迷宮姫に仕えているんだが、今日も姫様はポンである。 作:サイキライカ
裡に秘めた闇を拡大させその意を塗り潰そうと執事の中へと潜り込んだ『心の闇』は、しかし、信じられない光景を目にした。
通常、人の心の中にはその精神を形作る心象風景が部屋という形で形成されている。
しかし、執事の裡には心象風景が
光しか持たぬ者は確かにいる。
同様に闇しか持たぬ者もいる。
だが、どちらも持たずに人が人たらんと在ることは不可能なはず。
だがこの男の裡は光も闇もない『無』であり、云うなれば虚無。
長い時の中で虚無を抱く者を初めて知った故に『心の闇』は意識の外から放たれた数多の『糸』に気付かず拘束されてしまった。
『彼は貴方の思うようにはさせません』
虚無の世界に静かに響く声に『心の闇』は驚愕する。
−貴様は【精霊神后ドリアード】!!??
−精霊達の管理者が何故只人の精神を守護している!?
『星の秘めた『心の闇』。
本来ならば彼には荷が重過ぎるものでしょう。
ですが、一欠片程度にまで砕かれた貴方なら
感情を伺わせない瞳で捕らえた『心の闇』を見る。
−何をするつもりだ!!??
『安心して下さい。
貴方は消えも封じもしません。
人が宿す『心の闇』の一つとして在るべき形に戻るだけなのですから』
そう嘯くドリアードの背後に『心の闇』を縛り付ける糸を放つ巨大な【アポクリフォート・キラー】が浮かび上がる。
【アポクリフォート・キラー】は伸ばした糸を更に増やし『心の闇』に巻き付けると毛糸玉のような塊にした。
『漸く手に入りました』
『心の闇』を捕らえた玉を手にドリアードは悼む様に目を伏せ告悔するように独り想いを吐露する。
『人の世界の闇に砕け散ってしまった彼の心を治すのに必要な【鍵】の片割れ。
これを手に入れるために彼を追い詰め何も知らないダルク達にも多くの苦労を掛けてしまいました』
その瞳に哀切を宿しながらも、しかし決して譲れない
『どうか、貴方の光で彼を導いてあげて下さい。姫』
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【大霊術-「一輪」】が描く極彩色の花の光のほんの僅かな隙間を霧散した『心の闇』のその残滓が擦り抜け、俺の胸へと吸い込まれた。
「マスター!!」
魔力が尽きて消えゆく迷宮城を背景にダルク達の悲鳴を他人事の様に聞きながら、俺は俺が正気であると言える内に思いつく限りの対処を打つ。
「【洗脳解除】【精神統一】発動!
ダルク!俺の意識が『心の闇』に乗っ取られていると判断したらセットしたカードを即座に使え!」
【精神操作】【心変わり】【洗脳-ブレインコントロール】【大捕り物】をセットしたディスクをダルクに放り渡し俺は全員から距離を取る。
「案内人…」
心配を伺わせながら不安そうに俺に視線を向ける『名もなきファラオ』を安心させるよう俺は笑みを口元に浮かべる。
「大丈夫ですよ。
そう簡単に主を鞍替えするつもりはありませんし、そうなりそうならダルク達がきちんと止めてくれます」
それでも駄目ならアリアスから預かった悪魔転生のスクロールを使い【ラビュリンス】に魂を預け姫様に全てを委ねる用意もしている。
そうして変容が来るのを待ち構えていた俺達に第三者の声が割って入った。
「その必要は無い」
ガシャリと足音を響かせ一体のロボットが現れた。
「誰だお前は!?」
金と黒を基調に赤の差し色を入れ、顔には翡翠色の宝石のようなクリアパーツを嵌めランスを手にする騎士風のロボットの声に俺は聞き覚えがあった。
「ニンギルス…なのか?」
ゆっくり近付くニンギルスこと【
「久方ぶりだな友よ。
妹を助けてくれて礼を言う」
「ニンギルス…お前、その姿は…?」
俺と出会ったニンギルスはあの結末に辿り着かなかった筈。
なのにどうして?
「? ああ。そうか。
安心しろ。アウラムとイヴはお前の御陰で人として幸せに天寿を全うした。
俺は『星杯』を解体した後新たな脅威が世界に、イヴとアウラムの子孫に降り掛からないか見守る為に肉体を乗り換えて自分の意志でこの姿になった。
お前が懸念するようなことはなかった」
俺の心情を聡く理解したギルスが自らの姿を変えた理由を口にした。
「…そうか」
人の身体を捨てる事について口を挟む資格は無いと、彼等の旅路に幸があった事に安堵を抱いた。
「それよりもアンタ! 何を根拠にオッサンが大丈夫だなんて言えるんだよ!?」
俺達のやり取りで敵ではないと信用した城之内君がそう問い質すとギルスは淡々と理由を告げた。
「『心の闇』が如何ほどであったかは話にしか聞いていないが、細分化された奴の力は友の裡の秘めた『心の闇』に勝るものでは無かったという話だ」
「どういう…?」
「そういう事か」
意味が分からないと上がる声を遮り海馬瀬人が納得した様子で答えを嘯いた。
「つまり、貴様はこの男が
「そうだ。
友が『心の闇』を警戒するあまり精霊界への帰還が遅くなり、その結果【ラビュリンス】の姫が笑い事で済ますには規模が大きい問題を起こした。
俺は【ラビュリンス】の姫が事件を起こす前に友を迎えに来た」
そう俺を指すギルスに俺は頬が引き攣るのを堪えられないまま確認する。
「理由は分かったが、姫様は一体何をなさったと言うんだ?」
「貴様の封印櫃を解き放ってお前を連れ戻すための魔力源として自由都市を中心に大陸中の国家を片っ端から併呑した」
「なんて???」
姫様が封印櫃を解き放っただって!!??
「逆らう者を悉く【炎王】と【天盃龍】が焼き払い、【ティアラメンツ】と【クシャトリラ】が蹂躙し、【罪宝】と【センチュリオン】が薙ぎ払う地獄のような光景があらゆる戦場で展開されたそうだぞ」
「」
リアルで現代遊戯王しちゃ駄目ですよ姫様ァ…。
「ぶ、ブルーノと十代は…?」
「どちらも別次元に居た上にすぐには戻れない状況にあって不在だった。
二人が精霊界に戻った時には一月と経たず大陸を統一し終えた【ラビュリンス】による統一国家が誕生していたぞ。
因みに貴様は初代皇帝に祀り上げられて姫を王配にさせられていたぞ」
「」
それは本当に洒落にならん。
血筋だけのどこの馬の骨とも知らん輩に渡すよりは俺が姫様を娶る方が良いとは思うが、起こした問題の辻褄合わせのためだけに姫様を従者の嫁になんてさせたくない。
「分かった。
今すぐ帰還して姫様を宥めに行こう」
入り込んだ『心の闇』は気になるが、今はニンギルスを信じてさっさと帰る。
「そういう理由ですので、申し訳ありませんが私はここでお別れです」
そう遊戯君達に向き直り別れの挨拶を告げると『名もなきファラオ』から入れ替わった遊戯君が言う。
「もう会えないのかな?」
「どうでしょう?
この世界が私のいた時間と地続きである保証はありません。
ですが、デュエルをしていればいつか会うこともあるかもしれません。
その時はまた
この時代で最も楽しいデュエルは君とのデュエルだったとそう含めて告げると遊戯君は僅かに顔を綻ばせた。
「…うん。でも次はボクが勝ちます」
「いいですね。その時は私も加減抜きの本気のデッキでお相手します。
私の本気を乗り越えてみせなさい」
「ちょっと待ちな!
俺だってオッサンには借りがあるんだ!
もっとスッゲーデッキを作ってオッサンにアベンジするぜ!」
「それを言うならリベンジでしょうが」
「うぐっ!?」
意味は同じだがニュアンスが正しくないとツッコミを食らい唸る城之内君に笑いが起きる。
「海馬君。
貴方には此方を」
そう俺は大神祇官が使っていたデュエルディスクを渡す。
「『オレイカルコスの神』に関する呪術的な要素は粗方排除してありますので、変形機構等の部分を参考にすれば次世代機の開発に役立つかと」
実際十代達の使っているモデルはデザインがこちらに近しいので、参考資料として役に立つだろう。
「いいだろう。
ダーツは気に入らんがパラディウス社の技術そのものは見るべきものは少なくない。
置き土産として受け取ってやろう」
実は自分が思う海馬瀬人なら半分ぐらいの確率で「奴の作った物など必要ない!!」と投げ捨てられるかもと考えていたからちょっとだけビックリしてしまった。
「そういえば『オレイカルコスの神』に奪われた魂は解放されたけれど、大神祇官とリースも解放されたのかな?」
その疑問に俺は確かにと思いリースが使っていたデュエルディスクの除外ゾーンから【オレイカルコスの結界】を含むカードを取り出してみると、【オレイカルコスの結界】はイラスト部分が消えた無地のカードになっていたが、大神祇官とリースはイラスト部分に写ったままになっていた。
「封印はまだ持続しているようですね」
「マスター。俺達で封印を強化するから貸してくれるか?」
「ああ。頼む」
解放しても一利もなく、破り捨てても復活してきそうだなと思っていたので処理をダルク達に任せてギルスに尋ねる。
「ニンギルス。ガラテアはどうすればいい?」
「多少のズレはあるだろうが遠からずお前の所に行くだろう俺に渡せ」
「分かった」
そう言うとギルスは腕からケーブルを伸ばしデュエルディスクに接続する。
「それはそうと、その世界は平和なのか?」
「今のところとしか言えんな。
お前の姫は変わらず『騎士』に執心していて国政はお前に丸投げし、お前は悪魔にこそ転じたが政策は人道的配慮に欠けることもなく圧政を敷く様子はなかった。
ただ、」
「ただ?」
「激務に目が死んでいたな。
悪魔に転じたのも過労死を回避するためだったらしい」
「………」
どう考えてもプラスマイナスマイナスです。ありがとうございました。
聞かなきゃよかった真相に俺は待ち受ける破滅の未来を回避するため、微妙に生暖かさが混ざった遊戯君達の視線を受けつつあるべき世界へと帰るのであった。
事の真相についてちょっと解説を。
今回の裏で糸を引いていたのはドリアードでした。
理由はロリ姫と出会わせ執事の心を取り戻す事。
執事はブラック企業ですり潰された結果、精神を病みクリオアが大きく損なわれ哲学的ゾンビになっています。
執事の精神死を防ぎ魂を守る為にドリアードは力を大凡使い果たしており現界する力もなくどうしようもなくなっていました。
それを解決するための鍵が姫様であり、姫様のお陰で影が生まれ再び光と闇が生まれるはずが自由都市への単身赴任により頓挫。
悩んだ末に少しだけ取り戻していた力を使い時空転移に干渉したのが今件の動機でした。
因みにドリアードが糸を引いたのはロリ姫様までで、真っ直ぐ帰還出来るはずが打って変わってバトルシティに飛ばされた事に顔が引き攣りリースに殺されかけた際には完全に真っ青になって慌てふためいていました。
顕現したくても叶わずもどかしくじれったい気持ちの最中に『心の闇』を手に入れれば執事のクリオアをより確実に補完できると考え付き、もしも遊戯ではなく執事に取り憑こうとすれば利用しようとアポクリフォート・キラーを喚び出して機を伺っていました。
余談ですがドリアードは母性のほうが強く自分は過去の存在と割り切っているため「彼が幸せならオッケーです!」と自分は見守る姿勢であり姫様とくっついてくれるなら良しと思ってます。
次回はエピローグです。