女王蜂奮闘記   作:王者スライム

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01. 派閥解散通告

「たっ、大変です!!」

 

 蛸峰がようやく三分の一を覚えたという頃、そんな大きな声と共に教室の扉が開いた。

 声の主は小柄な少女だった。丸まった黒く短い髪にどんよりと垂れた目。かなり急いでやって来たのか息はきれていて、教室の扉を支えになんとか立っている様子だった。

 

「えっと、小攔(こらん)さんいったいどうしたんですか……?」

「なんと言うからしくない焦りようだね、何か派閥に事件でも起きたのかい?」

 

 蛸峰派閥所属、楽羅々(ららら)小攔(こらん)

 二年生の中では初めて蛸峰派閥に所属した(スパイではあったのだが)生徒で、蛸峰のクラスメイトに次いで古参の派閥員。

 一年生しか居らず何の情報もなかった初期蛸峰派閥に様々な情報を教えたのも小攔であり、ここまで派閥が大きくなった立役者の一人とも言える存在だ。

 

「はぁはぁ……とっ、とにかく大変なんです。これを見てください」

 

 一旦呼吸を落ち着かせた小攔はゆっくりと教室へと入り、右手に持っていた封筒を二人に見せる。その白い封筒にはただ一言だけ書かれていた──()()()()()()と。

 

「……これって他の派閥を解散させる時に出す書類ですわよね?」

「そうだね、どの派閥にも与えられる書類で年に三回まで使用できるやつだよ」

「……これが、うちの派閥に出されていると?」

「はっ、はい。だから慌てて全力疾走で持ってきたんです」

「成る程成る程……って、えぇぇぇぇぇぇぇ!?私の派閥って解散しますの!?」

 

 最初は突拍子もない言葉を飲み込めていなかった蛸峰も徐々にその言葉の意味を理解していったようで、大きな悲鳴を上げた。

 確かに自身の派閥がここまで巨大なのはおかしいと考えてはいても、流石に解散なんてことは考えてなかったようで。悲鳴が止まったかと思えば今度は思考が止まったかのように、無表情に表情が固定されていた。

 蛸峰が「半年で五割弱も広がったと思いえばもう解散、思えば流星のような派閥でしたわね……」と心の中で呟いていた頃。

 そんな蛸峰の様子を見て面白がっていた赤髪の先輩もそろそろ元に戻さないとでも考えたのか、ようやく口を開いた。

 

「まあまあ、落ち着きたまえ二人とも。派閥解散通告が出たからハイ解散……と、決まった訳じゃないんのだから」

「……そっ、そういえばそうでしたわね。むしろ、これから解散しないように動かないと行けませんわ!!早速行きますよ小攔さん!!」

「ちなみに、この通告も確認せずに小攔とどこに行くつもりだい?」

「……落ち着きましたわ!!」

「本当ですか……?」

 

 最初は慌てている側だった小攔もすらも既に落ち着いて、蛸峰を心配する側に回った頃。

 更にそこから数分かけて蛸峰もようやく落ち着き、ようやくまともに議論が始まった。

 

「……すみませんわね。どうやら私、まだまだ想定外のことに弱いようです」

「派閥解散通告なんて慣れるようなものじゃないから、仕方ないさ。実際、私も届いたのはこれが初めてだね」

「二年間派閥を開いていた経験があってもこれが初めてなんですね」

「派閥解散書類って結構渡される割にはそこまで使い道がある訳じゃなくてねぇ……確かこれを出されて解散させられた派閥は歴代でも少なかった筈だよ」

「意外ですわね。派閥争いというものは激しいと聞いてましたから、もっとよく使われるものかと」

「派閥争いは勢力の削り合いだからね、解散なんてトドメの手段はあんまり使わないのさ」

「成る程……」

 

 派閥解散書類、というのは設立されてから一ヶ月以上経った派閥に渡される書類だ。一年に計三枚程支給され、記入事項にしっかりと記入し、生徒会か職員室に提出すれば基本的にどのタイミングでも使うことが出来る。

 記入事項は主に三つ。自派閥の名前、解散させたい派閥の名前。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この三つが記入されているかつ、生徒会もしくは教職員に派閥解散通告を出すに相応しいと判断されれば、指定先の派閥に派閥解散通告が届く。

 

「つまり、解散通告が届いたってことはうちの派閥も不正が確認されてるってことさ。勿論、根も葉もないデマの可能性もあるがね」

「デマだって信じたいけど、この派閥もなんだか凄い大きくなっちゃったしね……一部がやってても分かんないかも」

「なんにせよ、取り敢えず告発されている不正内容の確認ですわ。そして、その内容の事実確認。無実を訴えるか罪を認めて解散に届かない程度の罰に収めるように動くかはそこから考えましょう」

「えっと、じゃあ開けますね」

 

 小攔によって丁寧に開かれた封筒から取り出されたのは当然派閥解散書類だった。

 蛸峰たちは派閥の名前を記入する欄には目もくれず、一目散に不正内容の記入欄へと目を移し──そして、()()()()()()()()()()()()

 

「あんなに派閥が大きいのだから何か不正をしている筈……って書いてますね」

「うーん?流石にそんな筈がないと思うが──いや、あんなに派閥が大きいのだから何か不正をしている筈……って書いているねぇ」

「えっと、その派閥の解散もあり得る重要な書類なんですよね?流石にそんな理由で通る訳──あんなに派閥が大きいのだから何か不正をしている筈……って書いてますわね」

 

 三人とも同じように書類に書かれていた内容読み上げた後、教室の中に暫く無言の時間が流れた。

 赤髪の先輩ですら、笑うこともなくまともに何かを考えている様子で、それが如何にこの書類内容が異様かを示していた。

 そこから静かな時間が数分流れたという頃、蛸峰が口を開く。

 

「えっと、こんな内容でも派閥解散書類って認められますの?」

「……いや、少なくとも提出先が職員室だったならば無理だね。生徒会なら生徒会長と交渉したり、そもそも生徒会長が派閥員なら通せるが……それにしてもこの内容で通す意味がない」

「あの、嫌がらせって訳じゃないんですか?派閥解散通告なんて如何にも不味そうな書類を通して、蛸峰さんの心労を増やす作戦だったりは……」

「あり得はするけど、嫌がらせならばそれらしい不正内容を書く筈だよ。その方がその不正が本当に行われていたかどうかの確認が生じて派閥長の手間が増えるし、不正をしていない証拠を提出してくるようなら、そこから派閥の情報も得られるだろう?」

「派閥長が一年生だから舐めている、という線は如何でしょう」

「元二大派閥の派閥長が二人とも揃ってる派閥を舐められる子が入るなら私は見てみたいね。その子は君ぐらい面白そうだ」

   

 二人の意見をバッサリと両断しつつ、赤髪の先輩は書類の派閥名記入欄に目を向けて、更に付け加える。

 

「勿論、常に正常な判断が出来る人間なんて居ないが……これを送ってきたのは羽端九(はばたく)派閥。あの堅実も堅実で面白味のないあの派閥が、これを適当な判断で送るとは思えないね」

 

 という言葉を最後に、議論は止まった。

 

 当然、解散通告を送るということは相手先の派閥を敵に回すことと同義。実際に送られた側がどう動くかは関係なく、送った側の側はそう覚悟しなければならない。

 つまり、羽端九派閥は現状最大派閥である蛸峰派閥を敵に回す覚悟でこれを送ったのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だからこそ異質で、だからこそ意図が読めない。たった一つの書類でも三人を思考の海に引きずり込むには十分過ぎる内容だった。

 

 それから数十分、一番最初に浮上したのは蛸峰だった。

 

「取り敢えず、これに対する派閥からの解答を職員室に提出してきますわ。口頭で『この書類は明らかな不備があります』、と突き出すくらいでも良さそうですが」

「では、私は秋鶴(あきつる)さんにこの事を伝えてきます。羽端九派閥がこれからのどう動くかの予測についても色々相談事がありますし」

「頼んだよ、小攔ちゃん。正直、陰謀とかは彼の方が適任だ」

「……あなたは何をするんですか?」

「私?まあ、君の監視も疲れてたし一旦休憩でもいれ──」

「では、小攔さんに付いていってください。あなた一人では分からないことでも、()()()()()()()()()()()何かは掴めると思いますし」

「……りょうかーい」

 

 不服そうに、それでいて少しだけ楽しそうな様子を見せて、赤髪の先輩は小攔と共に教室から出ていった。

 不審には思ったが、何か企んでいたとしても「小攔相手なら途中で逃げれるか」ぐらいの考えだと判断して(後で確認して逃げていたなら叱ろうとも考えて)、蛸峰は職員室へと向かった。

 

 

 


 

 

 

「……何事もなく終わりましたわね」

 

 派閥解散書類を不備があると突き出してみれば、それを確認した教師に普通に派閥解散通告は撤回され、ひとまず解散問題は解決した。

 勿論、羽端九派閥の思惑があってあの書類内容で蛸峰派閥へと解散通告を送ったのかは分かっておらず、更なる動きがあるであろうことは言うまでもない。

 むしろ、羽端九派閥との勢力争いは始まったばかりであり、蛸峰派閥は向こうがどう攻めてくるか、何を考えているかすら分かっていない。

 いくら相手がこちらより規模が小さい派閥としても、現状は不利だと言わざるを得ないだろう。

 

「対応が後手後手になってしまうのは面倒ですわよね……こちらから攻めるつもりもありませんし、仕方ないのですが」

 

 自分の派閥員すらまともに把握出来ていない今は自分の派閥管理に集中すべきだと蛸峰は考えている。だが、そうは問屋が卸さないというのが現実。

 蛸峰派閥はたったの半年で一気に成長し、簡単に喧嘩を売られないような立場を得た。だが、巨大ならばその分狙われやすくもなるということ。

 基本的に規模を大きくしたい派閥にとって、何かしらの手段で強大な最大派閥の勢力を削ぎに行くというのは当然の行動、という訳だ。狙われる側からすればたまったものではないのだが。

 

 そんな風に蛸峰がこれからの陰謀対決のことを考えて憂鬱になりながら廊下を歩いて入ると、後ろから声がかかった。

 

「えっと、蛸峰蜂稍さんだよね」

「……はい。えっとどなたでしょうか?」

 

 蛸峰が後ろを振り向いた先にいたのは、なんとも特徴がない生徒だった。

 革靴の色からして二年生。黒に近い茶色の髪は校則通りに目にも耳にもかかっていない。強いて言えば、声が少し高い。それ以外は普通、としか言いようがない男子だった。

 見覚えがないので蛸峰派閥ではないだろうと(もしかしたら覚えていない三分の二の中に居る可能性はあるが)、でもだとすればなんの用なのだろうと蛸峰が考えた所で、その少年が口を開いた。

 

「僕の名前は羽端九(はばたく)海之(かいの)、凄く言いづらくはあるんだけど……一応、羽端九派閥の派閥長だよ」

「……えっ?」

 

 蛸峰派閥に解散通告を送った派閥の派閥長、()()()()()()()()()()()()()()

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