陰る少女には夜が似合う。
少女の独白は夜の闇へと消えていく。

※この作品は、Xfolio、ネオページにてマルチ投稿しています。

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夜に凪ぐ

 夜の世界は、我々にとって最も身近な異世界である。

 逢魔が時を過ぎ朝を迎えるための準備を進める深夜の時間帯、静寂を包む唯一無二の空間へと変わり果てる。

 

 音の存在を置き去りにした星々のお膝元、自然が抗うかのように音を出すのは海、波の音だ。

 闇も相まって、昼間に見せる青い海は目の前に存在しない。

 漆黒の絨毯が音を立てて広がるだけだ。

 

 玄関口の砂浜で、少女は佇む。

 どうにも眠れない、ざわつく胸中を鎮めるために深夜の海へと駆り出してみたものの、依然として変わるものはなかった。

 

 「…………」

 

 ──今はこの静寂が落ち着く。

 喧騒と人々が行き交う時間帯は時に苦痛である。

 テトラポッドの上に腰掛け、果てのない地平線を眺めながら朝を共に迎えるのも悪くない。

 

 自室へと帰る気は一切なかった。

 海へ向かって、テトラポッドの破片を投げつける。

 

 ポチャン。

 

 波紋と共に無音の空間が破壊される。

 些細なことで崩れた世界は、ゆっくりと時間をかけて元の状態へと修復を始める。

 単純なことだ。

 

 ポチャン。

 ポチャン。

 ポチャン。

 

 飽くまで、いや朝まで続けれるかもしれない。

 無限に感じる時間も有限だ、揺蕩うように流れ続ける。

 世界が元に戻ろうとしているのも証拠である、時間が止まるなんてことはない。

 

 時折星空を見上げては、夢見心地のような気持ちをも抱く。

 観測する時間の流れは観測者によって違う、アルバートアインシュタインの提唱した相対性理論がたしかそんな感じだった。

 

 ならば、今頃あの人はどのようにして今を過ごしているのだろうか。

 今となっては半ばどうでもいいように思えたことでも、ふとした時に思い出す。

 これもまた、与えられた時間故のものなのだろうか。

 

 独白と自問自答。

 普段考えないようなことも頭を過る。

 

 目の前の海を放棄して思考の海に呆けて、どのくらい経っただろうか。

 静寂な空間世界に侵入者が現れた。

 明らかな人工音、過ぎ去るトラックの音ではないこちらに向かって走ってくる音。

 バイクの駆動音が止み、砂浜を歩きこちらに見覚えのある女性が歩いてきた。

 

 「青春かい?」

 「夜道の徘徊は年寄りデビューですよ、師匠」

 「あたしゃまだ四十路だっつーの」

 

 ザザーン、と波の音が響く。

 

 「柊、いや今は、京鉢でよかったか?夜更かしは美容によくないぜ?」

 「名字は苦手なんで、渚って呼んでくださいよ」

 「善処するよ」

 

 相も変わらずテキトーな人である。

 手慣れた仕草で煙草とライターを取り出すと、師匠と呼ばれた女性は渚の隣に腰掛ける。

 

 「どうだい一服」

 「……未成年に勧めるのよくないですよ、もらいますけど」

 「この不良娘め!」

 「師匠にだけは言われたくない」

 

 とはいえ、あと二ヶ月で二十歳を迎える。

 誤差の範囲であろう。

 

 「……もっと苦いと思ってた」

 「同士を増やすために、メーカーさんも頑張ってるんだろうよ」

 

 煙草は二十歳になってから、繰り返します。

 煙草は二十歳になってから、当作品はフィクションです。

 

 「未成年の喫煙を推奨する描写ではございません、っと。これで大丈夫かな?」

 「そもそも師匠が勧めなければ無駄なことしなくて済んだと思うんですがそれは」

 「我が弟子は手厳しい」

 

 吐いた息は行き場を失い、煙となって消え行く。

 

 「師匠はどうしてこんな時間に?」

 「夜遊びが趣味なんだ」

 

 ものすごく如何わしい返答が来た。

 

 「この時間帯は特別なんだよ、私にとってね」

 

 そこから師匠は色んなことを話してくれた。

 バブル時代に好き勝手やってたこと、親族と疎遠なこと、友人と喧嘩別れをして後悔していること、これからの人生のこと。

 

 「ぶっちゃけ、終活とかそういうものにはあんまり興味ないかな。今まで通り好きに生きて勝手にくたばるさ」

 「師匠は今何をしたいの?」

 「そうさね──」

 

 煙草も四本目に突入していた。

 相槌を打つかのように波も激しくなり、少しずつだが夜という世界にヒビが入り始めている。

 

 京鉢渚にとってはもどかしくもある。

 あの時間をもっと体験していたかった気持ちもあれば、今こうして師匠と話す時間も大切にしたい。

 人生は常に選択の連続。

 選択しなかった側の世界線は無と変わらない。

 

 「ん、口を動かすとどうにも頭を使うね。渚、少々付き合ってくれないかい?」

 

 今まで散々会話しといて今更付き合ってくれだなんて、と喉につっかえた言葉を飲み込む。

 

 「少し身体を動かそう、肌寒くなってきたからね」

 

 

 ※

 

 海沿いのある小さな町の小さな空手道場。

 渚の師匠はそこの館長兼師範代だ。

 

 「身体の調子はどうだい?」

 「今なら師匠を海に沈めれそうです」

 「言うじゃないか、ひよっこが」

 

 互いに靴を脱ぎ素足となり、向かい合い礼を交わす。

 緊迫した空気は決戦前夜、巌流島の決闘を彷彿とさせる雰囲気が空間を作り出す。

 

 「ま、公式戦じゃないし、練習でもないからね、ましてや道着も着てないし。軽くいこう」

 「どんな時も全力投球の私を全否定ですね」

 「新しい一面を見せておくれよ」

 

 砂浜を駆ける。

 温まりきってない状態での豪快な動きは隙へと繋がる、胴に向けた足刀がゴング代わり、難なく受け止められる。

 

 砂場という環境も相まってか、大きく動くことは難しそうだ。

 渚はもちろん、師匠も条件は同じはずだ。

 蹴り、突き、と一手一手が互いに攻守が立ち代わり入れ替わる。

 

 「──踏ん張り、甘いぞ」

 

 パァン!と正拳突きが渚の胴を捉える。

 

 「師匠こそ、腰が入ってないです、よ!」

 

 面を狙った回し蹴り、容赦ない。

 

 「……全く」

 

 苦笑いと共に受け止められる。

 渚の得意とする蹴り、そして彼女の柔軟さは大きな相乗効果を生み出している。

 ここが踏ん張りの効く道場の床であったのなら、彼女の師であっても吹き飛ばされていたことだろう。

 

 軽い運動のつもりが、公式戦顔負けの激化した試合へとなりつつある。

 だからこそ、弟子の悩みを身体を張って受け止めるのも師匠の役目である。

 

 「少し雑談も混ぜようか」

 「必要、ですか!?」

 「必要だ、今の君にはね」

 

 普段ならば不要。

 普段ならば、避けれたはずの一撃も避けれない。

 

 渚が本調子でないことは理解していた。

 理解していたからこその提案である。

 

 「……師匠には、敵わないなぁ」

 「何故敵うと思ったんだい?」

 「四十路だから?」

 「まだまだ現役だよ」

 

 拳と拳がぶつかり合う。

 全力の拳がぶつかり合えば事故案件だったが、この時ばかりは上手い具合にお互い力が抜けていた。

 

 「私さ、まだここにいたいんだよね」

 「いればいいじゃないか」

 

 波の音が聞こえる。

 

 「私、さ、あの人、新しいお父さんと上手くやれる自信ない、です」

 「複雑だね」

 「あの人、お母さんが病気してること知ってて、都内に行こうって」

 

 渚の声が聴こえる。

 

 「私、帰りたくない」

 「なら、一緒に来るかい?」

 「それはあり」

 

 拳と拳がぶつかる。

 

 「ハル君にも、りっちゃんにも、むっつん、さきにゃんとだって、離れたくない」

 「友人が多いのはいいことだ」

 「師匠とだって、まだ教わりたいこといっぱいある」

 「あら、嬉しい」

 

 煙草の残り香が漂う。

 

 「──師匠」

 「なんだい?」

 

 互いに拳が握られる。

 

 「いい加減、名前教えてよ」

 「やだ。ミステリアスなのが売りなんだ」

 

 バチン!と互いの頬にストレートが決まる。

 ボクシングでいうクロスカウンター、そのまま二人は大の字になって砂浜に倒れた。

 

 朝陽が昇り始めてた。

 

 

 ※

 

 「さて、朝飯食いに行くかな!奢ろうじゃないか、何が食べたい?」

 「寿司!回らないやつ!」

 「はてさて、こんな朝方に空いてる寿司屋はあったかな?」

 

 気がつけば朝の五時。

 夜通し語って、殴りあったというのに、疲れた様子を見せない二人である。

 

 「あ、やべガソリンなくなりそう」

 「ならガソリンスタンドだね」

 「私らより先にお前から朝食かぁ、仕方ない、モーニングは譲ってやろう」

 

 朝陽に照らされたボディが美しい、やはりバイクはホンダのレブルに限る。

 

 「私も免許取ろうかな、バイク」

 「お、いいじゃないか!私が教官になって、免許交付までしてやろう!」

 「こっちの意味でも師匠になっちゃう」

 「ハハハ、一緒にツーリングでも行こうぜ!」

 

 波の音が聴こえる。

 今日の海はどこか穏やかに感じた。




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