ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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佐藤麻耶『約束の一着』

 

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 —— 麻耶side ——

 

 

 

「あ〜、何を着て行こうかな〜」

 

 ベッドの上に特にお気に入りの子達を並べ、どの子を選べばいいのかと悩み始めてからすでに2時間が経過していた。こうなることは予測できていたので、私は普段より3時間も早起きしていた。大正解だったね。

 

「ん〜、この子? いや、これは女子ウケする子だしな〜」

 

 何度も同じ子を手にしては同じ理由でベッドに戻す。

 

「ツナ君はどんな服装が好きなのかな」

 

 どうせなら彼に喜んでもらえる服を着ていきたい。その方がデート中に見れる笑顔もより増えると思うの。まぁ、彼の方はデートだとは思っていくれていないみたいだけどさ。

 

 ツナ君が女心に鈍感すぎるのは今に始まったことじゃない。むしろそんな相手を落とすことができた時の喜びを思えば、鈍感すぎる反応も受け流せる……ように頑張っている、つもりだ。うん。

 

 仕方ないじゃん、乙女は傷つきやすいんだもん。

 

「ん〜。よしっ! この子に決めたっ」

 

 私が選んだのは、白のタートルネックのニット。それに赤チェックのミニスカートだった。その上にダッフルコートを合わせる。足元の寒さが不安だけど、タイツを着ていけばいいし、それに『オシャレとは我慢だ』って昔読んだ雑誌に書いてあった。

 

「……よしっ。ヘアメイクもばっちし!」

 

 洗面所の鏡でヘアメイクも済ませると、時計はちょうど家を出ないといけない時間を差していた。私は最後に玄関に設置した姿見で全身をチェックし、小さめのバックを持って家を出た。

 

 

 

 

「あ、ツナ君お待たせっ!」

 

 エレベーターに乗ってエントランスに降りると、すでにツナ君がいた。待たせてしまったかと慌てて駆け寄ると、彼はいつものように屈託のない笑顔で笑った。

 

「あ、おはよう麻耶ちゃん。全然待ってないよ。俺も今来たとこだし」

「本当? それならよかったぁ〜、私遅刻しちゃったかと思って——」

 

 話しながら腕に付けたお気に入りの腕時計を見てみると、時刻はまだ待ち合わせの30分も前だった。そういえば、元々心の準備をしておこうと思って早めに行こうとしていたのだった。

 

「——ツナ君、だいぶ早めに来たんだね。まだ待ち合わせまで30分はあるよ?」

「あ〜。それはその〜」

「?」

 

 ツナ君は頬を掻きながら視線を逸らした。どうしたのかと思っていれば、彼は少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「その。女の子と2人でお出かけした経験ってほとんどなくてさ。それで緊張して早く起きちゃったから、来るのも早くなったんだよ……あはは」

 

 ——トクンっ。

 

 彼のその言葉に思わず胸が高鳴る。私と出かけることに緊張して、早く来ちゃったなんて。

 

 これは自分を異性としてきちんと認識してくれている証拠だ。意中の相手にこんなセリフを口にされて、嬉しくない女子なんていない。

 

「そ、そうなんだっ。でもそんなに構えないで、楽しくお出かけしようよ」

「そうだよね。うん、今日は楽しもう」

「うん! ……じ、じゃあまずはケヤキモールにいこっか!」

 

 紅潮しているであろう顔を隠しながら、私はツナ君の手を引っ張るようにマンションを出たのだった。

 

 

 

 —— ケヤキモール ——

 

 

「えっと、まずは映画館だったよね」

「うん。麻耶ちゃんが見たがっていた映画、二人分の席を取ってあるよ」

「え、予約してくれたの?」

「そのほうがスムーズでいいじゃない」

 

 驚いた。まさか映画の席を予約していてくれたとは。……あれ、でも映画の席って予約できたっけ? まぁいいか。嬉しいのは確かだし。

 

 

「ツナ君ありがとう」

「気にしないで。ほら、あのシアターだから、行こうか」

 

 ツナ君は一つのシアターを指差した。そしてすぐに手を下ろすと、私を置いて行かないようにゆっくりと歩き始めた。

 

「エスコートしてくれるなんて紳士だね」

「あはは。イタリアの紳士みたいになれるように頑張ってます」

「あははっ♪ そうなんだ〜」

 

 これから見る映画はロブロマンス物だ。お出かけの日は一緒にこれを見たいとあらかじめツナ君に伝えておいたものだった。

 

 映画のタイトルは『雷鳴響く大空のユニゾン』。

 

 とある上流階級のピアニストを目指すお嬢様が、自身のピアノ講師を務める男に恋をするお話らしい。なんでもラストで流れる2人のピアノ連弾とそのユニゾンは圧巻らしい。

 

「楽しみだね」

「うんっ!」

 

 私達はワクワクしながら上映開始を待ち、いざ上映が始まると、2人で来ていることを忘れるほどにストーリーに引き込まれた。

 

「いやぁ、感動したなぁ〜」

「本当。泣けたねぇ」

 

 映画館を出た私達は、感想を言い合いがてらケヤキモール内を散策していた。

 

 

「ラストは涙が止まらなかったよね」

「うん。でもツナ君、まだ涙止まってないよ」

「えっ、まじ?」

「まじまじ」

 

 慌ててハンカチで目元を拭うツナ君。かわいい。

 

「えっと、そろそろお昼だね。何か食べたいものはある?」

「あ、実は私、ランチのお店予約してたんだ。そこでもいいかな」

「うん、もちろん」

 

 映画を見終えて、ちょうどお昼時。私達はケヤキモール内にあるとあるレストランへと向かった。

 

 

 

「いらっしゃいませ」

 

 店内に入ると、女性のウエイトレスが声をかけてきた、

 

「予約した佐藤です」

「佐藤様ですね。お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 

  予約していることを伝えると、2人がけの席に案内された。

 

「ご注文はどうなさいますか?」

「ええと、私は〜」

 

 お互いに食べたいものを注文すると、ウエイトレスは厨房に去っていく。

 

「ここ、麻耶ちゃんよく来るの?」

「うん。休みの日とか、結構友達とここでランチするよ」

「そっか。麻耶ちゃんって休日は基本的にお出かけ?」

「ん〜。そうでもないよ? 1日家にいることもあるし」

「そうなんだ」

「ツナ君は?」

「俺は基本……」

 

 さらっと答えてくれるかと思えば、彼は途中で言葉を止めた。

 

「……基本、体鍛えてるね」

 

 考えた末の答えは、普段の彼とそう変わらない行動に思えた。

 

 

「え? いつもじゃない?」

「そうだね。何か平日も休日も変わらない気がする」

「遊びに行ったりはしないの?」

「たまにいくけど、1日通して遊ぶなんてのは、本当にひさしぶりかも」

「そうなんだ、ふ〜ん」

 

 ツナ君はかなりストイックだ。平日休日関係なく、常に自分を鍛錬するなんて、私にはとてもじゃないけどできそうもない。

 

「じゃあさ。1日家に居る時って何をしているの?」

 

 私が彼との差に少し気分を落としたのを察したのか、ツナ君は話を進めた。

 

「え。ん〜とね。ネットで調べ物をしていることが多いかな。ファッションデザイン系のね」

「へ〜。麻耶ちゃんはファッションが好きなんだね。デザインってことは、将来は服飾系のデザイナー志望?」

「えへへ、うん。実はそう思ってるんだ。でもまだ迷っていることもあるんだよね」

「え、何を?」

「ほら、服にもいろいろあるでしょ? カジュアルなものとかフォーマルなものとかさ」

 

 基本的に私はカジュアルなものが好きだったんだけど、最近フォーマルな服装にも興味が湧いてきていた。いわゆるドレスコードが必要な場面で着るような服だ。

 

「そっか。じゃあどちらもできたら嬉しいな、みたいな感じか」

「そうそう。この学校をAクラスで卒業できたら、それが叶いそうなとこに就職できそうじゃない?」

「なるほどね。大丈夫、必ずAクラスで卒業できるよ」

「うんっ」

 

 ツナ君の言葉にはとてつもない安心感がある。彼についていけば、間違いなく自分はAクラスで卒業できる、そう確信できるような安心感が。

 

「……」

 

 その時、ふと頭に過った。この学校を卒業した後、ツナ君はどんな道を歩んで行くのだろう。大仰な言い方をしたけれど、シンプルに彼の進路が気になるのである。

 

「ねぇ、ツナ君は卒業後の進路とかもう考えてるの?」

「俺? 俺は就職だよ」

「そうなの? 大学に行くと思ってた」

「やりたいことがあってね。すぐに就職することにしたんだ」

 

 ツナ君は就職したいのか。やりたいことがあるということは、私と同じで何か夢があるってことなのかな。

 

「どんな仕事?」

「えっと……何と言えばいいかな。……人を守る仕事、かな」

 

 目指している職をそのまま応えることはなく、ツナ君はすこしぼやかして答えた。

 

 人を守る仕事ってなんだろう。警察? 消防士? 自衛隊とか?

 

「警察とかそっち系?」

「公務員ではないかな」

「え〜、じゃあなんだろ……あっ、まさかボディーガード? それかSPみたいな?」

 

 私の思い付きは当たっていたらしく、ツナ君は「そうそう、えすぴーえすぴー」と答えた。なんとなく歯痒そうな顔をしていたけど、当てられて恥ずかしかったのかな。

 

 

「じゃあ、ツナ君はスーツを着る仕事をするんだね」

「え? あ〜、そうなるの、かな?」

 

 SPはスーツを着ているイメージだ。本物のSPを見たことはないから、ドラマとか本で得たイメージでしかないけど。

 

「——あ。じゃあさ」

「ん?」

 

 ——何であんなことを言ったのかはわからない。

 彼と高校を卒業した後も繋がれる、細い糸を張っておきたかったのかも。

 

 とにかく私の口は、無意識に言葉を紡いでいた。

 

「高校を卒業して、私が夢を叶えたら——その時は、私がツナ君に似合う最高のスーツを作ってあげるっ」

「! ……そっか。うん、楽しみにしてるよ」

 

 優しく微笑みながら、ツナ君は私に頷いた。

 それが嬉しかったのだろう、私はさらに大胆な約束を彼に持ちかけていた。

 

「じ、じゃあその時はさ。私も自分に似合う最高のドレスを作るから。お互いにそれを着て……また今日みたいにお出かけしませんかっ!?」

「……」

 

 思わず立ち上がって顔を近づけながら熱弁してしまった。ツナ君は面食らって動きが止まっている。

 

(あちゃ〜。やってしまった。こんな前のめりにいつ来るかわからない未来の話されても、ツナ君を困らせるだけじゃん。私のばか〜っ!)

 

 この後の空気をどうしたものか。びくびくしながら彼の顔を改めて見る。すると、彼はさっきと同じ、優しい微笑みを浮かべて私の顔をじっと見つめていた。

 

「つ、ツナ君?」

「——ははっ、いいねそれ。もちろんだよ。絶対に行こう」

「えっ、本当? いいの?」

「もちろん。乙女チックな約束だね。なんか麻耶ちゃんらしい」

「そ、そうかなぁ。あ、あはは〜」

 

 乙女チックなことが私らしいと言われて、顔が赤くなる。ごまかすように笑いながら顔を伏せたけど、彼にはバレてしまっていたかもしれない。

 

 

 

 

 ——その後は何の話をしたんだっけ。

 

「……さん」

 

 確か夕方までケヤキモールで遊んで、告白もできずにさよならして。

 

「……藤さん」

 

 ……そうだった。私は結局、この日は告白できなかったんだっけ。

 

「……佐藤さん?」

 

 でも、それでよかったんだと思う。あの時に告白していても、私はきっと……。

 

「佐藤さんっ!」

「うひゃあ!?」

 

 

 

 

 大声に驚いて目を覚ました私。目の前には、私がいつも使っているデスクがあった。

 

(あれ、私高校の時の夢を見ていたの? それにここは会社? だとすれば……)

 

 恐る恐る後ろを振り返ると、満面の笑みを浮かべた店長が立っていた。

 

「て、店長? こ、こんな夜中にどうされたんですか?」

「夜中? まだ寝ぼけてるのね。もう朝の6時よ」

「へっ?」

「——ほら」

 

 店長が窓の方を指差した。私も視線をそっちに向けると、窓からは、朝の光が差し込んでいた。

 

「あれ、もう朝?」

「そうよ。早めに出社してみれば、あなたがデスクで寝ていたってわけ。まさか、残業してそのまま寝落ちしちゃってたわけ?」

「あ、あはは。そうみたい、ですね」

 

 デスクの上には、昨日書いていたであろうデザイン画が散乱している。完全に寝落ちした証拠だった。

 

「はぁ。全くあなたは。——ぎりぎり、かしらね」

 

 店長は左手の腕時計を確認しながらそう言った。

 

「一度家に帰って、シャワー浴びて身支度を整えてからまた来なさい。いまから帰れば、あなたの家の距離なら始業に間に合うでしょう?」

「そ、そうですね。なんとか」

 

 私の家からこのお店までは電車1本で片道30分くらい。何とか始業時間までには戻ってこれる時間だ。

 

「今日は、あなたが初めてデザインから請け負ったオーダースーツの引き渡しの日でしょ。きちんとした身なりでお客様をお迎えしないと」

「はいっ! すぐに帰ってきます!」

 

 これ以上お説教を受けたくないので、店長にぺこりと頭を下げ、私は急いで荷物を持って店を出た。

 

 電車を待つのも面倒で、お金はかかるけどタクシーを呼んだ。

 

「〜までお願いします」

「はいよ〜」

 

 私の住んでいるアパートに着くまで、今日の予定をスケジュール帳で確認する。

 

(えっと……とりあえず午前中はショップスタッフとして勤務で……午後からは昨日入ったオーダスーツの注文を業者さんに連絡してと。それから……あ)

 

 スケジュール帳の一番下のところで、私の指が止まる。

 そこには「沢田様。オーダースーツ引き渡し」と書かれている。横に添えられたピンクのハートマークで、書いたときの浮かれ具合がよく分かる。 

 

(そっか。今日はついにあの約束の日か。だからあの日の夢を見たのかな)

 

 現在私は20歳。高校を卒業してから、ずっと今のアパレルショップで働いている。そして今から2ヶ月ほど前。私は念願だったオーダメイド品をデザインから任せてもらえることになったのだ。そのお客さんは約束通り、彼だ。

 私から連絡したわけでもないのに、奇跡的にそのタイミングで彼が店に来てくれた。おかげで約束を果たせるのだから、私にしてはめずらしく神様に感謝してる。

 

 アパートに戻った私は、急いでシャワーと身支度を整え、再び勤めているお店へとタクシーで戻った。

 

 再出勤した私は予定通り、午前中はアパレル店員として店頭に立ち、午後からは事務作業に回った。

 

 

 —— 夕方6時 ——

 

 夕方6時。もう店内のお客さんもまばらになってきた頃。店の自動ドアが開き、1人のスーツ姿の男性が入ってきた。黒地にグレーのストライプが縦に入ったスーツを着て、上から黒のマントを羽織っている英国紳士のような人だ。

 

 その人は店内を進み、オーダメイドスーツの窓口へとやってきた。窓口に立っていた私にの前に立ち、にっこりと微笑みかける。

 

「——ツ」

「こんばんは、オーダスーツを予約していた沢田です」

「あ……」

 

 思わず彼の名前で呼びかけそうになったけれど、その前に彼から口を開いた。

 

 普通にお客様としての対応をされたので、私も同じように営業スマイルを浮かべて応対をすることにした。……正直、ちょっと寂しいと思ってしまった。

 

「……はい、沢田様。お待ちしておりました。今ご準備しますので、少々お待ちください」

 

 頭を下げて、予約品をバックヤードから持ち出し窓口へと運ぶ。

 

「こちらになります。お受け取りください」

「ありがとうございます」

「——あの」

「では、失礼しますね」

「あ……はい。ありがとうございました」

 

 引き渡しも終わったし、少しくらい話してもいいかなと思ったけれど、彼はスーツを受けとるとすぐに退店していった。

 

(……ツナ君、もう一つの約束は忘れちゃったのかな)

 

 またも悲しい気持ちになってしまったが、もうお互いに社会人だし、彼も忙しいのだろうと自分を諦めさせる。それに、まだ私も就業中だ。仕事に集中しないと。

 

 気をとりなして事務作業に戻る。こうやってすぐに切りかえられるのも、自分が大人になった証拠なのかな。

 

 

 —— 終業後 ——

 

 

 終業後、終わりきらなかった事務作業をこなしていると、店長から話しかけられた。

 

「佐藤さん。今日はちゃんと帰宅するのよ。明日も仕事なんだからね」

「はい。もうすぐで事務作業が片付くので、そしたら帰ります」

「よろしい。あ、それと」

「はい?」

「お誕生日おめでとう」

「っ、ありがとうございます」

 

 私の返事にうなづくと、店長は店長室へと戻っていく。

 

「佐藤さん、お疲れ様」

「あ、お疲れ様です」

「佐藤先輩、お疲れ様でした」

「うん。お疲れ〜」

 

 先輩や後輩が全員退店して行った後、私の仕事もやっと終わった。

 

「よし、帰ろうかな」

 

デスクを片づけ、更衣室へと向かう。自分のロッカーを開いて荷物を取ろうとした時、目の隅に紙袋が目に入った。

 

「……」

 

 私はその荷物を取り出し、中を開いてみた。中には薄紫色のドレスが入っている。

 

「……はぁ、結局着る機会はなかったか」

 

 このドレスは、彼のスーツと一緒にデザインしたものだ。隣り合った時に見栄えがいいようにデザインしたつもりだったんだけど、これを着ることは、もうないかもしれない。友人の結婚式に着ていけるようなものでもないし、このドレスが似合うパーティに参加することもないしね。

 

 とりあえず、職場においては置けないし家には持って帰るかと紙袋を閉じる。そして、ロッカーから荷物とコートを取ってロッカーを閉める。そのまま更衣室を出て行こうと歩き始めたのだけど、ドアノブに手をかけた瞬間に気が変わった。

 

「……一度くらい着てあげないと、この子も浮かばれないか。……それに今日は」

 

 ちらりと壁かけのカレンダーを見やる。

 

 今日は2/28。私の誕生日だ。

 

 

 

 外に出ると、2月の寒気が体に突き刺さる。今はドレスしか着ていないし、余計に寒い。

 

「寒っ、やっぱりコート着よう」

 

 ドレスには合わないと思って、持っていたコートは着ていなかった。でもさすがに耐えられそうにない。

 

 腕に掛けていたコートを引っ張ろうとすると、後ろの方からコツコツと足音が近づいていることに気づいた。まだ店の玄関のすぐそばにいたので、歩行者の邪魔にはならないだろうと視線を向けることはしなかった。しかし、私がコートを広げようとしたタイミングで足音が止まる。足音はちょうど自分の目の前を通り過ぎようとしていたところだったから、思わず動きを止める。

 

 視界を遮っていた広げかけのコートを再びたたみ、私の視界が開ける。すると、目の前に1人の男性が立っていた。

 

「……え?」

 

 男性はダークグレーのスーツに、黒のベスト、黒のマントを羽織っている。先ほど彼に渡したものと全く同じ組み合わせだ。

 

「ど、どうして?」

「お仕事お疲れ様、迎えに来たよ」

「えっ、約束覚えててくれたの?」

「もちろんだよ。——それと」

「?」

「誕生日おめでとう、麻耶ちゃん」

 

 

 ——目の前の男性は、にっこりと微笑んだ。

 




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