誕生日おめでとう、ヒナちゃん。
私にとって、彼女は同じ学校に通っている憧れの人だった。
「――やめてくださいっ!」
初めて会ったのは、入学して間もない頃。柄の悪い先輩――いわゆる不良、という人たちに絡まれていた時だった。
見た目も明るくなくて戦闘も得意じゃない私は、彼女たちにとって丁度いい標的だったのだろう。人目の付かないところに呼び出されては、かわいがられた。その表現にしては少しばかり内容が酷い物であったが、彼女たちはそう主張していた。
そんな時だ。彼女が現れたのは。
「――何をしているの?」
「ああ?何って……やべっ!空崎ヒナだ!!逃げろ!!!」
「……そう、なんとなくは分かった。――あなたたちを捕らえる」
それから時間も経たず、不良たちは全員捕らえられた。その手際も、戦う力も、私には無くて。でも、それを嫉妬する気持ちなんて微塵も起こらなくて。ただ、ただ――綺麗だと思っていた。心奪われる、というのはこのようなことを言うのだなと何とも場違いな思いを抱いたものだ。
◆
そして、一年経とうとしている今も、同じように不良たちにかわいがられて、助けられて。私はまた彼女に心を奪われている。
「大丈夫?」
「は、はい……ありがとうございます」
「気にしないで」
彼女から差し出された手を取り、立ち上がる。颯爽と去っていく彼女のその手は私よりも小さくて。でも、彼女はこの手で何人もの人を助けている。その場を見てきては、また綺麗だと思った。凄いと思った。
でも、そんな彼女に助けられてばかりな自分を見ていると申し訳なくなってくる。彼女はその小さな肩に大きな責務を背負ってきているというのに、私がしているのは、その荷物を増やすことだけ。
「じゃあさ、プレゼントしようよ!丁度もうすぐバレンタインだし、友チョコってことにすれば渡しやすいでしょ?」
そんな時、友達が口にした言葉に心が動かされた。彼女に対して何もできない負い目……劣等感と言ってもいいのだろうか。それを見透かしたかのように、私でもできるようなことを提案してきた。
そういった彼女――キララちゃんは、道に迷っていた子供を助けようとした私がオロオロとしていた時に声を掛けてきてくれた優しい子だ。
「で、でも……迷惑かもしれないし、お菓子作りもあんまり得意じゃないし……」
「そんなことないって!自信もって!」
「そうだよ。不安なら、給食部の人に教えてもらえばいいんじゃない?」
「ええっ!?む、無理だようエリカちゃん……!」
「大丈夫!私たちも手伝うから!」
キララちゃんを通じて知り合ったもう一人の友達のエリカちゃんも、背中を押してくれた。
優柔不断に戸惑う私を前からキララちゃんが引っ張って、後ろからエリカちゃんが押してきて。私は流されるように給食部へと連れていかれた。だからだろうか、子供一人助けるのも躊躇っていた私が覚悟を決めれたのは。
「なるほど……それで、私に作り方を教えて欲しいと」
「そうそう!」
「お、お願いします……!」
「いいじゃない、手伝うよ……美食研究会に比べれば凄い可愛いし」
突然のお願いを断ることなく彼女は親身になって教えてくれた。最後の方は聞こえなかったけれど、キララちゃんもエリカちゃんも手伝ってくれるそうだ。そのお陰で、何度も失敗したけれど諦めることなく完成まで頑張れた。
失敗する度に落ち込んだけれど、それでも彼女たちは嫌な顔をせずに何度でも励ましてくれて、何度でも手伝ってくれた。きっと一人だったら諦めていただろう。
「ありがとう、手伝ってくれて」
「ううん、全然!」
「楽しかったから大丈夫」
「でも、量がちょっと多くないかな?こんなに食べる人だったっけ」
「そんなに食べる人じゃないと思う。だ、だから……これは三人へのお礼」
「え~!ほんとに~!?嬉し~!」
「ありがとう」
簡単な袋に包み、作り上げたお菓子を彼女たちに渡す。私のワガママに付き合ってもらったのだ。これくらいはしないと申し訳ない。
「じゃあ、ヒナっちにも渡そっか!」
それはもうちょっと待って欲しい。ほんとに。
◆
「あれ、あなたは確か……」
「お、覚えていらっしゃるんですね……」
時は流れ、校舎裏。わざわざ靴箱に手紙を入れるという古典的な方法で彼女を呼び出した私だったが、カチカチになる程緊張してしまっていた。
「まあ、印象的だったから……それで、何かあったのかしら?」
そんな風には見えないけれど、と続ける彼女を横目に私は拳を握り直す。唾を呑み込み、改めて勇気を振り絞る。体は熱くなり、汗が滲み出ているような錯覚に陥る。それでも友達に手伝ってもらったから。一歩、踏み出す。
「あっ……あの!……これを」
「これは……お菓子?なんで……」
「ばっ、バレンタイン……なので。あと、助けてくれたお礼に……」
「……ありがとう、優しいのね」
「いえ、そんな……!私なんか、ヒナさんに迷惑かけてばっかりで……!」
「別にいいのに。困っている生徒を助けるのは、風紀委員の仕事だから」
その言葉に、私の意思と関わらず体の熱が急激に上がる錯覚をしてしまう。頭に上がった熱のまま、口は堰を切ったように言葉が溢れ出す。
「けど……けど、ヒナさんは他にもたくさん仕事してるじゃないですか!」
「それは……誰かがやらなきゃいけないことだから……」
「でも、そうして全てを背負ってしまったら、何時かきっと倒れちゃいます!」
感情は溢れて留まるところを知らない。自分が何を言っているのか覚束ないまま、考えた言葉が飛んでいく。
「たしかにヒナさんは強くて、他の人より頑張れる人なんだと思います。でも、ヒナさんだって人なんです!」
「休んだって良いと思うんです!ヒナさんに何もかも助けられるのは嫌なんです!迷惑はできるだけかけたくないし、少しでも助けになりたいって思うんです!」
驚いた顔をしている彼女が見える。それでも、止まらない。止めたくない。だって、憧れた人には無理をしてほしくないから。
「けど……私は風紀委員の人たちみたいに戦うのは苦手だし、書類整理とかも得意じゃないから。委員長を手伝おうとしても逆に迷惑をかけちゃうと思うんです」
「私にできるのはこれくらいで、気休めにもならないかもしれませんが……」
「それでも、あなたに何かをお返ししたいんです」
息を荒げ、膝に手をつく。何時の間にか掻いていた汗を手で拭い、息を整える。
「……ありがとう。でも、あなたってそこまで大きな声で話せるのね。ちょっと意外」
「えっ……?あっ……!…………ご」
「ご?」
言われて気付く。これまでの熱は一気に別の熱へと変換され、先程とは違う熱が頭を支配する。頭から爪先まで満たされたそれに、耐えきれなくなった思考は壊れ、体は言うことを聞かずに走りだす。
「ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!」
◆
「行っちゃった……」
その少女が立ち去った後、残されたヒナは渡された袋を片手に立ち尽くしていた。
追いかけるべきか一瞬考えたが、あの様子では会話もままならないだろう。彼女のことは仲のいい生徒に任せ、己の業務に戻ろうと振り返る。
その時、動いた拍子に袋から溢れ出した香りに足を止める。ヒナはその袋を見つめ、おもむろに封を解いた。
柔らかそうな円盤状の生地を重ね、間にバレンタインらしくチョコレートが挟まれた菓子――チョコレートマカロンを一つ手に取り、口に運ぶ。
「……うん、美味しい」
それは決して上手な出来とは言い難い見た目をしていたが、どこか温かさを感じる感覚に頬を緩める。
食べ終わると、ヒナはゆっくりと歩き出す。その足取りは軽く、どこか楽し気にも見えた。その時、彼女の端末が振動する。彼女が通信を開くと、仕事の連絡が舞い込んできた。
『申し訳ございません、委員長。至急確認して頂きたいことが……何かいい事でもありましたか?』
「いえ……そうね。ちょっと、バレンタインを楽しんできただけよ」
『なっ……私を差し置いて委員長にチョコを渡した輩がいるということですか……!?一体、どこの誰なんですか!!!』
今すぐ探して来ます!と叫ぶ彼女を暴走しないよう宥めながら、ヒナは空を見上げる。
「今日は、早めに休もうかな」
空はどこまでも、青く澄んでいた。まるで、今の彼女の心のように。
・モブ
この後ベッドで悶える。なお、百合の才能がある。
・キララ
善人仲間。よく一緒に人助けをしている。
・エリカ
モブのことを小動物として見ている節がある。
・ヒナ
これ以来、モブを見かけると話しかけるようになる。恋愛感情は今の所ない。
・暴走行政官
モブを執拗に探す。モブをめちゃくちゃビビらせてヒナに怒られた。