蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 15

 

 

 

 

 1995年、アウターヘブン。

 若き蛇とその師たる毒蛇は、終わりを迎える武装要塞の地下深くで互いの技術を駆使して殺し合う。

 ビッグボスの伝説を知らぬスネークではない。それは生きながらにして伝説と化していた……曰く、二十世紀で最も完成された兵士。

 

 ビッグボスの経歴は、正直言って眉唾物だとは思っている。

 ベトナム戦争時、LRRP(長距離偵察作戦)に参加。その後SOG(特殊作戦グループ)を経て、グリーンベレーやワイルド・ギースで活躍、そのミッション数は70を超える……凡そ、一人で成し得る業ではない。そもそも、そんな男がたかが米国の一兵士として収まるわけがない。この経歴の一部は詐称というか、誰かの誇張なのだろう。現に、ビッグボスは自分の経歴を語ったことはなかった。自身の功績を誇ることを……過去の栄光に縋ることを、良しとしなかったのだ。

 

 だからこそ、FOX HOUNDの人間は身をもって知っている。

 ビッグボスという存在が、その噂通りの人間であるということを。訓練で、指揮で、よく知っていた。

 

 暗闇から突然ビッグボスが飛び出てくる。60代とは思えない機敏性で、その左腕が伸びてくるのだ。スネークはそれを払い、ステップで距離を取る。

 

 おかしい。どうして目の前の老人は、左手にナイフを握っていないのだろう。

 

 ふとスネークは、そんな疑問を抱く。CQC、クローズ・クォーターズ・コンバットの基礎的な武装として、ナイフが挙げられる。

 打撃や投げ技はCQCを語る上で、登竜門でしかない。相手を拘束し、ナイフを突き立ててから初めてCQCの真価を発揮するのだ。

 それを教えたのは、目の前の老人のはずなのに。薄暗くとも、彼は確かにビッグボスだ。なのになぜ、今更自身が信じている技術を変えてしまうのだろうか。

 

 距離を取り、銃を構えようとして焦る。既にその老人は、目の前に迫っていたのだ。あまりにも人間離れした速さだった。如何に近接戦に優れたグレイ・フォックスであろうとも、そんなことは不可能だ。

 

「せいッ!」

 

 左拳でスネークへと殴りかかるビッグボス。余程その拳に自信があるのだろうか、先ほどから左手で攻撃したがる。ビッグボスは右利きだったはずだ。

 

「ぐっ!?」

 

 そしてそれをいなそうとして、スネークは苦痛に顔を歪めた。あまりにも硬い。拳が、まるで鋼鉄でできているかのように硬いのだ。

 拳銃を握る右腕が、痛みと重みで痺れる。ビッグボスが何かを拳に仕込んでいるのは間違いない。だがそんな事を考える暇も今は無かった。すぐにビッグボスのCQCの打撃コンボがやってくる。

 左脚のローキックを右脚でブロックし、また迫る左腕を、今度はしゃがんで避ける。すかさずスネークは反撃にナイフを握りながらアッパーを繰り出すも、ビッグボスは右腕でその軌道をズラす事で回避してみせた。だが刃が少し触れたのか、右の手のひらから浅く出血する。

 

 スネークはそのまま振り上げたナイフを突き刺そうとし、ビッグボスはすぐに戻した左腕でそれをブロック。

 マズイ、と思った時には既に遅かった。ヒョイっと剛腕の左腕を翻し、スネークの左手からナイフを取り上げる。するとそちらに気を取られているスネークの頬を、右拳が打ち抜いた。

 

「ぐはぁ!?」

 

 尋常ではない力で吹き飛ばされ、後方の木箱に突っ込む。音を発てて崩れる木箱と転がるスネーク。脳震盪で意識が朦朧とするが、気合いでどうにか精神を保つ。

 

「ソリッド・スネーク。今のは肝を冷やしたぞ。……だが」

 

 ホルスターから拳銃を抜くと、ビッグボスはそれをスネークに向ける。

 

「お前はやりすぎた。やりすぎたのだ」

 

 今だ、とスネークは何かを引っ張る。それは彼の、恐るべき子供達としてのサバイバル能力でもあったのかもしれない。

 ピンっと音を発て、ビッグボスの足元に転がっているのは閃光手榴弾。アウターヘブンで拾ったものだった。罠線を安全ピンに括り付け、ブービートラップとして使用するはずのものだった。

 

「っ!」

 

 それが炸裂すると、眩い光がビッグボスを覆う。外で、それも昼間ならば何ら脅威ではないそれは、薄暗く音が反響するような場所では効果絶大。

 ビッグボスは左腕を翳すも目をやられたらしく、銃口がスネークから逸れる。

 

 今しかなかった。

 急いで、何か無いかと手元を探れば、それはあった。

 

 パンツァーファウスト3(ロケットランチャー)、対戦車ロケットとその射撃装置だった。

 スネークはすぐにそれを担ぐと、すぐに射撃装置を取り付ける。冷静に肩当てとグリップ、そして引き金部分を展開すると、ビッグボスの胴体に狙いを定め。

 

 引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 施設の中はメイン電源が落ちているのか、薄暗かった。潜入にはもってこいの環境だが、今は堂々とホシノを救出できる。

 

『スネーク、どうやらエイハブが電源を落としたようだ。御丁寧に、ホシノの囚われているセーフルームまで指示してある』

「俺たちが来る事を見越してたのか、マスターめ」

 

 到着して早々バックドアを仕込んだおかげで、この施設はオタコンとアロナに筒抜けなのだ。監視カメラにもアクセスしているようだが、そもそも電源が非常用に切り替わってしまっているせいでカメラも落ちてしまっている。

 

「先生、これ……」

 

 不意に先頭を進んでいたシロコが何かを見つけたようだった。それは、血だ。

 

「これは……急いだ方が良さそうだ」

 

 このキヴォトスで、こんなに血を流す者は珍しい。

 血の飛び散り方からして銃創だろう。だが死んではいないようだ、廊下の奥に血が続いている。それに大量出血はしていないようだ。

 エイハブはメディックだ。ならば、自分での処置は心配する事はないだろうというのが、スネークの所見だ。だが、シロコ達は違う。当たり前だが、血に慣れていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナギサは所々で火災と破壊が起きる施設を見て、ため息をつく。かちゃり、と持って来たソーサーにカップを置いて、隣に座る友人を見た。

 

「これなら私たちはいらなかったかもね?」

 

 桃色の髪と真っ白な翼。そして可愛らしい顔立ちに女性らしさのあるボディライン。

 

「ゲヘナへの牽制の意味もあります。ここで我々の力を見せることで、条約の際に調子に乗らせないという意味もありますので」

「とかなんとか言っちゃって、ナギちゃん実はヒフミちゃんに良い顔したかったんじゃない?」

 

 あまり触れてほしくない部分を言い当てられ、ナギサは少しばかり眉を細めた。

 

「ミカさん……」

「冗談だって、怒らないでよ……それにしても、暇だから来てみたけど、これはもう戦争じゃん」

 

 施設の敷地内で展開し、カイザーPMCを蹂躙するアビドスの部隊を遠眼鏡で眺めながら、ティーパーティーの聖園ミカは言った。

 正直、ナギサとしても予想外の光景だった。いくら奇襲が成功したとはいえ、相手はアビドスの軍事力の数倍は力を持っていたはずだ。それがどうだ、いざ蓋を開けてみれば……たとえトリニティとゲヘナが支援していたとはいえ、それは砲兵火力に限っての事。アビドスの部隊はあっという間に制圧してしまった。

 なるほど、ゲヘナが焦るわけだ。これはトリニティもおちおち眺めてはいられない。

 

「ま、もう決着も着きそうだし……ここはナギちゃんに任せて私は帰るかな〜? やることもあるしね」

「暇だと言ってませんでしたか?」

 

 気分屋というか、ワガママな友人に呆れながらナギサはまた紅茶を口に含む。

 含んで、カイザーの施設に走っていくもう一人の友人の姿を見てそれを吹き出した。

 

「ブーッ!!!」

「うわ汚!?」

 

 真っ白な机の上が紅茶に染まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガクッと、エイハブは片膝を突いたのを見てホシノは足を止めた。突然の事だった。

 

「先生!? 大丈……」

 

 肩を貸そうとして、エイハブの脇腹から血が滲んでいるのが見えた。スニーキングスーツの加圧性と治療スプレーによって抑えられていた傷が開いたのだ。

 大丈夫だ、とエイハブは手のひらを向けて制するも説得力が無さすぎる。

 

「撃たれたの?」

「よくある事さ」

 

 そう言って笑うエイハブは、けれど顔色が悪い。カズヒラは気が気でなかった。

 

『ボス、まだ治療スプレーはある。一旦手当を……』

「いやダメだ、いつここが吹き飛ぶかも分からない。カイザーの連中はここを制圧されたと知ったなら、証拠を残さないはずだ」

『かつてのアウターヘブンのように……?』

 

 エイハブは頷いた。確かに考えられることだ。連邦法に抗ってまでホシノを誘拐し、尚且つアビドスに対しても軍事侵攻をしている。そんな奴らの拠点ともなれば、自爆装置くらいはありそうだ。

 だからエイハブは、また立ち上がって歩く。一人の力で、今までそうして来たように。

 

 だが、

 

「死ね! アビドスの大人よ!」

 

 不意に。曲がり角から見知った顔が姿を表し、拳銃をエイハブに向けた。それはカイザー理事。今までどこに潜んでいたかは知らないが、そいつが飛び出して拳銃を撃ち込んだのだ。

 パンパン、と二発放たれたそれは、しかしホシノにとっては脅威にはならない。

 

 だがエイハブは、咄嗟に彼女の盾となってしまった。アラミド繊維で作られたスニーキングスーツは、多少の防弾性はある。けれど万能ではない。至近距離で撃ち込まれた弾丸には脆い。

 一発は逸れた。けれどもう一発は、彼の右肩に当たってしまう。

 

「先生!」

 

 驚きと憎しみに顔を歪める暇もなく、ホシノはショットガンを構えようとし。

 カイザー理事が突然やってきたスネークに投げ飛ばされて拘束されたのだ。

 

「いた、ホシノ先輩! ……え、エイハブ先生!?」

 

 シロコがエイハブの異常に気付いて叫ぶ。だがそんな事が耳に入らないくらいにホシノは動揺している。

 

「先生、どうして! どうして私を! 私にあんな銃は効かないのに!」

 

 いつものように左の口角を上げてはにかみ、ホシノの頭を撫でる。

 エイハブは必死に、気の遠くなるような痛みに耐えていた。今、ここで倒れてしまったら彼女を更に怯えさせてしまう。

 

 思わず、ホシノをあの時(1975年)の事と重ねてしまったのだ。だから、その必要がないと分かっていても前に出てしまった。

 あの時の幻肢痛を忘れられないから。例え身体は腕以外、昔に戻ったとしても、まだ彼女(パス)の一部が自分にあるような、そんな気がして。

 

「これで終わりだ。お前たちの企みは知らんが、今回の件は誘拐だけじゃ済まないぞ」

 

 AKの銃口を理事に突きつけてスネークが言う。だがカイザー理事は不敵にも笑ってみせると、左手に握っていた何かを動かした。

 

「終わりなのは……どちらかな!」

「!」

 

 咄嗟に、その左腕を撃ち抜く。いくら生徒でないからとはいえ、相手は機械だ。スネークが無理に理事の左腕を動かそうとしてもびくともしないだろう。

 理事が悲鳴を上げる中、スネークは再度頭に銃口を突きつけて尋問する。

 

「何をした!」

「く、くくっく……ここはお終いだ……! 今、自爆装置を作動させた! ついでに稼働していない無人機もな! この前の比ではない……お前たちもろとも、ここは吹き飛ぶのだ!」

 

 カイザー理事の顔面を銃床で殴ると、彼は静かになる。

 すぐにスネークは相棒に確認を取る。

 

「オタコンッ!」

『マズい、自爆装置が作動したようだ! 爆発まで10分もない!』

「止められないのか!」

『ダメだ、一度作動したらどうにもならない!』

 

 冷や汗が額を伝う中、状況を聞いていたシロコ達に言う。

 

「逃げるぞ! ここはもうすぐ吹き飛ぶ! エイハブ、走れるか?」

 

 傷だらけの男に尋ねる。最早、走れるだろう? くらいの勢いだった。だが彼も首を横に振りはしない。しっかりと銃を握って頷いた。

 

「でも先生、傷が……」

「大丈夫だホシノ……ちょっと痛むがな」

 

 また、彼は今にも泣き出しそうなホシノの頭を撫でる。今は耐えるしかない。

 

「オタコン。全員に通報しろ、ここはもうじき吹き飛ぶとな。シロコ、こいつを持てるか?」

 

 スネークが指差すのはカイザー理事だ。こいつをここで死なせるわけにはいかない。表に引き摺り出して今までの罪や背後にいるゲマトリアの事を洗いざらい吐かせてやらなければならない。

 シロコは親指を立てると、カイザー理事を荒々しく肩に担いだ。日頃のトレーニングの成果が出ているのだろう。

 

『スネーク、どうやらこの間の人型兵器がまだいたみたいだ。外で機動戦闘部と装甲歩兵部が交戦してる』

「簡単には帰してくれないようだ」 

 

 だが、それでも走るしかない。一体どれほどの破壊力があるのかも分からないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 外ではオタコンが言った通り、戦車部隊と歩兵部隊が熾烈な戦いを繰り広げていた。アビドス市街地への侵攻の際に現れた人型兵器と、だ。

 ゲートで一部は倒したが、今はその倍はいるだろう。しかも近接戦闘ともなれば、いくらエイブラムスとて不利であることは確かだった。

 

「タイガー後退しろ! こっちで時間を稼ぐ!」

 

 シロコに次ぐスピードのミナミ達が相手を翻弄するが、数が多過ぎる上に武装も強力だ。おまけにゲヘナとトリニティの砲撃支援も、同士討ちを理由にできないでいる。

 おまけに、今し方自爆装置が作動したという報告があった。エイハブやスネーク達を逃すためにも、ここでどうにか倒さねばならない。

 戦車小隊が下がると、すぐに砲塔を人型兵器に向ける。だがやたらと動き回るせいで狙いが付けられない。

 

「正面の人型兵器、タイガー班集中、一班右、二班左、交差射、徹甲……指名! おいミナミ、動きを止めてくれ!」

「無茶言うなよ……!」

 

 その時だった。不意に、鼻歌が無線に響いた。聞いたことのない曲だ。だが不思議と落ち着く。そして次には、何処からか弾丸が複数飛んで来る。

 砲弾でもなんでもない、ただのライフル弾だ。だがそれは、確実に人型兵器達の膝関節に致命傷を与えてみせ、膝を着かせた。

 

「っ! ハイエナ離れろ! タイガー撃て!」

 

 装弾筒付き翼安定徹甲弾が人型兵器の胸を貫く。如何に装甲が厚いとはいえ、至近距離での戦車砲弾だ。立っていられるわけが無い。

 

「命中目標変換、見える敵を撃て!」

 

 そこからは凄まじい勢いで人型兵器を破壊する。形勢は一転した。

 

「鼻歌?」

『こちらハイエナ、こっちでも聞こえた。アヤネちゃん歌った?』

『歌ってません!』

 

 不思議な事もあるものだ。だが、一体どこから弾が飛んできたのだろうか。

 

『……! みんな、何か来る! 熱源を捉えた!』

 

 オタコンの声が無線に響く。刹那、破壊した倉庫からまるで寝起きのように一際大きいロボットが出てきた。カイザー理事が自分が搭乗するために作らせた、特別製だ。

 また来やがった、と思ったのも束の間。今度は施設の内部からスネーク達が脱出してくる。

 

「マズい、先生達に注意を向けさせるな!」

 

 キョウコがそう言って射撃号令を掛けようとした瞬間。突然空からヘリが降って来てロボットに激突し爆発した。今度は一体なんだというのか。

 だが遅れて空から砂の上にスーパーヒーロー着地を決めた者達を見て理解した。ワインレッドのロングヘアーを靡かせ、狙撃銃を手にする者……便利屋68だ。

 

「アウトローは遅れるくらいがちょうどいいのよね……って、何これデカ!!??」

「アルちゃ〜ん、かっこつけたつもりかもだけどヘリの燃料無くて墜落しただけだからね?」

 

 陸八魔アルがかっこよく決めようとして失敗している。どうやら間近で見ると相当大きいようだ。

 だがヘリが突っ込んでくれたおかげでロボットがよろめいている。この隙を逃すわけにはいかない。

 

『便利屋どけ! タイガー小隊集中、徹甲! 撃て!』

「ちょちょちょ!?」

 

 急いで逃げるアル達を待つ暇もなく、戦車が射撃する。関節を重点的に狙ったからだろう、大型ロボットの膝から下が吹き飛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 スコープの中の世界に、見知らぬ人がいる。

 傷だらけで、ヨロヨロで、それでも走り続ける人が。

 風紀委員会から拝借した無線を聞いてみれば、どうやら自爆装置が作動しているようだった。

 

 少女はそれでも、一番近い砂丘の上からライフルを構える。

 ヨレヨレの、顔も知らぬその人のために。例え姿が違っていても、紛れもなくそれは少女にとってのボスなのだから。

 

 戦場に静寂を。BIGBOSSに、安らぎを。

 歴史に語られた本物ではない、偽りの幻影(ファントム)を助けるために。

 少女は、静かに歌う。

 

 

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