ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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原作7巻編 その① 事の起こり

 

 

 —— 清隆side ——

 

 

 

 放課後のケヤキモール内の一角。俺はいつものグループメンバーと一緒に生徒達御用達の休憩スペースでお茶を飲んでいた。

 

 このグループは常に一緒ということはなく、週に2、3度不定期に集まって何を目的とするでもなく話し込むことが多い。時間は日によってまちまちで2時間ほど話すこともあれば、30分ほどで解散することもある。最後までいてもいいし、途中で帰りたくなれば帰ってもいい。とにかくお互いに気負わないようにしたい、という波瑠加の提案だ。

 

 でも、金曜日の放課後だけは普段よりも長い時間を一緒に過ごすことが多かった。ちなみに今日の話題は、ペーパーシャッフルの結果についてだった。

 

「結局、ペーパーシャッフルではどのクラスからも退学者は出なかったんだな」

「よかったんじゃないかな……別のクラスでも退学者がでるのはあまりいい気持ちしないし」

 

 明人の言葉に愛里がそう返した。優しい愛里らしい考え方だ。

 

「うん、俺もそう思うなぁ」

 

 綱吉も同意したが、リアリストな波瑠加と啓誠からは否定的な意見が出た。

 

「まぁ仲良くできるに越した事はないけどさぁ。この学校の仕組み上難しいんじゃない?」

「そうだぞ。俺達が蹴落とさないと、逆に蹴落とされることになる。仮にもAクラスを目指しているなら、そんな甘い考えは捨てるべきだ」

「甘い、かぁ」

「だなぁ、Aクラスで卒業できて、Aクラスで卒業して、あの特典を得れるクラスはたった1つだしな」

「……そう、だよね」

 

 愛里が悲しそうに肯く。その隣では綱吉が複雑そうな顔で苦笑いを浮かべていた。

 

……どうせ、(本当にそうなのかなぁ。全員が卒業特典を受け取る方法はないのなぁ)……とか考えてるんだろうな。

 

(……いや、今はそのことを考えている場合じゃないか)

 

 皆と会話をしつつ、綱吉の意識の大半は俺のちょうど斜め後方に向けられていた。実は学校を出てからずっと、その斜め方向にいる奴に後を付けられていた。——その人物は2人。Cクラスの石崎と、Aクラスの神室真澄だ。

 

 2人とも別の場所から俺たちのことを監視している。……神室はおそらく坂柳の差し金だろうな。だが石崎はどうして俺達の後をつける?

 

 龍園がまた何かしようとしているのか? だとすれば狙いは……綱吉か。

 

 思わず視線を綱吉に向けていると、綱吉が俺の視線に気づく。そして何も口にはせず、ただ頷いて見せた。

 

 (……分かってる、ってことか)

 

 どうやら綱吉も俺と同じことを考えているらしい。

 

 俺はとりあえず、影から綱吉の周囲に注意しておくことにしよう。綱吉も綱吉で、今は考えたいことがあるだろうしな。

 

「あ、そういえばさツナぴょん〜。今朝のあれ、どうなったの?」

「え? ああ、あの騒ぎね」

 

 タイミングよく、その話が波瑠加から綱吉に振られた。あの騒ぎというのは、今朝学校に行く前に起きた事だ。

 

 

 —— 今朝、マンションロビーにて ——

 

 

 今朝、ロビーには人だかりが出来ていた。

 

(随分と騒がしいな。何かあったのか? ……適当に聞いてみるか)

 

 近くに見知った顔、博士がいたので声をかけてみる。

 

「どうしたんだ?」

「綾小路殿でござるか。どうにも1年全員のポストに同じ手紙が送られているらしいでござるよ」

「同じ手紙?」

 

 人ごみを掻き分け、自分のポストのダイヤルキーを回す。普段はあまり使用しないポストだが、通販や学校からの連絡、生徒間のやり取りでたまに使われることもある。  他の生徒達も興味があるようで開けた俺のポストを後ろから覗き込んでいた。

 

 ポストを開けると、俺はそこに入っていた『四つ折りにされたプリント』を取り出し博士の元へ戻った。

 

「これか?」

「そうでござるそうでござる」  

 

 博士の前でそのプリントを開く。そこには印刷された文字で、こう書かれてあった。

 

『1年Bクラス、一之瀬帆波が不正にポイントを集めている可能性がある。龍園翔』

 

 博士も同じものが入っていたというようにプリントを開いて見せた。  

 

「丁寧に名前まで書いて、どういうつもりなんでしょうな。これが何ひとつ根拠のない話であれば、訴えられる可能性もあるでござるよ」

「……少なくとも、多少なり事実を含んでるから実行したってことか?」

「ふむん。そうでないなら愚策もいいところでござろうな」  

 

 嘘だった場合は龍園のイメージが大きく下がる恐れがあるが、元々悪評が立っている龍園にしてみれば、痛くも痒くもないのだろう。

 

「おい、龍園が帰って来るぞっ」  

 

 生徒の一人が、学校から戻ってきた龍園の姿を見つける。 騒ぎになっていることを知ってか知らずか、龍園がロビーに入ってくる。

 

「おい龍園、どういうつもりだ!」

 

 ロビーに入るなり、Bクラスの男子生徒が掴みかかる勢いで詰め寄った。

 

「あ? いきなり何だ?」

「この手紙のことだ! ふざけたもの配りやがって!」

 

 そう言い目の前に突きつける。そして手紙に目を通した龍園は、肩で笑った。

 

「あぁそれか。面白ぇだろ?」

「何が面白いんだよ! やっていい事と悪いことがあるだろ!」

「だったら事実を証明しろよ。一之瀬が不正にポイントを集めてないって事実を」

「それは───」

「どうなんだ? 一之瀬」  

 

 騒ぎを聞きつけてやって来た一之瀬に対して、龍園が手紙と共に問いかける。

 

「今私がここで何を言っても、多分龍園君は信じないよね?」

「ああ。不正があったかなかったかは、学校が判断することだからな」

「だよね。皆ごめんね、変な疑いをかけられちゃったみたい。だけど安心して、明日先生に報告して龍園君の勘違いだってことを証明して見せるから」  

 

 そう堂々たる姿で主張する一之瀬。

 

「どうやって証明してみせるつもりだ? 一之瀬」

「学校に詳細を話すよ。私がどれくらいのポイントを持っているのか、そしてどうやってそのポイントを得ることが出来たのか。そうすれば満足かな?」

「学校に報告? その前にここで説明出来ないのか?」

「今私がここで説明するだけで信じてくれるのかな、龍園君は」

「信じないだろうな。口からデマカセを言うことなんて息を吐くくらい楽勝だ」

「だからだよ。学校が間に立って報告すれば不正の余地はないよね」

「クク。なるほどな。それも一理ある」

 

 納得したか! と、周囲にいたBクラスの生徒が騒ぎ立てる。

 

「けどな、人間ってヤツは嘘つきで汚い生き物だ。今から何らかの対策を練って隠蔽工作をする可能性だってあるよな?」  

 

 あくまでも龍園は強気に一之瀬に対して食って掛かる。

 

「なら、どうすれば信じてもらえるのかな?」

「まずここで持っているポイントを開示しろ。そしてそのポイントに至った理由の説明をすればいい。そして明日同じことを学校で報告する。これならこの場でお前に不信感を募らせている生徒も納得するだろうぜ」

 

 確かにそれならば、後で言い訳を考えたり嘘を吐く隙は極端に減る。しかし、そう易々と一之瀬が応じるとは思えない。

 

「それは出来ない相談だね」

「不正を認めるってことか?」

「そうじゃないよ。不正にポイントを得ていないからこそ手の内は明かせない。PPを幾ら持っているかは今後の戦略にも大きく影響してくるからね」

 

 一時的に疑われるとしてもカードは伏せるということだ。

 

「明日私が学校に説明をすれば調査はされるはず。その上で不正があれば、私が隠そうとしたかそうじゃないかに関係なく、全て公表されるんじゃないかな?」

「お前が明日学校に報告するって証拠はないだろ。こっちが納得できる方法を取ってもらわんことには——」

「——じゃあ、君から言ってくれていいよ。龍園君」

『!』

 

 一之瀬と龍園の会話に、突然第三者が割り込んだ。いったい誰が……って、お前か綱吉。

 

「君から学校に訴えるといいよ。この手紙に書いたようにね。最初からそのつもりなんだろ?」

「……沢田か。関係ない奴は黙っていろよ」

「関係はあるよ。君は自分からまた学校を巻き込んだ審議を起こそうとしているんだ。生徒会副会長としては、関わる権利があって当然だろ」

「……ちっ」

 

 龍園は舌打ちをするが、その表情に悔しさはにじんでいない。むしろ想定内と言いたげに見える。

 

 

「綱吉君……いいの?」

「うん。もちろんだよ」

 

 綱吉にそう伺う一之瀬だが、綱吉は笑顔で頷き返す。

 

「龍園君、君は学校に訴えて帆波ちゃんに関する審議を起こせばいい。そしたら俺が帆波ちゃんの協力者として彼女の無実を証明する。それでどう?」

「……ふん、またインチキでもして訴えを取り下げられるつもりか?」

「残念だけどインチキしないし、したこともないよ。正々堂々、帆波ちゃんの無実を証明する。それだけだ」

「……」

 

 睨む龍園と、まっすぐに龍園を見つめる綱吉。2人の間に短い沈黙が流れ、龍園が逃げるようにその沈黙を破った。

 

「……なら、審議の日を楽しみにしておくぜ」

 

 自動ドアを通って不敵に笑い去っていく龍園を、綱吉と一之瀬は見送った。

 

 ……一度疑いを持たれればそれを払拭しない限り疑いは残り続ける。一之瀬のような優等生であっても例外じゃない。疑いの色が濃くなればなるほどその信頼は一気に反転する。龍園はそれを狙って?

 

 いや、去り際のあの笑い方。狙いは何か別にありそうだ。

 

 

 

 ——現在。

 

 

……ということがあったのだ。石崎につけられていることもふまえると、やはり狙いは綱吉なのか? しかし、一之瀬に問題を起こして何になるというのだろうか。

 

「うん。3日後の放課後に審議になったよ」

「3日後か〜少し時間開くんだね」

「なんかCクラスの担任が、そこしか空いてないとか駄々こねたらしいよ」

 

 Cクラスの担任が? ……審議にはクラスの担任も参加する、別におかしくはないか。

 

 その後は、他愛もない話をしばらくしてから解散となった。

 

 

 

 〜翌日〜

 

「……なんのつもりだ?」

「だから、この本の返却処理をお願いしているの」

「……だから、なんで俺がしないといけないんだよ。お前の借りた本だろ?」

 

 翌日の放課後、俺は堀北に突然本を手渡されて、図書館で返却処理をするように言われた。

 

「この前、あなたはカンニングペーパーを仕込んだことを黙っていた。その罰よ」

「……それは許したし、むしろ信頼関係が足りなかったことを反省するんじゃなかったのかよ」

「反省しているわ。だからこそ、こうしてあなたとの信頼を深めようとしているのだから」

「……パシれば信頼関係が深まるとでも?」

 

 俺がそう嫌味を言うと、堀北は呆れたようにため息を吐いた。

 

「はぁ、よく考えてちょうだい。その本は、あなたが読みたがっていた本なのよ?」

「えっ? あぁ、まぁ。そうだな」

 

 レイモンド・チャンドラー作、さらば愛しき女よ。最近なぜか学内で人気のある作家の名作である。

 

「あなたが返却すれば、あなたはすぐにその本を借りれる。そして私達の信頼関係も深まる。……どう? 何か文句でも?」

「……最後のには異議があるが、まぁ、ありがたく引き受けるよ」

「そう? じゃあお願いするわ。私はこのあと、大事な用があるから失礼するわ」

 

 そう言うと、堀北はさっさと教室を去って行った。……結局は程よくパシられただけだよな、コレ。

 

(まぁ仕方ない。お言葉に甘えて、次は俺が借りさせてもらおう)

 

 俺は教室を出て、図書館へと向かった。

 

 

 —— 図書館 ——

 

 放課後の図書館は静かでいい。本を読むならうってつけの環境だ。

 

「どうせなら、何か他の本も借りていくか……」

 

 1冊借りるのも2冊借りるのも、返却にかかる手間は変わらない。 返却手続きをする前に、読みたい本を一緒に借りさせてもらおう。

 

『さらば愛しき女よ』を片手にミステリーコーナーを巡っていく。どうせなら、もう1、2冊探偵物で固めよう。レイモンド・チャンドラーで固められればなおよしだ。

 

 ミステリーコーナーにたどり着くと、1人の女子生徒を見かけた。  懸命に腕を伸ばし、自分の背より高い本棚にある本を取ろうとしている。本の位置が絶妙で、届きそうで届かないようだ。あと僅かで届きそうだからこそステップ台を使うことに抵抗している。

 

(男でも女でも起こる、あるあるだな)

 

 

 掴もうとしている本は、エミリー・ブロンテの『嵐が丘』だった。文学史でも名高いブロンテ3姉妹の次女が書いた作品だ。いや、確かにあらすじ的にはミステリーっぽいが、ジャンルは恋愛になるんじゃないか?

 

 俺はは横入りし、女子生徒が手を伸ばしている『嵐が丘』の本を手に取った。

 

「余計なことかも知れないけど」

 

 その瞬間、見知らぬ女子生徒だと思っていた人物に見覚えがあったことを知る。

 

「確かCクラスの……」

 

 椎名ひより。少し前に龍園と共に俺達の前に姿を見せた生徒だ。向こうは静かにこちらの顔を見つめた後、同じように俺のことを思い出したのだろう。

 

「確か……綾小路君、でしたか。ツナ君の相棒の」

 

 相手もこちらの名前を覚えていたらしい。そういえば、こいつと綱吉は仲良かったんだった。

 

「ああ。とりあえずこれ」

 

 本を手渡す。

 

「ありがとうございます」

「好きなのか? ブロンテ」

「個人的には好きでも嫌いでもありません。ただジャンルの違う本が置かれていたので正しい位置に戻そうと思ったんです」

「なるほど……」

 

 どうやら同じ感想を抱いていたらしい。

 

「ところで、その手にしているのは……『さらば愛しき女よ』、ですね。名作ですよね」

 

 椎名の目に輝きのようなものが宿った気がした。

 

「今日友人から借りることに成功した」

「それはラッキーでしたね。どうも2年生の間でレイモンド・チャンドラーのブームがあったらしく、ずっと争奪戦が続いているみたいです。私も読み返したいと思ってたんですけど、今日も見つけられなくて……」

「それは悪いことをしたな。又貸しの真似して」

「構いません。以前読んでますし、それにその本を探していて、また別の本にも巡り合えていますから。この学校の図書館の蔵書量は相当な規模です。読みふけっていたら、きっとあっという間に卒業ですね」

 

 そう言って、ブロンテの本を手にとって小さく微笑んだ。

 

「……そうか。そういうものかもな」

「あの、ドロシー・L・セイヤーズのシリーズはもう読まれましたか?」

「いや。クリスティは読んだんだが、ドロシーは手をつけてないな」

「であれば───そうですね、是非『誰の死体?』をオススメします。ピーター卿シリーズの一作目で、一度読めばシリーズを読みたくなること必至です」  

 

 そう言って本棚から該当する本を抜き出し、差し出してきた。

 

「えっと……」

 

 謎の展開に困惑した俺は、どう答えたものかと悩んでしまう。

 

「勝手に話を進めようとしたりして、迷惑だったでしょうか?」

「……いや。ちょっと戸惑ったのは事実だけど。折角だから借りてみる」

「それがよろしいかと」

 

 どういうつもりか、椎名は凄く嬉しそうな顔をしてから目を細めた。

 

「Cクラスの中には小説を好む人がいなくて、話し相手がいないんです」

 

 どうやら、小説の話ができる相手を欲していたようだ。

 

「綱吉とは、小説の話をしないのか?」

「しますけど、ツナ君は今まで小説を読んでこなかったみたいなので、今は私が一方的にお勧めをして、読み終わったら感想を聞く……その繰り返しなんです」

「そ、そうか」

 

 なるほど、最近頻繁に綱吉が小説を読むとこを見ていたが、そういう背景があったのか。

 

「綾小路君とは、ぜひ仲良くなりたいです」

「……俺と仲良くなりたいとは、それはまだどうして」

「本好きなのはもちろんですが……お互いにツナ君の正体を知っているから、というのが大きいですね」

「!」

 

 どういうことだ? 椎名も綱吉の正体を知っているなんて。

 

「……お前も綱吉に聞いたのか?」

「いいえ。私はこの学校に入学する前から知っていますから」

「入学前から……それはつまり、お前も綱吉と同じ世界の人間ということか」

 

 俺の質問に、椎名はクスッと笑う。

 

「まぁ、ある意味そうですね。全く関係ないとは言えません」

 

 椎名も裏社会の人間ってことか……話ぶりからしてマフィアってわけじゃないだろうが、こんな身近に裏社会の人間が綱吉以外にもいたとは。いや、俺もある意味裏社会の人間とも言えなくもないかもな。綱吉達よりも大分浅瀬ではあるが。

 

「だから、私はあなたに興味があるんです。ツナ君の正体を知ってもなお、彼と一緒にいようとするあなたに」

「……」

 

 今の言葉で理解した。椎名の振る舞いは、100%が友好の為ではないらしい。

 

 おそらく50%。残りの半分は俺という人間を図るためだ。俺は綱吉と一緒にいていい人材なのか、言動から測ろうとしているのだろう。

 

「そうか。俺も今興味が湧いたよ。綱吉と同じ世界の住人で、綱吉を慕ってるあんたにな」

「あらっ。偶然ですね」

「……」

「……」

 

 しばらくの無言のあと、椎名は俺に背を向けた。

 

「今日はこの辺でお暇します。また今度ゆっくり話しましょうね、綾小路君」

「ああ」

「ではまた」

「……なぁ」

「はい?」

 

 ゆっくりと歩き始めた椎名を、俺は無意識のうちに呼び止めていた。

 

 

「俺は、お前の御眼鏡にかなったのか?」

「……フフッ。ええ、()()()()はツナ君のそばにいるべき存在だと感じました」

「……そうか」

 

 

 再び歩き出した椎名の背中を見送った後、俺はさっさと返却処理を終えて貸し出し処理も同時に行った。

 

 そして借りた本を抱えて図書館を出ると、そこにはなぜか茶柱先生が待ち構えていた。

 

「ここにいたか、綾小路」

「俺に何か用ですか」

「ああ。私についてこい。話がある」

「それは難しい相談ですね。今から綱吉と約束があるんですよ」

 

 適当な嘘をついて逃れようとする。

 

「残念だが断る権利はない。非常に大事な話だ」

 

 ……ついていきたくはないが、教師の指示じゃ従わないわけにはいかないか。多少の抵抗も虚しく、茶柱先生の後を追うことにした。  

 

 生徒のいるエリアを離れ、やって来た場所は応接室。

 

「応接室? こんなところで何を話すんです?」

「すぐに分かることだ」

 

 茶化しを交えてみたが、たかだか生徒の質問には答えてくれないらしい。

 

 ——コンコンっ。

 

 茶柱先生が扉をノックした。

 

「お待たせしました。ご子息をお連れしました」

 

 

 ……ご子息、ね。俺は中で待っている人物が誰なのかがすぐに分かった。

 

「……入ってください」  

「失礼します」

 

 茶柱先生が応接室の扉を開いた。応接室にはソファーが2つ置かれており、その1つに40代の男が座っている。

 

「では、私は外で待機しておりますので」

 

 俺が応接室に入ると、茶柱先生はすぐに廊下に出て行ってしまう。これで応接室には俺とソファーに座る男だけになった。

 

 暖房の動く音だけが小さく耳に響く。こちらが一言も発さず動かないでいると、男は静かに言葉を吐いた。

 

「まずは座ったらどうだ」  

 

 1年、いや……1年半ぶりに聞く男の声。その口調もトーンも、以前と何も変わらない。こちらも何かが変わることを望んじゃいなかったが。

 

「座るほど長話する予定はないんだけどな。この後友人と約束があるんだ」

「友人だと? 笑わせるな。お前にそんな存在が出来るはずが無いだろう」  

 

 俺の生活を見ていたわけでもないのに、決め付けてくる。自分が絶対正義だと確信しているこの男らしい。

 

「ここで俺とあんたが会話するかしないかなんて、この先に何も影響しない」

「なら俺の望む答えが返ってくると思っていいのか? それならば話し合う必要はない。こちらも忙しい合間を縫って来ている」  

 

 こちらに目を向けることもなく、男はそう結論を導こうとして来た。

 

「あんたの望む答えなんて知らないな」

「既に退学届は用意させてある。校長とも先ほど話がついた。後はお前がイエスと言えばそれで終わりだ」  

 

 こちらが誤魔化そうとしていると、男はすぐに本題を切り出した。

 

「退学する理由はどこにもない」

「お前にはそうかも知れん。だが俺にとってはそうではない」

 

 ここで男は、初めて俺の方へと視線を向けた。  その鋭い眼光は衰えるどころか、年々鋭さを増しているようだった。研ぎ澄まされた刃のような瞳に、心の奥まで見抜かれそうな感覚に襲われた者は少なくないだろう。それをこちらは真っ向から受け止める。

 

「子供の希望を、仮にも親の一方的な都合で捻じ曲げるのか?」

「親だと? お前が一度でも俺に対し親だという認識を持ったことはあるのか」

「確かにないな」  

 

 そもそもの問題として、この男も俺を息子と思ったことがあるかどうか怪しい。恐らく互いに書類上だけの親子、ということでしか記憶していない。血が繋がっているかいないかなどどうでもいいことだ。

 

「大前提として、お前は勝手な行動を起こした。俺は待機だと命じたはずだ。その命令を破りこの学校に入学した。即座に退学を命じるのは当然だ」

「あんたの命令が絶対だったのはホワイトルームの中での話だろ。そこを出た今、命令を聞く必要もない」

「黙れ。お前は俺の所有物だ。所有者が全ての権利を持っていることは言うまでもない。生かすも殺すもこちらが決める」  

 

 この法治国家において、男は本気でそう言っているのだから性質が悪い。

 

「どれだけ粘るつもりか知らないが、俺は退学するつもりはない」

 

 辞めろ辞めないで言い合いをしてもずっと平行線なのはわかりきっている。無駄話を嫌う男が、それを分かっていないはずがない。

 

 ならどうするか。当然次の手を打ってくる。

 

「……お前のせいで、松雄は死んだぞ?」

「そうか」  

 

 聞き覚えのある名前だ、すぐに顔も思い出す。 松尾は60歳くらいの男で、彼にはいろいろと世話になった。

 

 ……とはいえ、悲しみが湧かない。この男と同じ空間にいることで、俺はまた以前の俺に戻ってしまっているのか。

 

「お前を世話し、助けてくれた男が死んだというのに、まるで興味がないようだな。自らの進退を懸けて尽くしたお前の、その態度を見れば松雄も後悔することだろう」

「まず大前提として、あんたの話が本当だという証拠はない」

「既に松雄の死亡届書は受理されている。必要なら住民票を取り寄せよう」  

 

 いつでも言ってくれ、と強気だ。

 

「もし本当に死んだのだとしたら、尚更学校を去るわけにはいかないな。あんたに罰を与えられると分かっていて俺をここに入学させた松雄の遺思を継ぐ」

「……随分と変わったものだな清隆」  

 

 そう男が言いたくなる気持ちも分からなくはない。この男の指示……正確にはホワイトルームの指示には常に従ってきた。そうすることがオレにとって世界の全てだったからだ。  

 

 だが、男の唯一の失敗は1年間の空白が出来てしまったことだろう。そして、俺にとって幸運だったのは、この学校に綱吉がいたことだ。

 

「空白の1年の間に何があった。お前の何がこの学校に入る決意をさせた」

「あんたは確かに最高の教育を施して来たのかもしれない。でもだからこそ、俺はあんたがくだらないと切り捨てた『俗世間』ってヤツを学びたくなった」

 

 ホワイトルームは世界の中でも、最も効率よく人間を育成する施設の一つかも知れないが、この世の全てを学べるわけじゃない。不必要とされているものを極限まで切り捨てた施設だ。

 

「……理解しがたいことだが、状況を受け入れざるを得ないようだな。やはり計画が完了する前に施設を一時中断したことは失敗だった。僅か1年で16年越しの計画が頓挫しそうになるとはな。そして忌々しいことに、この学校に逃げ込み俺の手から逃れるとは」  

 

 男としても、ホワイトルームの一時中断が断腸の思いだったことは知っている。 だからこそこうして、強く俺を引き戻そうとしているのだ。しかし、半年以上も経って接触してきたのには何か裏がありそうだ。

 

「お前がここに来た理由は理解した。しかしそれで解決したと思っているのなら甘い話だ。力ずくでこの学校を辞めさせることも出来るのだぞ」

「政府の息がかかったこの学校に、今のあんたが介入できるとは思えないな」

「何故そう言い切れる。根拠のない発言だな」

「根拠ならある。あんたが常に連れ歩く複数のボディーガードの姿がないことだ。あちこちから恨みを買ってるからこそ、あんたはその存在を手放せないはずだ。だがこの部屋にも廊下にも見える範囲に奴らはいなかった」

 

 男は机の上の湯飲みを手に取り、既にぬるくなったであろうお茶を飲み干した。

 

「……たかだか高校を訪ねるのにボディーガードも何もない」

「トイレにまで護衛を連れ歩く男がそんな怠惰なことをするはずがない。連れて来ようにも連れて来られなかったと見るべきだ。この学校の権力者が許可しなかった、ということだ」

 

 そしてそれに従わなければ、男はここに入ることを認められなかったのだろう。

 

「いいから命令を聞け。俺が用意した道以上のものなどこの世には存在しない。お前はいずれこの俺を超え日本を動かしていく存在となるべきだ。何故それが分からない?」

「自分の道は、自分で決める」

「……話にならないな」

「ああ。同じ意見だ」  

 

 どこまで行っても平行線なのだ。納得の行く落としどころなど存在しない。

 

「既にホワイトルームは再稼動している。今度は邪魔の入らない完璧な計画だ。遅れを取り戻せるだけの準備もしている」

「なら既にあんたの意思を受け継ぐ者たちは大勢いるってことだろ。なんで俺にこだわる」

「お前ほどの逸材はまだ現れていない」

「……嘘でも親子だから、という言葉は出ないみたいだな」

「そんなつまらん嘘を言ったところで、お前の心に響くわけもないだろう」  

 

 ……そりゃそうだ。

 

「最後の言葉だ清隆。熟考した上で答えるといい。自分からの意志でこの学校を去るのと、親の手で強制的に去る。どちらが希望だ?」

 

 どうやら、この男は本当にオレを手元に引き戻したくて仕方がないらしい。どんな手を使ってくるつもりかは知らないが聞き入れる気にはなれないな。

 

「……戻るつもりはないか」  

 

 沈黙を貫くと、男は早々に結論に達した。 とはいえ、この男が諦めるわけもない。となれば何か別の手を打ってくるはずだ。

 

「……いいか。これはお前の為でもあるんだ」

 

 なんだ? まさかやっぱり情に訴えるつもりなのか?

 

「さっきの話を繰り返す気か?」

「そうではない。とにかく聞け」

 

 そう言うと、男は少しの沈黙を挟み、再び話し始めた。

 

「4ヶ月前の8月、日本にとある施設が誕生した。その施設の名は——ブラックルーム」

「……は?」

 

 一体何の冗談だ? ホワイトルームの次は、ブラックルームを立ち上げましたって冗談を言いたいのか?

 

「なんだ。あんたが立ち上げた新しい施設か?」

「違う。ブラックルームは俺の作ったものではない。まぁ名前は俺のホワイトルームから取ったのだろうがな」

「……で、そのブラックルームが何だって言うんだ」

 

 男は俺をジロリと睨んで続ける。

 

「ブラックルームは、最強の人間兵器を作り上げることを目的とした施設だ」

「人間兵器?」

「ああ。その為に、その施設に入ったものは徹底的に戦闘技術や戦術。はては暗殺の技法にコンピューターハッキングの技法にいたるまで、それはもう多種多様な殺人の為の知能を教え込まれるそうだ」

「……狂気のベクトルは違うが、ほとんどホワイトルームと変わらないな」

「そんな余裕を持てるのは、お前がまだブラックルームのことを知らないからだ。知ればそう冷静ではいられんだろう」

「……何が言いたい」

「ブラックルームの運営者は、日本中の優秀な中高生の少年少女について調べているそうだ。そしてお前は知らんだろうが、ここ数ヶ月で中高生の行方不明事件が多発している。……ここまで言えば後はわかるな?」

「……」

 

 優秀な10代の少年少女が複数名誘拐されている。そして、日本で最も優秀とされるこの高校。そして天才を生み出す為の施設であるホワイトルームについても、その施設にターゲットとされている可能性が高いと言うことか。

 

「……俺が狙われている、とでも言いたいのか?」

「そうだ」

「俺はこの学校では平凡な生徒を装っている。派手に目立ったりもしていないぞ」

「そうか。だが関係ないな。事実、数日前にホワイトルームに侵入され、数名の被験体と前回の研究データを奪われてしまった」

「……は?」

 

 あの厳重な警備を敷いたホワイトルームから複数人を誘拐し、さらにデータまで盗んだだと? そんなことありえるのか?

 

「……」

(……。っ!)

 

その時、男の顔に今までに一度も見たことのない表情が浮かんでいることに気がついた。あの表情は……恐怖か?

 

 ……この男がここまで恐怖を感じるほどの相手? 一体どんな施設なんだよ。

 

「……もしかして、その施設は日本最大のヤクザが大元だったりするのか?」

「はっ。バカを言うな。ヤクザや暴力団ならやりようはいくらでもある。それは日本の公安が相手でも同じだ」

「なら、何をそんなに恐れている?」

「……問題は、そのブラックルームを運営しているのが〝イタリアンマフィア〟だと言うことだ」

(……イタリアンマフィア)

 

 その言葉で思い出す。確か綱吉のボンゴレファミリーもイタリアンマフィアだったはずだ。まさかボンゴレファミリーとか言わないよな。

 

「イタリアンマフィアは世界各国のマフィアの中でも、最も恐ろしい連中だ。関わることすら恐ろしい相手だ。奴らがライオンだとすれば、日本のヤクザなんてミミズ程度だ」

 

 ……この男がそう言い切るほどに差があるのか。

 

「ゆえに、再稼働後のホワイトルームで優秀な成績を出している一部の優秀な者達は、別施設で隔離して教育を続けている。そこはそう簡単に見つかる場所ではないし、安全は保証されている。お前もそこに入るんだ、清隆」

「断る」

「……今の話を聞いても、まだ俺に逆らうか」

「当然だろ」

 

 そんな情報では、この生活を捨てる気にはならない。それに相手がマフィアなら、綱吉のいるこの学校の方が安全な気もする。

 

「……ホワイトルームより、この学校の方が確実に安全だからな」

「何? この学校がお前を守ってくれるとでも?」

「ああ」

「バカバカしい。この学校がどんな場所なのかお前は全く理解していない。ここはお前を守ってなどくれないぞ」

「……いや、学校というよりは、学友が守ってくれると言った方が正しいな」

「はっ。ならお友達がマフィアから守ってくれる、とでも?」

「そうあってほしい」

「……この学校に来て、お前は落ちたな。そんな夢物語などお前には不要——」

「——夢物語ではありませんよ」

 

 絶妙なタイミングで、廊下から何者かの声が響き渡った。

 

 「失礼します」

 

 再び廊下から声が聞こえ、ゆっくりと扉が開いて40代と見られる男が姿を現した。予期せぬ来客を前に、男の表情が僅かに険しくなった。

 

「お久しぶりです。綾小路先生」

 

 そう言うと現れた男は深々と頭を下げた。その様子はさながら部下と上司だ。

 

「……坂柳。随分と懐かしい顔だな。7、8年ぶりか」

「父から理事長の座を引き継いで、もうそれくらいになりますか。早いものです」

 

 ……坂柳? 目の前にいる理事長と名乗った男の名字にひとつの違和感を覚える。Aクラスに在籍している坂柳有栖と結び付けてしまうのは無理のないことだろう。

 

「君が綾小路先生の……確か清隆君、だったね。初めまして」

 

 こちらに声をかけたところで、立っていた俺に少し首を傾げた理事長。

 

 「どうも」

 「綾小路先生と君を交えて少し話がしたくてね」

 

 俺にそう言って微笑むと、再び男と目を合わせる。

 

「さて、校長から話は伺いました。安全の為に、彼を退学させたいとの意向でしたね」

「そうだ。親がそれを希望している以上、学校側は直ちに遂行する必要がある」

「それは違いますね。確かに生徒のご両親には大きな発言力があります。両親が退学を切望された場合、お子さんの意見が尊重されないこともあるでしょう。しかし、それは様々な理由を考慮しての話です。例として言えば、極端にひどい虐めを受けている、などの事実があれば話も違うでしょう。そういった事実はありますか、清隆君」

「一切ありません」

「茶番だ。こちらが問題にしているのは学校の外での事情だ」

「すみませんが、この学校ではあくまでも生徒の自主性が最優先されます」

 

 当たり前のことのようだがありがたい言葉だった。それと同時に一つの合点がいく。松雄が言っていた『この学校ならホワイトルームから逃れられる』という発言はこの男の存在が関係しているんだろうと。父親に対して物怖じせず思ったことを口にしている。そして効力を発揮している。権力の前に屈していた校長とはまるで違う頼もしさがあった。

 

「……お前は先ほど、清隆の発言は夢物語ではないと言ったな」

「ええ、言いました」

「その根拠はあるのか?」

「もちろんです。実はこの学校の1年生。それも、清隆君と同じクラスには〝彼〟がいます」

「彼?」

 

 怪訝な顔をする男に、理事長はその答えを口にする。

 

「ボンゴレファミリー10代目ボス——ボンゴレⅩ世ですよ」

「っ! なんだと!?」

 

 驚きが強すぎたのか、男は音を立てて立ち上がった。

 そういえば、坂柳が父はボンゴレファミリーと縁があるとか言っていたものな。

 

「ボ、ボンゴレⅩ世がこの学校にいると言うのか?」

「ええ。いますよ。それに僕は、現ボスであるボンゴレⅨ世から直々に『Ⅹ世を頼む』と言われています」

「っ……現ボスとお前が知り合いというのは、事実だったのか」

「はい。これでも仲良くさせていただいています」

「……」

 

 先ほどまでとはうってかわり、額に汗をかきながら男は黙り込んだ。そんな男に、理事長はダメ押しの一手を与える。

 

「あと、これも重要なポイントなのですが」

「なんだ。まだ何かあるのか」

「はい。実は清隆君とボンゴレⅩ世は、親友と呼べるほどに仲がいいんです。そうだね、清隆君」

「……はい。親友であり、相棒です」

 

 本人がいたら気恥ずかしいが、ここは全力で乗っからせてもらおう。

 

「……なんということだ」

「なので、あまり無理に清隆君を退学させようとすると、ボンゴレファミリーを敵に回すことになりかねない……かと」

「……分かった。今日はこれで失礼する」

 

 男はソファから立ち上がって、廊下に向かおうとする。その背中に向かって、理事長からの追撃が入る。

 

「もし、裏から圧力をかけるおつもりなら——」

「分かっている! 何らかの圧力をかけるつもりは毛頭ない!」

 

 その点に能力特化したこの男がそれをしないのは、それが出来ないことの表明でもあった。そしてこの狼狽ぶりは、ボンゴレファミリーが凄まじい力を持ったマフィアであることの証明だ。

 

「……だが、学校のルールを元に清隆が退学する分には問題ないな?」

「ええ、それは約束します。先生の息子さんだからと特別扱いは致しません」

「なら今度こそ話は終わったようだ。これで失礼する」

 

 再び歩き出した男だったが、入り口の扉に手をかけたところで再び手を止めた。

 

「……清隆」

「なんだ。もう話はないだろ」

「いや、ある。ボンゴレⅩ世はお前の親友なんだな?」

「ああ。それがどうした」

「だったら、この学校にいれる間は、彼と深い友好関係を築いておけ」

「……そんな命令をされるとは、思わなかったな」

「——ボンゴレのボスと友好関係であるということは、裏社会での権力を持ったのとほぼ同義だ。それはいずれ俺の役に立つ」

「……」

 

 背中越しでもわかるほどに男は不気味な笑みを浮かべ、そのまま応接室を出て行った。

 

 「ふー。相変わらず先生がいると場がピリピリするね。君も苦労するんじゃないかな?」

 「いえ別に」

 

 相変わらずだなという感想しか出てこない。2人きりになったところで、少し落ち着いた坂柳理事長が暖かい目を向けてきた。

 

「僕はね、君のことを昔から知ってるんだよ。直接話したことはなかったけど、いつもガラス越しに観察させてもらってた。先生が君の事をよく褒めていたよ」

「そうですか。……それよりも坂柳理事長。ひょっとしてAクラスに在籍しているのは……」

「有栖のことかな? 僕の娘だよ」

「やっぱりそうですか」

「あ、娘だからってAクラスにしたわけじゃないからね? 審査は公平にしているよ」

「そこは疑ってません。綱吉がDクラスの時点で分かります」

「ははは。綱吉君も僕的にはAクラスでもよかったんだけどね。事情的に仕方ないと言え、彼のいた中学校側からしたら色々と事件を起こしている問題児扱いだからどうしてもね」

 

 マフィア関係で色々あったんだろうな。一体どんな苦労をしてきたんだろうか、俺には想像もつかない。

 

「……つい喋りすぎてしまったね。最後に言っておくけど、僕は学校の責任者としてルールの中で生徒達を守る。言っている意味は分かるね?」

 

 ……ルールの中で守れなくなれば、助けられないということか。

 

「もちろんです。これから先、あの男のやりそうなことは大体分かりますから」

 

 この学校から俺を追い出すには、取れる選択肢は非常に限られている。

 

「ではこれで失礼します」

「うん、頑張って。——あ、ちょっと待ってくれ。君に渡すものがあったのを思い出した」

「え?」

 

 応接室をあとにしようとした俺だったが、理事長の言葉で立ち止まる。

 

 理事長はスーツの内ボケットから1つの古びた箱を取り出した。……いや、箱というか、あれは宝石箱か?

 

「これを、君に渡す様に頼まれていたんだ」

「……誰にです?」

「松尾さんからだ。君が入学する少し前に預かった。君がこの学校に馴染んだら渡してほしいってね」

「!」

 

 理事長から宝石箱を受け取り、しげしげと眺める。宝石箱は長方形で、上葢の中心に何かの紋章が刻まれている。

 

「……松尾が、これを俺に?」

「ああ。正確には、松尾さんが君のお母さんから預かっていたものらしい」

「え……」

 

 俺が受け取ったこの贈り物は、どうやら人生で初めてもらった〝母からの贈り物〟だったようだ。

 

 

 ——ほぼ同時刻。学校の体育館裏で、鈴音は兄の学に呼び出されていた。

 

「あの……兄さん。お話というのは?」

「……鈴音。今日はお前に渡すものがあって呼び出した」

「えっ。私に渡すもの、ですか?」

「ああ。母さんから、お前が1人の人間として成長したと俺が認めた時に、これを渡してくれと頼まれていたものだ」

「……母さんから?」

 

 兄の学から鈴音に渡された物は——古びた宝石箱だった。




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