ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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原作7巻編 その④ 嵐吹く

 

 

 —— 沢田綱吉の独白 ——

 

 戦いは嫌いだ。

 元々痛いことや苦しいことは苦手だし、暴力なんてもっと嫌いだ。

 

 例えどんな戦いであろうと、その中には確実に傷ついている大切な人達がいる。

 

 それでも大切な人達——仲間達を守る為だったら、俺は何だってやってやるつもりだ。

 命だっていくらでも懸ける覚悟はある。

 

 ……これまでもそうしてきたように。

 

  I 世とDスペードの意思を継ぎ、最高のボンゴレを目指す。

 ボンゴレと自分の力は、大切な人達を守る為だけに使う。

 

 ボンゴレⅩ世になると決意した時に生まれたその信念は、高度育成高等学校に入学してからもずっと守り続けている。これからもそうしていけばいい……昨日までは俺はそう思っていた。

 

 でも、それではまだまだボスとして甘いのだと、思い知らされる事件が起きたのだ。

 

 本当に大切な人達を守るには、そもそもの防衛策を立てておくことが重要なのに、俺は事件が起きた時の対処のことしか考えていなかった。

 

  I 世は、大切な人達を守る為に自警団を作った。

 Dスペードは、愛する人の愛したものを守る為、そして二度と悲劇が起こらないように、ボンゴレファミリーを誰もが恐れる巨大組織に育てあげた。

 

 その2人の意思を継ぐと決めたくせに俺は……仲間に危険が及んでいるというのにほとんど事前対策をしなかった。

 

 これでは最高のボンゴレなんて作れるはずがない。

 

 ——思い出せ、沢田綱吉。

 2年前に I 世やDスペードの過去を見た時に、お前は学んでいたはずなのだ。

 

 方向性は違えど、2人が同様に求めていたのは、大切な人達へ向けられる悪意への〝抑止力〟だったはずだ、と。

 

 

 

 —— 2学期最終日朝、ツナの部屋 ——

 

 

「……よし、忘れ物はないよな」

 

 今日は2学期最終日だ。明日からはいよいよ冬休みに突入する。

 

 ——コポコポコポ。

 

 俺が支度をしている中、リボーンは優雅にコーヒーを淹れていた。

 

「リボーン、俺は学校に行ってくる!」

「待て、ツナ」

「え?」

 

 リビングを出ようとすると、カップにコーヒーを注いでいたリボーンが声をかけてきた。

 

「忘れもんだぞ」

「え、何か忘れてた?」

 

 リボーンは視線は自身の手元から離さず、勉強机を指さした。そこにはネックレス用のアクセサリートレイが置かれていて、首から下げられるように紐を通した、大空のボンゴレリングが掛けられている。

 

「ボンゴレリング? 家に置いといていいだろ。ナッツは常に外に出てるし」

 

 そう言いながら、俺は自分のベッドで丸まって寝ているナッツに目をやった。

 

「いや、常に携帯しとけ。それはお前がボンゴレⅩ世である証でもあるんだ」

「でもさ」

「かてきょ—の言うことには素直に従え!」

「うっ、わかったよ」

 

 なぜか語気を強めたリボーンに気圧され、俺は渋々ボンゴレリング取り、首から下げた後、見えないように制服の下に隠した。

 

「じゃ、今度こそ行ってくるな」

「ああ。——おいツナ」

「なんだよ、まだ何かあんのか?」

「お前はボンゴレⅩ世だ。そしてネオ・ボンゴレ I 世でもある。……そのことも常に頭に入れとけよ」

「え? ……うん」

 

 意味深な念押しをされ、俺はマンションの自室を出て学校に向かった。

 

 

 

 —— 放課後 ——

 

 

「以上で、ホームルームを終了する。明日から冬休みだが、節度のある生活をするように」

 

 帰りのホームルームが終わり、茶柱先生が教室を出て行った。

 

「よっしゃあ! 冬休みだぁ!」

 

 教室中から歓喜の声が上がる。

 もう冬休みに入ったわけだし、そりゃテンションも上がるというものだ。

 

「綱吉、お前はこの後一之瀬の審議だよな」

「うん」

「問題はなさそうなの?」

「大丈夫だよ。元々ほとんど言いがかりだしね」

 

 帰りの支度をしていると、後ろの席の清隆君と鈴音さんから声をかけられた。心配してくれているようで、ありがたい限りである。

 

「ツナぴょ〜ん」

「清隆」

 

 それからすぐ、今度は波瑠加ちゃんと明人君が俺達の席の方に近づいてきた。

 

「波瑠加ちゃん、明人君」

「どうした?」

「この後、映画でも見に行かない?」

「今話題のやつがあるだろ」

 

 グループで映画に行こうという話だったらしい。

 

「俺はかまわない」

「ごめん、俺は今からちょっと用があるから、午後からなら大丈夫なんだけど」

「そうか、今日は一之瀬の審議の日だもんな」

「仕方ないね。ん〜、じゃあ映画はツナぴょんが来てからにするとして、私達はランチでもして待っとこうか」

「そうだな」

「うん。わかった」

 

 俺以外のメンバーは一度帰宅して、着替えてからランチに行こうということでまとまったようだ。

 

「じゃあ後でな綱吉」

「あとでね〜」

「うん。また後で」

 

 清隆君達は先に教室を出て行った。

 

「じゃあ、私も帰るわね」

「うん。木下さんと仲良くなれるといいね」

「ええ、がんばってみるわ」

「あ、それと、緊急連絡のことは話してくれた?」

「話したわ、すでに登録してくれているわよ」

「そっか。ありがとう」

 

 続いて鈴音さんも帰っていく。彼女は今日、Cクラスの木下さんと一瞬にランチに行く約束をしていたらしい。2人が仲良くなってくれますように。

 

「……よし、じゃあ俺も行きますか」

 

 そしてクラスに1人残った俺も、審議に向かうべく教室を後にしたのだった。

 

 

 

 

 —— 会議室 ——

 

 

「失礼します」

 

 挨拶をしながら入室したが、会議室にはまだ誰も来ていなかった。

 

(帆波ちゃんはまだか)

 

 まぁ待ってればくるだろうと、俺はとりあえず1人で、審議の準備に取り掛かった。おっと、学生証端末をマナーモードにしておくのも忘れずに。

 

 

 数分もすれば、今回の審議の判定を行う1年の担任を務める4名の先生達が入室してきた。

 

 真嶋先生、星乃宮先生、坂上先生、茶柱先生の順にロの字型に配置された長机の上辺に並んで座る。俺はその対面型に座っている。

 

 席につくなり、俺の方を見て真嶋先生と星乃宮先生が口を開いた。

 

「ん? 沢田だけか?」

「一之瀬さんはどうしたの?」

「すみません、一之瀬さんはまだ来られていないんです」

「そう……」

 

 星乃宮先生が壁に架けられた時計に目を向ける。現在時刻は11:50。審議の開始時間である12:00までにはあと10分はある。

 

「まぁまだ時間はあるし、一之瀬さんが来るのを待ちましょう」

「ふん。本当に来るのか? 怖気付いて逃げ出したんじゃないかね?」

『一之瀬さんはそんなことをしません!』

 

 俺と星乃宮先生は同時に、嫌なことを言った坂上先生に反論していた。

 

 星乃宮先生と目が合い、にっこりと微笑まれた。

 

「……坂上先生、とりあえず定刻までは待つべきだと思いますが」

「……ふん。仕方ないな」

 

 茶柱先生の取りなしで、坂上先生も納得して定刻の12時までは待つことに決まった。

 

 ——しかし、10分経っても帆波ちゃんが会議室に入ってくることはなかった。

 

 

「……来ないな」

「来ないわねぇ」

「ふっ、やはりな」

「……」

 

 すでに定刻は過ぎてしまった。帆波ちゃん、一体どうしたんだ?

 

 一抹の不安がよぎり、俺は学生証端末を取り出そうとする……が、坂上先生の言葉で思わず動きが止まる。

 

「これは……龍園の意見が事実だったと本人が認めた、ということだろうな」

「! ちょっと待ってください! 今連絡をしてみますから!」

「いいや。我々も暇じゃないんだ。それに悪いのは時間に遅れている一之瀬自身だろう? どうしても審議をしたいというのなら、すぐにでも始めてもらおうか。それが出来ないのなら、龍園の訴えが事実だったという判決にさせてもらう」

 

 坂上先生は頑なようだ。理はあるし、坂上先生の性格を俺以上にわかっているからか、先生陣は異論を唱えない。

 

 仕方ないとため息を吐き、この件の最終決定権を持つ真嶋先生が口を開いた。

 

「沢田。もう時間は来てしまった。一之瀬が来ないなら、代わりにお前が俺達に説明をしろ」

「で、ですが!」

「無条件に敗北するよりはマシだろう」

「っ……わかりました」

 

 何も出来ずに龍園君に負けるわけにはいかない。俺は真嶋先生の提案を受け入れた。

 

 手に持ったままになっていた学生証端末をブレザーのポケットに戻す。そして1人で4名の裁判員と向かい合い、帆波ちゃんの無実を証明する戦いを始めた。

 

 しかし俺は気付いていなかった。この時点においては、組織のボスとしてはすでに龍園君に負けていたということに。

 

 

 

 ——時刻は13:30。審議が始まってから一時間半後、ようやく帆波ちゃんに対する審議は終わった。もちろん帆波ちゃんは無実という判決となった。

 

 俺がどんな証拠を突きつけても、坂上先生が無駄に苦しい反論をしてきたせいで、かなり時間は押してしまったけれど、とにかく終わってよかった。

 

 先生方が帰った後、俺はすぐに学生証端末をポケットから取り出した。もちろん帆波ちゃんに連絡を取る為だったのけど、電源ボタンを押した瞬間、俺の目は液晶ディスプレイに釘付けになった。

 

 表示されているのは緊急連絡、そして着信履歴の嵐だ。

 

 ——緊急連絡、一之瀬帆波。

 ——緊急連絡、佐倉愛里。

 ——緊急連絡、長谷部波瑠加。

 

 ——着信、綾小路清隆。

 

 ——緊急連絡、堀北鈴音。

 ——緊急連絡、木下美野里。

 

 ——着信、幸村輝彦。

 

 ——緊急連絡、椎名ひより。

 ——緊急連絡、王美雨。

 

 ——着信、三宅明人。

 

 ——緊急連絡、櫛田桔梗。

 ——緊急連絡、佐藤麻耶。

 ——緊急連絡、軽井沢恵。

 

「な、なんだよこれ!」

 

 現時点で10人からの緊急連絡がほぼ同時刻に送られてきている。マナーモードにしていたせいですぐに気付くことが出来なかったのだ。

 

 緊急連絡が来ているということは、帆波ちゃんは恐らく連絡を取れない、もしくは取りづらい状況なのだろう。なので俺はとりあえず、着信を残してくれていた清隆君に電話をかけた。

 

 ——プルルルル、ガチャ。

 

 清隆君はすぐに出てくれた。

 

『もしもし。綱吉、審議は終わったか?』

「今終わったよ。それより清隆君、大変なことが起きているんだ!」

『大変なこと? それって波瑠加と愛里と連絡がつかないことと関係があったりするか?』

「!」

 

 やはり、清隆君達はそのことで連絡をくれていたらしい。波瑠加ちゃんと愛里ちゃんからも緊急連絡が来ていたからな。

 

「……」

 

 ほぼ同時に10人からの緊急連絡。そして、それは帆波ちゃんの審議に被せられるように発生した。これはもう、龍園君の仕業と考えるしかないだろう。

 

「……清隆君、明人君と啓誠君も一緒にいる?」

『ああ、いるぞ』

「3人はどこにいる?」

『ケヤキモールの入り口だ』

「わかった。すぐに行くから待ってて」

『ああ』

 

 ——ピッ。

 

 俺は通話を切り、清隆君達のところへ急いだ。

 

 

 

 

 

 —— ケヤキモール 入り口 清隆side ——

 

 

 

「綱吉、こっちだ」

「! 清隆君!」

 

 ケヤキモールの入り口で待っていると、すぐに綱吉はやってきた。

 

「3人とも、波瑠加ちゃんと愛里ちゃんと連絡がつかないんだよね」

「ああ。約束の時間になっても来ないから電話もしたんだけどな」

「何回かけても繋がらないんだ」

「……綱吉の方は、何があったんだ?」

 

 俺の質問に、綱吉は一之瀬が審議に来なかったこと。波瑠加達と同様に連絡が取れないこと。そして合計10人の仲間から緊急連絡がほぼ同時刻に入ってきたことを話した。

 

「なんだよそれ。絶対龍園の仕業だろ!」

「まさか、こんな強引な手段で攻撃を仕掛けてくるとはな」

「綱吉。どうするつもりだ」

「うん、まずは——」

 

 ——ピコン。

 

 綱吉が今後の動きを話そうとすると、綱吉の学生証端末からメールの受信音が鳴り響いた。嫌な予感がしたのか、すぐにメールを確認する綱吉。……すると、綱吉の顔が一瞬で凍りついた。

 

「……綱吉?」

「おい、どうした?」

「大丈夫か?」

「……」

 

 綱吉は凍りついた表情のまま、俺達に自身の学生証端末の液晶ディスプレイを見せてきた。そこには、龍園からのものであろうメールが表示されていた。

 

 

 TO 沢田綱吉

 

 お前の大事なお仲間は預かった。

 10人はそれぞれ別の場所に監禁している。

 全員を助けたければ、一人一人見つけて助け出すか、敷地内のどこかにいる俺の所に来い。

 

 一定時間経っても俺の所に来ない場合、罰としてお前の大切なお仲間達は全員ぶっ壊す。

 

 

「っ! 龍園の野郎!」

「こんなの、完全な犯罪だろう」

「……」

「……綱吉。それでこれからどうす——!」

 

 再度今後の方針を聞こうと綱吉の方を見る。すると、綱吉は先ほどまでとは別人のようになっていた。明らかに普段の綱吉とは雰囲気が違っている。

 

 これは体育祭の時に見た、本気になった綱吉?

 

 ……いや違うな。この綱吉の顔は、無人島試験の時に俺が櫛田と愛里を人質に取った時の表情と同じ——憤怒の表情だ。

 

「……」

 

 綱吉は無言で学生証端末を操作し始める。数秒後、操作が終わったと同時に周囲に3つのメール受信音が鳴り響いた。俺・明人・啓誠の3人に同時にメールが届いたらしい。

 

 確認すると、それは綱吉からのメールで、位置情報が添付されている。これは綱吉が俺達に登録させていた、学生証端末の緊急連絡の機能によるものだろう。

 

「……明人、啓誠」

「! お、おう」

「なんだ?」

「お前達は今送った位置情報の場所に行ってくれ。清隆は先に堀北先輩を呼んでから、送った位置情報の場所に行ってくれ」

「わかった。……お前は?」

「俺は、すぐに10人全員を助けにいく」

「! 1人でか!?」

「危険だぞ! それなら俺らも一緒に」

「いや。お前達には俺が助けた後の10人を介抱してほしい。もしかしたら怪我をしているかもしれないからな」

 

 つまり、俺達は10人が監禁されている場所を分担して周り、綱吉が助けた後の保護を任されたということらしい。

 

「……わかった」

「気を付けろよ!」

「何かあったら連絡しろ!」

「ああ。必ず全員を助ける」

 

 そう言うと、綱吉は目にも留まらぬで走り去って行った。

 

「大変なことになったな。くそ、龍園の野郎め」

「しかし綱吉のあんなに怒った顔初めて見たな」

「そりゃそうだろ。龍園のやり方は許されるものじゃない」

「……それだけじゃないと思うぞ」

「え?」

「どういう意味だよ」

「あの怒りの表情は、半分は龍園に対してのものだろう」

「は? じゃあ残りの半分は?」

「——自分に対して、だろ」

 

 

 

 —— 屋上 軽井沢side  ——

 

「う、ううぅ」

「寒いか? そりゃ真冬に外で冷たい水をかけられたら寒いだろうなぁ」

 

 私は今、学校の屋上で龍園とCクラスの奴らに監禁されている。しかも、バケツいっぱいの水を3回もかけられていた。

 

 なんでこんなことになったんだろう。

 

 放課後に佐藤さんととお茶しようとしていたら、急にCクラスの奴らに捕らえられて、目隠しをされてこの場所まで連れてこられた。その上で寒空の下で水までかけられて……私が一体何をしたっていうの?

 

 寒さで震えている私の顔を覗き込み、龍園がさらに言葉を続ける。

 

「なんで自分がこんな目に合うのか、って顔をしているなぁ」

「っ!」

「……お前がここにいる理由。それはな? お前が沢田と仲が良くて、かつ、いじめられっ子だからさ」

「……は?」

 

 なんでいじめのことを知っているのか。

 私が驚きで龍園の顔を見上げると、追加されたバケツから水が頭上から降り注いだ。

 

 ——バッシャーン。

 

「ひいいっ!」

「ククク……」

 

 芯まで冷える。髪から滴り落ちる水の冷たさ。これで都合4回、頭上でバケツをひっくり返された。

 

 制服を通り越し、とっくに下着までびしょ濡れだ。だけど恐ろしいのは身体が寒さで震えることじゃない。心の奥が冷えてしまうことだ。

 

 世界そのものを恨みたくなるほど、暗く重たい闇が顔を覗かせてくる。

 

 ——どうして虐められているんだろう。  

 

 そんな感情から、徐々に変わり始める。

 

 ——なんで私は生きているんだろう。

 ——なにがいけなかったのだろう。

 

 自分を責め始める。冷え切った心が身体を蝕んでいく。

 刻み込まれた深い傷痕が、熱を持ったように疼き始めた。

 

「なぁ、もしお前が俺の側に作ってんなら、お前だけは救ってやってもいいぜ?」

 

 目の前で、龍園が笑いながらそう語りかけ、手を差し出してくる。

 でも分かってる。その手を取ったところで、今の状況が変わることなんてない。

 

 こいつらは何があっても私を壊し、仲間思いのツっ君に深い傷を付けるつもりなんだろう。さっき他のやつが少し話していたけど、私の他に9人も人質をとっているらしい。そこまでやるということは、本気でツっ君、そしてDクラスを崩壊させる気に違いないから。

 

 だから、私は最後の希望を抱き続けるだけ。守ると約束してくれたツっ君の言葉を信じるだけ。

 

 それが……闇に飲み込まれようとしている私の心を守ってくれる最後の砦だ。

 

「お前の考えは分かるぜ。きっと沢田が助けにきてくれるとか思ってんだろ? でも残念だな。沢田はここには来れない」

 

 ガチガチと寒さと恐怖で歯がふれあい音を鳴らす。

 止めようと必死に足掻くけれど、心は言うことを聞いてくれない。

 

 脳裏にたたきつけられるおぞましい記憶。重なる過去と現実。

 

「このまま希望を抱いたまま死ぬ気か? また昔に逆戻りする、本当にそれでいいのか?」

 

 ただ一方的な言葉の暴力があたしを攻め立てる。

 

「お前を救ってやれるのは沢田じゃない。こちらの仲間になれば、俺に救われるのさ」

 

 ——怖い。

 

「だが敵対するってなら、攻撃せざるを得ない」

 

 ——助けて。

 

「そうだな。お前のあることないこと、その全てを書き綴って学校中にバラまく」

 

 ——怖い。

 

「その時、お前は冷静さを装って今まで通りクラスの中心人物でいられるか? 沢田はすでに潰されていて、使い物にならない状況でだ」

 

 ——助けて。

 

「いいや無理だな。お前はまた以前のお前に逆戻りする。惨めに虐められていた自分に戻るんだよ。本来の姿にな」

 

 かつての虐めが、私の中で強く、強く強く繰り返しフラッシュバックする。

 

「いやだ、いやだ、いやだいやだ、いやだいやだいやだ……」

 

 あの暗くて惨めで、死にたいと思うような世界に戻りたくない。

 

「だったら楽になれ。楽になって今の自分を守って見せろ」

「おねがい、ゆるして、おねがいゆるして……!」

 

 もはやプライドなど砕け散った。そうじゃない。セロハンテープでくっ付けていただけで、元々砕け散っている。なんとか繋ぎとめていた、軽井沢恵という自分が死んでしまう。  楽しい学校生活が、音を立てて崩れ落ちていく。

 

「俺は真鍋達のように容赦なんてしねえぜ。俺達はお前の秘密を知った。仮に俺を退学に追い込めても、この真実を知る人間は1人や2人じゃない。すぐに噂は蔓延する。そうなればせっかく仲良くなったクラスメイト達にすら虐められるかもな? だってもう守ってくれる沢田はいねぇんだから」

「いや、いやだ、いやだ……」

「だったらよく思い出せ。昔の自分に戻ることが、どれだけ辛いことかを」

 

 ——嫌でも思い出している。

 

 一瞬脳裏に広がる白い世界。そして直後の闇。

 中学時代、私は些細なことから地獄への入り口を開けてしまった。

 

 元々勝気、強気な性格だった私は、入学早々に同じタイプの女子達を敵に回してしまったのだ。

 

 それからの日々は、楽しい学校生活とは程遠かった。教科書への落書きやノートの紛失、そんなものは可愛いものだった。

 

 お決まりのように、トイレ中に水をかけられたことも一度や二度じゃなかった。殴られて蹴られて、そんな様子を動画に撮影されてクラス中で笑いものにされた。  上履きに仕込まれた画鋲や机に入っていた動物の死骸達。全部覚えてる。

 

 クラスメイトの前でスカートを下ろされたこともあった。

 水泳の授業の後下着を隠されたり、制服そのものが無くなったことだってある。

 

 好きでもない男子に告白させられたことも。

 地べたに散らばったオカズを口で拾い上げ食べさせられたことも。

 靴を舐めたこともある。

 

 屈辱という屈辱を味わった。  

 

 ——そう、そうだ。思い出してきた。

 

 こんな時、人間が取る最後の防衛手段。

 受け入れてしまえばいいんだ。龍園達に虐められている、という現実を受け入れる。

 

 そうすれば、楽になれる。

 ああ、また、私はあの時に逆戻りしてしまうのかな。

 

 その時、私は自分の心がきっと耐えられないだろうことを知っている。優しくしてくれた子が、仲良くしてくれている子が変わっていく。あの残酷な時間に、二度と耐えられるはずがない。

 

 私を見捨てた学校が、唯一してくれたこと。それはこの学校のことを教えてくれたこと。

 私を知る生徒は誰もいなくなるという救いの糸を垂らしたこと。

 

 ……それがなくなったら、私は——。

 

 天を仰ぐ。隠してきた涙が、溢れて零れ落ちる。

 どうして、私は今こんな目にあっているんだろう。

 

 ……。

 ——いやだなあ……。

 

 そんな感情が心の中に生まれた。

 このまま素直に受け入れ、過去に逆戻りするのは嫌だ。

 

 目の前の龍園が言うには、とにかくツっ君を潰したいらしい。

 

 つまりツっ君を裏切ればそれで解放されるかもしれない。でも、それで私の虐め話が暴露されない保証はどこにもない。翌日には知れ渡っているかも知れない。そうなれば同じことだ。

 

 ツっ君を失った上で、友人全てを失う。

 

 だけど、助かる可能性はある。ツっ君を裏切ってしまえば、楽になればこの辛い時間も終わりを告げるかも知れない。

 

 仕方ないじゃない。助けてくれる。すぐに駆けつける。 そう約束したツっ君は、結局助けに来てくれなかった。信じて待ち続けても、この状況に何の変化も訪れない。  

 

 緊急連絡に気がついていない?

 

 だけど私は彼と約束した。必ず守ってくれるって。

 

 そう思っていた。……いや思い込んでいただけ?

 

 もうわからない。それを確かめる術もない。

 もしかして裏切られた?

 私は彼に見捨てられた?

 

「アルベルト。誰か来たか? ……そうか、また連絡する」

 

 目の前で龍園が、静かにため息をつく。

 

「お前も僅かに期待してたと思うが、沢田が助けに来る気配はないってよ。お前には言っていなかったが、実はお前の他に9人の女子を人質に取ってある。他の奴を優先して助けようとしているんだろうなぁ」

 

 ああ、つまり後回しにされてしまったんだ。

 

 ——いいや、信じないでどうする。ツっ君は助けるって言った。

 名前を呼んだら、どこにいてもその声を聞いて、すぐに駆けつけると言ってくれた。

 

 事実、真鍋達から私を守ってくれた。

 一緒に謝ってくれた。仲間になろうって言ってくれた。

 

(……あ)

 

 その時、私は自分の思考の中で、ツっ君交わした約束の中で、まだ私が行っていない行動があることに気がついた。

 

「名前を……呼ぶ」

 

 そうだ。私はまだ、自分の口で彼の名を呼んでいないじゃないか。

 

「どうした軽井沢。沢田に見限られたと分かって呆然としてんのか?」

「……ち、が、う」

「あ?」

「……ツっ、君は、私を、見限って、なんていない」

「愚かだな。自分を後回しにするような奴をそこまで信じるのか? そのせいで自分が壊れてしまうとしても」

「え、え……そう、よ」

 

 冷え切ってろくに動かない唇を何とか動かして、私はゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

 

 

 ……そうだ。この学校に入って、私が辿りついたもの。

 

「たとえ、明日から私の居場所が、私の大切な人がここに、この学校になくなってしまうとしても……苦しめられ続けるとしても……」

 

 信じ抜かなきゃならないもの。

 

 それは龍園の言葉でも、ツっ君からの言葉でもない。

 

「私は、あんたら側に付いたりなんてしない」

 

 彼と一緒にいると胸の内にすっと入ってくる暖かな光 。

 ツっ君を信じたいという、この正直な気持ちなんだ。

 

「……それでいいんだな、軽井沢」

 

 いい。これでいい。

 後悔するかもしれない。

 

 だけど、これでいいんだ……!

 

「どうせDクラスは今日で崩壊する。それなのに何故抗う」

「知らない……」

 

 そんなの、私が聞きたいよ。

 だけど——今わかっている唯一のこと。

 

「私は、たとえここで死んでも、最後まで彼を信じるの!」

 

 ぼやけていた視界が、一瞬だけ晴れた。

 

「そうか。残念だぜ軽井沢、お前の居場所は今日限りこの学校からなくなる。俺としても手間なことはしたくなかったが仕方ない。だが、尊敬には値する。過去のトラウマ。唯一頼りにした存在に裏切られても、沢田のことを信じ抜いたことは素直に認めてやる」

 

 これでいい。これでいいんだ。何度もそう自分に繰り返す。

 

 私はここで、壊れてしまうけど。

 何故だか自分が、少しだけ誇らしかった。

 

 彼のことを信じ続けたまま終われるなら。

 最後まで大切な人のことを思い続けたまま死ぬ女、うん。悪くない。

 

 それはそれで、何となく私格好いいじゃない?

 私の人生面白いことなんてほとんどなかったけど、ツっ君と出会ってからの日常は刺激的だった。すっごく楽しかった。

 

 なんていうか、ヒーローを影で支えるヒロインみたいな?  

 

 だから悔いはない。

 悔いはないんだ。

 

 ——でも、さ。

 

 最後に。最後に君の名前を呼ぶことくらい、してもいい、よね?

 

 私は縮みこまった首をなんとか動かし、冬の空に向かって出来る限りの大声を張り上げた。

 

 

「お願い……助けてっ! ツっ君!」

 

 

 ——そう叫んだ瞬間。

 屋上の扉の方から、大きな叫び声が響き渡ってきた。

 

「BOOOOO!」

『!?』

 

 その大声に、屋上にいた全員の視線が扉の方に向かう。すると、扉の向こうから何かの音が漏れ聞こえてきた。

 

(これは……何かを引きずるような音?)

 

 その音はどんどん近づいてきて、やがて屋上の扉の所で止まった。……次の瞬間。

 

 ——バッコーン!

『!』

 

 重い鉄製の扉が、破壊されて数メートル先まで吹き飛ばされたのだ。

 

「……な、何が起きたの?」

 

 伊吹が扉の方を注視するけど、土埃が待っているからか、廊下の方はよく見えない。しかし、誰かの足のようなものが少しだけ見える気がする。

 

(誰かが扉を蹴り飛ばしたってこと?)

 

 土埃が止まないうちに、またも廊下の方から何かが飛び出てきた。それは扉と同じくらいの距離で着地し、勢いそのままに龍園達の足元まで滑って行った。

 

「! アルベルト!?」

「嘘だろ!?」

 

 飛び出てきたのはCクラスの巨体の黒人。アルベルトだった。

 気絶した状態で、どうやら扉の方から投げ飛ばされたらしい。

 

「……」

 

 龍園が扉の方を睨みつけていると、またも何かが土埃のなか飛び出してきた。

 それはとても小さくて、床をトコトコと走りながら私の方に近づいてきた。

 

 そして私の目の前にくると、ちょこんと可愛く座り込んだ。

 

「……え、き、君は……」

「ガウッ♪」

「な、ナッツちゃん?」

 

 そう、現れたのはツっ君の猫であるナッツちゃんだった。

 

 どうしてナッツちゃんがここに?

 ……っ! もしかして!

 

 私は慌てて視線を扉の方に戻した。土埃はすでに収まっていて、先ほどまで見えていなかった位置には……待ち望んでいた存在。

 

 ——彼が立っていた。

 

「……すまない軽井沢。待たせてしまったな」

「ツッ君!」

 

 涙が出てくる。彼が来てくれた安心感で、恐怖とは違う涙が溢れてくる。

 

 ツっ君は龍園から視線を外し、私のことを見た。そしてこちらに駆け寄ってくると、自分の制服のブレザーを私に着せてくれた。

 

「すまない。駆けつけるのが遅くなってしまった」

「……ううん。いいの。いいのっ、来てくれるって信じてたっ!」

「少し待っていてくれ。すぐに片付けるから、一緒に病院に行こう」

「うんっ」

「ナッツ、軽井沢を温めてやれ」

「ガウ!」

 

 ツっ君に言われて、ナッツちゃんが私の懐に飛び込んでくる。私はそれを受け入れて、ギュッと抱きしめる。

 

「ガウウ〜♪」

「……暖かい」

 

 ナッツちゃんの温もりに温められながら、私は視線をツっ君と龍園に戻す。

 

 2人はお互いに少し距離を取って睨み合っていた。

 

 

「……ついに一線を超えたな。龍園」

「ククク。案外早かったな沢田。もしかして、一番最初にここに来たのか? だとすると——」

「ここが最後だ。他の9人はすでに助け出してある」

「——は?」

「覚悟しろよ、龍園翔。これは戦いなんかじゃない。一方的な断罪だ」

 

 予定外のことが起きたのか、少し怯んだ龍園に対しツっ君は一歩距離を詰めた。

 

「……俺を潰すため、俺の仲間に。ましてや自分のクラスメイトにまで手を出したこと、死ぬ気で後悔させてやるよ」

 

 




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