魔法少女ディストピア☆クラウン   作:巳知外 竜世

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18話 爪痕 後

 

 細かいデータや計算式など、理解できないことも多いが……流し読みでさえ、ページを繰っていくごとに目に入ってくる情報が背筋を凍らせる。

 

『嘘でしょ……! マジでこんなこと考えてたの……?』

『クソ外道が……!』

 

 ファミリアセル。そのまま意味を読み取れば……『眷属電池』だろうか。

 

 端的に読み取れたことを整理するならば、ファミリア魔法少女の作り出す『力』を抽出し、エネルギーとして利用するための技術だった。施術の失敗した不完全なファミリア魔法少女を電池に作り変えるための方法や、それに必要な物資。事細かに記されたそれらは、どれも身震いするほど人道から外れたものだった。

 

『そうか……前、アルケミ様が捕まえた放逐民の中に、成人前の女の子あんまりいなかったってチラッと言ってた気がするけど……』

『魔法少女にできるなら魔法少女に。失敗したものはこれに使われていたと……。放逐民だからといって、これはあまりにも……!』

 

 ページの下方には、魔法少女化施術の段階が先に進めば、よりエネルギー効率がよくなるだろうとの記載もあった。

 

 ――そうか、これが己が狙われた理由か。施術が成功し、一段階強力な魔法少女が作れればよし。作れずとも、ファミリア電池の性能が上がることが期待できる。

 反吐が出るような技術だ。これはまさしく人柱ではないか。

 

『……この分だと、他に何があるか』

『そうだね。もうちょい見て回ろうか。……この端末には、ファミリアセルの情報しかないみたいだしね。一括で保存してるデータルームとかがあれば別だけど……流石にそこまで甘くないでしょ。警備がヌルいのは人が足りないからだとしても、あのファントムとかいう奴がそこまで無用心だとはちょっと思えない』

 

 順々に、施設の中を可能な限り素早く、だが慎重に移動し情報を集めていく。

 

 反乱軍の居住施設。そこにいた人員はアジトにいた放逐民と比べると身なりがよく、使い捨ての下っ端ではないことが推測される。

 

 工廠。例の蜘蛛型兵器を始めとする、機械兵器の設計図。非常にデータが多かったため、最新の完成データだけを抜き取る。ついでに、この拠点の地図データも入手した。

 

 倉庫。主に食料品、生活用品。特に情報なし。

 

『……これは……』

『死傷黒雲を越えて電波を飛ばす、ねぇ……』

『未だ未完成のようですが……完成すれば尋常ではない脅威になるでしょうね』

 

 創りかけのアンテナのようなものが設置された研究室。データを覗けば、それは世界戦争時代の衛星兵器――そのハッキング方法についての記載だった。

 死傷黒雲を越える、という最大の課題が越えられず、後回しになっているようだったが。

 

『サテライトイレイザーですか……』

 

 宇宙から一方的に地上を狙い撃つ、星の兵器。自重等の制約から解き放たれ、過剰なまでに威力を追求されたそれは、地図を変えてしまうほどの破壊をもたらす。ここに来るまでに見たあのクレーターは、コレが作り出したものだ。

 

 ……さて。

 シアンに目配せすると、同じ意見らしく、頷きが返ってきた。潮時だ。これ以上欲張ってもリスクだけが大きいだろう。

 

『こちらでしたね』

『うん。ぐるっと回ってきたから、引き返したら遠回り。このまままっすぐ……待って。あそこだけは見ておこう。見ておかなきゃいけない気がする』

『? ……っ、そうですね』

 

 足を止めたシアンの視線の先、いやに厳重なゲート。

 それを見た瞬間、全身がこわばる。あまりにも嫌な……凍りつくような悪寒がした。

 

 切れていた壁抜けの魔法をシアンがかけ直し、覚悟を決め……ゲートをすり抜ける。

 その先、さらに幾つかの扉を抜ければ、怖気の根源がそこにあった。

 

 ひどく広い部屋だった。頑丈に作られた外装は、部屋の内側に対して過剰なまでの防御を求めて作られたものだろう。掘り下げられた空間を見下ろすと、底には様々な用途不明の機械が並ぶ。そしてその中心に、気配の正体が鎮座する。

 

 棺だ。

 白色に煌めく翼の意匠が触れがたい、清浄な何かを思わせる。

 しかし同時に、二人はそれを見た瞬間、絶対に開けてはならない、絶対によくないもの(・・・・・・)だと理解した。

 

 第六感ではない。魔法少女としての、感応能力が砕けんばかりに警鐘を鳴らす。

 鎖で封印され、ガラスケースの中に閉じ込められているが……あんなもの、紙切れほどにも役に立たないだろう。

 

 間違いないだろう。あれが――。

 

 と、動かした視線が側の機械を操作する、いくつかの人影を捉えた。

 

『っ、あれは……』

『ファントムだ! あいつ、やっぱりマスコットだったんだね……』

『…………』

 

 棺の近く、機械の側で作業をする少女の顔は、間違いなく仮面の下の、亡霊のもの。

 白衣を纏い、変身後とは対照的な黒い髪。表情なく部下らしき男に指示を飛ばす声は、空間の広さと距離故にはっきりとは聞こえなかった。

 

 いつか殺す。必ず殺す。

 

 殺意を込めた誓いを呑み干し、部屋を後にしようと踵を返し――。

 

 視界の端、ぴくりと顔を上げるマンティス。

 ゆっくりと周囲を見回し、こちらに視線を向ける。

 

『マズい。バレた!!』

『逃げましょう!!』

 

 全力で退避のため床を蹴る。

 ゲートをすり抜ける直前、しゃらりと煌めくような音が聞こえた。

 ――マンティスが、魔法少女へと変身したのだろう。

 

『あー、ファントムいたならバレるかもって私が言ったんじゃん! なんで眺めてたの!』

『あの棺のプレッシャーで判断が狂いましたね……!』

 

 マンティス――ファントムの位置が遠かったため、気づくのにも時間がかかってしまった。

 魔法少女の身体能力は非常に優れているが、鷹ほどの視力が備わるわけではない。

 

 鳴り響き始めた警報を聞き流しつつ走る。

 勢いを緩めず数分も走り続け、外を目指すが……一歩遅かった。

 

「ネズミの真似とは、してやられたわね。ご主人様に尻尾を振るのは楽しいかしら? 大人しく犬小屋で昼寝していればいいものを」

 

 床をすり抜け現れたのは、魔法少女ディバイン☆ファントム。

 隠蔽の魔法と推察される、薄紫の喪服を纏う亡霊相手には、こちらの隠密は通用しないらしい。口調こそ静かだったが、その眼の奥には滾る憎悪が見えた。

 

「楽しいですよ、とてもとても。野良犬ではどうやっても味わえない幸福ですので、おすそ分けはできませんがね!」

 

 ガシャガシャと、遠くから機械兵器の駆動音が聞こえてくる。

 

 リツの目配せに頷いた空色の魔法少女は、頷きハルバードを作り出した。

 

 

 

 恐らくは、あの棺の中に封じられたオリジナル。

 それがファントムに己らの存在を教えたのだろう。

 戦う中、リツはそう結論を出していた。

 

 ああまで厳重に封印されているのは、反乱軍……ひいてはファントムが、眷属という立場でありながら命令者として上位なのか。それとも、制御できないからこそ縛り付けているのか。それはわからないが、どちらでも構うまい。

 

『クソ、邪魔です……!』

『あー効率悪い! 面倒!』

 

 全力で逃げる中、追いすがってくるファントム、そして機械兵器と戦い続ける。

 高機動型の、蟻にも似た兵器を撃ち落とし、また走る。

 

 コロニー構造を把握していないため、どうしても動きが鈍る。地図データだけではどうしても直感的に逃走ルートを決めるのは難しい。時折壁をすり抜けてまっすぐ突き進むが、それもファントムには通じない。行く先行く先を壁を抜けて妨害してくるファントムのせいで動きが鈍り、その少しのロスの積み重ねで機械兵器に追いつかれてしまった。

 

 個々を見ればそれほど強力ではない蟻型の兵器ではあるが、逃走を阻むため執拗に榴弾等の広範囲に及ぶ兵器をバラ撒いてくるのが非常に鬱陶しい。爆発に巻き込まれた施設がボロボロになっていくが、お構いなしだ。魔法障壁があろうと喰らえばそれなりには消耗する。未だ姿をステルス装置で隠しているため、こちらの姿を捉えているわけではないのがまだ救いか。

 

 壁を抜けて逃げようにも、厄介なことにファントムはワープのような魔法も使えるようだった。先回りされ、壁を越えて槍の散弾銃が飛んでくる。幽霊らしく、物理的な束縛に捕われない能力があるのだろう。シアンの魔法は汎用的故に様々な解釈ができるが、だからこそ先鋭化されていない。ファントムのように自由自在には行動できないのだ。

 

 だが、中心部から外周、コロニー外まであと半分といったところ。

 状況がこのままであれば、十分逃げ切れる。

 このままであれば。

 

 ――と、スピーカーから、誰とも知れぬ少年の声が響く。

 

『マンティス! 起動しろって言ったって、まだレーザー砲が全部積めてないよ!? 防護装甲だってまだ――』

 

 薄紫の亡霊はその言葉に目を細め、通信機に向かって刃のような言葉を投げる。

 

「くどい。一から十まで説明しないとわからないの? 早く点火しなさい」

『わ、わかったよ!』

「……まさかとは思うけれど、封印解除もまだなんじゃないでしょうね?」

『だ、だって……』

「今やらなければ終わりだと言ったでしょう? 口答えはいらない。早くしなさい」

 

 何をするつもりだ。

 じくじくと込み上げてくる焦燥を感じながら走る。

 

 何を起動したのかは、すぐに分かった。

 先程まで潜入していた中心部から、せり上がる巨大な影。

 往時の威容を鮮明なまま保つ、数百メートル級の方舟じみた超質量。

 

『空中戦艦!? 現存した機体がディストピア外にまだあったのですか……!』

『くそ、あんなバカでかいもの見逃すなんて……!』

『……いや、あの施設群から、いくらか離れた場所に作られていたのでしょう。それらしい施設があれば気づけます!』

 

 世界戦争時、技術の進歩により誘導兵器の迎撃が容易になり、戦争の主流は光学破壊兵器へと移り変わった。同時、それを防ぐためのエネルギーシールドも生み出され、火砲は盾ごとぶち抜けるだけの威力を求められていく。

 

 そして、ビーム兵器は直線にしか進まない。それを地上の拠点めがけ撃ち下ろせる空中戦艦は、それはもうアホのように量産された。しかし、戦争でその九割九分が破壊され消失。残ったものもその後の混乱で失われ、絶望郷が保有する数十機が最後だと思われていた。

 

 だが、浮かんでいく破壊の方舟は十全に整えられた……いや、それ以上に手が加えられている。鈍色の分厚い装甲が全面を覆い、ブースター等のごく一部を除き全てをカバーしている。既に離陸体制に映っており、反重力装置が発する紫色の光が見えた。噴出口の青い火がゆっくり、ゆっくりと空中戦艦を持ち上げていく。

 

『ま、マンティス! う、うご、かしたぞ!』

『通信機構も、準備万端よぉ! 作業始めるわぁ!』

「はぁ……なぜ全体通信で叫ぶのよ……」

 

 つっかえながらの、先とは違う少年の声。いやに甘ったるい少女の声。

 何人いる? 何なんだこいつらは?

 反乱軍幹部にしては声が若い。つまり恐らくはマスコット――。

 

『ピスメ!! 退避!!』

 

 シアンの声で我に返れば、空中戦艦の装甲が一部開き、火砲がこちらを向いていた。

 マズい!!

 

 全力で回避すれば、照準の甘かった砲撃はギリギリで二人を掠めていく。辛うじて回避には成功したが、進路上の建物は吹き飛び、ガラガラと崩壊していく。

 

「貴方達が素直に逃げてくれて助かったわ。本当に邪魔だったけれど……。やはりあの時殺しておくべきだった」

「……あの時?」

 

 列車の時のことか?

 訝しんだリツの呟きに、亡霊は薄く嘲笑を浮かべる。

 

「貴方の両親を殺し、貴方を魔法少女の被検体にしてやった時じゃない」

「……は?」

 

 革命軍を手引したのはこいつだ。それはもう知っている。

 だが……!!

 

 私の、産みの両親を……!?

 こいつが直接手を下したと!?

 

「ああ、もう覚えていないんだったわね。残念。あの時の貴方の表情は最高だったわ」

「……ッ!! 殺してやるッ!! クソアマがぁ!!」

 

 憤怒にちぎれた思考が、爆炎の如く燃え上がった。

 

 お前が。お前が私の家族を!! 私から記憶を奪ったのか!!

 絶対に許すものか。

 殺す。必ず殺す。この手で殺す!!

 

「ピスメ!!」

 

 全霊の殺意と共に飛び出そうとするも……ガッと肩をシアンに掴まれ、煮えたぎった怒りに少しだけ冷静さが戻った。

 

「それじゃあ、さようなら飼い犬さん」

「クソが!! 待て!!」

 

 亡霊は、浮かび上がったまま、徐々に薄れて消えていく。幽霊じみた、奴の転移魔法。

 

『はは、そこでディストピアが派手に吹っ飛ぶ様を見てるんだな!』

『き、きょう、で、お、おわり!』

『宇宙からの最高の祝砲……魔法少女が耐えられるか見ものねぇ』

『全てを破壊して、俺たちの時代が始まるんだ!』

 

 スピーカーから響く三様の台詞を置き土産にして、戦艦は暗い雲の下へと飛び立った。

 

「あーもうクソ! 追手が少ない理由がわかった。多分アレに乗ってるからだよ!」

「でしょうね……!!」

 

 あの声の主は、恐らくマスコット。やけに声が幼く聞こえた。それと不釣り合いな言葉からして、そうである可能性は高いだろう。

 

 努めて冷静になろうと荒い息を整えつつ、遠ざかっていく方舟を睨む。

 

 ブースターの光はだんだん、どんどんと小さくなり……そのまま、黒い雲へ消えていく。

 

「は……?」

「え? 死傷黒雲に入って行った?」

 

 そんなことをすれば、十分と保たずに墜落だ。

 ……だが、もし死傷黒雲に耐えられるのであれば。

 鈍色の、過剰なまでの追加装甲を思い出す。

 

「空の上……ッ、そういうことですか!」

 

 先に見つけた、衛星兵器ハッキングの項目を思い出す。

 死傷黒雲に遮られ届かないなら、その上、何も遮る所のない高空に行けばいい。

 サテライトイレイザーを、絶望郷に撃つつもりだ。

 

 ぶわっと汗が滲む。

 激怒で熱を持った思考が、危機感で冷えていく。

 シアンも同じ結論に至ったらしい。止めていた足を即座に動かす。

 

「やっばいね……! 全速力で帰らないと……!」

「来た時以上のスピードを出す方法を考えなければ――」

 

 ふと視線を背後、その上方へと向ける。

 

 空中戦艦が飛び去った暗黒の空。

 その一点が小さく光った。

 

 感応能力が教える名は、聖なる天翼。

 

 おぞましさすら感じる勢いで中空に広がるのは、輝く立体的な魔法陣。

 危機感に脳が沸騰する。

 

 ――“兵器創造(マギファクチュア)・エネルギーシールド”――

 詠唱すら置き去りにし、脳内で魔法を構築。

 瞬きに満たない時間の中でも足掻こうと、シアンをかばい――。

 




改稿履歴:
2024/04/09
ファントムのセリフ周りを改稿。
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