ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ   作:コーラを愛する弁当屋さん

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堀北鈴音『永遠の愛』

 

12/24 鈴音side

 

 

 最近、頻繁に夢を見る。

 いつも同じ夢だ。

 

 夢の中で私は、金髪の男性と会話している。会話の内容はよく分からない。むしろ知らない女性の視点を私が見ている、と表現した方が適切な気がする。男性が話す内容は聞こえないし、私の口から放たれる言葉も自分の発したものとはとても思えないものだからだ。

 

 なにせ、気恥ずかしい文言ばかりなのだ。

 

『この気持ちが届かないことは理解しております。でも、それで消えるほど私の愛は軽くありません!』

 

 ——とか。

 

『貴方に対するこの愛は……何百年、何千年の時を経ても消えることはありません!』

 

 ——だの。

 

『悠久の時を経て、私はまた貴方に会える。また貴方を愛せる。そう確信しています』

 

 ——だの。

 

 この言葉の後、女性は金髪の男性に手を掴まれて何かを渡されるのだけど、毎回その瞬間に目が覚めるので、何を渡されたのかは分からなかった。

 

 そもそも何度も同じ夢を見て、同じタイミングで目が覚めるなんておかしいことだ。一体私はどうしてしまったのだろう。何かの病気にでもなってしまったのだろうか。

 

「……はぁ。考えても分かりそうもないわね」

 

 ここ最近、1日に1回はこのことについて悩むけれど、答えなど出るはずもなかった。

 

 頭を切り替えようと、自室の勉強机に設置されたデジタル時計に目をやる。

 

 

 【12/24 PM18:50】

 

 今日はクリスマスイヴ。綱吉君と出かける日でもある。

 私は彼が来るのを待っているところだった。

 

 本当はケヤキモールで待ち合わせする予定だったのだけれど、夜は寒いから迎えに行くという彼の気遣いにより自宅集合になった。

 

「……はぁ。本当に渡せるのかしら」

 

 思わずため息が溢れる。 

 

 私の前には、件の指輪が置かれている。

 手に取ってぼんやりと指輪を眺めてみると、頭の中に指輪と共に伝承された詩が流れた。

 

『この宝石箱を開きし者よ。形有る物は自らに。片割れの形無き物は汝が最も敬愛し、寄り添い、そばにいたいと思う者へ手渡せ。さすればそこに、永遠の愛が蘇るだろう』

 

「永遠の愛、か」

 

 永遠の愛とは、一体何なのかしら。

 

 そもそも、愛って概念すらよく分かっていないのだ。永遠の愛と言われてもピンとくるわけがない。

 

「愛……恋とは違うのよね」

 

 恋なら私にも理解で……きないわね。うん。

 

「か、彼への気持ちは恋とは違う。そう、違うのよ」

 

 ——ピンポーン。

 

「あ、来たみたいね」

 

 無意味に1人で言い訳を口にしていると、インターホンのベルが鳴った。

 急いで玄関に向かい、ドアを開ける。

 

 ドアの向こうにいたのは、やはり彼だった。

 

「こんばんは、鈴音さん。迎えに来たよ」

「こんばんは綱吉君。迎えに来てくれてありがとう。すぐに準備するわ」

 

 とりあえず玄関に入ってもらい、一度リビングに戻って私は準備を整える。コートのポケットにアレを忍ばせるのも忘れずに。

 

「お待たせ、行きましょうか」

「うん、行こう」

 

 彼と共に自宅を出て、エレベーターに乗ってエントランスに降りる。エントランスに降りると、これから出かけるのであろう男女達でごった返していた。

 

「す、すごい混雑ね」

「クリスマスイブだもんね」

「こんなに人が多いと、ケヤキモールも人でいっぱいなんじゃないかしら」

「だろうね〜。ディナーに入れる店もほとんどないかも」

 

 今日は、2人でディナーを楽しむ予定だった。本当は1日出かけられるのだけれど、私の精神が持たなそうなので夜だけにしてしまった。

 

「そうよね……どうする? 食材買って、私の家で何か作りましょうか?」

 

 口にした後で思ったけど、思いっきり恋人同士みたいな会話をしてしまった。恥ずかしい。

 そんな私の心情など彼はつゆしらず、平然と首を横に振る。

 

「大丈夫だよ。店は予約してあるから」

「えっ、そうだったの?」

「今夜出かけることが決まった時にね」

「でも、それも3日前くらいでしょう? よく予約が空いていたわね」

「そこはほら、ちょっとだけ副会長パワーを使ったみたいな?」

 

 そう言って、彼はいたずらっ子のように笑う。

 この人は本当に、普段と本気の時の雰囲気にギャップがありすぎる。

 

「……あなたが権力を自分の為に行使するなんてね」

「こんな時だけだし、許してほしいな」

「こんな時とは?」

「大事な人を喜ばせたい時」

「っ。……全くもう」

 

 からかおうと思ったのに、逆にからかわれた気分だ。

 いや、彼は至って真面目に言っているのだろうけど。

 

「幻滅した?」

「はぁ。そんなわけないでしょう」

「それならよかった」

 

 顔が赤くなってるのがばれないように、そっぽを向きながら、私は彼に続いてエントランスを出た。

 

 

 

 

 

 —— ケヤキモール ——

 

 

 ケヤキモールに入ると、綱吉君はまっすぐ目的地に向かって歩き始めた。少し歩くと、目的地にたどり着いたようで彼は足を止める。

 

「ついたよ、鈴音さん」

「えっ、ここなの?」

 

 私達の目の前には、ケヤキモール内で一番高級なお店が見えている。

 

「ここ、高級店よ。上級生の上のクラスが来るような」

「ポイントの心配はないよ。余裕はあるから」

「でも、こんな高級店じゃなくても」

「せっかくクリスマスイヴなんだし。今日くらい贅沢しようよ」

「……そうね。じゃあ遠慮なく」

 

 彼は頷くと店内に入っていく。

 私も後に続いた。

 

 

「わぁ……さすが高級店ね」

 

 入店した私達を出迎えたのは、普段行くようなレストランとは比べようもない、豪華な内装と雰囲気。

 

「いらっしゃいませ」

「予約した沢田です」

「沢田様ですね。お待ちしておりました、お席へご案内いたします」

 

 ギャルソンに案内され、私達は店の2階へと案内される。2階席は1階席よりも広く、私達はその中央よりの席へ案内された。

 

「こちらにお掛けくださいませ」

「ありがとうございます」

 

 言われるままに席に着くと、ギャルソンは手にしていたボードを確認し始めた。

 

「沢田様、今夜はAコースをご希望でお間違い無かったでしょうか」

「はい。それでお願いします」

 

 どうやらコース料理を予約してくれていたらしい。

 

「かしこまりました。では、先にお飲み物をお運びしますね」

「ありがとうございます」

(……綱吉君、なんだか小慣れてるわね)

 

 普段からこういう格式高いお店に来たりしているのだろうか。

 

 なんて思っていたけれど、ギャルソンがいなくなった途端に彼は大きなため息を吐いた。

 

「はぁ〜〜」

「どうかしたの?」

「いやぁ、こういうお店くるの初めてでさ。ちょっと緊張してたもので」

「そうだったの? 小慣れてるように見えたから、こういうお店にはよく来ているのかと思ったわ」

 

 私の言葉に、彼はぶんぶんと首を振る。

 

「まさか。初めてだよ。でもさ、女の子連れていくのにオロオロなんてしてたら、男として情けない気がして、外面だけでも堂々としていようと思ってたんだ。要はかっこつけだね」

「……ふふっ」

「え、どうかした?」

 

 思わず笑ってしまい、彼は首を傾げて私を見る。

 

「ふふ、ごめんなさい。せっかくかっこつけてたのに、それを自分から話しちゃうんだなって思って」

「あ」

 

 自分で自分の努力を無に返したと分かり、彼はポカンとした表情になる。

 

「ふふふ」

「あ、あはは。これじゃあかっこつかいないね」

 

 顔を赤らめて頭を掻く綱吉君。なんだかとても彼らしいミスだ。

 

「——いいえ。とても素敵だったわよ」

「え?」

 

 え?

 

「あの男達から助け出してくれた時のあなたは、とても素敵だったわ」

「っ、そ、そう? ありがとう」

 

 照れ臭いのだろう、彼は顔を赤くして視線をキョロキョロとさせている。……って、そんなことより! 私はなにを恥ずかしいことを平然と口にしているの?

 

 完全に無意識だった。完全に無意識に口が動き、無意識に言葉を紡いでいた。でなければ、あんな言葉を私が平然と口にできるはずがないもの。

 

「……」

「……」

 

 お互いに違う理由で顔を赤くする私達。周囲には沈黙が渦巻いている。この空気をどうしたものかと思っていると、タイミング良く飲み物が運ばれてきた。

 

 

「お待たせいたしました。お飲み物です」

「あ、ありがとうございます!」

「い、いただきましょうか」

「そ、そうだね」

 

 ぎこちない会話をし、私はテーブル上のグラスを手に取った。

 

 

 

 

「おいしかったね」

「そうね。ご馳走様」

「いいのいいの」

 

 食事を終えた私達は店から出て、ケヤキモール内を歩いていた。美味しい料理のおかげで、2人の空気は入店直後と同じような状態に持ち直したのは幸いね。

 

「……」

「……ん?」

「? どうかしたの?」

 

 突然彼が足を止めたのでどうしたのかと聞くと、彼はケヤキモールの一角を指差した。そこは普段なら何もない場所だ。そこに大きな看板と、小さめのステージが設置されている。

 

「特設ステージでクリスマスの特別演劇やってるみたいだよ」

「演劇?」

「何の劇だろうね」

 

 近づいて看板を見てみると、どうやら有志の学生によるオリジナルの劇らしい。

 

「25分くらいの劇みたいだけど……見ていく?」

「そうね……まだそんな遅くないし、見ていきましょうか」

 

 私達は劇を足を進め、観覧席へと移動した。

 

 劇の内容は、簡単に言うとラブストーリーだ。織姫と彦星の話を、七夕じゃなくてクリスマスに会えるように変更した感じ。元の話を知っていたけれど、役者の演技が上手いからなのか結構見入ってしまった。

 

 しかし、私はこの劇を見たことを後悔した。なぜって、この劇のラストで彦星は織姫と婚約することになるのだけど……その時、なんと織姫から彦星に婚約指輪をプレゼントするのだ。しかも舞台設定もクリスマスイヴだった。

 

 ……最悪だわ。私、これから彼に指輪を渡さないといけないのよ? このあと指輪なんて渡したら、絶対そういう意味に取られてしまうじゃない。

 

「……」

「おーい鈴音さん? もう劇終わったよ」

「えっ? あ、そうね……」

 

 この後のことを考えて呆然としていたらしい。彼に声をかけられて、私の意識は現実に戻ってきた。もう私達以外に客はおらず、私達も急いで観覧席から離れた。

 

 再び2人で、ケヤキモールを歩く。この後はもうマンションに帰るだけなので、それまでに指輪を渡さないといけない。

 

 どう切り出せば重い意味に取られないかしら。その可能性を探るため、私は劇の話題を振ってみることにした。

 

「なかなか面白い劇だったわね」

「うん、そうだね。あの最後に指輪を渡すシーン、あれは感動したなぁ」

「……」

 

墓穴を掘ってしまった。あのシーンが一番彼の心に残っているのなら、私はこの後どんな顔をして指輪を渡せばいいのか。

 

「そ、そうね。尊い行動だものね」

「うんうん。それに装飾品を贈ることって、愛する人に贈る決意表明みたいなのものだよね」

「け、決意表明……」

 

 彼の中で指輪を贈るという行為はそれほどの意味を持つものなのか。それに、愛というものに対して、彼は自分なりの答えを持っているみたいだ。

 

(……愛、って何なのかしら)

 

 指輪を渡せない焦りの中に、愛というものを知りたいという気持ちが混ざっていく。

 

「……あの、決意表明ってどういうこと?」

「自分が愛していることを、相手に宣言するってこと」

「プロポーズってこと?」

 

 指輪を渡して愛していることを宣言するというのは、プロポーズしかないだろう。しかし、彼は首を横に振った。

 

「それに限らずだよ」

「え? 指輪を渡して愛していることを宣言するなんて、それ以外にある?」

「あるよ。恋愛的なもの以外にも、愛っていろいろあるじゃない」

「いろいろって……」

 

 指輪を渡す方法はまだ思いついていない。けれど、私は彼の「愛」に対する考えを聞いてみたいと思った。そして、その思いは勝手に口から飛び出ていく。

 

「ねぇ。綱吉君にとっての愛って何なの?」

「え?」

「いきなりごめんなさい。でも、あなたの考える愛という言葉の意味が聞いてみたいと思って」

「……」

 

不思議そうな顔をしていた彼だったが、私の真剣さが伝わったのか、にっこりと微笑んで頷いた。

 

「そっか。じゃあ立ち話もなんだし、ちょっとそこに座ろうか」

 

 彼が指差した先にある、テラスのようなテーブルと椅子の置かれた休憩スペースへと私達は向かった。

 

「さてと。俺の考える愛ってもの、を聞きたいんだよね」

「ええ」

「俺は、人間の愛ってものには2つの段階があると思うんだ」

「段階?」

「そう。一段階目に当たるのは、まずいわゆる恋愛的な愛。誰か、もしくは何かを好きっていう感情がどんどん強くなって、好きという言葉では言い表せなくなった時、愛になると俺は思う」

 

 私なら気恥ずかしくて口にできないような言葉を、彼はすらすらと並べていく。それは、彼が私の質問に対して真剣に答えてくれているという表れだろう。

 

「一段階目は、カップルから人生のパートナーに至る前段階ってことね」

「うん。でもそれだけじゃないよ」

「どういうこと?」

「恋愛的な意味以外に、子供の時に家族や友達のことを大切に思う気持ちも、一段階目の愛に当たると思う。いわゆる家族愛や友愛だね」

 

 なるほど。彼は友情や仲間意識も、広義的には愛だと捉えているわけだ。

 

「つまり一段階目は、人間が自然と持つようになっている愛って言えばいいかな」

「なるほどね。……なら、二段階目は?」

「二段階目は、人間として成長した時に手に入れるものだよ。いわゆる、見返りを求めない愛」

 

 人間としての成長。そして見返りを求めない。

 一体どういうことなのだろうか。

 

「どういうこと?」

「例えば結婚する時。結婚ってお互いに愛し合っている人が、いついかなるときでもお互いを愛し合い助け合う、って誓い合うことでしょ?」

「まぁ、そうね」

 

 結婚式での誓いの言葉は、そのような文言だったような気がする。

 

「それって、ただただ相手の幸せを思う気持ちがないとできないことだって思うんだ。例え自分が辛い思いをしても、自分じゃない誰かに幸せになってほしいって考えられるようになることは、人間として確実に成長してるって思わない?」

「確かに……そう考えられるわね」

 

 自分じゃない他人をそこまで思うのは、確かに人間として成長しないとできないだろう。

 

「これは家族愛にも言えるよね。人って親になると、母性や父性が芽生えるっていうでしょ?」

「ええ」

「これはまだ想像だけど、自分が親になって子供を愛しいと思う気持ちを覚える。自分を犠牲にしても子供を守りたいと思う様になる。そして必然的に、自分が親から受けていた親の愛情を、改めてちゃんと理解するんじゃないかな。これも子供から大人に成長するってことだ」

「友愛も同じ?」

「うん。関係が深まった友達や仲間に対して、たとえ自分を犠牲にしてでもを守りたい。何が何でも幸せになってほしい。こうなると親愛かな。そう思えるようになったら、それは確実に人間として成長している証拠だと思う。——ね? 人間の愛ってものはいろんな形があるんだよ」

「……」

 

 彼の考え方は分かった。そして理解した。彼の果てしない優しさは、彼の持つ広い意味での愛によるものだったのだ。

 

 でもそんな考え方は、彼の懐がとてつもなく広く、そしてとてつもなく深いからできることのような気もする。少なくとも、これまでの私なら考えもしなかった事だった。

 

「その考え方だとあなたは、例え敵対していた人でも、いつかは愛する対象に含まれてもおかしくないわね」

「ははは、そうだね。もちろんそういうこともあるよ。よく考えると、俺は愛する人がたくさんいるんだな」

 

 嬉しそうに笑う彼に、私は新たな質問を投げかけることにした。

 

「ねぇ。指輪を送って愛を宣言するのはプロポーズだけにかぎらないって言ってたけど、あなたのいう恋愛的な意味以外での愛も、指輪を送って宣言するものなの?」

「うん。別に指輪だけじゃないよ。他の装飾品を送ることも、愛を相手に宣言するのに不足はない。相手が身につけられるものを贈るってことが重要だと思うんだ。プロポーズだって婚約指輪が一般的なだけで、決まりではないしね」

「……なるほど。指輪や装飾品は、愛を伝える方法の1つに過ぎないってことなのね。一番大事にすべきは、誓った相手にその証を身につけてもらうことだと」

「そう! そう俺は思ってる」

 

 伝わったことが嬉しいのか、彼はニコニコと頷いた。

 

「伝え方だっていろいろあるしね。直接的じゃなくても、裏から大切な人を守ろうとするのだって愛情表現。愛した人の愛したものを守ろうとすることも、愛情表現。良い悪いを別にすれば、愛の伝え方は無数にあるんだ」

「……あなたがクラスを守ってくれるのも、あなたなりの愛情表現?」

「はっきりとそう言うのは恥ずかしいけど、そうだね」

 

 少し顔を赤らめる彼。

 その様子を見て、私はとても愛おしいと思った。愛についてよく分かっていないにはずなのに、本能的に今感じている感情は「愛おしい」なのだと感じた。

 

 これが私の愛なのだろうか。だとすれば、彼が言うところのどの愛に当たるのだろうか。

 

 ——1人の女の抱いた恋愛的な愛?

 ——それともパートナーに対する親愛?

 ——あるいはその両方?

 

 分からない。もし恋愛的な意味での愛ならば、一方通行で叶わなかった時のことを思うととても怖い。

 

 

 そもそも、私は彼のことをどう思っているの?

 

 自分の心の中にそう聞いてみると、帰ってくる言葉は一つしかなかった。

 

(……好き)

 

 本当はわかっていた。彼に抱いていた感情が何なのかは、ずっと前から分かっていた。

 でも私はそれを認めず、何か別の感情だと思い込むようにしてきた。

 

 ある時は彼に対する信頼。

 ある時は彼のパートナーであることの誇り、自尊心。

 

 しかし、それも長くは続かなかった。2学期以降、私は彼に対する感情が行動に出てしまっていたと思う。あの事件の後、被害者全員と彼が出かけるように働きかけたのもその一端だ。

 

 彼の隣を誰にも譲りたくない。なのに、いざ自分にチャンスが巡ってくると一歩踏み出せない。

 

 歯痒かった。私はまだ弱い人間なのだろうか。彼と出会って少しは強くなれたと思っていたのに、幻想だったのか。私には何が足りていないのだろうか。

 まだ私は「恋」をしているだけで、「愛」する段階には至っていないのだろうか。

 

 その時、頭の中に女性が夢でしていた、あの発言が浮かび上がる。

 

『この気持ちが届かないことは理解しております。でも、それで消えるほど私の愛は軽くありません!』

 

『貴方に対するこの愛は……何百年、何千年の時を経ても消えることはありません!』

 

 気持ちが届かないってことは、きっとあの女性の愛は一方通行で、相手には届かなかったのだろう。

 

 それでも女性の愛は消えることはなかった。しかも、自分の持った愛は何千年と経とうと変わることはないと確信さえしている。届かないと分かっている愛を持ち続けるなんて、辛くないのだろうか。

 

 ……あっ。もしかしたら、女性の愛は彼の言うところの二段階目の愛に到達していたのかもしれない。たとえ気持ちが届かなくても、相手が幸せになってくれればいい。そういう愛に。

 

 恋愛的な意味での愛でそう思えるなんて、女性はとても強い人だったのかしら。

 私はまだ、そんなことは出来そうもない。この気持ちが届かない事を考えると、とても悲しい気分になる。

 

 この気持ちはまだ「恋」で、「愛」には至っていないのかもしれない。

 でも、彼に対するパートナーとしての「親愛」なら私は持っていると確信できる。彼のそばで、彼の助けになりたいと思ったこの気持ちは本物だから。

 

 この歪な形が、今の私が持っている私なりの愛なのだ。

 だから、そのまま伝えよう。

 

 どう捉えるかは彼に任せる。私はただ、この愛を彼に宣言するだけだ。

 歪な愛を乗せて、歪な2つの指輪が重なって生まれた指輪と一緒に。

 

 問題は、どうやって切り出すかだけど——。

 

 その時、私の視界に何か小さい紙袋が滑り込んできた。

 

「——はい」

「え?」

 

 驚いて顔を上げると、綱吉君が紙袋をテーブル上で差し出していた。

 

「え、これは?」

「クリスマスプレゼント。受け取って欲しいな」

「!」

 

 綱吉君は、テーブルの中央からさらに私の方へと紙袋を手を添えて滑らせた。

 

「……私に? いいの?」

「もちろん。その為に持ってきたんだから」

「あ、ありがとう」

「どういたしまして。ほら、開けてみてよ」

 

 テーブルの上の紙袋を掴み、優しくクチを開いてみる。中には白いマフラーが入っていた。

 

「ありがとう綱吉君。大切に使うわね」

「うん」

「あ、実は私からもあるの」

 

 私は肩からかけていた小さめのポーチから、リボンで口を結んだラッピング袋を取り出した。中には2つの小さい布製品が入れてある。

 

「わぁ、ありがとう。これリストバンド?」

「ええ。綱吉君、トレーニングしてるし、使ってもらえそうだと思って」

「たくさん使うよ! ありがとうね」

「そう、よかったわ」

 

 ニコニコと私が手作りしたリストバンドを眺める綱吉君。このリストバンドは、指輪だけ渡すのもあれなので急いで作ったものだった。喜んでもらえて何よりだ。

 

「……それと、これも受け取ってほしいの」

 

 私はコートのポケットから、あの指輪を取り出して彼に見せる。

 

「指輪? 俺に?」

「ええ。プレゼント用に買ったものでもないし、古くて錆びているけど……あなたに持っていてほしいの。受け取ってもらえないかしら」

「……」

 

 数秒私の顔を見つめていた彼だったが、やがて頷いてくれた。

 

「わかった、受け取るよ」

「ありがとう」

「せっかくだし一度付けてみようかな」

「なら、私に付けさせて」

「え、うん」

 

 そう言い、彼は右手を差し出してきたので、すぐに私は首を横に振った。

 

「右手じゃないわ。左手よ」

「へ?」

「ほら、貸して」

 

 私は少し体を起こし、膝上にあった彼の左手を引っ張りだした。

 

「えっ、ちょ」

「通すわね」

 

 私は彼の返事を待たずに、彼の左手の薬指に指輪を嵌めた。私が手を離すと、彼は指輪の嵌った左手を顔の前に持っていって沈黙した。

 

「……」

「……」

 

 彼の顔が、少しづつ赤らんでいく。私の行動の意味を心の中で思案しているのだろう。

 

「……」

「……あの」

「……何?」

「この指輪は……どっちの意味で?」

 

 どっちの意味で。

 恋愛的な愛の宣言なのか、親愛の宣言なのかということかしら。

 

 残念ながらその質問に対する答えなんて、私はまだ持っていない。

 

「……さぁ?」

「え?」

「わ、私にも分からないわ」

「え? 分からないって何?」

「……帰りましょうか」

「えっ、ちょ?」

 

 椅子から立ち上がり、私はそさくさと歩き出す。

 彼は慌てて後ろから追いかけてきた。

 

「ねぇ、鈴音さんって!」

「聞かないで。分からないものは、分からないわ」

「えぇ!?」

 

 早歩きでマンションへと歩く。

 途中で彼に並ばれるが、私は顔を彼とは反対方向に向けた。

 

 その時、私の顔が真っ赤に染まっていたのは、彼にはバレていないはず……よね。

 

 




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