蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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燃える白鯨
赫怒 


 

 

 

 ──なるほどお前も亡くしたな。そして亡くしたものの痛みにうなされる。その痛みを、憎しみで緩和しようとしている。

 メタルギアソリッドⅤ ザ・ファントムペインより、スカルフェイス

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セリカは怒り狂っていた。理由はもちろん、自分達が頑張って働いて得た金が、敵であるヘルメット団に流れていたからだ。

 銀行強盗から一日明けて、廃校対策委員会。アビドス高校に響き渡るセリカの怒号は他の生徒達を驚かせたが、彼女達はすぐに分裂できるカズの授業や自主訓練、あるいは車両の整備に取り掛かる。セリカがキレているのはいつものことだからだ。

 

「任務補助金……カタカタヘルメット団に500万も流しているのか」

 

 集金記録を見てスネークはため息をつく。788万のうち、それだけの金額が敵へと流れている。これじゃ敵に塩を贈るとかそういうレベルではない。ヘルメット団のために働いていたようなものだ。

 

「任務というのは……?」

「ヘルメット団は、アビドスを襲撃しているんです。恐らくそれが任務なんでしょう」

 

 アビドスに泊まったヒフミが首を傾げる。答えたのはノノミだ。

 だがヒフミは更に首を傾げた。ヘルメット団なら、今アビドス高等学校に大量にいるではないか。彼女達はどう考えてもアビドスの生徒ではない。制服も異なる。それに、アビドスの全校生徒が5人というのは事情通ならば周知の事実だ。

 

「あ〜、あの子達、元々敵だったんだよねぇ。ちょっと説得して、うちの子になってもらったんだぁ」

 

 うへぇ、といつも通りの様子でヒフミの疑問を晴らすホシノ。説得というのが何を指しているのか分からないし、分かりたくもなかった。きっと恐ろしいことをしたに違いない。

 

「……私達の本当の敵は、カイザーローンだったのよ」

 

 固く拳を握り締め、セリカが憤る。深い、深い報復心を感じる。その様子はまるで昔のカズヒラそのものだ。

 自分達が大きくしたものを、或いは心血注いだ物を無に還そうとする者達。そいつらへの報復心。カズはサングラスの奥で、その瞳をセリカに向ける。

 

「でも、どういうことでしょう? もし学校が破産したら、貸し付けたお金も回収できないでしょうに」

 

 ノノミの言っている事も理解できる。正直意味が分からない。判断材料が少な過ぎる。情報を得るには、やはり諜報部の立ち上げが必要だ。

 

「……カイザーローン単独の仕業じゃないのかもしれない」

「シロコ先輩?」

 

 不意にシロコが呟いた。彼女は時折、とても鋭い。動物的な勘に優れている事がある。名前は伊達じゃないのだろう。

 

「カイザーコーポレーション本社の息が掛かっているとしか思えない」

「……可能性は十分ある。だがどれも可能性の域を出ない。……マスター、どう思う?」

 

 スネークがカズに話を振る。こういう話で右に出る奴は彼を置いていない。どこかの山猫以外は。

 

『正直、カイザーの本社が怪しいというのは俺も同感だ。むしろ、黒だろう』

 

 カズは首を横に振った。そして壁に寄りかかると、腕を組んでため息を吐く。

 

『だが証拠が無い。集金記録はあくまでカイザーローンの不正に過ぎない。……ホシノ、やはりうちも諜報部を作るべきだ。奴らに対抗するために』

 

 ホシノは答えない。表面上はいつものように緩い感じで、だがその瞳は確実に一組織のボスのものだった。カズはその瞳を、よく知っている。

 

「ま、おいおいね〜。今はそんなことしてる余裕、うちにはないよ〜」

 

 ヒラヒラと手を振って意思表示をする。ホシノはあまり諜報部というものを好んではいないのかもしれない。諜報というものは孤独で、敵が多い。そんな世界に仲間を放り投げたくないのだろう。

 さて、話も粗方終わる。不意に部外者であるヒフミが手を挙げた。

 

「私、このことをティーパーティーに報告しようと思います!」

 

 それは、善良な少女の勇気だったはずだ。だがあまりにも彼女は政治を知らな過ぎる。それはホシノ以外のアビドス廃校対策委員会も同じだ。

 

「カイザーコーポレーションは、犯罪組織や反社会勢力と何かしらの関連がある、その証拠になり得ます!」

「ヒフミ、それは……」

 

 スネークは口を挟もうとして、挟めない。部外者であることは彼も同じことだし、何より正しいことをしようとしている少女を遮ってもいいのだろうか、という先生としての感情があった。

 

「それに、皆さんのことも知ったのに、それを放っておく訳には……」

 

 彼女の意思に、一年と二年の少女達は喜ぶ。トリニティの生徒会が介入してくれるのは心強いことだと、彼女達は信じている。

 そんなわけがない。そんな、事は甘くはないのだ。だから、甘いようで一番ドライな彼女が口を開いた。

 

「とにかく、この事を知ればティーパーティーもきっと」

「ティーパーティーは知ってるよ。ううん、ゲヘナもミレニアムも、みんなとっくに知ってるよ」

 

 困惑するヒフミや少女達を他所に、ホシノは凛々しいままだった。そんな彼女を見て、大人達は何も言えないでいる。

 

「そんな……知っていたならどうして……」

「メリットがないからだよ」

 

 これ以上、ヒフミを折るという行為をホシノにさせる訳にはいかなかった。

 

『……カイザーコーポレーションはD.U.の、いや。キヴォトス全体の経済に深く根付いている。多かれ少なかれ、三大勢力であるトリニティもゲヘナも、そしてミレニアムも……介入すれば損をする。誰も、っ……この死にかけのアビドスを助ける意味が無いんだ』

 

 カズが汚れ役を引き受けてくれた。いくらAIとはいえ、魂を持つカズにもキツイ役割だった。

 ヒフミは酷くショックを受けていたようだった。それは他の少女達も同様だ。唯一、いつもの笑みを崩さないホシノだけが口を開いた。

 

「ヒフミちゃんの気持ちは嬉しいけど、世の中そんなにうまくいかないからさ。例え知らせた所で、かえって私たちがパニクることになりそうなんだよねぇ」

「どういうこと……?」

 

 シロコの質問に、今度はスネークが答えた。

 

「仮にゲヘナやトリニティが介入してきても、アビドスにはそれを制御できる力が無いんだ。そうなれば、奴らはここで好き放題するだろう」

 

 政治が絡む。もし支援の名目で、他のマンモス校がアビドスでやりたい放題やってもそれを止める事は現状無理だ。

 そして人とは、自らの正しさを掲げてしまえばそんなことを平然としてやってしまう愚かさを持つ。あまりにも愚かで、あまりにも脆い。それが人間なのだ。

 

「それはちょっと、悲観的では無いでしょうか」

「そ、そうよ! 本当に助けてくれるかも知れないし……」

 

 ノノミとセリカがホシノを宥める。だが彼女は首を縦には振らなかった。

 ホシノは戦士でありながら、政治にも長けている。

 

「いやぁ、万が一ってこともあるでしょ?」

「あ、あう〜……難しいです」

 

 なんとかなる、大丈夫。そんな無責任なことは言えるはずがなかった。大人とは、子供の責任を背負うものだ。次の世代に正しいと思えたものを託すものだ。

 かつて、ダイアモンド・ドッグズで皆言っていた。12かそこらの子供はもう自分で考えられる。だから子供ではない。だがそれは、あの戦いでしか生きられない世界での話だ。今は違う。

 だからエイハブもカズも彼女達の責任を背負うしかない。

 

「万が一。万が一を見逃したから、アビドスは。ユメ先輩は」

 

 シロコだけが、その声を聞いていた。

 暗い瞳に炎が激っている。燃えている。彼女は今、燃えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の日。朝、エイハブが対策委員会室へとやって来ると、ノノミに膝枕されているホシノがいた。

 一見すると気持ちよさそうに寝ているように見えるが、ヘイローは消えていない。どうやら寝ているフリをしているようだ。

 

「気持ちよさそうだな」

 

 口の左側の口角を上げてそう言う。内心では、ホシノの事を案じていた。彼女は睡眠時間が少な過ぎる。

 

「おはようございます先生」

「うへ……先生おはよ〜。ダメだよ〜、ここは私の特等席なんだから〜」

 

 取りはしないよ、とエイハブは言って窓際の椅子に腰掛ける。今日は天気が良い。日差しも強いが、それでも砂嵐よりは断然マシだ。

 ふと、ホシノが立ち上がる。ふらふらと歩き、扉の方へと向かっていく。どちらへ、というノノミの質問に、彼女は振り返って言った。

 

「おじさん今日は授業もないしフリーなんだよねぇ。ちょっと適当にサボって来るから、なんかあったら連絡ちょーだい」

 

 いつもの昼行燈のようなホシノ。だがエイハブは見逃さない。ふらふらとしたあの歩き方は演技だ。扉を閉める動きも、扉の窓から一瞬見えた歩き方からも、彼女は本当に眠いわけではない。

 iDROIDのボタンを押し、囁くように呼ぶ。

 

「カズ」

『任せろ。既にドローンは待機済みだ』

 

 何か胸騒ぎがしていた。戦場で培った本能と言えば良いか。とにかく、こういう時の胸騒ぎは悪い方向によく当たる。だからエイハブはカズにホシノを追わせる。長い付き合いだ、名前を呼べばどうすべきかをカズは分かっていた。

 

「お昼寝でしょうか?」

「天気も良いからな」

 

 話を合わせる。この事は、大人だけが知っていればいい。

 

「ホシノ先輩、変わりました」

「そうなのか」

 

 不意に、ノノミがそんな事を言い出した。

 

「今はいつも寝ぼけている感じですが……初めて出会った頃のホシノ先輩は、常に何かに追われているようでした」

 

 エイハブは答えなかった。

 

「聞いた話なんですが、ホシノ先輩が入学した時、とある先輩がいまして。アビドス最後の生徒会長だったそうなのですが」

 

 梔子ユメ。アビドス最後の生徒会長。彼女は二年前に、死んでいる。記録にはコンパスや水分も持たずに砂漠を彷徨い、脱水症状と栄養失調、そして熱中症で……

 それはもう、調べていた。

 

「その方がここを去ってからは、すべてをホシノ先輩が引き受けることになったと……まだ一年生だったのに」

 

 かつてのホシノが自分と重なる。

 長い眠りから目覚めて、カズを救い、装備も設備も兵隊も、何かもが足りないあの時を。

 思えば自分も、あの人(ビッグボス)から重過ぎるものを受け継いだ。それはホシノも同じことだ。

 

「そんなことがあったからか、他の学園と関わることも嫌がっていたのですが……かなり丸くなりましたね。まぁ、詳しくは私も知らないのですが」

「今じゃあいつの方が人攫いは得意だしな」

 

 ノノミと笑い合う。そうだ、誰かの幻影(ファントム)を暴く必要はない。少なくとも彼女達には、今演じているホシノを見ていてほしい。ホシノも、暴かれるのは嫌がるだろう。

 

「先生の、おかげかもしれません」

 

 ノノミは静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼前に、便利屋68は柴関ラーメンにやって来ていた。午前中ならば宿敵、アビドス高等学校のバイトであるセリカはいない。アルは朝から寝ずに金策やらを考えていたようだが、腹が減っては戦はできぬ。故にとりあえずはうまくて安くて多いラーメンを食らう。アビドスへの攻撃は、それから考える。

 ちなみに、銀行強盗での忘れ物である金の山は使ってはいない。アウターヘブン……アビドス強盗団のものであるし、それを使うのはアルのポリシーに反するのだ。

 大将から差し出された山盛りのラーメンを前に、少女達は舌鼓を打つ。

 ハルカはこんなに食べて良いのかと自問しているが、柴大将が食え食えと笑みを浮かべて言えばハルカの渾身の感謝が飛び出た。

 

「御礼の言葉もないわ」

「良いってことよ。サービスするから腹一杯食べてってくれよ。なんてったって君たちは、セリカちゃんのお友達だからなぁ!」

 

 その瞬間、アルに電流が走った。

 

「友達じゃ……ないわよ〜!!??」

 

 急に叫ぶ社長に、便利屋の面々は困る。

 

「ちょっと、お店に迷惑……」

 

 カヨコが諭すもアルはいつものパターンに入っている。ここのラーメンが好きじゃないのかと問われれば、やはり好きらしい。何が問題かと言えば、アウトローはこんなほっこり感に浸っていてはいけないのだ。

 

「わかりました」

 

 ハルカがいつもの狂気に満ちた笑みで言う。

 

「分かってくれたの!?」

 

 ポンポン、っとアルがハルカの肩のほこりを払う。

 

「はい! つまり、こんなお店は壊しちゃった方が良いってことですね!」

「え」

 

 状況が変わる。そうではない。

 

「え、ハルカ。壊すって、どういうこと?」

「文字通りの意味です」

 

 突然、ハルカが起爆スイッチを取り出す。

 

「なんでそんなもの!?」

 

 カヨコが尋ねれば、ハルカは歪んだ笑みで言う。

 

「いきます」

 

 アルが制止しようとして、しかし間に合わない。

 スイッチは無慈悲にも……

 

 

 

「そいつは困るな。俺はここのラーメンが好きなんだ」

 

 

 

 ガチリ、と赤い義手がスイッチを力強く押さえつけた。

 え、とハルカは驚いて振り返るも、その瞬間にスイッチが奪われる。安全装置をかけられ無力化されたスイッチ。

 それを握るのは、アルとしては二度と会いたくない相手。

 

「あ、ああああ貴方は!」

「残念だなアル、俺は友達だと思ってたが」

 

 それはアビドス高等学校の先生、エイハブだった。

 

 

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