蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 9

 

 

 

 

 朝から対策委員会室では良からぬ話題で持ちきりだった。それは、やはりアビドスの土地権について。

 

『みんな、聞いてくれ。現在のアビドスの土地の所有者が詳細に判明した。所有者は、カイザーコンストラクションというカイザーコーポレーション傘下の建設企業だ』

 

 やっぱり、とセリカが怒る猫のように喉を唸らせながら呟いた。問題なのは、この校舎と一部を除き、その殆どが買収されてしまっているという点だ。これでは最早、アビドス自治区とは呼べないだろう。前にも話し合ったが、本来ならば自治区の土地を買収などできるはずがないのだ。

 スネークは渋い表情を浮かべながら、

 

「やはり、過去のアビドス生徒会が?」

「だろうね」

 

 スネークの言葉に、ホシノが見たこともない冷徹な顔で淡々と肯定して見せた。

 

「ほんと何やってんのよ生徒会は! アビドスの土地をあいつらに渡すなんて、どうかしてる!」

「……それぞれの自治区はそれぞれの学園に帰属する。そんな常識と目の前の借金に囚われて、私達は土地のことに目が行かなかった」

 

 穏やかな表情は一切ない。ノノミは少し悔し気に言って見せた。

 

「……すみません。私がもっと早くに気づけていれば」

「アヤネちゃんのせいじゃないよ。これはみんなが入学するより前の……」

 

 ホシノがフォローしようとして、そういえば。と、ノノミが割って入った。

 

「ホシノ先輩も、生徒会に所属されてたんですよね? 確か、副会長だったんですよね?」

 

 それが、ホシノが触れて欲しくない部分であるということを大人達は理解していた。だが思っていたよりも彼女は取り乱さず、そんなこともあったねぇ、と言うと、過去のことを語り出す。

 

「と言っても、会長と私の二人だけしかいなかったけどねぇ」

「……二人?」

 

 何とも言えない唸りをあげてスネークは尋ねる。

 

「その時には既に、在校生は二桁になってたし、教職員もいなくて、授業もとうの昔に途絶えてた。生徒会室もただの物置みたいになってたし、会長は無鉄砲で、校内随一のポンコツ。私の方は嫌な性格の新入生でさ〜。……何もかも、めちゃくちゃだったよ」

 

 懐かしむように、ホシノは俯いて微笑んだ。だがその笑みには郷愁が。寂しさが見受けられる。

 まるで、あの頃(1974)の思い出に浸っている時の自分達のようだとエイハブ達は思う。きっと、セーシェルの海の上で、自分達はああいう顔をしている時があったのだろう。

 

「何よそれ……どんな生徒会よ」

「まぁ、肩書きだけのお馬鹿さん二人が集まっただけだからね。……いやぁ、あの頃はあちこちウロウロしまくって。ほんとに馬鹿みたいに何も知らないままでさ」

 

 懐かしむと同時に、後悔しているようにも見えた。生徒会が非難されたことで、きっと責任を感じているのだろう。

 だからスネークがフォローをしようとして、

 

「ホシノ先輩が責任を感じることじゃない。」

 

 シロコが彼の言葉を代弁するように言った。それにはスネークやオタコンも、そしてエイハブ達も驚いた。

 

「昔の事情は知らないけど、対策委員会ができたのは、間違いなくホシノ先輩のおかげ」

 

 ホシノは驚いて、え? と、素っ頓狂な声をあげた。

 

「ホシノ先輩は怠け者だし、色々とはぐらかしてばっかりだし、ダメなところもあるけど……」

 

 ダメ出しされるとホシノは困惑する。

 

「でも、大事な時は誰よりも前に立つし、私は尊敬してる」

 

 二人の間に何か進展があったのだろうか。昨日、あれだけの事があって、けれどシロコは尊敬を崩さない。

 エイハブはスネークを眺める。そう、今のシロコはまるで。

 

「ど、どうしたのさシロコちゃん!? 急にそんな青春ぽいセリフ言っちゃって!?」

 

 とにかく、話を纏める。土地を売ったのは生徒会。理由は、砂漠化し借金までしたおかげで経済的に逼迫したアビドスを、一時的にどうにかするためだろう。そこはホシノにもわからない。もっともっと、古い話なのだから。

 だが、それにしても分からない。どうしてカイザーはこのアビドスの砂漠を欲しがるのだろうか。奴らの目論見は、返済不可能な返済額を押し付け、最終的にアビドス高等学校が土地を手放すように仕向けることだ。

 普通の少女達にあの額は返せない。せいぜい利子分だけでも返済するくらいが関の山だ。

 

「汚い大人のやり口だ。だが、奴らは一体アビドスに何を求めている? 何十年も前から……」

 

 スネークが疑問を口にする。だがその答えを持つものはここにはいなかった。ただただ、セリカがカイザーのやり口に怒りを示す。

 

「……一度地獄に堕ちかけた者は、そこから抜け出そうと必死になる。だから、何だってやるもんだ」

『そうだ。借金と砂漠化……生徒会はアビドスをこの二つから救おうとしただけだ。あまり先輩達を責めないでやってくれ、セリカ』

 

 エイハブとカズヒラが、当時の生徒会を庇うように口にした。

 

『だが、これで全てが繋がった。残りの土地であるこの高等学校を手に入れるために、奴らは手段を選ばなくなったんだ。ヘルメット団や便利屋を雇い、直接手段に出たと……奴らが望むのは、戦争だ』

「カズ」

 

 少しばかり、先日のゲヘナとの戦闘から狂気を見せつつあるカズヒラを制する。エイハブは懐からファントムシガーを取り出し……けれど、少女達に配慮して咥えるだけにした。

 そして、そんなエイハブを咎めるように見ていたスネークは思い出す。

 

「ゲヘナの風紀委員長が言っていた。アビドスの捨てられた砂漠で、カイザーが何かを企んでいると」

「先生……何で言ってくれなかったの?」

 

 シロコの瞳が彼を睨むように見つめた。

 

「確証のない情報は混乱を呼ぶだけだからな。だが、これではっきりしたのかもしれない」

 

 秘密にしていたとは言えない。それはただ、彼女達の大人に対する信用を失うだけだ。

 

「とにかく、土地を買い占めていたのはカイザーコーポレーション。それが何かを企んでるんだったら……」

「セリカちゃんの言う通りです! 全ての答えがあの砂漠になるのなら……!」

 

 少女達はこぞって頷く。それはつまり、今からあの砂漠に向かうという事だ。

 だがスネークも、そしてエイハブも。心では彼女達が向かう事に対して反対していた。今までのヘルメット団やゲヘナとの戦いとは訳が違う。もし彼らと戦闘になれば、それは巨大企業との戦争になりかねない。

 

『待て。向かうのは良い。だが、戦闘はダメだ。もしそうなれば、奴らはここを潰すことにさらに手段を選ばなくなるだろう』

「そうだ。それを守れるなら、行ってもいい」

 

 カズヒラの忠告に、スネークは同意する。これはもう、学生間でどうにかできる話ではない。人が死ぬかもしれない。政治が絡んでいる。

 そんなカズヒラの前に、ホシノは小さい背丈で立ち向かう。

 

「それでも。私達は行かなくちゃいけないでしょ。行く義務がある」

『ホシノ……』

 

 その強い瞳に、カズヒラは何も言い返せない。まるであの男を見ているような。そんな気分になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドスの砂漠は広大だ。

 元々大規模な都市であったアビドスは、その都市ごと砂に埋もれてしまっている。それ故に、ただ砂の上を歩けば良いというわけではない。

 瓦礫の山は危険だし、その上に砂が積もって見えにくくなっている。一種の蟻地獄のようだ。

 アビドス高等学校から数十分、アビドス輸送部隊の力を借りて車を走らせたのだが、これ以上先へ進むにはタイヤ付きの車両では不可能だった。せめて戦車でもあればと思ったが、適切な経路を通らなければ戦車とてスタックするだろう。

 

「うへ〜……ここから先は歩きだねぇ」

 

 気怠そうにホシノが言うと、スネーク達は下車して荷物を背負う。アビドスはサハラ砂漠なんかに比べれば気温は低い方だが、しっかりと備えなければ命に関わる。

 数リットルの水や食料の入ったバッグはそれなりに重量があるが、若い身体のスネークからすればどうってことはない。

 そして何より、その服装はいつものスーツではなく砂漠仕様の迷彩服と装備一式だ。もしかすると、カイザーコンストラクションの施設への侵入もあるかもしれないからだ。

 

 衛星写真では、アビドス砂漠のとある箇所に謎の建設物が確認できた。おそらくそれがカイザーの企みの一端なのだろう。

 

『みんな、そこから北へ向かってくれ』

 

 オタコンが無線機越しに指示をすると、皆で一斉に歩き出す。他所から見ればピクニックにも見えなくはないが、隊列はしっかりと組んでいる。成長しているのは元ヘルメット団の子達だけではない。

 

「いや〜久しぶりだねぇこの景色も」

 

 小さい身体でバックパックを背負い、ショットガンを肩掛けするホシノが言って、シロコが尋ねる。

 

「先輩は来たことあるの?」

「生徒会の仕事でねぇ。もうしばらく進めば、そこにはなんと広大なオアシスが!」

 

 いつもの様子でホシノは言った。それにセリカが驚く。

 

「まぁ、今は全部干上がっちゃってるんだけどね。昔そこで、アビドスの砂祭りが開かれてたんだ」

 

 ノノミが聞いたことがあると言って補足する。どうやら過去には有名な祭りだったらしい。人も、今では考えられないくらい集まったんだとか。

 別の自治区からも来るくらいの規模。かつてのアビドスは、輝いていた。まるで、白人達に荒らされる前のイラクだ。

 

 不意に、ホシノは歩みを止めて砂漠を見つめる。何かを思い出しているのだろうか。たまに彼女は、そんな目をしている。

 

 数キロ歩くと、校舎で待機しているアヤネが飛ばしていたドローンの情報を提供してきた。

 

『この先に何か人工物があります!』

 

 周辺は先程よりも更に砂が濃い。ここだけ切り取れば、単なる自然の砂漠だ。

 

「なら、そこがあの委員長が言っていた?」

『可能性はあるね。スネーク、気をつけてくれよ』

 

 ああ、と言って無線を切る。不意にセリカが首を傾げて聞いてきた。

 

「そう言えば、先生ってなんでオタコン先生からスネークって呼ばれてるの?」

「え? ああ……まぁ、愛称みたいなもんだ。ほら、先を急ぐぞ」

「ちょっと! ちゃんと答えなさいよ!」

 

 まさかそんなことを聞いてくるとは思わなかった。オタコンとの付き合いは長いが、その間はずっとスネークと呼ばれていたし、スネークもスネークで違和感が無かった。

 確かに少女達からすれば、スネークという呼び名はおかしなものだ。

 

 

 

 

 しばらく歩くと、その建物は見えてきた。

 どう見ても砂漠に埋もれているようには見えない。新たに建設されたものだろう。

 まだ1キロはあるが、今は昼間の砂漠。見晴らしの良い砂漠地帯では遠くから物がよく見えるため、稜線に近い場所から匍匐で観察していた。

 

「オタコン、目標を発見した」

『こっちでも確認した。警備の数が多いね……』

 

 隣のシロコも同じ感想らしい。建物はまるで要塞のようだし、警備の人形ロボットの数も異常だ。かなり重要な物らしい。

 

「カイザーPMC……」

 

 ふと、警備を見たホシノが声を漏らした。エイハブが彼女を見るが、それすらも気づいていないほどにホシノの顔が歪んでいる。

 PMC。それに散々苦しめられてきたスネークは声を漏らす。

 

「民間軍事請負業者……」

『やはり……ボス、奴らはカイザーの系列のPMCのようだ』

「ヘルメット団とは訳が違うと言うわけか」

 

 装備を見る。キヴォトスの学生とは違い、彼らは装備に統制が取れていた。見たところ、あれはステアー社のAUGだ。オーストラリア軍に正式採用されている、最もセールスに成功したブルパップ式ライフルだ。

 巡回ルートも適切、単独ではなく必ずバディ行動。恐らくネットワークリンクもされているに違いない。

 

『ボス、危険すぎる。あんたやデイヴィッドだけならともかく、彼女達を連れて潜入はできない』

「分かってる。……だが、相手もそう簡単には帰してくれないようだ」

 

 不意に、アラームが施設内に鳴り響いた。恐らくどこかから監視されていたのだろう。あれだけ気合いの入った建築物だ、これくらいの監視網はあって当たり前だ。

 建物からズラズラと警備ロボと車両が出てくる。これはまずい。

 

「オタコン、見つかった!」

『もう彼らの突入まで時間がない!』

「ならやるしかない……!」

 

 ホシノが担いでいたバックパックからシールドを取り出す。するとアビドス勢は戦うことを選んだのか、飛び出していく。エイハブも彼女達と出ていってしまった。

 

「おい! ……オタコン、戦車部隊は?」

『今向かってる! でも時間がかかる』

 

 どうにかして対処するしかない。仕方なく、スネークも拳銃を取り出してホシノ達を追う。

 

 

 

 

 正確には、敷地内には侵入していない。だからだろう、戦闘になることはなかった。ただ集結したPMCは銃を下ろすことはなかったし、それはこちらも同じ事だった。

 互いに無言のまま銃を向け合う、そんな奇妙な状態。そんな時、施設のゲート内から恰幅の良いロボットがやって来る。

 

「オタコン、照合頼む」

 

 ナノマシン経由でスネークが捉えた映像をオタコンに解析してもらう。もちろんあの恰幅の良いロボットについてだ。

 そのロボットはスーツを着こなし、なんだか成金のようなコートまで着ている。ロボットだから暑さとは無縁なのだろうか。

 

「これはこれは……侵入者とは聞いていたが」

 

 男は喋り出す。随分と渋い声だ。

 

「まさかアビドス高校の生徒だったとはなぁ」

 

 初めから知っていたような声色だ。

 

『スネーク、大変だ。目の前のロボットはカイザーコーポレーションの理事だ!』

 

 どうやらかなりの大物らしい。まさかそんな男が自らやって来るとは。この状況で、殺されない自信があるのだろうか。

 だがカイザー理事は、スネーク達には目もくれずにホシノを見た。どうやら彼女のことを知っているらしい。

 

「おや……君はゲマトリアが狙っているとかいうアビドスの生徒会長……いや、副生徒会長だったか?」

「お前が、カイザーの理事」

 

 エイハブの低い声が響く。悟られないように殺意を向けているのが分かった。もしかすれば発砲してしまうのではないかとスネークも、そしてオタコンもヒヤヒヤする。

 

「アビドス生徒会を騙して土地を搾取した張本人……!」

 

 シロコが非難するように言う。だが理事は笑ってみせる。

 

「口の聞き方には気をつけたほうがいい。君たちは今、カイザーPMCの私有地に対し、不法侵入しているということを理解すべきだ」

 

 脅しだ。いつでも撃てるぞという脅しなのだ。この人数でロボット達を相手にするのは危険だ。いくらヘイローがあろうとも、無敵ではない。

 

「話を戻そうか。それで……アビドスの土地。ああ、買ったとも。すべては合法的な取引。記録もしっかりと存在している。ふむ、なぜこんな砂に覆われた土地を……と言いたそうな顔だが。ならば教えてやろう」

 

 カイザー理事は両手を広げる。その姿はまるで絵に描いた悪党のようだ。

 

「私たちはアビドスのどこかに埋められているという、宝物を探しているんだ」

「宝物だと……?」

 

 にわかには信じ難い回答だった。たったそれだけのために、このアビドスを、少女達を騙すような形で買い取ったとでも言うのか。

 カズヒラが出鱈目だ! とスピーカーを通じて言うも、それを示すものは何もない。

 

「だったら、この兵力は何? 私たちの学校を武力占拠するため。違う?」

 

 シロコの質問に、理事は笑う。

 

「とんでもない。これはあくまで、宝探しを妨害された時のためのもの。君たちのために用意したんじゃない。君たち程度、いつでもどうとでもできるのだよ」

 

 例えば、と理事は携帯を取り出し、どこかに通話する。

 

「私だ。ああ、そうだ。やれ」

 

 それだけ言って電話を切れば、彼はまた笑った。

 

「非常に残念なお知らせだ」

 

 刹那、アヤネとオタコンの驚いた声が響く。何かあったに違いなかった。

 すぐにカズヒラが怒鳴るように知らせてくる。

 

『大変だ! 来月以降の金利が3000パーセントに上がっている!』

 

 めちゃくちゃな数字だ。少女達は驚くしかない。その中で、エイハブはただひたすらに純粋な殺意を向けていた。いつ仕掛けるかタイミングを図っているに違いなかった。

 

「これでわかったかなぁ? 君たちの首にかけられた紐が今……誰の手にあるのか」

「そんな金利、払えるわけないでしょ!?」

 

 セリカが言うも、なら学校を去れと理事は言う。自主退学して転校でもすれば良いと。

 

「そもそも学校が責任を取るべき借金だ……何も君たちが進んで背負う必要はないのではないかね?」

「そ、そんなこと……できるわけないじゃないですか!」

「そうよ! 見捨てられるわけないでしょ!」

「アビドスは私達の学校で、私達の街……!」

 

 ノノミやセリカ、シロコが反論する。エイハブの手がゆっくりとホルスターの拳銃に伸びていく。

 

「ならば他に良い手段でもあるのかね?」

「ああ。一つある」

 

 だから、その前に。スネークは口を挟んだ。

 理事は不思議そうに彼を見る。

 

「君は……連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の?」

「連邦法第72条。すべての大人は、高等学校卒業までの未成年に対する不当な扱いを禁ずる。今お前がしているのは、これに抵触する」

 

 アビドスの面々も、そしてエイハブも驚いたようにスネークを見る。伊達に良い記憶力をしていない。スネークは着任して数日で、キヴォトスの主要な法律を暗記していた。

 すべては、次の世代のために。より良い未来を築くために。それはスネークとオタコンの信条でもある。

 

「……ほう。だがその法律には穴があるな。不当な扱いという事に対して、明記がされていない。つまりこれは、合法……」

「いや。連邦生徒会長は俺に超法規的権限を与えている。その中には、72条についても明記されている。つまり不当な扱いとは、俺が定義づけたものとなる」

 

 ようやくカイザー理事がぐっ、と黙った。でっちあげではない。これは連邦法に記載されているのだ。その権限を行使しただけだ。

 思わぬところからの追及により、カイザー理事は反論できずにいた。スネークは畳み掛けるように言う。

 

「さぁ、どうする? カイザーコーポレーションの理事とあろう者が、堂々と連邦法に背くのか? やってみろ。だがそうなれば、お前達は連邦生徒会から解体されることになる。本来なら、ここで逮捕してやってもいい。猶予を与えてやってるんだ」

 

 対等ではない。こちらが上なのだと突きつける。

 

「ぐっ……ふん。いいだろう。確かに、私も子供相手に大人気なかったかな。金利は元に戻そうじゃないか」

 

 スマートフォンを操作し、通話すると彼は怒鳴るように金利の引き上げ取り消しを命じた。滑稽なものだ。

 そして、その隙にエイハブは拳銃を引き抜こうとした。ああいう大人はここで殺すべきだと判断したのかもしれない。ある種の私怨に近いのかもしれない。

 けれど、横にいたホシノが彼の手を押さえた。

 

「先生、ダメだよ」

「……」

 

 首を横に振るホシノ。エイハブは、しばらくホシノと見つめ合い……銃から手を離す。

 

「気持ちは嬉しいけどね」

 

 ホシノはそう呟くと、皆に言う。

 

「みんな、帰ろう」

「ホシノ先輩!? でも……」

 

 セリカが食ってかかろうとして、エイハブが彼女の肩に手を置く。そして首を横に振った。

 

「ここで言い争っても、意味はない。弄ばれるだけだよ」

「ふん……流石は副生徒会長、君は賢そうだな」

 

 立ち去ろうとするホシノに、理事はまだ言葉を投げかける。

 

「思い出したよ……賢そうな君といた、あのまったくもってバカそうな生徒会長のことを」

 

 今度はホシノが銃に手を掛けた。だが、自制したのか向けることはしない。

 ただひたすらに、その目には炎が渦巻いていた。

 

「必ず殺す」

 

 ホシノは誰に聞こえるわけでもなく、そう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夕日を受けながら、ホシノは一人佇む。その手に、砂祭りのポスターを抱えながら。

 一度破れ、修復したそれは所々にテープで補強された跡があったし、紙もくしゃくしゃだ。彼女はそれをただ、俯くように見つめていた。

 

「ホシノ」

 

 不意に、屋上に聞き慣れた声がやって来る。彼女が期待していた人物ではない。足音が違う。

 それはまだ迷彩服にバンダナ姿のスネークだった。声こそ似ているが、彼女を呼ぶ時の声が異なる。

 

「あれ、先生。どうしたの?」

「俺も夕陽が見たくなってな」

 

 そう言うと、彼はホシノの横に立つ。

 ガムを包みから取り出すと、口の中にひょいと投げ入れ。あんまり美味しくないな、なんて言いながら噛む。

 

「ホシノ、聞きたいことは山ほどあるが」

「なぁに、先生」

 

 スネークが、腰のポーチから一枚の紙を取り出す。それは退学届。この前、シロコから渡されたものだ。

 

「……そっか。見ちゃったか」

「聞かせてくれないか」

「……仕方ないなぁ。面と向かってってのもなんかあれだし、その辺歩きながら話さない?」

 

 夜のデートの誘いには、程遠い。

 

 

 

 

「砂漠化が進む前は、アビドスはかなり大きくて力のある学校だったって言われてる。けど、そんな記憶も実感も、おじさんにはまったくないんだよねぇ」

 

 窓越しに夜空を見ながらホシノは言う。スネークは缶コーヒー片手に、窓のサッシに腰掛けながらそれを聞いていた。

 

「最初から全部めちゃくちゃで、ちゃんとしたものは何一つない学校だった」

「……それでも、ここはお前の居場所だ。違うか?」

 

 彼女は頷きもせず、ただ笑う。

 

「おじさんが入学した本館はもう砂に埋もれちゃったんだよねぇ。今いるここは、砂漠化を避けて何回も引っ越して辿り着いた、ただの別館。ま、ここに来て、対策委員会のみんなと会えたから……えへへ、やっぱり好きなのかもしれないなぁ」

 

 スネークは口元を微笑ませ、次に上を向いた。

 

「俺に居場所なんてなかった。だから、ホシノ達が守ろうとする場所の本当の意味は、きっと分からないのかもしれない」

 

 だがな、と彼は付け加え。

 

「大切な人たちとか、守りたい人とか。そういうのは、分かる。そのために戦った。だから……こんなこと、生徒に言うもんじゃないかもしれないが。お前はもっと、大切な人たちの心を考えてやれ、ホシノ」

 

 バンダナが、通り抜けていく風で揺らめく。

 

「ホシノ、俺たちは……誰かの道具じゃない。好きなように生きろ。だが誰かを悲しませるな。それはみんなが……何よりあいつが望んじゃいないはずだ」

 

 ホシノは黙る。頷きもせず、ただ俯いて。そして顔を上げた時には、無理をした笑顔をしていた。

 

「……こんな話をしたところで、みんなを心配させるだけだからさ。でも、かわいい後輩達に、いつまでも隠し事をしたままってのも、良くないし。明日、みんなにちゃんと説明するよ」

 

 知ったところで困らせちゃうと思うけど、と。ホシノは笑みを向けていた。

 

「世界を何度も救った英雄にアドバイスされちゃうと、おじさんも頑張れちゃうな〜」

「……知ってたのか」

「ごめんね、聞いちゃった。大丈夫、誰にも言うつもりはないよ」

 

 さて、とホシノは背を向ける。

 

「じゃあね、先生」

「……また明日、ホシノ」

 

 玄関口でホシノを見送る。

 また明日。そう約束した。

 けれどホシノは、学校には現れなかった。

 

 

 

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