──時代によって、時流によって敵は変移する。その中で我々軍人は弄ばれるのだ。
メタルギアソリッド3より、ザ・ボス
友とは。仲間とは。そして敵とは。
兵士として、そして戦士として生きていく上で、この言葉に悩まされない者はいない。
時代という大き過ぎる怪物を前に、敵と味方というものは常にどちらかに転がりまくる。
ゼロ。パス。そしてスカルフェイスでさえも。時代が違えば、流れが違えば敵ではなかったはずだ。報復心を抱くこともなかったはずだ。
だがそうはならない。
いつだって時代は残酷で、気まぐれで。
俺たちは、その時代に抗おうとした。そして死んでいった。殺されていった。
キヴォトスで知り合った少女達に、そうなってほしくないと思うのは我儘だろうか。
世相に翻弄されず、戦う術を教え、守り、けれどそれは結局俺たちの辿った愚かで儚い人生を繰り返させようとしている。
俺は、間違っているのだろうか。
ボス。
あんたは言っていた。
俺たちに明日はない。
だが、未来を夢見ることはできると。
俺は、彼女達に未来を見ていいのだろうか。
俺という尺度でしかない、その先にある未来を、彼女達に投影していいのだろうか。
俺という
決まっている。
いいわけがない。そんなこと、わかりきってる。
だが今すぐじゃなくていいんだ。
少しだけ、時間が欲しいんだ。
俺があんたに与えたように、俺にも時間が欲しいんだ。
便利屋68とエイハブは共にラーメンを啜る。
エイハブの奢りで餃子とライスを頼み、少女達は疑心に塗れながらもこれまた美味い餃子に舌鼓を打ちながら、黙々と味噌ラーメンを啜るエイハブを見ていた。
おかしな男だ。
赤い義手を器用に動かしてレンゲでスープを飲み、これまた器用に箸を操って麺を絡め取る。見ていて気持ちが良いほどにうまそうに食う。
「ズズ……あ、おい。俺の分も餃子を残しといてくれよ。ラーメンに餃子は欠かせないからな」
ついでにライスも、と彼は言って、レンゲでライスを掬ってスープに少し浸すと食す。これが美味いらしい。
ムツキとカヨコは平静を装いながらもどこか警戒を感じさせる表情で、餃子に手をつける。ハルカもアルも、なんとも言えない顔で餃子を頬張れば、悔しいまでに美味い。
「美味いだろ、ここの餃子は。俺も相棒に言われるまで知らなかったんだ」
『ラーメンと餃子は切っても切れないからなぁ。俺も学生時代、近所のラーメン屋でよく頼んだもんだ。あの時はチャーハンも食ってたよ』
「ハハ、カズ。お前は食にうるさいからな。MSFの時はよく話を聞いたもんだ」
『おいおいよしてくれよ昔の話は』
テーブルの上に置かれた端末からホログラムの男が表示され、エイハブと話している。ミニチュアサイズのカズヒラ・ミラーだ。
しばし二人は歓談しながら食事を堪能する。大柄な男性の食事スピードはやはり早い。あっという間にラーメンとライスを平らげると、残った餃子も食してみせた。
ふぅ、と満足気に息を出すと、食べ終わりにやって来た柴大将へと言葉をかける。
「いやぁ、うまかった。大将のラーメン無しじゃ生きてけないな」
「ハハハ、先生は見てるこっちが満腹になるくらいいい食べっぷりだからなぁ! アルちゃん達も、いっぱい食べてくれてありがとな!」
「え、ええ、どうも……」
ゆっくりしていってくれ、と言うと大将はキッチンへと消えていく。エイハブはそんな彼の後ろ姿を見送ると、口を開いた。
「さて。便利屋68、話をしようじゃないか」
余裕のある男の声色だった。このキヴォトスでは珍しい生身の男。カヨコが警戒し、何かを言おうとしてアルが手で制止した。
「敵と仲良くするつもりはないわ」
「そうか? 今、この瞬間。一緒にラーメンを食っていても俺達は敵なのか?」
「あ、当たり前じゃない!」
声を張るアルもなんのその、エイハブは電子葉巻を取り出し……すぐにしまった。ここは禁煙だし、未成年者の前で吸うのは良くない。そういう時代じゃないとカズにも怒られたことがある。
「一つ、昔話を聞いてくれないか」
「え?」
アルが首を傾げる。だが気にせず、エイハブは語り出す。
「俺も昔、会社を経営してたんだ。傭兵派遣会社だ。今はPMCって言うんだってな」
便利屋の皆が驚く。便利屋と傭兵では色々と異なる点があるが、彼に自分たちのような共通点があるのだと。
「あの時は大変だったよ。金にも困ってたし、何より人手も無かった。社長の俺が稼ぎ頭さ。なぁカズ?」
『そうだな。事実、セーシェルじゃあんたが一番金を稼いでたよ』
思い出に耽る大人達が笑う。
「金はまぁ、俺が働けばいいから何とかなるんだが。人ってのは難しくてな。分かるだろう?」
「……ええ、そうね。信頼できる人材がいないと、会社の経営は回らないわ。うちの子達みたいにね」
社長対決ということで、アルにも火が付いたらしい。突然社員を褒めるから、便利屋の皆はちょっと嬉しそうだ。ハルカは目に見えて喜んでいるが。
「俺に力を貸してくれた奴らの殆どは、最初は敵だった。任務に出て、敵だった奴らを片っ端から回収した」
「え、敵を? ああ! あのヘルメット団達みたいに?」
エイハブとカズは笑う。
「懐かしいな、村を警備していた奴らを俺一人、一晩で全員連れ帰った時は、ソ連兵の奴ら腰を抜かしてたな。神隠しだって騒いでさ」
『懐かしいな……あんたそれのせいで、ソ連の第40軍は警備を強化したんだぞ? うちの諜報班も苦労したんだ』
脱線して昔話に花を咲かせるも、アルはエイハブの話を嘘だとは思えなかった。彼と実際に戦って、その実力は知っている。
この前のアビドス襲撃時の戦い。アルはエイハブに肉薄していたが、目を離せばどこかに消えてしまいそうなほど気配が無かった。目の前で対峙しているというのにも関わらず。だから一人で何かとんでもないことをやっても、嘘だとは思えない。
「どうやって」
アルがエイハブに尋ねる。
「どうやって、敵を仲間にできたのよ?」
「ん? そうだなぁ……」
エイハブは空を仰いだ。
「ただ、俺達に命を預けてくれと。政治とか、そういうものじゃなくて、俺のために……いや仲間のために戦ってみないかってな」
『それだけじゃない。ボスが回収した奴らは、その時点でもうボスに惚れ込んでいた』
だから、
自分もそうだった。あの人のために戦うのだと。そして死んだとしても、それは本望だと。
それが、忠を尽くすことなのだと。
「……まぁ、お前が気にしてるのはそこじゃないんだろう」
アルのことを察したようにエイハブは言う。
「アル、便利屋68の社長であるお前に俺から提案したい」
「提案?」
頷き、エイハブは端末を操作した。カズヒラのホログラムを、大きく表示する。
「カズ」
『ああ。ここからは、ボスの副官であるカズヒラ・ミラーから説明させてもらう』
「なんで店の中でサングラス掛けてんの?」
『いや、今はそれはいいだろう……』
ムツキが尋ねるも、カズはちょっと困ったように言う。気を取り直し、カズは再び説明に戻った。
『便利屋68。従業員は社長である陸八魔アルを含め、4名。資本金は……まぁ、言わないでおく。事務所は賃貸、現在家賃は滞納中、と……こりゃ追い出されるのも時間の問題だぞ』
「ちょ、ちょっと言わないでよ!」
洗いざらい暴露されて顔を赤らめるアル。事実とは時に酷く心を抉るものだ。
エイハブもこの事実を知っていたが、改めて聞いてみると思わず顔を覆ってしまうくらいには酷い状況だ。そんな状況でも3人の部下はしっかりとついて来てくれているのは幸せ者だが。こっちはカズのせいで一時期疑心暗鬼だったんだ。
『依頼達成率は……まぁ、低くはないが、決して最良の終わり方とは言えないようだ。迷い猫の捜索に関しては猫を丸焦げにしているようだし……これよく生きてたな』
「……馬鹿にしにきたの?」
カヨコが苛立ちを見せる。少し揶揄い過ぎたか。いや決して揶揄ってはいないのだが。
『だが戦闘力は目を見張るものがある。潜入……は、うちのボスには敵わないが、諜報能力の高い課長の鬼方カヨコ』
「は?」
『あ、いや……ええっと、浅黄ムツキ。爆弾のエキスパートとして破壊工作や爆破により依頼達成に寄与……その他ブービートラップなんかも得意とする戦術家にして便利屋の室長』
「へ〜、そんな風に見られてるんだ」
『圧倒的な耐久力と制圧力で切り込み、多数の相手を前にしても絶対的な力を誇る平社員の伊草ハルカ……過去に命令を間違えて様々な建築物を破壊した経験あり』
「え!? えっと、すみませんすみません……その節はすみません……」
『ああいや、謝らないでくれ……オッホン! そしてその社員を束ね、噂ではゲヘナの風紀委員長に次ぐ戦闘力と状況判断能力、大胆不敵さを兼ね備えた悪の化身、陸八魔アル……』
「え!? え、ええそうよ! 私こそアウトロー! キヴォトス一のアウトロー集団、便利屋68の社長よ!」
「アル様すごいです!」
高笑いするアルを持ち上げるハルカ。見ていて微笑ましい。しかしカズは、そんな絶好調に笑うアルに告げる。
『だが! だが君達には圧倒的に足りないものがある!』
ズビシッ! っと、指をさして宣言する。その姿は若い頃のカズヒラ・ミラーそのものだ。なんだか懐かしくて、エイハブまで昔に戻ってしまったような気がする。
「な、なに!? それは一体……」
『君達に足りないもの……それはズバリ、経営力と資金だッ!』
図星を突かれて白目になるアル。それ自体は分かっていたのか、カヨコとムツキは特に反応しなかった。ハルカはアルを落ち着かせようとして慌てているが。
『会社とは戦闘力だけあっても良いわけじゃない。それに資する、十分な資金と的確な経営力と運用があってこそだ』
「それは……そうだけど」
このままカズに任せてしまうと脱線しそうだ。この男、ノリが良過ぎて話が進まない時があるのだ。
エイハブはカズのホログラムを再度小さく表示する。あ、おい! と抗議するカズヒラを無視してエイハブはアル達に説明する。
「つまり、俺達はお前達便利屋に対して経営の助言と投資をしたいと考えてる」
その瞬間、アルだけでなく便利屋の全員が驚く。それはそうだ、つい先日に戦った相手にボロクソ言われたと思ったら、突然助けてくれるというのだから。
エイハブは義手で水の入ったグラスを掴み、それを飲み干す。
「一体何が狙い?」
そんな二人に、カヨコは疑問を呈す。エイハブはそれを軽く笑い、首を横に振った。
「別にお前達に
それから少しだけ、エイハブは口籠る。
「一つ、頼みたいことがあるんだ」
その男の顔は、戦士というよりも。一人の父親のような顔をしていた。
ゲヘナ学園は昔からキヴォトスの中でも一位、二位を争うマンモス校である。
古くから同じくマンモス校のトリニティと対立し、「自由と混沌」というどこかの蛇達が聞いたら喜んで飛びつきそうな校風でもって世紀末のような学園である。
万魔殿……パンデモニウム・ソサエティーと呼ばれる生徒会のような組織が実権を握っており、思いつきで政治をするせいか武力治安維持組織である風紀委員会はとても苦労しているらしい。ちなみにカズヒラ・ミラー曰く、どうやったら万魔殿がパンデモニウム・ソサエティーと呼べるんだと日本語の不思議に苦言を呈していたそう。すぐに失楽園が元ネタと気付いて納得していたが。
このゲヘナには様々な部活が存在する。
比較的穏健なものは少数で、ほとんどが過激、或いはテロリストと称されるような部活まで。便利屋68も当初は部活扱いであったが、社長の陸八魔アルの悪業と当人が会社を自称するせいでややこしくなり、今では指名手配までされている。
ともあれ、ゲヘナ学園は混沌としたキヴォトスの中でも更に粗暴である。
そんなゲヘナの風紀委員は、多数の兵器を運用しアビドスの市街地までやって来ていた。
「便利屋68を確認、現在ラーメン店にて会食中の模様」
おかっぱ頭の風紀委員が銀髪の少女に報告する。銀髪の少女の腕には、皆と同じように風紀と書かれた腕章が取り付けられていた。
「こんな昼間から暇な奴らだ……」
「どうします、イオリ?」
イオリと呼ばれた銀髪の少女。彼女を呼んだのは、スネークが初めて指揮した少女の一人であるチナツだ。
カズが見たならばテンションが上がりそうな二人は、風紀委員を指揮してアビドスに堂々と武力行使をしようとしていた。
「決まってる。迫撃砲小隊の援護の下、戦車火力で一気に制圧する」
無慈悲にそう宣言すると、風紀委員の戦車がアスファルトを傷付けながらやって来る。旧時代の戦車だが、脅威には違いない。
それを見ていたアビドス市民達は逃げ出すが、それも好都合だった。邪魔は少ない方が良い。
「戦車、迫撃砲ともに準備ができました」
「よし。攻撃開始」
「……それで、いいわけ? もっとこう、なにかないのかしら? ブラックマーケットの銀行をもっと襲うとか」
エイハブの頼みを聞いたアルが疑問を投げ掛ける。それに彼は淡々と答えた。
「そんな事望んじゃいない。裏の世界に喧嘩を売ると厄介だからな」
予想外の頼みとやらに、便利屋の皆は少し困惑した。それではあまりにも釣り合いが取れないのだ。主に、エイハブ達にとってそれは必要ないように感じる。
「ま、それだけじゃないがな」
電子葉巻を取り出して、でも吸えないことを思い出してまたポケットに入れる。
「どういう意味?」
「お前の言う、アウトローって奴を見てみたいと思った」
便利屋68が掲げるアウトローの理念。あまりにも抽象的だが、夢のある話だ。主に自分達のような荒くれ者には。
そう、夢だ。便利屋に、懐かしい夢を見た。戦う目的は自分達が決める。そうして世界に新たな秩序を齎す。彼女達は自由だ。報復にも囚われていない。それは正に、カリブ海でいつか見た夢。
エイハブが、まだエイハブとさえ呼ばれていなかった時。世界は未だ混沌としていて、束縛もそれほどなかった頃。
あの世界に生まれ落ちた、国境なき軍隊と似た何かを便利屋に見た。
『金の問題は痛いほどよく分かっている。懐かしいなボス、カリブにマザーベースが出来た頃、全然金が無くて毎日大変だった』
「あの人に心配されてマテ茶を貰ったんだったな。女の隊員にばっかり回し飲みするようになって、あの人はよく困ってた」
『そう言うなボス。奴だって、パリジェンヌと回し飲みしてたじゃないか』
「セシールか! 懐かしいな、あのテンションについてくの、大変だった」
男達が昔話に花を咲かせてしまうと、便利屋の少女達は互いに目配せする。
本当にこの話に乗って良いのか。果たして、騙されていないのか。これまでも依頼主に騙されてタダ働きしたこともあった。これもその類じゃないのか。
だが、目の前で楽しそうに笑う二人を見て、どうにも信じそうになる。
「ああ、金は気にしなくていい。そもそも、お前達この間の金はまだ持っているんだろう?」
銀行強盗の際に奪った形となった金のことだ。
「あれは……あなた達のお金だから手をつけないわ」
「ふん。そういう義理堅いところも気に入った。……お前にはカリスマがある」
カリスマというアルにとってはアウトローと同じくらいの褒め言葉で、ちょっとテンションが上がってソワソワする。
「まぁいい。カズ、彼女達にやれる金はいくらだ」
『ざっとこれくらいか』
カズが手元に数字を表示させる。それを便利屋全員が見ると。
「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん……ご、五百万!?」
「足りなかったか?」
冗談めいてエイハブが尋ねる。だがアルは、それどころか全員が首を横に振った。あの条件でこれは、高過ぎると判断したのだろう。
「ならいい。カズ、早速金を振り込んでやれ。早い方がいい」
『了解した』
「一体これだけの金額をどこで……?」
カヨコが冷静に尋ねる。
『それはまぁ……ちょっとしたヘソクリだ』
「……あんまり褒められたもんじゃないがな」
先の銀行強盗。実はカズヒラは、秘密裏にシッテムの箱を経由して闇銀行のデータベースにバックドアを作っていた。
アロナも、そしてオタコンもまさかそんな事をされているとは思わなかったのだろう。おまけにカズヒラはオタコンとアロナがシッテムの箱をシステムチェックする時間帯を勝手に掌握していたし、それまでに彼は痕跡を消せばいいだけだった。
バックドアを作ったカズヒラは、エイハブ以外に知らせずに裏世界の銀行から少しだけ拝借した。少しといっても、その金額は数千万に達する。
だが二人とも、その金をアビドスの返済に回そうなどと考えてはいない。そうなってしまっては、地獄に落ちることになる。それだけはしてはいけない。
まぁ、エイハブにそのことを伝えたら死ぬほど呆れられたが。
「とにかく、この金はお前達が好きなように使っていい。後で直接事務所にも寄ろう。その時に、俺とカズで会社の経営とは何ぞや、ってのをみっちり教えてやる」
力強い瞳で彼はそう言った。言葉から伝わってくる、この大人は嘘をついていない。
『っ、ボス! 何か来る! エナジーウォール展開!』
その時。カズヒラが叫ぶ。便利屋達は感じていなかったようだが、エイハブは本能的にそれを察知していた。
飛び込むようにカウンターへと走り込むと、キッチンに入ってきたエイハブを見て柴大将が驚いている。だが間に合わない。
エイハブがiDROIDを柴大将に向け投げると同時に、マザーベースの超技術であるエナジーウォールが展開。大将はその中に保護される。
刹那。
柴関ラーメンの外壁が爆発で弾け飛んだ。
そして次々と甲高い落下音が響き、空中で炸裂する。
エイハブはその中で、ただ数の暴力に襲われる。きっと便利屋達は死にはしないだろう。むしろ軽症で済むはずだ。
だが、生身の人間である彼が無事で済むはずがない。柴大将の腕の中で、カズヒラの声が木霊する。
『ボス! 大丈夫か! ボス! ボスーッ!!!!!!』
エイハブはそれを、ただ聞くことしかできない。