ようこそボンゴレⅩ世。実力至上主義の教室へ 作:コーラを愛する弁当屋さん
12/25
—— 軽井沢side ——
「うっ! さっむ〜いっ!」
カーテンを開いてベランダに繋がるドアを開くと、冷たい風が部屋の中に吹き付ける。
思わず目を瞑ったけど、寒さに少し慣れたところで目を開く。すると、外の世界は白く埋め尽くされていた。
昨日の晩——つまりクリスマスイヴの深夜から降り始めた雪は、今はもう止んでいる。
「……ホワイトクリスマスね」
私はボソッと独り言ち、すぐにドアを閉めた。
今ので部屋が冷えてしまったので、暖房を強めて部屋を暖める。
しばらくして温度が上がると、私はクローゼットを開き、今日の様な日の為に準備していた新しい服を引っ張り出す。
現在時刻は11時15分。もうすぐ待ち合わせの時間だ、遅れない様にしないとね。
着替えのために、私は着ていたパジャマを脱ぎ捨てる。そして下着姿のまま、引っ張り出した新しい服を手に部屋に設置された姿見の前に向かった。洋服屋でやるかのように、持っている服を自分にあてがっていると、自分のお腹の傷が目に入った。
「……」
中学の時につけられた傷。いわば、私を寄生虫に変えてしまった元凶。そしてその証。中学ではもちろん、この高校に入った当初も、嫌で嫌で目に入るたびに落ち込んでいたものだ。でも、二学期に入ってから前ほどは気になっていない。
これは間違いなく、夏休みにツっ君が言ってくれたあの言葉のおかげだ。
『ねぇ、高校を卒業したらさ』
『え?』
『俺の知り合いの、医療関係者を紹介するよ』
『医療関係者? なんで?』
『そのお腹の傷跡。綺麗に消してくれると思うんだ』
『……え?』
『もし、傷跡が消えたらさ。軽井沢さんも好きな水着を着てプールに行けるよね。あ、海にだって行けるよ』
『! ……沢田君、ありがとう』
あの日から、私はお腹の傷に絶望以外を感じれる様になった。まだ嫌な気持ちにはなるけど、いつかなくなるかもという希望もある。自分のことも寄生虫だなんて卑下することもなくなった。
「ふふっ」
何か、この傷がツっ君と自分を繋げてくれたと考えると、思わず笑いが漏れた。
「さて、そろそろ準備しますか」
施設を姿見に戻し、私は持っている服に着替え始めた。
着替えてそのまま、ヘアスタイルの最終チェックを済ませる。
「……よしっ!」
デートの準備が整った私は、待ち合わせ場所に向かうべく自分の部屋を出た。
「あ、ツっ君!」
「おはよう軽井沢さん」
「お、おはよ〜」
待ち合わせ場所であるケヤキモールに着くと、すでにツっ君が待っていた。
「早いね。待たせちゃった?」
「ううん。俺もさっき来たところ」
「そっか。——えへへっ♪」
「? どうかした?」
「んーん。なんでもない。ほら、早く行こう」
カップルっぽいテンプレの会話を自然としてしまい、私は嬉しくて思わず笑ってしまった。
なんか、今日は最高の1日になる気がする!
「映画、何時からだっけ?」
「12時だよ」
「じゃあ余裕はあるね。席は予約してるし」
「うん、ゆっくり行こう」
映画館を目指し、2人でケヤキモールを歩く。クリスマス当日ということもあり、周囲はカップルだらけだ。
はたから見たら、私達もそのうちの1組に見えるのかと思うと、なんか優越感を感じてしまう。
……実際は違うから、後から虚しくなるんだけどね?
まぁそれでも、今日1日ツっ君は私1人と過ごしてくれるんだから、幸せなことに間違いはない。
ああ、できれば一週間くらいこのままでいたい——。
「御機嫌よう沢田君」
「えっ」
「え?」
自分の世界で幸せを噛み締めていると、映画館を目前にして、一人の女子に声をかけられた。 その子は杖をつきながらゆっくりと歩みをこちらへと近づけてくる。……1年Aクラスの坂柳有栖さんだ。
「坂柳さん。……こんにちは。あ、いや、メリークリスマス」
「フフっ、メリークリスマス」
「……」
わざわざメリークリスマスと言い直した!?
私はまだ言われてないんですけど!?
こんなことで嫉妬してしまうなんて、私が今日という日をどれほど楽しみにしていたのかがよくわかるわね。
……というか、坂柳さんとツっ君って仲が良かったっけ?
そんな話は聞いた事なかったと思うんだけどな。
だけど、仲がいいわけではないということは、この後の2人の会話を聞けばすぐにわかった。
「誰かと待ち合わせ?」
そうか、普段坂柳さんの周囲には取り巻きがいるのに、見当たらない。
「真澄さんと遊びに来たのですが、まだ落ち合う前でして」
「そうなんだ」
真澄って、確か坂柳さんの取り巻きの筆頭よね。普通に遊んだりする仲なんだ。
「あ、そういえば、この前は大変でしたね」
「この前?」
「ほら、ドラゴンボーイさんのことですよ」
ど、ドラゴンボーイって。本人が聞いたらマジギレしそうね。
「10人ほど被害者がいたらしいですけど、軽井沢さんもその1人なんですか?」
「え? う、うん」
急に視線をうけて、思わずたじろいでしまった。
「今日こうしてお出かけしているところを見るに、幸い被害はなかったみたいですね。ふふ、沢田君なら当然ですけれど」
……当然?
坂柳さんは、ツっ君の実力を知っているってこと?
「当然って、どうしてそう思うの?」
「沢田君とドラゴンボーイさんとでは、人間としての格が違いますからね」
「格……」
どうやら、坂柳さんはかなりツっ君のことを買っているらしい。
「沢田君もそう思いますよね」
「……そんなことないよ」
「あらご謙遜を。この前も体を張って、私をドラゴンボーイさんから守ってくれたじゃありませんか」
「それは人として当然だから」
ニコニコとツっ君を見上げる坂柳さん。彼女もツっ君に助けられた事があるらしい。ツっ君のことだから、私の知らないところで沢山の子を助けていそうよね。
なんて呑気に考えていると、坂柳さんの話は予想外の方に変わって行った。
「いいんです。あなたが私を守ってくれた、その事実があれば十分です。それだけで私の予想は確信へと至ります」
「確信? 何の?」
「あなたは、必ず私の手を取ると」
「!」
て、手を取るってどういうこと?
「……どうしても、俺を引き入れたいわけか」
「えっ!」
「はい。必ず手に入れます」
ひ、引き入れたいって何? Aクラスにツっ君を引き抜きたいってこと?
ってかそんなことできるの?
困惑していると、坂柳さんがちらりと横目で私を見た。
「……少なくとも、そこの軽井沢さんよりは、あなたに有益をもたらしますよ」
「っ!」
「……変なこと言わないでくれないかな。軽井沢さん、気にしなくていいよ」
ツっ君は私を守る様に一歩前に出て、優しい言葉をかけてくれた。
その途端、坂柳さんの表情から一瞬だけ笑顔が消える。
「……彼女に搾取されることを見逃すのですか?」
「もうやめてくれ。それに搾取なんてされてない。……俺達もう行くから」
ツっ君が歩き出そうとしたその瞬間、坂柳さんが杖を彼の前に突き出した。
「あら、もうですか? もう少しお話ししましょうよ」
「——ごめん、お待たせ坂柳」
「!」
坂柳さんが引き止めようとしたその時、後ろから誰かの声が聞こえてきた。
——その声の主は神室真澄だった。
「あら、真澄さん。バッドタイミングですね」
「え? なんかごめん?」
「いや、グッドタイミングだよ神室さん。ちょうど俺達はもう移動するところだったから。これで坂柳さんが1人になることもない」
「え、あ、そう」
「フフフ」
「……」
彼からすれば少し嫌味を込めての言葉なんだろうけど、優しさが隠しきれてない。
「じゃあ、俺達はこれで。行こう軽井沢さん」
「え、うん」
ツっ君に先導され、私達は杖を避けて坂柳さん達の返事も聞かず再び歩き始めた。
少し重くなった気のする空気を引きづり、ケヤキモールをどんどん進んでいく。
……なんか、ツっ君の坂柳さんに対する反応に違和感があった。
邪険にはしたくないけど、あんまり踏み込みたくないみたいな?
歩きながら、私は気になったことを彼に聞いてみることにした。
「ねぇツっ君」
「ん?」
「ツっ君は、坂柳さんが嫌いだったりする?」
「いや、別に嫌いじゃないよ。ただ……接し方が俺の中で定まっていないっていうかね」
「……ふ〜ん」
「どうしてそう思ったの?」
「なんか、普段のツっ君の接し方とは違ったからさ」
「はは、そっか」
しまったな〜とでも思っているのだろうか。ツっ君は頭をポリポリと掻いている。
これ以上は聞きにくいから、私はこの話は終わりにすることにした。特に会話することもなく、目的地である映画館へと進んでいく。
「……」
「……」
無言でいると、坂柳さんの言葉が頭に浮かび上がる。
『あなたは、必ず私の手を取ると』
『はい。必ず手に入れます』
なんというか、全く澱みのないまっすぐな好意の表し方だと思った。自信を持って、そしてあえてツっ君に宣言している様な……なんというか、あの華奢な体からは想像もつかない力強さ彼女の口調から感じた。Aクラスの女王と呼ばれるのも頷ける。
どうしてあんなにストレートに自分の好意をアピールできるんだろ。
なんで私は不安、というか焦りを感じているんだろ。
自分の内面を意識してみたら、不安や焦りといった感情でいっぱいになっている気がした。
(私、坂柳さんを見て不安になってんの? なんで?)
それはきっと、彼女のあの言葉のせいだ。
『……少なくとも、そこの軽井沢さんよりは、あなたに有益をもたらしますよ』
『……彼女に搾取されることを見逃すのですか?』
あの言葉はきっと、坂柳さんにとっても私という人間の本質を突いた発言だったのだろう。
きっと彼女にも認識されてしまったんだ。私はきせ——。
「——着いたね、軽井沢さん」
「えっ? あ、うん」
いつのまにか映画館に到着していた。自分の世界に入っていたせいか、あっと言う間にだった。
「時間はまだ余裕だね。入ろうか」
「そうね」
そう言って中に入ろうとすると、再びツっ君に話しかける人達が現れた。
「あれ、沢田じゃないか?」
「あ、南雲先輩、皆さんも……あ、帆波ちゃんもいたんだ」
「!」
声をかけてきたのは、生徒会長の南雲先輩だった。そしてツっ君以外の他の生徒会メンバーも勢揃いしているらしい。その中にはもちろん、一之瀬さんの姿もある。
「あはは、こんにちは綱吉君、軽井沢さん」
困った様に笑う一之瀬さん。今日は私の時間だから、邪魔してしまったと思っているのかもしれない。
「……ふ〜ん」
(っ!)
突然、南雲先輩の目が私を捕らえた。
「俺の誘いを断ったと思ったら、デートの予定があったわけか」
「あ、いや、これはデートとかではなくお出かけでして」
速攻でデートではないと言い切るツっ君。
……別にデートでいいじゃん。
「そうなのか? まぁそりゃそうか、その子は平田の彼女だもんな」
「そうですよ」
あ、なるほど。私の立場を考えての発言だったのね。うん、そういうことにしとこ。
「お前達はこれからどこに行くんだ?」
「映画館です」
「俺達はこれからショッピングなんだ。……そうだ、お前らも来るか?」
「え、いや——」
「な、南雲先輩! 早く行かないとお目当ての品が売り切れるかもしれないですよ?」
(一之瀬さん)
南雲先輩から同行を求められたけど、一之瀬さんがすぐに間に入ってくれた。
「そうか? 大丈夫じゃね?」
「そ、それに、あんまり大人数だとお店や他の客にご迷惑かもしれませんよ」
「ん〜、ま、それもそうか。じゃあ沢田、また今度のお楽しみだ」
「あ、はい。また三学期にでも」
「おう。んじゃあな〜」
手をひらひらと振りながら南雲先輩が離れていく。他のメンバーもそれに続くが、一之瀬さんだけは一度こちらをみやり、にこりと微笑んでから先輩達を追っていった。
「一之瀬さん……」
優しい子だなぁ。きっと彼女は、ツっ君みたいに心根から優しい人なんだと思う。そうでなくちゃ、この場面であんな行動はできないだろう。……少なくとも、私が逆の立場なら南雲先輩に乗っかっちゃっていたかもしれない。
(きっと、優しいだけじゃなくて心も強いんだろうなぁ)
「……優しいよね、帆波ちゃん」
「——へ?」
自分の世界に入り込んでいた私に、ツっ君のその言葉が深く突き刺さる。
「さっきの、俺達に気を遣ってくれたんだろうね」
「あ、うん。そうだね」
「優しい子だよなぁ〜」
「え……」
離れていく一之瀬さんの背中を見ながら、ツっ君がポツリとつぶやいた。思わず顔を見ると、心なしかさっきまでよりツっ君の顔も優しくなっている気がした。
「……ツっ君、あの」
「ん? どうかしたの軽井沢さん」
「……ううん、なんでもない」
「そう? じゃあ中に入ろうか。そろそろ時間やばいし」
「そう、だね」
その後、私達は予定通りに映画を2人で見た。楽しみにしていた映画だったのに、正直あまり内容は入ってこなかった。映画を見ている間、さっきのツっ君の姿が頭から離れなかったのだ。
加えて映画が始まってからずっと、とある問題が頭の中をグワングワンと回っていた。
その問題とは。
——いまだにツっ君は、私の事を軽井沢さんって呼ぶのよね。
なんともシンプルな問題だ。
ツっ君は優しいから、名前で呼んでとお願いすれば受け入れてくれるだろう。
だけど、私はもう何度もツっ君に助けてもらってるし、これ以上お願いなんてしてはいけない気がする。これ以上を求めるなんて、私にはその資格はない。
そんなことをしたら私は。
……私はまた。寄生虫に逆戻りだ。
——うん、そうよね。こんな望みは忘れよっ!
今日は滅多にないツっ君の2人きりの時間、楽しまなくちゃもったいな——。
「——軽井沢さん?」
「うへぇあ!?」
「え。どうしたの?」
「え、あ。ごめん、なんでもないわ」
考え事をしていたら、いつの間にか映画は上映終了していた。すでにエンドロールも終わり、シアター内は明るくなっている。
「軽井沢さん、この後なんだけどさ」
「うん」
「どこか行きたいところとかある?」
「え。行きたいところ?」
ツっ君と行きたいところ……そんなものいくらでもある。でも、私が行きたいからってツっ君に付き合わせるわけにもいかない。
「私、ツっ君の行きたいところでいいよ」
「え」
「私は特にないから、ツっ君はないの? 行きたいところ」
「あるけど……俺は後からでも構わないんだ。君の希望があれば、そっちを先に行こうよ」
「本当にいいよ。私の行きたいところは、ツっ君の行きたいところってことで」
「う、う〜ん」
「……お前ら、喧嘩でもしてるのか?」
「え?」
シアターの席に座ったまま話をしていたら、誰かに声をかけられた。今日はよく声をかけられる日だわ。
「あ、清隆君じゃん」
「よう」
声をかけてきたのは綾小路君だった。
1人で映画を見にきていたらしい。
「君も映画見にきてたんだね」
「ああ。見終わってシアターを出ようとしたら、見覚えのある奴らが修羅場ってるみたいだったんでな。声をかけさせてもらった」
「別に修羅場ってないんだけど……」
絶対からかいに来たんだと思って私がため息をつくと、綾小路君は私のことをじっと見つめてきた。
「な、なに?」
「……いや、なんか普段の軽井沢らしくないなと思ってな」
「は?」
普段の私と違うって何よ。私はいつも通りだっての。
「あ、清隆君もそう思った? 俺も思ってた」
「え? なんでツっ君も」
「何ていうか、すっごく遠慮されてるな〜って感じがしてさ」
まさかのツっ君にも同じことを思われていた。確かに遠慮はしているけど、そこは気にされたくない部分だ。
私はもう、養分を吸い続ける様な女ではいたくないから。
「……本当に、行きたいところがないの。ただそれだけ」
「……そっか。わかった。じゃあさ!」
私が少し暗くなってしまったからか、さっきまでよりもテンション高めにツっ君がそう言った。
「軽井沢さん。わがままを言ってもいいかな」
「えっ」
ツっ君のわがまま?
もちろん聞くわよ。それで私の罪悪感も少しは薄れてくれればいいんだけど。
「もちろんよ。何?」
「実は、君を連れて行きたいところがあるんだ」
「え? 私を?」
「うん」
「そうなんだ。私はぜんぜんいいよ」
「ありがとう。じゃあ行こうか。清隆君、またね」
「ああ」
綾小路君と別れ、シアターから出る。
そのまま映画館を出た私達は、再びケヤキモール内を進んでいく。
それにしても、ツっ君が私を連れて行きたいところってどこなんだろ。ツっ君は目的地に向かって真っ直ぐ進んでいるみたいだけど、その先には遊びに行く様な施設はなかったと思う。あるのは、確か商店街しか……。
「着いたよ」
「え、ここなの?」
「そう。マシマロベジタブル専門店」
まさかだったけど、ツっ君が私を連れて行きたかったのは商店街。その中で一番意味の分からないお店だった。ここは八百屋と謳ってはいるけど、売ってるのは野菜や果物の形をしたマシュマロなのよね。しかもなぜか店主が占いをやってくれるっていう女子に結構人気の店だ。何屋なのかと言えば、マシュマロ屋というのが正しいと思う。
「え、占いでもやってもらうつもり?」
「ううん。今日は別の要件なんだけど——」
私達が店の入り口に入ろうとした時、中から1人の男性が出てきた。
「ん?」
「あ、ガン……ごほん、店員さん」
「なんだよボン……ごほん。お客様」
なんか2人とも言葉を濁した? ってか、こんな店員さんいたんだ。
「あの、店長います? 約束してるんだけど」
「え、そうなのか? 店長は今、マシマロの屋台販売に出てるぞ」
「は!? 屋台販売!?」
「ああ。なんか急に今朝から準備し始めてな」
い、マシマロの屋台販売? 八百屋の店長が?
あ、マシュマロ屋の店長だった。
「で、まだ販売中ってわけだ」
「まじか……もう、探しに行かないとじゃん!」
「だな。なんか悪いな」
少し怒った様に言うツっ君に、店員さんは軽く頭を下げた。
「できたら店員さんにも一緒に捜索してもらいた」
「すまん。俺は今からデートなんだ」
「……姫と?」
(姫?)
「……まあな」
「それは行かないとだな……いってらっしゃい」
店員さんはこのあとデートらしく、店から颯爽と去っていった。
「……はぁ、ごめんね軽井沢さん。せっかく来たのに、店長を探すところから始めないといけないなんて」
「う、うん。私は大丈夫よ」
「ありがとう……ふぅ、よしっ」
項垂れてため息を吐いたツっ君は、ほっぺを軽く叩いて顔を上げる。
「ちょっとダッシュで探し回ってくるから、軽井沢さんはそこのベンチで待ってて」
ツっ君は軒先に置かれたベンチを指差してそういった。
「え、一緒に行くよ?」
「いいよ。雪も積もってるし、すぐに、戻ってくるから」
「う、うん。わかった」
「じゃ。ちょっと行ってくるね!」
二、三度屈伸をすると、ツっ君は一人駆け出して行った。
「……行っちゃった」
1人取り残された私は、とりあえず言われた通りに軒先のベンチに腰掛けた。
「……はぁ」
ため息を吐くと、口から白い息が吐き出される。
どうしよう。ツっ君が帰ってきたら、私のことも名前で呼んでもらえないか聞いてみようかな。って、もう! 私ったらまたそんなこと考えて。これ以上は望まないって決めたばかり……ん?
「——マロ〜、……だよぉ〜」
「え、なに?」
突然、何かの音が聞こえてきた。スピーカーから流れてきているであろうその音は、誰かの声みたいだ。
その声は少しずつ近づいてきて、やがてはっきりと聞こえてきた。
「焼き〜、マシマロぉ〜、おいしぃんだよぉ〜♪」
石焼き芋のようなリズムと共に、屋台車が通りの角から現れた。
昔見たことがある。石焼き芋の屋台みたいだ。しかし、屋根から吊り下げられた看板には焼きマシマロと書かれている。
焼きマシマロって何?
あ、っていうかマシマロってことは、店員さんが言っていた屋台販売ってこれのこと? よく見ると、屋台車を引いているのは白髪の男性だ。八百屋の店長も白髪だったはず。
「焼き〜、マシマロぉ〜、おいしぃんだよぉ〜♪」
繰り返されるリズムと共に、屋台はどんどん近づいてくる。八百屋まであと数mまで迫って来たところで、私は手を上げて呼び止めた。
「あ、あの!」
「ん? 焼きマシマロをお求めかなっ?」
「あ、いえ。そうじゃないんですけど……あなた、八百屋の店長さんですよね」
「ノンノンっ! 僕の店はマシマロベジタブル屋さんさ〜♪」
「あ、はぁ」
何かこの人のノリ苦手だ。
「それで? 買い物じゃないなら、僕に何の用だい?」
「あの、沢田綱吉君と、八百屋で待ち合わせしてると思うんですけど」
「お? お〜! じゃあ君が綱吉クンの言っていた軽井沢さんか〜」
「は、はぁ」
「いらっしゃいませ〜、お待ちしておりましたお客様〜♪」
いや、待ってないでしょ。屋台販売の真っ最中じゃん?
「あれ、そういえば綱吉クンは? 姿が見えないケド」
「あなたを探して、どこかに行ってます」
「え、そうなの? タイミング悪いなぁ、アハハっ♪」
悪びれもしない店長さんに若干引いていると、後ろの方から足音と声が飛んできた。
「あ! いた!」
「ん?」
「あ」
ツっ君だった。振り返ってみると、こちらに走ってきている彼がいた。
「なんで店にいないんだよ! 約束してただろ!」
「ごめんよ〜。どうしても焼きマシマロの屋台販売したくてさ」
「意味わからないよ!」
ツっ君は店長さんと仲がいいのか、友達みたいなやりとりをしていた。
「ったくもう。戻ってきたんなら早速頼むよ、俺の頼みを聞いてくれるんだろ?」
「モチロンさ」
店長さんは屋台車を店の壁沿いに駐車し、店の入り口を開けた。
「さ、どうぞ〜」
「軽井沢さんお待たせ、中に入ろう」
「う、うん」
ツっ君に促され、私達は店の中に入る。店部分を通り抜け、スタッフオンリーのエリアに通された。そこには椅子が置かれていて、私達は椅子に腰掛けた。
「さて、綱吉クンのお願いは、その子のお腹の傷を消してほしいってことだよね」
「えっ」
まさかの要件に、私は彼の顔を見た。
彼は店長さんに頷いていた。
「ああ。できるか?」
「モチロン。すぐに消せるよ」
「えっ! 本当に?」
いや、なんで八百屋の店長がお腹の傷を消せるの?
「えっ、でもあなた、八百屋の店長ですよね?」
「そうだよ?」
「医者じゃないのに、そんなことできるの?」
「できるよ?」
「……え〜」
あまりにも軽すぎる店長の肯定に、私は全く信頼できなかった。
「軽井沢さん、実は夏休みに言ってた医療関係者ってのがコイツなんだよ」
「そうなの?」
「名前は白蘭。こいつ、知識量が凄まじくてね。いろんな分野に精通しているんだ」
「そうだよ〜♪ だから安心していいよ?」
それなら安心……しづらいんですけど?
だけど、せっかくのツっ君からの好意だ。私は受け取らないわけにはいかない。
「は、はい。よろしくお願いします」
「そうこなくっちゃ! じゃ、ちゃちゃっとすませようか」
ちゃちゃっとって。なんか言葉が軽すぎない?
「治療室に向かおうか。ここの地下にあるんだ」
「八百屋の地下に治療室!?」
驚きながら店長、もとい白蘭さんの後ろをついていく。店のレジ裏床に地下に繋がる入り口があり、その口を開けると、地下に伸びる梯子が架けられていた。
「治療室はこの下だよ。お先にどうぞ?」
「は、はい」
私は先に梯子を降り、床に降りる。するとその瞬間、天井に設置されていた照明が点灯した。
地下には横長のメタリックな通路が広がっていた。
「こ、こんな広い地下室とかありなの?」
「メローネ地下だよ」
「メローネ地下?」
すでに梯子から降りきっていた白蘭さんから説明が入った。
いや、メローネって何?
「治療室はこっちだ。ついておいで」
「あ、はい」
白蘭さんの後に続き、通路を進む。治療室はかなり近くにあったらしく、体感時間は2、3分だった。
治療室は簡素な作りだった。特に機械とかは見当たらず、部屋の真ん中に台がある程度だ。
「そこの治療台に横に座ってくれるかな」
「はい」
言われた通りに座ると、白蘭さんがすぐそばに来た。早速治療が始まるのかと思っていたら、なぜか白蘭さんは私の顔を上から覗き込み始めた。
「……」
「……」
「……あの、治療は」
「……その傷、消したくないとか思ってるね」
「えっ!?」
白蘭さんが急に話しかけてきた。しかも私の心を読んだかの様な言葉をだ。
「……」
「……ぷっw 図星だったみたいだねぇ」
「あっ、いゃ、その」
驚きすぎて固まっていると、白蘭さんが吹き出した。
本当に図星だった。私はなぜか、昨日まですぐにでも消したいと思っていたお腹の傷を、消してはいけないんじゃないかって思い始めていたのだ。
消してしまえば、これまで積み重ねていた彼との信頼とか、寄生虫にはもう戻らないって決意。
そういうものが全てなくなってしまう様な気がするの。そして私がこれからもツっ君と一緒にいるためには、船上試験の時のことを胸の内に持っていないといけない。
「綱吉クンには、君がその傷を消し違ってるって聞いてたんだけど……違うのカナ?」
「い、いえ……それはそうなんですけど。急に不安になってきて」
「不安?」
「このお腹の傷が、私とツっ君を繋げてくれたようなものだから、消したらその繋がりが消えるんじゃないかって」
「ふ〜ん。繋がりねぇ」
白蘭さんは何やらボードを取り出し、何かを書き留め始めた。まるで医者の問診だ。
「それってさ、持ってないとダメなの?」
「ダメですよ。私は他の子達みたいな強さは持ってないから」
「ふむふむ。して、その強さとは?」
「なんというか……見えない強さなんですよね。心の強さっていうか。私はとても心が弱いから」
「弱いから?」
白蘭さんはこれまでの軽さが消え、淡々と私の言葉を引き出す様に質問をしてくる。
「……目に見える、ツっ君と親しいって確認できる証は持っていたい。いつでも目に入れられて、それでツっ君への強い信頼を感じられるような」
「その証が、君にとってはその傷ってわけか」
「はい」
「なるなるなーる。よーくわかりました」
そう言うと、長い間動かし続けていた手を止めて、私のことを見た。
「え〜。あなたの病は、自己肯定感ひっくい病です」
「へ?」
「だから、自己肯定感ひっく〜い病」
「いや聞こえてはいましたけど。なんかちょっと変わってるし」
メガネをくいっと上げて見せる白蘭さん。いつの間にメガネかけたの?
「その病の治療法はただ一つ。自分っていうものを持つこと、だね」
「は、はぁ……いや、それができないから言ってるんですけど?」
「じゃあさ、どうして君はその子達の強さに勝てないと思ってるわけ?」
私は白蘭さんに、今日出会った坂柳さんと一之瀬さん。2人に感じたことを伝えた。
坂柳さんの、自信に満ち溢れた女王としての強さ。
そして一之瀬さんの、優しさから生まれる強さのことを。
「——にゃーるっほどっ。だから、目に見えて自分に強さを与えてくれるものを持っておきたいと」
「そうです」
「君って典型的な他力本願なんだね」
「はい……は?」
思ってもいなかった突然の悪口に、私は固まった。
「だから他力本願。寄生虫とも言えるかな」
「なっ! なんでそんなことあんたに言われないといけないの?」
「あれ? 怒るの? 自分で認めているくせに?」
「それは」
確かに、私は自分が寄生虫だと認めていた。
でも、何でこの人にそれがわかったの? 占い師だから?
「……」
「また図星だったみたいだね」
「はい」
苛立ってしまったけど、2回も他人に寄生虫と言われたことで私の中にかかっていたモヤが晴れた気がした。
私は、自分にはない心の強さを、他の子達にはないツっ君との繋がりで埋めようと考えていたのかもしれない。これもまた、私が寄生虫である証拠なのだ。
「……そうね、私は寄生虫だわ」
「何言ってるの? 君は寄生虫なんかじゃないよ」
「は?」
また急に変なことを言い出した白蘭さん。あんたから寄生虫って言い出したくせに。
「君なんて全然寄生虫じゃない。だって全然寄生できてないもん。養分の奪い方からして全然なってない」
「は、はい? 急に何言ってるんですか」
「〝元〟寄生虫の僕から言わせれば、君なんて寄生虫じゃないよ。一昨日来やがれ♪」
「い、意味が分からない」
何が言いたいの? あの時のツっ君みたく、私は寄生虫じゃないって励まし?
「本物の寄生虫はね、一方的に養分を吸い取り、それを全く悪いと思わないものさ。昔の僕の様にね」
「……あなたは、そういう人間だったってこと?」
「そう! 自分は一つの意識に過ぎず、この世の全ては僕を楽しませるためのアクセサリーだって思ってた♪」
「は?」
なんか急にスケールのデカいこと言い始めたんですけど。
「ま、いわば僕は、仲間や他人から一方的に全てを奪おうとする寄生虫だったわけ。そしてそれが間違ってるなんて全く思ってなかった」
「……」
「そして、それが間違っていると言う綱吉クンに負けちゃったのさ」
なに? この人はツっ君と戦ったことがあるわけ?
「だから、君は寄生虫じゃない。自分のことを卑下するのは辞めな?」
「……でも、私のことを寄生虫だと思う人もいたわけで」
「他人の意見なんて気にしないっ。当人達が違うと思ってるならそれが事実なんだから。それと、人間は自分の言葉を一番信じるものなんだ。まずは自分の思考から変えなきゃ」
「自分を、信じる……」
私は、自分のことを信用なんてできるのかな。なんて考えていたら、またも白蘭さんに見抜かれる。
「自分のこと、信じられないって思ってそうだね」
「っ。……よくわかりません」
「それは完全に勘違いだ。君は自分のことを信じられるはずだよ?」
「え?」
「ほら、思い出して。二学期最終日の自分の行いをね」
「二学期最終日?」
それって、龍園君達に誘拐されたあの時のことよね。あの日に私がしたことなんて、誘拐されて、ツっ君に助けてもらったくらいだ。
「誘拐されて、ツっ君に助けてもらっただけ」
「そのちょうど間だよっ! 彼が助けに来る前に、君は龍園といろいろとお話ししたはずだ」
「話って、まぁいろいろしたけど」
「それだけじゃない。いろんな拷問だって受けたはず」
拷問……まぁ冷水を何回も浴びせられたわね。思い出したくもないけど。
「いろいろな拷問を受けた挙句、君は龍園に取引を持ちかけられたんじゃない?」
「……なんでそんなに詳しく分かるんですか?」
「そりゃあ、僕が龍園ならそうするからさ♪」
「えっ」
「な〜んてねっ♪」
冗談?
でもやけに真に迫る感じだったけど。
「で? どんな取引を持ちかけられたの?」
「ツっ君を裏切ってCクラスに付けって。そうすれば助かると言われました」
「ほうほう。それで君はどう答えたの?」
「断りましたよ。ツっ君に助けてもらえなかったとしても、ツっ君を信じたまま消えたほうが、自分のことを好きになれると思ったから」
「そう! それだっ!」
「へっ?」
再び私に指を突きつけた白蘭さん。
「君は、自分の身ではなく、自分の覚悟を優先したんだ」
「覚悟?」
「綱吉クンのことを信じ抜くと言う覚悟さ」
「あ」
確かに、どうなっても彼のことを信じ抜く。あの時の私はそう決意していた。
「覚悟を持った人間は強いんだよ。つまり、君は心の強い人間だということさ」
「私が強い人間?」
「そうさ! 自分の信じたモノを何があっても信じ抜くということは、とても強い心がないとできやしない」
そ、そうなのかな。私にも強い心があるの?
「己の持つ覚悟を自覚するんだ。そうすれば、君は自分を好きになれる」
「覚悟を自覚する……」
私の覚悟って何だろう。あの時考えたのは、たとえどんなことになっても、信じたいモノを信じ続けようってこと。
たとえあの場で私が終わったとしても、胸を張れるように。……あ、私の覚悟ってそういうこと?
たとえ結果がどうであれ、自分を誇れるような行動を取ること。それが私の覚悟?
その覚悟を貫けば、私は私を好きになれて、信じていられるってこと?
「どうやら自分の持っている覚悟を自覚したようだね」
「は、はい。わかったような気がします」
「その覚悟を持ち続けることだ。そうすれば、君は自分を信じることができる」
「本当ですか?」
「本当さ! 僕を信じられないなら、自分の覚悟を信じてみたらいいんじゃかいかな」
自分の覚悟を信じる……私はツっ君のことを信じ抜くと決めた。なら、ツっ君の言葉も、彼が信じてると言った白蘭さんのことも信じるべき、よね。
「……分かりました。あなたのことを信じます」
「よろしいっ! 君はもう寄生虫じゃない。そうなると、君はやりたいことがあるんじゃない?」
「え」
え、そこまで分かるの?
「え、そこまで分かるの? って顔してるね」
もうこの人怖い。
「僕は占い師だからね♪ 女心には敏感なのさ」
「関係ないと思います」
「ははっ、はっきり言うねぇ♪ その勢いでほら、口に出しちゃおう!」
言うまで許してくれそうにもないので、私は白蘭さんにツっ君に名前で呼ばれたいことを話した。
「ふ〜ん。な〜んだ、そんなことか。それくらいサラッとお願いしなよ」
「いや、私結構このことで悩んでたんですけど」
「名前で呼んで〜なんてお願い、君達の関係性ならなんてことないでしょ」
「な、なんてことない?」
「そうそう。そんなものワガママの範疇ですらないよ。そもそも、仲間っていうのはワガママを言うのが普通だ。我を通し合えるのが仲間ってもんだよ」
我を通し合えるって、そんなことある?
普通仲間でも色々遠慮し合うものだと思う。
「でも私、この間も助けてもらったばかりで。これ以上をツっ君に求めるのは何か違うんじゃないかなって」
「それは捉え方次第だよ。君からしたら自分が捕まったせいで迷惑をかけたと思ってるかもだけど、綱吉クンからしたら、自分のせいで女の子たちが怖い思いをしたって見え方になるんだよ?」
「それは……そうかもしれないけど」
「君にとって、綱吉クンはただの知り合い? 仲間なんじゃないの?」
それはもちろんそうだ。私はツっ君に仲間になってほしいと誘われたのだ。
「もちろん、そうです」
「でしょ? ということは、綱吉クンもそういう関係を望んでいるんじゃないの? 仲良くなった時、そんなこと言われなかった?」
「えっ……」
私がツっ君の仲間に誘われた時に言われたのは、「仲間なら迷惑をかけあって当たりまえ」ってことだ。
「確かに、言われましたね」
「でしょ? つまり、君は綱吉クンにとってただ守るべき相手じゃない。力を貸して欲しい仲間だってことだ」
「えっ、ツっ君が私の力を借りたいって思ってるってことですか?」
そんなこと、考えたこともなかった。
「そりゃそうさ。だって君は仲間に誘われたんだから。君の力を彼は欲してるんだ」
「……私が、ツっ君の力になれる?」
そんなことができるなら、私は絶対にやるだろう。
「ああ。彼は君の力を欲している。君も綱吉クンという存在を求めているし、彼もまた君を求めている。そんな2人の間に、遠慮なんているのかい?」
「……いらない」
普通なら遠慮とかそういうものは必要だろうけど、ツっ君はそれを望んでいない。映画終わりの彼の様子を見るに、ツっ君は私に我を出して欲しかったんだと思う。私は自分が寄生虫だったことを思い出したことで、我を出さないようにしてた。それに気付いたから、彼も綾小路君も普段の私と違うと感じたのだろう。
それなら、私はこの後するべきことは、彼の望む様にいつも通りの自分でいることだ。
「……わかりました。私、ツっ君にお願いしてみます」
「その意気だ! じゃ、そのイベントの為に、君の体を綺麗にしてあげようね♪ ほら、台の上で横になって」
ついに治療が始まるみたいだ。
言われるがままに横になると、白蘭さんは何やら酸素マスクのようなものを私に差し出してきた。
「これを付けて。そこから麻酔ガスが入ってきて、全身麻酔の代わりになるから」
「えっ、全身麻酔するんですか?」
「大丈夫。数分で目は覚めるよ」
「えっ。でも数分じゃ治療は終わらな」
「はいはーい。いいからつけてね〜♪」
少し強引にマスクを付けられてしまった。すると、付けて数秒もしない内に私の意識は眠りへと落ちていく。
あ、待って。まだどんな治療をするのかを聞いてな——。
やがて、私の意識は完全に落ちた。
「——はっ!」
「お、時間ぴったり♪」
目が覚めると、私はまだ治療台の上で横になっていた。その顔を白蘭さんに覗き込まれている。
私はどれくらい寝ていたんだろう。そして治療は成功したのだろうか。
ちらりと壁に目を向けると、デジタル時計を見つけた。そこに表示された時間は、さっきから10分程度しか進んではいなかった。
全然時間経ってない?
もしかして治療失敗?
「あ、あの」
「安心して、治療はちゃんと終わったから」
「! 本当ですか?」
「うん。あっちの部屋がお手洗いだから、そこの鏡で確かめてごらんよ」
「はいっ!」
私は勢いよく台から降りてお手洗いへと向かう。さっきまで全身麻酔で眠っていたのが嘘みたいだ。
お手洗いに入り、洗面台の鏡の前に立つ。
「……よしっ」
私は少し緊張しながら、上着を上にたくし上げた。いつもなら、すぐにあの傷が姿を表すはず——ない。
「……ない」
一回上着の裾を下ろし、もう一回たくし上げる。
——やっぱりない。
「……ない。本当に、ない!」
何度確認しても、さっきまであったお腹の傷は綺麗さっぱりなくなっていた。
私を苦しめていた傷はもうないのだ。
「……っ、白蘭さん!」
再び治療室へと戻り、白蘭さんの前に駆け寄る。
「はあっ、はぁっ」
「見てきたかい? どうだった?」
「……な、無くなってました。綺麗さっぱりっ」
「だろう? ふふん♪」
自慢げにしている白蘭さんの手を乱暴に取り、私は何度も頭を下げた。
「あ、ありがとうございますっ! こんなに綺麗に消してくれて!」
「いいんだよ。これは綱吉クンからのお願いだしね。お代もきちんともらってるからさ」
「それでもっ! 本当にありがとうございますっ!」
先ほどまでの不信感はどこへやら。今の私には白蘭さんが救世主のように見えていた。
「いいからいいから。それよりもさ、僕にその治療を頼んでくれた人にも、お礼を言ってきた方がいいんじゃない?」
「あっ、そ、そうですねっ! すみません、私先に上に戻ります!」
「はいは〜い♪」
もう一度白蘭さんに頭を下げ、通路へと飛び出した。
さっき通った通りに戻り、地上の店へと戻った。
「はあ、はあ……ツっ君!」
「お、軽井沢さん。早かったね」
「う、うん」
急いで戻ったから息が切れていた。私はゆっくりと呼吸を整え、それから口を開いた。
「ふぅ。ツっ君ありがとう。治療を受けられたお陰で傷は消えたわ」
「お、そっか! やっぱり白蘭に任せて正解だったな」
ツっ君は私に近寄り、ニコニコと微笑んでくれた。
「本当にありがとう。まさか、こんなに早く傷を消せるなんて思ってなかった」
「いいんだよ。だって約束したもんね」
「うんっ」
「ふぃ〜。依頼は完了したよ、綱吉クン」
ツっ君と笑い合っていると、下から白蘭さんが上がってきた。
「白蘭。ありがとう。おかげ軽井沢さんも嬉しそうだよ」
「本当に、本当に感謝してます!」
改めて白蘭さんに頭を下げた。
「だからいいんだって。それよりさ、要件は済んだし、もう出てってくれない?」
「え?」
なんか、急に白蘭さんの態度が冷たくなった気がする。
私、なんか怒らせる様なことしちゃったのかな。
「——僕、焼きマシマロの屋台販売に戻りたいからさ♪」
「あ、うん……ごめん」
「す、すみません?」
私達と共に店を出た白蘭さんは、屋台車を引いて、さっさとどこかに行ってしまった。
「焼き〜、マシマロぉ〜、おいしぃんだよぉ〜♪」
陽気なメロディーを上機嫌に口ずさんでるし、怒らせてはいないらしい。
結局最後まで掴み切れない人だった。
しばらく彼の背中を見ていると、ツっ君が声をかけてきた。
「えっと、もうそろそろ夕方だね。マンションに帰ろうか」
「あ、そうね。そうしようか」
残された私達も、マンションへと帰るべく歩き始めた。
「今日は楽しかったね。軽井沢さんも楽しんで貰えたかな」
「うん、もちろん。傷も消えたし、最高のクリスマスになったわ」
「そっか! それならよかった」
嬉しそうに笑うツっ君。彼が笑ってくれるのは私としても嬉しい。
マンションまではあと歩いて数分だろうか。到着すれば、私が彼を独り占めできる時間は終わる。
その前に、あのお願いを「あ、そうだった!」
「えっ?」
ツっ君が急に足を止める。どうしたのかと思っていたら、彼は上着のポケットから包装された小さな紙袋を取り出した。
「これを渡し忘れてた。はいっ!」
ツっ君はその紙袋を私に手渡した。
「これは?」
「クリスマスプレゼントだよ
「えっ、ありがとう! 開けていい?」
「うん」
もらったプレゼントを開けてみると、可愛らしい小さなアロマキャンドルだった。
「わっ、かわいい! ありがとう」
「喜んでもらえたならよかった」
「あ、そうだった。私もあるの!」
プレゼントを袋に戻し、私は下げていたポーチに入れる。代わりに別の紙袋をポーチから取り出した。
「これ、私からのクリスマスプレゼント」
私もすっかり忘れていた。プレゼントを準備してあったんだ。
「わぁ、ありがとう。嬉しいよ。俺も開けていい?」
「もちろん」
ツっ君は子供みたいなワクワク顔で紙袋を開く。中身はランニングの時に付けるスポーツウオッチだ。なんか、脈拍とかラップタイムとか測れる高性能なやつ。
「うわぁ、これスポーツウォッチってやつ? すごい嬉しいよ」
「よかったぁ」
ツっ君に使ってもらえそうなもの考えまくった甲斐があった。
「次のトレーニングから早速使わせてもらうよ」
「うん」
再び歩き始めるツっ君。私もそれに続く。
マンションまではあと数十メートルまで近づいている。ツっ君は忘れたことをやれて満足そうだ。でも私は、まだやり忘れたことが残っている。
「……」
「……」
勇気はいらない。だって、これは当たり前のことだから。
私はただのクラスメイトじゃなく、ツっ君の仲間なんだから。
「あ、あのっ! ツっ君!」
「ん?」
思い切って勢いよく呼び止めると、ツっ君はすんなりと立ち止まった。
「どうしたの?」
「あの……ツっ君。お願いがあるの」
「お願い? 何かな」
小さく深呼吸をし、私はお願いを口にする。
「ツっ君。わ、私のこと、名前で呼んでくれないっ!?」
「え。名前?」
「そう!」
恥ずかしさで顔が赤くなっているのが分かる。やっぱり恥ずかしいものは恥ずかしかった。
「……だめかな?」
「いや、全然いいよ」
「本当? ありがとう」
予想通り、ツっ君はすんなりと受け入れてくれた。
結末が予想できても言い出しづらい。それだけ乙女心は複雑なのだ。
「じゃあ恵ちゃんって呼ぶことにす」
「あ、違っ、そうじゃなくて!」
「え?」
話しを遮って彼の言葉を止めた。
恵ちゃんと呼ばれたいのではないから。
「私のことは、〝ケイ〟って呼び捨てにして欲しいの!」
「えっ。呼び捨て?」
「そう!」
「……それが、君の本当の望みなんだね?」
「うん!」
確認してくるツっ君に私は力強く頷き返し、そしてもう一度お願いをする。
「——ツっ君。私のワガママ、聞いてくれる?」
「……あははっ」
ツっ君は私を見て微笑み、そしてこう答えてくれた。
「——当たり前だよ、ケイ」
——ポツリ。
彼が名前を呼んでくれた瞬間。おでこに何かが落ちてきた。
雪だ。雪が降ってきた。それから落ちてくる雪をしばらく眺め。再び視線を前に戻すと、同じタイミングで彼も私の方を見た。
「……メリークリスマス、ケイ」
「……うんっ。メリークリスマス、ツっ君」
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