蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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結構コアな面が出ました。
落とし所に悩んで、とにかく文字を打ち込む……むずっ

2024/7/21
御指摘いただきまして一部修正しました。
PMCという表現をヘルメット団傭兵にしております。


白鯨 10

 

 わしはやつを追いまわすぞ、喜望峰をめぐり、ノルウェイの大渦巻きをめぐり、地獄の奈落をめぐり、追いまわし、追いつめるまで、わしはあきらめんぞ。よいか、おぬしら、おぬしらをこの船に乗せたのもそのためだ!

 

 ──白鯨より、エイハブ船長

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドス高等学校から300mの位置に座する廃ビル。

 最早誰も使わぬ忘れ去られたこのビルに、便利屋68の面々と、それに雇われたヘルメット団傭兵の少女達が集結していた。

 こんな辺鄙な所に集まっているのは、彼女達の目的がアビドス高等学校の襲撃であるからに他ならない。

 

「さぁ貴女達、報酬分の働きはしてもらうわよ!」

 

 社長である陸八魔アルは、目の前に並ぶ傭兵達に向けて言い放つ。だが並ぶといっても整列しているわけではなく、適当に話が聞きやすいように集まっているだけだ。挙句、アルの声が予想以上に大きくて耳を塞いでいる者までいる。

 

「報酬分も何もね、あんたたち時給値切ってるんだから。契約時間分しか働かないからね。残業は無しだよ」

 

 傭兵のリーダーであるお下げの少女が言う。

 

「わ、分かってるわよ!」

「あと便利屋さん、アビドスの連中前情報と大分違うみたいだけど。あんたたち最初、アビドスの兵力は五人って言ってたよね? 一時間前にうちの斥候が確認したところでは、あいつら50人くらい居るみたいだよ。おまけに装甲車とか、最近じゃ武装ヘリまで持ってるみたいだし」

「へ?」

 

 アルの表情がコロコロと変わる。そんなはずはない。数日前までアビドスはもう廃校寸前で、車両もほとんど持っていなかったはずだった。

 と、白と黒のツートンの髪の少女、カヨコがアルに耳打ちする。

 

「社長、あいつらここ数日で戦力を増強したみたいだよ。在校生徒の数も増えてる」

 

 ぞくりとするほど綺麗な声で言えば、アルは白目を剥きかける。だがすぐに立て直すと、瞬間的に頭で戦術を組み立てる。伊達に便利屋の社長をしていない。

 

「……目的はあの高校の奪取よ。戦力を二つに分けるわ。ムツキ室長とハルカは正面からの陽動、ヘルメット団の半分を引き連れていきなさい」

「はいはーい。アルちゃんと一緒じゃないのは寂しいけど頑張るよ〜」

「が、頑張りますアル様……!」

 

 小柄な白髪の少女、ムツキと深紫の少女ハルカが返事をする。

 

「私とカヨコ課長は大きく迂回して警備の薄い部分から侵入、一気に校舎を乗っ取るわ!」

「はぁ……大丈夫かな」

 

 行き当たりばったりな計画にカヨコは頭を抑える。ふと、ヘルメット団のリーダーが手を挙げた。

 

「あの〜、私一応この子達のリーダーなんですけど」

「あ、貴女は私達と一緒に来なさい!」

「はぁ」

 

 なんだかあまり納得していないという様子で一応は返事をする。アルはモヤモヤとした気持ちを抱きながら、けれど作戦を開始するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその数分後、アビドスの警戒レーダーが不明な武装集団を捉える。

 アヤネのパソコンから警報音が鳴ると、対策委員会の部屋の面々に緊張が走る。その頃にはもうマスターの指示で先発の新アビドス生徒達が幾人か出動していた。

 

「この人達は……!」

 

 監視カメラに映った映像を見てアヤネが驚く。彼女のパソコンに映っていたのは、昨日に共に柴関ラーメンを食した便利屋68のムツキとハルカ、そしてそれらが率いる武装集団。

 

「やはり来たか。オタコン、便利屋以外の情報は?」

『調べたよ。どうやら派閥の異なるヘルメット団で結成された傭兵みたいだ』

「子供が傭兵の真似事をする時代ね……」

 

 呆れたようにスネークが呟く。とにかく、今は彼女達を追い返さなければならない。スネークは腰のホルスターからUSPを引き抜くと、スライドを半分開いて薬室を確認する。もちろん余程の事が無い限りは銃を使うつもりはない。

 

「デイヴィッド、お前はシロコ達と向かってくれ。ホシノを借りてくぞ」

「どこへ行く?」

 

 狙撃銃を背負い、小銃を手にして左脇に挟み込むように保持するとエイハブが部屋から出て行こうとする。

 

「そいつらは囮だ、奴らの目的はここの奪取なんだ。なら別働隊がいるはずだ。そいつらを俺たちで叩く」

 

 少なからずスネークもそれを感じていた。便利屋の経歴や戦果はオタコンを通じて少しは確認してある。まぁたった四人の組織だからやれる事に限りはあるようだが、それでもあのアルという少女の手腕なのか、大きなミスは犯していないようだった。なら何らかの戦術的な要素を戦いに用いてくるに違いない。

 それに、その肝心なアルがいない。使用する武器が懐かしいPSG-1であるらしいから、てっきり狙撃支援しているのだと踏んでいたが。

 

「ビッグボスの部下の勘か。……まぁいい、だが二人で大丈夫なのか?」

「問題ないさ、あいつらも大人数で市街地を通り抜けて裏を取ろうなんてしないだろうよ」

 

 じゃあな、とだけ彼は言うと。そのままこちらに手を振るホシノと出て行ってしまう。口数の少ない奴だが、問われればはっきりと根拠を述べるあたりが何とも評価しづらい男だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アヤネの言葉通り、ムツキとハルカは傭兵の本隊と、正面からアビドス高等学校へと向かっていた。

 砂に飲み込まれた忘れ去られた土地。そんな場所に建てられた学校に、いったい何の価値があるのかはわからない。だが便利屋も、傭兵も、仕事だから襲うだけ。例えそれが昨日の友であったとしても。

 

「砂しかないじゃん」

「アル様大丈夫でしょうか……」

 

 気乗りしない任務に、余計なことを考えてしまう。

 と、そんな時先頭を歩いていた傭兵の一人が足を止めた。聴覚を補強するヘッドセットにキャップという、いかにも斥候のような少女。

 彼女はじっと前方を見ながら耳を澄ますと、ただ一言叫んだ。

 

「装甲車!」

「ゔぇ!?」

 

 その声に、思わずハルカが素っ頓狂な声を上げる。

 刹那、前方の十字路を塞ぐように、装甲車が突進してくる。旧ソ連製のBMPだ。

 BMPが砲塔を彼女たちに向けると、外部スピーカーから車長の号令が流れる。

 

『9時方向敵分隊! 砲手、連装! 撃て!』

 

 ムツキは瞬間的にハルカの首根っこを掴むと、裏路地へと逃げ込む。その直後、けたたましい銃撃音と共に傭兵の半分がBMPの弾丸に沈んでいく。もちろん死んでなどいないが。

 

「装甲車相手にマシンガンじゃちょっとキツイな〜」

 

 そう言う割にムツキの顔は楽しそうだ。ハルカは感謝と謝罪を述べながらひたすらにムツキに頭を下げている。いつも通りだな、なんて思いながら、ムツキはハルカに提案する。

 

「ねぇハルカちゃん、その背中のヤツ使っちゃおうよ!」

 

 いたずらっ子に相応しい顔をしながら、ムツキはハルカの背中に背負うそれを指さす。

 

「こ、これですか? アル様には使い捨てで費用が掛かるからできるだけ使わないでって言われたんですけど……」

「でも今使わなきゃアルちゃんに仕事失敗したって報告する羽目になっちゃうよ。そうなったらアルちゃん悲しむだろうな〜!」

「ア、アル様が悲しむ……アル様……アル様を悲しませるヤツら……許さない……」

 

 うまくいったと確信した。ハルカはアルの障害になるものには容赦がない。というよりも、妄想が加速してとんでもないことになる。少し冗談で焚き付けただけでビル一つ爆破なんてこともよくあることだ。

 だから今回も、その怒りのパワーを使わせてもらおう。

 

「アル様の邪魔をする奴ら……」

 

 背中に背負っていたそれを、取り出す。少女には不釣り合いなほどに大きな何か。

 対戦車ミサイル、と呼ばれるそれは、スネーク達が元居た世界において、90パーセントもの命中率を誇る……俗にジャベリンと呼ばれる武器だった。

 

 

 

 

 

 

「命中、撃ち方待て! 操縦手、後退用意! 後方よし、後へ!」

 

 アビドスのBMP、その車長が号令を出す。するとBMPの操縦手がギアをバックに入れ、後退し出した。車長の少女はオーバーライドハンドルを握ると、傭兵達が倒れている路地へと照準を合わせる。

 

「砲手警戒、この方向! 操縦手止まれ!」

「敵分隊、4名のみ排除した模様!」

「逃げられたか……」

 

 砲手からの損害評価を聞いて車長の少女は顔を顰める。車長の少女は、エイハブが初めてアビドスに来た際に彼の腕を撃ち抜いた少女だ。元々は装甲車など乗ったことが無かったが、あのカズヒラとかいうサングラスの怪しい優男の采配で車長となったのだ。まぁ結果的にその采配は正しかったのだが。

 

「カズ、こちらキョウコ。敵分隊撃退。数名が逃亡中」

 

 ヘッドセットのPTTスイッチを押し上げ、あのホログラムサングラスに報告する。彼女が慕うアヤネは、彼女が属する廃校対策委員会をオペレートするのに忙しいだろう。

 

『了解、他の車両も警戒ラインに配置した。引き続き現在地において警戒を実施してくれ』

「了解」

 

 通信を切り、BMPを狭い路地で反転させて警戒する。

 

「キョウコ! 前方敵!」

 

 不意に操縦手から警告がされる。すぐにハッチのペリスコープから車体前方を見ると、数十メートル先に何かを構えている少女がいた。ゾッと、キョウコの背筋が凍る。あれは対戦車ミサイルだ。しかも狭い路地のせいで、砲塔はちょうど真横を向いて警戒していた。瞬間的に反撃が難しい。

 

ATM(対戦車ミサイル)! 車長オーバーライド!」

 

 ぐいっとオーバーライドハンドルを握り、対戦車ミサイルの方向へと砲塔を向ける。しかし如何に砲塔が電子制御され油圧で動こうとも、その動きはやや遅い。気が付けば、対戦車ミサイルが発射されてしまった。

 

「砲手、発煙弾発射!」

「発煙弾発射!」

 

 ポンポン、とBMPの両サイドから発煙弾が発射される。そしてすぐに真っ白な煙が車体を包むと、ミサイルから発せられる赤外線追尾を遮断した。

 だが、それで妨害されるならば最強の対戦車ミサイルなどと呼ばれていない。ジャベリンのミサイルは一度上空へと舞い上がる。

 

「操縦手後退用意、後へ! 砲手、連装! 後退後進射! 撃て!」

 

 急発進するようにBMPが全力で後退すると、砲塔の同軸連装機関銃が煙越しに弾をばら撒く。制圧射撃だ。

 だが、煙越しに当たるはずもない。それでいいのだが、問題は車体が発煙弾の効果範囲外に出てしまったことだった。

 ジャベリンが再度、空中でBMPを捉える。そして物凄い勢いで、BMPの天板を貫いた。

 

「うぐぉあ!」

 

 車体が大きく揺れ、爆炎を上げる。幸運だったのは後部スレスレに当たった事だろう。構造上、BMPの後部は人員輸送のためのスペースがあるだけだ。そしてこの車両には操縦手、砲手、そして車長の3人だけしか乗っていない。

 

「皆大丈夫!?」

「いてて、砲手よし!」

「操縦手よし……あたしの愛車がァ!」

 

 だがエンジンはその衝撃に耐えられなかったらしい、操縦系統も電装もイカれていた。

 

「全員下車! すぐに対人戦闘に入るよ!」

 

 サブマシンガンを取り出し、ハッチから這い出る。ハッチのフレームが歪んでいなくて助かった。

 三人が車両から出れば、薄れ行く白煙の中から弾丸が飛んでくる。便利屋のムツキと、運良く生き残った雇われの傭兵達だった。

 

「クソ、応戦するよ!」

「マジかよぉ!」

 

 キョウコのやる気とは裏腹に、戦況は悪い。装甲車をやられ、数も向こうのほうが多い。おまけにこちらは拳銃弾を使うサブマシンガン、相手はアサルトライフルや軽機関銃。

 だがアビドスは、彼女達だけではない。銃撃と爆音、これだけ暴れた彼女達を、母校は見捨てはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少し前。爆炎をあげる装甲車を見て、ムツキは大いに喜んだ。

 

「やった! ハルカちゃんやるぅ!」

「あ、あ、ごめんなさい、反撃させちゃってごめんなさい……」

 

 確かにあの反応速度は驚いた。完全に裏をとったと思っていたが、まさかいきなり砲塔がこちらを向くとは。おまけにスモークを焚いて制圧射撃までするなんて。おかげで流れ弾に当たった傭兵の一人が伸びてしまった。

 正直、油断していた。あれほどの練度があるなんて、トリニティやゲヘナでも早々あるものではない。しっかりとしたPMCでさえ、今撃破した装甲車の練度があるかと言われれば……

 

「アルちゃん、厄介な相手を敵にしたね〜。ま、そっちの方が面白いけど」

 

 手にするMG5のコッキングレバーを引いて腰だめに構える。敵は撃破したし、まだ白煙は上がっているがあれは歩兵戦闘車だ。ならば中から乗員が下車して攻撃してくるかもしれない。

 

「ほらそっちも、仕事はしなよ〜?」

「わ、分かってる! クソ、貧乏くじだ!」

 

 傭兵の一人に諭すと彼女達も攻撃を開始する。

 だが、その時。突然、あらぬ方向から銃弾が飛んできた。本能的にそれを回避すると、ムツキは新たな襲撃者へと銃を向ける。

 

「恩を仇で返す気?」

「あらら、昨日のアビドスの子じゃん」

 

 砂狼シロコ。銀髪の少女が、家の屋上からこちらを狙っていた。

 

「あんたたち! ラーメン特盛にしてあげたのに、恩知らず!」

 

 煙が晴れ、装甲車の前にセリカとノノミが立っている。

 

「あはは、そのことはどうも! でもそれはそれ、これはこれ。こっちも仕事でさ?」

 

 彼女達が会話に興じている間に、スネークはこっそりと大破したBMPの背後でキョウコ達と合流していた。

 

「無事か」

「デイヴィッド先生……すみません、貴重な装甲車を」

「エイハブが取ってきてくれるさ。それよりも、お前達は校舎に行け。そこで再編成するんだ。マスター……カズヒラが指示をくれるはずだ」

「まだ戦えますよ!」

 

 戦意に満ちた少女達をスネークは宥める。

 

「落ち着け。お前達は車両乗りだろう。ホシノもエイハブも、お前達には乗り物に乗せてやりたいはずだ。いいな」

 

 渋々といった様子でキョウコたちは頷く。すると銃声が連続して鳴り響いた。どうやらシロコ達が一戦始めたようだ。キョウコ達を逃すと、スネークはシッテムの箱を取り出す。思えば、これを使って指揮するのは久し振りだ。

 スネークは耳元に指を当てると囁いた。

 

「シロコ、セリカ、ノノミ。待たせたな、今から指揮をする」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こっそりとやるのは性に合わないと思いつつも、アルは仕方なくコソ泥のようにカヨコや傭兵達とアビドス高等学校裏門へと侵入する。

 道中アルは、アウトローっぽくないと駄々を捏ねたが、上空に殺意マシマシの戦闘ヘリが巡回していては仕方がなかった。重武装の戦闘ヘリと戦うなんて、考えたくないし、傭兵も逃げ出すに違いなかった。

 

 柵を登り、こっそりと敷地へ入れば、しかし声を掛けられた。

 

「ラーメンはお気に召さなかったか」

 

 建物の影から一人の男が姿を現す。その場の全員が銃を向けた。アルはその姿を知っている。その、左腕を。

 

「貴方は昨日の……やっぱりアビドスの関係者だったのね」

 

 口に葉巻を咥え、彼は悠々と煙を立ち昇らせている。格好も昨日のスーツじゃなく、オリーブドラブの戦闘服だ。

 左脇に挟み込むように小銃が保持され、背中にはセミオートの狙撃銃が背負われている。右大腿のホルスターには拳銃、そして昨日とは異なり青い義手が左手に装着されていた。

 エイハブ。正体不明の大人。

 

「知らないで襲撃に来たのか……事前に戦う相手のことは調べておいた方がいいぞ。痛い目に遭う」

 

 呆れたように彼は笑うと、アルは慌てたように取り繕った。

 

「ししし調べたわよ!? でもちょっと誤差があったっていうかなんていうか……とにかく! 貴方ヘイローがないじゃない! そんな状態で私たちと戦おうとしているのかしら?」

 

 私たちには敵わないぞ、と言葉で威圧する。事実、弾丸の一発くらいじゃ何とも思わないキヴォトスの少女達相手にエイハブでは耐久力では敵わない。だが、それ以外では彼女達をどう考えても圧倒していた。

 

『ボス、あんまり彼女達を虐めるなよ?』

「人聞きが悪い事言うな」

『特にあのアルって子、完全に悪い子じゃないみたいだ。仕事も選んでるみたいだしな。ワルに憧れる少女って感じだ』

「ふん、ワル(アウトロー)ねぇ」

 

 なら、彼女が本当のエイハブを知ったらどう思うだろうか。核兵器を保有し、世界を敵に回した男。時代を変えようとした男。軍事力を担保とし、国を興そうとした男。

 その全てが、今主力と戦っているデイヴィッドに阻止されてしまったが。けどきっと、アルは目を輝かせるに違いなかった。

 

「心配ない。せっかくやって来たんだ、客はもてなさなきゃならんだろう?」

「へぇ……紳士なのね。でも、怪我をする前に逃げた方がいいわよ!」

 

 アルがこちらに銃を向ける。

 普通のキヴォトスの住民……ヘイローの無い犬や猫、ロボットの住民ならばこれで十分だった。大概は銃を向けて脅せば逃げ出す。それでも反撃はされるが、多勢に無勢、こんな状況ならば誰だって降参するだろう。

 

 けれどエイハブは葉巻を投げ捨て、ブーツの底で火を消すと言った。

 

「やってみろ。どうした、躊躇うと死ぬぞ」

「社長……どうする?」

「くっ……」

 

 カヨコの問いにアルは焦る。この男は逃げようともしない。銃を向けられても意に介さない。いくらヘルメット団の傭兵も殺人なんてことは契約外だし、そもそも殺人は重罪だ。いかに真っ当な道ではないにせよ、彼女達も人の子だ。撃てるわけがなかった。

 

「ホシノ」

『りょうかーい』

 

 不意に、何かが校舎の上からアル達の足元に投げ込まれる。

 

「! スモーク!」

 

 カヨコが叫ぶと同時に、スモークグレネードが爆ぜる。真っ白な煙が彼女達を包むと視界すらも奪ってしまった。

 

「くっ、卑怯よ! 出て来なさい!」

 

 アルが叫ぶも、エイハブは答えない。彼は走っていた。全速力で走り、三秒にも満たない時間で数十メートルを詰め、彼女達に肉薄していた。

 

「社長、気をつけ……!」

 

 カヨコが警告を出そうとした瞬間、何かが煙の中を駆け巡っていた。それは自分たちを無視して傭兵達へと駆けると。

 

「せいっ!」

「うぎゃ!」

 

 悲鳴が立て続けにあがる。

 エイハブは既に彼女達全員を認識(マーキング)していた。故に煙の中だろうと気配だけで位置がわかる。そして接近すれば、ビッグボスの連続CQCが炸裂するのだ。

 

「けほ、けほ! け、けむい!」

 

 そんな中、アルは白目でむせていた。

 カヨコはサプレッサーが装着されたデモンズロア(P30L)を音のする方に構える。

 

「社長! 一旦煙から出て!」

「そ、そうね!」

 

 二人はスモークから飛び出る。それと時を同じくして、ようやく煙が晴れてきた。

 だが、そこにエイハブはいない。ノックアウトされた傭兵達がいるだけだ。彼女達の傭兵は、あっけなく無力化されてしまった。

 

「お金の無駄だったね……」

「ぐ、ぐぬぬぬぬ……」

 

 白目を通り越して何やらよくわからない状況のアルを置いて、校舎の屋上から声を掛けられる。

 

「もう降参する〜? お連れさん達も倒しちゃったしさ〜」

 

 二人が屋上を見上げれば、そこにいるのは小鳥遊ホシノ。調査ではアビドス高等学校の廃校対策委員会にして、最強の在校生。彼女はショットガンと防弾ライオットシールドを両手に持ちながら、不敵な笑みを浮かべてこちらを見下ろしていた。

 

「まだ終わってないわ!」

 

 アルがワインレッド・アドマイアー(PSG-1)を構えると、ホシノは仕方なしといった様子で屋上から飛び降りた。そしてスーパーヒーローのように片膝をついて着地すると、シールドを背負って彼女達と対峙する。

 

「ま、私は何も言わないけどさ〜。先生からせっかくラーメン奢ってもらったんでしょ? 恩を仇で返すのは良くないと思うよ〜?」

「ぐ……私達は便利屋68よ。私達は仕事に私情を持ち込まないの。だから、小鳥遊ホシノ。ここで私達に倒されなさい!」

 

 その銃口をホシノに向ける。カヨコはこのおかしな戦いの違和を感じ取っていた。

 

「そっか〜、なら。仕方ないね」

 

 刹那、ホシノが動く。

 まるで瞬間移動したように、彼女はジグザグに駆け寄り、アルとの直線上にカヨコを挟むとショットガンを構えた。

 

「!?」

 

 当然、アルはカヨコが射線上にいることで撃てるはずがない。彼女は悪人ではない。

 

「くっ!」

 

 カヨコは即座に状況を判断して動く。全長の長いショットガンは、懐に入り込まれたらどうしようもない。彼女はCARシステムと呼ばれる構えで、コンパクトに銃を構えながら自分よりも小さなホシノに張り付く。

 だが、カヨコは勘違いしていた。ホシノが最強である所以。それは、単なる戦闘力ではない。

 

 ホシノはショットガンを片手で保持しながら、左手でカヨコの右腕を握る。そして彼女の腕の関節(肘の表側)を、ショットガンで叩き斬るように押し付けて曲げる。

 銃の重みはそれぞれだが、ホシノのショットガン(Eye of Horus)の重量はおよそ3キロ程度。それをいきなり肘に当てられたら、それは曲げてしまうだろう。膝カックンを肘にやるようなものだ。

 CQCを、ホシノは既に会得していた。その持ち前のセンスで。

 

「つっ!?」

 

 そのまま肘を支点にカヨコが転倒する。だがそれによって射線が通るようになった。アルは迷わず撃とうとして。

 手にした狙撃銃が弾かれる。狙撃されたのだ。

 

「な!?」

 

 上を見上げれば、先ほどまでホシノがいた場所にエイハブがいて、背負っていたはずの狙撃銃を構えている。距離は近いが、銃だけを撃つとなれば彼の扱う狙撃銃は適任だったのだろう。そして、彼は銃を撃ち抜くということを想定していた。

 つまり、エイハブは最初から手加減していたのだ。それがアルのプライドを大きく傷つける。

 

 何も持たないアルの頭に、ショットガンが突きつけられる。ホシノは左手で倒れたカヨコの腕を取り、彼女の身体を制御していた。関節を極められて動けないカヨコと、武器を弾かれて無力化されたアル。

 

「どうする。もう打つ手なしか?」

 

 屋上から、エイハブの無慈悲な声が響く。

 

「このまま俺たちにやられるか。或いは逃げ出すか。お前が社長だ、お前が決めろ!」

 

 冷や汗が噴き出て止まらない。こうまで一方的に生殺与奪の権利を握られたことなどなかった。確かに危ない橋は渡ってきたが、風紀委員は主力を除いて強くはなかったし、ブラックマーケットの連中も有象無象だった。

 だが今相手しているのは、明らかにレベルが違う。修羅場を多く潜り抜けてきた戦士。

 

「……逃げると言ったら?」

「逃すつもりはない。雇い主の事は吐いてもらわないと困るしな」

「なら……」

 

 だからだろう。アルは、そのアウトローっぷりが眩しくて仕方なかった。エイハブとホシノという圧倒的な暴力。短時間に集めた強力な兵力。その全てが、彼女の目標とする場所。

 これは、試練だ。今私は試されているのだ。真のアウトローになるための試験なのだ。

 

「やるしかないじゃない!」

「っ!」

 

 瞬間、カヨコがホシノの足元で何かを転がす。

 スタングレネード。ホシノが気づいた瞬間にそれが爆ぜ、一時的に視界と聴力を奪う。

 その隙にカヨコが反撃に出る。しなやかな脚がバレリーナのように伸び、ホシノを蹴り上げた。

 

 エイハブは引き金を引かず、それをただ見る。ホシノがこれしきのことでやられるような生徒ではないことはわかっている。

 アルが転がって自分の狙撃銃を拾い上げると、解放されたカヨコと合流してホシノとエイハブ交互に銃口を向けた。

 

「やるじゃないか」

 

 エイハブが囁くように呟くと、アルが言う。

 

「私達便利屋68に敗北は似合わない! さっきはちょっと油断したけど、幸運は二度も続かないわ!」

「幸運なのは、どっちかな?」

 

 ホシノが二人を笑顔で睨む。

 しばし緊張が流れた後、アルは告げた。

 

「さぁ、来なさい!」

 

 

 




メタルギア37周年おめでとう
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