普段よりも早く目が覚めてしまう朝がある。今日もまた、布団の中でスッと意識が浮上してしまった。
昔は適当な時間まで曲を流して時間を潰していた。奏たちと出会ってからはもっぱら皆で作った曲だ。
でも、今朝はなんとなく隣のベッドですやすやと眠る兄をぼーっと眺めてみる。
一人暮らしする兄の家に転がり込んでから、私の生活は少しばかり静かになった。
◆◆
「まふゆ、あなたも頑張るのよ。夕夏みたいに。」
朝食を食べているときお母さんから言われたのはこれまで幾度となく聞いてきた言葉。お母さんからすればなにげない言葉で私からすれば鎖のような言葉。
私、朝比奈まふゆには兄がいる。一人暮らしをしながら国立の有名大学に通う兄は贔屓目抜きに完璧だ。
小さい頃から眉目秀麗、勉学はおろか運動や作曲などの万事をそつなくこなす。それでいて人当たりはよく、笑顔を絶やさない人。
あの人は両親の誇りで、私の頼れる兄で―――私の重荷だ。
「大丈夫だよ、お母さん。」
味のしない朝食は、なぜだかいつもよりも美味しくなかった。
学校に行く、その足で予備校へ行き授業を受けて帰宅。いつもの日常ならばこのまま味のしない夕飯を食べて、Kたちと作曲なのだが、今日は違った。
「おかえり、まふゆ。」
「…ッ。ただいま、お兄ちゃん。来てたんだね。」
兄が来てるとは思ってもいなかったから笑顔の仮面に少しだけヒビが入る。幸い、夕夏は気づいてないようだった。
「今日は大学が休みでね。友達はみんな課題に追われてて暇だったから昼から来てたんだ。」
「そうだったんだ。今日は泊まってくの?」
「そうするつもりだよ。勉強で聞きたいことがあったら何でも聞いていいからね。」
「…うん、ありがとう。お兄ちゃん。」
そこで会話を切り上げ自室に戻る。急いで自室に戻りドアを閉める。荷物をベッドに放り投げ、ずるずるとドアにもたれながら膝を抱えて蹲る。
味覚とともに見失った感情、奏たちと一緒にいることで最近は少しだけ温かなものを手にしたりしてきた。
でも1つだけ、兄に対する感情だけは見失うことはなかった。
いつからだろうか、兄の顔を見るのも嫌になったのは。昔は大好きな兄だった、今でもその気持ちは変わらない。
だけど理由もわからないまま兄を邪魔だと思っているのも確かで、そして、そんな身勝手な自分が…大嫌い…。
スマホを手にとって曲を流す。光に包まれればそこはなにもないセカイ、私が落ち着ける場所。
ただ今日は先客がいたみたい。
「あれ、まふゆ?珍しいじゃないこんな時間に来るなんて。」
「絵名、いたんだ。」
「何よその言い方、私がいちゃ悪いみたいじゃない。それよりあんたの顔、酷いわよ。何かあったの?」
「ちょっと、ね。お兄ちゃんが、家に来てたんだ。」
「ああ、あの人。私から見ればただの優しそうな人なんだけどね。まったく人間ていうのは大変よね。」
「うん…」
絵名はそういうとミクと話しながら絵の続きを描き始めた。私はそれを柱に寄りかかってぼーっと眺める。
「まふゆ…」
「ミク、いまはそっとしておいてあげましょう。」
しばらくして、心が落ち着いてきた頃に絵名に別れを告げて曲の再生を止める。
見慣れた部屋に戻って来たら着替えて、閉まりきってなかったドアを開けて1階へ降りる。
大丈夫、私はちゃんと笑えてる。
「あら、まふゆ。遅かったわね、もう夕飯食べ始めてるわよ。」
「ごめんね、お母さん。ちょっと気になることがあって調べてたんだ。」
「あはは、まふゆはすごいな。俺とは大違いだ。」
「もうやめてよ。お兄ちゃんの方が凄いよ。」
「ふふ、2人とも自慢の子供よ。さ、冷めないうちに食べちゃいましょう。」
味のしないはずの夕飯はあまり美味しくなかった。
◆
一人暮らしの部屋の中、目を覚ませばただ静寂が広がるばかりだ。
味のない朝飯を食べながら今日は何をしようかと考える。
大学は休みで友人たちは課題に追われている。作曲は、気が乗らないな。
やることがないなぁ…とぼんやりしているとふと実家に顔を出そうというアイデアが浮かんできた。
だんだんと家族に顔を合わせるのもいいアイデアのように思えてくる。なにより可愛い妹に会いたい。
俺、朝比奈夕夏には妹がいる。
面倒見が良く、困ってる人がいれば率先と手助けをする。頭が良く、学校の成績ではいつも上位。誰かの期待に対して完璧に応えてみせるよくできた妹だ。
俺にはにても似つかぬよくできた子だ。
そして、俺が負担を押し付けてしまった妹だ。
気づいたのはいつだったか。少なくともそうと分かった時にはすでに手遅れだった。
彼女が料理を口にした時の感想が聞き覚えのあるものだったからだろうか、それとも彼女の表情がどこか見覚えのあるものだったからだろうか。
少なくとも、彼女は感情を見失い、味を無くした。最近はどうやら少しだけ改善の兆しがあるようだが理由はわからない。
…いや、ほんとのことを言えば予想はつく。
なにはともあれ、俺は彼女の人生から彩りを奪ってしまった。それが悲しくて、悔しくて。
だが、同時にこうも思ってしまうのだ。
「お前も同じところまで落ちてきたか。」
大事な妹が苦しんくるでいるのに対して仲間ができたと喜ぶ浅ましさがずっと俺を苛み続ける。
大学では俺は凄い人だと思われているらしい。当然だ、俺は「大人」なのだから。
だが俺は、そんな自分のことが、大嫌いだ。
顔を振って逸れた思考を取り戻す。
母親に「昼飯と夕飯を食べに行く」と連絡を送れば「わかった」と返ってきた。これでよし。
夜8時頃、まふゆが帰ってきた。
どうやら俺が帰ってきてるのは知らなかったようだ。彼女の顔が一瞬だけ驚愕に染まる。
軽く話すとすぐに2階へ行ってしまった。こうも避けられるとやはり、少しだけツライものがある。
「夕夏、もうすぐお夕飯ができるからまふゆを呼んできて頂戴。」
「わかったよ、母さん。」
さっき避けられたばかりなんだけどなぁ…と思いながら階段を登っていく。
「まふゆー?そろそろ夕飯だってよ―」
呼びかけてもノックをしても返事がない。寝てるのかとも思ったがまふゆが2階に登ってからまだ5分も経ってない。
意を決してドアを開けてみればそこは無人の部屋だった。ベッドの上に彼女の荷物がおいてある、というよりは投げ捨てられているのを見れば彼女は一度この部屋へ帰ってきている。
「やっぱりか。」
やはりお前も、セカイに行けるのか。
「あら夕夏、まふゆは?」
「予備校の授業で気になったことを少しだけ勉強してから食べるってよ。」
「あら、そう?じゃあ先に食べ始めちゃいましょうか」
1階へ降りてくると母が食卓の配膳を終わらたところだった。まふゆより先に帰ってきてた父は席に座って新聞を読んでた。
「夕夏、大学はどうだ?」
「楽しいよ、父さん。友人たちとも仲良くやれてるしね。そいつは最近バンドを始めるって息巻いててね。なんでも女子高生バンドが素晴らしい演奏をしてるのを見たらしいよ。」
「あらそう?それなら良いのだけれど、でもやっぱり音楽ばかりより絵のほうにも目を向けてみるべきじゃないかしら、教養もつくし。」
「大丈夫だよ、母さん。俺だってもう大人だ。それくらいの分別はつくさ。この前も東雲先生の展覧会行ってきたくらいだしね。」
ああ、両親との会話は
「そうそう、父さんが以前話してた角永教授、あの人の授業がとてもおもしろくてさ。ゼミを受け持ってないのが惜しいくらいだよ。」
「だろう?あの人は優秀な方だからなぁ。」
家族との団欒、夕飯は味のしないカレーだった。
2話ほどで終わります。忙しいので続きがいつかはわからないけどプロットはあるので風呂敷はちゃんとたたみます。感想、高評価があると喜び勇んで続きを書きます。ない場合はまだかなぁと思いながら続きを書きます。
あ~、まふゆに激重感情をぶつけたいしぶつけられてぇ…