サイトさんが、ギーシュ達から舞踏会のことを聞いていたらのお話。▼原作9巻読破済み推奨▼原作との矛盾が発生する可能性▼アニメの内容も一部アリ▼pixivにも投稿中

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if~スレイプニィルの舞踏会

 

 

 

「スレイプニィルの舞踏会か……」

 

 数多の参列者に満ちたトリステイン魔法学院のホール。その壇上のオスマン氏の話を聞きながら、才人はそう零した。

 

 トリステイン魔法学院で行われるスレイプニィルの舞踏会は、言わば、慣れない社交界に飛び込まんとする新入生のための歓迎イベントである。

 ただ、普段行われる舞踏会とは一線を画すことがある。それは、この舞踏会の参加者の見た目だ。雅なドレスやぴっしりとした服を着るとは限らず、その服装は才人の世界のハロウィンの仮装パーティー以上に多岐にわたる。

 

 だが、真に注目すべきなのは着るものではなく、参加者の顔や肉体と言った装飾品抜きの容姿である。

——『魔法の鏡』による『仮装』が、このイベントの主な趣旨だ。

 魔法が存在する異世界、ハルケギニアの『仮装』は服を変えるだけではなく、人を文字通り『別人』に変えることも可能なのだ。鏡が本人の無意識の理想を反映させてまるっきり本人の容姿を消してしまうため、誰に変装するかを伝えないと友人やパートナーを見つけるのも一苦労となる。

 

「それを見つけろって言うんだから、ルイズも変な奴だよな」

 

 今、才人の隣にルイズはいない。勝手に突っ走ったルイズがはぐれたわけではなく、本人からの提案がその理由だ。

 曰く、変装した自分を見つけてほしいと。

 目の前でシエスタと言い争い、突然としてなされたその約束は今回のイベントにおいての才人の任務である。

 今回、才人が注目したのはその報酬である。

 

——アルビオンでの夜の続き。

 

 これだけだ。夜の続きだなんて意中の女の子から言われたら、男なんて簡単に尻尾をふる。才人とてその例外にはなりえないのだ。

 しかし、それぬきにしてもこういうイベント事は、才人の大好物だ。命のやり取りの伴わない非日常なんて、少年心をくすぐるに決まっている。

 自然と、才人の思考はルイズの理想へと移り変わる。相手の容姿に当たりを付け、片っ端からその恰好の人物に話しかけようという魂胆だ。

 

「ルイズの理想か。まあ、女の子だろうな」

 

 もし男だったらムカムカするので、才人はターゲットを女性陣に絞った。

 まず、ルイズとよくいがみ合っているキュルケだ。その豊満なスタイルはルイズの理想と言えなくもないが、キュルケを羨ましがっているルイズが想像つかない。

 キュルケときたらという勢いでタバサを挙げてみても、ルイズとの接点がまるでない。可能性はゼロだろう。つんけんしてる様が似ているからとモンモランシーに焦点を当てても、それ以上のつながりは見えてこなかった。

 ちなみに同じ貴族という条件を除くと、ジェシカやシエスタも候補に入る。だが、良くも悪くも貴族らしい彼女が、身分の壁を越えてまで理想とするとは思えなかったので、彼女たちは保留という形にした。

 

 そして、才人の中で可能性のある四人が思い浮かぶ。

 エレオノール、カトレア、アンリエッタ、そしてティファニアだ。

 最初に、エレオノール。彼女の性格の苛烈さを、ルイズは十二分に受け継いでいるように見える。目標として掲げていたとしてもおかしくない。

 

 次に、カトレア。ちい姉様ちい姉様と、ルイズが少女丸出しに甘えていたのは、彼女だけだった気がする。まるで中身が似ていないカトレアに、ルイズは内心理想を持っているかもしれない。

 

 その後に、アンリエッタ。正直、彼女が一番ありそうで一番なさそうという複雑な評価だ。ルイズは常に、姫様のために戦争に参加していた。才人が殿を務めることになったアルビオンとの戦争も、ルイズが虚無の魔法を姫様や国のために役立てようと、自ら戦地に踏み切ったことが発端だった。

 ルイズが姫様のことを本気で思っていることも分かっている。そこに理想を見出す可能性もある。だが、本気で役に立ちたいと思う相手に、ルイズがなり代わりたいと思うだろうかと才人は疑問に思ったが、とりあえず後回しにする。

 

 最後に、ティファニアだ。アンリエッタの次にあり得そうだと考える。理由は安直すぎて言うまでもないが、彼女にあって、ルイズに無いものである。

——胸部の戦闘力。これに限る。

 あれは無理だ。いかにルイズに痛みつけられようと、あの誘惑に引っ張られるのは男の遺伝子に刻みつけられた本能だ。

 そんな本能を呼び覚ます、彼女のナイスボディがルイズのコンプレックスを刺激しているのは、身をもって知っている。そんな凝りに凝り固まった嫉妬が、反転して理想になるかもしれない。

 

 そう結論付けて、未だ壇上にいるオスマン氏の話に耳を傾けると、

 

「諸君らが驚かないようにと隠そうかと思ってはいたが、……、なんと本日はアンリエッタ女王陛下もいらしておる」

 

 それを聞いて、会場のざわめきが拡大する。疑いようのない人気度だ。現に周囲の人間は、テレビ越しでしか見たことのないアイドルが近くにいるかのように、変なテンションになっているのばかりだ。

 

 才人は考える。アンリエッタは誰に化けたのだろうかと。

 すでに変装済みの才人は、自身の姿が誰になっているのかも把握している。他の参列者も同じく、別人と化している。もうすでに近くに女王がいるかもしれないこの状況は、才人を不思議な気分にさせるのだった。

 結局、アンリエッタが誰に成り代わっているかなんて、才人には想像もつかなかった。いつも一緒にいるルイズと違って、才人はアンリエッタの交友関係に明るくない。まったく知らない人になっていたら、分かるはずもなかった。

 

 とりあえずルイズを探して、見つけられたら姫さまも探してみよっかなー位の気持ちで、才人は楽観的にイベントに望むのだった。

 

 

 

 

 才人から遠く離れたテーブルの近くに、一人の女性が佇んでいた。

 桃色掛かったブロンドの髪に鳶色の瞳。この特徴を挙げれば、学院の貴族たちは、ルイズを頭の中に思い浮かべるだろう。

 だが、その女性の柔らかな表情がそれに待ったをかける。性格が苛烈なルイズがそのような慈愛に満ちた顔をするだろうかと、失礼な物言いと共に別人を疑われるだろう。

 何よりも髪型の違いや女性らしい豊かなスタイルが、彼女がルイズであることを否定する材料となる。

 

 その姿は、ヴァリエール公爵家の次女のカトレア。その人である。

——最も、中身は三女のルイズなのだが。

 

「サイトは、わたしを見つけられるかしら……」

 

 心配に満ちた顔をしながら、ルイズは不安を零す。

 正直、懸念材料は多い。今は、人々が理想を体現させる舞踏会。才人が他人の理想に引っ張られ、自身との約束も放り出してついていく可能性もあった。

 そんなことはないと思いたいが、実際あったらしばらくは口を聞かないつもりだ。あっちから何回も謝罪の言葉を投げかけてきても、絶対に許してなんかあげない。

 

 最悪な事態の想定を終了させると、ルイズは才人の理想に思いを馳せる。

 とりあえず、才人の立場になってみた。ひとえに理想と言っても、必ずしも同性とは限らない。最近の使い魔の周りにはうろちょろうろちょろと、憎たらしい脂肪が飛び交っている。言うまでもなく胸の。あのメイドのが、あのティファニアのが。あの欲深の塊が、才人の理想を歪めてしまうのではないかと。これで巨乳の女の子の恰好をしてきたら、忌々しい風船を宿したその胸を破裂させてあげるわ、とルイズは決意を固めた。

 

 しかし、その理想がご主人様である自分だったら話が変わる。

 恐れ多くも公爵家の娘になりたいという気持ちが少しでもあったとしても、ルイズとしてはやぶさかではない。まあ、その思い上がりを許してあげてもいいわ、とルイズはそう思いながらも、胸の大きいルイズの変装をしてきた才人の姿を脳裏に浮かべ、勝手に不機嫌になっていくのだった。

 

 そんなアップダウンの激しい機嫌に揺れながら、ルイズはその場に留まった。見つけてもらう側な以上、自分から才人を探しに行くことはできない。

 やきもきした心を押さえつけ、ルイズは才人の姿が見えるのを待ち続ける。

 

「早くご主人様を見つけなさいよ…………バカ」

 

 ルイズの寂しげな声は、周りの喧噪にかき消えていった。

 

 

 

 

 目標、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。

 サブクエ、アンリエッタ・ド・トリスティン。

 

 ルイズがなり替わっている可能性の高い、アンリエッタとティファニアの姿を目当てに探すことにした。

 もちろん、ヴァリエール家の姉二人も忘れない。学院にあまり訪れない二人だ。生徒たちの中では知名度こそあれど、実際外見を知っている人はいないのではないかと才人は考えた。つまり、エレオノールかカトレアのどちらかの姿を見つけたら、その中身はほぼルイズで確定なのだ。

 そう行動方針を作り上げ、ルイズを探そうと歩き回るものの——、

 

「え、サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガさんですか! お、お会いできて光栄です! 七万の進軍を阻止されるなんて…………。一トリスティン貴族の一人として、お礼させてください!」

 

「あ、ありがとう…………」

 

 何人目かも分からないアンリエッタに声を掛け、何度目かの空振りに終わる。

 自分のファンを名乗るその女生徒からお菓子をもらい、才人は背を向けて別れた。

 

——振るわない戦果に、溜息をつきたくなった。

 

 最初の方は、顔を綻ばせてくるアンリエッタの姿にドギマギしたものだった。時折見せる少女らしい一面を前面に押し出してくるアンリエッタはとても魅力的で、何か見てはいけないものを見てしまったようなイケナイ気分になるのだ。

 

 でも、そんな可愛らしい姫の誘惑を遠ざけ、別れるとそこにはまた姫。

 これだけで、才人は一気に現実に戻るのである。何というか、着ぐるみの中身を知ってしまったような悲しい現実感がのしかかるのだ。

 今日は変装舞踏会。彼女たちは、偽物。本物の姫さまは、あんな顔しない。

 あんな素直な表情を見せてきたのは、トリスタニアの安宿で二人っきりになったときだけだ。あのときの彼女には、才人しか頼れる人がいなかっただけ。それに過ぎない。

 

 そもそも自分には、ルイズがいる。アルビオンで決別し、再会したときにあれだけ泣かしてしまった大切なご主人様。

 自分がいなくなったら死んでしまうかもってくらい、号泣してくれたご主人様。

 

「もう、そんな理由で泣かさねえ」

 

 冷え切った頭で思考を切り替え、ルイズ捜索へと繰り出す。

 才人は、この任務の趣旨をあれこれと考え始めた。

 ルイズが孤立しがちな性格なのを抜きにしても、自分を待っている間に友人と喋っていたりするだろうか。待ち合わせをしている以上、ルイズは一人でいるのではないかと。

 それで、一人群れずに立ち尽くしているアンリエッタに話掛けているのだが、如何せん数が多い。女王陛下の人気が、このときばかりは憎たらしかった。

 

「——え……先生? いや、そんな訳………失礼?」

 

 脳内で姫さまに文句を言っていると、意識外から声を掛けられる。振り向くと、また新たなアンリエッタの姿。

 新アンリエッタは才人と目が合ったことを確認し、頷くと、

 

「わたしは、モンモランシー・マルガリタ・ラ・フェール・ド・モンモランシ。貴方の名前を聞いても?」

 

「——ああ、モンモンか。……平賀才人、知らない名前じゃないだろ」

 

「やっぱりアンタか。ま、そんな都合の良い話あるわけないわよね」

 

 新アンリエッタ——モンモランシーはがっくりと肩を落とす。彼女の声に、共に行動していたのか二人の人物が姿を見せる。

 見たことのない可憐な美少女に、ギーシュ————ギーシュ?

 

「おい、まさかお前」

 

「僕? 見ればわかるじゃあないか。ギーシュ・ド・グラモンその人さ。僕の姿をしている人が一人でもいるかと思ったけど、みんな恥ずかしがり屋なようでね。鏡越し以外で自分と対面できるのは、また来年までお預けという訳さ」

 

「——間違いないな」

 

 まさか本当に、ギーシュがギーシュのままだとは思わなかった。

 それと同時に、中身と外見が一致することが、とてもありがたかった。

 そう才人は内心感動しつつ、もっとも中身と外見が乖離しているだろう存在を目に入れる。

 正直、この存在と現実から目を逸らしたかったが、火中の栗を鷲掴みする勢いで尋ねる。

 

「あんた誰?」

 

「僕だよ、僕! マリコルヌ・ド・グランドプレ! 何だよ、モテない男が美少女になっちゃだめだって法律がトリスティンにあるのかよ! モテる男は美少女にチヤホヤされて、あまつさえ美少女にもなれるというのかい! こんなに不平等で不条理なことは許されないとは思わないか!?」

 

「いや、お前がなったら死刑だろ」

 

「ナンデ!?」

 

 外面が美人でも、中身がマリコルヌだと知っていると、そのギャップに胃が絞られるような気味の悪さを覚える。

 黙っていれば何の害をもたらさないだろうが、本人に言っても無駄だろうと、才人は放っておいた。

 

「それはそうとサイト。君の理想は、やはり…………」

 

 先ほどの態度から一転し、ギーシュが神妙な顔で話しかけてくる。

 そのらしくない態度から自分の理想の根源を尋ねていることを察し、才人は考えに考え抜いて、

 

「——わかんねえ。俺自身、なりたいと思ったことのある人がいるわけじゃないし。でも、今の俺がシュヴァリエに、騎士隊の副隊長になろうと思えたのは、先生の存在が大きいのは確かなんだ」

 

「そうか。…………ならば僕も、感謝せねばならない。女王陛下の近衛隊の隊長という重責を、僕と一緒に背負う覚悟を決めてくれた君と、その後押しをして下さった先生にね」

 

 そう言って、ギーシュはいつもの様子でキザに笑った。

 こういうときくらい自然に笑えないのかと、才人は内心思ったが、こうでないとギーシュっぽくないと反論する自分もいるのだから、不思議だった。

 そして、そのやりとりを静かに見守っていた一人に才人は振りむき、

 

「モンモンが姫さまなのは、やっぱり同じ『水』の使い手だからか?」

 

「——ええ。昔はただ漠然と憧れだったからというのもあるけど」

 

「——」

 

「女王陛下だったら、きっと救えたもの」

 

 「誰を?」なんて、才人は聞かない。そんな無粋なことを聞くほど図太くはないし、彼女の言葉から察せないほど、鈍感ではないからだ。

 この姿で彼女の前にいるのは酷だと考え、才人は三人と別れることにした。

 案外人の気持ちに聡いモンモランシーは才人の意図を察せるだろうし、意外と気が利くギーシュも、モンモランシーの気持ちに最適な形で寄り添えるだろう。今は残念な美少女になっているマリコルヌだって、空気の読めない奴じゃない。

 

 決して彼らと別れたのは、自身の中から込み上げてきた涙が理由ではないのだ。

 

 

 

 

 アンリエッタ・ド・トリステインは、この世に一人しかいない人間である。

 それは彼女に限った話ではない。あらゆる人間に限らず、生物は同じ個体が複数存在するなど、あっていい話ではないのだ。

 だが、今回のイベントでは無粋の極みの話でしかない。今夜に限り御伽噺のごとく、ありもしない現実は魔法で実現される。

 この会場だけでも、『アンリエッタ』は二十人以上は存在するのだから。

 では、『女王アンリエッタ』は何人だろうか。同じく二十人以上? それは違う。みんな形ばかりの王冠を被り、国の頂点としての重責を知らずに、女王本人が滅多に浮かべないような笑顔で舞踏会を楽しんでいる。

 それが『女王』であるとは、とても言えないだろう。

 

——じゃあ、形ばかりの王冠すらなく、国の頂点としての重責を抱えさせられて、本当の笑顔すら浮かべられない今の自分は、誰なのだろうか。

 『女王』だとは、思う。では、『アンリエッタ』なのだろうか。

 

 才人から少し離れた壁際に、一人の女性が佇んでいた。

 桃色掛かったブロンドの髪に鳶色の瞳。この特徴を挙げれば、学院の貴族たちは、ルイズを頭の中に思い浮かべるだろう。

 だが、その女性の色気すら感じる物悲しい表情がそれに待ったをかける。性格が苛烈な上にガキみたいなルイズが、そこはかとない魅力に溢れる顔をするだろうかと、失礼な物言いと共に別人を疑われるだろう。

 しかし、それ以外に彼女がルイズであることを否定する材料はない。

 

 その姿は、女王陛下直属の女官のルイズ。その人である。

——最も、中身は女王陛下なのだが。

 

「————サイトさん」

 

 虚無の曜日のお休みを返上し、学院の舞踏会に参加した女王陛下——アンリエッタ。だが、心のどこかに住み始めた少年の姿は当然のようになく、早くも自身の選択に後悔が生じ始めた。

 そもそも、自分は才人の理想を知らない。ルイズほど近くにいたのなら知っているだろうが、距離感で完全に後手に回っている。

 才人にとって自分は、主の幼馴染。

 理想を語ったりなどの親密な関係になるのには、主を経由するのが必要な距離感ができてしまっている。

 

「何て、ことなの…………」

 

 ルイズの姿となった、アンリエッタの鳶色の瞳が光を失いかける。

 公衆の面前で、堂々と彼と話すという夢に白羽が立ったのが、この舞踏会である。だが、自分が相手の理想を知らないのでは、出会う前に自然解散となってしまう。

 自身の迂闊さに、アンリエッタは唇を噛んだ。

 

「このままでは、ルイズにも会えな————!」

 

 自分の目の前を今、誰が通り過ぎただろうか。

 最近では見慣れたが、この世界では見慣れないあの独特な青い服は、彼しかいない。

 瞬間、アンリエッタの脳内で、幸せな妄想が展開される。

 きっと、彼は鏡を潜るのを忘れたのだろう。イベントの内容も理解しないままどこか行ってしまい、そしてたまたまホールで催し物があったので、興味津々で来たに違いない。まったく仕方のない人だ。七万もの軍を止めてくださった英雄も、普段は普通の男の子なのだ。ならばその男の子の部分を、自分にも見せてほしい。

 

 脳内で勝手に覚悟を決めたアンリエッタが、足早に才人へと向かう。いかにも偶然を装い、バッタリ出会いました感を全力で演出する為である。

 こんなことに全力投球していることを、かの影の苦労人である、マザリーニ枢機卿が見たらどんな顔をするのだろうか。

 だが、そんなことは彼女の知ったことではない。視界に入る才人の目線がこちらにぴったりと合い、才人の姿が口を開いた。

 

「あれ、貴方はサイトさんの所の…………ミス・ヴァリエール?」

 

「————え?」

 

「あ、違いますよね。今日はそういうイベントでしたし…………では、僕の名前は——」

 

 才人の口から出る「サイトさん」という言葉に、アンリエッタの幸せ想像図が崩壊した。その他人行儀の態度から、中身が才人ではなく、変装した別人なことは明確だ。あまりにも衝撃的なことに表情を歪めそうになるが、笑顔のまま堪える。

 相手の自己紹介を聞いて名前を記憶し、『女王』として名乗りを上げた。

 

「わたくしは、アンリエッタ・ド・トリスティン。今日は女王ではありません。ただ、学院の催し物に寄せられて来た一人の女性です。そう堅苦しくなさらずに」

 

「え!?…………あぁ、申し訳ありません。あまり大事にしてはいけないですものね」

 

「ええ。それに…………全員がわたくしを探してくださる方が、面白いではないですか」

 

 真に自分を探してくれて面白いのは、才人とルイズくらいである。他の生徒たちに必死に探してもらえるのもそれはそれで嬉しいが、面白いと感じられるのはこの二人だけだ。

 

「それにしても、貴方。サイト殿が理想なのですね」

 

「はい! やっぱり何回聞いても七万の兵を足止めするなんて、英雄ですよ。一人で何人倒せます? 僕たちメイジでも平民相手で数十人が良い所ですよ。それなのに、彼は平民で、それに相手は平民とメイジ含めた七万。本当、それだけで憧れる理由になりますね」

 

「分かります。彼は、わたくしの国を救ってくださったのですから」

 

「——あの、陛下はどうして彼が殿を務めたのかってご存じですか? やれ平民らしくお金のためだの、貴族みたいに名誉のためだの、いろいろ噂が飛び交っているのですよ」

 

「申し訳ありません。そればかりは軍部の指示によるものでして、詳細は」

 

 本当は軍の指示により『虚無』の担い手のルイズが殿とされ、代わりに才人が出撃したというのが事の顛末だ。しかし、『虚無』という極秘情報に触れる以上、ぼかすしか手がなかった。

 だが、才人姿の男子生徒の次の言葉に、別の方向に度肝を抜かれた。

 

「そうですか。——————でも僕は、好きな女のためだと思うんですよ」

 

「——!?」

 

 その言葉は、アンリエッタの心をチクリと刺した。

 

「こう言っては何ですが、彼が平民だったのは事実なんです。だから、名誉よりも命を取るだろうと思います。それに、平民だとしても、彼はあの公爵令嬢のミス・ヴァリエールの使い魔。お金に困ることなんてないじゃないですか」

 

 では、愛国心? と言いそうになり、アンリエッタは自分で否定する。

 彼が異世界からの来訪者であることは、オスマン氏からもう聞いている。

 騎士叙勲のとき、誓ったのは国への忠誠ではなかったのだから、それは事実だろう。

 そんな彼に、愛国心なんてあるものかと。そんな彼が愛していたのは国ではなくて、もっと身近な————。

 

「まあ、そこのところは僕の勝手な妄想みたいなところがあるので。理想はこの通り、サイトさんですけども。——でも、もし彼が七万の兵に飛び込んだのが、好きな女のためなんてどうしようもない理由だとしたら——————」

 

「だとしたら…………?」

 

「もっと好きになっちゃいますね」

 

 

 

 

 何人も何人もアンリエッタに話しかけ、何回も何回も空振りをしてきた才人は、すっかりアンリエッタに酔ってしまった。それに酔うと言っても、お酒ではなく、ニュアンス的には乗り物酔いに近い。要するに、お腹いっぱいなのだ。

 正直才人は、しばらくアンリエッタの姿を視界に入れたくなかった。目の保養のために外を眺めようと、才人はベランダに向かう。

 

 たどり着くと、そこには桃色の頭をした先客が居た。

 桃髪は向こうを向いていて、こちらに顔を合わせようとしない。だが、後ろ姿でも毎日のように見ていれば分かる。

 まごうことなく、ルイズの姿だ。

 久々にルイズを見れたので泣き出しそうになるが、問題は中身である。

 才人の中では、この中身がルイズである可能性は限りなく低い。

 まさかルイズが、ギーシュのような自分大好きっ子なわけじゃあるまいし、周りにゼロゼロ言われてきた自分を好きになるような性格でもないからだ。

 そして、ルイズでないのなら消去法で、才人の知っている範囲なら一人しかいないのだが。

 

「姫さま…………?」

 

「!!——」

 

 予想できる中身を呼ぶと、ルイズが振り向いた。そしてこちらを見ると、さらに目を見開いた。この流れでもはや中身を告白したようなものだ。

 アンリエッタから逃げたらアンリエッタが居るなんて。誰が予想できるだろうか。

 

「貴方……もしかして」

 

「ええ。平賀才人、いや…………」

 

 そのまま名乗ろうとしたが、自分に爵位を与えて、この世界でやりたいことを見つけるための翼を授けてくれた人への感謝を伝えようと、才人は改めて、名乗りを上げる。

 

「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガですよ。女王陛下」

 

 その瞬間、アンリエッタの目が瞬いたのを、才人は目にした。

 

「複雑ですわ。サイトさんがシュヴァリエとなってくださったのは嬉しいのですが、すると『女王陛下』までついてくるのですね」

 

「——別に嫌なら姫さまと呼んでも平気ですよ。呼び方一つでどうこう言われるほど、馬鹿馬鹿しいこともないですし」

 

「まあ、そこはルイズとは違うのですね」

 

 手を合わせ、柔らかく微笑むルイズの姿に、才人の顔が赤く染まる。

 中身がアンリエッタと分かっていても。否、分かっているからこそ、そういう気分になるのかもしれなかった。

 

「それにしても、姫さまの理想がルイズとは思わなかったです」

 

 ふと思い浮かんだことを才人が伝えると、アンリエッタは顔を曇らせつつ、

 

「……あの子は、わたくしに持っていないものをたくさん持っているのです。何者にも侵されていない彼女の純真な心も、その一つ。それの少しでもわたくしにあれば、あのような戦地にたくさんの方々を送り出すこともなかった。……そう思う日が、後を絶たないのです」

 

 淡々と、内心を吐露するアンリエッタに、才人は閉口する。

 自身の罪を懺悔するように目を伏せる彼女は、かつて安宿に一緒に泊まったときの彼女に戻ったようだった。

 

「たくさん、人が死にました」

 

 そう言ってアンリエッタは、眦に涙を光らせる。

 見慣れたルイズの顔が悲しみに歪むことに、耐えられなかったのかもしれない。

 気付けば、才人は口を開いていた。

 

「戦争なんだから、仕方がないじゃないですか」

 

「……でも、今回の戦争はわたくしの復讐の念が招いたことです。それが原因で、たくさんの人が亡くなって……」

 

「全員とは言わない。でも、みんな望んで戦争に行ったと思いますよ。お金のためか名誉のためか、大切な誰かのためかは分からないけど」

 

「——では、サイトさんは何のために?」

 

「それは……」

 

 涙を拭きとったものの、少し目を赤くしたアンリエッタが尋ねる。

 その問いに対する答えを才人は持っているものの、今言っていいものかと何故か躊躇した。

 沈黙する才人に、アンリエッタは不器用に笑うと、

 

「良いのです、サイトさん。自分でも、不躾な質問だったと思いますし。でも一つ、お願いがあるのです」

 

「何でしょう?」

 

 そう才人が返すと、今度はにっこりと笑い、アンリエッタが堀の方に向かっていく。

 月光に照らされた桃色の髪が、いつものルイズとはまた違った雰囲気を醸し出す。

 足を止めると、こちらに振り向く。

 鳶色の瞳を、当のルイズがしたことのない程に輝かせて、アンリエッタは言った。

 

「今日だけは『お前のため』と、そう一言だけ言ってくれませんか? ほら、ちょうど今のわたくしは、『ルイズ』なのですから」

 

 花が咲いたような笑顔と共に提案されたことは、才人にとってもアンリエッタにとっても、残酷なことだった。

 一見して誰も幸せにならなそうな提案をする彼女に、才人は疑問に思ったが、

 

「姫さま、それは」

 

「——分かっています。これが許されざる愚行であることも。ルイズと貴方の絆に亀裂を入れかねない、罪深いお願いであることも。でも、これでやっとわたくしは、『女王』ではなく『女王アンリエッタ』として公務に戻れると思うのです」

 

 才人には、『女王』と『女王アンリエッタ』の違いがよく分からなかった。

 よくは分からなかったが、なんとなくは分かった。

 たぶん、気持ちの持ちようの違いだと思う。彼女らしさを失わないで王としての責務を果たすとか、そういった意味合いだと当たりを付けた。

 

 だとしたら、彼女の願いを叶えなければなるまい。これがルイズとアンリエッタを傷付けかねないと知りながらも、才人は行動に移そうと思った。

——女王という肩書によってアンリエッタがいなくなってしまうのは、とても寂しいから。

 期待に揺れる鳶色の瞳に目を合わせ、才人は言った。

 

「——お前のためだよ」

 

「——」

 

「戦争に協力したのもゼロ戦を飛ばしたのも、アルビオンの軍勢に一人で飛び込んだのも」

 

「——」

 

「全部、どうしようもなくわがまま女な、お前の力になりたいと思ったから」

 

「——うん」

 

 ルイズとアンリエッタ、どっちとも取れる言い方をしたことは、アンリエッタに気づかれているのだろう。

 才人が誰のために戦争に行ったのかも、彼女は知っているのだろう。

 それでも、自分の気持ちと彼女のお願いを両立させるのに、必要なことだったのだ。

 

 

 

 

 一言だけというお願いを逸脱した才人に、アンリエッタは目を瞑りながら頷く。

 声以外が別人の姿となっている今の彼が言っても、あまり響かないと思っていた。

 でも、そんなことはなかった。そして、姿形が別人なことがどうでもよくなるくらい、重要なことが分かった。

 才人の姿に扮したメイジの少年が言ったように、才人は国のためなんかに戦ってなどいなかった。

 

——(アンリエッタ)のためじゃなく、好きな女(ルイズ)のため。

 

 それを知ったアンリエッタの心に宿ったのは、事実を認めたことによる、諦めではなかった。

 事実は認める。認めたからこそ、生じたのはある確信。

 一種の、確信だった。

 才人という少年の傍にいることで、『アンリエッタ』になれると。

 王冠なんて別の人の頭に乗っていた、子どものときのように。

 まだ幼く、王様の重責など見当もつかなかった、無垢なあのときのように。

 心から笑い、ルイズと物の奪い合いをして戯れていた、腕白な少女だったときのように。

 

 今日一日に渡って抱いていた澱みが、胸の内から消えていくのを感じる。

 『女王』のベールに隠されていた本心が、目の前の少年が欲しいと主張する。

 気付いたときにはアンリエッタは足を踏み出し、驚く少年の前に立ち、

 

「——サイトさん」

 

 『サイト』なんて呼び方はしない。今の見た目を使ってそう呼んだとしても、彼のルイズへの愛情が深まるだけ。そんなの、耐えられない。

 ルイズの容姿を使ってお願いを聞いてもらうことは、もうおしまい。

 

「!……姫さま!?」

 

 体を押しやって、カーテンの陰で彼と二人きり。誰にも見えない環境を活かし密着する。

 姿が見えづらい環境の中、動揺する彼の声だけがその存在を示す。

 示すと同時に、アンリエッタの胸を高鳴らせる。

 

「そ、そういえばルイズはどこかなー? 姫さまもルイズを探しに来たのでは?」

 

「今日は、貴方に会いに来たのです」

 

 未だに状況についていけない彼が、別の話題に逃げようとする。それもよりにもよって、ルイズの。

 だが、アンリエッタは逃がさない。

 今だけは、自分に集中してほしい。加速度的に増える独占欲が、アンリエッタに更なる行動に移させる。

 

「こんなところ、誰かに見られたら大変ですよ。姫さまも、ただではすまない」

 

「——一時の安らぎを得たいだけなのです。それさえも、許してはくれませんか?」

 

——ああ、何て卑怯な言い回しだろうか。こんな甘えたような声では説得力がない。

 彼はルイズの使い魔なのに。

 彼はルイズと歩むべきだと分かってるのに。

 何でこうも胸を打つのだろう。

 

 少年の体温が包み込むように伝わり、アンリエッタの冷え切った心を溶かしていく。

 溶かされた心は熱を持ち、少年への愛おしさが胸の中に広がっていく。

 感じるのは、確かな愛情とわずかな寂寥感。

 

 こんなにも、あたたかいのに。こんなにも、そばにいたいのに。

 

——何でそばにいないのだろう。

——何でそばにいてくれないのだろう。

 

 あの子は自分の欲しい物ばかり持っていて。

 今の自分には、ただの女王という地位だけ。

 きっと、自分が我儘な少女になるには、この少年が必要なんだ。

 自分をアンリエッタたらしめる、そんな彼がそばにいてくれれば——、

 

「きっと、もう何も怖くないもの」

 

 暗がりで見えない才人の肩に手を当て、アンリエッタは唇を近づける。

 顔は見えないが関係ない。お互いの呼吸で、だいたいの位置は掴めている。

 こんなにも愛しい夢のような時間は、このキスでおしまい。

 舞踏会が終わり、鏡の魔法が解けたら、必ず貴方を迎えに行く。

 

 それまで、これ以上ルイズの方を見ないで。

 わたしにもっと、貴方を見せて。

 遠い遠い異世界から来た、黒い髪の貴方の……………………。

 

 黒い髪? 

 暗がりに見え始めたその顔に、黒い髪は見当たらな————?

 

「——ッ!」

 

——気づいたときには、アンリエッタは才人を突き飛ばしていた。

 

 

 

 

 急に態度が変化したアンリエッタに密着された挙句、暗がりから押し飛ばされた才人は、状況の把握に精一杯だった。

 ジェットコースターのように変化する感情にも、振り回されっぱなしだ。

 やがて数秒間のインターバルを経て、自分の行動を思い返し終わった才人は、こう結論付けた。

 

 今、自分は見た目だけがルイズの別人と、キスしかけた。

 

 ドッと冷汗が出る。いくら容姿が思い人と同じであるとはいえ、別人だと知っていて行為をするのはギルティ以外の何物でもない。

 そしてよりにもよってアンリエッタとキスをしたとルイズが聞いたら、彼女はショックを受けるに違いない。

 これ以上、ルイズに誤解を与えるより先に、才人はこの場を去ることを決め——、

 

「待って、サイトさん! まだ一緒にいて! お話だけでも、わたくしは……!」

 

 顔を蒼白にしたアンリエッタが、才人を呼び止める。きっと、彼女は今の才人——コルベール先生に扮した自分の顔を見て、我に返ったのだろう。いくら思い人でも、別の顔をした男とキスはできないと。

 そしてそれは才人も似たようなものだ。いくら思い人の顔でも、別の女とキスはできない。——それだけだ。

 

「ごめん、姫様! 会わないといけない奴が居るんです!」

 

「知っています! ルイズでしょ? なら、私も彼女に会います! 彼女にこの姿をお見せして……」

 

「また後で!」

 

 大胆不敵すぎる提案をするアンリエッタに別れを告げ、才人は全力で逃げた。集団で会話する複数人のグループを横断したり、メイドにぶつかりそうになったりと傍迷惑な逃走劇だ。

 だが、今の状態でアンリエッタとルイズが出会うことへの底知れぬ恐怖が、才人の体力を無尽蔵にする。

 

 逃げて逃げて逃げて、遠くの席に見慣れない髪型をしたピンクブロンドを見つけた。

 確信は持てないが、彼女がルイズである可能性が高い。

 会話を楽しむ貴族とぶつかりそうになったり、食事の席を倒したりとしてしまったが、何とか近くまで来れた。

 

 ピンク髪の目線がこちらと合い、その目が大きく見開かれる。

 そしてそんな表情をする彼女——カトレアの表情が斬新で、その斬新さ故に、才人は堂々と名前を呼ぶことが出来た。

 

「お待たせ、ルイズ(・・・)。お前が俺のご主人様だな?」

 

「——ふん。遅かったじゃない、サイト(・・・)。わたし、待ちくたびれてこんなに成長しちゃったわ」

 

 そう言って胸を張るカトレア——否、ルイズに才人は笑う。この子、自分の胸をついに自虐し始めやがったという意味を含んだ笑いだ。もちろん、見つけられたことによる安心もあったのだが——、

 

「言っとくけど身長の話だからね。それ以外のことを考えていたバカ犬には、お仕置きが必要なんだけど……?」

 

「滅相もございません」

 

「そう。でも許してあげる。……ちゃんと、見つけてくれたしね」

 

 顔を赤らめ、目線がこちらに合わないルイズに、才人は内心、愛おしく思った。好きな人というのは、姿形が変わってもここまで目を惹くものなんだなあと、どこか達観しているのは、ルイズに恋することに慣れたからだろうか。

 だから、姿形がルイズの存在が後ろから接近していることに、才人は気づかなかった。

 

「あれ、わたし!? なんでわたしの変装なんかを…………?」

 

「——え?」

 

 驚いた眼で才人の背後を見るルイズ。振り返ると、そこにもルイズ。走ってきたのか息を切らしている。否、このルイズは——!

 

「待ってください。今なら間に合う。せめて、違う人の名前を——」

 

 悪夢の到来に恐怖した才人が、ルイズに聞こえない声量で背後の存在に声を掛けた瞬間、

 

「姫さま!?」

 

「ルイズ!?」

 

 なぜか鏡の魔法が解け、もう一人のルイズ——アンリエッタの姿が露になったのだった。

 瞬間、周囲の生徒が混乱に包まれる。姿形が急に元に戻されたのだ。魔法の鏡が割られただの、話していたのが美少女じゃなくて太っちょだっただの、様々な悲鳴や怒号が響き渡る。

 その混乱のおかげで、アンリエッタに気づく者がいなかったのは奇跡に等しい。

 騒ぎになる前に、才人は二人の少女を連れて、人気のない外に連行するのだった。

 

 

 

「まさか、姫さまの理想がわたしだなんて思いませんでした」

 

「幼い頃からわたくしの理想は貴方よ、ルイズ。貴方はわたくしには持っていない素晴らしいものを、たくさん持っているもの」

 

 流し目で、こちらを見るのは辞めてほしいと才人は思う。女王様に好かれ、求められることは迷惑ではないのだが、いかんせんタイミングが最悪だ。

 思い人がいるのに、別の女性から好かれるのが嬉しいというのがおかしいのは百も承知だが、男の性なので仕方がない。

 

「ところで、サイト」

 

 脳内で必死に言い訳を探しているうちに、ルイズからお呼びがかかった。その顔を見て、才人は終わりを悟った。

 不自然なほど笑顔なのだ。内心の怒りを必死に抑えていることは、想像に難くない。

 

「どうして姫さまが後から連いてきたのかしら? もしかして、わたしと会う前に、姫さまと密会をしていたなんて言わないわよね?」

 

 ド直球の正解を言われ、才人の目線がズレそうになる。だが、男を問い詰めるときの女の観察眼が冴えわたっていることを知っているので、必死に目線を合わせ、こう言った。

 

「姫さまがルイズの理想を知っていたんだろ? 幼馴染なんだからそれくらいのことも話さないか?」

 

「言ってないわ」

 

「……え?」

 

「姫さまの理想の人。わたし、知らなかったもの。同じように姫さまも、わたしの理想をご存知のはずがないわ」

 

 そうなんですか、と才人がアンリエッタに問うと、頷かれた。案外、二人は自分のことをお互いに話していないらしい。自分の友達との在り方の違いに、才人は少し疑問に思ったが——、

 

「で、姫さまと会ったの?」

 

「会いました」

 

 もう否定の余地がなかったので、才人は事実を認めた。作られた笑顔のルイズの体が、怒りで震える。その様子が噴火直前の火山みたいだなあと、才人は現実逃避気味にそう思った。

 一体どんなことを言われるのだろうかと、身構えると——、

 

「で、どうだった?」

 

「……へ?」

 

「わたしの姿をした姫さま、どうだったって聞いてんの」

 

 その疑問にアンリエッタが反応し、才人の方をじっと見つめ始めた。アンリエッタから目を逸らし、正面を向けば笑顔——じゃなくなった真剣な顔をしたルイズの姿。

 どんなお為ごかしも聞かない場面。どちらか一方を褒める発言をしたら死ぬと、そう判断した才人は二人を見回し、こう言ったのだった。

 

「見た目のルイズ。中身の姫さま。両方の良いところが合わさって、最強に——グフォア!」

 

 ルイズに殴られた。

 右の頬が腫れたので、左の頬を相手に差し出せばいいのだろうか。

 否、この状況。差し出すのは己が命か。

 想像とは違ったベクトルの悪夢に、才人の心が恐怖で埋め尽くされる。

 

「サイトさん」

 

「……はい」

 

「わたくしの見た目は……そんなに?」

 

「いえ、その……」

 

「そう、ですか」

 

 煮え切らない態度の才人に、アンリエッタの表情が暗くなる。

 それを見たルイズの眉が吊り上がる。

 

「アンタ、姫さまの容姿にいちゃもんつけるつもり? その上わたしの中身はダメってこと?」

 

「いや、違うんだよ! ちが……」

 

 だが、アンリエッタがこんな表情になる理由を話すとどうなるか。もちろん、自分がアンリエッタにキスしようとしたことも話さないといけないわけで。

 

「良いのです、サイトさん。貴方のルイズへの愛が本物なのは、分かっているのですから」

 

「ちょ、このタイミングでその発言は」

 

「姫さまに何て顔させるのよ——!!」

 

 姫さま命のルイズが、アンリエッタを悲しませた存在を許すはずがなかった。

 物憂げなアンリエッタの言葉を発端に、ルイズの怒りが爆発する。

 どこまでも理不尽な罰が下される気配に、才人は再びの逃走劇を開始する。

 それを見るや否や、激昂しながら才人を追いかけるルイズ。

 そんな騒がしい二人を見て、今回の元凶でしかない女王アンリエッタは表情を戻し、

 

「——だからこそ、サイトさんが良いのです」

 

 そう聞こえないように呟いて、二人の成り行きを見守るのだった。

 

——タバサと対決し、複数のガーゴイルと戦闘になり、そこで亡くなったはずの先生と再会するのはこの後の話。

 

——そして、ルイズとアンリエッタが互いに恋敵となり、衝突し始めるのはもっと後の話。

 

 将来、様々な苦難が起きることも知らない才人。どこまでも怒りっぽいご主人様に、どこまでも自分本位なお姫様。

 そんな最もトリスティンでわがままな少女二人によって、才人のスレイプニィルの舞踏会は終了したのだった。

 

 

(fin)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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