この世の人間を
有名企業である蛸峰グループのお嬢様として生まれた彼女は何事にも困った事がなかった。
欲しい物は全て親が手配してくれる。どんな事に挑戦しても家庭教師等の手厚いサポートで苦労を覚えることもない。人間関係においても彼女の後ろ楯は優位に働いた。
自分は恵まれている、そんな考えは何度も浮かんだ。
自分は何かを返せているだろうか、そう思ったのは一度限りでない。
自分はたった一つでも誰かに与えられただろうか、そんな思考がずっと頭の中で反芻される。
家族に、世話係に、教師に、友だちに──そんな
果たしてこのままで良いのか──と、悩み続けていた彼女がいつしか
蛸峰は
「米粒一粒一粒に神様がいるの。だから、一粒も残してはいけないんだよ」
なんて教えは、
米粒に限らずとも、精霊は植物、動物、無機物と、万物に存在し、この精霊の知覚という新たな技術は日本の様々な分野を一気に発展させた。
精霊の状態というものはそれぞれ大小なりとも差異があり、その差が小さい程、その精霊が宿る物は近しい物として扱える。つまりは、精霊の状態を見ることで安定して完成品を作る方法の模索が簡単になったと言うことだ。
これによって、日本の食料自給率が上昇。更に最高級の日本食がブランド品として続々輸出され、貿易による利益も増加。まあ、ハッキリ言ってしまえば、どちらも多少増えたというレベルではあるのだが。
結局の所、周りの環境を整えることによって精霊の状態を近づけるという方法では限界があった。極端な話をすれば、安定した生産に絶対零度付近の室温の部屋が必要と言われても用意できないし、これまでにない最高級の米が安定して作れたとしても一度育てるのに二年かかるようでは話にならないのである。
だから日本の様々な分野を一気に発展させたのは精霊の存在の証明ではなく、
精霊を直接的に操り、結果的に万物を操る(という所まではいけていないのだが)技術。
この技術はゴミを最高級品に変えるなんて奇跡は起こせなくとも普通の商品を最高級品に変えることは可能で、その上で安定して大量生産が可能になる。
日本で巻き上がったこの技術革新は、食料自給率の問題もエネルギー問題も一気に解決し、更なる国の発展の為にその技術を使いこなす
そこで、短い期間で優秀な人材を育て上げる機関が必要となり──そうして建てられたのが国立精霊凪高等学校。
大阪府に存在する、精霊技術のいろはを教え優秀な精霊凪を育成する日本有数の学校である。
「これ、投げ出しても構いませんよね」
そんな学校のとある教室で、蛸峰は口から溢すようにそう呟いた。
手に持つ暗記カードはライトノベル二冊分程度の厚さとそれなりに多く、それを文字通り投げ出せるように腕が構えられている。
表情も疲れきっているのか何も感情が出ていないかのような真顔で、むしろ何故まだ投げ出していないのかと聞きたくなるぐらいだった。
その理由には蛸峰という少女は真面目である、というのがあるのだが、それともう一つ。
「別に構わないけど、派閥の長ならメンバーなんて全員覚えてて当然と言ってたのは君だろう?理想の長になりたいなら、投げ出さない方が良いんじゃないかい?」
そう諭したのは、長い赤髪のクールという言葉が似合う少女だった。
ハッキリ言って暗記が苦手(特に暗記カードを持ち出すようなものは)な蛸峰が、やると決めたことを投げ出さぬように用意しておいた監視役。
二つ上の先輩であり、色々と教えてもらってる身分なのだからと自分も素直に言うことを聞くだろうと蛸峰は思ったのだが、思っているよりも自身は疲れているらしい。上がっていた腕を下ろしつつ先輩へと何か言い換えそうと口を開く。
「……正論を言われると、反論できませんからやめてくださいます?」
「ははは、相当疲れてるみたいだねリーダー」
「
だが、結局たいしたことは何も思い付かなかったようで、何事もなく流された後蛸峰は目を生徒の顔写真が貼られた暗記カードへと戻した。
所属自体は義務では無いものの、学年を越えた交流が生まれるというメリットや派閥内の精霊技術の研究成果を見て学べるというメリット。他にも、派閥の大きさやその研究成果により学校から与えられる研究資金や権利等の報酬という物理的なメリット。
そんな複数のメリットがあり、精霊凪高等学校の生徒のほぼ全員がどこかの派閥に属している。
そして、
派閥の長に求められる力は、人を一つにまとめあげる力、人を導く力、人の居場所を守る力の三つだと蛸峰は考える。そして、これらの力は
だからこそ、卒業時に最大規模の派閥の長であれば、自身は
それ自体は間違いじゃなかった、そう蛸峰は考える。
現状は派閥の長である自身は力不足で、目の前の先輩や派閥員の力を借りなければ何も出来ないし、そもそも全員分の名前も覚えられていない。
未熟な身での派閥管理は、それが学校の制度という小さな枠の中での話としても、精神にも肉体にも多少の疲れが出てしまう。
それでも、このまま長として派閥をまとめあげ運用する方法を学んでいき、ゆっくりにでも力を付けていけば望む力は手に入る。だから、この学校に入学したのは間違いではない。間違いではないのだ。
それでも一つ、蛸峰は未だに思う──
「まあまあ、どうせ六百人ぐらいだろう?君ならすぐに覚えられるさ」
「六百人分覚えなきゃいけないのがおかしいのですが……!?」
──