思いつきの落書きです

1 / 1
ラーメン評論家

 

 俺は麺喰いの清一。全国的に有名なラーメンブロガーだ。

 それも、そこいらにいる十把一絡げの自称ラーメンオタク共とは立っているステージが違う。奴らの中にはお粗末なコメントしかできない阿呆や、セット物の炒飯やら餃子やらを評価する唐変木もいるし、挙げ句の果てにラーメン屋以外の店を取り上げて褒め称えるラーメン通の風上にも置けない連中まで跋扈している。

 

 俺は違う。

 朝昼晩と毎食ラーメンのみを食べ、その一杯一杯に真摯に向き合う生粋のラーメン通だ。他の料理を食したのは果たして何年前だったか。もはやラーメン以外の味の記憶など忘却の彼方へと消えてしまった。人によってはこれを異常だと思うらしく、務めていた食品メーカーの同僚が注意なんぞしてきやがったが舌戦により完膚なきまでに叩きのめしてやった。その口論がきっかけで最終的に職場をクビになったのは何年前のことだったか。これもラーメン行脚の末に忘却してしまった。

 まあどうでもいい。ラーメンはこの世の全てに優先する。

 

 これまでの人生に微塵も後悔はない。何故なら正しいのは俺だからだ。

 俺のブログにはいつもたくさんの閲覧者がいる。超辛口の評論で名を馳せているため俺を狂人だの馬鹿だのと罵る者もいるが、そんなものは信者たちがねじ伏せてくれる。他人からの圧倒的な支持。そして生活しラーメンを食べ歩くだけの金を生み出している事実こそが俺の価値観の正しさを何よりも雄弁に証明しているのだ。

 

 だが悲しいかな、ここ最近衰えを感じずにはいられない。

 無論、俺ではない。世間のラーメン屋が衰えているという話だ。一昔前は新しい試みをする店がそこかしこに現れ群雄割拠の図を描いていたものだが、今となっては伸びた枝葉がそれぞれ一つのジャンルとして確立しそこから変動を見せない。今までの既存の枠に囚われない斬新なラーメンの到来こそを人類は待ち望んでいるというのに。

 停滞とは即ち衰退である。ラーメン界の最先端を常に走る者として危機感を抱かずにはいられない。

 やはり、満を辞して俺自身が店を持つべきかもしれん。世界中の誰よりもラーメンを熟知している俺だ。誰も食べたことのないような一杯を作り繁盛させることなど造作もないだろう……。そうすれば停滞したラーメン界にもまだ希望の火が灯るというものだ。

 

 さて今日も今日とて崇高な意志を抱いて街中を歩く。

 先ほど寄ったラーメン屋はイマイチだった。到底俺の舌を満足させるものではない。

 

 次を探して歩いていると一件の店が目についた。瓦屋根の和風建築。看板には『麺処・そば吉』とある。昔ながらの中華そばでも出しているのだろうか。外に豚骨系や魚介系の濃い匂いが漂っていないことからもその可能性が高い。

 軒先には店名以外の情報が一切見られない、なんとも気取った店構えである。こういった高級店もどきの店は地雷の可能性が高いが、その上で中華そばを売りにするとは一体何を考えているのか。俺の経験則に当てはまらないそれに興味を惹かれ、気付けば暖簾をくぐっていた。

 

 建物と同じく和風のテイストに振り切った内装。昼時を過ぎているので客はまばらだ。

 店員の案内でカウンター席に着く。卓上に置いてある調味料の類も妙ちくりんなもので、定番のコショウや高菜やにんにく等は無く、醤油と一味唐辛子が置いてある。餃子用だろうか。普通の味変も許さないとは、なるほど外観通り極まった意識の高さが窺える。

 

「ご注文はお決まりでしょうか」

 

 水とおしぼりを持ってきた店員に聞かれたのですさかず答える。

 

「この店の一番のおすすめを持ってきてもらおうか」

 

 俺ほどの評論家になるとメニュー表などいちいち見ない。初めて入った店ではまずおすすめを持って来させる。それでこそ店の力量を測れるというもの。ラーメンとは店主と客の一対一での真剣勝負なのである。

 しかし注文を取りに来た店員の女はそれが分かっていないのか俺の注文に首を傾げる。分からず屋にこういった態度を取られるのはままあることだ。

 

「一番人気のメニューを注文すると言っているのだ。ただし評価するのは麺のみ! 炒飯や餃子のセットをつけることは断固として禁ずる!」

 

 店員は俺の気迫に慄いて脱兎の如く店の奥へと引っ込んでいった。口ほどにもない。

 

 間も無くして一杯のどんぶりが運ばれてきた。早さは及第点を大きく上回り文句無しと言ったところ。まずは評価を一段階上げようとした俺は、しかし器の中を見て愕然とした。

 

 なんと素っ気ない出来栄えだろうか。澄んだ醤油色のスープに物凄く茶色い麺が浸してある。上に乗っている具はネギとナルト……いや蒲鉾か、これは。

 油の一つも浮いていないそのルックスはもはやラーメンと呼べるのかすら疑問を持たざるを得ない。麺とスープがある時点で紛れもなくラーメンに違いないが。

 何にせよこの恐ろしいまでのシンプルさはいっそ未知数だ。ダントツの提供スピードにも納得がいく。

 

 さて肝心の味はいかに、とスープから飲もうとしたところでレンゲが無いことに気付いてすかさず店員を呼び戻した。

 

「おいレンゲはないのか?」

「れ、レンゲですか? あるにはありますが」

「必須だろうが。早く持って来てくれ」

 

 油断したらこれだ。さっきの評価は取り消しだな。いくら早く提供できてもサービスが疎かではどうしようもない。しかもあの店員「あるにはあります」ときたもんだ。どこにレンゲを出さないラーメン屋があるというのだ。こんなところで奇をてらわれても困ってしまう。やはり所詮は変に意識が高いだけの勘違い店か……。ここもまた俺が喝を入れてやらねばならぬらしい。

 

「どうぞレンゲです」

「うむ。次からは言われずとも持ってくるように」

「はい……」

「まったく」

 

 ズズッ

 

「っ!?!?」

 

 スープを啜った瞬間、思考が一瞬吹き飛んだ。なんだこれは、アッサリしすぎている。いやしかしそれでいて芳醇な旨味を強く感じる!

 出汁は昆布と厚削りの鰹節か。油が浮いていないからもしやと思ったが本当に鶏ガラも豚骨も使っていないではないか。それなのに何故か重層的な旨味があり、キリッとした醤油本来の旨味が前面に押し出されている。

 不思議なほどに茶色いストレートの細麺。こいつも驚きだ。歯触りからして無かん水だが、今までに食べたことのない香ばしい風味がする。全粒粉を使ってもこうはならないと確信できるほど主張の強い麺だ。

 主役は完全に麺とスープの二つのみ。なけなしの具は引き立て役でしかなく、だからこそ最高のハーモニーを奏でている。

 ああ認めよう。こんなラーメンは初めてだ! 俺でさえ思いもつかなかった究極のあっさり系醤油ラーメンだ!

 

 ズルッ、ズルルルッ、ゴクゴクゴク、ダンッ

 

「勘定を」

「あ、はい」

「美味かったよ。久々にラーメンフロンティアの夜明けを見た気分だ。ラーメンの持つ可能性を改めて実感できた」

「え……ラーメン?フロンティア?」

「ふっ君にもいずれ分かる。先ほどの賛辞は店主に伝えてくれ。それとこの店のことはブログで絶賛しておく。至高のラーメンブロガーであるこの俺、麺喰いの清一がな」

「…………」

 

 清々しい気分で店を出る。あっさりしたラーメンを食った後はコッテリ系が食べたくなるところだが、不思議と今日は腹が満足していた。いやきっと満たされたのは心だ。俺もまだまだラーメンについて勉強していかなければならないらしい。それが知れただけでも意義のある体験だった。

 

 そうして良い気分のまま、『麺処そば吉』のことをどう記事にしようかと考えながら俺は帰路に着いた。

 

 

 

「店長〜、さっきのお客さん超変でした〜!」

 

 

 

◯

 

 

 

 いらっしゃいませ。

 

 おひとり様ですか。奥のカウンター席が空いていますのでどうぞそちらへ。ただいまお冷とおしぼりお持ち致します。

 

 えっ……ああ、あのブログの記事を読んだと。それでうちに来てくださったんですね。

 

 ははは、ビックリしたでしょうあれ。昔の記事なんだけど結構炎上していたから今もまあまあ有名ですよね。

 その関係で開店した当時はかなり変なお客さんもいらしたりして……ああいや申し訳ない。お客さんにするような話じゃなかったですね。

 

 ご注文お決まりですか。はい、はい。かしこまりました。すぐにお持ち致します。

 

 

 

「かけ蕎麦一丁、おまちどうさまです!」

 

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定