【近日中フルリメイク】……あなたが、先生、ですか。はじめまして、不知火カヤと、申します。 作:猫型探索者
「久々でしょ、この道歩くの」
前を行くホシノさんの背を追って、ゆっくりと道を歩く。ひび割れたアスファルトや、風に運ばれて靴に当たる砂が懐かしい。
砂漠の奥に連れてこられて嫌というほど砂にはまみれたけれど、あの砂と今ここで浴びている砂は気分的にはやっぱり違うもの。
もしかするとホシノさんが私の前を歩いているのも関係しているのかもしれない。
「一年半ぶりでしょうか。……すこし、寂しくなりましたね」
「まぁね。撤退しちゃったり、年齢が理由で閉めちゃった店もあるからさ。――ほら、カヤが好きだった、あの和菓子屋さん」
「えっ? 辞められたんですか?」
「去年の暮れだったかな。腰が限界だから、って」
「そう、でしたか……」
「でも、虎さん、カヤが来たら一日だけは店を開けてやるんだー、って言ってたし、体の調子が戻ったら挨拶に行ってきなよ?」
「そうします。個人的に、虎吉さんにはとってもお世話になりましたから」
「うん。そうだね」
こんな何気ない雑談でさえ、一歩間違えれば二度とできなくなっていた。そう考えると少しだけ背筋が凍るようなそんな気がします。
「あ……ほら、太陽が昇ってきたよ」
ホシノさんの言葉につられて、顔を上げると、地平線の奥から、さんさんと輝くオレンジ色の太陽が昇ってきているのが視界に入る。
太陽の光に照らされて空に浮かぶわずかな雲が、茜色に染まる。連邦生徒会にいた頃には、嫌というほど見た景色。
うんざりするほど見たこの光景。
だけどアビドスという場所で、彼女と共に見る日の出は、不思議と嫌な気はしませんでした。
「……こうして、二人で日の出を見るのも、いつ以来なのでしょう」
「私が一年生の頃の元旦以来かな。多分」
気づけば私たちももう三年生。あと数ヶ月もすれば卒業です。
キヴォトスに訪れた当初は、輝かしい青春時代を送る気で満々でしたが、結局、まともな青春を送ることなく卒業のカウントダウンが近づいてきています。
だからこそ、このような何気ない日常が、私の青春たり得るのです。
「…………懐かしいでしょ」
「ええ。ここはもう、第二の故郷のような場所ですから」
「うへへ。――ぁあ、もう。大好きな場所を、大好きな人に好きだと言ってもらえるのって、こんなに嬉しいんだね。初めて知ったよ」
「この雰囲気が好きだって言う人は、私の他にも居ると思いますよ? 皆、この場所を知らない、こんなにも素晴らしいということに気付いていないだけで」
「そうじゃ無いんだけどなぁ。まぁでも。……――そうかな?」
「きっと、そうです。こんな素敵な場所を知らないなんて、人生損ですよ」
一目見るだけで進んだ心が洗われるような、思わず大きく息を吐いてしまうような、景色。
そんな絶景に見惚れていると、ホシノさんに優しく肩を叩かれた。
ホシノさんの方に顔を向けると、目の前にピンク色のコップが差し出されていた。
「はい、これ」
コップの中には赤に近いピンク色の液体がなみなみに入っていた。受け取って軽く匂いを嗅いでみると、少し甘い香りがする。
「…………これは?」
「サボテンフルーツジュース。新しく売り出すんだってさ」
「……ユメさんのお店で、ですか?」
「そうそう。結構いけるよ? まあ、ちょっと青臭いから、好き嫌いは別れそうだけどね」
そんなホシノさんの説明を聞きながら、コップを口元へ運ぶ。試しに一口飲んでみると、なるほど、確かに少しだけ青臭いような気がしないでもない。
だけど。
「――…………美味しい」
私にとっては、そんなに気になるほどのものでもなかったし、この程度の青臭さならむしろいいアクセントになる、気がする。
濃縮還元されたジュースにはない、その果物特有の香り、とでも言ったらいいのでしょうか。
「それなら、良かった。――ちなみに、カヤの水筒の中身は特製スポドリだからね。当然、ユメ先輩のお店の商品だよ」
私の水筒の中身を説明しながら、ホシノさんは空になったコップの中を見ると、水筒を傾けてくる。
それに言葉を返すことなく一つ頷くと、ホシノさんもまた何も言うことなく私のコップへジュースをなみなみ注いでくれた。
二人で朝日を見ながら、静かにジュースを飲む。
連邦生徒会にいた頃には絶対にありえない、朝のひと時。こんな緩やかな日常が、いつまでも続けばいいのに……と思う一方で、あの場所に残してきたみんなに、少し罪悪感が湧く。
今、私がこうして一息ついている最中にも、防衛室では休む間もなく仕事が入ってきているのだと思うと、何か悪いことをしている気分になる。
まさか、この歳で仕事をしていなければ落ち着かない、なんて状態になるとは思わなかった。もしかすると、私は早死にするかもしれませんね。
そんな、わずかな罪悪感と、未成年でワーカーホリックとなった自分自身に、何とも言えない感情を抱きながら、空へ登っていく太陽を眺めていると。
「……ねえ、カヤ。ふと思っちゃったんだけどさ、私ってちゃんと先輩できてるのかな」
突然、ホシノさんがつぶやくように言った。
その表情はどこか不安げで、ホシノさんが頭の中でぐるぐると考え込んでいる時の顔だった。
「どうしたんです、急に」
「んー。……いやさ、ふと思っちゃって」
「…………ホシノさんは、自分自身のことをどう思ってるんですか?」
「私?私は……どうかな。わかんないや」
彼女がこうなることは時折ある。
何でも、自分が今進んでいる道が本当に正しい道なのかが分からなくなるのだとか。それに、この頃精神的な負担となる出来事が続いたことも、原因の一つなのかもしれない。
私だって、親しい後輩がさらわれたり、友人が別の誰かに成り代わったり、今まで問題なく受けられていた支援を突然打ち切られたら、悩み通すだろうから。
ひとまず今は彼女と話をしましょうか。
全ては対話に始まり、対話に終わるのですから。
「先輩が卒業した後こそ、先輩みたいな明るい人になろうとしたんだけど、いざやろうとしてみると、中々難しくてさ」
「…………」
「笑っちゃうでしょ? 久々に会ったら、私の一人称が“おじさん”になってたなんて」
「確かに、びっくりはしましたけど。でも、それはホシノさんの試行錯誤の証です」
「…………うん」
「――私は。……私は、ホシノさんはいい先輩になっていると、そう思いますよ。私が後輩だったら、あなたみたいな人に、ついて行きたいと思いますから」
「…………そう、かな」
「普段は優しくて、ふわふわしていて、みんなのことを暖かく見守ってくれて――……でも、いざという時には絶対に守ってくれる、とってもかっこいい“スーパーヒーロー”みたいな先輩だと、彼女たちも思っているのではないでしょうか」
「…………買い被りすぎじゃない?」
「そんなことはありません。なぜなら、これは初めて会った時から、ずっとあなたを見てきた、この私の感想なのですから」
まあさすがに、私よりもはるかにずっとホシノさんを見てきたユメさんには叶いませんけれど。
「うへっ!?」
「…………それに、自分を変えた、という一点では、私も似たようなものですし」
「……うへへ、確かに。カヤ、昔は物凄い神経質でお硬い子だったもんね」
昔の私は、まぁ、酷かったですから。
過去の私がホシノさん達に言い放った言葉が、わずかな後悔とともに、いくつかフラッシュバックする。
『どうして校舎内に砂があるんですか?』
『復興する見込みのない学園に、助成金なんて出せません。これは連邦生徒会防衛室の総意です』
『現状、アビドス高等学校は適切な学習環境が確保できていない状態にあると考えています。私としましては、新しい学校への転入をおすすめします』
あの頃の私は、何もわかっていなかった。
ただ自分の仕事を全うすることだけを考えて、学校を守ろうとする方々の気持ちや、その思いを全く理解していなかった。
自分の都合を相手に押し付けていた。
ホシノさんと出会って数ヶ月は、顔を合わせるたびにお互い険悪な雰囲気になっていたし、少し打ち解けてモモトークを交換した時でさえ、あまり良い雰囲気ではなかったけれど――。
「……さっきも似たようなことを言い合ったような気がしますけど、丸くなりましたね。お互いに」
「そうだねぇ」
そこから色々なことを乗り越えて、たくさんの後悔を経験して、その結果出来上がったのが今の私だ。
残念なことに、私たちは過去に戻ることはできない。どんなにやり直したいことがあっても、それが叶うことはない。
けれど、その後悔を糧にして、二度と繰り返さないようにすることはできる。
結果がどうであれ、悔いなき選択を。
それに気づかせてくれたのは、ホシノさんやユメさん、アビドス高等学校の、生徒たちだった。
皆に出会えなければ、きっと私は欲望という名の沼の中、虚構の玉座で自惚れながら沈んでいた。
下手をすれば、立場に目がくらんで連邦生徒会長の座を狙っていたかもしれない。そんな未来もあったかもしれない。そう考えると背筋が凍る。
過去の自分と、あり得たかもしれない未来を思い浮かべながら、人知れず冷や汗を流していると、突然首元に人の温かみを感じた。
目を向けると、いつのまにやらホシノさんが優しく私の肩を抱いていた。どうしていきなりこんなことを? それが気になって言葉を発しようとする前に、ホシノさんが口を開く。
「ごめんね、急にこんな話をしちゃって」
「……謝らないでください。誰かとお話ができるだけで、私は嬉しいのですから」
「そっか。…………じゃ、私から言い出しておいてなんだけどこの話はもうおしまいね」
「ドツボにはまる前に、ですね」
「そうそう、そゆこと」
本当に、話し方と体の動きだけで雰囲気を変えられるところ、尊敬します。
纏う雰囲気がとろけたホシノさんを見ているだけで、気分が和らぐのは、本当に不思議なものですが。
「…………それにしても、老けた上に丸くなるって、まんま老化だよねぇ。あー、やだやだ。私まだ十七なのにさ」
ホシノさんが後輩さん達と話す時の一人称って、何でしたっけ。なーんて口には絶対出せませんけど。
心の中でそう思ってしまうのは、私だけではないはずです。
「――……いま、一人称おじさんのくせにとか思ったでしょ?」
前々から思っていましたけど、何なんでしょうこのカンの鋭さ。心の中でも見えてるのかというくらい、私の考えていることを中ててくる。
「………………そんなことは」
「何か間があったような気がするな――……って、この音は…………」
どこからか車のエンジン音が聞こえる。
この時間にこんな道を走ってる車なんて、私の記憶が正しければそうないはずだけど。
そう思いながら、音が聞こえた方へ、視線を向けた時でした。
「「――あっ」」
声が、重なる。
私の視界に映ったのは、こちらに向かって走る水色の軽自動車。盛大に砂煙をあげながら、軽自動車が出せる限界と思わしきスピードで爆走しています。
誰が乗っているのか、なんて。
もはや考えるまでもありません。
ホシノさんがどこか遠い目をして、どんどん大きくなっていく車を眺めています。
私も、苦笑いを浮かべながら、小さくその車に向かって手を振りつつ、確実に訪れるであろう未来を想像して、少しだけ目に汗が滲みました。
「……うへ〜。お迎えがきたよ、カヤ。やっぱり、気付いた時点で引き返して、書き置きを残しておいた方が良かったかな」
「…………お説教はまず間違いなさそうですね。あの様子だと」
「私達、共犯だね?」
「ですね。一緒に叱られましょう」
普段怒らない人を怒らせた時が、一番怖いんです。
今日私たちは、改めてそれを心に刻むことになるのでしょう。
いや本当、怒らせたら誰よりも怖いんです。
ありがとうございました!
次回から、やっとやっとやっと話が動き出します。
追記
お気に入りが1000件超え、評価が赤になっていることに気が付きました。
お気に入り、評価をしていただいた皆様、本当にありがとうございます!
カヤ室長の今後について【誰かの家に転がり込む場合は、家がある地区が活動拠点となります】
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アビドス編終了までこのまま滞在
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アビドス編の途中でDUへ出発する
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ホシノの家に転がり込む
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即座にDUへ向かい防衛室へ突撃
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ヒナの家に転がり込む
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シャーレに転がり込む
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ナギサの家に転がり込む
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柴関ラーメンで働く
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ツルギの家に転がり込む
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カンナの家に転がり込む
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ノアの家に転がり込む
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便利屋68と共に行動する
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イチカの家に転がり込む
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マコトの家に転がり込む