ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ 作:コーラを愛する弁当屋さん
—— 昼休憩 ——
須藤君不在のまま、体育祭は昼休憩を迎える。
休憩に入ってすぐ、軽井沢さんに声をかけられた。
「ツっ君。一緒にお昼食べない?」
「あ、ごめん軽井沢さん。今から行くところが——え、ツっ君?」
急に軽井沢さんからツっ君と呼ばれてびっくりしてしまう。
そう呼ぶのは、母さんと未来の京子ちゃんだけだったからな。
「うん。平田君のことも洋介君って呼ぶようになったから、せっかくだから沢田君のことはツっ君って呼ぼうかなって」
「あ、そうなんだ。だったら綱吉君って呼んだ方が——」
「ツっ君って呼びたいの。……嫌?」
美少女に上目遣いで嫌と聞かれて、嫌と言える男子がいるのだろうか。
……いや、いないね!
「ううん、かまわないよ」
「! そっか! よかった〜」
嬉しそうに笑う軽井沢さん。
しかし昼ごはんを一緒に食べる時間はないので、それを説明しようとしたらスピーカーから途中経過に関する放送が流され始めた。
『午前の部が終わりましたので、ここまでの途中経過を発表いたします。赤組7236点、白組7245点です』
「……負け、てるね」
「うん。しかも多分、Dクラスは学年でも最下位だよね」
やはり赤組が負け越している。そして軽井沢さんの言う通り、成績的に見れば学年での順位も俺達Dクラスは最下位の可能性が高い。
これで放送は終わりだと思った。だが、放送はまだ続くようだ。
『えー、異例の事態が起きましたので、この放送でそれもお知らせいたします。現時点で、全学年における最優秀生徒賞の候補が3人います』
本当に異例の事態なのだろう、上級生のテントからどよめきが上がっている。
『その3名の生徒を発表いたします。3年Aクラス堀北学君。2年Aクラス南雲雅君。そして——』
最後の1人の名が呼ばれた時、今度は1年生からもどよめきが上がった。
『——1年Dクラス、沢田綱吉君です。この3名は現時点で同点トップであり、午後の部の結果次第で最優秀生徒が決定されます。以上、これで放送は終了です』
「ちょっ! すごいよツっ君! 生徒会長と副会長と並んで最優秀生徒候補だなんてさ!」
「う、うん。ありがとう」
——よかった。課題である最優秀生徒賞、これを取る道はまだ繋がっている。そして候補者が全員赤組だったのなら、赤組はもちろんDクラスが逆転する方法だってきっとあるはずだ。
俺はその方法を確かめるべく、盛り上がってくれてる軽井沢さんに謝って、Dクラスで最も成績のいい幸村君のもとへ向かった。
(えーと、幸村君は——いた!)
幸村君は1人で昼食を食べようとしているところだったが、急ぎたいので話しかけさせてもらおう。
「幸村君」
「ん、どうした沢田」
「赤組が負けているのはもちろんだけど、おそらく学年内でもDクラスは最下位だよね」
「……ああ。これまでの結果を見れば、その可能性は高いな」
幸村君は眼鏡の位置を直しながらそう答えてくれた。
「……じゃあさ。もしも、もしもこれから赤組もDクラスも勝ちに行くとしたら、午後の部ではどんな成績を残さないといけないと思う?」
「え? それは……そうだな」
あごに手を添えて考え込む幸村君。きっと頭の中で計算をしているのだろう。やがて計算し終えた彼は、とても難しい顔で口を開いた。
「相当厳しいぞ。ここから赤組が勝つには、どの学年でもいいが赤組が全ての競技で1位を取ることが大前提だ。そしてDクラスとしても勝ちに行くというなら——」
「うん」
幸村君は絶対不可能なことを言うかのように、おずおずとDクラスが勝つ為の条件を告げた。
「——午後の部全ての競技で、Dクラスの誰かが1位を取らないと無理だ」
「……つまり、赤組とDクラスの両方が勝つ為には、Dクラスが全競技で1位を取らないと不可能。ってことなんだね」
「ああ……」
「わかった。ありがとう」
「! 待て沢田」
お礼を言ってその場を去ろうとする俺だが、幸村君が慌てて止めてくる。
「まさかお前、本当に勝ちに行くつもりか?」
「もちろん。その為に、今からやらないといけないことがあるんだ」
そして俺は、勝ちに行く為に行動を開始する。
まずは、パートナーと合流するぞ!
—— 保健室前、廊下 ——
「……あ! 堀北さん!」
「! ……沢田君」
保健室前で、探し人である堀北さんを無事に発見した。
「よかった。今から保健室に行くところ?」
「ええ。湿布を変えようと思って」
そう言う堀北さんの表情は暗い。足の痛みが強くなっていて、午後の部に出れないかもしれないと不安なのだろう。
「……ねぇ。保健室に行った後、少し時間もらえるかな」
「? かまわないけれど、何かあるの?」
「うん。あのさ……」
「——あ! 2人ともいたぁ!」
『!』
堀北さんに用件を伝えようとした瞬間、誰かの大声でかき消された。
その声の主は——桔梗ちゃんだった。
「櫛田さん、何か用?」
「うん。ちょうど堀北さんとツナ君を探していたの!」
「どうして?」
「2人を保健室に呼ばないといけなかったから。ちょうど保健室の前で見つかってよかったよ〜♪」
ほっとした様子の桔梗ちゃん。だが、俺達を保健室に呼ばないといけないとは、どういう意味だろうか。
「……桔梗ちゃん、なんで保健室なの?」
「あのね、堀北さんと接触して倒れた木下さんが大怪我をしてたみたいなの。今は起き上がれないほどひどいみたいで、それで……その、木下さんが堀北さんとツナ君を呼んで欲しいって言ってるみたいなんだ」
その言葉を聞いた俺達は驚きを隠せなかった。
確かに怪我をしていた様子はあったけれど、そんなことになっていたとは。
だが、当事者ではない俺を呼ぶというのは意味がわからなかった。
『……』
俺と堀北さんは何を言うでもなく顔を見合わせる。言葉なくとも、お互いに怪しいと思っているのは間違いない。
しかし保健室には行かないとならないから、俺達はその呼び出しに応じるしかなかった。
—— 保健室 ——
「……えっ、茶柱先生?」
保健室に入ると、室内には茶柱先生がいた。
「お前達を櫛田に呼びに行って貰ったんだが、すぐに見つかったようだな」
「一体、どういうことなんです?」
「……見ればわかる」
そう言い、先生はあごでカーテンで仕切られた保健室の一角を示した。
そこは、入室してからずっと女の子のすすり泣くような声が聞こえてくる場所だった。
先生が少しだけカーテンを開くと、その奥にベッドの上で横になった女の子が見えた。片足に包帯がぐるぐると巻かれている。
……なんかおかしい。どう見ても怪我の度合いがひどい気がする。まさか、また後から怪我させたのか?
「堀北さん、あの子が?」
「ええ、Cクラスの木下さんよ」
先生はすぐにカーテンを閉めると、一度俺達を廊下へと呼び出す。
「木下は午前の障害物競走の際、接触して転んだ。そのことは覚えているな?」
「もちろんです。私と接触して転びましたから」
それは全校生徒が目撃していたことだろうが、念のための確認だろうか。
「そのことだが……木下が言うには堀北が意図的に転ばせたと言っている」
「……は?」
一瞬先生が何を言っているのか理解できなかった。堀北さんも目を見開いて驚愕している。
「そんなわけありません。偶然の事故です。もしくは──」
「もしくは?」
堀北さんは龍園君の作戦だと言おうとしてやめた。間違いなく当たっているだろうけど、あくまでも憶測。証拠は何もないからだ。
「いえ……ただの偶然でしかありません」
「私もそう思いたいが状況はやや悪い。木下が言うには、まず走っている最中堀北は繰り返し自分を気にして振り返っていたと証言した。検証のためにビデオの確認をしてみたが、確かにお前は2度木下の位置を確認している」
「それは彼女に繰り返し名前を呼ばれたからです。それで振り向きました」
「名前を呼ばれたか。……なるほど。しかし仮にそうだとしても問題は大きいぞ。強くお前に脛を蹴られたと言っていてな。事実、後の競技は全て欠席している。実際に木下の怪我の状態を先生に診てもらったがひどい状態だったそうだ。それも作為的なものを感じるような傷のつき方だと考えられる」
「転んだ時に偶発的に深手を負ったとしても事実無根です。私は何もしていません」
「もちろん無実だと信じている。しかし意図的である可能性が排除しきれない以上、審議に入るのは当然のことだ」
「ば、馬鹿げた話です!」
「だが、それで終わらせられる話ではない。お前が無視すれば問題は広がっていく。他の先生方の耳に入るのはもちろん、長引けば生徒会にもな。そうなれば後が大変だ。須藤とCクラスが揉めたときのことを忘れたわけじゃないだろう?」
先生の言葉は堀北さんの心に突き刺さっただろう。事が長引けば必然的にお兄さんである生徒会長もこの件を知ることになってしまうが、尊敬するお兄さんに自分が問題を起こしたように思われるのはとても嫌だろうから。
けれど無実である以上、彼女はそのことを訴えるしかない。
嘘を認めることはできないんだ。
「……俺達を呼んだのが事実の確認のためなら、これ以上話せることはありません。これから少し所用があるので失礼してもいいですか?」
俺が間に入ってこの話を終わらせようとしたが、先生はそれを許さない。
「ダメだ沢田。まだお前が呼ばれた理由を話していないだろう」
「! ……そうですね。まだ聞いていませんでした」
再び先生に向き直ると、先生は俺を呼んだ理由を話した。
「Cクラスは今回の接触を故意の事故だと学校側に訴えるとつもりだそうだ。堀北は実行者として。そして、沢田をこの事故を計画して指示を出した教唆犯としてな」
「なっ!?」
「映像や証言を聞く限りでは取り下げさせることは出来そうにない。向こうにしてみれば泣き寝入りになるからな。Cクラスにとっても木下不在というのは手痛い事態だ。これがどういうことか分かるな?」
「……悪魔の証明、ですか」
俺の代わりに答えてくれた堀北さんの言葉に、茶柱先生は否定せず静かに目を閉じて腕を組んだ。
悪魔の証明——確か、事実上不可能なことをそう呼んだはずだ。
なるほど、無実を証明することが出来なければ、不公平さを生まないように措置を講じる必要があると茶柱先生は言いたいのか。
……でも、俺が教唆犯だとどうしてCクラスは言い切れるんだ?
「……どうして俺が、接触事故の教唆犯ということになるんですか?」
「それはだな……」
「——おいおい、なにとぼけてやがんだよ。パシリ——いや、沢田綱吉」
「!」
質問に答えようとした先生の声に被せるようにして、木下さんの寝ているベッドの……いや、その隣を隠しているカーテンの向こうから、聞いたことある声が響いてきた。——間違いない、龍園君だ。
「……龍園君、いたの?」
「ああ、ずっといたさ」
閉められていたカーテンを乱暴に開き、龍園君が出てきた。……不敵な笑みを浮かべながら。
「俺はそんな指示は出してないし、堀北さんもわざとぶつかったりなんてしてない」
「はっ! 堀北に関しては被害者の木下がそう言ってるんだ。間違いなわけがない。なぁ、木下」
「……」
「——木下?」
「っ! は、はい……」
ずっと黙って痛みに耐えていた木下さんは、びくっと体を震わせて小さく声に出した。
この感じ、木下さんは無理やり加担させられているようだな。
「それに、お前は他人を平気で傷つける奴だってことは、俺がよく知っている」
「……俺が他人を平気で傷つける? 意味がわからないし、そんなことしない」
「ええ。沢田君は無駄な争いを好まないのは、私も保証する」
「……」
俺の反論に、堀北さんも加勢してくれた。しかし、龍園君はそれを嘲笑いながら首を横に振る。
「よく言うぜ鈴音、お前達は須藤に殴られた石崎達を脅して、無理やり訴えを下げさしたくせによ」
「っ、それは元々あなた達Cクラスが仕組んだからで」
「仕組んだ? なんだよそれ、証拠でもあんのかよ」
……そんなものはない。ないからこそ、石崎君達が自分から訴えを取り下げるように仕向けたのだから。
「……」
「なんだよ、証拠もないのに俺達を悪者にしないでくれよ」
「——それはこっちのセリフだよ」
皮肉の止まらない龍園君に、俺は語気を強めて言い返した。
「ああ?」
「そっちこそ、俺達が故意に木下さんを傷つけさせた証拠はないだろ」
今回も須藤君の時と同じように、無理やり言いがかりをつけているんだと思っていた。——だが、今回はそんな単純な嫌がらせではなかったんだ。
「いや、あるぜ?」
「……は?」
「証拠はあるって言ってんだ。証拠というか……証言だがな。おい、出てこいよ」
龍園君は、先ほどまで自分が隠れていたカーテンの向こう側に声をかけた。すると、気にしていなかったが、まだカーテンで隠されていた範囲から2人の男子が現れる。
1人はAクラスの王 小狼君。もう1人は、障害物競争で俺の邪魔をしてきたやつだ。確か、小田拓海君だったはず。
「こいつらは、お前が鈴音に木下との接触事故を起こさせたという証言者だ」
「し、証言者だって?」
「そうさ。Aクラスの王は、赤組のテントでお前と堀北が今回の計画を話していたのを聞いていた」
「!」
2人に視線を向けると、2人とも俺を見てニヤニヤ笑っていた。
「そして、俺のクラスメイトである小田拓海。こいつの証言は決定的な証拠にはならないが、沢田は自分の利益の為なら他人を使って敵を痛めつけることもいとわない人間だっつーことの判断材料には十分なもんだ」
「……俺が何かした、とでも言いたいのか?」
「そうさ。お前は障害物競争の時、後ろから迫ってくる小田の手を蹴り飛ばしたんだ」
蹴り飛ばしてはいない。ただ振り払っただけだ。
だけど、前回の佐倉さんのデジカメデータのように、それを証明してくれるものはない。
「須藤君の時と同じだね」
「ああ?」
「またあの争いを繰り返すつもり?」
「はっ、今回はお前達が100%悪いことが明らかだろうが」
「……」
どう言い返せばいいかを考えようとするが、龍園君はその時間すら与える気はないようだ。
「これ以上議論の余地はねーな。さっさと上の連中に話を通すとするか」
「っ! ちょっと待——」
「待って!」
保健室を出ていこうとする龍園君を止めようとした瞬間、俺よりも大声で桔梗ちゃんが龍園君を呼び止めた。
「なんだよ、櫛田」
「あの、訴える以外に解決策はないのかな」
「……はぁ?」
「学校に報告するんじゃなくて、当事者同士で解決する道を見つけたいんだ」
「はっ、じゃあ俺達が納得できる取引でもしてくれるか?」
「うん! それで訴えるのをやめてくれるなら、取引も考えるよ!」
桔梗ちゃんと龍園君は、俺と堀北さんに加わらせたくないかのように話を進めていく。
「そうだな……なら実行犯の鈴音は100万ポイント、教唆犯の沢田は2倍の200万ポイントを差し出すなら、木下に訴えを取り下げさせる」
「! 俺達は何もしていないよ!」
「そうよ、1ポイントも払う必要なんてないわ」
「だったら出るところに出て証明しろ。白黒はっきりつけようぜ。な?」
学校を巻き込むのはこちらの不利になる。まず、前回と違って目撃者が多い。当事者だけでなくグラウンドにいたほぼ全ての生徒が目撃しているはずだ。
それに、堀北さんは木下さんに名前を呼ばれて後ろをチラチラ見てしまっている。この行動ははたから見たら怪しく見られてしまうかもしれない。だから、絶対に学校を巻き込んだ争いにするのは避けないといけない。
しかし、その為にはこの場で解決しなければならないが、その手段が見つからない。
どうにかこの場を切り抜ける方法を探していると、桔梗ちゃんが再び口を開いた。
「あの……私のポイントだけじゃダメ、かな」
「あ?」
「私は堀北さんとツナ君が共謀してこんなことをする人達だとは思ってない。だから大げさにはしたくないの。でも……木下さんが嘘を吐く人とも思えなくて……不幸な偶然、じゃないかなって……それでね……」
「麗しき友情って奴か。だがダメだな。俺はCクラスの人間として鈴音と沢田が悪意を持って仕掛けたことだと思ってる。木下のことを思えばこいつらから金を取らなきゃ意味ねーんだよ」
『……』
「なんなら、この場で土下座して頼み込んでみるか? 俺の気持ちも変わるかもしれねぇぞ」
「待て龍園。それ以上は度が過ぎるぞ」
土下座まで要求しだした龍園君に対し、傍観していた茶柱先生が口を挟んだ。
「教師は引っ込んでな。これは俺達生徒間の問題だ」
教師相手にも全く物怖じしない龍園君は、畳み掛けるように言う。
だが、先生のおかげで、真っ暗だった先行きに光が差し込んでくる。
「——だがまぁ、今すぐ結論を出せってのは勘弁してやる。教師の目もあるしな。だから体育祭が終わった後答えを聞かせてもらおうか。合計300万と土下座で和解するか、問題を掘り返して学校中で審議させるか。どっちを選ぶのか」
そしてこうも付け加える。
「体育祭が終わったらそれで時効、解決だと思うなよ? 幾らでも問題を掘り起こして徹底的にお前達と戦ってやるからな。放課後になったらお前がこいつらを連れて来い」
そう桔梗ちゃんに言い、龍園君は小狼君と小田君を連れて保健室を出て行った。
そして、そのすぐ後に茶柱先生も去って行った。
後に残された俺達。堀北さんは茫然自失という感じでを立ち尽くしている。
「大丈夫? 2人共」
桔梗ちゃんがそう聞いてくるが、俺は笑って頷き返した。
「大丈夫。最初は危なかったけど、あっちから猶予時間をくれたからね」
「! 沢田君、それって?」
堀北さんがハッとした表情になり、俺の顔を窺っている。
「うん、龍園君との問題はなんとかなると思う。今はそれよりも、午後の部の為に動かないと」
「……そうね」
「堀北さん、まず湿布を変えておいでよ」
「ええ、でも養護教諭先生がいないわね」
「あ、それなら私が手伝うよ」
桔梗ちゃんが湿布を張り替えるのを手伝ってくれることになった。
「じゃあその間に……」
保健室を出る前に、まだやらないといけないことがある。
俺は木下さんが寝ているベッドに近寄り、深く頭を下げた。
「——ごめんなさい、木下さん」
「っ! な、なんで謝るんですか」
突然の謝罪に、木下さんは困惑しながらそう返した。
「木下さんは陸上部の選手なのに、怪我したせいでしばらく練習にも参加できないよね。それに本当は午後の部にも出場したかったよね。それなのに……俺が龍園君に敵対視されているせいで、君がこんな目に遭ってしまった。本当にごめん」
「っ……」
頭を下げ続ける俺に、木下さんは困惑し続けている。でも、俺の気持ちは伝えておきたかったんだ。
「ツナ君、張り替え終わったよ」
「ありがとう桔梗ちゃん」
ちょうどいいタイミングで、湿布の張り替えも終わったようだ。
「木下さん、俺達はこれから行かないといけないところがあるから、とりあえずここで失礼するよ。また改めてお詫びは必ずする。桔梗ちゃん、木下さんと仲良いんだよね。後はお願いしてもいい?」
「……」
「——桔梗ちゃん?」
「! う、うん。まかせて」
一瞬反応しなかったが、桔梗ちゃんは快く頷いてくれた。
「ありがとう。行こう、堀北さん」
「そうね」
そして堀北さんと保健室を出ようとしたタイミングで……。
「ま、待って!」
『!』
木下さんに呼び止められた。足を止めてベッドの方に振り向くと、木下さんは痛みに耐えて起き上がり、頭を目一杯下げていた。
「わ、私の方こそ……ご、ごめんなさい」
「! いいんだよ。君も被害者だ。ね、堀北さん」
「……ええ。そうね、木下さんを恨むのは筋違いだわ」
「ほら、無理しないで横になって」
「……あ、ありがとう」
小さくありがとうと言うと、木下さんは布団を頭まで被ってしまう。すぐにすすり泣く声が聞こえてきたが、後は仲良しの桔梗ちゃんに任せて俺達はやるべきことをやろう。
—— 保健室前、廊下 ——
堀北さんと一緒に廊下に出た。
湿布を張り替えたとはいえ、痛みでゆっくりとしか歩けない様子。
あまり時間もないので、彼女には悪いが少し強引な方法で行かせてもらうことにする。
「堀北さん、ほら」
「え?」
俺は堀北さんの前にしゃがみ込んだ。何でしゃがんだのかわからないのか、彼女は目をパチパチと瞬かせる。
「えっと、何なの?」
「おんぶだよ」
「えっ!? お、おんぶ!?」
「うん。この方が足に余計な負担をかけずに移動できるし」
「で、でもそんなの恥ずかしいわ」
「ごめんけど、あんまり時間がないんだ。クラスのためと思って耐えて欲しい」
「……わ、わかったわ」
戸惑いつつも、堀北さんはなんとか俺の背中に乗っかってくれた。
俺は彼女の両足を抱え込み、すぐに立ち上がって歩き出した。
体育祭だし、校舎内を彷徨いている人は少ないだろうと思っていた。だけど、おんぶして歩き出してすぐ、少し離れた所の曲がり角から、赤のハチマキを付けた赤組の男女が歩いてくるのが見えた。
「あっ……」
堀北さんも向こうから来る男女に気づいたのだろう。男女を見て小さく声を漏らした。
それも仕方がないだろう。なぜって男子の方がこの学校の生徒会長、つまり堀北さんの兄である堀北学先輩だったのだから。そして隣を歩く女子は、生徒会書記の橘先輩だ。
まだ近づいてもいないのに、堀北さんは頭を地面に向けて俯いてしまった。
今の姿をお兄さんに見られたくないのだろう。
やがて先輩達とすれ違うが、俺はぺこりと会釈をするだけで特に会話は発生しなかった。
そのまま先に進もうと思ったのだが、すれ違って数歩歩いた所で足を止めて、堀北先輩が声をかけてきた。
「鈴音。今回の体育祭、Dクラスがどんな状況か理解しているのか?」
「っ!」
はっきりと妹の名前を付けての質問。どうやら俺ではなく、堀北さんに対する質問のようだ。
俺も足を止めて、後ろに振り返る。
「……それを今、痛感しているところです」
少し言い淀んだが、堀北さんはしっかりとそう答えた。
「でも安心して下さい。兄さんにご迷惑はおかけしませんから」
「……そうか。じゃあ、午後の部はどうするつもりだ?」
「そ、それは……」
答えに悩む堀北さん。俺はまだ、堀北さんにこれからやろうとしてることを何も話していない。なので、ここは俺が代弁させてもらおう。
「まず、残り全部の競技で1位を取ります。それで、赤組もDクラスも勝たせます」
「えっ」
「——ふっ」
俺の答えを聞いて、堀北先輩は少しだけ笑った。
「残り全ての競技で1位。沢田、それは最後の全学年対抗のリレーもか?」
「もちろんです。堀北先輩には悪いですが、俺達に勝たさせてもらいます」
「ふふっ、それは楽しみだな。……だが、本当にそんなことできると思っているのか? 休憩前の出来事を見た限り、すでにDクラスは空中分解寸前だと思うが」
「ええ、できますよ」
「どうやって?」
「俺と堀北鈴音さん。2人で力を合わせて、バラバラになりかけたDクラスを団結させます」
「……そうか。ではお手並み拝見とさせていただこう」
そう言うと、堀北先輩は橘先輩と共に再び廊下を進み始めた。
俺達も廊下を進み始めるが、堀北さんが声をかけてきた。
「あの、沢田君」
「ん?」
「私達でDクラスを団結させて勝ちに行くって……具体的にどうするの?」
「俺達はこれから、Dクラスが勝つ為に足りていない2つのピースを協力して集めるんだ」
「……ピース?」
「堀北さんに任せたいピースは、リーダーである須藤君を呼び戻すこと」
「! わ、私が須藤君を呼び戻すの?」
「うん」
まさかのチョイスだったのか、堀北さんは慌てて止めてきた。
「待って、須藤君ならあなたの方が——」
「いや。須藤君を呼び戻せるのは俺じゃない。君だけだよ、堀北さん」
「!」
「それに、俺は勝つ為に必要なもう一つのピースを集めないといけないからね」
「……その、あなたのピースは何なの?」
「え」
どうしよう、説明ができないな。
『午後の部が始まる前に、なんとか自力でスーパー死ぬ気状態になる』なんて言えないぞ。
「えーと。俺の体と精神の状態を最高潮に持っていくこと? 簡単にいえば、精神統一かな?」
「そ、それで勝てるの?」
正直意味がわからないだろうけど、今はそれで納得してもらうしかない。後は結果で示すのみだ。
「勝てるさ。堀北さん、俺を信じてくれ。俺は君が必ず須藤君を連れて戻ってくれるって信じてるから」
「……」
俺の言葉に、堀北さんは少し考えを巡らせる。
そして、いつもの凛とした声で再び口を開いた。
「信じる……そうね。私はもう、あなたを信じ続けるって決意した。だから、あとは沢田君を信じて一緒に進むだけだわ」
「ありがとう。俺は君を須藤君のいる所まで連れていく。あとは君を信じて、もう1つのピースに集中するだけだ」
お互いを信じて、お互いがやるべきことをする。
この時俺と堀北さんは、本当の意味でのパートナーという関係になれたのだと思う。
「2人で、必ず必要なピースを集めましょう」
「うん!」
そして、俺はパートナーと共に、須藤君のいるであろう場所に向かったのだった。
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