読者の方からあったのですが、無線回みたいなもの見たい方いますか?
腰から装置を取り出し、戦車の側面にそれを取り付ける。すると強烈なヘリウムが装置内のバルーンを膨らませ、数十トンはある戦車を浮かせば空中に出現したワームホールへと吸い込んでいく。
それは異様な光景だが、エイハブにはありふれた光景だった。
決着は呆気なくついた。
勢いは完全にアビドスに傾き、やって来た装甲車や戦車をことごとく粉砕。ヘルメット団達はもれなく降参しエイハブに「回収」された。カズ曰く、ワームホールの転送先はアビドス高等学校だそうだ。残余の人員で回収したヘルメット団を収容するだろう。
硝煙の匂いに塗れた砂漠で少女達は再会を喜ぶ。エイハブはそれを電子タバコ……否、生成したファントムシガーをふかしながら眺めていた。
『ボス、ミッション完了だ。腕は衰えていないな』
「カズ」
在りし日のようにイヤホンから聞こえる声に、エイハブは口の口角を片側だけ上げた。
『今は……メディックと呼んだ方が?』
「好きにしろ。だが俺はまだ失った腕の痛みを忘れちゃいない」
つまりそれは、自分もビッグボスであるという事を捨てたわけではない。顔が戻ったとしても、まだ生きている限り、その任務は、役割は終わったわけではない。忠は途切れていないのだと。
水蒸気の煙が砂漠の青空に舞う。それはまるで、彼のために死んでいった仲間達の魂のようだ。まだ、あの時の鬼は、自らの内に仲間達を宿している。
『そうか……なら、ボス。積もる話もある。一度、アビドスに戻るべきだ』
「そうするつもりさ……っと」
ふと、再会を喜ぶ少女達の中からセリカがこちらへやって来た。その表情はいつものように素直になれない少女特有の膨れっ面だ。
エイハブがファントムシガーをしまうと、彼女と向き合う。
「あの、エイハブ先生……」
「セリカ。おかえり」
生身の右手で、少女の頭を力強く撫でる。生憎子供の扱いは長けていない。だがセリカにはそれでよかった。
エイハブは手を離して軽く肩を叩けば、彼女の横を通り過ぎていく。
「帰るぞ、アビドスに」
それだけ告げると、セリカは精一杯言ってみせた。
「ありがとう、先生」
振り返り、はにかむエイハブ。それを見てホシノが、先生がセリカをデレさせたとか何とか言っているが、軽いゲンコツで済ませてやる。
新メンバー達の乗ってきた装甲車や車両に相乗りさせてもらえば、彼女達は日が沈む前に母校へと帰っていった。
夜、アビドス高等学校。
部屋にはスネークとエイハブの二人きり、ではなく。クラフトチェンバーで生成したホログラム装置を用いて、オタコンやアロナ、そしてマスターミラーの面々が向かい合っていた。このむさ苦しい空間にアロナがいることが、どうにも慣れないが。
ぷかぷかとファントムシガーを吸うエイハブを前に、ニコチン代わりのガムを噛み締めながらスネークは言う。
「つまり、あんたはビッグボスの元部下で。マスターも一時期はビッグボスと行動を共にしていたと」
スネークの表情は何とも言い難いものがあった。そうならば、マスターミラーはかつて共に戦っていたビッグボスを間接的に殺したようなものだ。
ソリッド・スネークという、ビッグボスの生き写しを使って。悪趣味がすぎる。
『そうだ。この姿は、ビッグボスやボ……エイハブと出会って間も無い頃のものだ。どうだスネーク、若い頃の俺は? イカすだろう!』
「は、はは……」
苦笑いで返す。思い出した、確かにマスターミラーは冷徹かつ鬼教官としてFOX HOUNDで恐れられていたが、時折テンションがよく分からない時があった。今がまさにそれなのだろう。特にハンバーガーを語らせたら一時間は講義が続く。
『夜でもサングラスをつけてるんですね! 見えなくないですか?』
『い、いやこれはファッションというか、昔の名残りというか……』
アロナの純粋無垢な質問に、流石のマスターミラーもたじろぐ。彼が子供と接している姿などスネークには想像できなかった。
『しかし、スネークとハル・エメリッヒか……とてつもない因果を感じざるを得ないな』
「……確かにな」
二人の視線がオタコンに向く。マスターミラーはサングラスの下からでも分かるくらいには複雑そうな表情をしていた。
『どういうことだい?』
『いや、こっちの話だ。さて、お互い知りたい事は全部共有ができた。夜ももう遅い、明日に備えるとしよう』
ミラーの提案で、その日の会議はお開きになる。だがスネークとオタコンは、彼らには内緒で話すべき内容があった。
「オタコン、エイハブに
シッテムの箱の中で、オタコンは眉に指を当てて考える。
『どうだろう。でもプライオリティはこちらの方が高い。もし何かあったとしても、アロナを通じて権限を剥奪できるはずだ』
「だがマスターミラーが付いている以上、何か抜け道を探してくるはずだ」
彼は知っている。マスターミラーの狡猾さを。そして役者ぶりを。ザンジバーランドで身をもって体験しているのだ。
それに、元ビッグボスの部下である二人を信用するのも危うい。もちろん今のスネークにとって、ビッグボスは尊敬する父親同然であるが。かつてはゼロと呼ばれた支配者と憎しみ合い、殺し合い、世界を敵に回したのだ。
『僕はマスターミラーを知らないけど、君がそう言うならまだ権限の割譲は止めた方がいいかもね』
『もし何かあっても、アロナが絶対に止めて見せます!』
「頼もしい限りだ」
小さなアロナが胸を張って言っているのを見て、スネークは若干皮肉混じりにそう言った。
一方で、エイハブにも積もる話はある。
アビドス高等学校の屋上で、夜空を背にファントムシガーをふかす。久しぶりの愛煙は、やはり口に心地が良い。本当なら葉巻が吸いたいところだが、ここは高校だ。文句は言ってられない。
ホログラムで映し出されたカズヒラ・ミラーが、その横でぎこちない表情で立ち尽くしていた。
「カズ。俺としては、聞きたい事が山ほどある」
『……だろうな。そうだと思うよ』
数十秒して、口から水蒸気の煙を登らせると、エイハブは掠れたような渋い声で尋ねた。その声色は少しだけ恐れを抱いたものだ。
「イシュメールは……ビッグボスは、どうなったんだ」
彼が彼であるための存在。メディックとしての自分が死に、白鯨を追うエイハブとなるに至った存在。そして、自らの半身。敬愛するビッグボス。それを聞かずにはいられなかった。
カズは口篭った。それだけで彼の結末がどうなったか、分かったようなものだった。けれどカズから齎された結果は、思っていたよりも悲惨だった。
『1999年、ザンジバーランド……そこで本物のビッグボスは殺された』
ザンジバーランド。その存在を知らないエイハブではなかった。もちろん、直接的にビッグボスから言われたわけではない。けれど、アウターヘブンの諜報班がザンジバーの活動等を報告する度に、疑念は確信へと変わっていった。ビッグボスが、自分の友が、表の舞台へと戻ってきたのだと。
「誰に?」
まさか。エイハブが口にすれば、カズはその続きを言った。
『デイヴィッドだ。……俺はその時、FOX HOUNDのサバイバル教官として、奴をサポートしていたんだ。ああ、そうだ。俺は、あれだけサイファーを憎みながら、ついにあんたたちの
カズの声色から、後悔と憎しみがこぼれ落ちる。まるでアフガンから彼を救い出した後、ヘリでエイハブに語ったように。だが今異なるのは、後悔の方がより強く感じられる所だろう。
マクドネル・ミラーと呼ばれたこの男は、死ぬまでそのことを後悔していた。そして死してなお、後悔し続けている。だからだろう、これは
『……俺も、エメリッヒと何ら変わりなかった。結局は自分の報復心を理由に、奴らに利用されたんだ。そうと分かっていながら……』
エイハブはただ、そうか、とだけ言った。彼の中の炎が燃えることはなかった。
これがもし、ソリッド・スネーク以外の者が殺めたのならば違っただろう。けれど、エイハブはソリッド・スネークと対峙して知っている。この世界に来て、彼と出会い、分かっている。きっと、あの若者が世界を変えたのだと。理由は分からないが、スネークがエメリッヒの息子と、かつてのビッグボスとカズヒラ・ミラーがするのと同じように話しているのを見て、そう思ったのだ。
動揺はしていた。シガーを持つ手が震えている。冷静さを保つのに必死だった。だが、報復心を抱くことは決してない。
「カズ、お前は……お前は、どうなったんだ」
『俺……?』
煙を吸う。こんな時に、本物の葉巻がない事が悔やまれた。アウターヘブンではずっと、本物の葉巻を吸っていた。まるで彼と本当に同化するように。
「ずっと気になってたんだ。お前が突然ダイアモンド・ドッグズを去った後、どこで何をしていたのかが。もちろんアメリカに渡った事は知ってたさ。だが、何をしているのかまでは探らなかった」
それは、彼なりの思いやりだったのかもしれない。九年も眠っていたとはいえ、二十年以上一緒にいたのだ。まだMSFも無い時代、苦しい時代から。若く野心に燃えるカズヒラ・ミラーを見てきたのだ。
『……ザンジバーランドの後、俺はアラスカで隠遁していた。だがある時、それは訪れた。イーライ……あの時代、リキッド・スネークとしてFOX HOUNDを指揮していた男が』
「イーライが? 生きていたのか!」
この報せに、エイハブは心底驚いた。何せ彼らが言うイーライは、あの蝿の王国で死んだのだから。死に目にあったわけではない。けれど彼は声帯虫の英語株を発症し、島の焼却から生き延びたとしても生存できるはずがなかった。
『第三の子供だ。彼が、イーライの喉から声帯虫を除去し、そのまま連れ去った。そして俺は、彼に……』
殺された。あれだけ子供を戦場から遠ざけたがっていたカズが。
カズは、こちらに向き直ると意を決したように真っ直ぐエイハブを見た。
『ボス、あんたに謝らなきゃならない事がある』
その謝罪を、エイハブは黙って聞く。
『俺は……俺は、自分の報復心に勝てなかった。あんたを置き去りにして、自分の私利私欲に走った』
カズヒラの後悔。一体彼は、どれほどの無念を抱いて死んでいったのか。
『変異株の時、あんたは死んでいった仲間達の思いを背負った。だが、だが俺は……俺は、そんなあんたを!』
「カズ」
いつものように、エイハブは彼の名前を口にした。その一言にいつも色んな思いを込めていた。
『俺は、ビッグボスに捨てられた。共に創る未来も、何もかも捨てた奴への報復心に駆られて……だが、俺も結局はビッグボスと同じだ。あんたを捨てて、サイファーに寝返った』
「カズ、それは違う」
エイハブは振り返った。夜空の下の彼の姿は暗く、シルエットしか分からない。けれどその姿は、どことなく1984年の鬼にも見えた。
「俺も、あの人も。未来のために戦った。消えることのない報復心に身を灼かれながら、それでも世界を変えようと」
『ボス……』
「だが違うんだ。世界はありのままでいい。……お前も、単に怒りの矛先を間違えただけだ」
かつて、仇敵が口にした言葉。その言葉は正に、ザ・ボスの思想だったはずだ。
「ありのままの世界を残すために、最善を尽くすこと。俺たちはその時、ようやく心の中の鬼を捨てられるんだ」
あの日。焼け落ちる天国の外側で得た、最後の境地。そしてそれこそが、本当にしなければならなかったこと。
世界を変えたかった。仲間達と共に、俺たちの天国の外側を作りたかった。統制と思想に縛られない、本当の自由を得たかった。
だけど本当は違うのだ。結局は、俺たちが争って求めたのは、
『……あんたは影武者なんかじゃない。本当に、ビッグボスだよ』
「長い事あの人の副官をやってたお前に言われるとは、光栄だ」
少しだけ、昔に戻ったような気がした。
少ししてエイハブは、唐突に芽生えた疑問を口にした。
「カズ、お前はAIなのか? あのママルポッドのような……」
『ん? 俺か? ああ、そうだな……確かにAIっちゃAIなんだが……』
どうにも話は一筋縄ではいかないらしい。エイハブは首を傾げる。
『神秘、というのを知っているよな?』
「ああ、デイヴィッドから聞いた。よく分からなかったが」
『ああ……まぁそこんとこは俺もよく分からないんだが……死した俺の魂が、AIに入り込んでいる、とでも言えばいいのか。まぁそんな感じなんだ』
「ざっくりだな……いいのか、AIがそんなんで?」
『こういうのは
そもそも、コードトーカーも神秘的なだけで歴とした科学者だ。エイハブはそんなことを心に留める。
「魂か……」
ふと、彼は空を仰ぐ。
もし魂や神秘という言葉が本当ならば。彼やカズ、そしてデイヴィッドだけではない。
天国の外側、むしろここは天国だが。それも悪くはないと思う。そこに居て良い資格があるのかは別として。
それから夜がふけるまで、二人は語らった。懐かしかったこと、アウターヘブンでの苦労、彼ら老人達が死んだ後のこと。