──返してくれ、返せ! 俺たちの……畜生!!
メタルギアソリッド5 グラウンド・ゼロズより、カズヒラ・ミラー
アビドスは今、転換期にいる。
砂漠化が進み、多額の負債を抱えながらも残った五人。けれどそこに在籍する生徒の数は今や数十人を超えていた。原因は、彼女達のもとにやって来た正体不明の先生である。
カタカタヘルメット団の前哨基地襲撃。それ自体は、
ホシノは、戦意を失ったカタカタヘルメット団団員がアヤネや他の少女が運転するトラックの荷台に載せられ、連れて行かれるのを見てため息をついた。
「まさか本当にやっちゃうとはね」
「ん、途中から先生に着いて行けなかった。早過ぎる」
ホシノの横でシロコは先程の前哨基地における戦い……戦いというよりは、一方的な鏖殺を思い出す。一人の男による、蹂躙劇を。
事の発端は前日に遡る。
エイハブと彼女達が呼ぶ先生が、突然ある事を言い出した。
「彼女達を、仲間に引き入れよう」
最初の数分、ホシノ達は彼の言っている事がまるで理解できなかった。要約すれば、エイハブは今倒したばかりのヘルメット団を、アビドスに編入すると、そう言ったのだ。
彼女達ヘルメット団もキヴォトスの住人である以上、戸籍はある。その殆どが留年や退学済みではあるものの、生徒となる条件は一応整ってはいた。
けれど、当たり前のように廃校対策委員会の面々はそれに反対する。
ノノミは言う。今さっきまで自分たちを襲撃していた者達を、そもそも説得できるはずはないと。
シロコは言う。彼女達は敵だと。自分達を苦しめていた原因の一つだと。
アヤネもまた、二人と同意見。
セリカは言う。そもそも、部外者の出る幕じゃないと。これは自分達の問題で、ヘルメット団を入学などさせるわけがないと。
ホシノもやはり否定的だった。いくらなんでもリスクが大き過ぎる。
反対意見が出る事など、エイハブには分かりきっていたことだった。だから彼は、あえてこう言い切る。
俺は、このやり方しか知らない。お前達が何をどうするのも、自由だ。この手を握ろうが握るまいが、お前達の自由意志を俺は否定しない。
聞きようによっては、それは脅迫に近いだろう。だが彼に、優しい言葉というのは存在しなかった。ただ、ありのままに彼は彼を語るだけなのだ。
数分考え、ホシノはエイハブの考えに頷く事となる。
アビドスの存続。そのために、彼女は未知へと踏み入る他なかったのだ。
そこからは、何というかあっという間だった。
数時間かけてホシノとエイハブは捕まえたヘルメット団達を説得し、全員がアビドスの非公式な生徒となる。
寝返った元ヘルメット団達の情報をもとに、カタカタヘルメット団の前哨基地の位置を割り出し、日の出とともに襲撃。今に至る。
一つ忘れてはならないのが、その襲撃に直接乗り出した実行部隊がエイハブとシロコ二人であると言うことだ。
「先生は?」
ホシノが問えば、シロコが前哨基地の屋上を指差す。
そこには砂漠と青空を背景に、基地からくすねた電子タバコを楽しむエイハブがいた。どうにもその様がしっくり来る。
人間の男性という未知に触れ、シロコはどうにも感じたことのない感情を抱きつつある。
「私もバスジャックは冗談で考えたことはあるけど……これでいいのかな」
消え入りそうなくらい小さな声で、ホシノが呟いた。
シロコはその質問の回答を持ち得ない。
二人は黙って、ここではないどこかを見つめ続け電子の煙を燻る鬼を、ただ見るしかない。彼女達の背後では、ヘルメットを真っ黒に再塗装したばかりの新入生達が物資の輸送をしていた。
「いいわけないじゃない!」
その夕方、セリカは対策委員会の部室で吠える事になる。原因は、やはりエイハブと彼の持ち込んだ問題にある。
「今まで私達五人だけで頑張ってきたのに、突然部外者が割り込んできて! おまけにこんな人攫いみたいな事までするし! ホシノ先輩はこれでいいの!? みんなはこれでいいの!?」
人攫いはそのまんまだ、とエイハブは椅子に深々と座って足を組みながら思う。予想していた対立だった。
「でもセリカちゃん、今日の襲撃で得ただけでも一千万円近くの返済が……」
「やってること盗賊じゃない! 認めないわよ、こんなの!」
事実、盗賊まがいではあるとエイハブは頭を痛めながら黙る。
彼女が言っていることは全てが正しい。本来なら、いくらホシノが手を取ったとはいえ彼女達を天国の外側に導くような行為に晒すわけにはいかない。だが彼女達の抱える問題を解決するには、まともな手段じゃどうにもならないことは目に見えていた。
綺麗事は、輝いて見える。そして彼女達の青春は、美しく眩しい。綺麗事の一つや二つ、言ってもいいのだ。
「私は認めない! こんな大人、認めないんだから!」
そう叫ぶと、セリカはとっとと部屋から出ていってしまう。
「私、追いかけます!」
「待て。俺が行く」
追いかけようとしたノノミを、立ち上がったエイハブの義手が制した。
「でも……」
「話したいこともある」
セリカの後を追おうとするエイハブの背後から、視線を感じる。ホシノだ。
けれど、ここで言葉をかけるのは違う気がする。ここのボスは彼女で、彼女が決断したことだ。だから、彼女はもっと悩む必要があるのだと……エイハブは、昔の自分に重ねて思ってしまった。薄情かもしれないが。
エイハブが出ていった後、残された四人はしばらく沈黙していた。最初に口を開いたのは、シロコ。
「私は、先生が間違ってるとは思わない」
「シロコちゃん……」
シロコの言葉に、ノノミはただ彼女の名を口にすることしかできない。
「ホシノ先輩は、どう思ってるの?」
「おじさんはね〜……ん〜……」
腕を組んで悩む。悩むフリをする。答えなど、とうに出ているのに。
「ここが、大事だから。何だってやるよ」
セリカは一人、アビドスの街を歩く。彼女には放課後にやることがあるからだ。
と言っても、
感情的になって部屋を出て来てしまったが、だからと言ってその後も感情的なままどこかへ走っていく事などしない。彼女はそれなりにリアリストだった。
リアリストだからこそ、エイハブが齎したこの犯罪スレスレのシステムの有効性を、理解してしまう。けれど、部外者が急にやってきて自分達の問題に首を突っ込むということが、腹立たしくて仕方なかった。
だって、今まで大人達は何もしてくれなかったのだから。大人とは、ある種憎むべき対象なのだから。いつか自分がそうなるとしても。
そして、彼女の歩く先に、その大人がいる。
電子タバコを吹かしながら、まるで先回りしていたように佇むエイハブが。
「セリカ。少し、話をしないか」
「急いでるの」
「なら歩きながらでいい。隣、失礼するぞ」
電子タバコをポケットにしまって、足早に立ち去ろうとするセリカの横に並ぶ。タバコなのに、その副流煙はどこかフルーティーな香りだ。
「話すことなんてない」
「そうか。俺はあるんだ、勝手に喋らせてもらうぞ」
無敵か。セリカは心でそう突っ込みながら、無言で彼の相手をする。
「気に入らないんだな。余所者が、お前達の問題に介入することが」
「……」
「……俺が、あんな手をアビドスに持ち込むことも気に入らないんだろうな」
一瞬、エイハブの声のトーンが低くなる。
「それでいい。お前が俺を気にいる必要はない」
「なにそれ。私を懐柔したいわけ?」
「いや。客観的に物を見れる奴がいないと、組織ってのは成り立たないもんだ」
沈み行く太陽を背に、二人は歩く。
「俺は、時代に抗えなかった」
「……時代?」
「時代という怪物に、
ちらりと、セリカはエイハブを見る。
堕ちた陽のせいでその表情はわからない。けれど、彼女が抱いていた掴み所のない、無口な印象ではなかった。何か、彼女の知らない概念が、彼の顔を覆っているような気がした。
「殺されたって……」
「俺はお前達に、そうなってほしくない。そう思ったんだろうな」
「何それ。意味わかんない」
会話の体を成していない。独白に近いものがあった。
彼はふっと笑って、だろうな、とだけ言った。
「じゃあな。気をつけて帰れよ」
「……」
エイハブは、それだけ告げると道を別った。
彼が語った事の意味を、まだセリカは理解できるわけではない。それで良かった。エイハブは単に、自分の意思を伝えたかっただけだから。
彼は一人、胸元から電子タバコを取り出すと口に咥えた。
スネークがアビドス高等学校のそばまでやって来たのは、エイハブがセリカを追いかけた直後だった。
あの手紙を受領した時、彼はその内容を確認するや否や飛び出すようにアビドスへと向かうこととなった。寝不足の身体を叩き起こし、アロナに行き先と仮眠しているオタコンへの伝言を告げると背広に腕を通したのだ。
アロナには少しでも休んだ方が良いと諭されたし、そのうち起きたオタコンからも何度も休憩するように言われた。けれど、手紙の内容を読んだ彼はそうも言っていられなかった。
皮肉屋で、強がりで、でも誰よりも優しいこの男は誰かに助けを求められている中で休んでなどいられなかった。もちろん、彼の口からそんな言葉は出てこない。そういう小っ恥ずかしいことは、こういう時は冗談で流してしまう傾向にあった。けれど、本当に伝えなければいけない時はそうじゃない。強く、はっきりと、彼は思いを告げる。かつて雷電と呼ばれた男にしたように。
ともあれ、長過ぎる道中でオタコンを経由してアビドスの事は調べていた。
正体不明の砂嵐により砂漠に沈みかけた街。そしてそこに在る、全校生徒五人の高等学校。ここ数週間、この学校は
ろくな支援も補給もなく、彼女達は今も耐え忍んでいる。だからスネークは、寝る間も惜しんで砂漠を突き進んだのだ。
「……オタコン、こちらスネーク。聞こえるか」
耳小骨の位置に指を当て、遠い場所の相棒に話し掛ける。
『聞こえてるよ。どうしたんだいスネーク?』
うん、と唸るように返事をし、スネークは砂で出来上がった稜線の端から身を屈めて観察をしていた。
「様子がおかしい。アビドスの全校生徒は五人だと聞いていたが」
『そうだよ。3年生の小鳥遊ホシノ、2年生の砂狼シロコに十六夜ノノミ、一年生の黒見セリカに奥空アヤネ。
「数が合わない。校庭だけでも数十人の生徒がいるようだ」
『なんだって?』
スネークは背負っていたショルダーバッグから
真っ黒なヘルメットだったり、はたまたゴーグルだけだったりと様々だが、彼女達は一様に統制されて何かの作業をしているようだった。
だがそれよりも目を引くのは、校庭にいくつも並ぶ物騒な車両だった。
『あれは……装甲車?』
「BTRとBMPだ、型は古いが。アビドスは経済的にも困窮しているって話じゃなかったか?」
待ってくれ、と画面の中でオタコンがノートパソコンのキーボードを叩き、アロナがその横で画面を覗き見する。
『うん……情報ではアビドスが保有する車両はバギーが一両に型落ちのドローンが数機のだけだ』
『盗んじゃったとか?』
「ここはキヴォトスだからな……」
ため息まじりにスネークは呆れた。ここ数日の経験から、キヴォトスの治安の悪さは身に染みている。戦車が盗まれてスケバンに利用されるくらいなのだ、今更装甲車が数台盗まれたところで驚きはしなかった。
「だがそうなると、あの生徒達はどう説明がつく?」
『うーん……今あの生徒達を顔認証で身元を調べてるけど、分かってるだけでもほとんどが停学か退学しているようだ』
『顔だけでも分かっちゃうんですね……すごい』
『……それをやってるシッテムの箱、君のだからね?』
そうなると、考えられるのは最悪の状況だった。もしかすると、スネークは間に合わなかったのかもしれない。
そんな時、校舎から誰かが出てきた。背の低い、桃色の長髪の少女だ。
「オタコン、また誰か出てきた」
『待ってくれ、あれは……間違いない、アビドス高等学校の小鳥遊ホシノだ。捕まっているのか?』
「いや、どうもそうは見えん。見ろ、ヘルメットの生徒達と何やら話してる」
『普通のお友達みたいですが……』
更に画面をズームする。のほほんとした表情で話すホシノと、シャキッとした様子で対応するヘルメットの生徒。どうにもおかしい様子だ。
『ここからじゃ声までは拾えないけど……アビドスの生徒が普通に話してるなら、大丈夫じゃないかな? 少なくとも、キヴォトスの生徒達ならヘイローがない君の事を突然撃ったりはしないはずだよ』
「だといいんだがな」
スネークは立ち上がり、