うたわれるもの 〜悠久の残滓〜   作:バルト・イーヴィル

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うたわれるもの 〜悠久の残滓〜

『特殊起動シークエンス稼働』

『システムオールグリーン』

『製造番号No.8610が眠りから覚めます』

『5、4、3ーー』

どこだここは。

目覚めたという実感と共に真っ暗な部屋の中で手を彷徨わせる。

その手を誰かが取った。

「……あんたは」

 

そこからは薄暗い空間をひた歩いた。

冷たい金属の床に裸足をすり合わせて。

時折散らばる破片に痛みを覚えて。

外から吹き込む風に寒さを感じて縮こまると彼女は彼を抱く。

「こっちにテントがあるからそこまで我慢出来る?」

外の明かりに照らされてようやく自分が薄着であるという事に気が付いた。

寝巻きにしても彼女と自分の着物で差が有るような。

直感で言えば寝巻きが最新で彼女の着物は古風の様に思った。

それを彼女に問う事はせず、寒さにかじかむ手足に耐えながら彼女の言うテントまでたどり着いた。

「よく頑張ったね」

そういう彼女はテントの中に居たもう一人の人物に彼を紹介する。

二人とも大はしゃぎの様子だった。

「子宝に恵まれなかった私達に神からの贈り物かしらね」

「そうかもね」

男は柔和な笑みと共に桶と湯を用意した。

「さ、寒かっただろう?身体を温めて、ご飯にしよう」

それが両親との出会いだった。

 

両親は行商をしており、その傍らで遺跡に立ち寄ったのだと言う。

母が体が弱く子供を作れない体質だということで自分の他にもう一人孤児を育てているそうだ。

孤児の名前はハルト。

そのハルトと仲良くなれるように似た名前を付ける事にしたらしい。

バルト……それが俺の名前だ。

頭にノイズが走る。

『うーん、製造番号8610……ならハローとかハチムツとか』

『それかハムとか?』

『うわ!ふざけてるわけじゃなくて……なら、ハルトとかバルトとか』

無いはずの記憶。

懐かしむような誰かの声がしたような気がした。

 

ーーーーーーーーーーーーーー

 

何から話すべきか。

そうだな。

今色々あってエンナカムイに来ているというのが先に来るべきだろうか。

本来ならばこの場に来るのはもっと先延ばしになるはずだったのだが、旅路の途中で遭遇したヤマトの双肩の片方を担う右近衛大将オシュトルに話しの事は及ぶ。

「すまぬな……そなたに託したい」

経緯を聞くと、ヤマト八柱将が1人ヴライとの戦いでこうなってしまったのだそうだ。

今まさに託されている片方は妹のネコネ、もう片方は懐刀のハクという男。

「そなたしか居らぬのだ……頼む」

正直、ヤマトという国には良い印象があまり無い。

都は栄えており民の暮らしも賑やかなものだが、最近故郷であるトゥスクルへの侵攻が行われた。

帝が崩御されて、侵攻は半ばに終わることになったがそれが理由でヤマトの兵を辞めてきた所だ。

俺を雇っていたのはデコポンポという八柱将の一人だった。

何十万という兵を集めて全軍突撃と撤退の命令しか出せないものの、一山当てるならそこで名を挙げる他無いと踏んでの打算もあった。

彼を揶揄した【七光】というのも頷けるというものだ。

「某の故郷であるエンナカムイに」

オシュトルから仮面が外れ落ちる。

その顔には余裕は無く、遠く離れた場所から見たいつかの凛々しい姿からはかけ離れたものだった。

塩となって散っていくそんなオシュトルの姿を見届けた二人は茫然自失。

とくにネコネという少女は死んだような顔をしている。

こんな状態の二人を見て見ぬふりは出来まい。

「あー、あんたらさえ良ければエンナカムイまで送るぜ?」

ギギリやキママゥのような野生の動物が居ない訳でもないので、子供となんともヒョロっとして頼りない男を護衛するという形でエンナカムイ入りが決まったのだった。

 

道中、エンナカムイについて思いふける。

確かにオシュトルがエンナカムイを故郷にするという話は聞いたことがある。

あれだけの知名度のある人物が市井の一人だったとは中々思い難いが、帝は実力さえあれば地位を授ける様な人であるということなのだろう。

一説では【大いなる父《オンヴィタイカヤン》】と呼ばれる存在であり、同じ人種と並べて語るのは不敬と言われても仕方ない事かもしれないが、己が心の内の声ぐらい構わないだろう。

そもそも、俺の主教はオンカミヤムカイと同じくして【大神ウィツァルネミテア】だ。

故郷がトゥスクルなのだから当然と言えよう。

そんな俺がどうしてトゥスクルではなくヤマトに来ているのか。

事は単純な話で、父が現在トゥスクルの貿易商を営んでおり、八柱将が1人【溟海】のソヤンケクルとも名高いヤマトの全領海を統治する人物を介して商売をした影響で、御息女であらせられるアトゥイという方に仕合い……もとい死合いをさせられた事で勝つまでは行かなかったものの惨敗まではせず、その腕を買われてヤマトで働かないかと引き抜かれたという経緯がある。

俺の両親は現在戦争の影響でトゥスクルへの帰還中であったため、ヤマトに1人取り残されたという訳である。

帰る手段が無いとも言える。

ソヤンケクルを頼れば船くらい出してもらえるかもしれないが、紹介してもらったデコポンポの所で一山当てるどころか惨敗をした経緯もあってか顔を出し辛い。

行く宛も無く彷徨っていた所にオシュトルと鉢合わせたのが吉と出るか凶と出るか。

今、ヤマトは帝が崩御されて間もない。

仮面を返すならヤマトに向かうのが筋なのではないかと思うかもしれないが、辞表を叩きつけて出てきた手前……今から帰るのはちょっとしんどい。

オシュトルがエンナカムイに行けと言ったのだからエンナカムイで良いだろう。

ええいままよ!

 

トゥスクルが故郷とは言うもののトゥスクルで育ったと言うと少し語弊がある。

故郷がトゥスクルに統一されてしまったからトゥスクル出身であると名乗っているだけだ。

両親の出身は父がケナシコウルペ國と母がクッチャケッチャ國だ。

母が俺を遺跡で拾い、しかし幼い頃に病弱であったバルトは厄介な流行病にかかり高名な薬師であるトゥスクルさんの居るヤマユラの集落に身を寄せた時期がある。

行商の途中だった事もあり、両親が仕事に勤しむために一旦預けられ、両親が迎えに来るまでの3ヶ月ほどトゥスクルさんのもとで暮らした。

そこからエルルゥさんとアルルゥさんの二人に面倒を見られた。

トゥスクルに帰った際に顔を出すとアルルゥさんにあの頃の話をされるが全く覚えていない。

「おむつがどうの、お漏らしがどうの……勘弁願いたいものだ」

今でこそ自立して日銭を稼ぐ事が出来ていたのは幼い頃から色々な人々の支えがあってのことだと自覚がある。

本来はこんな手軽に手放して良い立場ではなかったが、故郷への侵攻、父が死去……こうなれば如何に恩義を感じていてもヤマトを去ろうとするのはそんなに不思議なことでもないだろう。

そんな話を道中ハクという男とネコネという少女にした。

そうでもしないと重すぎる空気に耐えられなかった。

 

エンナカムイに到着すると門が開き、中からまばらに人影があった。

その彼らの中には見知った人物も居る。

「いや、あんたがそこに居ちゃダメだろう……」

その中にはトゥスクルの皇オボロの姫殿下こと、天子クオンが混ざっていたからだ。

むしろ率先してエンナカムイへ向かう人々から目的の人物を探している様にも見える。

アルルゥさんと顔見知りということは、クオンとも顔を合わせる機会はあったということだ。

「姫殿下……なんでこんなとこに」

俺の顔を見て余裕の無さそうな彼女は何かを問い正す事を急いている様だった。

何をそんなに躍起になっているのだろう。

「まあ、事情に深入りするつもりは無いけど……姫殿下、ここの皇であるイラワジ様に取り次ぎとかって出来ませんか?」

「ハク!お帰りなさいハク!オシュトルはどうしたのかな?」

「オシュトルは……死んだ」

表情を伺ってくるクオンの顔を正面からハクは見つめて刀と仮面を見せる。

「オシュトルはん程の人が?」

「アトゥイもこんなとこで何をしてんだよ」

事情が読めないのである。

どうすればトゥスクルの天子クオンが居て、ヤマトの八柱将の一人娘であるアトゥイが居て、そこにオシュトルが帰って来るという予定だったのだろうか。

なぜエンナカムイで……。

トゥスクル侵攻のこともあり、不可解が過ぎた。

 

市井の1人でしかないバルトがこの非常事態に取り次ぎをされてその日にイラワジとの面会を受理されるのは極めて異例だった。

バルトもそれを理解してかソワソワとして落ち着きがない。

ハクとネコネが並び座して待っている。

「クオン殿とアトゥイ殿のお知り合いと聞き及び、案件は取り急ぎのものだということで用件をお伺いしておる。本日は如何様にあらせられるかな」

本来ならば、用件を下の者に伝えてそのうえで詳細を述べるものだ。

それは重々理解している。

だが、オシュトルの死をひけらかして良いものでも無かろう。

広く民衆で慈しむかどうかなど、オシュトルの家系の者が決める事。

おいそれと口にして良いことでもない。

「こちらの用件はオシュトルからの言伝でございます」

ハクが取り出すのは仮面。

「この後は頼むとこの仮面をエンナカムイへと持ち帰るように託されました」

それだけで察したのだろう。

イラワジ様は酷く驚き、そして困った様に眉尻を下げた。

「そうだったか……姫殿下の御身はこちらで預かっているとはいえ、オシュトルが……取り急ぎ門兵に守りの強化を言い渡さねば」

姫殿下ってクオンが保護されているということだろうか。

なぜだ。

捕虜というやつだろうか。それにしては自由に動きすぎていると思うが。

「すぐに敵襲が有ることは無かろうが、用心しておくに越した事は無いからのう」

敵襲と聞いてバルトの眉間にシワが寄る。

え、誰が?

どこに?

何故エンナカムイに?

こんな田舎に?

「て、敵は一体……」

思い当たるのはオシュトルと戦ったというヴライぐらいのものだ。

本当に彼が来るなら門兵に強化を言い渡した所で無駄に思える。

【仮面の者《アクルトゥルカ》】を相手に生身の人間では、強國ウズールッシャの二の舞いになってしまうとしか思えない。

このエンナカムイにそのアクルトゥルカに対しての牽制材料となる存在など言わずとも分かる。

同じアクルトゥルカであるオシュトルの存在だ。

ウズールッシャとの戦いには俺も参加したが、あれは戦いというよりは蹂躙に近かった。

ましてや先程のヴライに至っては捕虜にすら温情がない。

あれと戦うの?

これには顔が険しくなってしまうのも無理もない。

平静を装うにはそれこそ仮面を顔に付けるしかないだろう。

「そなたはどうする?」

不意に視線がバルトへと向いた。

「正直、アレと戦って力にはなれないでしょう。ですが」

エンナカムイには姫殿下であるクオンを保護されている。

ならば、彼女の待遇を少しでもマシにするために力を貸すのは俺を助けてくれたトゥスクルさんへの恩返しになるのではないだろうか。

ならば貫こうじゃねえか義理ってやつを。

「エヴェンクルガ程の義を語るつもりも無いし、彼ら程の力も持ち合わせてはいない。だが……姫殿下……というよりは彼女の周りの人間に助けられて来た恩返しくらいはさせてもらおう」

バルトはそう啖呵を切ると、床を強かに踏み手を叩き付けた。

「しかし、知っておるだろうがこの國は山々に護られていることもあり、何かしらの侵攻を受けたことがほとんどない。それ故に兵の練度は世辞にも高いとは言えぬ。まともに実戦を経験している者など皆無と言って良いだろう」

そうだろうな。

こんな天然の砦みたいな攻めにくい場所攻めたくない。

「兵だけではない。この儂も花や鳥の名前ならいくらでもそらんじる事が出来るが、戦のことはまるで分からん」

そうなると、イラワジ様が兵を率いる事は現実的ではないと言わざるをえないだろう。

「ここは、エンナカムイ。別にそれで良いと思っていたのだがな」

戦乱に巻き込まれるとは露ぞ思っていなかったのだろう。

奇遇だな。

俺もだ。

「この国はやがて嵐に巻き込まれる。その時、もしここが攻め入られたら……正直儂では民を守りきることは難しい。いや、出来ぬと言ったほうが良いだろう」

「将を選ぶならば士気に関わります故、名だたる武士《もののふ》や兵《つわもの》……それこそオシュトルのような御仁か、それに代わりますれば若き皇子が代案かと思います」

イラワジ様はそれに同じる様に頷く。

「故に、今後はキウルに全権を委ねたいと思う。采配から政に至るまで全てな」

「その上でオシュトルの死については口外するのは悪影響だろうと進言します」

アクルトゥルカに対する防衛手段が無いと公言する様なものだからだ。

それに、練度も低いのに士気まで下がっては救いようがない。

「この仮面は保管しておくか、秘密の共有者としてオシュトルの代行をどなたかに託すというのは如何でしょうか」

「というのは……?」

「その者が直接の指揮を取らずとも、仮面を付けて立っているだけで意味があるということです。要はオシュトルの権威を借りるということになります」

その人物がオシュトルに似ているならばそれが最上であり、そうで無いならば仮面を隠してオシュトルは別の所に居るとするしかないだろう。

「しかし、その様な人物……」

「オシュトルのご親族に男はおりませぬか?」

イラワジ様の表情が曇る。

隣で縮こまっているネコネの表情も一層暗くなった。

ああ、これ、居ないやつだ。

「そうですか……ならば代案があります」

 

「それは流石に荷が重いじゃない……」

先程、正門でクオンと話した時に一緒に居た御仁の中に居たのである。

似たような背恰好。

似たような艷やかな黒髪。

そして同じ剣の使い手。

名はヤクトワルトと言うらしい。

「オシュトルの旦那はもう亡くなってしまったとは信じ難いじゃない」

「信じ難いじゃない」

「そう言われてもそれが事実なんだから飲み込んで貰わないと難しいんだ」

あまり乗り気ではない様子。

そりゃそうだ。

オシュトルの代行なんて引き受けてくれと言われてもおいそれと受ける事は出来まい。

「まあ、けど、しょうがないじゃない」

「しょうがないじゃない」

ヤクトワルトは仮面を顔に重ね、髪を雑に剣で切る。

「他に務まる相手が居ないなら俺がやるしか無いじゃない」

「おお!とおちゃんがオシュみたいだぞ!」

さっきからなんだこのちんちくりん。

「右近衛大将オシュトルじゃない」

「おおー!シノノンもやるぞ!」

「待て待て、オシュトルの肩にガキンチョが乗る様な戦場が有ってたまるか。一発で偽物だってバレるだろう」

先程自分でシノノンと名乗っていたので名前はシノノンなのだろう。

そんな俺、私、某に並ぶシノノンなんて一人称あってたまるか。

自分の名前を幼い頃に言う者も居るし、このガキンチョもそうなのだろう。

「お前はこっちだ」

襟首を摘んで自分の肩に乗せる。

「あとは衣服をそれらしいものに着替えたら即席オシュトルの出来上がりだな」

「それについては後程手配しよう」

 

 

 

 

 

◆編集中◆

 

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