蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 6

 

 

 

 

 真っ暗な部屋の中でコンポにカセットテープを差し込む。再生ボタンを押すと、カセット特有の雑音がスピーカーに響いた後に声が再生された。

 

『ボス、容態はどうだ』

 

 声はカズヒラ・ミラーだ。うむ、とエイハブ先生の唸りに近い頷きが響く。声だけで分かるがやはり身体はキツいらしい。

 

『まだ一日も経ってないんだ、良いわけない。それでも病院でXOFに襲われた時よりはかなりマシだが』

『すぐ近くで迫撃砲が何発も炸裂したんだ。むしろそれだけで済んで奇跡だ。どうだ、自己修復用ナノペーストの効き目は?』

  

 エイハブ先生の怪我は見た目よりも軽症だった。本人曰く、頭からの出血は派手に見えやすいとのことだ。それでも学校の保健室に辿り着くまで、私は気が気じゃなかったけど。

 アビドス高等学校の保健室で外傷用回復薬の一つであるナノペーストを塗りたくると、怪我はほとんど治ってしまった。だがやはり内臓なんかは元通りとはならず、しばらく療養が必要らしい。それに右足が折れてしまっているそうだ。

 

『痛みはあるが、動けないほどじゃない。骨折も、貰った注射を数日打てば治るらしい。どういう原理か分からんがな』

『あんたがいる頃はナノマシンが無かったからな。今じゃレーションにも入ってる代物だ』

『飯を食って怪我を治す時代か。医者いらずだな』

 

 恐らく彼らが話しているのは元いた世界とやらの話なのだろう。当たり前だが、数日間は安静だそうだ。エイハブ先生は戸籍が無いから公的な病院にも行けない。デイヴィッド先生曰く、この件が片付いたら連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の特権を使って、正式にエイハブ先生をキヴォトスの住人にするらしい。

  

『それで、カズ。あのゲヘナの風紀委員会だったか……奴らの目的は何だったんだ。アル達を追って来たと聞いたが』

『正確にはあの行政官(ヨコチチ女)とやらの独断だった訳だが……』

 

 大体の事情はシロコちゃんから聞いている。

 

『便利屋68を逮捕するというのは建前で、実際にはデイヴィッドの確保が目的だったようだ。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)という超法規的組織に所属する、先生という立場を危険視したんだろう』

『……連邦生徒会長の置き土産か。なるほど、悪知恵の働く子供が考えそうな事だ。どうせ余計なことをされる前に、デイヴィッドを押さえてしまおうとしたんだろう。ふん、相手が悪かったな』

『まったくだ。5回も世界を救った伝説の傭兵だ、きっとあいつ単体でもどうにかなっただろうさ』

 

 ぎょっとする。シロコちゃん曰く、デイヴィッド先生はエイハブ先生と同じくらい勇猛だったそうだが、まさかそんな経歴があったとは。たった一発、銃弾を喰らえば死んでしまうような人がそんなに凄いとは思わなかった。確かにエイハブ先生と声が似ているせいでたまに間違いそうになるが。

 

『見ていて、イシュメール(ビッグボス)を思い出した』

『……俺も、昔はそうだった。だがデイヴィッドはデイヴィッドだ。似ている所もあるが、あいつはあの男(ビッグボス)とは別人だよ。それにデイヴィッドを育てたのは俺だからな』

『良い教官を持ったな、まったく』

 

 自画自賛するカズヒラに、エイハブ先生は呆れたように笑う。

 そこでそのテープは終わる。停止ボタンを押してカセットテープを取り出すと、新たにカセットを入れて再生する。私は冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出すと、キャップを開けて中身を口に含んだ。

 

『いくらアビドス増強の情報が無かったとはいえ、ゲヘナの奴らが許可も取らずに攻めてきた理由はなんだ?』

『……それなんだが、ボス。アビドス自治区の地権のほとんどが、その……アビドス高等学校のものではないんだ』

 

 水を飲んでいた手が止まる。言っている意味が分からなかった。だが、すぐに誰がそんなことをしていたのかを推察する。そして自分の不甲斐なさに腹が立った。

 

『どういうことだ? 自治区ってのは普通、その学校の所有物だろう。言うなりゃ国の土地だ。そんなものを、いくら砂漠化が進んだとはいえ……』

『そうだ。第三者が奪い取ったり、同意無く買収したりするのは禁止されている』

『……つまり』

『考えたくはないが……生徒会だろう。古いアビドスの生徒会が、砂漠化後に金策に困り、売却したんだろう』

 

 私もカズヒラと同意見だった。当時は、私が入学する前のアビドスは、どうにかして砂漠化を止めて流出した人材を戻すかということだけに囚われていた。

 それは、私達も変わらない。借金のことだけに思考が偏っていた。

 

『買取先は?』

『カイザーコーポレーションだ。取引の記録をアロナと見つけた』

 

 エイハブ先生は唸った。私も唸りたい気分だった。

 

『奴らが絡んでいるとは思っていたが……目的はなんだ? 砂漠に何を求めている?』

『それは分からん。せめてカイザーの本社にハッキングできればいいんだが……スタンドアローンの情報網を敷いているせいで中に入り込めん。バックドアが必要だ』

『デイヴィッドが言っていた。風紀委員長が、カイザーコーポレーションがアビドスの砂漠で何かを企んでいると』

 

 そんなこと、私は知らなかった。やはり諜報部を持っているゲヘナやトリニティは情報戦で優位に立っているようだ。

 

『……ボス、嫌な予感がする』

『ああ、南アの時のような何かが、あそこにはあるのかもしれない』

『声帯虫ではないだろうが……あんなもの、もしここでばら撒かれでもしたら大変だ』

『だがその線は無いだろう。あの時、声帯虫は俺たちが徹底的に潰した。応用のパラサイトスーツでさえ、アウターヘブン創設時には全部燃やし尽くしたんだから』

『ああ……それに、ここ(キヴォトス)の医療技術なら声帯虫程度は一時的対処は可能だろう』

 

 声帯虫というものがどういうものか分からないが、虫というのだからきっと生物兵器の類なのだろう。

 テープが止まり、私はまた新しいテープを差し込み再生する。

 

『カズ、デイヴィッドに詰め寄られたそうだな』

 

 少し楽しそうにエイハブ先生が尋ねた。深く息を吐いているということは、保健室で電子葉巻を吸っているのだろう。救護班は先生に甘いから、見て見ぬふりをしているに違いない。気持ちは分かる。

 

『ああ……地権の事と便利屋との契約についてくどくどと……』

 

 余程問い詰められたのだろう、カズヒラは少し疲れたような声をしていた。

 

『あいつは俺には聞いてこないからな。まだ警戒してるみたいだ』

『あんたの正体に気付くのも時間の問題かもしれん』

『困ったもんだ』

 

 ため息混じりに先生は言ってみせた。どうやらビッグボスとやらの幻影(ファントム)ということは知られたくないらしい。

 

『自分が殺した相手がいると知れば、あいつもやり辛いはずだ』

 

 え、と声が漏れた。エイハブ先生を、デイヴィッド先生が殺した? 何かの聞き間違いであってほしかった。

 だが何度巻き戻し、聞いたところで言葉は変わらない。蛇は、蛇を殺したのだ。

 

『あいつはああ見えて、結構センチなんだ。真面目なんだよ』

『だろうな。あの人(ビッグボス)よりも神経質そうだ』

『アウターヘブン陥落後、デイヴィッドはPTSDを患った。しばらくCIAに在籍したが体制に馴染めずにアラスカに隠居した。ザンジバーランドでも召集されたが、ビッグボス殺害後にまた隠遁……まだ30手前の話だったはずだ』

 

 きっと、私には想像もできないことがあったに違いない。デイヴィッド先生はエイハブ先生と違ってクールで真面目な印象だ。多少説教くさい時もあるが、割と天然な時もある。

 

『あいつは、アウターヘブンが爆撃されて非戦闘員までもが殺害された事を自分のせいだと悔やんでいたんだろう』

『……子供達もか』

『あんたは知らないのも無理はない。NATO軍はメタルギアの破壊を知って爆撃を行ったんだ。それはもう、酷い有様だった。自爆装置で軍事施設が一通り破壊されてもなお、やつらは徹底的に焼き払った』

 

 かたかたと、何か震えるような音が聞こえた。カズヒラ先生じゃない、エイハブ先生が震える左手で電子葉巻を持っているのだ。彼は、動揺していた。

 

『……時代という怪物と戦うことになる。あの人が言っていた』

『俺達は、時代に負けたんだ』

『……それでも、俺たちの戦いは無駄じゃなかったと信じたい』

 

 カセットが切れる。

 先生の動揺が、共鳴するように私に伝わる。気分を落ち着かせようと、他の話題のテープを再生する。

 

『アルから連絡があった。俺たちの支援のおかげで、無事家賃を二ヶ月分振り込めたそうだ』

『まったく、社長が聞いて呆れる』

『そう言うな。金の工面が大変だってことはあんたもよく知ってるだろう』

 

 便利屋との接触。それについて多くは知らない。だが明確に、私の心がざわついていたことは確かだ。

 

『とりあえずは、俺の方からコンタクトを取って経営学について学んでもらう。これでいいな?』

『ああ、それでいい』

『しかし……知られたらホシノが怒るぞ。彼女はあんたに酔ってるからな』

 

 また電子葉巻の吐息が耳を刺激した。

 カズヒラめ、なんてことを言うんだ。事実ではあるが。

 

『あんまり依存してもらっちゃ困るんだがな』

『おいおい、罪な男だなぁまったく。あれだけフラグを立てておいて……』

『フラグ? なんだそりゃ』

『知らないならいいんだ。だがもう一度聞いておきたい。どうして便利屋を支援するんだ?』

 

 ああ、とエイハブ先生は頷いてから答える。

 

『あんまり理由はない』

『おいおい……』

『なんというか、放っておけなかった。言っただろう、あいつの言うアウトローってのを見てみたくなったって』

『……あの男(ビッグボス)と重なったか?』

『……かもしれない。似ても似つかないが』

 

 ビッグボス。エイハブ先生の恩師であり、オリジナル。陰と陽。裏と表。

 

『……流石にあそこまでじゃなかった気がするが』

『そうか? あの人がサンタを信じてた話を知らないわけじゃないだろう』

『ああ……あったなそれ……』

『ダンボール戦車のことだってある。それに、ほら。トレニャーだったか? 俺は耳を疑ったぞ。急に猫と話し出すんだからな。いくら数か国語が話せると言っても、猫語まで話せるなんておかしいだろう』

『懐かしいな……! あんたもあの島にメディックとして出向いてたな』

『あんな恐竜もどきとは二度とやりあいたくはないな』

『そう言うな。デイヴィッドだってサルをゲッチュしたりしてたんだ』

『……なんだそりゃ?』

 

 途中から便利屋そっちのけで思い出話が始まる。どうやらエイハブ先生は、あの便利屋68のアルとビッグボスを重ねただけらしい。だがそんな支援など、するならば教えて欲しかったが。

 

『キョウコ達はよくやってたな』

『ああ。いくらソ連製のMBTとはいえ、あの短時間でゲヘナの戦車部隊を全滅できたのは彼女達の練度が上がってきてるからだろう』

 

 新しいテープ。

 

『歩兵部隊もよく働いてくれた。それに偵察部隊なんて、ものの5分で俺のところにすっ飛んで来たぞ』

『ああ。誰一人気絶することなく、ゲヘナの風紀委員と渡り合えるのは素晴らしい。だがボス、問題もあるぞ』

 

 問題? と、先生の声が響く。

 

『そうだ。彼女達はこれからどんどん強くなっていく。だがそうなると、今度は技術が追いつかない。今はまだT−80で満足しているかも知れないが、これからの彼女達の練度を発揮するためにはもっと優れた装備が必要になるということだ』

『カズ、兵士の良し悪しは技術じゃないだろう』

『みんながみんな、あんたやホシノじゃないんだ。それに、あんただってダイアモンド・ドッグズの時は研究開発班の新製品をよく試してたじゃないか』

『まぁそれはそうだが』

 

 それは私も感じていた。キョウコちゃん達、元ヘルメット団の子達の忠誠心は凄まじい。彼女達の新しい居場所であるアビドスのためなら、きっとなんでもやってみせる。だから必死に強くなる。

 でも、そうなると今度は物が足りないのだ。本当ならもっと良いものをあげたい。

 

『そこでだ。あんたに、ミレニアム出向の話はしてたよな?』

『ああ。技術を学びにいくんだろう?』

『そうだ。最近は人手にも困らなくなってきたから、研究開発部を立ち上げようと思うんだ。ミレニアムの技術を手に入れ、アビドスに組み込む……そして開発した物品は、量産、販売できるならして、借金返済にも充てられる』

『お前の得意分野か。ホシノは?』

『まだ話は通してない。だが、彼女のことだ。きっと頷いてくれるだろう』

 

 心を見透かされているのが悔しいが、その通りだ。拒否する理由はない。

 

『だが当分は既存のもので対処する事になる。ボス、もし敵対勢力に新型の装備なんかがあったら回収してきてくれ』

『それが本題だろう、まったく……』

 

 新しいテープに入れ替え、再生する。

 

『カズ、それで。ホシノはどこに行ってたんだ』

 

 どきり、と心拍数が跳ね上がる。

 

『それなんだが……すまんボス。ホシノは俺達に尾行されるのを予期していたのか、ドローンを使っても追うことができなかった』

 

 大きくため息を吐くエイハブ先生。良かった、どこに行ったかまではバレていない。

 

『だが、おおよそは把握できている。近郊のカイザーコーポレーション傘下のビル群だ』

『……そんな所に、なにを?』

『分からん。あんたが育て過ぎたせいで、ホシノには盗聴器も衛星も、GPSも通用しないからなぁ』

『こりゃそのうちホシノが稼ぎ頭になるな』

『違いない』

 

 流石に当たりはつけられているようだ。だが、本質まではバレていない。自室も、しっかりと盗聴器や盗撮の対策をしている。カズヒラは信用できない。そういう点ではエイハブ先生もだ。

 

『まぁいいさ。近いうちにホシノに聞いてみるよ』

『ああ。俺はすっかり警戒されちまってるし、その方が良いだろう』

『だがカズ、何か兆候があればすぐに知らせてくれ』

『もちろんだが……やはり、気になるか』

『当たり前だ』

 

 今度は違う意味でドキッとした。だが、先生は続けて言った。

 

『ホシノは俺の生徒だからな』

『はぁ〜……ボス、あんたも大概だな』

『……?』

 

 私は停止ボタンを押すと、ベッドに横になる。

 先生は、やっぱり私をただの生徒くらいにしか思っていないのだろうか。

 

「……うへ。なんでこんなこと考えてるんだろう」

 

 そもそもなぜこんなにもヤキモキしているのだろうか。今日、風紀委員長の頭を撫でた時もそうだし、便利屋と接触していたこともそうだが。

 考えれば考えるほど思考が纏まらなくなる。

 とにかく、今は寝よう。今日はちょっと、疲れてしまった。朝早くに見回りをすることにしよう。

 

 私はそんな事を考えながら、盗聴に使っていたアナログのテープレコーダーを枕の横に放り投げた。

 

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