俺だけは、覚えてるから。

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アポカリプス・ジャーニー

「一ヶ月後の二月二十八日、巨大隕石が地球に衝突してこの世界は滅びます」

 

 それはなんてことない日の朝。いつものようにテレビをつけたらニュースキャスターが真面目なトーンでバカみたいなことを言っていたのが事の始まりだっただろうか。

 お、この放送局ついに狂ったか? と思って他のチャンネルに切り替えてみたが、そこでも緊急ニュースというテイで世界滅亡の危機をニュースキャスターが読み上げていた。

 世界滅亡だかなんだか知らないけどさ、俺が毎朝楽しみにしてるちょいかわ見れなかったんだけど。きっとみんなも同じことを思っているだろうとSNSを覗いたら、そこでも世界の終わりだとか死にたくないだとか隕石が怖いだとか、みんなして大慌てだ。

 そんな陰謀論じみたジョークに踊らされるなんてやっぱり人類は愚かだな、滅びてもいいかもな! なんてバカにしていたけれど。

 一日、二日、と少しずつ日が経つごとに、ニュースは真実味を増していった。テレビには研究家たちや政治家が世界の最期について議論し合う中継しか映らなくなった。

 それから、皆最期の時を過ごすために自分の家に帰ったからだろうか、街の明かりはどんどんと消えていき、来たる二月二十八日に備えて悔いのないように行動する終末活動、略して終活が流行り出した。本当に世も末だと思う。

 気づけば俺の通っていた大学も学級閉鎖になって、働いてたバイト先も営業休止。あっという間にニートになってしまった。

 おかげで、俺はやることもやりたいこともないまま、ただゲームで時間を浪費するだけの毎日を過ごしていた。国からの指令のおかげで、かろうじて生活インフラは動いていてよかったな、なんて考えながら、いつも通り周回をしていたら、いきなり家のチャイムが鳴った。

 何事かと思いドアを開けたら、見慣れたナスビ頭が玄関先に立っていた。

 

「やあ、起きているかい?」

「……薫? いきなりどうしたの?」

 

 そう。この当然の来客の主は、俺の幼馴染である瀬田薫で。こんな大波乱の中でも薫はいつも通り堂々としていて、コイツって本当になんも変わんないなあ。

 薫は大丈夫そうか? と尋ねると「フフ、どんな時であろうと瀬田薫は儚く元気よく過ごしているからね! 心配には及ばないよ」とかよくわからないことを返してくる。

 良くも悪くも相変わらずな薫を見て呆れつつも、まあ元気そうならいっか、なんて安堵していたその時だった。

 

「突然だが、これから私と世界を笑顔にする旅に出ないかい?」

「は?」

 

 このおバカナスビは耳を疑いたくなるほどの爆弾発言を突然捩じ込んできた。

 ごめん、前言撤回。世界滅亡の危機によってコイツの頭も狂っていた。いや、元々狂っていたような気もしなくはないけど。

 というか、世界を笑顔にするのは俺の役目じゃなくて薫が所属してるバンドの役目じゃなかったっけ? どうして俺を巻き込もうとしてるんだ? 恐る恐る聞いてみる。

 

「え、なんで俺? 世界を笑顔にするならさ、俺じゃなくてハロパピ? の子とか誘えばいいだろ」

「そうしたいのはやまやまなのだけれど……私たちハロハピは、それぞれ違う形で使命を果たすことになっていてね。こころはチャリティー活動、はぐみはボランティア、美咲はハロハピの音楽配信、ミッシェルと花音は街中で子供達を笑顔にしているよ」

「それで、薫が選んだのが世界を笑顔にする旅ってことか。いいんじゃない? でも、俺誘う必要あった?」

「フフ……君と私は運命共同体、だからね」

 

 いや俺お前と運命共同体になった記憶ないよ。しれっと存在しない記憶を捏造するのをやめてほしい。

 でも、この終わってる世界の中でも世界を笑顔にしようと頑張るなんて、ハロパピ……じゃなかった、ハロハピの子達って、すごいな。俺には到底できそうにないや。こんな時こそ世界を笑顔にする王子様が必要だと思うんだ、と笑う薫の横顔がひどく眩しくて。

 薫はたまに、こうしてどこか人間らしくない発言をすることがある。俺としては、まるで瀬田薫という名前のカミサマになったかのような言動をする薫のことが、正直心配で。

 薫が『瀬田薫』という存在として生きているのはわかっている。わかっているけれど、その『瀬田薫』の奥底に眠る泣き虫で臆病な彼女に無理をさせたくなかった。

 ……何より。このまま薫を放っておいたら、俺の手が届かないようなどこか遠いどこかに行ってしまうようで怖かった。

 どうにかして、この手が届かなくなる前に君を閉じ込めておきたかった。君が星になってしまう前に、この手の中に閉じ込めておきたかった。

 薫は、本当にずるいよな。ずっと、ずっと。無意識なのか、意識的なのかは知らないけど、君はいつもそうやって俺の頭を掻き回す。きっと、最期の日までそうなんだろうなって。

 

「まあいいよ、俺も暇だし。終末世界を笑顔にする旅だかなんだか知らないけど、ついていけばいいんだろ? それに、多分俺の運転免許目当てで誘っただろ、お前」

「おや、バレてしまったか」

 

 だから、最期ぐらい思いっきり薫に振り回されてみようと思った。誕生日月だし、ちょっとサービスぐらいしてやろうと思って。それに、君と過ごす最期ならきっと心の底から儚かった、って言えるだろうから。

 

 

 ──出発の日が来た。

 父さんが大昔に買った無駄にデカい車の後部座席にありったけの着替えと食べ物を詰め込んで。あと、携帯ゲーム機とかシェイクスピアの本も詰め込んで。俺たちは、まだ見ぬ誰かに笑顔を届けに行く。

 何がなんなのかわかってなさそうな父さんと母さんに別れを告げて、俺は車のエンジンをかける。見知った街を抜けて、高速道路に乗って、知らないどこかへ向かうんだ。

 

「で、最初はどこ行くの?」

「フフ……」

「絶対決めてないな」

 

 言い出しっぺがノープランすぎて、マジで予定とか決まってないけど。でも、それが俺たちらしくていいなって思った。その後天性の行き当たりばったりな性格は、もしかして俺に似ちゃったのかなあ、なんて自意識過剰なことを考えたりして。

 そうして俺たちは、各地を巡った。ある日は小さな住宅街の子どもたちと触れ合ったり。ある日は大きな街でストリートパフォーマンスをしたり。ある日は、俺も巻き込まれて駅中で即興劇をさせられたこともあったっけ。

 薫との旅は、どこまでも荒唐無稽だ。基本何が起こるかわからないし、なぜか定期的に俺も瀬田薫劇場に巻き込まれている。ただの移動手段としてついて来たはずなのに、いつの間にか瀬田薫劇団の団員にされていた気分だ。

 こんなことをして本当に世界が笑顔になるのか、SNSに晒されて笑われて終わりじゃないのか。俺はどこまでも陰気な性格だから、ついそんな想像をしてしまう。

 それでも、薫はそんな俺の懸念すら吹き飛ばしてしまうほどみんなを笑顔にしていて、楽しい空間を作り上げていた。その空間の中では、ここが終末世界だなんて思えないほど、みんなが幸せそうにしていた。

 ほんと、薫は、笑顔の天才だな。さっきまでため息をついていたおじさんも、不機嫌そうなお姉さんも、不安そうだった子供達も、一気に笑顔にしてしまうからさ。

 笑顔になった人々に囲まれて笑う君は、太陽のようにどこまでも眩しい。近くなったはずの薫との距離が、また、遠くなる。少しでも薫に近づきたくてこの旅を始めたはずなのに、近づくどころかもっと薫が遠くなっている気がする。

 薫は、本当に俺でよかったのだろうか。こうして遠くから薫の姿を見ていると、そんなことばかり考えてしまう。今更もう引き返せないのに、馬鹿だよなあ。

 薫は怖くないのかな、世界の終わりが。薫は悲しくないのかな、自分の誕生日に世界が終わることが。

 俺は、正直わからないや。死ぬとか生きるとか、そんなことはもはやどうでもよくて。ただ、薫が幸せでいてほしかった。

 

 少しずつ、終わりへのカウントダウンが進んでいく。それでもなお、薫は王子様であり続けた。見ているだけでいつのまにか笑顔になって、不安も吹き飛んでいく。薫の演技には、それぐらいのパワーがあった。

 それに対して、俺は何もできていない。ただ、週末世界を照らす太陽(きみ)を見つめているだけ。君と比べて自分はどこまでも無力なのだな、と悟った。

 眠る薫の髪を撫でてみた。その感触だけは、あの頃と何ひとつ変わらない。思えば、こうして薫の髪を撫でるのは何年ぶりだろう。薫の寝顔を見たことも、ずいぶん久しぶりなんじゃないかな。

 最近はまともに眠れていなかったのだろうか。少しクマができているのが見えた。ああ、やっぱり。薫は、消耗している。

 

「薫はさ、残りちょっとしかない人生を、全部他の誰かに捧げるのかな」

「……そうやって不特定多数の誰かを笑顔にし続けるくらいなら、いっそ」

「王子様なんかやめて、俺と一緒にいればいいのに」

 

 気づけば、こんな言葉を口にしていたらしい。我ながらあまりにもエゴに溢れていて、思わず笑ってしまった。まあ、それはみんなも同じなんだろうけど。

 そんな勇気も資格なんてないくせに、拗らせた愛だけが無駄に大きくて。何もできない自分の無力感と君という等身大の人間に対する独占欲で気が狂いそうになる。

 こんなクソみたいな世界で誰かを笑顔にしたい、なんてなかなか考えることじゃない。それを実行するなんてもってのほかだ。

 俺は、そんな優しくておバカな薫のことが大好きだった。どうかその優しさが踏み躙られないように、あわよくば、その優しさを俺にだけ向けてほしいと思ってしまうあたり、かなり重症なのだろうなあ。

 そんな無駄な期待、早く捨てればいいのに。いつのまにか薫は、手の届かない星になってしまったのだから。

 ──それでもまだ、俺は君に焦がれている。どうしようもないくらいに、君に焦がれている。

 

「……なあ、薫。明後日の二十八日、世界滅ぶじゃん。その日は、薫の誕生日だったじゃん。……なんか、ほんと、神様って残酷だよな」

「ああ、そうだね」

 

 二十六日の夜。俺は、薫は星空がよく見える展望台に薫を誘った。こんな終末世界でわざわざ星を見る馬鹿なんていないんだろう、この展望台は俺たち以外誰もいない。

 それにしても驚いたな。薫がたまには二人で過ごしたい、って言ってくるなんて。そのおかげで、俺たちは二人だけの星空を独占しているわけだけど。

 ああ、このまま時間が止まってしまえばいいのに。世界の終わりも、変なしがらみも、全部なくなってしまえばいいのに。

 

「聞いてくれるかい?」

「うん、いいよ」

「今年の誕生日は、盛大に祝ってもらうはずだったんだ。こころが私の誕生日パーティーを開いてくれてね、君も誘う予定だったんだよ。美味しい料理を食べて、みんなと舞台を演じて、子猫ちゃんたちが用意してくれたたくさんのプレゼントを開ける。とても儚いパーティーだと思わないかい? ……今となっては、叶わないけれど」

「……そっか」

 

 そう口にする薫の横顔は、どこか寂しげで。また、世界の終わりが憎らしくなった。世界が滅ばなければ、薫は笑って楽しく誕生日を迎えられて、また新しい一年を過ごせてたんだろうな。

 サプライズもプレゼントもパーティーもなくなって、幸せな一日になるはずだった誕生日が世界滅亡の日に書き換わって。シェイクスピアでも書かないような悲劇に、胸が痛くなる。

 二月二十八日は、決して世界が終わる日なんかじゃなくて。今俺の目の前にいるおバカで真摯で、誰よりも優しい少女が生まれた日だってことを。

 

 ……俺だけは、覚えてるから。

 

 二十七日の夕方になった。ついに明日、約束の日がやってくる。そんな日でさえ薫はみんなを笑顔にして、太陽のように眩しく笑っていた。

 多分、今ここで俺が何も言わなかったら薫はこのまま最期の日も王子様であり続ける。それが薫の望んだ最期なのかもしれない。けれど、俺はやっぱり、それが受け入れられなかった。

 薫は普段、わがままを言わない。そんな薫が俺に言った唯一のわがままが、この旅だった。きっとそこに深い意味はないのかもしれないし、あるのかもしれない。

 この際、もはやどちらでもいい。最期くらい、俺のわがままを聞いてほしいんだ。

 

「あのさ。薫って、相手の気持ちを一番に考えるタイプだよな。たとえ自分がボロボロでも、相手が幸せそうだったら満足するタイプだと、俺は勝手に思ってる」

「薫がみんなの前でパフォーマンスをする理由だって、子猫ちゃんが『瀬田薫』を求めているから、だろ? どこまでも他人主義で、みんなのためを思ってる。それはすごいいいことだと思うし、薫らしいけどさ。たまにはさ、自分を優先するのもありじゃないかなって……どうせ世界は終わるんだし、それだったら俺は薫と薫のための旅をしたい」

「それもこれも、聞こえのいい言葉で誤魔化した俺のエゴだけどさ。もし、それでも選べないなら俺が理由になる。今から世界が終わるまでの間だけ、俺だけの薫になってよ」

 

 そんなの、全部口から出まかせの話だ。結局、俺には薫の気持ちなんて一生わからないし、薫の考えもわからない。わからないけれど、君が俺を選んでくれる理由がほしかった。

 そうだよ。たとえ君がどんなに手の届かない星だとしても、最期くらいこの腕の中に収めたっていいじゃないか。

 

「……構わないよ。せっかくの誕生日なんだ、君と儚く過ごすのもいいと思ってね」

 

 薫は少し黙り込んだ後、優しく笑ってそう言った。その笑顔は、今までのどんな薫の笑顔よりも、綺麗だった。

 明日は、どこか遠くへ行こう。誰も俺たちを知らないところに行こう。おしゃれなカフェでコーヒーを飲んでもいいし、また星を見てもいい。幸せな誕生日をゆったり過ごして、最高だった! と笑って、眩い星となろう。

 まだ見ぬどこかに向かって車を走らせる。行き先は決めていない。そんなもの、決めなくたってどうせ世界は滅ぶんだ。君と一緒にいられるなら、どこだってよかった。

 

 

「緊急速報曰く、どうやら後二十分ほどで世界が終わってしまうらしいね。ちょうど、日付が変わるその時、隕石が落ちてくるらしい」

「案外、短いもんだな。もうちょっとぐらい一緒にいたかったよ、俺」

「奇遇だね、私もさ」

 

 世界が終わるまで、後二十分。俺たちは二人で海を見ていた。遠く遠くへ行こうと車を走らせたものの、結局近くにあった海に落ち着いてしまった。

 二人だけの海岸。波の音が心地いい。そんな波の音を聞きながら、俺たちは二人で語らいあっていた。それも全部、明日なくなってしまうんだな。

 

「言い残したことは、ないかい?」

「……実はめっちゃある。多分言い終わらないから、俺は黙っておくよ」

「フフ、そうか」

 

 この拗らせた感情は、墓まで持っていこう。それが最善かどうかはわからないけど、そっちの方が「儚い」気がして。

 それに薫が気づいているような気がしなくもないけど、それでもいいんだ。言葉が役に立たないときには、純粋に真摯な沈黙がしばしば人を説得する、という言葉があった。

 それに、言葉にした途端、その感情が俺から離れてしまう気がしたから。だから、俺の中にとどめておくんだ。この拗らせた愛も、この歪み切った恋も。

 

「……私は一つだけあるよ」

「そっか。どんな内容?」

「実はね、笑顔にする旅は、君と過ごすための口実だったんだ。もちろん子猫ちゃんたちには笑顔でいてほしいと思っているよ。けれど、それよりも。私は、君と最期のひと時を過ごしたかった」

「……最初っからそう言ってくれれば、もっと二人だけで過ごせたのにな」

 

 なーんだ、結局両思いか。じゃあ、俺も言い残したこと全部言っておけばよかったなあ、とちょっとだけ後悔した。

 こうして瀬田薫らしく誘わないと上手に誘えないところが薫らしいな、と思った。俺と過ごしたくて旅に出たはずなのに、結局自分の願いよりもみんなを幸せにすることを優先してしまうお人好しなところも薫らしいな、と思った。

 

「……最期に、キスをしてくれないか」

 

 薫は俺に寄りかかると、恥ずかしそうにそう口にした。俺の気持ちをわかってそう言っているのか、無意識にそう言っているのか。

 真相はわからないけれど、薫の願いなら、それに応えないわけがなかった。ぎこちないながらにも、薫に口づけをした。

 薫の唇は、とてもあたたかかった。キスをした後、恥ずかしかったのか俯いて黙り込んでしまう薫はとてもかわいらしかった。ああ、こんなに幸せで俺は明日死ぬのかな。そっか、死ぬんだ。この幸せを噛み締めたまま、俺は逝けるんだな。

 世界の終わりがだんだんと近づいていく。俺たちは何も言わず、見つめ合う。

 世界が滅ぶまで、後一分。俺たちにタイムリミットはない。だから、最期にこれだけは薫に伝えるんだ。誰も祝ってくれない誕生日なんて、悲しいだろうから。

 

「薫、誕生日おめでとう」

 

 薫はにこりとはにかむ。それと同時に、隕石が激突する。やがて視界は真っ白に染まり、意識が投げ出される。

 二月二十八日。それは世界滅亡の日。そして、君が生まれた日。どうか、そんな君の大切な日が幸せに溢れることを、ただ、祈った。


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