蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 13

 

 

 少女はたまたま、登校中にその光景を見ることができた。

 朝だというのにゲヘナの校門辺りが騒がしいので気になって目を遣れば、風紀委員のイオリに男が跪いていた。顔は見えないが、あれが噂の先生という男なのだろう。

 だが少女には興味がないことだ。少女は狙撃銃を入れた肩がけのバッグを背負い直し、今度こそ去ろうとする。

 その時だった。イオリが叫び出した。

 

「ちょちょちょ、せ、先生!?」

あんあ?(なんだ?)

「ほ、ほんとに舐め……」

 

 どうやらあの男、イオリの脚を舐めていたらしい。一体どうしてこんな朝っぱらから変態行為なんてしているんだ。いくらゲヘナとはいえ、ああいった行為は良くない。ましてや風紀を取り締まるはずの風紀委員がやらせているとは。

 だがどうにも様子がおかしい。どうやらあの男が突然イオリの脚を舐めたようだ。

 少女はため息混じりにどうするか迷う。数少ない友達であるイオリを助けるべきか。それとも変態には近寄らない方がいいか。

 

 そう悩んでいると。

 

「ぷはっ……お前が言ったんじゃないか。舐めたら協力してくれると」

 

 男、先生が、その顔を上げる。そして、少女の心臓が跳ね上がった。そんなはずはないと。少女はまるで凍りついたかのように固まる。

 声は違う。似てはいるが、あんなに堅くもない。

 顔は……似ている。けれど、あそこまで若くはない。

 

 それでも、それでも。その男は、どこか少女が心に残した幻肢痛に似ていたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スネークの提案の結果は、想像しているよりも芳しくなかった。

 トリニティ、ゲヘナ、そしてミレニアム。スネークが関わりのある学校に足を運び、手を貸してほしいと頼めば、どこも渋い顔をして保留案件として処理されてしまったのだ。

 風紀委員が治安維持のために忙しいゲヘナや他校に比べ直接的な戦力がある種乏しいミレニアムはともかく、トリニティはどうにも近々、何か大きな案件があるようで事を荒立てたく無いらしい。事は政治が大きく絡んでいた。

 おまけに最後の頼みの綱として頼ろうとしていた便利屋にも良い顔はされなかった。報酬は提示したが、大企業を相手取るには少な過ぎる。アルが保留とした時は、便利屋のメンバー達も驚いていたが。

 

 結果として、ホシノ救出にはアビドス単体で乗り込まなければならない。おまけに準備もまだ万全では無いから、もう数時間は時間がかかりそうだ。

 

「オタコン、エイハブはまだ?」

 

 対策委員会の部屋でスネークが尋ねる。

 

『ああ、マスターからも連絡はない。でも、最後に確認された地点から予測すると、やはり単独で乗り込んだようだ』

 

 スネークが唸る。彼からして、エイハブの単独潜入能力は未知数だ。決して悪いものではないのだろう。だが、救出作戦というものの難易度はスネークがよく知っている。

 

「エイハブ先生……大丈夫でしょうか」

「大丈夫よ! あの人、すっごくタフだし……でも無茶してないかしら」

 

 ノノミやセリカの心配はもっともだ。きっとエイハブはホシノに責任を感じている。そしてカズヒラも。だからこそ、彼らは誰にも告げずに消えた。

 そしてそれは、スネークやオタコンも同じことで。大人としての責任を果たすために、ホシノをどうにか助けなければならない。

 

「シロコ、戦車は動かせそうなのか?」

 

 スネークが尋ねると、シロコは頷く。

 

「T−80は半分近くが損傷を負っているけど、カイザーから鹵獲したエイブラムスが使えそう。今キョウコ達が練習してる」

「火砲の弾薬は?」

「十分とは言えない。せめて、敵の防御の配置が分かればいいんだけど……」

 

 カイザーPMCはキヴォトスでも有数の民間軍事会社である。いくらアビドス侵攻の際に半分以上を蹴散らしたとはいえ、それが全てではない。

 それに、砲兵火力はほとんど動員していなかったから、砲迫火力やミサイルなんかは無傷だろう。このまま攻撃に移っても、それらを先んじて対処しなければ圧倒的に不利だ。誰かが詳細なミサイルや火砲の位置を特定しなければならない。

 

 だから、スネークはその場を後にしようとし。

 

 シロコに止められた。

 

「ん、先生。一人はダメ」

「シロコ……」

 

 意外だった。まさかシロコに自分の目論見がバレているとは。

 スネークは、誰にも告げずにカイザーの施設に侵入するつもりだったのだ。もし生徒達に知られれば、きっと彼女達もついて行くと言うだろう。

 

「私達は家族。それは先生も例外じゃない」

 

 スネークはシロコの頭に手をやって、そっと撫でた。シロコは少し暴走しがちだが、こうして他人を気遣える優しさがある。それが、先生として嬉しくもある。

 だが、その優しさで戦いを制することはできない。

 

「シロコ、その優しさは俺以外に取っておけ。俺はお前達の先生としての役目を果たさなきゃならない」

「先生……先生も同じ。ホシノ先輩と一緒で一人で抱えすぎ」

「かもな。だが丁度良いくらいだ」

 

 自分は所詮、死人なのだから。今を生きる少女達の糧になれるのならば、それでいい。そう生きてこそ、この余命の使い道なのだと思っている。

 だが、自分の相棒はそんな年老いた蛇の事を理解し切っていた。彼のホログラムが近付くと、首を横に振る。止めておけ、なのか。或いはシロコの勝ちだと、そう言いたのだろう。

 

「え、これって……」

 

 不意に、アヤネが何かに驚いた。どうやらパソコンを見ているようだ。

 

「せ、先生! 大変です!」

「どうしたアヤネ?」

 

 スネークが彼女の傍へと近寄れば、他の対策委員会達も寄ってパソコンの画面を見る。それはメールに添付された地図だった。カイザーの施設のものだ。

 

『……! スネーク、これって……』

 

 オタコンが驚く。彼だけじゃない、画面を見ている全員が驚いた。その地図は、敵の配置の詳細が記載されているのだ。

 一瞬、スネークは考える。一体誰がこれを送ってきたのだろう。敵の詳細は、多岐に渡る。砲の口径、種類。それらが軍事規格の記号で示されている。これができるのは、軍事に精通した者だけだ。ならばエイハブが?

 そんな考えは、差出人の欄を見て否定される。

 

 John Doe(名無し)。それは、英語圏において身元不明の人物に付けられる名前だ。エイハブならば、わざわざこんな名前で送ってはこないだろう。カズヒラも同様だ。

 

「罠……?」

「いえ、戦術的にも妥当性があります……でも、一体誰が?」

 

 セリカとノノミが首を傾げる。だが、これでこちらとしても動きやすくなったのは確かだった。

 シロコはホワイトボードに貼ってある地図とアビドス部隊のマグネットを睨めっこしてから、スネークに進言した。

 

「先生、提案がある」

「……奇遇だな」

 

 奇しくも、その考えは両者共通していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 紅茶をソーサーに置くと、少女はふぅっと溜息をついてみせた。参ったものだ。時期が時期とあって、今はあまり刺激的な事をする場面ではないというのに。

 たかが一弱小高校のために兵力を動かすべきではない。それは分かっている。だが、その弱小高校が将来自分達でさえも脅かすような存在となり得るのも確かだ。ならば今のうちに恩を売っておくのも悪くはない。

 とはいえ、大企業であるカイザーに喧嘩を売るのも厄介だ。状況は、彼女が親友だと思っているペロロ好きの少女が描くほど単純ではないのだ。

 

「あの、いかがでしょうナギサ様?」

「うーん、どうしましょうかね」

 

 務めて自身が平静である事を装う。目の前のショートケーキにすべきか。或いはモンブランにすべきか。

 そんなもの、どちらを食べるかなんて決まっているのに。

 

「あ、あの! ナギサ様! 私、アビドスの皆さんに助けてもらったんです! ですから……」

「そのカイザーコーポレーションが私達の生徒達に悪影響を齎すことは確かですね」

「な、ならナギサ様!」

「ただし、例の条約が迫っている今、下手に動くわけにもいきません」

 

 ぐぬぬ、と可愛らしく親友だと思っている少女が唸る。

 

「少し、お時間をいただけますか?」

 

 そう言って、ティーパーティーのナギサはショートケーキを食す。親友だと思っている、ヒフミが膨れっ面になっているのを耐えながら。

 

 それが、数時間前。

 少し意地悪しすぎたかと、ナギサは反省していた。だが そんな姿を自分以外に見せるわけにもいかない。彼女はトリニティを仕切る長なのだ。舐められてはいけない。ここは、様々な思惑が絡む戦場なのだから。

 

「そんな顔をするな。ケーキが不味くなる」

 

 不意に、初老の男性の声がテラスに響いた。

 ハッとしてそちらを見ると、渋い白髪混じりのスーツに身を包んだ男が柔らかくも男らしい強い笑顔をナギサに向けていた。

 彼はナギサの対面に座ると、いただくよ、と一声掛けてからモンブランを食す。

 

「ミスター……気づきませんでした」

「考え事をしていたようだからな。……コーヒーを戴いても?」

 

 男性がちょっと気まずそうにそう言うと、ナギサは一瞬ムッとしてから指を鳴らす。すると給仕の生徒がやって来て、ポッドからカップへとコーヒーを注ぐ。ブラックだ。

 ありがとう、と随分と男前な笑みで給仕へ礼を告げると、給仕の子も顔を赤くしてそそくさと出て行ってしまう。女たらしなのは困ったものだ。

 

「例の、アビドスの件かね?」

 

 話を切り出したのは、コーヒーを一口嗜んでからだった。

 

「ええ、まぁ。私としても、カイザーを弱体化できる良い機会だとは思うのですが……」

 

 ふむ、と男性は顎髭に手をやって考えるふりをする。この男はこういう演技が得意だ。

 

「そうだな。いくら目の上のたんこぶとはいえ、奴らは曲がりなりにも大企業だ。下手に手を出すべきではないだろう」

「ですが……」

「だが、そうなると今度はアビドスにも、そして連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)にも恩を売ることはできない。ましてやヒフミ……だったかな? 親友の頼みだ。……ナギサ、政治や友情とは難しいものだ」

 

 自分が思っていたことを、次々と彼は口にしていく。胸元から、彼は葉巻を取り出した。頭部分と吸い口をギロチンのようなカッターで切り落とし、彼は態とらしく葉巻を見せつけるように微笑む。

 

「どうぞ」

 

 受け入れると、彼はにっこりとしてライターで頭部分に火をつける。じっくりと、楽しむように火をつけると、濃厚な煙が離れていても鼻をくすぐった。

 吸い口から煙を吸い込むと、彼は口の中でそれを転がすようにして味わう。まるで紅茶のように……彼にとっては、コーヒーやケーキよりも葉巻が生き甲斐なのだろう。

 

「ふむ。時にナギサ。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の先生は、ゲヘナにも協力の交渉をしたようだ」

「……それは知りませんでした。まだ情報が届いていないようです」

 

 モクモクと彼の口から煙が立ち昇る。

 

「それはいけないな。情報は政治の要だ。古今より、情報を制した方が戦争に勝つ。忘れないことだ」

「はい……それで、ミスター。それだけを言うために来たのではないでしょう」

 

 そうナギサが言うと、彼はにっこりと笑う。

 

「察しがいいな。流石はティーパーティーと言うべきか。うむ、その通り。例の条約が近いということは、だ。ナギサ、今回の連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)からの提案はむしろこちらとしても好都合なのだ」

「好都合?」

 

 そうだ、と彼は言ってまた煙を嗜む。

 

「ゲヘナはアビドスに負けたことが余程悔しかったのだろう。無論、彼女達は負けたなどと思っていないようだが……事実上、そう見られている。ゲヘナの風紀委員会が戦力を増強していることは知っているな?」

「ええ。機械化の推進に加え、近代化や個人練度の増強も行っていると……まさか?」

 

 ナギサの驚く顔に、彼はまた笑みを浮かべた。

 

「ゲヘナを上回る砲兵火力は彼女達を牽制するに足るだろう。おまけに連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)やアビドスにも借りを作れる。名目は……そうだな。砂漠地帯を利用した演習にでもしてしまえば良い。砲兵達の練度の向上にも繋がる話だ。許可は事後承諾で良い。アビドスからは願ってもいない助け舟だ。それに……ヒフミにも恩を売れる。ああ、あまりこういう言い方は良くなかったかね?」

「いえ。……ミスター失礼、やることができました」

 

 そう言うと、ナギサは紅茶を残したまま足早に去って行ってしまう。男性はただうむ、とだけ言うとまた葉巻を愉しむ。

 何やらナギサが去ってから慌ただしくなったトリニティ学園の喧騒を音楽代わりに、男性はほくそ笑む。そして、ゆっくりと燃える葉巻を見つめた。

 

「兄弟。我々は火種となる運命からは逃れられんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 傷は完全には治っていなかったが、やるしかない。

 エイハブは悲鳴をあげる身体に鞭打って、施設内への潜入を続けていた。

 ある意味、施設内の潜入自体は楽だった。この中で防衛線や警戒網を敷こうにも限度がある。それに奴らは外の守りを固めるあまり内部に侵入された時の事を考えていなかったようだ。

 そうして司令部らしき部屋へと辿り着いて。エイハブは異変に気が付いた。

 

『スネーク、どうした?』

 

 一向に部屋に入らないエイハブに、カズヒラが疑問を呈す。

 

「……何かおかしい」

『何か?』

 

 カズヒラの新たな疑問には応えない。代わりに、意を決してエイハブが突入する。

 そして、室内の惨状を目の当たりにしてカズヒラは驚いた。

 

『これは……!?』

 

 大きなモニターに映るのは、施設の映像。

 だが問題はそこではない。この施設を管制するオペレーターロボット達が、皆撃破されている。

 ある者は銃撃され、ある者は殴られて破壊され。彼らが人間であったならば、きっと血みどろであっただろう。

 

『一体誰がこんなことを……?』

 

 エイハブは倒れている彼らを調べる。

 

「……分からない。だが、相手は一人のようだ」

『一人? どうして分かる?』

「やり方だよ。全員同じ口径の銃で撃たれている。殴られてるのはへこみ具合からして……身長が180センチ以上の男だ。拳が大きい」

 

 ざっと調べ、カズヒラは唸る。きっと理解が追いついていないのだろう。

 けれど、このやり方やスマートさに覚えがないエイハブじゃなかった。もし彼が考えている事が本当ならば、それは……それは。

 

『とにかく、好都合だ。ホシノの居場所を探ろう。端末をiDROIDに接続してくれ』

 

 だが、それは今じゃなくていい。まずは大切な生徒を助け出さなければならない。エイハブは司令用の端末のUSBポートへとDROIDのコネクタを接続した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして。アビドスへと戻る。

 屋上の汎用ヘリは既に暖気を終えてすぐに飛び立てる状態だった。

 スネーク達対策委員会はACC(空中司令室)を兼ねているメインのヘリ、ピークォドへと乗り込むと、座席に座ってヘッドセットを被る。

 

「アヤネ、ヘリに乗り込んだ。状況はどうだ」

 

 スネークが無線越しに対面のアヤネに問えば、彼女はタブレットの情報をスネークに流す。

 

「偵察部隊もモルフォに乗機しました! いつでも行けます!」

「分かった。……オタコン、ゲヘナやトリニティは?」

『動き出したみたいだ。トリニティは砲兵部隊、ゲヘナは砲兵部隊と装甲歩兵部隊を動員しているようだ。……読みが当たったね、スネーク?』

 

 揶揄うようなオタコンの言い草に、スネークは苦笑した。

 スネークは、最初から素直にあの二校が動いてくれるとは思っていなかった。だからあえて、対立する二校に、ほぼ同時に頼み込んだのだ。恥も外聞も捨て、イオリの脚さえも舐めて。まぁ、若返って性欲を持て余していたこともあるのだろう。

 対立したどちらかが動けば、もう片方も動かざるを得ない。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)に協力するということは、それだけで大きな功績なのだから。

 

『上昇します、ハッチ閉鎖!』

 

 ヘリパイロットの命令通りに、スネークはハッチを閉める。するとみるみる内にヘリは上昇していく。

 眼下では、今まさに発進しようとしている戦車や装甲車が見て取れた。グラウンド横に停駐してあるCAS(近接航空支援)用の攻撃ヘリも飛び立っていく。

 

「ホシノ先輩……待ってて」

 

 シロコが隣で呟く。

 アビドスは今、彼女達の存在意義のために戦っていた。

 

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