも余裕はなかった。

 

 舌と歯で汚れを舐め取って、吐き捨てることもせず数字を読み取る。

 

"0000,00,01,13"

 

 残り一分十三秒。

 

 おれの心臓は跳ね上がった。死に瀕して止まり掛けていた鼓動が慌ただしくリズムを刻み、身体からあらゆるエネルギーを搾り取って駆動に回す。火事場の馬鹿力を使い果たした肉体が最期の死力を尽くしている。

 

 おれの命と同じく、"終末へのカウントダウン"がすぐそこまで迫っている。迷宮で拾い上げた"終末の腕時計"のカウントは無慈悲に零へと近付いている。

 

 眼球に血液を送り込み、目の前に浮かび上がった五つの文字列を素早く読み取る。

 

*くりあ とくてんを ひとつ えらんでね*

 

*ぶじに かえる*

 

*かんとう あんてい*

 

*ししゃそせい*

 

*きかん えんちょう*

 

 無事に帰る。

 

 かんとう――恐らく関東の安定。

 

 死者蘇生。

 

 帰還延長。

 

 えらんでね――ということは、他は選べないということ。

 

 しかし、事ここに至っては無事に帰る気などない。

 

 この"東京終末時計"の迷宮に囚われてはや二年は経っただろう。残してきた妹のことを考えるだけで身につまされる思いだが、彼女が無事に過ごせる世界のためにおれは死ぬ。

 

 ――かんとう あんてい

 

 声はもう掠れて出ていなかった。

 

 文字列が一つだけになり、無事に"選択"できたという謎めいた確信を得ると全身から力が抜けていく。

 

*ひきつぐ のうりょくを ひとつ えらんでね*

 

 目蓋の裏に、またしても文字列が浮かんだ。

 

 おれの頭はもうほとんど回っていない。

 

 帰還延長なら隠された財宝でも漁れたのだろうか。

 

 妹に会いたい。

 

 ご飯は食べているだろうか。

 

 父さんはちゃんと働いているだろうか――余計なことばかりが頭に浮かんでは消え、浮かんでは消えていき、思考を阻害していく。

 

*きんりょく*

 

 ああ、それでいい。

 

*たいきゅ

 

*きよう

 

*ちのう

 

*かんか

 

*まり

 

*そ

 

 次の文字列は現れなかった。

 

 おれの意識は深い深い闇の中へと堕ちていき――

 

***

 

 迷宮という異次元構造物が出現してから五年が経ち、冒険者という職業ができ始めたころ。

 

 最初はシンガポールだった。

 

 三年間のカウントダウン付きの巨大な塔の迷宮――"終末時計"が現れたのは。

 

 カウントダウンは"シンガポール終末時計"の踏破によって止まると推測されていたが、終ぞ止まることはなかった。そこを踏破した冒険者は現れなかった。

 

 訪れたのは終末である。

 

 シンガポール――東京都の1/500にも満たない小さな都市国家中に、触れるもの全てを灰に帰す荒廃の風が吹きすさび、穴という穴から這い出た魔物が跳梁跋扈した。人が棲めるような土地は残らず侵略され、滅びの大地と化した。

 

 シンガポールが崩壊すると、ニューヨーク、東京、ジュネーブに同じものが出現した。

 

 期限は五年。

 

 ニューヨーク終末時計は残り一月を残して静止したが、東京とジュネーブのカウントは止まらなかった。

 

 終末時計に限らず、迷宮というものは安全と引き換えに数多の富や栄誉栄光をもたらした。一つ攻略すれば霞のように消え、人の血を欲するようにまた現れる。

 

 迷宮が産まれて十三年。

 

 奇跡が起こり、東京終末時計は止まった。

 

 誰が止めたのかも知らず、世界は回り、また産まれる。

 

*

 

「大丈夫ですか?」

 

 誰かが心配そうに語り掛ける声。

 

 おれは思考を巡らせる瞬間もなく、反射で飛び上がった。

 

 眠っていた?

 

 敵か、それとも何か――至近にヒト型二つ、遠くにたくさん。地形は平地、前方遮蔽物なし、背後に林、真下にはおれが寝転がっていた台か何か。

 

 まずは迎撃――と、非言語的に刹那の判断。

 

 愛用の武器を構えようとして、脳へ届いた抽象情報に視界から送られてきた具体的情報が提供されて理解が追い付いた。

 

 ここは公園で、ホームレスと炊き出しのボランティアらしき人がおれを見て目を丸くしている。

 

 それから、おれの腕は白く細く変わり果て――肉体の具合からして女になっている。

 

 "東京終末時計"を共に戦い抜いた武具やアイテムは残念ながら消えてなくなっている。

 

 おれの頭の中は混乱を極めていたが、表面的には平静を保っていた。

 

 女職員の案内のままに炊き出しの豚汁を頂きながら、身元に関する質問を投げ掛けられる。

 

「お名前、言えるかな?」

「(そこまで幼いのか?) えーっと……」

 

 言われてはじめて鑑みた。おれは立ち上がって自分の身長を目分量で測ってみる。

 

 元々の身長は180センチあったので仮設テントを潜るには屈む必要があって、パイプ椅子は腰よりも下に位置していた。

 

 ところが、30、40センチは縮んでいる。ちなみに髪の毛は長い銀色。

 

「シルバー……」

 

 思い出すフリをして、名前になりそうな文字列を探す。あまり複雑にしても、おれ自身が覚えていられない。

 

 空を見れば曇天、かなり肌寒くおれはブルリと震えた。視線落とすと、捨てられたであろう空き缶が目にはいる。

 

「シルバー・ドライモルツです」

「シルバーちゃんね……それじゃあ、年は分かるかな?」

 

 身元不明の、推定外国人。

 

 おれは自分の失策を悟った。日本語名であれば多少マシな支援を受けられる可能性がグッと上がっていただろう。

 

 失敗したなら、次は年だ。

 

 18なら成人で、ありもしない国に強制送還か?

 

 それとも入国管理の施設に閉じ込められるか?

 

 2年前、東京終末時計に潜る前でさえ不法滞在の外国人に対する風当たりは強かった。下手を打てばリンチされてその辺の路地に死体で転がることになる。

 

 おれには現状を知る時間が必要だが、あまり長くては"動く"のに時間がかかる。

 

 よく分からないが、戻ってこられたのなら妹の元へ帰らなければ。

 

「14です」

「それじゃあ、出身は」

「東京です、でも…………すみません、あんまり覚えてないです」

「うーん、どうしてここに寝てたのか、分からないかな?」

「はい……」

 

 まるで子供のような声だ。14とは言ったが、印象としては10歳くらいだろうか。

 

 追及されないことを期待し、俯いて言葉を濁す。日本語の発音そのものはネイティブのそれだ。

 

 疑問に思われないと助かる。

 

「えっとね……えー、あったあった」

 

 職員が近くのファイルをめくり、あるページを開いて見せてくる。

 

「ご両親が分からない子に向けて、紹介しているんだけど」

 

 内容を要約すると、孤児の"迷宮適性"を測って良さげなら冒険者になってもらう代わりにたくさん支援します、悪いなら普通未満!……というものだ。

 

 おれが"東京終末時計"に潜っていた二年間で、日本にも色々あったのだろうか。

 

 ともかく、おれにとっては渡りに船。飛び付くのは当然と言えよう。

 

 それから数日間は"府"のちゃちい宿泊施設に預けられ――おれが寝ていたのは大阪だった――健康診断や採血などを経て迷宮適性検査となった。

 

 ちなみに戸籍はないらしい。そりゃそうだ。

 

 外部とは遮断されていたのでネットで情報収集はできなかったが、その分考えをまとめる時間はあった。

 

 迷宮適性検査では、午前中に簡単な講義を四コマ×五十分ほど受けて――おれも数年前に受けたことがあるので二度目だ――から、運動着に着替えて様々な計測を行う。基本的には体力測定と似たようなものだ。

 

 まずは握力。

 

「はい、握ってくださいねー」

「噴ッ――」

 

 と、力をほどほどに加える。

 

 全力で握れば測定器が全壊しそうなことは、容易に想像できた。東京終末時計を攻略した際、おれは"筋力"を引き継いだ。

 

 その感覚は今でもはっきりとしている。

 

 しかし、器具を破壊すれば悪い目立ちかたをしてしまう。迷宮から這い出た魔物ですか?などとは冗談でも言われたくない。人に擬態する魔物は聞いたことないが。

 

 とはいえ、冒険者になることが確定している以上、よい待遇は得たい。返済不要の奨学金が貰えるとスムーズに事が運ぶ。

 

「はい…………248キロですね」

 

 ……反応、薄いな。

 

 まさか、終末時計が攻略されてから、何か人類に変化があったのだろうか?

 

 おれが東京終末時計を攻略してから二年もの月日が無情にも過ぎ去っていた。

 

 十五年前にダンジョンなんてものが現れて、十年前に終末時計が現れるくらいだ。ヒトそのものに不思議な変化があってもおかしくはない。

 

 ……ないのか?

 

 不安になってきた。属人的な問題なのか、それとも組織的に情報が漏れないように気を使っているのか。

 

 ぜひとも後者であってほしいね。

 

「次は左手お願いします」

「はーい」

「…………462キロですね」

 

 係員は手元の紙に数字を書き込むと、次の測定場所へと促す。

 

 後ろに並んでいる人がいるので、そそくさと先に進む。おれの他に子供が6人いたものの、知り合い同士はいないようで、会話は無い。この検査を受けているということは、孤児院出身だろうか?

 

 標準を確かめるために聞き耳を立てようにも、立ち止まると「?」という顔をされたので潔く諦める。不興を買って悪い評価をされたくない。

 

 次の項目は重量挙げ。……いや、背負い。

 

 ナップザックに重りを入れて、何キログラムまでなら立ち上がれるかを測定する。

 

 迷宮では使えるかどうか判別のつかないものが多々転がっているので、ナップザックを背負える重量は"冒険者"が採算を取るために重要らしい。おれは単独で、なおかつ迷宮にほぼ住んでいるような形だったので、その辺りの詳しい塩梅はわからない。

 

「はい、それでは次90キロですね」

「ほい」

「……おもり一気に載せちゃいましょうか、130キロで」

「はい」

「150キロで」

「はい」

「……200キロで」

 

 最終成績は300キロ。重りが足りなくなったので最高値だ。流石のおれも、ここまで荷物を持っていると普通に戦いにくいし、迷宮で大荷物を引きずるような真似はしない。

 

 戦闘もできて探索もできる現実的な重さは90キロほどだろう。

 

 それに何より、重い荷物を抱えていると、迷宮で最も重要視している*速度*が下がるのが頂けない。

 

 *速度*というものがこれまた厄介であり、同じこと一時間で行うとしても、*速度*が倍違うと時間が倍違ってくるのだ。

 

 つまり、*速度*が速ければ速いほど、一秒が五秒にも十秒にもなるのである。それが殺し合いの世界でどれほど重要かは言わなくても分かるだろう。

 

 なぜ背負ってる重さで時間経過が異なるのかは知らない。迷宮に聞いてくれ。

 

 おれは*そくど*を選んでおけばよかったと薄々後悔しつつ体力測定を行う。

 

 武器や魔道具の適性、地図作成についても検査され、長い一日が終わった。

 

 翌日翌々日は食事睡眠以外にやることがなく、小さな書架コーナーで日焼けして表紙が薄くなった巻が飛び飛びの忍者漫画をぼーっと読んでいた。

 

 府の施設だが、老朽化した建物を再利用したのか薄汚いのが玉にキズだ。食堂も個室の寝床もあるし、成績次第でやり直すチャンスもある。

 

 他国における*迷宮難民*への扱いよりかはなんぼかマシだろう。

 

 そういえば、鎌倉や愛知の方の防衛ラインはどうなっているだろうか。電子端末がない施設では外部の情報が全く入ってこないので、おれの知識は東京終末時計に入る四年前のままで止まってしまっている。

 

 学校のテストじゃないので現代の迷宮情勢を丁寧に教えてくれるはずもなく。たまに見かける職員に何某かを借りられないか尋ねたが、無視された。多分外国人が嫌いなタイプだ。

 

 自動車免許の合宿施設でも、もうちょっと何かしらは充実していると思う。

 

 外を見ても施設を囲う分厚いコンクリートの壁か、ありふれた自動車道しか見えない。

 

 体感で二年ぶりの二度寝を楽しみながら時間が過ぎるのを待ち、体力測定から三日。

 

 朝九時にノックされて呼び出されたかと思えば、案内された部屋には仕立ての良さそうなスーツのおじさんが四人、談笑しながら座っていた。

 

 こいつら現金にしたらこの建物より高そうだな……なんて思いながら、おれもソファに座る。

 

 道中で事情は聞いていたが、正直驚いている。

 

 それから始まったのは個室に案内されての一対一面談だ。

 

「初めまして、私は私立黒鷺女学院で理事長を勤めている――」

「私は関西迷宮女子高等学校で――」

「シリウス女学園で――」

「阪大付属白蓮女子学院で――」

 

 とどのつまり、成績優秀者への勧誘である。

 

 よほどの成績――いや、間違いなくトップクラスのスコアだったのであろう、冒険者を育成する女子校として四天王などと称されている学校からのスカウトだ。昔に名前を聞いた覚えがある。

 

 学費不要の特待生!返済不要の奨学金!三食完備の女子寮!

 

 その三点セットが基本で後は特典が諸々、どの学校はいる?ということであった。

 

 上記は待遇順に並んでいるので、もちろん私立黒鷺女学院への入学を決めた。

 

 女子寮は一人部屋!料金負担不要のタブレット端末支給!奨学金も一番多い!

 

 学費不要で奨学金も返済不要となれば実質お小遣いだ。

 

 これで興信所に妹の捜索を頼める。

 

 …………。

 

 おれは十四歳と言ったのに何故高校の案内が来るんだ???

 

 みな、今年の4月に入学することを前提に話していた。今は2月16日、ふつうは来年中3で……そうでもないか?

 

 生年月日いつって書いたっけ……。

 

 それとも、適当でもいいだろって感じ? 

 

 まあ、そこら辺はどうでもいいか。

 

*

 

 身請け先が決まった次の日から、おれの身柄は黒鷺女学院に置かれた。

 

 黒鷺理事長の秘書を名乗る美人に黒塗りの車で案内され、高速道路に乗って降りて合計……多分二時間くらい。

 

 少し寂れた街の、山々が近くに見える場所までやってきた。

 

 インターチェンジからして、滋賀に近い場所だろう。住所聞いておけばよかった。

 

「あの、秘書さん。ここってどの辺なんですか?」

「ドライモルツさん、あなたそんなことも知らずに来たの?」

 

 おれは名字の響きに笑いそうになり顔をムッとしかめたが、すぐに表情を戻してええはいと答える。

 

「黒鷺女学院は滋賀包囲線の一角を担っているわ、だから……そう、県境ね」

「滋賀、包囲線」

 

 四年前にはなかった防衛ラインだ。

 

「魔物は何処の迷宮から溢れているんですか?」

「知らないの……? "琵琶三大艱難(びわ さんだい かんなん)"よ、琵琶湖を正三角形に囲ってる三つの大迷宮」

 

 それから秘書さんは一年半ほど前に~と歴史を語ってくれる。黒鷺女学院は防衛線構築に合わせて校舎を移転したらしい。随分と金が掛かっているし、学生に防衛線の一角を担わせるとか人手不足か?

 

 ……いや、すげー情報が伏せられてるじゃん!!!

 

 待遇がやたらといいのは、危険だからか。

 

 ブラック~。

 

「ここが貴女の部屋です」

 

 そう言われて案内されたのは、ホテルのような建物の最上階だった。

 

 ドアを開けてもらって中に入ると、一人に与えるには大きすぎるもので3つも4つも部屋が連なっている。

 

「はー……ホテルのスイートルームみたいですね」

「スイートルームだったのよ」

「え?」

「こんな魔物が湧く場所の近くに民間人は住めないでしょう?」

「あぁ、だから放棄を」

「そういうわけ。東京は何だかんだ助かったけど、ニューヨークと違って大混乱よ」

「……ああ、終末時計が止まって?」

「そう。ウチもこんな所じゃなくて、鎌倉ラインの方に建てておけばって理事長がうるさいのよ」

「はは……ニューヨークは備えてたんですかね?」

「さぁ? でも、カウント終わる1ヶ月前だっけ? そのくらいには攻略していたし、日本もそういう計画性があればね……」

 

 愚痴もそこそこに会話を切り上げ、秘書はアレコレと設備を紹介する。

 

「門限は22時、もう一回言うけど制服はタンス、銀行のカードとかタブレットはあそこの棚にしまってあるから」

「ご飯とか、4月までやることとか、やってはいけないことはありますか?」

「んー? ないわよ? しばらくしたら課題を出すけれど、それまで暇なら迷宮に行ってもいいし」

「えっ」

「この辺りだと鉄道に乗って――」

 

 軽いノリで迷宮行ってきていいよ、は流石にやばくなーい?

 

 来年から迷宮の学校で勉強しますって言ってる子供にフリーハンドで「行ってきていいよ~」はヤバくないか?

 

 いやそれを言い出したら15歳から希望者を防衛線の辺りで訓練させますよ~も大概だと思うが。

 

 いや、首都や経済の中心地を喪失しかけた国家としては、強制的に中高生を駆り出さないだけマシなのかもしれない

 

 思わぬフリーハンドを渡されたので、おれは早速日に三本しかないという鉄道で市街地の方へ向かう。

 

 客室車両は2両しかないが貨物車両は8両ほど連結していた。そんなに一体何を運ぶのだろうか?

 

 40分ほど人の居ない鉄道に揺られ、タブレットで調べた最寄りの"中学生向け迷宮"へ向かう。

 

 正気か???

 

 危険極まりない迷宮に"中学生向け"なんてものがあっていいのか?

 

 そう思ったが、戦闘能力の底上げなどの名目で新しく導入された制度のようだ。

 

 もしかしたら妹も対象になっているかもしれない、そう考えてふと何かを忘れているような気がした。

 

 足を止めると、目的地の古ぼけた雰囲気のビルが目に入った。真新しい看板に真新しい塗装、外側はきれいに仕上げてあるが、ガラス越しから壁紙の不自然な亀裂や汚れが垣間見える。

 

 ビルへ入ってすぐに更衣室、貸武具の案内看板が目に入ったので、まずは受付へ向かう。

 

「あの、迷宮に入りたいんですけど」

「はい、初めての方ですか?」

「あ、そうですね、初めて来ます」

「こちらに必要事項の記入をお願いします」

 

 それから、と身分証明書にもなる学生証を渡して(身分証明書になる事に驚いたが)、住所、氏名、電話番号や迷宮探索歴を記入する。保護者の同意が必要ないことは先程調べて知っていたが、いざ必要ないとなると複雑な気分だ。

 

 問題なく手続きを済ませ、番号札をもらって貸武具室へ。

 

 部屋の中にはいくつもの武具が立てかけられたり、マネキンにつけられている。

 

 おれの体躯に合う防具は革の胸当てなど軽めのものばかり。欲を言えば特別なエンチャント付きのものが欲しかったが、初心者向けの施設だし仕方ない……いや中学生に持たせるんだから良いわけなくない?

 

 金属鎧すら合うサイズが無いのは不満だが、大体の中学生はそういうのは着れないのだろう、仕方ない。

 

 武器の方はロングソードを手に取ってみる。一時期その手の武器を使っていたので、軽めに2,3回振ってみると使い方は体が覚えていた。身のこなしも"東京終末時計"攻略時のままだ。

 

 ただし、どうにも正確性に欠ける。

 

 これはおれが*筋力*だけを引き継いでおり、*器用*を引き継いでいないからだろう。使い方は分かるが上手く扱えない――例えるならバッティングのコツを知っていても実際にはできないのと同じだ。

 

「すみませーん、武器って何本まで持っていっていいんですか?」

「あぁ、ちゃんと返却できるなら何本かもっていっていいですよ」

 

 お墨付きをもらったので、ウェポンホルダーにメイスとハルバードを差し込み、ロングソードとショートソードを鞘に入れて貸武具室を出た。

 

 『迷宮→』の看板に従って歩いていると、前方からがやがやと人の話し声が聞こえてくる。

 

 6人の男女が通路いっぱいに広がりながら歩いてきたので、おれは端に寄ってすれ違う。いや、すれ違おうとした。

 

 リーダー格の髪を金髪に染めた不良風の男が、馴れ馴れしい気色悪い猫なで声でおれの通り道を塞いだ。

 

「ねーキミ、ここらへんじゃ見ないけどハジメテぇ~?」

 

 それは性的なニュアンスを含んでいた。

 

 え?

 

「案内してあげよっか? なぁ?」

「ガイジンじゃーん! かわいー!」

「ケーサツ連れてこーぜ、どうせナンミンだろー」

「髪白っ! えーさらさ――」

 

 おれは自分が"女"のように扱われているという内容に結構な精神的ショックを受けたが、髪の毛を掴まれる前に伸ばされた手首を掴んだ。

 

 どうしようか、ロクでもなさそうなやつだしぶん殴ろうかな。いやでも手加減間違えたら死んじゃうかも。

 

 髪の毛を無遠慮に掴もうとした女は、手首を捻るおれのパワーに逆らえず無様なでんぐり返しをするように転んだ。

 

「おいなに――」

 

 そんなことをしている間に別の男が肩に触ろうとしてきたので裏拳で弾く。

 

「ぎゃ」「いって!」

「……あ」

「はなし――キャアアアア!!」

 

 この不良どもはどきそうになかったので、掴んでいた女を少し強引に振り回してリーダー格の男に投げる。地面に落ちる。

 

 その悲鳴はやけに頭に響いた。

 

 グワングワングワァンと頭の中を飛び回り、特殊なカメラを覗いているかのように視界が遠くなっていく。おれの身体は自分の物じゃないみたいに暴力的に動き始めた。

 

「どけよ!! 邪魔なんだって!! 絡んできやがってこれ以上は殺し合い殺すぞてめぇらクソッタレが!!」

「わりぃーわりぃ、んな怒んなよ?」

「チッ!」

 

 リーダー男が不貞腐れた具合でテキトーに謝ってきたので、舌打ちをしてからまごついてる他の奴らにわざと肩でぶつかってすれ違う。脇腹にぶち当たったのでうっと呻いて転んだが知らん。

 

 足早に迷宮へ逃れようとしたが、直後にリーダーの男が近寄ってきたので――忍び寄ったみたいだが足音がした――振り返るとおれに向かって前蹴りをかます直前だった。

 

 ロングソードを抜いて足ごと胴体を袈裟斬りにした。いや、しようとして普通にスカった。すれ違うように踏み込んだのでお互いの攻撃は不発。けれども攻撃できる隙は十分あったので剣の腹で背中を殴打した。

 

「っおゔ!?」

 

 取り巻きはなんかボーッと見てたので、転んだリーダー男のケツと背中を優しくサッカーボールキック! 一点二点三点!

 

「クソが! カスが!! 死体にたかる蛆虫のカス共がッ!! 瞬間湯沸かし器みてーな喧嘩っ早さで人間名乗ってんじゃねーぞクソッタレッ!!」

 

 蹴るだけ蹴って時折踏み付けるが、この光景を遠くから眺めるおれ自身が足を振る速度を抑えめにしてるので威力が出てない。リーダーの男は体を丸めてピクピクと痙攣していたが、頭を踏みつけてグリグリと地面に押し付け、もう一回ケツ蹴ってから迷宮に向かう。

 

 一歩二歩三歩と彼らから離れていくと、頭が冷えてきた。視界も元に戻ってきたし、理性も利く。

 

(何やってんだおれ!)

 

 さっきの件は不良どもに迷宮傷害罪が適用される案件なので、正当防衛くらいは勝ち取れるだろう。が、暴力に歯止めを掛けづらくなるのは問題だ。

 

 原因は想像がつく。

 

 "東京終末時計"を一人で攻略していったおれが、正気のままでいられたと思うか?

 

 そんなわけはない。

 

 おれはいつの間にか、冷徹な思考を維持したまま狂気じみた暴力を振るえるようになっていた。

 

 敵に攻撃するときはやかましく言葉を捲し立てて殴りかかるし、静かにしなくてはいけない場面で扉を蹴破ったり足音をどたどた立てるのは日常茶飯事。魔法や魔道具は使い方を知っていても全く使えなくなり、杖を力任せにへし折ったり魔法が暴走したりする。

 

 おれはさしずめ"狂気のシルバー・ドライモルツ"だ。迷宮や戦闘態勢ではまったくもって正気を保つことができず、狂戦士のようになっている。

 

 もっとも、その影響のお陰で終末時計を踏破できたと知っている。並外れた打撃能力や魔法的に与えられる恐怖などへの耐性に*速度*向上の恩恵に預かっている。

 

 こうした現象は迷宮用語で"天恵"と呼ばれており、おれは言うなれば"狂気の"天恵を授けられたのだろう。

有名どころで言えば"力自慢"や"切れ者"、"標的"などがあり、パワーや魔法成功率や魔物遭遇率に影響しているらしい。

 

 で、おれは迷宮に入った。どこもかしこも石灰岩に覆われた、暗い暗い迷路の魔窟だ。

 

 ここで体を慣らしながら、今のおれにできることを理解しないといけない。

 

 迷宮でお金を稼いで弟を探さないといけない。

 

 …………弟? いや、妹だ。

 

 いや、兄か、姉だったか……?

 

 何故おれは忘れようとしているんだ?

 

 家族の話だ、そうだ、名前も――思い出せない、思い出せない思い出せない思い出せない!

 

 妹だ、妹だ、おれは兄だったのだから、決して忘れてはいけないのに何故忘れていたんだ!?

 

 そうだ、公園で保護された時、真っ先に"自分の名前"が出てこなかったのは何故だ?

 

 おれは何か、失ってはいけないものを失っている。

 

 それでも、おれが兄であったことだけは確かに覚えている。

 

 おれは、おれがお兄ちゃんだ。

 

 待っていてくれ、名前も顔も分からない妹よ――。

 

*

 

 あの『終末時計』が現れてから経済は更に低迷。

 

 迷宮から溢れた魔物が防衛線を押し上げて人類の領域を蝕み、東京終末時計が現れた頃には学生を冒険者として育成することが正式に許可されるようになってしまった。

 

 そして、東京終末時計とニューヨーク終末時計が攻略されてちょうど二年が過ぎ去った日。

 

 四月一日。

 

 シルバー・ドライモルツは黒鷺女学院に入学し、再び立ち向かうことになる。

 

 もう一度、日本に生まれた大迷宮――"大阪終末時計"と。

 

 

 




一発ネタなので盛大につづかない

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