戦争は変わった。
──メタルギアソリッド4 ガンズオブザパトリオットより、オールドスネーク
近未来的な都市には似合わない銃声と爆発音が鳴り響く。それはかつて、戦士として数多の戦場を渡り歩いてきた彼の記憶に刻まれたものと合致していた。
湾岸戦争から始まり、統制からの避難所で終わった戦場。戦争は変わったが、本質は変わらない。いつの時代も、誰かを傷つけるための銃声が、自然の一部のように組み込まれている。
未だその銃声は数ブロック先にあるようだが、彼がその忌々しい記憶の再現へと辿り着くのは時間の問題だった。
彼と、少女達はビルを出ると街を歩く。
リンを先頭に、その背後には彼が。そして更に後ろには、同行する三人の少女達。ユウカ、ハスミ、チナツだ。
彼の表情は相変わらず怒れる大人だった。明らかに眉に力が籠っている。それは状況を伝えられた今でも変わらない。
「見ての通り、キヴォトスの学生達は銃弾で死ぬことはありません」
リンは道路の脇で伸びている少女達……所謂不良達を指差す。
軽い怪我と気絶こそしているが、明らかに銃に撃たれたであろう彼女達に命の危険はない。確かに、キヴォトスの住民というのは相当にタフであるらしい。信じ難いことではあるが。
だが、論点はそこではない。もっと根底にある。
「そういう話をしているんじゃない」
彼の視線の先にあるものは、リン以外の少女達の手に握られているもの。銃だ。
銃とは、人を傷つけるためにある道具。殺し合うために存在する道具。身を守ることもできるが、それでも相手を傷つけるということには変わりない。
そんなものを、まだ成人もしていないであろう少女達が当たり前のように手にしている。
各々の銃にはまるでオシャレのアクセサリーのようなカラフルな装飾がされ、あたかも自分がおかしいのではないかと混乱する。
「お前達のような子供が持っていて良いものじゃない。その重みを、その意味を、お前達は理解しているのか?」
蛇として、彼は戦い、数々の命を奪ってきた。
未来のために、様々な敵を撃ち滅ぼしてきた。
だからこそ言える。
君達が持つそれは、日常生活に溶け込んで良いような容易いものではないのだと。
「キヴォトスでは銃を持つのは当たり前のことですよ?」
ユウカが首を傾げて彼に返す。
その意味とは、ありのままの世界を残すために戦ってきた彼には残酷過ぎた。
──銃とは最早、生活の一部でしかない。
日本の小学生が変質者対策に防犯ブザーを持つように、或いは飛び交い肌を刺す害虫を排除するための虫除けのように。銃は、この世界ではあまりにも溢れかえったものだった。
彼は言葉を失う。だって、彼の持ち得る常識で語った所で、それは単に異邦人が他国の文化に物申しているだけなのだから。むしろ、排除されるのは自分の価値観。
それが、あまりにも酷く許せない。
なんとも言えない呻きに似た息を漏らす。そして同時に、これから戦いに赴くのが、自分の後ろを歩く少女達である事に気がついて嫌気がさした。同時にここが
今から向かう場所は
特定の何処かで働くということをあまりしてこなかった彼だが、乗り気ではない。どこの世界に子供が銃を持つことを良しとする世界がある?
「先生は、キヴォトスの外から来たので知らないのでしょう。ここではこれが、日常なんです」
リンが口にする言葉に、今返せる言葉はない。それはもう出し尽くした。持つべきではない、そう言った所で、日常の根底からして異なるキヴォトスでは意味がない。
「現在、矯正局を脱出した停学中の生徒を筆頭に、不良達が
リンが続けるように状況を話す。
「サンクトゥムタワーの制御権を取り戻すためには、その部屋の奪取が必要……」
チナツが紡ぐように言い、リンは頷いた。要は、悪化している治安の上昇或いは維持のために、嫌でも戦う必要があるのだ。
この都市の中枢を担うであろう場所が、いくら相手が子供とはいえ襲撃を受けているとは。世も末だ。
「それはわかってるけど……私これでもうちの学校では生徒会に所属していて、それなりの扱いなんですけど!?
なんで私が……あいた!?」
突然、近くで発砲音が鳴り響きユウカが頭を押さえた。
彼は反射的に近くに放置されていた車の物陰に身を隠せば、痛がるユウカに思わず声をかけた。
「ユウカ、無事なのか!?」
明らかに相手が撃っているのは実弾である。いくら小口径かつ低速の弾頭であろうと、生身の頭に当たれば致命傷は免れない。
そもそも、非殺傷を目的としたゴム弾等でも当たった衝撃で人が死ぬ場合もある。それが頭部なら尚更。
けれど目の前の菫色の少女は、まるでドッジボールをぶつけられたくらいの痛がり方だ。
「普通に痛いですよ!? くぅ〜……あいつら、違法JHP弾を使ってるじゃない!」
ジャケテッド・ホローポイント弾。
それは弾頭の一種であり、彼が居た世界でもありふれたものだ。
弾頭の先端には大きく空洞があり、弾着時に弾頭が空洞を押し広げるように
もっとも、いくら防弾ベストを着ようが当たれば悶絶するほど痛いのだが。
隣で怒れるユウカとハスミがホローポイント弾について議論しているが、それに入れるほど彼の常識は逸していなかった。
「これでお分かりいただけましたか? 先生方、キヴォトスの外の方々からすれば致命傷となり得る銃弾も、私たちからすればそうではない」
「……」
返答に困る。だからといって、彼女たちが堂々と持っていて良いものでもない。割り切れるものでもない。
英雄とまで呼ばれた男でさえも、悩んでしまう。本当に、彼女達と戦うべきなのか。自分は戦いに加担すべきなのか。そもそも、銃を扱う少女達を、許容して良いのか。
文化の違いと言って仕舞えばそれまでではある。けれど……
「今は先生が一緒なので、その点に気をつけましょう」
先生と呼ばれた事で、彼は思考の連鎖から現実へと意識を戻す。
「先生を守ることが最優先……建物の奪還は、その次です」
「ハスミさんの言う通りです。先生はキヴォトスの外から来た方ですので……私たちと違って、弾丸の一つでも命の危機に晒される可能性があります。その点ご注意を」
ハスミとチナツが自分のことをやたらと気にかけている。まるで重荷であるかのように。
男としての。いやそれよりも何か大切なものがショックを受けている気がしてならなかった。
そして極め付けは、ユウカの一言。
「分かってるわ。先生、先生は戦場に出ないでください! 私達が戦っている間は、この安全な場所にいてくださいね!」
パリンと、ヒビの入ったガラスが砕けたような気分になった。まるで役に立たないからそこにいろと、そう言われている気分になったのだ。
もちろん彼女達がそういうつもりで言っている訳ではないことは分かっている。けれど、いくらもう戦いを辞めたとはいえ、自分だけ安全な場所から見ている訳にはいかない。それは自分と、今まで自分を形作っていたものへの裏切りに等しい。
かつて、自分は何のために戦っていたのかを、思い出す。
未来のために。ありのままの未来を残すために。
かつて、アーセナルギア内部で後身に言った言葉を。
「待て。俺も行こう」
まるでゴミのように無造作に落ちている拳銃を拾い上げると、彼は弾倉を引き抜いて弾薬の有無を確認した。
その所作を、四人の少女達は驚いた顔で見ていた。
「せ、先生!? 無茶です、当たったら死んじゃいますよ!」
「君よりも戦場は長い」
ユウカの言葉に反論する。
彼は人生の大半を、戦いに費やした。後悔は数えきれないほどしているし、トラウマでもある。
けれどそれと、少女達だけで戦わせることは、比べるまでもない。
「……先生、でしたら、指揮をお願いできますでしょうか」
不意に、彼の背後にいたリンが呟いた。
「指揮?」
「はい。キヴォトスにおいて先生が生徒達を指揮することを、戦術指揮と呼びます」
彼は呆れた。つまり、こんなことを是とする大人が沢山いるということだ。道徳もなにもあったもんじゃない。
「俺はビッグボスじゃない。指揮なんて、碌にしたことがないぞ」
「……いえ。連邦生徒会長が指名された方ならば、できるはずです。無理に、とは言いません。ですが、戦術指揮は生徒達の戦闘力を著しく向上させます。彼女達は、銃の扱いは知っていても、戦術に長けている訳ではありませんから」
彼は戦場において、混沌の最中に戦いながら指揮をすることの難しさを知っている。
まだ彼が若かった頃、それこそ彼女達と同世代であった頃。初めての戦場で、ベテランの兵士達でさえ、戦闘になれば混沌を極めていた。
指揮は思い通りにいかず、それでもがむしゃらに戦い、生き延びた。戦争とは、戦場とは、その繰り返しだ。
「……分かった。だが期待はするなよ」
ましてや、正面切っての戦いは彼の得意分野ではない。
リンは少しだけ微笑むと、頷いた。
スケバン。古き良き日本の文化でありながら、不良。
彼女達はここぞとばかりに自分達が持てる
とは言っても、不良が破壊行為や略奪行為をすることなどキヴォトスではありふれた話で、住民達は慣れたように避難しているせいで警備ドローンやポンコツロボットを相手に日頃の鬱憤を晴らしているだけ。
そんな彼女達の前に、武器を持った生徒達が現れる。ユウカ達だ。
「良い子ぶった奴らが来たぜ!」
「やってやろうじゃんか!」
勇ましく荒ぶるスケバン達。
向かってくる少女達の目的は、粗方自分達の鎮圧だろう。だが所詮は多勢に無勢、ゲヘナの人間もいるようだが、彼女達には秘策もあった。
とにかく、向かってくる
「だが数じゃこっちが」
「うぎゃ!」
だが、そんな優勢を保っていたスケバン達が一人、また一人と倒れていく。
おまけに気がつけば正面から突っ込んできていたユウカ達が、短時間でかなり接近してきていた。
「何やってんだ! 相手はたったの二人……」
「横だ! 横から、あぎゃ!」
また一人、銃弾に撃たれ気絶していく。
横を見れば、スケバン達の横から銃撃が来る。
「敵一名排除」
横からの伏撃。それはトリニティのハスミと、途中から合流した守月スズミ。
ハスミの正確な射撃がスケバン達をどんどん射抜いていく。
「大口径だ! 食らったらヤバ……」
サブマシンガンを持ったスケバンは、仲間に情報を共有しようと口を開いて。
突然、その口を押さえられた。
「動くな」
「〜!!!!!!」
キヴォトスの戦場には似つかわしくない、やけに渋い男の声だった。
気がつけば背後から腕の関節を極められ、いくら力の強いキヴォトスの少女でも動くことはできない。
そもそも、頭に銃を突きつけられては動く気もなくなる。彼女達は、兵士ではない。得体の知れない恐怖に打ち勝つ方法など、知るはずもない。
スケバン達の制圧は、あっという間に終わった。
気絶している者、戦意を失った者。色々いるが、その全員に手錠がハメられている。途中から戦いに加わった、守月スズミという少女によるものだ。彼女は自警団らしい。
彼はひと段落した戦いを見て、聞いて、感じて、拳銃を下ろす。弾は一発も撃っていない。その必要がなかったのだ。
多少の安堵からおもむろにポケットを弄り、けれど辞めたそれが入っているはずもない事を思い出して少し落胆した。いつまでも、蛇は煙を好むものだ。例え禁煙したとしても。
そんな彼をよそに、指揮されていた少女達はどこか不思議そうな面持ちで彼を見る。
「なんだか……いつもより戦いやすかった気がします」
銀髪の少女、スズミが言う。
「やっぱり……そうよね?」
ユウカもまた、同じ意見。
戦いの最中、彼は確かに戦闘をしていた。
けれど彼女達と列を揃える事なく、むしろ単独でどこからか潜入し、その情報を基に彼女達を指揮する。
まるで敵の視点から。配置や、火器すべてが、彼の情報により手に取るように分かるし、何よりもどこへどう動けば良いのかを分かりやすく、的確に指示していた。
寄せ集めの自分達が、まるで一つの生き物であるかのように。そんな不思議な連帯感が、彼女達にはあった。
「これが先生の力……まぁ連邦生徒会長が選んだ方だから当たり前……当たり前なの? これが……」
ユウカが視線を落とせば、そこには失禁して泣きじゃくるスケバン達。
「次々と背後から拘束し、無力化する……まるで、蛇のようでした」
ハスミが感想を漏らす。
見ていてそれは奇妙というに他ならない。
自分達が十字砲火をし戦力を減殺していると、指揮をしていたはずの彼がどこからともなくスケバン達の背後に現れて、一人ずつ静かに無力化していくのだ。
時には締め技や叩きつけなども使うが、スケバン達は気が付かなかった。それどころか、見ていたはずの自分達でさえ、その気配の無さ故に見失いそうな、そんな感覚。
おまけに
「あの先生……只者じゃなさそうね」
ユウカは静かに、タバコの代わりにスケバンから没収した飴を貪り、しかし物足りなさそうな先生を見て呟いた。