蛇だった者たちへ。   作:Ciels

25 / 45
赫怒 4

 

 

 

「先生がここにいらっしゃると知っていたら……私達の失策です」

 

 チナツが渋い表情で言う。奥ではまだシロコ達が激闘を繰り広げていたが、あの様子ではイオリと呼ばれた子はそう長くは保たないだろう。火力と機動の連携が、今のあの子達(廃校対策委員会)は器用過ぎる。

 

「久しぶりだな。こんな再会になるとは思ってなかったが」

「ええ……そうですね」

 

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生。その意味する事がわからない少女ではない。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)とは、連邦生徒会長直属の上位組織。つまり全ての超法規的権限等もスネークにある。

 それが味方するアビドスに対し、攻撃をしてしまった。いくら情報がなかったとはいえ、その責任は重い。

 

「イオリ! 止まりなさい!」

 

 冷や汗を流すチナツが叫ぶ。するとイオリは舌打ち混じりに跳躍して彼女の傍まで下がった。そのおかげで、シロコ達の攻撃も止む。

 

「先生。話し合いは無駄」

「先生……? この男が、噂の連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生?」

 

 肉食獣を思わせる鋭い目付きでチナツ達を睨んだ。その瞳には明らかに報復心が宿ってしまっている。そしてイオリは今気付いたらしいが……このキヴォトスで人間の男といえば自分かエイハブくらいだ。

 とにかく、このままいけば互いに良くない事になる。スネークは先生として、公正な立場として話し合いを提示する。

 

「待て、シロコ。チナツ、これはどういうことだ? なぜ風紀委員が、連邦生徒会はおろか統治しているアビドスにすら連絡を入れずに武力行使している? 話してもらおうか」

 

 スネークに対するチナツの印象は、冷静沈着かつ先見洞察の明を持つ優れた男性である。だが今のスネークでさえ、きっと本心では怒りを抱えていたのだろう。完全にチナツは威圧されてしまっていた。

 

 だが、幸か不幸かそんな彼女に助け船が渡される。

 

『それは私から説明しましょう』

 

 突然、自走式のホログラム発生装置が現れたかと思えば、スピーカーから別の少女の声が響く。浮き出たその姿に、スネークだけではなく男性陣は絶句した。

 プロポーションは素晴らしい。平時に会っていたならば、スネークといいビッグボスといい鼻の下を伸ばしていただろう。

 豊満な胸、絞られたウエスト、そして果実のような尻。薄い青色の髪はウェーブがかっていて滑らか。顔も良い。

 

 だが、だが。

 

 あの服はなんだ?

 

 どうしてあの女は厳格そうな制服で、横乳を見せるようなファッションをしている?

 あまりにも理解できない格好に、頭痛がしそうだ。かつて対峙したデッドセルのフォーチュンでさえ、スイムスーツという特性があるからという正当な理由でハイレグだった。それがあの女はなんだ。横乳で呼吸をしているのだろうか?

 

『なんだあの破廉恥な女は……』

 

 女好きなカズでさえ目を疑う。直前までの報復心を忘れかける。

 そんな少女が、自信に満ちた表情で語り出した。

 

『私はゲヘナ学園風紀委員会行政官、天雨アコと申します』

 

 行政官。つまり、ゲヘナの風紀委員会No.2ということだ。そんな女が出てきたのだ。

 

『それでは改めて。対策委員会の皆さん? この度は、失礼致しました』

 

 そう思っていない事は容易に分かる。今も彼女の後ろでは風紀委員達が銃をこちらに指向している。

 そしてアコの口調も、対策委員会を逆撫でしている。これは挑発行為なのだろう。ゲヘナが堂々と武力を振りかざすための。

 

「銃も下ろさずにか。行政官とやらは部下の統制すらできないのか?」

 

 ああいう女は鼻っ面を叩き折るに限る。もちろん比喩表現だ。だが、彼女達をここで増長させるわけにはいかない。

 アコは一瞬スネークを見て、しかし部下達に命ずる。

 

『これは失礼しました。全員、銃を下ろしてください』

 

 命令を合図に、彼女達は銃を下ろす。

 

「まだだ……あいつら、こっちを舐めてる……!」

 

 セリカがアコを睨む。

 

『さて、先程までの愚行は私の方から謝罪させていただきます』

「愚行って……私は命令通りにやったんだけど?」

 

 イオリが不満げにアコへと具申する。だが彼女はそれに答える事なく、淡々と言ってみせた。

 

『イオリ? 反省文のテンプレートがどこにあるかご存知ですよね?』

「ちょ、アコちゃん!?」

 

 それを聞くや否や、イオリの顔が絶望に染まる。

 

『はぁ……命令にまずは無差別に発砲せよ、なんて言葉が含まれていました?』

「い、いやそれは……」

『ましてやここはゲヘナではありません。他所の学園自治区付近なのだから、きちんとその辺りは注意するのが当然でしょう? 改めて、イオリ? 反省文の場所はご存知ですね?』

「……アコちゃんの机の左の引き出し」

 

 項垂れるように答えるイオリ。

 

『よろしくお願いしますね? ……それでは本題です』

 

 アコがこちらに向き直る。

 

『私達はあくまで学園の校則違反者を捕えるために来ました。風紀委員会としての活動にご協力いただけませんか?』

「脅しているようにしか聞こえないな。第一、反省文を書くのはお前の方だ、アコ」

 

 強くアコを瞳に入れて言う。

 

「部下の統制も取れない、その責任を現場指揮官のみに負わせようとする。そんなものが指揮官であっていいはずがない」

『……穏便に済ませようと言っているんです。今のうちですよ?』

 

 この女の本性はきっとこれだ。元々こちらが飲まないことを分かって来ている。

 

「飲むわけにはいきません」

 

 不意に、スネーク達の背後から拒絶の言葉が投げかけられた。それは今来たばかりのアヤネだった。

 

「ここは私達の自治区です。そこで堂々と戦闘行為をして、挙げ句エイハブ先生まで傷付けられて……最早犯罪行為です」

 

 強い意志で彼女は怒る。

 

「便利屋68の処遇等は私達が決めます」

 

 アコは溜息の後に、スネークに問う。

 

連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生、貴方も同じご意見ですか?』

「無論だ。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)として、そして大人として。俺はお前達の意見を聞くことはできない」

 

 ふむ、とアコはわざとらしく頷くと宣言する。

 

『本当は穏便に済ませたかったのですが……やるしかありませんね。総員、戦闘用意』

 

 その号令とともにゲヘナ生達がこちらに銃を向ける。やるしかない。ここはスネークも、戦う必要があるだろう。パンツの内側に秘匿している拳銃に手を掛ける。

 

 その時だった。

 チナツとイオリの間に、手榴弾が転がってきた。

 

「うわっ!」

 

 勢いよく炸裂する手榴弾。粉塵があがり、スネーク達は急いで遮蔽物に隠れる。同時にマスターミラーが叫んだ。

 

『スネーク! 支援物資を送る! クラフトチェンバー!』

 

 彼の叫びと同時に、スネークの真上にワームホールが開いてダンボールが落ちてくる。

 

「助かる!」

 

 彼は急いで中へと入る。

 一方で、ゲヘナ生達は爆発に混乱していた。

 

「奇襲か!?」

「警戒しろ!」

 

 粉塵の中で、ゲヘナ生達を攻撃している者がいる。それは便利屋68。彼女達は、逃げることではなく戦うことを選んだ。

 アルを攻撃されたことを根に持つハルカ、ムツキの爆弾に翻弄されるイオリ。

 

「うまくいったね」

 

 手榴弾の安全ピンをくるくると回すカヨコが言った。

 

「さぁ、楽しい時間の始まりよ」

 

 そうしてアルが不敵な笑みと共に現れる。そして、廃校対策委員会に一言だけ、

 

「悪かったわ。守れなくて」

 

 そう言ってみせた。

 

『そちらから姿を現すとは……ですが、探す手間が省けて助かりました』

 

 アコが指を鳴らすと、更なる増援がやって来る。だがどうにもおかしい、便利屋が強いとはいえ、これだけの人数を動かす必要性がどこにあるのだろうか。

 スネークはプレートキャリアを着込み、M4を手にすると観察する。何か別の目的があるに違いない。

 

『偶然とはいえ凄い状況になりましたね。便利屋を追っていたら連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生と出会えるとは』

「……白々しいねアコ」

 

 ハスキーボイスを響かせたのはカヨコだ。

 

「偶然なんかじゃない、最初からあんたが狙ってたのはこの状況だった」

 

 その推察に、アコは顔をようやく歪ませた。

 

「非効率すぎる。アビドス相手に多すぎる兵力。あの風紀委員長がこんなやり方をするはずがない。あんたの目的は連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)……最初から先生を狙ってここまで来たんだ」

 

 スネークに視線が集まる。同時に、全てが納得行く。あまりにも生徒達のことだけを考え過ぎていた。自分が狙われる立場になるとは。

 

『さすがカヨコさん、お察しが良いようで』

 

 アコは語る。

 きっかけはティーパーティーなのだと。トリニティの生徒会が連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)に関する調査書を手にしているとゲヘナの諜報部が掴んだのだ。

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)については何も知らなかったアコだったが、ティーパーティーが掴んでいるとなれば話は別、情報のプライオリティが上がってしまった。

 チナツが書いた報告書を思い出した事も後押ししたらしい。尤も、チナツが書いた報告書というのは最初の共闘での話だ。ということは数週間前……忘れてたな、この女。

 

 連邦生徒会長が失踪の間際に残し、スネークという個人が所属する正体不明の組織。どんな影響があるか計り知れない。

 

『ですからせめて、エデン条約が無事締結されるまでは私達風紀委員会の庇護下に先生をお迎えさせていただきたいのです』

「なるほど、拉致か。甘く見られたもんだ」

 

 アコは知らない。目の前にいる男が、不可能を可能にする男だということを。

 所詮は専門的な軍事訓練を受けていない少女達だ。その殆どは指揮官だけの裁量、そしてその指揮官もただセンスによってのみ行動している。

 そんな者達を相手に、いくら生身とはいえこの伝説の男が負けるとは思えない。オタコンも、そしてカズヒラも、同意見だった。

 

『モテモテだね』

「もうちょっとレディになってからお誘いしてほしいもんだがな」

 

 スネークとオタコンが小声で軽口を叩く。

 

「勝手なことを……私達が素直に従うと思う?」

 

 セリカが猫のようにフシャーッと捲し立てる。

 

「先生、行けそう?」

 

 シロコの問いにスネークは頷いた。ついでに、オタコンから大分前に送ってもらった「それ」を頭に巻いて。

 無限バンダナ。(クリア後特典)弾に困ることはない。

 

 アコはわざとらしく溜息をつく。

 

『やはりこういう展開になってしまいましたか……私たちとしても必要な対処とあらば仕方ありません。委員長に知られてしまったらイオリと仲良く反省文ですねぇ……』

「え?」

 

 イオリが驚く。つまり、これはアコの独断だった。やはり看過できない。

 

『5人で勝てると思っているのですか?』

「私達もあわせて十人よ」

 

 アルが力強い声で宣言する。ちなみにしっかりとスネークもカウントされているらしい。

 

「お前達まで巻き込まれることはないぞ」

「……私達のパトロンがあんな目にあって逃げ出すなんて、三流の悪党がすることよ」

「パトロン?」

 

 iDROIDから咳払いが聞こえてくる。どうやらエイハブとカズヒラが何か便利屋としようとしているようだ。なるほど、それで巻き込まれたのか、とスネークもオタコンも納得した。

 

「それに、戦う理由は自分で決めるわ。あなた達のために戦うんじゃない、自分達のために戦うの」

 

 シンパシーを感じた。かつて、その言葉を若き戦友に語ったことがある。もう、ずっと昔の話だが。それを思い出して、アルの中に戦士としての魂を感じてしまった。

 

「いいか! もう後には引き返せないぞ」

 

 イオリが怒りに震える。

 

「土下座しても大金積まれても、足を舐めても!!!!!!」

「舐められたいのか? ならもっと成長することだな。俺は変態じゃない」

 

 ぐぎぎぎ、とイオリが悔しそうにする。これで舐めようものならオタコンからもカズヒラからも軽蔑されてしまうだろう。

 

『まさかあなた達が共闘するなんて……まぁいいでしょう。風紀委員会の恐ろしさを嫌というほど味わわせて……』

 

 突如、無線に通信が入る。それは新生アビドスの部隊のものだ。ようやく彼女達がやってきたのだ。

 

『道路上敵戦車! 砲手、徹甲、行進射!』

『距離良し!』

『撃て!』

 

 戦車長であるキョウコの号令の後、ゲヘナの戦車が爆発する。真横から攻撃を受け、徹甲弾で穴を開けられたようだった。それでも死んではいないのだからとんでもないが。

 

「話長かったから助かる〜」

 

 混乱するゲヘナを他所に、ムツキがおちょくる。だがアコは余裕が無いようで、攻撃を命令するだけだ。

 アビドス勢はすぐに遮蔽物へと隠れると、入ってくる無線を聞いた。

 

『デイヴィッド! 戦車部隊と歩兵部隊が到着した! 挟撃するんだ!』

 

 カズヒラが勇ましく叫ぶ。

 

「シロコ、アル、突っ込むぞ! ついて来い!」

 

 弾丸が飛ぶ中、スネークは怒鳴るように命じて飛び出す。久々の戦場に戦士としての血が騒いでいるのは確かだった。

 瞬時に戦況を見極め、指示を出す。

 

「ノノミとムツキは正面に制圧射撃、カヨコとハルカはセリカと右翼から迂回して打撃しろ! アヤネ、戦車部隊と歩兵部隊は任せる!」

 

 射撃しながら指示を飛ばし、彼女達の了解という声を聞く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生、先生! 聞こえますか!?」

 

 懐かしい感覚だった。

 身体がまるで動かない。感覚も麻痺している。そんな中で、こんな風に質問されるとあの時のことを思い出す。

 目を開けると、そこにいるのはあの医者ではない。自分の教え子たる、元ヘルメット団の少女達だ。

 次いで、ようやく痛みが全身を襲った。呻き声をあげれば、少女と……そして横で煤だらけの柴大将が心配そうにこちらを覗き込んだ。

 

「大丈夫だ……」

 

 すぐに立ちあがろうとして、皆に押さえつけられる。

 

「立っちゃダメです! 大怪我してるんですよ!」

「ああ、あんまり騒ぐな……どうだ、診断結果を聞かせてくれ。できるだろう」

 

 安心させるように笑みを作る。エイハブは大体今の自分の状態を理解できていた。メディックだったということもあるし、そもそもダイアモンド・ドッグズの時は単身潜入ばかりだった。そうなってくると自分で何から何までしなくてはならなかったし、自ずと身についているもんだ。

 

「バイタルゾーンは切り傷と火傷のみで異常なし、頭部は軽い裂傷のみ、腕部と脚部に一部破片が刺さり出血、現在は止血済み……」

「なら分かるな。ほら、大丈夫だ」

 

 そう、思ったほど重症ではない。気になって頭も触ってみるが、角は生えていない。まぁあのレベルの破片が刺さっていたら今目は覚めていないが。

 エイハブは肩を借りながら立ち上がる。スーツがボロボロになってしまったな、と思いながらも足の震えが気になった。

 

「悪いな、強心剤をくれないか」

「劇薬ですよ?」

「ああ、構わない。慣れてるよ」

 

 渋る救護の生徒から強心剤を打ってもらう。すると、あの時よりも発展した世界だからだろうか、すぐに効き目が現れた。

 足に力が入ると、アドレナリンが循環する。医療用の修復ナノペーストとやらがあるらしいから、傷もすぐに治るだろう。

 

 周囲では銃声が鳴り響いている。柴大将に今の状況を聞けば、どうやらゲヘナの風紀委員会が便利屋を捕まえるために武力行使をしてきたようだった。

 

「ホシノが怒るかな」

 

 自嘲気味に笑いながら、今の自分の姿は見せられないとも思う。

 

「デイヴィッド……」

 

 不意に、少女達の最前線で戦うデイヴィッドが目に入った。格好こそスーツ姿だ。だが、その頭にはバンダナを巻いている。

 あまりにも、その姿がエイハブの恩師と重なった。そして、アウターヘブンで対峙したあの時とも。

 

「ソリッド、スネーク……」

 

 エイハブの呟きは、誰に聞かれるでもなくただ銃声に掻き消された。

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。