蛇の目覚め
運命に縛られてはいけない。
遺伝子に支配されてはいけない。
生き方を選ぶのは私達なのよ。
重要なのは……貴方が選ぶこと。そして……生きること。
──メタルギアソリッドより、ナオミ・ハンター
生まれる時はきっとそのように感じるのだろう。
まるで木々や葉の間から差し込む木漏れ日が、そうであるように。
目蓋を透かし、網膜に光が差し込む。
はっきりとしない意識は、まるで微睡の中にいるようで。けれど、自分の最期のように、それは静かでいてくれない。
ずっと戦い続けてきた人生だった。
殺して、殺して殺して、繋いできた命だった。
若き日には、殺してきた命に呪われ、けれど一度知ってしまった戦いの緊張を忘れられず、追い求めていた人生だった。
けれど数多の出会いと別れと、思い出と。
思い出を、語り継ぐために奔走したりもした。
未来のために戦った。
戦って、傷だらけになって、年老いて。
それでも、未来のために戦った。
良い人生とは言えなかった。むしろどん底が続いた人生だったと思う。
けれど、そんな自分でも、大切な友ができた。きっと友がいなければ、自分はもっと早く心が折れていただろう。死んでいただろう。
最期は友と、ずっと一緒に語らった。
語り尽くせないほどに時間は残されていなくて、でも悔いはなかった。
戦うために生まれたのではない。人として、ありのままに生きて、そして。
──せい、……せん……い。
誰かが自分を呼んでいる。
友だろうか。
或いは、娘同然の友の養子だろうか。
はたまた、あの世で自分を待つ死者達だろうか。
重い目蓋を、意志を持って切り拓く。
誰が自分を呼んでいるのか、気になった。
「──い、先生、起きてください」
寝起きのような頭でそんな声を聞く。綺麗な日本語だった。目の前で、女性が話している。
どうやら自分の事を呼んでいるわけではなさそうだ。誰かに先生と言われる筋合いは無いし、心当たりもない。故に「彼」は、また目蓋を閉ざす。
生き別れの兄弟からは目覚めが悪い男と評されたが、今は関係がない。
「先生、また寝ないでください」
明らかに、その声は「彼」に呼びかけていた。
「……?」
寝起きの唸り声と、疑問符は重なった。
相変わらず重い目蓋を開けば、そこには誰かのように眼鏡をかけた女性が一人。
切れ長の青い瞳と、長く透き通った黒髪が綺麗で。
何より、ファンタジー映画のように耳が尖っている。
「……少々待っていてくださいと言いましたのに、お疲れだったみたいですね。中々起きないほどに熟睡されるとは」
落ち着きのある声と表情とは裏腹に、その女性は相当に若いであろう事が理解できた。まるでモデルのようなルックスとスタイルの彼女は、けれどどこか幼く感じたのだ。
「……君は?」
まるで洋画の吹き替えのように渋く、低い声が「彼」の喉元から捻り出された。
だがそんな質問も、女性は少々呆れたように返すのみ。
「……夢でも見られていたようですね。ちゃんと目を覚まして、集中してください」
つい、叱られるように言われてしまう。
けれど「彼」の疑問は何も解消されていない。当たり前だった。
だって「彼」は、なぜ自分が今ここにいるのか、目の前の人物が誰であるのかすらわかっていなかったのだから。
それどころか、なぜ自分が「生きている」のか、ということさえも。
「もう一度、改めて今の状況をお伝えします」
彼の疑問を他所に、眼鏡の少女は語り出す。
「私は七神リン、学園都市「キヴォトス」の連邦生徒会所属の幹部です」
「キ……なんだって?」
あまりに耳に慣れない言葉に、思わず聞き返す。
「キヴォトスです。……貴方は私達が呼び出した先生のようですが……」
「俺が?」
「はい。推測形でお話ししたのは、私も先生がここに来た経緯を詳しく知らないからです」
ますます理解ができなくなった。
ここにいる理由も、なぜ生きているのかも、何も分からない。「彼」はただ、唸る。考え、けれど何も思い浮かばない。
そんな「彼」の様子を見て、リンと名乗った少女は察したように言った。
「混乱されてますよね、分かります」
分かってないだろ、と内心思っていてもそれを表面に出すことはしなかった。「彼」は十分、大人だから。
「すまないな。俺も何が何だか分からない」
割と疑い深い「彼」だが、目の前の少女が悪意を持っているとは思えなかった。もしかしたら、これは夢なのかもしれない。
死ぬ時に見る走馬灯とやらは、自分の過去を振り返るもの。でも今の状況は、それとも違う。ならばこれは、あの世なのだろうか。死神が、気を利かせて若い娘を寄越したのだろうか。不能の自分には勿体無い話だ。
「こんな状況になってしまったこと、遺憾に思います。でも今はとりあえず、私についてきてください。……どうしても、先生にやっていただかなくてはいけない事があります」
話の途中から、彼女の雰囲気が少し変わった。こちらを慮るものから、何やら業務的で、それでいて意志を宿したようなものに。
「やらなくてはいけないこと? 俺にか」
突然呼び出し、ろくな説明もないまま何かをやらされようとしている。
困ったものだが、そういうのは割と慣れていた。急に呼び出されては世界の命運を賭けた頼みというものを、何回引き受けたか。そんなものに慣れるべきではないが。
だが、見たところ彼女はまだ子どもだ。そんな彼女が自分にやって欲しいことなど、きっとたかが知れて……
「学園都市の命運を賭けた大事なこと……と言うことにしておきましょう」
前言撤回。どうやら自分は死ぬまで、いや死んでも何かの命運だとか、そういうものに振り回されるらしい。
長くて細い足をすたすたと動かし、彼女は遠のいて行く。しばらく「彼」はそのまま座っていたが、ふとリンは立ち止まって振り返ると、「彼」を呼ぶように咳払いをしてみせた。
ため息まじりに「彼」は立ち上がろうと足腰に力を込める。
「彼」は、老人である。
実年齢はともかくとして、その身体は老人だ。
死ぬ間際は、立ち上がることすらできないほどに老衰し、友に車椅子を押してもらっていた。
だから、車椅子もなければ杖も見当たらない現状では、立つことすらも難しいと、そう思っていた。
まったく、年寄りに厳しい娘だ……そう心の奥底で呟きながら、けれど口ではそんなことは絶対出さない「彼」は、脚に力を入れ。
「っ、!」
その軽さに、驚愕した。
自らの力で立ち上がると言う事が、まるで当たり前のように。彼は、簡単に立ってみせた。
きっとリンは、分からないだろう。それがどれだけ奇跡のような事なのかを。
「彼」は、すんなりと立ち上がった自身の脚を見て、次に手を見た。
本来なら見た目相応の皺くちゃな皮膚は、瑞々しく、若々しく。
衰えていたはずの全身の筋肉は、かつてのハリを取り戻し。
「バカな!」
思わず、窓ガラスへと走り出す。
歩くのもやっとだったはずの「彼」は、およそ平均的な成人男性よりも素早く窓ガラスへとたどり着き。
その素顔を。
誰よりも見たその生き様を。
「……
壮大な街の景色そっちのけで、目の前の
序章なので短めで