魔法少女ディストピア☆クラウン   作:巳知外 竜世

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23話 サテライトイレイザー掌握阻止 後

 

「“兵器創造(マギファクチュア)・レールガンクレイモア”!!」

 

 絶対に放置できない。させてたまるものか!

 両腕に作り出したレールガンを充填。込める弾丸は爆刑弾。

 その間、先に飛び出したシアンがハルバードを振りかざす。

 

「ッ!? 魔力障壁がある!!」

 

 金属すら容易く切り裂く斧槍の一撃は、ケーブルの一つを破断させるに留まった。

 

「どいてください!! FIRE!!」

 

 シアンに退避を促し、引き金を引く。

 狙いは着弾し、破滅的な爆発が撒き散らされた。

 

 だが、与えられた被害は軽微。爆発と熱で歪んだ表面の火傷じみた損傷も、すぐに蠢く機械に飲み込まれて消えていく。

 

 ハッ、と気付き、リツはマスコットのデバイスに今度こそクラウンウィルスを流し込んだ。

 だが。

 

『ハッキングが止まらない……!』

『嘘でしょ……!』

 

 顔を上げれば、ファントムが憑依したセルが動きを止めていた。

 歪な機械の集合体。卵じみたそれは、先まで蠢いていたからこそ静止しているのが不気味に見える。

 

 そして、蕾が開花するように、繭から蝶が孵るように、ガラガラと殻が剥がれていく。

 継ぎ接ぎに練り固めた機械で無理やり形作られた、異形の天使。

 

 床から生えるようにして体を持ち上げるそれは、いびつに人の女性を象っているようだった。体の各所には、ファミリアセルの魔法少女達が祈りを捧げる格好のまま埋め込まれている。羽根も皮膜もない翼を骨の腕のように背から伸ばし、頭上には濁った色の光輪が浮かぶ。

 

 そして首にあたる部分から生えるのは、亡霊の名を持つ魔法少女の上半身。その特徴的な薄紫の喪服は消え、ケーブルや機械に侵食された裸体を晒す。

 

『ディバイン☆……グレムリン、バイコーン、バンシー……』

 

 マンドレイク、バグベア、インプ……。

 そしてファントム。

 魔法少女の感応能力が、無数の名を教えてくる。

 

「賭けには勝った……。異形に成り果てようと、自由に手が届けばそれでいい!!」

 

 無表情の仮面をかなぐり捨て、執念が燃える必死の表情で叫ぶファントム。

 ノイズと機械音が混じり酷く歪な声は、燃え盛る憎しみを振りまいていた。

 

「何が自由だ……ッ! 人の生きていけない世界にすることがそうだと!?」

「お前に……お前に理解できるものか!! 秩序とは犠牲の上にあるものだ!! ならばそんなものは必要ない。犠牲の上の平穏など認めない!!

「だから絶望郷を壊すと……!? その先にあるものは無法の混沌でしょうが!! 平等などどこにある!!」

「ピスメ!! 下ッ!!」

 

 ざわ、と床が蠢く。

 弾かれるように飛び退けば、金属が形を変え槍衾が突き出した。

 

「混沌こそが平等よ!! あらゆるものが束縛されず、全てが等しく犠牲になる!! これが真に自由な世界!! 私はもう礎となった。礎とさせられた!! 次はお前達だ!!」

 

 声を合図に槍衾が寄り集まり、馬上槍のような形に変わり宙に浮く。

 同時、虚空から現れる見慣れた薄紫の槍に、エネルギー体を思わせる闇色の槍。

 

 一斉に射出されたそれを、二人は得物で弾き飛ばして対処する。

 二射目。三射目……。

 

 炸裂したエネルギー体の槍を躱し、即座に構えるのは電磁砲。

 下半身がケーブルとコードで物理的に根付いている以上、回避行動は行えない!

 

「“兵器改竄(モッドファクチュア)・リボルバーレールガン”!!」

 

 リツの身長ほどのレールガンに、回転弾倉が生成される。

 

「FIREッ!!」

 

 ガチン!ガチン!と引き金を引けば、罪を計り威力を上げる爆炎が次々と放たれる。

 迎撃の槍は、割り入ったシアンが弾き飛ばした。

 

 大きく揺れる空中戦艦。

 ファントムへ爆刑弾を六つも叩き込んだが、魔法障壁に阻まれロクな手傷を与えられていない。セルへ憑依していた最中よりも、障壁の強度が上がっている。

 

 忌々しく睨みつけるリツ。

 

 と、異形の天使の胴体が小さく歪む。

 変化が収まれば、そこには新たに練り込まれた魔法少女が。

 同時展開された槍の群れの中に、見覚えのある溶岩じみた炎のそれが混じる。

 

『ウィルムの炎!?』

『多分……この空中戦艦(・・・・)っていう機械(・・・・・・)を操作して取り込んだんだ! やっぱり、ファミリアセルになった魔法少女の魔法まで使えるんだよ、あいつ!』

『冗談じゃ……!!』

 

 次第に槍の数は増え、射出される速度も魔法少女の動体視力を持ってしても視認困難なほどになっていく。魔法少女十数人分の力に慣れてきているのだ。

 

 爆発する溶岩の槍を避け、シアンの魔法の効力が切れれば不可視となるだろう薄紫の槍を弾き飛ばし、金属の槍は間をすり抜けて対処する。

 

 反撃できない! どうにか攻撃をねじ込まなければ……!

 だが、虚空から滲み出た槍の群れは、ついに隙間なく下方以外の全てを包囲した。

 逃げ場はない。

 

『スカイ!』

『わかってる!! “スカイリリース(束縛抹消)・物理障壁”!! “スカイバード(空観翼々)”!』

 

 駆け寄れば、シアンはリツを抱えて即座に飛び上がった。

 侵入した時のように全ての物理障害をすり抜け、高く高く上を目指す。

 

 最後の装甲板をすり抜けると、空の青と太陽の光が目を灼く。

 進路を横に変更。今しがた抜けてきた装甲が、爆炎と共に弾け飛んだ。

 船首方面に降り立ち、爆炎の中から現れた機械天使へ照準を向ける。

 

「“スカイスコール(空観針雨)・事象割断”! “スカイブレード(空観飛剣)・事象割断”!」

 

 ファントムに降り注ぐ空色の針、そして一直線に飛んでいく空色の剣。

 甲板上まで出てきても、未だ繋がるケーブルで縛られ自由に動けないらしい。

 僅かでも魔法障壁を削られ続けるのを嫌ってか、槍を組み合わせ傘を作るファントム。

 

 リツも続けレールガンを放ち続ける。

 貫通力を重視し銃刑弾に切り替えれば、障壁を抜けて多少なりとも表皮に傷を穿つ。

 

「疾く死ね、“作りかけ”!! お前だけは、お前だけは絶対に殺す!!」

「それはこちらのセリフです……!! 二度と蘇らないよう、あの世に送ってやりますよ!!」

 

 ――亡霊の言葉から、奴の理想が透けて見える。

 

 マスコットとして、生まれながらに秩序へ奉仕することを運命づけられた。

 デザイナーベイビーとして生まれ、父も母もなくただ国を生かすためだけの教育を受ける。

 

 それが嫌だったのだろう。礎として犠牲になるのが。人柱として利用されるのが。

 なぜ自分だけが? なぜ自分達だけが?

 だから政府、そして秩序を憎む。

 十を切り捨て千を生かす、そのやり方で犠牲となった者の、恨みと憤怒を積み上げて。

 

 ああ、確かにその悲哀はあるのだろう。

 かつての政府が始めた、人道的とは口が裂けても言えない方法での模索。その中で生まれた、人として扱われない道具、そう扱われた憎悪も。

 秩序、そして政府は亡霊にとって、自分の仇なのだ。

 

 だが、リツにとっても、この亡霊は。

 己の、両親の、覚えていない肉親の。

 自由時代、死んでいった幾億人の仇だ!!

 

 そして何よりも。……どんな憎悪があろうとも関係ない。

 築き上げられた秩序を、絶望郷を破壊させてなるものか!!

 

「潰えて絶えろ!! 絶望郷に、その尖兵に終焉を!! “亡霊のパルチザン”!!」

 

 瞬間、空が黒く染まる。

 戦艦周辺を覆い尽くす、おぞましい数の槍。

 一つ一つがこれまでのそれの数倍の大きさを誇り、全ての切っ先が二人に向いていた。

 

「“スカイリリース(束縛抹消)・重力差響”!!」

「“兵器改竄(モッドファクチュア)・グラビティブースター”!!」

 

 空へ全力で飛び立つと、コンマ数秒前までいた空間がハリネズミのようになっていく。

 

 上、右、斜め後ろに飛び回り、バレルロールをかけ、急上昇からレールガンを放ち槍の一群を吹き飛ばす。縦横無尽に空を舞い、おぞましいまでの攻撃を避け続ける。

 

『ピスメ! このままじゃジリ貧だ。消耗するだけ! 残った力をかき集めて、全力の魔法であいつを殺す!!』

 

 ギュン、と飛んでくる槍を避け、捌きつつテレパシーで叫ぶシアン。

 ちら、とファントムの様子を伺えば、下半身のケーブルを引きちぎり、拘束を逃れようとしていた。

 

 アレが自由になれば、そして空中戦艦の維持に使われているエネルギーを全て己の物とすれば……勝ち目はない。

 

『あーしが障壁を割る!! アレを殺せそうな兵器はある!?』

『……一つ、思いつきました!』

『ならそれをお願い!! 一緒に突っ込むよリツ!!』

『了解ッ!!』

 

 チャンスは今が最後。

 確実に仕留める!

 

 リボルバーレールガンを三発。

 射線上の槍が砕け散り、空いた空間を飛び合流する二人。

 

「“スカイシャドウ(空観影姿)”、“スカイブレード(空観飛剣)・事象割断”!!」

「“弾丸合成(ユニオンバレット)・罪追爆刑弾”!!」

 

 分身を生み出し、剣を展開するシアン。

 リツは合成した弾丸を込め、背後……何もない空に向け、全弾を撃ちきった。

 

「最後に……“スカイリリース(束縛抹消)・魔法差響”!! 行くよ!!」

「ええ!!」

 

 罪人を追う弾丸は、大きく、大きくカーブを描き戻ってきた。

 それが眼前を通過した瞬間、即座に最高速でファントムへと吶喊する。

 

 槍の群れが一つの生き物であるかのように、空の道を塞ぐ。

 致死のそれを、弾丸が砕き、剣が割り、シアンの分身が切り裂いていく。

 討ち漏らしが体を掠め、傷跡を作っていくが……多少の出血はどうでもいい。

 

 奴を殺せればそれでいい!!

 

 ズガン!!と進路上の槍を打ち砕くのと、別の槍がレールガンを破壊するのは同時だった。

 だが、もうファントムまでを遮るものはない!

 

 しかし。

 刹那の間に、虚空に幽霊の如く現れる薄紫の槍。

 そしてそれは――。

 

「“世界失認(ワルドアグノジア)の槍”!!」

 

 世界が消える。

 

 先と同じ。全ての感覚が消滅した。

 

 やられた!!

 絶対に喰らってはいけない攻撃として、シアンが対策に影響されなくなる魔法を掛けた。

 だがそれを上回る出力で放たれた『隠す』魔法が、リツの自意識以外を吹き飛ばす。

 

(……いや。意識があるのなら)

 

 きっとできるはずだ。

 魔法とは精神力の発露。

 

 ならば、感覚がなくとも。世界を認識できずとも!

 私が私であると! そう叫べ!!

 

 私は、魔法少女ディストピア☆ピースメーカー。

 絶望郷の、平和を創るものであると!!

 

「絶望郷に希望あれ!! “兵器創造(マギファクチュア)・ピースメーカー”!!!」

 

 撃鉄を起こし、トリガー!

 

 瞬時、光が戻ってくる。

 全ての感覚を喪い、しかし魂だけで引いた引き金は……正面から迫る槍を撃ち砕いた。

 

「リツ!!」

「効かない……!? いや……!!」

 

 魂が作り出した、自分自身の名の定義。

 根源から己を現すそれが、隠された己の存在を呼び起こし、繋ぎ直した。

 

 シアンの魔法の効果もあってか、感覚が消滅していたのは一秒にも満たなかったらしい。

 眼前に迫る槍から己を庇い、シアンの分身が消えていくのが見えた。

 体勢を整え……作り出した武器を構える。

 

 それは、銀に煌めく旧時代のリボルバー。

 リツの名を現す、ピースメーカー。

 表情を綻ばせたシアンが、翼を一際大きく羽ばたかせ、突き進んでいく。

 

「くそ、ふざけるな……!! なぜ……!」

「効率悪いからさっさと死んでよねファントム!! “スカイハルバード(空観斧槍)”……」

「ッ!! 裏切り者……!!」

 

 シアンの行く手を阻むように、生み出された槍が空間を埋め尽くす。

 だが空色の戦乙女は、全てを無視してなお驀進。

 そしてハルバードを……。

 

「“現世割断”ッ!!!」

 

 全霊で振り抜く。

 斧槍の刃よりも、遥かに巨大な範囲が断裂する。

 

「く……ッ!!」

 

 耳を劈く破砕音と共に、ファントムの全てが消えていく。

 槍の群れも、他の魔法少女の力による防護も。

 ……魔法障壁も!

 

「……まだッ!! 終わるものか!! 終わらせてたまるものか!!!」

 

 ファントムの絶叫が轟く。

 残る力をかき集め手に作り出すのは、具現化した亡霊の怨嗟、そして渇望の結晶。無数の魔法少女の力が混ざった、濁色の槍。

 

「“実弾魔法(マギサバレット)”……」

 

 ファントムの正面に着地したリツは、カチ、と撃鉄を起こす。

 両手でピースメーカーを構え、ファントムへ照準を。

 

 全ての力を注ぎ込め。

 この一撃で終止符を!!

 投擲された最後の一槍を正面から見つめ……。

 

 引き金を!!

 

「“絶望郷に平和あれ”!!!」

 

 キンッ、と、世界から音が消え……。

 断罪の銃弾が光と共に、全てを貫いた。

 濁色の槍を正面から貫き割り、威力を減じることなく……ファントムを貫いていく。

 

「ぐぎぁ!? がぁっ!?」

 

 異形の天使と化した亡霊の体は粉々に砕け散り、一拍置いて凄まじい衝撃波が甲板上に吹き荒れた。

 ファミリアセルに練り込まれていた、無数の魔法少女達の体が溶けるように消えていく。

 首部分から生えていたファントムは、根本から千切れ落ち……ドシャッと力なく墜落した。

 

「う、嘘よ。こんな、ところで……!! あと、一歩だったのに……!!」

 

 それでもなおもがき、必死に立ち上がろうと地に手をつくが……その左腕がボロ、と崩れ、灰になって消えていく。支えを失った体が、再び崩れ落ちた。

 

「なぜ、届かない……! 私の、自由まで……自由な、人生まで……!!」

「…………」

 

 リツは、這いずる亡霊をただ見下ろしていた。

 ゆっくりと、未だハルバードを構えるシアンが側にやってくる。

 

「そんな……嫌だ……」

 

 ディバイン☆ファントムの変身が解けていく。

 喪服が消え、ボロボロの白衣を纏う、黒髪の少女が現れた。

 もはや下半身は崩れ去り、亀裂が首から顔に、肩から腕に伸びていく。

 

「お前が、いた……場所に……」

 

 震える声は、ひどく悲痛に聞こえた。

 焦点を定めない目がこちらを見、涙を流す。

 それでも、それでもと手を伸ばすが――。

 

「私が、いたって……」

 

 やがて力なくくずおれて、残った体も塵に消えていく。

 自由を望む亡霊は、夢を叶えることなく死んでいった。

 

 ……。

 

「……終わり、ましたね」

「うん。……終わったね」

 

 リツは倒れるように座り込んだ。

 力を使い果たし、変身は解けていた。傷を塞いでいた魔法の義体も消え去っていく。

 忘れていた激痛が一瞬だけ意識を漂白した。血が抜けていく、嫌な感覚が分かる。

 

「リツ!」

「……貴方は、元気そう、ですね……」

「そりゃリツに比べたらね。なんで一日に二回も死にそうな怪我してんのさ」

「知りませんよ……。全部ファントムのせいじゃないですか……」

 

 同じく変身の解けたシアンは、軍用ポーチから応急処置セットを取り出し、リツの怪我を処置していく。

 

「……あーしさ。やっぱり、ファントムってリツに似てたと思うんだ」

「…………」

 

 あの時は苛立ち交じりに否定したが、反論の言葉は出てこなかった。

 マスコットはデザイナーベイビー。リツの生みの親は、恐らく旧政権の政治家。マスコットは世界を立て直すための計画だった。両親が遺伝子を提供していても何もおかしくない。

 

「証拠も何もないけどね。……顔つきが似てると言えば似てるし、苛ついてる時の雰囲気と、言葉選びがなんかそっくりだったからさ」

 

 仮にそうだとすれば。もう覚えていないが、家族の元で育てられたリツ。

 同じ両親を持ちながら、生まれた時から礎となるため、愛なく育てられたファントム。

 あれだけの憎悪を抱くのも、礎や人柱とされたことを恨むのも……。

 

 あの、最後の言葉は……。

 

 ……今となってはもう分からない。

 ぼんやりと、塵となって消えた亡霊がいた場所を見つめる。

 

「あー、もう魔法の力、一ミリも残ってない。すっからかんだよ」

 

 シアンのぼやきと同時、空中戦艦が大きく揺れた。

 ファミリアセルという動力源を失い、落ち始めたのだ。バッファとなる電源もそう長くは持たない。じわじわと高度が下がっている。即座に墜落しないだけマシだろう。

 

 リツの応急処置を終えたシアンはそのまま座り込み、美しい空を見上げた。

 起き上がる気力も体力もない精根尽き果てた状態で、リツもシアンにならって天を見る。

 

 青。

 

 視界に広がるのはそれだけだ。

 それだけだが、何よりも美しい色だった。

 

「本当に、こんなに綺麗だとは思わなかったなぁ……」

「……そうですね」

 

 なるほど、確かにこの下で暮らせたならば。死傷黒雲が晴れ、空を遮るものがなくなれば。

 ひどく晴れやかな気持ちで、日々を過ごせることだろう。シアンが己の夢と定め、全てを擲ってでも、異常なほど効率に執着してでも目指そうとする、その価値が少しだけ理解できた。

 

 ちら、と視線を移し、戦乙女の横顔を見る。

 ぼう……っと、脱力して、しかし真剣にただ青い空を見ている。

 これまで友人という存在を持ったことはなく、シアンともまだそこまで長い付き合いではない。相棒が何を考えているかは分からなかった。

 

 ズン、ズゥン……と、空中戦艦が崩壊していく音が振動と共に伝わってくる。

 もうあまり猶予はないだろう。

 

 幾度目かの揺れの後、リツはぼそりと呟いた。

 

「……夢が叶ってよかったですね」

「うん。……でも、まだまだこれからだよ。死傷黒雲を晴らして、この空が当たり前な世界に戻すんだ」

 

 リツは相棒のその言葉に、なぜだかほっと胸を撫で下ろすような心地を感じた。

 

「ですが、このままでは」

 

 このまま死傷黒雲に船が沈めば、二人共あの世行きは免れない。

 もう魔法の力は残っていない。絶望郷に帰ることはできないだろう。

 

 しかしシアンは、「問題ないよ」と笑ってみせる。

 

「大丈夫でしょ。だって……」

「だって?」

「クラウン様なんとかしてくれそうじゃん?」

「え?」

 

 思わずシアンの顔を見れば、その目に映る自分がふと気になった。

 吸い込まれるような気分だ。シアンの青い目、それが視界いっぱいに広がり――。

 

 

 

「……え?」

「おかえり!!」

 

 気づけば、クラウンにシアン共々抱きしめられていた。

 見上げれば死傷黒雲と疑似太陽。

 運営局の屋上だ。

 

「ね?」

 

 言った通りでしょ? と微笑むシアンだが、リツは状況の理解が追いつかない。

 

「どう? 殺れた?」

「はい。リツが撃ち殺しましたよ」

「おぉーよかったー!! 流石だねふたりとも!」

 

 なんでシアンは普通に対応できてるんです?

 未だハテナマークを浮かべるリツの顔を、悪戯げに道化師が覗き込む。

 

「んふふ。びっくりした?」

「あ、はい」

「オリジナル魔法少女から眷属には、力を送るための見えないパスが繋がってる。それをネットワークの接続と解釈して、モニターと見立てたそれぞれの瞳にそれぞれを吸い込んで移動させたんだ。今さっき思いついた方法だからちょっと不安だったけど、上手くいったよ!」

 

 自分はシアンの瞳に吸い込まれ、シアンは自分の瞳に吸い込まれたのか。

 

「え、でもそれだと、吸い込まれている最中どうなって……」

「細かいことは気にしない! 魔法だからね!」

 

 なんでもありさ! と笑うクラウン。

 

「……クラウン様、その様子だと……」

「んふふ。かなりキツかったけど、フリューゲルは皆でもう一回殺したよ。反乱軍もマスコット兵器も全部鎮圧した。空中戦艦も二人が何とかしてくれたし、我々の大勝利!! いぇーい!」

「よかった~!」

 

 わぁい、とシアンとハイタッチし、ニコニコと喜ぶ道化師。

 リツはようやく、クラウンの衣装が戦いで傷だらけになっていることに気づいた。

 さて、とクラウンは手を鳴らす。

 

「改めて、ありがとうね。この国が今あるのは、君たちのお陰だ。慰労パーティーでも開きたいところだけど……まずは治療だね。まーたボロボロになっちゃってもう」

「ホントですよ。リツはもうちょっと自分の体大事にしてよね」

「怪我したくてしてるわけじゃありませんって……」

 

 戦いは終わった。

 反乱軍は壊滅し、これで革命軍の残党は殆ど消え去った。

 

 まだ問題は山積みだ。しかし、確実に絶望郷は一つ平和になっただろう。

 死傷黒雲の下、魔法少女のディストピアは続いていく。

 




改稿履歴:
2024/04/09
リツ、ファントムのセリフ周りを改稿。
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