時間軸は、新生スタートから六年前のイシュガルド、アイメリク視点のお話になります。
以下はネタバレ等の注意点になります。

・Lv57ID突入直前の若干のネタバレがあります。閲覧の際はご留意下さい。
・設定資料集に記載のある、アイメリクに関係するキャラクターが複数登場します。話のメインとなるキャラは、ゲーム内ではほぼ登場していないため、ほぼオリキャラ化しております。ご注意頂きたく思いますとともに、苦手な方はページを閉じて頂けると幸いです。
・出来うる限り原作の設定を収集しておりますが、ほとんどのものが独自設定となっておりますのでご注意下さい。公式設定と違うところがございましたら、お手数ですがご指摘お願いします。


この小説はpixivにも投稿させて頂いております。
リンク:https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21606781

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彼への餞別

 赤味の強い黄色の空に彩られた夕刻前。育ての親であるボーレル夫人の容態が思わしくない報を聞きつけ、アイメリクは屋敷のドアを開いた。使用人達は各々に動揺と不安の声を上げてアイメリクに詰め寄ったが、執事の計らいもあり、特に時間もかからずに居間へと通された。何故、夫人の部屋ではないのか、とアイメリクは疑問を浮かべたものの、柔らかに微笑んだボーレル夫妻と目を交わした刹那、自身の呼吸が止まる様を強く認識する。

 誰に対しても、穏やかに接する二人。相応の高齢ではあるものの、嫋やかさの中に通る一本の芯は強い瞳。その眼の奥底に満ちる生気に包まれた裏側――以前よりも一段と増した翳りに、生みの母親と最期に交わした視線と重なる。

「――……」

 貴族の一員たる冷静さも、養子としての両親への気遣いも、二人へ抱く純粋たる心配さえも、アイメリクの口から発せられる事はなかった。胸の内に生じた言葉は、すんでのところで喉元から消えていく。しばしの空白を置き、掛かった前髪を払うことなくアイメリクは夫人の手を取った。ソファーに座り直した相手に、無理をしないでほしい、と再び横になることを伝えるが、ボーレル夫人は笑って首を左右に振った。

「ごめんなさいね、アイメリク。私の我が儘に付き合わせてしまって」

「――いえ」

 無意識に出てしまった反射に、アイメリクは苦さで顔を埋める。上手く取り繕うことの出来ない息子の頬に手を添え。

「おかえりなさい」

 と、夫人は彼の黒髪をそっと上げる。

「今日はアイメリクの好きな紅茶を用意して貰ったのよ」

 早速頂きましょう。顔を明るくした妻に息をつき、ボーレルは卓上のベルを鳴らす。程なくして部屋のドアが開き、使用人達が粛々とローテーブルに茶器をセッティングしていく。菓子も置かれ、さながら遅いお昼の茶会 (ロー・ティー)を連想させるが、時間を問わず、軽食やワインも並ぶボーレル家のそれは実質夕食の団欒 (ハイ・ティー)である。準備を終えた執事が退出しようとしたところを、留まるようにとボーレルが命じた事以外は、アイメリクの知る普段通りの――彼がボーレル家に引き取られた日から続く日常。執事が頭を抱えるほどに酒を嗜むが酔う気配が一切ない養父に、使用人が何度か出入りするくらいにはバーチシロップの入った紅茶を楽しむ養母。今宵も全く遠慮がない空気に包まれた中心で、アイメリクは自身の近況を並べていく。

「――っと」

 会話の最中。己の不注意により、アイメリクのティーカップの中へ大量のバーチシロップが落下する。もはや紅茶を呼ぶべきか悩ましい金色の水面。小さなさざ波を眺めながら途方に暮れる彼の隣に、いつしかやってきたボーレル家の飼い猫がテーブルへ登った。慌てて猫を抱き上げ、取り替える旨を示した執事に微笑って首を振り、アイメリクはカップに口を付ける。

(――……これは)

 なかなかにイケる。アイメリクの呟きに、「でしょう?!」と嬉しそうな声があがり、諦めにも近い小さな溜め息と鳴き声が三方から漏れ出て消えていった。何事も程々に、という忠告に、自身の胸に手を当てては、と続く会話の隣にある窓はいつしか仄かに暗く、微かに曇っている。ぼうっとその向こう側を見つめていたアイメリクに、ボーレル夫人は静かに問いかける。

「……試験。気になりますわね」

「彼なら問題なく竜騎士になれると思っています」

 友人を信頼しているのね。目を細める夫人に、こちらが一方的に思っているだけかもしれませんが、とアイメリクは苦笑する。実際、相手の口から自分が「友人である」という言葉を耳にしていない事もあり――彼の性格上、素直に言うとも思えない、とアイメリクは認識しているものの、正直なところ、彼がアイメリクに対してどのような感情を抱いているのか推測し難い部分がある事は否めない。とはいえ、数年前のクルザス中央低地における哨戒任務以降、他の同僚達よりも話す機会は増えているため、決して遠い関係ではないだろう、と腕を組む。

「自分も負けてはいられません」

 その事だが。しばし二人の会話に口を挟まないでいたボーレルが、おもむろに口を開く。グラスの淵に人差し指と中指を添え、ワインを寄せた執事にやんわりと微笑む。

「少し飲み過ぎたようだ。水を持ってくるように頼めるか」

 少し? と心中で首を傾げつつ、アイメリクは視線を外した。彼の向かいで、執事は一瞬ボトルを持つ手を強くするも、平静な装いで壁際へと下がり、使用人へ指示を飛ばし始めた。

 その。アイメリクは無粋だとは思いつつも、声を上げる。

「父上は、もしや……お加減が悪いのですか?」

 なに。と、ボーレルは笑い「()()()()」と枕詞を添える。「当然の事を聞くな」という挨拶の前に。

 言葉の通り、ボーレル夫妻の容態は世辞にくるんでも芳しくない。アイメリクがボーレル家に迎え入れられた際にも、すでに二人共に余命宣告を受けていた、という話を使用人達の雑談から間接的に聞いていた。しかしながら、夫妻は現在まで、全くその件に関して当人達は口を開く事はない。

(……)

 自分への不信感。一言で済ますのであれば、その言葉は酷く適切に感じるが、人の機微に聡く、波風を立てない世渡りをするボーレルに関してならば、彼の言葉は非常に適当とも抱ける。

 故に。水を飲み終えたボーレルの放った衝撃は、アイメリクの中を無造作に掻き乱した。

「私()良くて半年といったところらしい」

 アイメリクは咽た。若干の引っ掛かりが心を突き刺しているものの、ボーレルの意図を汲みとるべく、無言でゆっくりと呼吸を整える。

 夫人は膝の上で手を組みあわせ、執事は空気を殺すように部屋の隅で佇んでいる。マイペースな猫はテーブルの真下で丸まっている。優しく肉球を触った後、ボーレル夫妻はしっかりとした面持ちで謝罪した。

 神殿騎士団病院長の見立て故に信憑性は高い事、夫妻の病は既に治らない事、夫人はボーレルよりも病状が悪い事、件に関して今まで黙っていた事への謝罪――察していた部分はあれど、初めて聞いた、とアイメリクは本当の感想を述べた。

「それで」

 アイメリクは口にしたが、以降の問いが続かない。最期を看取って欲しいのか、はたまた相続に関して、もしくは違う意思を継いで欲しいのか……数ある推測が目まぐるしく浮かんでは消え、自身の明確な心が薄れていく。置かれたティーカップの真上、明らかに目線がぶれている相手に苦笑し、ボーレルは、話を戻そうと切り出す。

「つまるところ。家督についての話になるのだが」

 勿論。言いかけたアイメリクの口を、ボーレルは違う話題で遮った。

「先程の流れからして。アイメリクはコマンドになる試験を受ける、という事なのかね」

 はい。アイメリクは回答する。

「まだまだ若く未熟の身ではありますが。全力を尽くす所存です」

 皇都イシュガルドを守護する神殿騎士団。そのトップたる神殿騎士団総長の下、各部隊を取り仕切り、時に補佐をするのがコマンドである。先月の大規模遠征の折、二人のコマンドが殉職したため新たなコマンドを任命する運びとなり、神殿騎士団総長に指名されたコマンド候補数人に試験を課す運びとなった。アイメリクはすでに試験を受ける旨を総長とボーレル夫妻にも話しており、故に、違和感が頭をもたげた。

 そうか。と、目を閉じ、ボーレルは続ける。

「コマンドに就任し……その後は、どのような政策を打ち出すつもりなのだ?」

「それは――」

 無論、配属部隊による問題はあるだろう。ボーレルはやんわりと包んだが、固い皮はアイメリクにはかえって苦々しい。決して『答え』がない訳ではない。ただ、それは()()()()()()――以前に語った、漠然としたイシュガルドの未来を聞きたい、とは違うことをアイメリクは自覚している。

 暖かさが重い空気。一蹴したのは「あなたは本当にイジワルね」と頬を膨らませる、猫の腕で手招きをしているボーレル夫人であった。

「貴方のお父様はね。アイメリクがコマンドになるにあたって、ボーレル家 (わたしたち)が足枷になるのかもしれないと思っているだけ」

 ボーレルは手で顔を覆い、飛び移った猫が彼の腕を叩く。はっきり言わない所は似ないように、と夫人はアイメリクへ微笑する。

「ボーレル家は大きな家ではないけれども、いち貴族。当主ともなれば、色々な義務も、責任もついて回ります。それでアイメリクのやりたい事が出来なくなるのは」

「そんなことは――!!」

 机上の水面が揺れる。透明の滴が茶色の平面で夕日色に光る。妙に汗ばむアイメリクの両手は強く叩きつけられたまま軋みを上げる。

 ありえない。まったくもって、あり得ない。幼かった自分の出自を知って理解してなお引き取り、育て、等しく厳しく優しく接する夫妻に感謝することすれ、不満を感じたことは一度もない。むしろ――

「お二人には今も感謝しています。ですから」

 アイメリクの声が消える。彼の蒼い目に映る二人の微笑は固く、薄暗い目は視線はずれている。

 間違えた――たった一つの思考で、喉が渇く。視界が揺らぐ中で、二人の仕草を追う自分がいる。猫が擦り寄っているアイメリクの向かいで、ボーレルはおもむろに呟く。

「この国を変えたいのであれば。()()()()は捨てなさい」

 はっ、としたアイメリクの隣へ寄り添い、ボーレルは猫を夫人に渡す。

「人の言動を察して行動することは良い事だと私は思っている」

 ただ。執事に聞こえるか聞こえないかほどの一層くぐもった声で、ボーレルは続ける。

「上の顔色を伺い、手元にある欲に溺れ、他人の大切なものを見捨て、言われるがまま戦争を続けてきた。それがこの国だ。……とある、友人だった者が言っていた」

 イシュガルドは変わらない。変化も知らず、望めない。悲しみと憎しみの連鎖も千切れず、永遠の幸福は訪れない。故に、変革を求める自分はまず何をするべきなのか――

 結果的に。彼は彼の持つ全ての欲を手放し、彼のもつ全ての力で根本を絶つ、という決断と誓いをボーレルに告げた。

 彼だけが識り得たモノが彼をそこまで追い詰めたのでは、という推測を横に置き、ボーレルは渇いた薄い唇を噛む。

「彼は()()()()()()何も言うまいよ。だが」

 父は本当に何も話さない人だと思っていた。息を詰まらせたボーレルに、アイメリクはそっとティーカップを差し出す。

「彼の御友人に、養父上の想いは伝わっていると、私は思います」

(それでも。なお――)

 息が落ちる。肌寒くなりつつある居間。静閑が満ちる空間で、アイメリクは逡巡したモノを繋ぎ、眺めていく。己が求め続ける、相も変わらぬ高い壁は冷たく閉ざされ、並び立つどころか、触れようとするだけで心が軋む。

「私には。養父上の御友人のような決意も、覚悟も、真の意味では抱くことは出来ないでしょう」

 いえ。と、アイメリクは自身の乾いた手に、温かい息を落とす。

「自分は()()までして変革したイシュガルドに、疑問を抱いてしまうのです。それは本当に正しい道なのか、と……いえ、違います。それ以前に」

 いい知れぬ、寂しさ。養父も似た思いを抱いているのでは? アイメリクの問いに、ボーレルは一切を沈黙で答えた。自身の友人と重なったことを妙だと思いつつ、アイメリクはくすりと笑う。

「私は、とても恵まれています。出自こそ――……ですが」

 育ての親に恵まれ、衣食住に恵まれ、友人に恵まれ――それらの根本となった生みの親にすら、恵まれている。彼らへの感謝が、憧憬が、守りたいものへと転化するのは容易く、現在もなお湧き続ける感情に偽りは無い。

 痛みを伴う変革は正しい事であるかもしれない。だが、とアイメリクは胸を手で抑える。

「この温もりを手放すことのない変化も模索したい、と。それが自分の――」

 などと、綺麗事を並べましたが。と、アイメリクは大きく肩を落とした。

「結局のところ。何一つとして、具体的な案など考えておりませんし、覚悟、というものもひどく浮ついたナニカ、でしかないのでしょう。ですが」

 養母はご存知かもしれないが、とアイメリクは屈託なく笑う。

「自分は大層、諦めが悪く、かつ、()()()()は酷く欲しがる性格でして」

 大げさに肩を上下させる息子に、ボーレル夫妻は顔を見合わせ、吹き出した。確かに、とクスクス笑う夫人の隣で「そこは私に似て欲しかったものだ」と呟きながら、ボーレルは微かに掌を返した。はっとした表情を引っ込め、失礼します、と厳かな様子で退出した執事を見送り、アイメリクは悪戯な笑みを重ねる。

「その上。彼の友人の前で見栄を切ってしまいまして」

 ほう? と首を捻るボーレルに、アイメリクは続ける。

「『私が神殿騎士団総長になった暁には、誰も無駄死になどさせるつもりはない』と」

 屋敷で一番広い部屋に、今宵一番の笑いが溢れた。その中心で温もりを甘受しながら、アイメリクは居住まいを正す。

「ですので。もう後には引けない……引きたくはないのです」

 純粋な、我儘。とどのつまり、彼の想いは一言に尽きた。しかしながら、それを押し通す厚かましさも、間接的に主張する器用さも、己の欲を受け入れる度量もなく、いま此処に至るまで表出することはなかった。互いに空のカップを遠目に眺める二人に、澄んだ沈黙が淀む。

 刹那。開けられたドアから緩やかな風が吹き込む。部屋の外では、執事をはじめとする使用人達が一斉に会釈し、数人は茶器を片付け始める。何事か、と浮き立つアイメリクとは対称的に、ボーレル夫妻は用意された仕切りの奥で粛々と衣服を整え始める。首を傾けるばかりの子息に、執事はうやうやしく頭を下げた。その両腕に掛けるように、袋にくるまれた一振りの剣がしっかりと抱えられている。

「アイメリク様も、どうかお着替えを」

「これは一体」

 アイメリクの問いに、執事は一瞬目を開くも、状況を理解したのか「お館様……」と小さく吐いた後、言葉を選ぶように回答した。

「『襲爵の儀』、及びボーレル家の家宝継承の儀を。とのお館様の命でございます」

「いや――その前に、それは」

 ボーレル家の家宝『ネイリング』――手を微かに躊躇わせた執事からおもむろに剣を受け取り、正装に着替え終えたボーレルが答える。

「かつて、ドラゴンを殺める為に用いられた逸話を持つ古い剣だ。尤も、私には終始振るえぬモノではあったが、代々の当主が戦場に向かった折には、数々の厄災を祓ってきたと謂う」

「――……」

 なされるがままに服を替えていくアイメリクの正面で、袋の紐が解かれていく。鞘から抜かれた刀身は綺麗に手入れされており、淡く蒼い、灰色混じる輝きを携えている。アイメリクの身長に合った長さの代物は、確かに痩躯のボーレルが振るうには些かの大きさを有してはいたが、アイメリクの蒼い双眸には不釣り合いだという風に映ることはない。

(しかし――)

 騎士爵を除く爵位の継承は、基本的に爵位を持つ当主の死亡後に教皇の許可の元で執り行われる。無論、世継の居ない家の絶家など、幾つかの例外は存在しているものの、当主の一存のみで行われる事は、形式だけのものであっても、書類上の観点でも許される事ではない。

 眉を上げるアイメリクにそっと近づき、正式なものではないものよ、とボーレル夫人は微笑する。可憐な服装に包まれたその手には、小さな箱が納められている。

「もちろん()()()。正式なものは、時期が来れば、追って教皇庁から手配してくれるはずよ」

 これは、私の我儘なの――すっと箱に手を伸ばすボーレル夫人の手首は、今にも折れそうなほどに、か細い。化粧をした唇の色も僅かに黒く、隠しきれていない目元は、初対面からすれば実年齢以上の印象を受けるかもしれない程にくぼんでいる。

 本来であれば。アイメリクは今にでも養母を寝室へと運び、医者の手配をするべきなのだろう。しかしながら、ボーレルをはじめ、執事、使用人達はそうすることもなく、淡々と準備を進めている、無論、全員が納得している訳ではないことは――震える手で机を拭く使用人、時折隅で蹲るメイド達、普段から一切のミスをしない執事がペンを落としかけた光景を目の当たりにしてしまえば、想像に難くない。むしろ、今日、この時、この瞬間を迎えるにあたり、アイメリクが聞かされた事は既に彼らに伝えられており、各々に納得、折り合いをつけて仕事に臨んでいるのだろう、とアイメリクはボーレル夫人に向き直る。

「――養母上?」

 丁度良かった、と笑顔を弾かせながら、ボーレル夫人はアイメリクの左頬に手を添える。添えられた逆の手を伸ばし、息子の正面で箱の中身を振って見せた。

「やっぱり。アイメリクの綺麗な顔立ちには、青色が良く似合う」

 ペンデュラム形の、蒼い石のピアス。片方のみのソレを養母は息子の左耳へとつける。もっと顔を見せてほしい、と相手の顔に触れて、ひとしきり見た後、満足そうに頷く。

「家督に、お屋敷に、それに……アイメリクに遺せるものは、全部主人のものですもの。一つくらい、母親らしいものを、ねぇ」

「っ――」

 胸を抑えるアイメリクから視線を外し、ボーレル夫人はため息を吐いた夫へと笑って見せる。些か強情なところは養母に似たのやもしれんな、と返し。ボーレルはアイメリクに向き直った。

「では」

 父上。と、アイメリクは口走る。

「一つだけ。よろしいでしょうか」

 何か言いたげに口を開いた執事を制し。「一つだけ。聞こう」とボーレルは一言を返した。

 正装に包まれたアイメリクの肩へ、重い沈黙がのしかかる。感情的に発してしまった言葉は、多少の後悔の味を覚える。それでも、『儀』が始まってしまえば、こうしてボーレル子爵と夫人……父母と話をする機会は二度とないのでは、という焦りがアイメリクを走らせた。伝えたいこと、否、伝えねば気が済まないもの――凄く素直な言葉が、アイメリクの薄い唇から発せられる。

「私は。一度たりとも、お二人が、ボーレルという家が負担に感じたことはありません」

 両手で口元を抑えるボーレル夫人と、それを支える執事に胸を抑えながらも、アイメリクは続ける。

「また、家督の――」

 アイメリク。と、ボーレルは窘めるような口調で制した。

「私は、一つだけ、と言ったはずだが」

 それは、と口走ったアイメリクへ視線を向け、ボーレルは妻の方へと流れる。

「そして。もう少し。言葉を選ぶ練習は、した方が良さそうだな。ああも感情的になっていては、『儀』とてままらん」

 声をあげて泣いている夫人とメイド達、目頭を抑えて影に隠れる使用人達、ただひたすらに感情を押し殺して表情が読めない執事――なにより、妻と同じ色をした瞳で微笑するボーレルに、アイメリクは目を見開く。

 アイメリクは謝罪しなかった――ボーレルが、させなかった、という見解も正しく、彼は周囲が落ち着くまで話題を回し続けた。

「二つ目は『儀』の中で幾らでも聞こう」

 話の最中。小さく呟くように返された言葉に、アイメリクは頷く。肌寒さが心地よく掌を抜けて、蒼い剣を静かになぞる。

 やがて、落ち着きを取り戻したボーレル夫人の一言で、『襲爵の儀』及びネイリング継承の儀は執り行われた。

 

 

 

 

 

 

 アイメリクがネイリングを拝領した、翌日。ボーレル夫人は息を引き取った。半月後、後を追うかのように、ボーレル子爵の死去の報が、遠征中のアイメリクの元に届く事となった。

 ボーレル子爵の強い遺志もあり、襲爵の儀は、イシュガルド正教現教皇トールダン七世立ち会いの元、厳かに行われた。儀自体は形式的で小規模かつ簡略なものではあったが、行われた事実に関しては瞬く間に広がる事となる。また、ボーレル夫人の葬儀に『任務』という理由で出席しなかった経緯もあり、尾ひれはひれの付いた内容は酷く偏った情報として流布し、決定していたアイメリクの神殿騎士団コマンド就任の撤回運動が神殿騎士団内の一部から起こった――なお、この件に関して、教皇は「神殿騎士団総長に一任する」と声明を出し、神殿騎士団総長はしばしの間決定を保留にしていたが、アイメリクと同じく神殿騎士団コマンドに就任予定であったゼフィラン・ド・ヴァルーダンをはじめとした大半の神殿騎士、神殿騎士団の傘下である竜騎士団に属する一部の竜騎士達の申し出を鑑み、アイメリクを神殿騎士団コマンドへ正式に就任させる決定を下した。

 

 

 

 

 

 

「それで? あのお堅いコマンド殿は何だって?」

 神殿騎士団内にある訓練場の片隅。竜騎士特有の甲冑を着込んでいる『友人』に深い溜め息を吐き、アイメリクは努めて小さな声で返答する。

「謝罪は無用、だそうだ。むしろ、私に対する正当な評価を曲げる行為が発生してしまった事にずっと怒っていた印象だった。明日からその件に関する対策の立案と、総長向けの具申書を書く約束を、ゼフィラン卿にしっかりと取り付けられてしまった」

 相変わらず仕事熱心なことで。と笑う相手に、そっちはどうなのだとアイメリクは返す。

「次回の哨戒任務の件で、総長とやりあったらしいじゃないか」

 ああ。あの無茶振りか。と相手は快晴を仰ぐ。

「あっちが、あっさり折れた。――いや違うな。あの口ぶりだと、俺達を試しやがった」

「……。エスティニアンにも解りやすいくらいに、今回はあからさまだったからな」

 どういう意味だ、と言いたげに睨んでくるエスティニアンをよそに、アイメリクは私見を述べる。

「あの人は昔から()()()()人らしい。私の一件といい、総長抜きでも回るような人事と采配を組むことに長けているというか」

「コマンドならもっと言い方に気を配れ。それだと総長は自分が最大限にサボれるように仕事を分配しているように聞こえるぞ」

 そんな曲解するのはエスティニアン位では? という一言をアイメリクは呑み込み、気をつける、と返す。

「しかしエスティニアンは、相当なまでに総長が嫌いとみえる」

 いや、別に。とエスティニアンは側の柱にもたれ掛かる。

「激戦地に竜騎士を送る事を渋るトップに思うところがあるだけだ」

「……」

 千年に及ぶ、イシュガルドとドラゴン族との戦争。指揮を執る現在の総長は戦上手と云われているが、十四年前のクルザス東部高地での激戦以降、大規模な衝突は片手に数えるほどという事もあるため、懐疑的だ、というのはエスティニアンの見解である。

「十四年前のファーンデールの一件で。元凶のニーズヘッグ(やつ)が休眠期に入っているのは確かだ。こちらの被害は甚大だったが、数年しないうちに立て直した実績を打ち立てておきながら、今のうちに奴らの眷属を少しでも削ろうとしないのはおかしいだろう。奴を黙らせた『蒼の竜騎士』が居るというのに、だ」

 何かがこう、腹が立つのだ、とエスティニアンは腕を組む。

「自分は何でも解っている、みたいな目をしやがって……どこかしら、あの教皇サマに似ていているところが――」

「――……」

 きょとんとしてしまったアイメリクに、どうした? と首を傾げる。

「顔が緩んでるぞ」

「そうか?」

 何か良いもので見つけたのか? 周囲の見渡すエスティニアンの隣で、アイメリクは自身の顔に触れてみる。柔和な頬を軽く弾き、猊下への言動の方が笑えない、と笑いながら、今日も口の悪い友人を程々に窘める。

 騎士達の剣戟が響く中。幾つかの他愛のないやり取りの後。言い忘れていた、と、エスティニアンはそっと隣に立ち、青い天井を仰ぐ。

「父親の埋葬(さいご)くらい、見届けてやれ」

「――ああ。そうだな」

 報告したいことがある。突風で舞い上がった花弁の下で、アイメリクは蒼い剣の柄に片手を乗せる。左耳の青いピアスが揺れる隣、もう片方の手で覆われたその表情は、隣に居た竜騎士も窺い知ることは出来なかった。


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