ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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今回で6巻編は終了です!


原作6巻編 その⑨ 本音を聞かせて

 

 

 —— ペーパーシャッフル当日。side清隆 ——

 

 

「……ついに来たわね」

「そうだな」

 

 学校の校門を前に、俺と堀北は立っていた。

 

 今日から、期末試験が始まる。昨日発表があったが、ペア2人で取るべき総合点は692点。想定よりは低かったが油断はできない。勝負は試験前半、初日で決まると断言していいだろう。 お互いの問題文のレベルにどこまで各生徒が迫れるかという勝負だし、期末テスト初日の内容は現代文、英語、日本史、数学の4科目。俺達の行方を占う教科も含まれている。

 

「……」

「不安か?」

「は?」

 

 強張った顔の堀北にそう聞くと、キッと睨まれてしまった。

 

「顔、強張ってるぞ」

「緊張するに決まってるでしょ。私達の進退がかかっているのよ」

「そうだけど、もうやれることは全てやっただろ」

「……そうね」

 

 櫛田の策に嵌っていたことを知ったあの日から数日。俺達は睡眠時間もギリギリまで削り、とある作業に没頭していた。その成果がどれほどのものなのか、今日はっきりするのだ。

 

「……ふぅ。行きましょう」

「ああ。悪いがここからはお前に委ねるしかない。頑張れよ」

「もちろんよ」

 

 まるで戦友のように俺達はお互いの拳を軽くぶつけ合い、同時に一歩を踏み出した。

 

 玄関から教室へと続く廊下を歩いていると、軽井沢と沢田が視界に入った。2人は俺達より少し先を会話しながら歩いている。

 

「ツっ君。ついにテストだね」

「だね。昨日の夜はしっかり眠った?」

「一応1時くらいまで勉強してから寝たんだけど、緊張してきたから眠気はないかな」

「あはは、そっか」

 

 そう言えば、あいつらはペアだったな。軽井沢はめずらしく緊張しているようだが、自分がミスれば綱吉に迷惑をかけてしまう……きっとそんな心配でいっぱいなんだろう。

 

 

「あ、ツナ君、軽井沢さん。おはよう!」

「あっ。おはよう佐藤さん」

 

 その時だった。通学してきた佐藤がを見つけて声をかけてきた。

 

「もしかして一緒に学校に行く約束してたとか? 随分珍しい組み合わせだよね」

「え、いやあの」

「そこで偶然会ったんだよ」

「……むぅ」

 

 顔を背けてむくれる軽井沢。綱吉、軽井沢の反応を見るに、そうだよって肯定した方がよかったみたいだな。

 

「そうなんだ。じゃ、一緒にパレットで飲み物買ってから教室いかない?」

「うんっ。それじゃ、また後でねツっ君っ」

 

 ちょっとだけテレ臭そうに軽井沢は綱吉に背を向けた。

 

「……」

「! ……」

 

 1人になった綱吉は、なぜか後ろを振り返って俺達を見てきた。しかし何を言わず、にこっと笑いかけるだけで再び歩き始めてしまった。

 

 綱吉の背中は堂々としており、不安など少しも感じさせない。……俺達が頼んだ通り、ドーンと構えてくれているようだな。

 

「……ふぅ。行きましょう」

「……ああ」

 

 その背中に勇気をもらい、短く息を吐き、俺達も教室に向かって再び歩き始めた。

 

 

 ——教室に着く。遠巻きに須藤達の表情を窺うが、今までのテスト直前とは明らかに違っていた。慌てて問題を暗記したりすることもなく冷静に時間を使って最後の確認をしているようだった。それも1人2人じゃない、半数近い生徒が集中して取り組んでいた。 ほとんど奴が2日前に配布したアレを読み込んでいるようだ。

 

「見違えたわね」

「本当にな」

 

 これがあのDクラスだと、数ヶ月前の誰かに見せても信じてはもらえないだろう。もしもこの学校が結果に対して当たり障りのない学校だったら、こうはならなかったかも知れない。

 

 

 席に座るなり、堀北は本を取り出して読書を始めた。

 

「試験前に何を読んでるんだ?」

「そして誰もいなくなった」

「……不吉だな」

「誰もいなくならないわ。もちろん私も、あなたも。……櫛田さんもね」

 

 そうだな。誰もいなくならない。これは、仲間を増やすための戦いなんだ。

 

 

 

 

 —— 試験開始 ——

 

 

 

 

「お前達、机の上のものを片付けろ」

 

 予鈴が鳴って全員が勉強道具を仕舞う。試験に不必要な道具は全て教室後ろのロッカーに仕舞うことが義務付けられている。それぞれの机に残していいのは筆記用具だけに限定される。もし鉛筆が折れて不足したり、シャープペンシルの芯が切れたり、消しゴムが無くなってしまった場合には茶柱先生に申告することで救済してもらえる。

 

「これより期末テストを行う。1時間目は現代文だ。開始の合図まで用紙を表にひっくり返すことは禁止されている。注意するように」

 

 先頭の生徒に回させるわけではなく、茶柱先生が一人一人の机に問題用紙を置いていく。

 

「試験時間は50分。体調不良やトイレは極力控えるように。どうしても我慢できない場合には挙手をしてから申告するように。それ以外での途中退室は一切認められない」

 

 禁止事項を伝え、全員へと用紙を配り終える。既に私語をしている生徒は一人もおらず、プリントに視線を落としていた。

 

 程なくしてチャイムが鳴り、試験の開始を告げる。

 

「では始めっ」

 

 テストが始まるなり、テスト用紙を一斉にひっくり返す。俺はすぐに問題を解き始めることはせず、上から下へと問題文を斜め読みする。  

 

 1問目から容赦のない問題が並んでいるな。捻くれた問題だらけだ。

 

 ……だけど。

 

(——ふっ)

 

 俺は自分の口角が上がったのを感じる。思わず表情に出てしまったらしい。

 

(……ドンピシャ、だったな。堀北)

 

 

 俺は頭を上げた。教壇から生徒達を見ていた茶柱先生と視線が交錯する。 だが、注目しているのは茶柱先生じゃない。俺の目の前でテストに挑む櫛田の様子だ。

 

 

「ふぅ」

 

 テストは始まったばかりだというのに、櫛田はもうペンを机の上においた。どうやらもう解き終わったらしい。いや、書き終わったが正しいだろうか。

 

 とはいえぼーっとすることはせず、何度も問題文に目を通して確認はしていたが。

 

 

 

 

 

 —— 試験終了 ——

 

 

 

 

「……ふぅ」

 

 息をついた堀北は、スッと教室の天井を見上げた。

 

「やりきったって顔だな」

「そうね。私は勉強を苦だと思ったことはなかったけれど、今回は人生で初めて勉強が苦しいと思ったわ」

「だろうな。なんせ命を賭けてるみたいに必死だったからな」

「ええ。……でも、その成果はあったわね」

 

 堀北が満足そうな顔で俺を見てそう言った。

 

「数学の自己採点は?」

「100点よ」  

 

 迷うことなく自己採点の結果を即座に言い切った。

 

「書き間違いや記入漏れはないか? もっと低い可能性はないな?」

「無い。少なくとも私は絶対の自信を持ってテストを乗り切ったわ。残りの3教科に関しても満点に近い結果を残せたと思う」

「そりゃ凄い……」

「私達は櫛田さんが100点を取る前提で勝負を挑んだんだもの。当然でしょ」

「ああ。そうだな。……で、この後はどうする?」

「自己採点も済んでいるでしょうし……いいえ、元々点数は決まっているのだし、櫛田さんと自己採点結果を報告しあおうと思っているわ」

 

 俺と堀北が帰りの準備をしていると、声をかけてくる者がいた。……櫛田だ。

 

「堀北さん、綾小路君。このあと時間ある? よかったらお互いに自己採点の結果でも報告しない?」

「……ええ。もちろんよ」

「よかった♪ じゃあ私屋上で待ってるから、準備できたら来てねっ」

 

 機嫌よさそうに手を振り、櫛田は先に教室を出ていった。

 

「……ふぅ。行きましょう」

「……ああ」

 

 俺達は急いで準備を終わらせ、屋上へと向かった。

 

 

 

 

 

 —— 屋上 ——

 

 

 

 ——ガチャリ。

 

「あ、来たね〜♪」

「よう」

「……どうしてあなたがいるのかしら」

 

 屋上の扉を開けると、その先には2人の待ち人がいた。櫛田と……龍園翔だ。

 

「桔梗と鈴音の勝負の行方が気になってなぁ。俺がいるとまずいのか?」

「……別にかまわないわ」

 

  嫌味な笑いを浮かべる龍園は気にせず、俺達は櫛田と向かい合う。

 

「櫛田さん、自己採点は終わってるのよね」

「うん! 終わっているよ♪」

「そう。じゃあ、あなたの数学の自己採点の結果は?」

「へへへ〜。私はね〜100て〜ん♪」

 

 櫛田は勝ち誇ったように自己採点の結果を口にする。これは予想通りだし、堀北にも動揺はない。

 

「で? 堀北さんは?」

「私の自己採点結果は——100点」

「……は?」

 

 先ほどまで笑顔だった櫛田の顔が、堀北が100点と口にした途端に一気に曇る。

 

「は? 今なんて?」

「100点。そう言ったわ」

「……りえない」

「え?」

「ありえないっ!」

 

 櫛田の声に明らかに怒気がこもった。

 

「なんであんたが100点を取れるの!? あの問題はいくら勉強したって100点をそう簡単に取れるようなものじゃなかった!」

 

 完全に本性を丸出しにして叫ぶ櫛田。龍園は無言だが、心底愉快そうにその姿を見ている。

 

「別に簡単だったとは言っていないわよ」

「だから、なんで100点を取れるのかって聞いてるんだよ!」

「……死ぬ気でやったからよ」

「……は?」

「今日までの1週間。死ぬ気でテスト対策をした。ただそれだけ」

「……ふざけないで。そんなことで100点が取れるわけがない! 何か策があったんでしょ!」

 

 信じられないのか、嘘をついていると思っていそうだ。まぁ死ぬ気でって言われてもピンと来ないよな普通。……でも、俺達はその言葉を使って結果を出してるやつを知っているじゃないか。

 

「策もあったわ。でもそれはあなたによって潰された。それはあなたも分かっているはず」

「そうよ! あんた達は私が龍園君に渡す問題文を間違いだと指摘して、私にCクラスの問題文が渡らないようにした。でも私は第三者からも問題をもらうことでそれを回避した! あんた達の作戦は潰したはず!」

「ええ。私達はまんまとあなたの策にはまったわ。完全にあなたの掌の上だった」

「でしょ!? やっぱりあんたが100点を取れるはずがないのよ! いくら死ぬ気で勉強したからって!」

「櫛田さん。私は死ぬ気で勉強したとは言っていないわ」

「はぁ!?」

「死ぬ気で()()()()()をした、と言ったのよ」

「何が違うのよ!」

「私はこの1週間、ほとんど自分の勉強はしていないわ。していたのは、Cクラスが出す問題……いいえ、金田君が出しそうな問題の予測よ」

「!」

 

 そう、俺達は櫛田に負けていることに気付いてから1週間。Cクラスの金田が出しそうな問題文の予測、それだけに全エネルギーを向けたのだ。

 

「予測って……そんなことできるわけない! 金田君の出しそうな問題文の予測なんて無理でしょ! 作りそうな問題の傾向だって、同じクラスでもない限り分から……っ!」

 

 口にしている途中で気づいたのか、櫛田が龍園の方を見る。

 

「くっくっく……」

「あんたまさか……こいつらに教えたわけ!?」

「ああ。少しだけな」

「っ! ふざけんな!」

 

 櫛田が龍園に詰め寄っていく。

 

 櫛田の言う通り、俺達は龍園からCクラスの出す問題文を少しだけ聞いている。だが、ただ聞いたわけではない。取引をしたんだ。

 

 あの後、俺は龍園に「Dクラスの出す本物の問題文10問と、Cクラスの出す本物の問題文10問を交換しないか?」という内容のメールを送った。龍園はこれに乗り、俺達は互いに問題文を交換しあったのだ。

 

 そして、堀北は木下に連絡を取り、金田の作る問題の傾向が分かるものはないかと尋ねた。その結果、金田がCクラスのテスト対策用に毎回作っていると言う対策プリントを全てもらうことができた。

 

 龍園から手に入れた10問の問題、そして木下から受け取った金田が作ったテストの対策プリント。この2つを使い、俺達は金田の出す問題の傾向を何通りも予測したわけだ。

 

「おいおい、少しだけだぜ? 木下も一枚噛んでいるようだしな」

「っ、木下まで……こんなの完全な裏切り行為よ!」

「裏切り? お前だってはなから俺からもらう分は当てにしてなかったんだろ? おあいこだ」

「くっ……」

 

 自分も裏切り行為をしている分、櫛田は何も言い返せない。

 

「分かったかしら? 私達は手に入れたヒントを使い、金田君の出しそうな問題文を何パターンも予測を立てた。そして、実際に出された問題の全てが立てられた予測の中にあった。だから100点をとれたの」

「っ……ありえない、こんなの、ありえないっ!」

 

 絶対に勝ったと思っていたところにやってきた新事実。これはかなり心にくるからな。その絶望は実体験したからよく分かる。

 

 

 

 ——しかし、櫛田の絶望はこれだけでは終わらなかった。

 

 

「ククク……おい桔梗。ずいぶん落ち込んでるなぁ」

「……うるさい。黙っててよ」

「そんなに沢田を独り占めしたかったのか?」

「っ、だから、うるさいって言ってんでしょ!」

 

 何が目的なのか、龍園は櫛田を煽りにかかっている。

 

「でもよぉ、仮にお前がこの勝負に勝ったとしても、お前は沢田と離れることになっただろうぜ」

「だまれっ……は?」

(……こいつ、まさか)

 

 その言い回しに嫌な予感がした。そして、その予感は的中してしまう。

 

 龍園は自分のブレザーの首襟元を指さした。

 

「……お前のプレザーのここ、調べてみろよ」

「……なによ」

 

 櫛田が訝しみながら自分の首襟元に手を回すと、()()に気づいたらしくハッとした表情になる。

 

「は? なんかあるんだけど……っ! なによこれ!」

 

 櫛田が首襟元から取り出したのは、小さい紙だ。そしてその紙には、数学の問題とその答えが記載されている。

 

「数学の問題? 何なのこれ、私知らないんだけど!」

「ククク、カンニングペーパーだろうな」

「は!?」

「その紙を教師に見られれば、お前はカンニングで退学。つまり、今回の勝負はなかったことになる……っていう寸法だろうな」

(……)

 

 どうして龍園が知っているんだ? ……まさか、軽井沢に俺がカンニングペーパーを預けたところを見られたのか?

 

 ……いや、元々追けられていたのかもな。

 

「待って、誰がそんなことを」

「ククッ、誰だろうなぁ?」

「……っ、綾小路君、あなたまさか」

 

 龍園の視線が俺に向けられたことに気付き、堀北も俺に視線を向ける。

 

「……念のための保険として準備していたんだ」

「ちっ、いつの間にこんなものを!」

「お前がブレザーをクリーニングに出した時だ」

「っ! あの時だったのね! 軽井沢の行動がどうも変だと思ったけど、あんたの指示ってわけ!?」

「そうだな」

「くそっ! このくそがっ!」

 

 櫛田は狂ったように俺に罵声を浴びせている。どうしたものかと考えていると、龍園が再び動き始めた。

 

「おい桔梗。そのカンニングペーパーが今日まで残っていたことをどう思う?」

「はっ? 何? 何が言いたいわけ!?」

「よく考えろよ。お前言ってただろ? 沢田は鋭いから、絶対にお前と鈴音の勝負に気づいている。気づいた上で見て見ぬ振りをしているんだ、自分に勝って欲しいって思っているんだ、ってよ」

「そうね、それがなに?」

「その鋭い沢田がよ……綾小路がカンニングペーパーを仕込んだことを、気づいていなかったと思うか?」

「……は?」

 

 櫛田が一瞬硬直する。しかしすぐに我に帰り、龍園に反論する。

 

「き、気づいていたとしても、いざとなったら守ってくれてたわよ!」

「本当にそうか? 普通なら、いざって状況にならないように事前にカンニングペーパーを取り除いておくと思うがな」

「っ! そ、それは……」

 

 ……龍園の言葉で、櫛田の中に綱吉への不信感が生まれた。一体どういうつもりだ?

 

「そうしなかったってことはよぉ……沢田の奴、お前が負けても退学しても構わない、って思ってるんじゃねぇか?」

「そ、そんなわけないでしょ!? ツナ君が私を裏切るわけがないっ!」

「そうか? 俺はカンニングペーパーが発見された場合、助け様なんてないと思うけどな」

「っ……ち、違う。ツナ君はそんなこと……」

 

 絶対だったはずなのに、龍園の言葉で崩れかけた櫛田の中の綱吉への信頼。風前の灯になったその信頼に、龍園はトドメの一撃を与える。

 

「……てかよ。鈴音はパートナーで、綾小路は相棒なんだろ? じゃあお前は?」

「……えっ?」

「——ただのクラスメイト、だろ? その時点で、沢田がどっちを守るかなんて分かり切ってるんじゃねぇか?」

「っ!」

 

 櫛田の表情が絶望に染まる。やがてこの場にいることが耐えられなくなったのか、櫛田は突然屋上の扉に向かって走り出してしまった。

 

 そして乱暴に扉を開き、勢いそのままに廊下に消えて行った。

 

「櫛田さん!」

「……」

「ククク」

「ちょっと龍園君、あなた何が目的なの?」

 

 堀北が龍園を睨みながら問い詰める。龍園は心底愉快そうに笑っている。

 

「目的? そんなものねぇよ。ただ、桔梗をいじめてやろうって思っただけだ。ここんとこいいように利用されてムカついてたからなぁ」

「……外道ね」

「はっ、褒めてくれてありがとよ」

 

 龍園はそう言うと、もう用はないと言いたげに屋上から出て行ってしまった。屋上に残るのは俺達だけになった。

 

「堀北、どうする?」

「……櫛田さんを探しましょう。何か危ない気がするの」

「そうだな」

 

 屋上の扉を開き、俺と堀北は廊下に出た。

 

 階段を降りていく中、堀北が口を開いた。

 

「ねぇ、綾小路君」

「なんだ」

「あのカンニングペーパー、使うつもりはあったの?」

「……言っただろ。もしもの時の為だったんだ。でも使う必要はないと思ったから、実際には使わなかった。それだけだ」

「……そう」

 

 会話はここで終わった。なのにどうしてか、今度は俺が無意識に口を開いていた。

 

「……軽蔑するか?」

「……いいえ。元はあなたに私が勝てない可能性があると思われていたことが要因。私達の信頼関係が不十分だったんだと反省するだけよ」

「……そうか」

「ただ、次はもう許さないわ」

「……了解した」

 

 この時、堀北の隣に綱吉の姿が見えた気がした。

 ……さすがはパートナー、だな。

 

 今度こそ会話が終わり、俺達は無言で廊下を進み続けた。

 

 

 どこから探そうかと考えていたが、櫛田はすぐに見つかった。Dクラスの教室にいたのだ。そして教室には……綱吉の姿もあった。

 

「! 綱吉君がいるわ」

「みたいだな」

「これ、大丈夫かしら。今櫛田さんは綱吉君に不信感があるだろうし、仲裁に入った方がいいんじゃ」

「……そうだな」

 

 教室にいる綱吉の顔を見る。綱吉は、いつもどおりの優しい表情をしている。

 

 互いに言葉を交わすことなく、ただ向かい合っている。……いつもなら綱吉から話しかけていそうだが、もしかしたら何か考えているのかもしれない。

 

「……いや、綱吉に任せよう」

「……そうね」

 

 俺と同じ結論になったのか、堀北も同意した。

 

 

 

 

 

 —— 教室、side桔梗 ——

 

 

 

「……」

「……」

 

 屋上を飛び出してすぐ、私はツナ君と遭遇した。ツナ君は何も口にせず、黙って私を見つめていた。……真実が確かめたくて、私はツナ君と話をすることにした。誰にも聞かれないように教室に来たけれど、道中も入ってからもツナ君は口を開かない。まるで、私からの言葉を待っているみたいに。

 

「……ねぇ、ツナ君」

「……うん」

 

 無言も辛くなり、私から口を開くことにした。ツナ君も返してくれたし、やはり私の言葉を待っていたようだ。

 

「私と堀北さん達との勝負……気づいてたよね?」

「……うん。気づいてた」

「だよね」

 

 当然、私達の勝負に彼は気づいていた。……じゃあ、やっぱり龍園の言う通りなの?

 

「……じゃあさ。私のブレザーに綾小路君が細工してたのは?」

 

 あえてカンニングペーパーとは言わなかった。「何を?」とでも聞いてくれたら私の不安はただの杞憂だったことになる。

 

「カンニングペーパーだよね。うん、知ってた」

「っ!」

 

 カンニングペーパーだとあっさり言い当てた。

 

 やっぱり気づいていたんだ。気づいていながら、何もしなかったんだ。

 

 ……そっか。龍園が正しい、ってことなのね。

 

「……」

「……」

「……ぐすっ」

 

 いつのまにか、私の目からは涙が溢れていた。信頼していたツナ君に裏切られ、喪失感でいっぱいになってしまったからだろう。

 

「……」

 

 涙を流しながらツナ君の顔を見上げる。それでも、ツナ君は同じ優しい表情で私を見るだけだった。心配も、慰めようともしない。

 

「……っ!」

 

 ——パシーン!

 

 何も言わないで黙っているだけの彼に猛烈な怒りが湧き上がり、気づいたら私はツナ君の頬を思いっきりはたいていた。

 

「……」

 

 はたかれても、ツナ君は何も言わずにただ私を優しい表情で見つめるだけだった。

 

「……な、なにか言ってよ」

「……」

「っ……この裏切り者っ!」

 

 ——バシーン!

 

 もう一度ツナ君の頬をはたく。

 今度は一度で終わらず、右左と往復するように何度もだ。

 

「……ツナ君のバカ!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「信じてたのに!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「ツナ君なら大丈夫って……思ってたのに!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「絶対に裏切らないって思ってたのに!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「絶対に私を守ってくれるって、信じてたのに!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「ありのままの私を……う、うけいれてくれるって! 信じてたのに!」

「……」

 

 ——バシン。

 

「ずっと一緒にいてくれるって……信じてたのに!」

「……」

 

 ——ガシッ。

 

「……え?」

 

 突然、私の手の動きが止まる。何が起きたのかと思ったら、振り上げられた私の手は、ツナ君の手に掴まれていた。

 

 顔を見るとツナ君は少し悲しそうな表情になっていて、ゆっくりと口を開いた。

 

「……やっと」

「え?」

「やっと、聞かせてくれたね、桔梗ちゃん」

「……ツナ君?」

 

 ツナ君は掴んだ私の手を下に下げ、そのまま両手で包み込んだ。そして、申し訳なさそうな声色で語り始める。

 

「桔梗ちゃん、ごめんね。辛い思いをさせちゃって」

「……」

「俺が裏切ったのかと思って、悲しい気持ちにさせちゃったんだよね」

「……うん」

「本当にごめん。こんなやり方しかできなくて。今の俺では、こうする以外に知る方法が思いつかなかったんだ」

「知るって……何を?」

「……君の、本当の願い」

「!」

 

 どういうこと? 

 私の本当の願いが聞きたくて、裏切ったようにみせたってこと?

 

「俺、今まで何回か桔梗ちゃんに悩みとかがあったら教えてくれって聞いたことがあったよね。でも、君は教えてくれなかった」

「……」

「俺は君を助けたいと何度も口にしたけど、実際には何一つできていなかったよね」

「……そんなこと、ないよ」

 

 言わなかったのは、言ったところでツナ君には叶えられないことだったから。堀北さんと綾小路君を捨てて私だけを見て、だなんてツナ君には絶対に受け入れてもらえないから。

 

「でも、そんな時に桔梗ちゃんと鈴音さん達が勝負することになったと知った。それで気づいたんだ。桔梗ちゃんは、清隆君や鈴音さんの前では自分の素を出せてるんじゃないかって」

「えっ」

 

 私があいつらの前で素を? 

 ……確かに、あいつらの前では何も隠そうとか思ってないかもしれない。

 

「俺なりに考えたんだ。どうして2人には桔梗ちゃんが素で本音を話せるのか。……そして俺が出した答えは、お互いに相手に遠慮していないからだってことだった」

 

 確かに遠慮はお互いにしていないだろう。

 どちらも相手を敵だと考えているんだから当然だけど。

 

「それで思ったんだ。きっと桔梗ちゃんは、俺に遠慮しているところがあるんだろうなって」

「っ!」

 

 確かにそれはそうだ。ツナ君に全てを受け入れてほしいと思っていながら、彼に私の本心を見せたのはお互いに秘密を共有したあの時だけだった。

 

「俺は桔梗ちゃんのことを助けたかった。何を悩んでいて、何に苦しんでいるのか知りたかった。だけど、それは今の俺では聞かせてもらえない。俺は遠慮しなくていい相手だって、桔梗ちゃんに思ってもらえていないから」

「……ツナ君」

「だから、俺は決めたんだ。たとえ一度嫌われたとしても、君に遠慮しなくていい相手だって思ってもらおうって。そして俺も遠慮するのをやめようって。その為に、清隆君が仕込んだカンニングペーパーもそのままにしてた」

「え。わ、私に嫌われてもいいって思ってたの?」

「あ、もちろん死ぬ気で仲直りするつもりだったよ? あとカンニングペーパーをそのままにしてたのも、残しても実際に使われることはないって知ってたからだよ。清隆君達なら使わなくてもどうにかするって信じてたから。まぁ龍園君が君に気づかせるとは思ってもなかったけど」

「うん……」

 

 よかった。私がどうなってもいいなんて、やっぱりツナ君は思っていなかったんだ。

 

「……それで、私がツナ君に遠慮しなくなるように、裏切ったと思わせたってことなの?」

「……うん。ごめんね。俺にはそれくらいしか遠慮しなくなってもらえる方法が思いつかなかったんだ。でも、そのせいで君を深く傷つけたことは本当に申し訳ないと思ってる。……だからっ!」

「わっ!」

 

 ツナ君が私の手を包んだまま、自分の方に引っ張った。

 お互いの顔の距離が近くなった。

 

「つ、ツナ君?」

「桔梗ちゃん。俺はここで誓うよ」

「え?」

 

 ツナ君は真剣な目で、言葉を続ける。

 

「俺はありのままの君、君の全てを受け入れる」

「……うん」

 

「絶対に、君を裏切ったりしない」

「……うん」

 

「君を傷つけようとする奴がいても、俺が必ず守るし、助ける」

「……うんっ」

 

「たとえ君が何か悪いことをして、そのせいで世界中から糾弾されたとしても、俺だけは君の味方で居続ける。一緒に償う方法を探す。ずっと一緒にいるよ」

「……うんっ!」

 

 ——嬉しかった。

 ずっと言ってもらいたかった言葉を、大好きな人の口から聞くことができた。

 

「ぐすっ……うぇ、うぇ〜ん!」

 

 嬉しさのあまり再び涙が流れ始めた私の頬を、ツナ君は指で拭ってくれた。

 

 そしていつもと変わらぬ優しい、私の大好きな表情で微笑んでくれた。

 

「だから桔梗ちゃん。俺と一緒に、Aクラスで卒業しよう?」

「ぐすっ……うん……うんっ! 私、ツナ君に付いて行くよぉ!」

 

 ツナ君の胸に飛び込み、私はワンワン泣き始めた。こんなに泣いたのはいつぶりだろうか。

 

 彼は私を引き離そうとはせず、片手を私の背中に手を回して、もう片方の手で頭を撫でてくれた。

 

 それからしばらくの間、私はツナ君の胸の中で泣き続けたのだった。

 

 

 

 

 

 —— テスト後の昼休み。side清隆 ——

 

 

 

 期末テスト、特別試験ペーパーシャッフルが終了した翌日。俺と堀北は櫛田に屋上に呼び出されていた。

 

「……何の話かしらね」

「さぁな。勝負の最終確認じゃないか?」

 

 この前は自己採点の確認しかしていないからな。櫛田と綱吉については和解したのところを見ていたから知っている。

 

 ちなみにペーパーシャッフルの結果としては、Dクラスの勝利で終わった。堀北が予想した金田の出題傾向をまとめたノートを櫛田以外に配っていたのが大きいだろう。

 

「……」

「……」

 

 ——ガチャリ。

 

 少しすると、屋上の扉が開かれた。扉の先から櫛田が現れる。

 

「あ、早いね2人共」

「……来たわね櫛田さん。呼び出したのは、勝負の結果確認の為かしら?」

「そうだねー」

「じゃあ早速、私の点数は——」

「あ、いいよ言わなくて。勝負は私の負けだからさ」

「え?」

「……どうしてだ?」

 

 櫛田は100点を取っている。堀北も自己採点と変わらず満点だったから、勝負は無効になったはずなんだが。

 

「お互いに満点だったわよね」

「うん。でも気持ち的には負けたから、私の負けでいい」

「……本当か?」

「うんっ。約束通り、もう君達を退学にさせようとか、クラスを裏切ったりしないと誓いまーす」

 

 ……おかしいな。やけに爽やかだ。それだけあの時の綱吉の言葉が嬉しかったということか?

 

「……そう、ありがとう。じゃあこれからは、一緒にAクラスを目指す仲間……ってことでいいのよね?」

 

 そう言って堀北は櫛田に右手を差し出した。握手を求めているようだ。

 

「……くすっ♪」

(?)

 

 櫛田は差し出された手を数秒見つめ、クスリと笑った。

 

「勘違いしないでくれるかな?」

「え?」

「君達やクラスの邪魔はしないってだけで、私の気持ちは変わってないよ? 今でも2人はツナ君と私の関係にとって邪魔だと思っているし、私はあなた達のことがだーいっ嫌い♪」

 

 澄んだ笑顔でそう言い切る櫛田。

 完全に本心を言っているのだろう。

 

「……そう。まぁそれでも構わないわ」

「あ、でももう相棒とかパートナーの座を奪おうとか考えてはいないから安心して」

「え?」

「私はもっといいポジションを狙ってるから!」

「……それは?」

 

 櫛田は、俺の問いに嬉しそうに答えた。

 

「えへへっ♪ 彼女だよっ! か・の・じょっ♪」

「……そ、そうか」

「……」

 

 堀北は無言で固まってしまっていた。そんな堀北を櫛田は煽る煽る。

 

「堀北さんはパートナーってポジションが大好きなんだもんね〜♪ 一生彼女にはなれないね〜♪ どんま〜い♪」

「は!? ……べ、別に、パートナーだからって彼女になれないわけじゃないわ」

「そうかな〜? ツナ君にとって堀北さんは、仕事上のパートナーでしかないんじゃないかな〜♪」

「バカ言わないで! そんなわけないわ!」

「へ〜? そうなんだ〜、ふ〜ん」

「この……」

 

 堀北が櫛田を睨んでいる、櫛田も堀北を睨んでいる。

 ……こいつらの仲の悪さはどうしようもないのかもな。

 

 それでも、櫛田と俺達の戦いに一区切りが着いたのは間違い無いだろう。

 

(……なぁ綱吉、俺達はお前の信頼に答えられたか?)

 

 2人の争いから目を背けるように澄んだ青空を見上げ、俺はそう独りごちたのだった。

 

 

 

 —— その頃、体育館用具倉庫 ——

 

 

 

 同じ頃。体育館の用具倉庫内で密かに会話する者達がいた。

 

 その者達とは、龍園翔とその取り巻きの面々だ。

 

「龍園さん、一体なんの集まりですか?」

「……今度こそDクラスを、沢田綱吉を潰す」

「!」

「で、でもどうやってですか?」

「この前、真鍋達から聞いた奴の弱点を突くのさ」

 

  龍園は懐から数枚の写真を取り出し、近くにあったホワイトボードに貼り付けていく。

 

  張り出されたのは全部で10枚。その中の3枚の写真に、取り巻き達の目が止まる。

 

「……え?」

「どうした?」

「あの……どうして椎名と木下、それに一之瀬が入ってるんです?」

「決まってんだろ。3人も奴の弱点になりえるからだ」

 

 張り出された10枚の写真には、それぞれ1人の女子生徒が映し出されている。

 

 ——堀北鈴音。

 

 ——櫛田桔梗。

 

 ——王美雨。

 

 ——佐倉愛里。

 

 ——長谷部波瑠加。

 

 ——軽井沢恵。

 

 ——佐藤麻耶。

 

 ——一之瀬帆波。 

 

 ——椎名ひより。

 

 ——木下美野里。

 

 全員、ツナと深く関わりを持っている者達だった……。

 




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