【完結】機動戦士ガンダムSEED Infancy   作:丹寺 錯視屋

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最終話です。


最終話:彼女の幸福

 ミーシャは概ね、クラスではごく普通の生徒だった。プライマリスクール時代の友達とは今でも放課後よく遊ぶ。学校にいる間は別のクラスであることも相まって、各々級友たちと青春を謳歌している。そんな中、ミーシャはクラスではよく話す友達はいても親友と呼べる人はできていなかった。

 

「……」

 

 ミーシャがどんな人間なのか、クラスメイトは知っている。大西洋連邦所属の、准将。大西洋連邦最強のパイロットにしてあのキラ・ヤマトと同じコンパスのモビルスーツ隊隊長。おまけのように、資産家バレンタイン家の当主。

 

 総合すると、踏み込んで友達付き合いをするには少し気後れするような存在なのだ。ミーシャもその気持ちはわかるから、ミーシャからは踏み込めない。アイリやフロン、リリスたち親友ができたことすら奇跡だと思っているし、また新しく親友が欲しいかといえばそうではなかった。孤立しているわけではないのでミーシャは今の学校生活に満足していた。

 

 ――なんか、ちょっと退屈。

 

 ミーシャはぼんやりと日々を過ごしていた。得難い日常を過ごしているはずなのに、どうにもやる気がでない。どうしたものかとぼんやりしていると、あっという間に時が経つ。こうして学校生活が終わってしまうのだろうか。

 

 でも別にいっか。

 

 そんなことを思う。

 

 激動の世界に生きていた彼女にとって今は少し退屈すら感じる。だがそれでいいのだ。本来彼女は、血なまぐさいことなどゲームや漫画など、創作の世界の出来事だったはずなのだから。退屈でも、何も無い日常こそ、彼女の疲れた心を癒やす何よりの薬なのだ。

 

 学校からの帰り道、校門前に少し人だかりができていた。人がいるせいで人の波が滞っているらしい。ひょい、とミーシャが背を伸ばすとそこには赤服を着たシンがいた。ミーシャはため息をつく。そりゃこうもなる。

 

「シン、なにしてんの?」

「あ、バレンタイン准将。ホントに学校通ってんですね」

 

 スタスタとシンのそばまで歩いてみると、シンの周りはキレイに人気がない。ザフトの赤服といえばついこの間まで敵だったのだ。いくら見た目が若くとも、ミドルスクールの子供にとっては怖くて仕方ないのだろう。そのせいで校門前に少し渋滞が発生していたのだ。ミーシャが話しかけると、周囲がギョッとした顔をする。

 

「私正真正銘学生だよ。……私服で来てよね、まったく」

「いやでも准将の前だし……」

「私休職中。もう大人相手に命令するのも人殺すのも疲れた」

「あー、なんかすみません」

 

 ミーシャが校門から歩き出すと、シンもそれについて歩く。後ろではようやく人の波が正常化して人だかりが解消されつつあった。

 

「で、何の用事?」

「いや、ワシントン来たんで挨拶にでもって」

「ザフトがワシントンに? ……ああ、あれか」

 

 ミーシャが思い出すと、シンが頷く。

 

「で、どう、大西洋連邦のやり方は。えっと……?」

「少尉です」

「そ。アスカ少尉はどう思う?」

 

 ザフト、連邦の人材交流。それは誰が言い出したことだったか。とにかく、ザフトの中で早急に()()()()()を磨くべきだという意見がわっと増えたのだ。

 ――平和な世界が目に見えてやってきたとき、ザフトの義勇兵然としたやり方ではなく、しっかりとした軍隊になるべきだという意見が出てきたのだ。

 そして、あっと言う間にそれは人材交流という形で解決しようと試みることとなった。ザフトからは下士官やパイロットが出向して軍人としての在り方を教育される。連邦からは将官が出向して軍事教練のやり方などを教え、ザフトのやり方を学ぶ。普通ならありえない状況だが、人数を限定することで成立した。ザフトも大西洋連邦も、友好の芽になるなら、と受け入れたのだ。

 

「オーブとも同じことするんだってさ。俺はルナといっしょにワシントンで教導隊です」

「教育は受けた? 嫌がらせとかされてない?」

「それはされてないです。でも……」

 

 言い淀むシンに、ミーシャが続きを促す。

 

「ザフトって、割と無茶してたんだなぁって」

「まぁねぇ」

 

 ザフトは割と力こそ正義なところがある。エースパイロット至上主義というか。FAITHという制度がわかりやすいか。強い人間はそれだけで特権を持つに値する……そんな考えが蔓延っている。だがそれはきっと、軍隊の在り方ではないのだ。

 

「大統領にはプラントとの融和路線を進めさせてるから、悪いことにはならないと思う」

「……はぁ」

 

 相変わらず、目の前の子は話のスケールが大きい。プラント最高評議会議長を裏で操る人間がいるようなものだと思うと、シンは彼女のことが空恐ろしくなる。だが、彼女は善き人だ。それだけでこの先の未来がほんの少し明るくなったように思える。

 

「ステラは元気にしてるんですか?」

「ステラは……ステラは軍を辞めたよ」

 

 ミーシャはあっさり言うが、シンには驚きだった。辞めた? 辞めれるものなのか?

 

「えっ」

「えってなに? 地球連合軍は悪の組織……には片足突っ込んでたか。とにかく悪の組織じゃないんだから、戦時中じゃないなら普通に辞められるよ。それがエクステンデッドでもね。今はハイスクールの入学に向けてうちで勉強中。年齢はわかんなかったからいい感じに決めといた」

「……そっか」

 

 シンは明らかに安堵したような顔をした。不幸を具現化したようなエクステンデッドでも、軍を辞めて勉強して、幸せをつかもうとすることが許される。

 ……もうそんな世の中になったのだ。

 

「……暖かくて優しい世界なんてない」

 

 ミーシャはかつての言葉を繰り返す。

 

「でも、殺されない、犯されない、奪われない。そんな環境なら、用意してあげられた」

「……ありがとう、准将」

「別に。私、部下には優しいの」

「知ってる。アウルは?」

「アウルはまだファントムペインで元気にやってるよ。短く太く生きるんだってさ」

「あいつらしい」

 

 ミーシャからしてみれば理解できないが、アウルはミーシャの部下の頃からスリルとか危険、そういうものを楽しむきらいがあった。平和になったのにまだ武器を手に取る感性はよくわからないが、もうそこまでして戦うというのなら自己責任だと思うことにした。

 

「そっちは? ルナマリア……はシンと一緒にこっちか。ヒルダさんは?」

「ヒルダさんは今プラントで士官学校の教官やってる。眼帯が最高にハッタリ効かせられるって笑ってた」

「ふふ、たしかにね。私達が五体満足で戦争終わったの、きっと奇跡だよ」

「まー、俺もそう思う」

 

 正直アコードにハメられて撃墜されかかったときは死んだと思った。だがこうして生きている。

 

「アグネスは?」

「まだ男漁りしてる。ルナが「あの子スペック至上主義はやめたけどそれはそれとして男運がないのよね」とか言ってた」

「ああ……なんかそんな感じする」

 

 ミーシャは微笑む。確かにアグネスは男運が悪いというのはなんかイメージ通りな気がする。いい男と出会えますように、とミーシャは密かに祈りを捧げる。

  

「そういや……おっさんはどうしてるんだ?」

「ネオはね、死んだよ」

「え?」

「ネオ・ロアノークはあの戦闘で死亡が確認された。同時期に戦闘中行方不明だったムウ・ラ・フラガがオーブの浜辺で発見され、そのままオーブへの移住を希望。今は……まぁ、艦長やるような美人で胸の大きい奥さんもらってんじゃない?」

「……なんか前に死人は復活させられないって言ってなかったか……?」

 

 ミーシャは頷く。

 

「相当無茶すればいけるとも言ったよ。大西洋連邦大統領とオーブの代表が1人の男の戸籍を復活させるべく動くなんて、政治的に相当無茶苦茶やったと思う」

「……なんかあのおっさんすごいな」

「政治的にも不可能を可能にする男、らしいよ。バカみたい」

 

 ミーシャは言いながら笑う。正直ムウにネオという戸籍を用意したのも、海賊艦アークエンジェルに乗っていた大西洋連邦の英雄という外聞が悪かったというだけなので、オーブの正式な軍艦に転身して、そのへんの事情を知る者が激減した今となってはネオという戸籍は正直存在意義が薄かった。突っ込まれてボロが出るようなぬるい偽装はしていないはずだが、ニセモノよりかは本物の戸籍のほうが遥かにいいはずだ。

 

「准将、学校楽しいですか?」

「ん? ――まぁ、それなりに」

「……好きな人でもできればきっと、もっと楽しくなると思います」

「彼女持ちが……。で、ルナマリアはいつルナマリア・アスカになるの?」

「え!? いや、そのぉ……」

 

 シンをからかうと、彼は照れたように顔を赤くして黙った。

 

 ミーシャは曲がり角に車が止まっているのを確認すると、シンを見る。

 

「あの車、迎えだから」

「あ、はい。じゃあ俺はこれで」

 

 シンと別れて、車に近付く。助手席から1人の男……クロト・ブエルが降りてきて、後部座席のドアを開けた。

 

「ありがとう」

「いえ。……にしても変わるもんですねぇ、隊長」

「ん?」

「まさか隊長がザフトと並んで歩くようになるとは思わなかった」

「私も」

 

 ミーシャが車に乗り込むと、運転手のシャニがバックミラー越しにミーシャを見る。

 

「学校楽しい?」

「うん。シャニも行く?」

「もういいよ、俺達は。この仕事が続くなら何でもいい」

 

 シャニの顔には僅かな微笑みが浮かんでいた。バレンタイン家の使用人という立場は中々悪くないものだ。あとは出会いがあればなぁ。そんなことを考えるほど余裕のある生活ができるようになった。ミーシャには感謝してもし足りないくらいだ。

 

「ならよかった。一生こき使うからね」

 

 そう笑うミーシャの笑顔に影はない。張り詰めた糸のようだった前の大戦とは大違いだ。

 

「さ、行くぞシャニ。安全運転でな」

「わかってるっての」

 

 安全運転なんて言葉がクロトやシャニから出てくるなんて。ミーシャは感慨深くなった。

 

 ――ミーシャはアイリやフロン、リリス達と電話してお喋りを楽しんだあと、いつものようにルクスと一緒にオンラインでゲームをやっていた。タイトルはいつものFPSだ。

 

「なぁ、今日コズミック・イラ70年の大戦について勉強したんだけどよ」

「うん。右から狙撃手。撃ち返すね。始末した」

「ありがと。……最終的にアレどっちが勝ったんだ? 先生もなんか歯切れ悪かったし」

 

 ミーシャはその答えを少し悩む。

 

「ヤキンで目標を達成したのは三隻同盟だけだと思う。ラクスとラミアス艦長と……キサカさんかな。結局連合もザフトもほとんど戦力なくなって……大きな話をするなら、痛み分けで引き分けじゃないかな」

「ミーシャ個人もそう思ってるのか?」

「まぁね。どっちも勝たなくてよかったと思ってる。プラントを核で吹っ飛ばすのも、ジェネシスで地球を死の星に変えるのも間違ってるし」

「おおう」

 

 聞けば聞くほど、前の大戦が人類の危機だということが思い知らされる。

 

「……なぁ、ミーシャ」

「ん?」

「明日の放課後、空いてるか?」

 

 ルクスはなんの気無しに、世間話のようにさらっと切り出した。内心心臓がバクバク言っているが、声色には出さない。

 

「空いてるよ」

「……なぁ、聞きたいんだけど、ミーシャって彼氏いないよな?」

 

 一世一代の大勝負。そんな気概で彼は聞く。ミーシャはそんなルクスの内心に気付かず、答える。

 

「いないよ。できる予定もないかな」

 

 ミーシャの脳裏にちらりとオーブの次期首長代表が思い浮かぶ。が、頭を振って彼の影を頭から追い出す。

 彼と自分は釣り合わないし、オーブの次期首長代表と大西洋連邦の軍人でバレンタイン家の当主の自分は彼と付き合って結婚……そんなことはあり得ないのだ。トーヤは忙しいし、そもそも国を跨いだ遠距離恋愛なんてできるわけがない。会えるとしても年1とかになるだろう。オーブの神話か何かか。

 正直いいなと思っていたのは否定しない。だが……だが、ミーシャとトーヤはあまりに遠すぎる。物理的に。

 

「そっか……! わかった、明日放課後な!」

「うん」

 

 ミーシャはまだ、気付かない。自分を好きでいてくれる人など、いないと思いこんでいるから。

 

 ――オーブも、連合も、ザフトも。全人類が戦争に疲れ果てた先に、今の世界がある。

 デスティニープランは完全に潰えた。二度もプランのせいでレクイエムが撃たれたとなると、採用などできるはずもない。

 オーブ……カガリとアスランはこれからもオーブの首長代表として生きていく。困難であっても、二人でいるなら大丈夫。

 キラとラクスは今はまだ、休息の中にいる。日がな一日いちゃついて、幸せな微睡みの中にいるような甘い日々を送っている。

 

 そして、ミーシャは。

 

「な、なぁ、ミーシャ」

「ん、どうしたのわざわざこんなところに呼び出して」

「お、俺。俺ミーシャが……ミーシャが好きだ! 俺と付き合ってくれ!」

「……えっ」

 

 そしてミーシャの人生はこれからも続く。

 

「……でも、私……私人殺しだよ」

「それでもいい!」

「……あ、あの、私初めてじゃないけど……それでも大丈夫?」

 

 ミーシャの言葉に、一瞬だけルクスは怯む。だがすぐに頷いた。

 

「大丈夫だ! だからミーシャ、付き合ってくれ」

「……」

 

 ミーシャは目の前の男を見る。

 体つきはがっしりとしている。金髪で青い目。背はキラより少し高いくらいだろうか。まだ14歳なのに。顔立ちは整っていて、少しワイルドな見た目をしている。服装は……ちょっとダボッとしていて、ファッションには興味がないように見える。

 ルクスとは……とくに何もなかったように思う。ただたまに話して、一緒に遊んで。それだけだ。

 

「……私、別にルクスの命の恩人とか戦友とかそんなんじゃないのに……ホントに好きなの?」

「ああ。好きなんだ」

「私、たぶんめんどくさいよ」

 

 いや、かなりめんどくさいと思う。

 

「別にいい」

 

 ルクスの目はまっすぐミーシャを見つめていた。ミーシャは迷う。

 

「……私、私……」

 

 好き。そう想ってもらうためにどんな犠牲を払わなければならないのかと思っていた。一緒に戦って、地獄みたいな状況を共有して。辛いことも苦しいことも一緒にやって、身体全部明け渡して。それでも好きになってもらえなかったのに。

 ……なのに、ただ話して遊んだだけで?

 

「――ルクス。私は、ルクスのこと、恋愛的な意味で、好きじゃない」

「……そんな」

「でも、ルクスがそう言ってくれて、嬉しかった。だから、だからね」

 

 ミーシャはルクスに一歩近づく。緊張で力いっぱい握りしめられた彼の手を取る。未だ、ルクスの気持ちは信じられない。半信半疑だ。だが、差し伸べられた手を振り払うほど、ミーシャは病んでも壊れてもいなかった。たくさんの人の支えがあって、壊れかけても戻ってこれた。

 

「付き合おう、ルクス。これから恋人として、よろしくね」

 

 ――きっと、今。

 

 何気ない恋慕を向けられて、ようやくミーシャは、全ての呪いから解き放たれた。

 

「う、うん」

「……抱き締めていい?」

「うえっ!?」

「恋人なんだもん。いいじゃん」

 

 ……少し距離が近くて段階を進めるペースが早いことにルクスはきっとどぎまぎして混乱するだろう。

 

「……う……い、いいよ」

「ん。ドキドキしてる」

 

 そして、二人は関係を深め、やがて愛し合うだろう。

 

 ――ミーシャは今、幸福に一歩、近づいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コズミック・イラ75。

 地球、プラント間の度重なる軍事衝突で疲弊した世界は、皮肉にも、世界から大規模な戦争を行う余裕をなくした。大西洋連邦、オーブ、プラントの局所的な軍事同盟である世界平和監視機構コンパスの発足を機に、世界は少しずつ融和の道を歩む。

 アコード事件を最後に人類はついに戦争可能な戦力を使い果たし、以降、大規模な戦争と呼べるものは起きず、ただ各地で小競り合いが起きる程度であった。

 

 ――ミーシャ・バレンタインはその幼少期と変わらず、波乱万丈な人生を歩むこととなる。だがその傍らには常に友人たち、戦友たちがそばにいて、そして、恋人がいたという。

 

 大英雄として歴史に名を刻んだ彼女の物語はまだまだ続く。しかし、彼女の幼年期に語るべきことは、もうない。歪んで、壊れそうになって、苦しんで、辛い目に遭って。戦って、戦い続けて、血に汚れて、それでも。

 

 ――それでも彼女は幸せを手にしたのだ。




至らないところや書ききれないところ、多々ありますが今回で本作は最終回となります。
完走した感想ですが、書きたいところは大体書いたので物凄く満足してます。やっぱり小説書くのは楽しいなぁ。次はオリジナル小説を書きたいです。

感想、評価お待ちしております。

ご愛読ありがとうございました!
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