──革命だろうが、何だろうが、銃を手にひとたび暴力に訴えれば、いずれは皆地獄に堕ちる。
──メタルギアソリッド ピースウォーカーより、スネーク
「なんで……どうしてアビドスを!?」
モニターに映るアビドスの惨劇に、ホシノは声を荒げた。対比するかのように冷静な黒服の男がその質問に答える。
「どうしてと言われましても……何もおかしいことはありませんよ。アビドスの借金はきちんと返済させていただきますとも。そして、エイハブ……あの先生の命も。それが我々に交わされた約束ですから」
確かに、あの場にエイハブはいないようだった。戦闘の様相を見ても彼が映ることはない。だが、そこが論点ではない。
「それはそうと、貴女の退学をもってアビドス高校の生徒会は一人もいなくなりました。これでは学校は成り立たないでしょう」
憎しみが浮かぶホシノの瞳が黒服を睨む。
「このアビドスの事態そのものは単なる余興に過ぎません。ホシノさん、私達の目的は最初から貴女でしたから」
自分を低く見積り過ぎていた。そのツケが、今回ってきたのだ。しかしこの男はたかが一人の生徒を手に入れて何をさせようというのだろうか。
「契約書にサインしてもらい、貴女に関するすべての権利をいただく。そのためにカイザーコーポレーションに協力していた……ただ、それだけの事です」
最初から、カイザーは捨て駒に過ぎない。都合の良い相手に過ぎない。自分も、そしてカイザーも。何よりアビドスは、この男によって歪められた。
ホシノはただ、燃え盛る街並みを見ているしかなかった。その瞳に燃えるような報復心を抱いて。
求めていた白鯨は、現れない。彼女はまた大人に騙された。
「誤解を招いたのなら謝罪しましょう。貴女のようなキヴォトス最高の神秘を手に入れたというのに、PMCの兵士として使うなんて、そんな勿体無いことは……」
不意に、黒服の胸ポケットから携帯の通知音が鳴り響いた。自らの目的をペラペラと話している人間というのは、水を差されると嫌がるものだ。
黒服は仕方無しに携帯を取り出し、耳の位置にスピーカーを当てる。
「はい。……ええ、そうですが。……何ですって?」
黒服の声色が変わる。明らかに何かに動揺しているようだった。
「それで? ……そんな馬鹿な話が。分かりました、そちらで対応を……はい、では」
通話を切ると、黒服の頭部から漏れる青白い光がより一層光った気がした。あれは怒りだろうか、それとも困惑だろうか。
彼はモニターを見詰めるホシノへと振り返り、何かを言おうとして。施設に警報が鳴り響く。
「施設に侵入者です!」
「侵入者? モニターに」
カイザーのロボットの報告を受けて黒服が指示をすると、モニターに表示されている映像が切り替わる。そしてホシノの表情がまたしても驚愕に染まる。
「先生……? どうして……どうして!」
映像に映っていたのは、数多のカイザーPMC兵達を相手に孤軍奮闘するエイハブの姿。
ひたすらに走り、邪魔な敵を排除する戦場を斬り裂く戦士。時に撃ち、時に義手で殴り、彼はホシノ達の居る建造物へと足を進める。
けれどそれがヘイローを持たぬ人間にとってどれだけ無謀かなんて、ホシノでなくとも分かりきっていた。
現に致命傷になりそうな攻撃はバリアで防いでいるようだが、エイハブは少なからず全身に負傷を負っているようだ。
「……ふむ。彼がエイハブとするならば、私は差し詰め白鯨と言ったところでしょうか。或いは、ホシノさんが……まぁいいでしょう。それでは行きましょうか、ホシノさん」
黒服がそう言うと、カイザーPMCの兵隊がホシノを取り囲む。武器は取られている。反撃できない。従うしかない。
だから、今は祈るしかない。自分を諦めて、帰ってくれることを。そして無事であることを。
エイハブが居なくなった。
カイザーPMCをアビドスから駆逐し、校舎に帰ってきたスネーク達にオタコンから告げられた第一声がそれだった。
いきなり二人の指導者を失った事で混乱に陥りそうなアビドス高等学校だったが、それはひとまずアヤネの指揮によりどうにかなった。今スネークは、彼らを探している最中、だが。
『すみません先生、キヴォトスのセントラルネットワークにアクセスしましたが、二人の姿は見つかりませんでした』
仮想空間において、目の前でアロナがしょんぼりとした顔でそう告げた。スネークはそんなアロナの頭を撫でる。
「お前が悪いんじゃない、気にするな。だが……エイハブはホシノの場所を掴んでいたのか?」
『分からない……マスターとも連絡が繋がらない。どうやら一時的にシャットアウトされているようだ。でも、だとしたらなんで僕達に何も告げずに単独行動を?』
その疑問に、思い当たる事がないわけじゃない。
「……奴なりの責任かもしれん」
『責任、ですか?』
「ああ。奴の存在は、生き方は、ホシノに大きく影響を齎した。……奴はそれを良しとしなかったはずだ」
アウターヘブン。次の世代に残してはいけない
「俺も同じだ。彼女達に……キヴォトスにとっては、俺たちのような存在はあってはならないはずなんだ」
『先生は違います! 先生はちゃんと生徒達に向き合ってます!』
自虐的になりがちなスネークを、けれどアロナは否定した。そんな彼女に笑顔を向ける。まるで親のような笑顔だ。
『とにかく、エイハブ達が最後に確認された地点を探そう。アロナ、手伝ってくれるかい?』
『はい!』
一先ず、捜索については二人に任せることにする。このキヴォトスは広い。そんな中で、電子の海を自由に泳ぎ回れる二人の存在は心強かった。
仮想現実から本物の現実へと戻ると、スネークは冷めてしまったコーヒーを手に取り飲み干す。今の自分にとってはこのブラックコーヒーですら苦さが足りない。ホシノの異変に気づけなかったのは完全に自分の失態だ。
不意に。
彼が泊まっている対策委員会の部屋。その扉が、ノックされた。もう夜も遅いというのに、誰かやって来たのか。最初はそう思ったが。
「いいぞ、入ってくれ」
そうスネークが、投げ掛けるも。返ってくるのはノックだけだ。その状況に、スネークは不信感を抱く。何かが普通じゃない。
すぐにテーブルの上の拳銃を取り、音を殺しながら扉の横へと張り付く。もちろんすりガラス越しに見られないように。
少しだけ壁から離れて、スライド式の扉を一気に開ける。横から死角を潰すように、カッティングパイという要領でゆっくりと、確実に廊下をクリアリングしていく。
だが、誰もいない。代わりに、一枚の紙が床に落ちている。
罠を疑うも、ゆっくりとそれを安全化しながら紙を拾い上げると、スネークは顔を顰めた。
「これは……」
それは、地図だ。アビドスから少し離れた区画のビル街。そこに、マークがされている。罠だろう。だが行かない訳にもいかない。乗るしかない。
オタコンとアロナの二人は今、集中している。なら自分は自分のできることをするまでだ。スネークは、銃をベルトに入れると学校を後にすることにした。
その日、黒服は気が気じゃなかった。
ようやく目的の暁のホルスが手に入ったというのに、掛かって来た一本の電話のせいで彼の所属する団体が大きく混乱していたのだ。
色々な計画に支障を来たすその出来事を考えながら、黒服は真っ暗な部屋に入り高級そうな椅子に腰掛ける。デスクの上のパソコンを立ち上げる事すら今は億劫だ。
椅子をくるりと回し、ブラインドの下がった窓際を向いてゆっくりと考える。
「ッ……何が」
不意に、そのブラインドが開かれる。自分は操作していない。外のネオンが彼の瞳を刺激した。
「呼びつけておいて遅刻とは、随分と舐められたものだな」
突然、真横の暗闇から声が響いた。少しばかり驚いたが、その声が黒服が待ち望んでいた人物だと知って彼は平静を装う。
「これはこれは……まさか、もう来ていらしたとは。先生」
先生。スネークの姿が、僅かな光から判別できる。どうやらいつものスーツ姿のようだ。その手に銃さえなければ、一見するとオフィスでの健全なやり取りにも見える。
「デイヴィッド先生……前々から、貴方とはお話ししてみたいと思っていたのですよ」
「要件はなんだ。まさか談笑するために呼んだ訳じゃあるまい」
ふと、ちらりと黒服は警報装置の制御盤を盗み見る。作動した形跡はない。つまりこの先生は、たった一時間程度で痕跡を残さずここまで辿り着いたと言うわけだ。
「どうぞ御安心ください。私たちは、貴方と敵対するつもりはありません。むしろ協力したい……私達にとって、アビドスという小さな学校はまったくもって大した問題じゃありません」
ですが、と黒服は前置いて。
「貴方の事は強く警戒している」
「お前達は何者だ」
暗闇からでも銃を向けられているのがわかった。それでも黒服はあくまでスネークにのみ興味を示す。
「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたね。そうですね……私のことは黒服とでも。この名前が気に入ってましてね」
わざとらしく手を広げようとして、スネークが制止する。
「動くな。次、大きく動いたら撃つ」
「おっと……それはそれは。なら、このままで失礼しますよ。私達は、貴方と同じです」
「同じだと?」
そう、と黒服は頷く。
「キヴォトスの外部から来た者……ただ、貴方とはまた違った領域の存在でして……ゲマトリア。そう、お呼びください」
「ヘブライ語を使えば秘密結社にでもなれると思ったか。目的はなんだ」
「ほう……流石は先生、博識だ。ゲマトリアは観察を行い、探究を行い、研究を行う……その視点で見るなら、貴方と同じ不可解な存在として考えてもらって結構です」
「お前達と一緒にするな」
そうスネークが言うと、黒服はくつくつと笑う。
「ところで、一応お聞きしますが、私達に協力するつもりはありませんか?」
「断る」
即答だった。スネークを知っていれば、誰だろうが予想はできていたはずだ。
「ほう……神秘と秘技を手に入れられるこの提案を断ってまで、貴方はキヴォトスで何を成すおつもりなのですか?」
「俺は子供達の未来のために戦う。今はホシノを返してもらいに来た。それだけだ」
黒服は更に笑う。それがたまらなく不快だった。
「今の貴方に一体なんの権利があってそんな要求をしているのでしょう? ホシノさんは最早アビドスの生徒ではありません。生徒からの届け出さえ確認されて……」
「お前こそ、カイザーからの報告を受けていないようだ」
見事なカウンターだった。現に黒服にそんな余裕はなかった。不測事態への対処で精一杯だったのだ。
「……一体何をおっしゃって」
「俺は受理していない。連邦法第56条。連邦生徒会及びそれの委託を受ける組織が退学届を受理しない場合、退学は認められない。……お前は、お前達は、子供相手だからとそんな事にも目を向けられない大馬鹿だ」
「……なるほど。計画の段階で貴方の存在は予期していなかった。これは私たちの落ち度ですね」
黒服も予想外だったのだろう。
「お前は、お前達は……未来に戦争を仕掛けた。これからの世界を生きる子供達を騙し、その心を踏み躙った」
「ええ、ええ、確かに私達は善か悪かと聞かれれば、悪なのでしょう。しかしルールの範疇です。そこは誤解しないでいただきたい。それにアビドスに降り掛かった災難は私たちのせいではありません。アビドスを襲ったあの砂嵐は、大変珍しい事とはいえ、一定の確率で起こり得る自然現象です。結果、人々は喉の渇きに苦しむでしょう。そうなれば水を売る者も出てくる。それだけのことです」
「詐欺師の言う事は信用ならん」
「さして珍しい話でもないでしょう? 貴方の居た場所でも起こっていたはずだ」
戦争経済。それに付随するように、銃を売りつける者達。スネークはそれをよく知っている。そしてそれに頼らなくては生きてはいけないことも。
だからこそ、怒る。
「弱者は強者に搾取される……弱者には自分の未来を描く権利すらない。……先生、ホシノさんさえ諦めてくれれば、アビドス高校については守って差し上げましょう。取り戻せますよ、生徒が安心して暮らせる環境を……それはホシノさんが望んでいるはずです」
「俺はあの子達の望みを叶える。お前達の望みを叶えるためにいるんじゃない。ホシノのことを知ったように口にするな」
明確な拒絶に、黒服はため息を漏らす。
「どうあっても私達と敵対するおつもりですか……貴方はたった一発の銃弾で死んでしまう。か弱い存在でしょうに」
「俺は自分の意思で戦う。誰かに指図される筋合いはない。正しいと思ったことを伝える。生徒にも同じように伝えるだけだ」
ハッ、と黒服は笑う。何を馬鹿なことを、と付け加えて。
「ならばなぜ彼女達は今も孤独なのですか?」
「……確かに社会的に見れば彼女達は孤独だろう。だが俺やエイハブにはその声が届いた。だから俺は戦う」
「放っておけばよいではないですか。元々貴方の預かり知らぬ場所なのですから」
黒服は苛ついていた。目の前の先生が、こうも理想に偏った大人だとは。
「言ったはずだ。俺は自分の意思で戦う」
刹那、黒服から瘴気が漏れ出す。けれどスネークはそれにも動じなかった。黒服はただ、何故、と何度も繰り返し立ち上がる。スネークは、けれど撃たなかった。
迫り来る黒服を前にしても、彼はたじろかない。
「理解できません、なぜ断るのですか!?」
「彼女達が苦しんだ事に対して、責任を取れるのは俺だけだからだ」
「貴方は彼女らの家族でもないというのに?」
「血の繋がりは関係がない。俺は自分が正しいと思ったことをする。何度でも言うぞ。俺は、彼女達が助けを求めているなら、地獄にだって堕ちる。そのために余命を使う」
「ハッ! それが貴方の言う、責任を取る大人ですか」
そうだ、とスネークは言う。
ソリッド・スネークという男は、そういう男だ。
皮肉屋で、素直じゃなくて、でも誰よりも優しいこの男は、本人が否定しようとも英雄だった。その英雄に影響されて、何人もの人が人生を変えた。
「子供が苦しむなら手を差し伸べる。悩んでいるなら一緒に悩んでやる。それが本来あるべき大人の姿だ」
「違います。大間違いです」
だが黒服はスネークを否定する。
「大人とは、望むままに社会を改造し、法則を決め、常識と非常識とを決め、平凡と非凡とを決める者です。権力によって権力のない者を、知識によって無知なる者を、力によって非力な者を支配する。それが大人です。理解できません。貴方はこのキヴォトスの支配者にもなり得ました。この学園都市の莫大な権力と権限、そしてこの学園都市に存在する神秘……その全てが、一時的にとはいえ、貴方の手の上にありました。しかしそれを迷わず手放した! 神技と秘技、権力、金、力……その全てを捨てるなどという選択を、どうして!?」
スネークは銃を下ろす。これ以上は無駄だった。何を言っても、きっと納得はしないだろう。
それでも、伝える。そのために彼は生きる。彼はスネークである前に、デイヴィッドなのだから。
「いつか、その力や権力は消える事になる。俺達がしなくてはならないのは、伝えることだ」
「……まぁ、いいでしょう。交渉は決裂です。私は貴方のことを気に入っていたのですが、仕方ありませんね」
黒服は観念したかのように椅子に座る。
「ホシノさんは、アビドス砂漠のカイザーPMC基地内の実験室にいます」
「あの施設……」
「ミメシスで観測した神秘の裏側……つまり恐怖。それを生きている生徒に適応することができるか……彼女を実験体にして確かめたかったのですがね」
「実験だと?」
黒服は両手をわざとらしく上げる。
「交渉に応じてもらえない以上、手を引くしかありません」
「そうか。だが、少しくらいはツケを払ってもらうぞ」
ドッ、と、くぐもった音が部屋に響く。スネークの手にしていた銃が火を噴いて、弾丸が黒服の足を穿ったのだ。これは正に、本日二度目の予想外だった。
「ぐっ!?」
痛がる黒服。スネークもまさか銃弾が通じるとは思ってはいなかった。血は出ていないようだが。
スネークは部屋から立ち去ると、背後から苦しそうにしながらも黒服が何か言っているのが聞こえたが。彼はそのまま、部屋を立ち去った。
「またいずれどこかで……! ぐ……!」
黒服の苦悶の声がビルに響き渡る。
次の日、アビドス廃校対策委員会室。
主要なメンバーがいる中、珍しく新生アビドスの各指揮官達も部屋に集まっていた。
「カイザーの秘密基地……そんな所にホシノ先輩が?」
アヤネが尋ねると、スネークは頷く。
「そして恐らく、エイハブも……」
もう丸一日は経過している。彼の単独潜入能力をスネークは知らないが、恐らくもう施設には侵入しているかもしれない。
「だったらグズグズしてられない!」
「助けに行こう……!」
セリカとシロコが提案すると、アヤネが困ったように言う。
「でも、ホシノ先輩に会ったら何て声をかけましょう?」
「……叱らないとです。自分が言ったことを、守らなかったんですから。お仕置きです! きちんと叱ってあげないと!」
ノノミが、そんなことを言い出した。呆気に取られたが、でも彼女達らしい。そうだ、彼女達はそれでいい。ありのままでいいのだ。この子達は戦士ではない。
「おかえりって言ってあげて、ただいまって言わせよう」
シロコの提案にセリカが恥ずかしがる。
確かに、今のアビドスらしくはない。だが本来のアビドスはそういう場所だ。
「……けれど、戦力が足りない」
不意に、キョウコが口を開いた。
「昨日の襲撃を考慮しても、歩兵のロボットが3個連隊規模。戦車がそれに並列してるはずだから……少なくとも3個中隊。でも昨日は一個大隊はいたはずだよな。なら、換算すれば3個大隊くらいいるのか?」
『装甲歩兵部』の先任小隊長ミナミが腕を組んで唸りながら言うと、シロコが補足した。
「それらを支援する火力支援部隊もいるはず。ヘリの数も……戦車は数両大破してるし、アビドスだけじゃ数が足りない」
何も軍事的な教練や知識を付けているのは新生アビドスのメンバーだけではない。今や外敵からアビドスを守るため、軍事課目はここで必須となっていた。
故に、今自分達が置かれている状況が分かってしまう。あの施設に攻め入るのは、かなりの難易度であるということが。
「誰か協力者がいれば……」
「便利屋は?」
「確かに昨日は私達を助けてくれましたが……」
スネークはふと思い出す。いるではないか。アビドスに借りのある連中が。
スッと、スネークは手を挙げて皆の注目を集める。
「それなら良い連中がいるさ」
その言葉に、皆は首を傾げた。
物陰に身を隠し、急いで腰のポーチから治療スプレーを取り出すと脇腹の傷に中身を吹き掛ける。思わず叫びたくなった。それくらいの激痛だ。
だが痛みと引き換えに出血は止まる。呼吸を整えると敵から奪った小銃を拾い上げて槓桿を少し引き、薬室を確認する。弾薬は装填されていた。
強行突破を選択したエイハブ。だが無傷とはいかなかった。
それはそうだ、いつも言っていたじゃないか。単独潜入任務は多勢に無勢だと。結果は火を見るより明らかだ。
いくらビッグボスと呼ばれていた彼が強いとはいえ。数の暴力には勝てっこない。いくらか敵を減らしたが、氷山の一角だろう。おまけにカズのエナジーウォールも万全ではない。
だが結果としてエイハブは、夜明け前までには施設内に侵入することができたのだ。
『ボス、大丈夫か?』
「ああ、問題ない……それよりカズ、時間が掛かり過ぎた。急ごう」
『まぁ待て、あんたが死んだら元も子もないんだ。幸いその治療スプレーはナノマシン配合だ、数時間休むだけでも効果がある。だから……』
「カズ」
心配するカズを制止するように、エイハブは彼の名を呼んだ。
「ホシノは一人で待ってるんだ」
『……分かった。だがせめて数分でいい。あんたも無敵じゃないんだ。あんたが死んだらホシノも救えなくなる。いいな?』
「……ああ。すまん、カズ」
素直に謝ったエイハブがおかしくて、カズは笑う。
『昔は、こうやってあんたに謝られたもんだ』
「なんだ突然?」
カズヒラの声色が少しばかり和らいでいる気がした。
『まだあんたがメディックだった頃だ。あんたが
「ああ……軽症だったが」
ファントムシガーを取り出し、ホログラムの火で起動してから口に咥える。
『あの時も、あんたはそうやって弱々しく謝った。すまん、カズって。今思うと、あんただけだ。奴以外で俺にフランクに接していたのは』
エイハブは笑った。立ちゆく煙に思い出を乗せ、あの頃の自分達を脳裏で再現する。
『なんだかんだ、あんたとは一番長い付き合いになるんだな』
「……MSFの、前からだからな……あんたは、ボスに負けて……ハハ……ベッドの上で動けないお前を……ボスと……」
うとうとと、エイハブの瞼が重そうに上下する。言い終える間もなく、エイハブはそのまま意識を手放す。単純に、疲労と負傷で寝てしまっただけだった。
カズヒラはホログラムとして現れると、エイハブの肩に手を当てて、労うように叩いた。もちろん物質は無いのだが。
『起きるまで、俺が見張っとく。あんたは、少し突っ走り過ぎだ』
薄暗い物陰で、二人の男は奇妙なほどに昔を懐かしんでいた。
エンディング、ほとんど完成しました。