迷宮姫に仕えているんだが、今日も姫様はポンである。 作:サイキライカ
その後、件の女性を放置するわけにもいかずダルクと共に屋敷へと連れ帰ったのだが、何故かアリアスが待ち構えていた。
「今日はどうしたんだ?」
というか、最近しょっちゅう顔を出していないか?
「うん。最近の君を見ていて少し思うところがあってね」
笑顔こそ浮かべているが、その雰囲気に友好さをあまり感じられない。
「立話でするようなものでもないし、まずはその
人をモノ扱いするとか目茶苦茶怒ってるぞこれ。
え? 一体何やった俺?
もしかしてカード経由でプレミとガバ連発したの知ったから怒ってる?
困惑のあまり自分で言っていて意味不明な事を考えつつ襲撃者の介抱をハスキーさんに任せリビングに移動する。
「ああ、そうだ。ダルクの顕現を解除しないと」
「いや、カード達にも聞いておいてもらいたいからそのままにしておいてくれ。
ダルク君、いいね?」
「……ああ」
『召喚』を解こうとしたらアリアスからそう言われますます判らなくなる。
困惑しつつダルクと席に座るとアリアスが紅茶を手際よく3人分淹れて其々に配してから席に着く。
「さて、執事君は私が機嫌があまり良くないことぐらいは解っているよね?」
「流石にそれぐらいは、まあ…」
「そこまで鈍くなくて安心したよ。
じゃあ理由は解るかい?」
「……済まないがそちらは解らない」
考えてみるがこれという原因は思い当たらない。
「仕方ないね。
じゃあはっきり言うよ。
最近の君は姫様の執事であるということを忘れてないかい?」
そうアリアスは明らかに身内に向けるものとは思えないレベルの圧を俺に向け高める。
咄嗟に杖を喚ぼうとしたダルクを視線だけで制し、俺は緊張しながらもその圧に耐える。
「外で活動する手前多少の事は目を瞑れるけれど、それでも最近の君は姫様に仕える者としての自覚が薄いように見えて仕方ないんだ。
私が言っている意味が分からないなんて事は無いよね?」
「思い当たる節が無いとは言わない」
正直やりたい事にかまけ過ぎていると言われたら否定出来ない。
アンチノミーの件にしても姫様の益となる行いでは無いし、自由都市に来てから何をしたいかを思い返しても姫様の為になるような行いは全く行えていないのだからアリアスの叱責も尤もだ。
「とはいえだ。
君が君らしく振る舞うことが姫様のお望みであるのも事実。
だから君に2つ用意した罰の片方を受けてもらおうと思う」
そう言ってアリアスは懐から2つの巻物を俺に見せた。
「一つは【転生の禁呪】が記されたスクロール。
もう一つは記載者の魂の所有権を姫様に渡す契約書。
好きな方を選び給え」
「アリアスお前!」
アリアスの言葉にダルクが怒りながら席を立つ。
「落ち着けダルク。
この2つはそんなに危険な物なのか?」
名前からして碌な代物には思えないが、どちらかと言えば物静かなダルクがそこまで激昂するものなのか?
「落ち着いている場合じゃないだろマスター!?
アリアスはマスターに今すぐ人間を辞めるか死後のその先を引き渡せと言っているんだぞ!?
どちらを選ぼうと人としての死を失うのは同じだ。
アリアスはマスターに人間としての死を捨てろと言っているんだ!!」
魂に関する闇術使いだからこそその恐ろしさを理解しているダルクがそう言い募るが、ダルクの説明を受けてもなお俺は
「俺は、いや、マスターの使役を認めている全員がそんな要求を受けられる訳ないと分かっていて同席させたのか?」
「全員は言い過ぎじゃないかい?
執事君のデッキの中には悪魔族やアンデット族だって居るんだ。
彼等も軒並み並んで人を辞めることを反対していると直接言われたのかい?
それに、そもそも執事君が人を辞めた程度で忠誠心を無くすほど君達の関係は浅かったのかい?」
「貴様…」
明らかにラインを超えた挑発を受けてダルクの目に怒りの火が宿る。
「ダルク、落ち着いてくれ」
「マスター!!??」
「アリアスもだ。
俺に不満があるのは分かったが、今のは流石に誂いが過ぎるぞ」
「へぇ? なら、どうするんだい?」
試すように嘲りの笑みを向けるアリアス。
緊張感が漂う空気の中、俺ははぁとため息を吐いた。
「どうもしねえよ。
第一、
「……え?」
「ふふっ」
呆気にとられるダルクとしたり顔で笑うアリアスに空気が緩む。
「ま、マスター?
でもアリアスはマスターに」
「
「……あ!?」
ようやく理解したダルクが驚愕に顔を染める。
そう。アリアスは罰を受けさせると言ってスクロールを出したが、スクロールを
「詐欺じゃないか!?」
「騙される方が悪いんだよ」
らしくないほど感情を顕わにするダルクを窘めつつ、俺はクスクスと愉しそうに笑うアリアスに促す。
「それで、なんでまたこんな事を?」
「少し試したくなってね。
最近の君が姫様の執事として相応しくない振る舞いが目立っていたのは事実だし、反省を促そうと思ったのさ。
ダルク君に言い過ぎたのは確かだからそれは謝罪しよう」
アリアスの謝罪に憮然とした様子を隠すこと無く紅茶を流し込むダルク。
「俺が気づかないまま本当にどちらかを選んでも、それはそれで姫様の益になるってか?」
「まあね。君が悪魔になれば自由都市に居続ける理由はなくなる。
契約を結んでおけば君と姫様の間により明確なラインが結べる。
ありえないとは思っているけど万が一君が姫様からの離反を実行しても、肉体を始末して魂だけを姫様の物に出来るから姫様が思い煩う心配も無い。
ほら、どちらも姫様の益になっているだろう?」
「そうだな」
さり気なく姫様に反したら殺すと言われたが、普段からこちらの感性に配慮しているアリアスに必要以上に人の理屈を押し付けるのもと思い特に指摘はしないでおく。
「それで、どちらが君の好みかな?」
「デメリットは?」
実を言えば両方共でも構わないと思っている。
人を辞めることに抵抗はないのかと訊かれれば勿論有るし、死後に姫様に魂を捧げるのにも思うところはある。
だが、それはそれとして姫様に永く仕え続けられる事に魅力を感じているのも事実なのだ。
「種族を変える明確なデメリットは2つ。
一つは神聖な某全般が弱点となる事。
もう一つは明確に君が扱えなくなるカードが出てくる事かな」
「だろうな」
神と謳われるような存在や天使族みたいなそれらに連なる眷属のカード、後は正義に属するカテゴリーのカードは悪魔になった俺が握ろうと十全に力を貸すとは思えない。
「逆に使い易くなるカードも出てくるだろうが、デメリットとしては大きいな」
「確かに今の君にとっては無視できないだろうね。
契約の方には差し当たり明確なデメリットは無いけど、ダルク君が憤ったように納得し難いと思うカードは出て来るだろうね」
「当然だ」
不快感を隠そうともせずダルクは肯定した。
「マスター。
マスターがどんな判断を下そうと、それがしっかり考えた上での答えだと言うなら俺達からは何も言うことはない。
人を捨てて永劫をラビュリンスに捧げるとしても、人の道を進むためにラビュリンスと手を切り全面対決に至るとしても、俺達はマスターの望む通りに力を奮うと決めている。
だからこそ今のうちに言っておく。
誰かの為にじゃなく、自分のためにその選択を選んでくれ。
それが俺達の…ドリアード様の願いだと覚えておいてくれ」
そう言いダルクは自ら顕現を解いて消えていった。
「余計な事を」
「アリアス?」
「なんだい?」
今なにか言わなかったか?と聞こうとして、何故かその問いは勝手に喉から下に落ちてしまった。
「…いや。今更なんだがその契約書に俺へのメリットが有るようには思えなくて気になったんだよ」
代わりに別の疑問を呈するとアリアスは「ああ」と納得した様子で答えを告げた。
「姫様が決めきれなかったから、いっそ君に決めてもらおうと空白のままにしておいたんだ。
だから名前を付けるなら『姫様に何でも命令出来る契約書』と言った所だろうね。
勿論何でもと言っても姫様に出来る事限定で、姫様の御身に障るような願いは無効になるよ」
実際のところ強制権の有る肩たたき券みたいな物らしい。
対価に魂を持っていかれる辺りボッタクリな気もしないでもないが。
「なんなら姫様の初夜権でも要望するかい?
思うところが無い訳じゃないけど、君なら夜伽ぐらいは認めてあげるよ?」
「アリアーヌみたいな冗談はやめろ。
今のところ姫様にして欲しい事もないし、白紙のままで構わない」
「ふふ。やっぱり柄じゃないようだね。
じゃあ契約書の方を渡しておくよ」
「いや。両方共貰っておく」
「おや? 意外だね」
「そうでもないよ。
実のところ、真面目にアリーナを引退する口実が欲しいと思っていたからな。
悪魔に転生するから引退するって事は引退する理由に出来ると思ったんだが」
【デーモン・バトラー】のようにアリーナにも悪魔族は少なからず在籍しているから理由として少し弱いかもしれないが。
「成程。それなら両方共渡してしまおう。
その辺りの根回しについては君に任せるから上手くやりなよ」
そう言うアリアスから、俺は2つのスクロールをしっかりと受け取った。
次回はアンチノミーの予定