ブラックマーケット。連邦生徒会ですら管理できず、無法者と裏で金を儲けたい企業が蠢く闇の世界。
とはいえ、キヴォトスの住民の殆どは学生や動物、ロボットだ。スネーク達が元居た世界のように人の命を何とも思っていない輩は少ないと言える。倫理観は……まぁ多少おかしいが、命の重さは真っ当とも言えた。
だがそれでも、治安は悪い。現にアビドス廃校対策委員会とここに来てから、数回はスケバンやチンピラロボットに絡まれている。スケバン達が身体を売っていないだけマシなのかもしれないが……
「ここがブラックマーケット……」
「すっごい賑わってますね!」
息を呑むセリカとは対照的に、ノノミはどこか楽しそうだ。
『先生、気をつけてください! ブラックマーケットは連邦生徒会も手を出せないような場所です!』
「ああ、身に染みてるよ。もう何回も絡まれたしな」
絡まれる度に対策委員会の面々が撃退してくれるのはありがたい。スネーク一人でも問題はない。だが一発でも撃たれれば致命傷を喰らうほどに人は弱い。無用なリスクは避けたい。
「連邦生徒会の手が及ばないエリアが、ここまで巨大化してるなんて……」
「私たちはアビドス学区内にばっかりいるからね〜。外は変な所が多いよ?」
その横で義手を鳴らしながら、エイハブは尋ねる。
「ホシノ、ここには来たことがあるのか?」
「いんやぁ、おじさんも初めてだねぇ。他の学区にはへんちくりんなものがたっくさんあるんだってさぁ! 超巨大な水族館とかぁ、アクアリウムって言うんだって! 今度行ってみたいなぁ!」
珍しく、ホシノが年相応な笑みを見せた。彼女がここまで何かを楽しそうに話すのは、初めて見たかもしれない。
思わずエイハブも優し気な笑みを溢す。彼女の陽気にやられたのだろう。
「なら、今度行ってみるか」
「ほんと!? おじさん楽しみだなぁ!」
アヤネとカズはその光景を上空のドローンから眺めていた。ドローンを飛ばしているのは主として警戒と監視が目的だが、今だけは彼女達のやり取りに和まされる。
「先輩、楽しそうです」
一人部室でオペレートするアヤネが言う。
『ああ。ボスのあんな笑顔、いつ以来だろうな……』
「あまり、笑わない方ですよね。エイハブ先生は」
アヤネの一言に、けれどカズはホログラムの頭を横に振った。
『そんなことはない。少なくとも、彼が医者の時はよく笑っていた。真面目ではあったがな』
「先生、お医者さんだったんですか? だから医学や生物を……」
『と言っても、
今のエイハブはダイアモンド・ドッグズでもアウターヘブンのボスでもない。だから昔のようにわざわざボス自ら部下達を振り分けることはない。ただホシノにアドバイスをしているだけだ。
だから暇が多く、日中でアビドスの見回りがない時は生徒達に医学や生物を教えているのだ。オタコン曰く、知識は十分で教える事に対して何も問題はないらしい。
もう戻ることはない日々に、複雑な思いを馳せながらカズはエイハブを見る。
『む……アヤネ、どうやらトラブルのようだ』
ドローンがスネーク達の前方を捉える。そこにはスケバンに追いかけられている一人の少女がいた。
アヤネがノートパソコンを操作してカメラをズームする。追いかけられている少女の腕には見知った校章が飾られていた。
「あれはトリニティの生徒です!」
『お嬢様学校の生徒がなぜこんな所に……ボス、ホシノ。見過ごすわけにはいかん。至急彼女を救出してくれ』
耳のインカム越しにカズが依頼してくる。もちろんアビドスの面々はそれを黙ってみているつもりはなかった。
ただの喧嘩ならともかく、追いかけられているトリニティの少女は明らかに困っている。
「カズ、大型ドローンを用意しといてくれ」
『ボス、まさか……了解だ』
エイハブの指示の意図を理解したのか、カズヒラは乗り気だった。そしてエイハブは、シロコの背後から命令する。
「シロコ、GO!」
「ん、任せて」
命令されるとシロコはすぐに飛び出す。すれ違ったトリニティの少女の肩を叩くと、彼女を追いかけるスケバン達に接近した。
困惑したようなスケバン達の声が響くのと、シロコがCQCを仕掛けたのは同時だった。
ジャケットの内側からCQCナイフを取り出すと、シロコはスケバンの中で一番の火力となるミニガン持ちへと緊迫。ミニガンのバッテリーコードを斬り落とす。
驚いたミニガン持ちのスケバンに膝蹴りを喰らわせて体勢を崩すと、すぐに拘束してライフル持ちのスケバンへと、背負い投げでミニガン持ちを放り投げた。ここの少女達でなきゃできない芸当だ。
「お前も身代金目当てか!」
SMG持ちのスケバンが意味のわからない事を言って銃を構える。だがその時には既に、シロコはSMG持ちスケバンの目の前にいた。
CQCナイフでSMGのストックを引っ掛けるようにして引っ張り、空いた右手でハンドガードを押さえる。するとスリングすら使っていないSMGは簡単に奪い取ることができた。
「ま、待て!」
SMG持ちのスケバンの命乞いも虚しく、シロコは無言で奪ったSMGを撃ちまくる。多少オーバーキル気味だが、気絶しただけだから大丈夫だろう。
敵が全員伸びている事を確認すると、シロコはエイハブとホシノに親指を立てて安全化の合図をする。
「よくやった」
エイハブは同じように親指を立てて彼女を褒める。すると珍しく腰に巻いていたバックパックから何かを取り出し、気絶したスケバン達の腰に吊り下げている。
何をしてるんだ、とスネークが声をかける前に彼は装置を作動させる。突然スケバン達の腰から風船が飛び出し、勢い良く空へと消えていった。
「ひゃ〜!!!!!!」
「ぬぉ〜!!」
「ぎゃ〜……」
少女達の虚しい声が響く。スネークとオタコンはその光景にかなり引いていた。
『ス、スネーク、あれは一体……?』
「フルトン回収装置か……? 俺も見るのは初めてだ」
だが一体何のためにエイハブは装置を用いたのだろうか。その答えは、カズヒラからの通信で知ることができた。
『先ほどの人員、アビドスに収容する』
「頼むぞ。キョウコ達に説得させるんだ」
『分かっている。彼女達も、もっと別分野で育てなくちゃならんからな』
どうやらいつもやっているように、倒した相手をアビドスに攫うつもりらしい。おかしな話だが、二人の通信内容を聞いていた廃校対策委員会の面々は、その手があったか、と感心している。もうすっかり染まってしまったようだ。
「大型ドローンを呼んだのもそのためか。まさか、先日大金を払って購入したのも……?」
『そうだスネーク。ホシノはすぐに了承してくれたが、セリカを説得するのは大変だったんだ。だがこれがあれば一々縛り上げてトラックに乗せなくても済む! それに大型ドローンは武装積載量も大きいからなぁ。戦闘にも役立つはずだ』
「うぉ!? マスター……! あんた聞いてたのか?」
『オタコンとお前の会話はアロナの許可を得て傍受させて貰ってる。なんだスネークぅ、サバイバル教官に内緒話かぁ?』
「マスター……」
『あ、あはは……アロナ、今度からは一言ちょうだいね』
そんなやり取りをしていると、トリニティの生徒はアビドスの面々に頭を下げて感謝していた。名前は阿慈谷ヒフミというらしい。日本語なら一二三、と書くのだろうか。
ともあれ、どうしてお嬢様がこんな場所にいるのだろうか。
「あはは……それはですね……探し物をしてまして……」
何やら目が泳いでいる。迷って入り込んだわけじゃなさそうだ。
「もう販売していないらしく……ここでは密かに取引されているらしく……」
彼女が何かやましい気持ちでそれを手に入れようとしているのは嫌でも分かった。これは久々に先生としての仕事が来るか、と思ったが、アビドスの面々が戦車だの違法な武器だの生物化学兵器だのと推察したせいで水を差されることになる。それに、否定するところを見るにそうでもないらしい。
「それが……ペロロ様の限定グッズなんです……」
恥ずかしそうに語るヒフミ。思わず隣のセリカと顔を合わせる。
「ペロロ……? なんだそりゃ」
「さぁ……」
すると無知な自分達にここぞとばかりにスマホの画面を見せてくるヒフミ。そこにはアイスクリームを口に突っ込まれて窒息している変な鳥のキャラクターの画像があった。何だこの……悪趣味なものは?
よく見れば、ヒフミのバッグもそのペロロ様とかいう薬物中毒者みたいな表情の鳥を模したものだ。流石のオタコンも、そしてマスターミラーも苦笑いしている。
ヒフミ曰く、アイスを突っ込まれたペロロは限定生産100体しか作られなかったぬいぐるみらしい。
「あ〜! モモフレンズですね! 私も大好きです! ペロロちゃんかわいいですよね〜!」
「分かってくれますか!」
ノノミが楽しそうにヒフミに語り掛ける。ああ、確かに好きそうだな、と謎の偏見を心に抱く。
「いやぁ、何の話だかおじさんにはさっぱりだなぁ……」
「……」
ホシノの横でエイハブも苦笑いしている。
『
「……ああ」
マスターミラーとエイハブが何か話している。誰か趣味の悪い男でもいるのだろうか。
「ところで皆さんはどうしてこんな場所に?」
ふと、ヒフミが尋ねてくる。
「俺たちも……その、探し物をしてるんだ」
「手に入れにくいものなんだけど、ここで扱ってるとは聞いて……」
まさかアビドスを襲撃する奴らを探しに来たとは言えまい。
「そうなんですか……なんだか似てますね!」
趣味の方向性は違うと思いたい。
「それにしても、グッズを買いに来て襲われるとは、災難だったな」
「その……色々危ないところだとは知っていたのですが……連邦生徒会の手が及ばないのをいいことに、企業が好き勝手にやってる場所だとは聞きましたし、ここ専用の金融機関や治安機関があるほどだとか!」
頭を悩ませる。そんな場所、どうしてこんなになるまで放っておいたのやら。失踪した連邦生徒会長とやらは、ここの事を何も思わなかったのだろうか。
シッテムの箱の中でくしゃみをするアロナは置いておいて、セリカが何かに反応した。
「そ、それってもちろん、認可されていない違法な団体なのよね!?」
「特に、治安機関は避けるのが一番、だそうです!」
事情通な彼女に、ホシノは微笑む。
「ふーん、ヒフミちゃんほんと色々知ってるんだねぇ」
瞳の奥のギラつきは隠せていないが、ヒフミは文字通りとらえたのだろう。それほどでも、と謙遜する。
大方、良くないことでも考えているのだろう。
「よーし、決めた! 助けたお礼に、私たちの探し物手伝ってもらおうかなぁ!」
「え?」
ヒフミはその後、絶叫してみせた。
「お探しの違法部品の情報、絶対あるはずなのに、出てきませんねぇ……販売ルート、保管記録、全て何者かが意図的に隠している。そんな気がします」
ペロロ様スマホを片手にブラックマーケットの闇サイトを閲覧するヒフミが困ったように言う。オタコンもこのサイトの事は知らなかったようで、ヒフミに教えてもらうや否やすぐに調査に取り掛かった。結果は、ヒフミの言葉と同様だ。
ちなみに彼女には、ホシノの一存でもう事情は話してある。割と乗り気なのは有難いが、巻き込んでいいのだろうか。
「何者か、ねぇ」
「はい。いくらここを牛耳っている企業だとしても、ここまでやるのは不可能なはず……」
「異常な事なの?」
シロコの質問にヒフミは頷く。
「普通ここまでやります? って感じですね。ここの企業はある意味開き直って悪さをしてますから、逆に変に隠したりはしないんです」
「世も末だな」
呆れたようにスネークが呟く。
「例えば、あそこのビル」
ヒフミが指差したのは、黒塗りの銀行だ。
「あそこはブラックマーケットの中でも、一際有名な闇銀行です」
『堂々とビルを建てるとは……』
マスターミラーが何とも言えない声色で反応する。
ヒフミ曰く、キヴォトスの犯罪に係る闇の資産の15パーセントはあそこに流されているそうだ。
横領、強盗、誘拐。あらゆる犯罪で得た金が武器や兵器に流れ、また犯罪を呼ぶ。それは一種の経済だ。戦争経済にも似通ったものだろう。
「それじゃ、銀行が犯罪を助長しているようなものじゃないですか!」
「その通りです。ここでは、銀行も犯罪組織なんです」
ノノミの憤慨に、ヒフミはただ肯定することしかできない。これは本格的に面倒というか、倫理観がない。
と、その時だった。遠くから、黒塗りの車両集団がやってくる。マーケットガードと呼ばれる治安維持組織だ。どうやら最上級の治安維持組織らしい。
『フン。所詮はロボットだ。装備も、警備の練度も行進悌隊も、ダイアモンド・ドッグズの方が上だ』
「カズ、張り合っても仕方ないだろう」
機嫌の悪いマスターミラーを宥めるエイハブ。どうやらマーケットガードは現金輸送車を護送しているようだ。
彼らは銀行の前で止まると、輸送車の中から一人のロボットサラリーマンが出て来る。
「あれって……!」
「うちに集金に来る銀行員……」
見た目は他のロボット達と変わらないが、彼女達には分かるらしい。銀行員は闇銀行の職員にケースを渡すと、サインを書いている。
「カイザーローンが闇銀行と繋がってる……?」
シロコがふと言った言葉に、ヒフミは驚く。
「カ、カイザーローン!?」
「ヒフミちゃん知ってるの?」
「えっと、かの悪名高いカイザーコーポレーションが運営する、高利金融業者ですよね?」
カイザーコーポレーション。どうやらそこは、違法と合法の狭間で活動する極めてグレーな多角化企業らしい。どちらにせよ、褒められたものじゃなさそうだ。
返済が現金だけだったのは足がつくのを嫌がったからに違いない。
「私たちはずっと犯罪資金を提供し続けてたってこと!?」
セリカが憤慨する。アヤネがまだ証拠はないと宥めるが、黒に近いはずだ。
「あ、集金の際は集金証明書が出ますよね! その記録が見つかれば証拠になりませんか?」
ヒフミが提案する。
『……少し弱いな。そもそも、闇銀行だってバカじゃない。ロンダリングだってしているはずだ』
『いや、そうとも言えないよ。少なくとも、僕たちの書類は今、銀行に入ったばかりだ』
「オタコン、まさか……」
オタコンの悪い時の声色が耳に響いた。こういう時は必ずこいつに振り回される。十年以上一緒にいて、それくらいは分かっているつもりだ。
「でも、書類はもう銀行の中ですし……無理ですよね」
ノノミの言葉にアビドスの面々は俯く。
ブラックマーケットの中でも、更に厳戒な警備が敷かれている銀行。ならどうするか。
「ホシノ先輩。ここは例の方法で行こう」
不意に、シロコが言った。この子もオタコンと同じらしい。方法は多少荒っぽいだろうが。
「んえ? 例の方法? ああ、あれかぁ!」
ホシノが気付くと、ヒフミ以外の面々も気づいたようだ。セリカが顔面蒼白になっているが、ホシノもノノミも、そしてエイハブも邪悪な笑みを浮かべている。
「あ、あの、お話が全然分かりませんが……」
シロコがバックから、覆面を取り出して掲げた。
「ん、銀行を襲う」
アビドス高等学校の銀行襲撃が決まった。
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強盗が終わり次第Xのアカウントを貼り付けますのでご覧いただけるようになります。ちょいお待ちを。