蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 16

 

 

 

 ──敵のために火を吹く怒りも、過熱しすぎては自分が火傷する。

 ウィリアム・シェイクスピア

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 爆発する施設を眺める。

 砂漠の空に立ち昇る爆炎はアビドスに対する祝砲であり。或いは、彼女達の憤怒の炎にも似ている。彼女達の怒りは、敵とするカイザーを焼き払ったのだ。

 

 エイハブはその光景を、離れた場所からアビドスの皆と眺める。もちろん救護班に治療を受けながらであるが。

 

「そっと頼む。……ぐッ!」

 

 アビドスの救護班と、そしてゲヘナの救急医学部という救護系の部活の生徒がエイハブを羽交い締めにしてナノマシンスプレーと注射を打ち込めば、案の定エイハブは悶絶している。スネークはこちらに来てから大怪我を負っていないから分からないが、あれはかなり痛いらしい。

 

 カイザーPMCの施設は、結果的に言えば施設のみが爆発した。それも極めて小規模な爆発だ。

 オタコンとアロナ曰く、あまりにも施設が頑丈であるために爆薬量が足りなかったらしい。なんともまぁ杜撰なものだが、そのおかげで助かった。

 今はこうして、外柵の外から所々爆ぜる施設を眺めているだけだ。

 

『なんとかなったね、スネーク』

「ああ……こういう時、タバコが恋しくなる」

 

 バンダナが風で靡く。昔ならここで一服していてもおかしくない。

 カイザーの連中は皆、トリニティとゲヘナの治安維持部隊に連行された。罪状は未成年誘拐及び公務執行妨害だ。一先ずこの戦いは連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)とアビドスの勝利となるだろう。戦後の処理は……とりあえず、今考えるべきではない。

 

「先生、大丈夫? ごめんね、私のために……」

「……気にするな。言ったろう、よくあるんだ」

 

 傷だらけのエイハブに、心配そうに寄り添うホシノ。ある意味いいコンビだ。ちなみに彼は電子葉巻を吸おうとして救急医学部のセナとやらに取り上げられている。たまには禁煙すべきなのだ、彼は。スネークはちょっとしたニコチンに対する怒りを含ませて鼻で笑う。

 ふと、シロコが何かを抱えて持ってきた。どうやら施設にあったものらしく、バカでかい何かの石碑のようなものだ。

 

「おいなんだ……それは?」

 

 シロコの奇行はよくあることだが、とりあえずスネークは彼女に尋ねる。単にこの状況で彼女が持って来たものが気になったのだ。

 

「ん。アビドスの校章。砂に埋もれてた」

 

 ドスンと、それを砂の上に置くと彼女は手で石碑の表面を叩く。砂が落ちると、確かにその石碑のようなものはアビドスの校章だった。

 

「オタコン……これは」

『うん。スネークが思っている通りだと思うよ』

「アビドスの本館はここだったのか」

 

 アビドスの本館が砂に埋もれたとは聞いていたが、まさかその上にこの施設を建てたとは。

 だがそうなると、今度は新たな疑問が浮かぶ。一体カイザーはここで何を探していたのだろう。わざわざ本館の上に建てるからには、ここに重要な何かがあったに違いない。いくら砂に埋もれたとはいえ、校章が出るほどの浅さだ。あんな巨大な施設を建てるには地盤が柔らかすぎる。

 そのリスクを犯してまで探していたもの。それが分からない。

 

「……まぁ、それについては後で奴から聞くとしよう」

 

 幸いにも、カイザー理事は捕らえている。ゲヘナやトリニティも、後日連邦生徒会にその身柄を渡すことには合意しているから問題はないだろう。

 

 

 

 

 

 敷地内の監視塔の上から、ゲヘナやトリニティの生徒達が砂丘の上でわちゃわちゃするのを眺める。

 ファントムシガーの煙を吸い込むと、ちょっと咽せそうになった。流石に今回のダメージは彼の強靭な身体に響いたのだろう。ナノマシンの影響でほとんど塞がってはいるが。

 

『ボス、痛むか?』

「ああ……麻酔は効いているがな。あのセナって子に散々可愛がってもらったよ」

 

 ため息混じりに言うエイハブをカズヒラは笑った。

 

『結構なことじゃないか。美女に囲まれながら身体を弄くり回される……くぅ〜! 俺も身体があればなぁ!』

「そんなんじゃない」

 

 いつの間にかMSF時代の姿になったカズヒラが隣で身を震わせた。電源を切ってやりたいが、今カズヒラは監視塔のセキリュティシステムから施設内のサーバーに侵入しているためにそうはできない。

 

『そういえば、アル達から直々にあんたに感謝したいと連絡があったよ。俺がサポートしたってのもあるが、今の所仕事も順調みたいだしな』

「そうか。あいつらはもう帰ったのか?」

『いや、うち(アビドス)の占領作業に協力している。占領と言っても、外の倉庫や建物に使えそうなものがないか調べているだけだがな。施設の中にはとてもじゃないが入れん』

 

 いくら爆発が小規模だったとはいえ、施設内部の倒壊具合は凄まじい。下手に入ろうものならば、生き埋めになりかねない。そんなリスクは彼女達に望んではいないのだ。

 

「せーんせ、こんなところで何してるの?」

 

 ふと。監視塔にホシノが登ってきた。

 どこか憑き物が取れたかのような表情で微笑む彼女は、エイハブの隣に立つと共に眼下に広がる光景を眺める。

 

「ゲヘナの医学部がうるさくてな。一人にならなくちゃ一服もできない」

「ふふ、怪我人だからね〜。ま、怪我させちゃった本人だから何にも言えないんだけどさ」

 

 ファントムシガーの煙が二人の間を巡る。他の生徒にとってはただの匂いつきの水蒸気も、ホシノにとっては特別なものだった。

 少しの間、そうしてゆったりとした時間が流れる。だがそんな時、不意にホシノが口を開いた。

 

「先生。先生が、良かったらなんだけどさ」

「ん?」

 

 エイハブを見ずに、少しはにかみながらホシノは言う。

 

「この先もずっと、私たち(アビドス)の先生になって欲しいな〜って、思うんだ」

 

 盗み聞きしていたカズヒラは叫びそうになった。むしろ喝采に近い。ようやくホシノがプロポーズに似た事を言い出したのだから。

 カズヒラ……否、ダイアモンド・ドッグズの総意としてエイハブことBIGBOSSにはそろそろ身を固めて欲しいものだ。

 

「……ホシノ」

「先生がいなかったら、ここまで来れなかった。先生がいなかったら、きっともっと酷いことになってたと思う。それこそ、誰かが命を落とすくらいには……だから」

 

 その訴えをエイハブの右手が止めた。彼の生身の手が、ホシノの頭に置かれる。

 その行為が、遠回しに拒否であるということがわかってしまう。エイハブはホシノだ。誰かの幻影(ファントム)となり、自らその役目をまっとうする者同士として、分かってしまっていた。

 

「……ごめん、先生」

 

 それ以上、エイハブからもホシノからも言えることはない。カズヒラもその話には介入できない。

 エイハブは。BIGBOSSの負の遺産は、アビドスを侵食してしまっている。提案したのは確かにエイハブだ。だが、やり過ぎた。いつかソリッド・スネークに語ったように、彼はやり過ぎたのだ。

 

 世の中には語り伝えられないものがある。

 伝えてはいけないことがある。

 紡いではいけない命がある。

 

 けれど、きっと。エイハブは、少しだけ我儘を出したのかもしれない。紡いではいけないと分かっていながら、せめてもの願いで、死んでいった仲間達の遺志(Sense)を伝えたかったのかもしれない。

 

 だが、これまでだ。自分達の情報(Meme)はこれ以上紡いではいけない。アビドスはいつか世界を敵に回してしまうだろう。

 自分達は、去らなければならないと。エイハブは心に決めている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かの怒りに、それは呼応した。

 

 神秘とは呼べぬほどに悍ましいその怒りは、およそ人が抱いていて良いものではなかった。

 長く、永く砂の中でそれは待ち続けていた。たまに姿を見せることはあっても、戯れ程度だった。

 だからその激しい怒りを感じた時、新鮮な気持ちだったのかもしれない。知らぬ気持ちに突き動かされたのかもしれない。

 

 嗚呼、もしやこれも神秘なのかもしれない。

 未知の怒りなど、考えたこともなかった。怒りは所詮怒りでしかない故に。

 

 それは、砂の中から這い出る事を決める。見てみたい。その目で確かめたい。この怒りの持ち主を。神秘足り得る赫怒の炎を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、焼けこげた施設から爆発が起きた。

 全員が一斉にそちらを見る。

 

「なに!? 爆弾が残ってたの!?」

 

 ホシノの叫びに似た声に、エイハブは唸る。

 どうやら爆弾が残っていたわけではないようだ。それにしては、爆発が不自然すぎる。

 まるで内側から抉れたように、噴き出るように湧いて出た砂と炎が、空に舞い上がる。

 

『なんだ、何が起きている!?』

 

 カズヒラが混乱したように叫ぶ。だが、エイハブはその砂の中に何かを見た。まるで蛇のような、巨大な何かを。

 

「エイハブ! 何かおかしい!」

 

 監視塔の下から作業していたスネークが言う。そんな事は分かっている。きっと彼が覚えた違和感はエイハブと同じものだ。だからエイハブはとにかく監視塔を降りようとして。

 

『っ、高エネルギーの熱源だ! みんな避けて!』

 

 オタコンが叫んだ瞬間、まるで光の柱が巻き上がった砂から伸びる。

 間一髪、直感でホシノを抱き抱えながら緊急回避をしてそれを回避するも、監視塔が真っ二つに両断された。それはレーザーのようなものだった。

 

「先生!」

 

 崩れ行く監視塔。ホシノはエイハブを抱き返し、凄まじい跳躍能力で離脱するとまるでヒーローのように砂の上に着地する。

 助かった、とエイハブが礼を述べればホシノは首を横に振る。そしてすぐに謎のレーザーが放たれた方へと目をやる。

 

 

 

 

 それは、蛇のような何かだった。

 或いは、彼らがよく知る兵器(メタルギア)にも似た何かだった。

 だがあまりにも大きいそれは、まるで生き物のように身体を畝らせ、その顎と瞳をエイハブ達に向けていた。

 

 違いを痛感する静観の理解者。

 それはつまり、デカグラマトンと呼ばれる預言者達の一体、ビナーと呼ばれる存在だった。

 

「あれは……メタルギア!?」 

『いや違う……あんなものは見たことがない!』

 

 隣でAKを構えるスネークが言うと、オタコンは否定した。

 

「アヤネ! みんなを下がらせろッ!」

 

 すぐにエイハブは指示を飛ばすと、AKをその巨体に向けて撃ちまくる。どう考えても通常の弾丸が通じる相手ではない。きっと神秘によって弾丸を強化するキヴォトスの学生達でさえも、効果は薄いだろう。

 

「ホシノ下がれ!」

「できないよ! おじさんが今一番ピンピンしてるからね!」

 

 ホシノは愛銃のコッキングハンドルを何度も引いて散弾を排出すると、目にも止まらぬ速さでスラッグ弾をチューブに装填する。

 すると、ビナーが動き出す。勢い良くその巨体を持ち上げると、一気に突っ込んで来た。その危険を察知して、スネーク達は皆横へと飛んで回避する。

 砂まみれになりながら立ち上がり、ホシノの手を引いてエイハブは走り出す。真正面から戦うのはマズい。あの巨体に押し潰されたら死体も残らないだろう。

 

『タイガー対処する!』

 

 無線からキョウコの声がしたと思えば、射撃号令が流れる。ここからでは見えないが、警戒任務に就いていた戦車中隊がビナーに向け徹甲弾を射撃した。

 音速を超える劣化ウラン弾がビナーに突き刺さる。流石にダメージがあったのだろう、ビナーは少し苦しそうに叫んだ後、何かを射出した。ミサイルだ。

 

『ATM! タイガーAPS(アクティブ防護システム)起動! 操縦手後へ! 下がれ下がれ!』

 

 どうやらアクティブ防護システムでミサイルを迎撃しようとしているらしいが、ミサイルの数は戦車の数を圧倒していた。

 

『うわ! 被弾した! タイガー全隊被弾!』

「キョウコ、そこから離れろ!」

 

 再びエイハブがライフルを撃ちまくってビナーの気を引く。今度はホシノと一緒に撃ちまくっているが、まるで効いてないようだった。

 ビナーはこちらに頭を向けると、その口にエネルギーを溜め出す。どうやら監視塔を両断したレーザーのようだ。

 

『ボス、マズい! そこから離れろ! レーザーが来るッ!』

 

 そうは言ってもあの顔はこちらをピッタリと向いて離さない。万事休すとはこのことだろう。

 エイハブとホシノは撃ちまくり、どうにかしようとして──

 

 

 

 

 

 

 

 無線から鼻歌が聞こえた。

 とても、とても懐かしい鼻歌が。戦場に響く静寂が。

 エイハブとカズ、否。全員の耳に入る。

 脳裏に彼女の顔が、共に歩んだ光景が蘇る。走馬灯とも違う、けれどそれに似た何かがエイハブの──BIGBOSSの脳を刺激した。

 

 刹那、ビナーの横っ面に何かが着弾して爆ぜる。対戦車砲のようだった。

 その爆発でビナーがチャージを止めて痛がると、同時にエイハブも正気に戻る。アビドス生達には避難命令を出していたから、周辺に支援はいなかったはずだ。ゲヘナやトリニティでもないはずだ。一体誰が。

 

 

 

 

 目の前に、突然誰かが舞い降りる。

 まるで透明になっていたかのように。その姿を突然現したかのように。

 

 肩に掛けた無反動砲。そしてその手には狙撃銃。

 開いた胸元、透き通るような白い肌。だが見知った彼女よりも遥かに布面積が多い。

 茶髪のポニーテールを揺らし、その人物は目の周りを黒く染めて……すぐに黒さが消えて素の肌の色と化す。

 

 少し垂れ目なその少女は、エイハブの記憶よりも大分幼い。けれど、確かに彼女だった。アフガンの砂漠で生き別れた、BIGBOSS(ファントム)のバディ。

 

「クワイエット……?」

 

 BIGBOSS抹殺のためにスカルフェイスの手先としてマザーベースに潜入し、けれどそのBIGBOSSに惚れ込み、そして彼らのために消えた静かなる狙撃手。

 クワイエット。

 

「……ボス」

 

 鼻歌ではない。英語ではなく日本語だが。確かにその声はクワイエットで。毒蛇に噛まれ朦朧とした時に初めて聞いた声とまるっきり同じだ。

 彼女はまるで泣き出しそうな顔をしてエイハブを見た。同時にホシノは困惑した表情でエイハブと少女の顔を交互に見る。

 

「……」

 

 だがすぐに彼女は戦士の顔をすると、肩に掛けていた無反動砲をエイハブに手渡す。

 

「……話は後だ、今は奴を倒すぞ」

 

 エイハブは力強くその無反動砲を担ぐと、ゲヘナの少女も頷いた。

 二人の間にある奇妙な絆に、ホシノは入ることができない。嫉妬もしていた。自分に見せたこともない顔をエイハブはしていた。まるで昔から信頼していたような。或いは、恋人にするような顔を向けられるゲヘナの少女に、嫉妬していたのだ。

 

「援護開始!」

 

 エイハブがそう言ったのを皮切りに、ゲヘナの少女が跳躍して姿を消す。どうやら狙撃ポイントに向かったようだ。ホシノも首を横に振って気を取り直す。今は目の前の敵に集中すべきだ。

 

「エイハブ! こいつを使え!」

 

 ふと、スネークが無反動砲の弾を持ってエイハブに近寄るとそれを手渡す。

 無反動砲の薬室を開いて84mm対戦車榴弾を装填すると、それをビナーに向けた。

 

『ボス、ホシノ! 目的はあの機動兵器の破壊だ! アビドスは全力でバックアップする! 奴を破壊しろ!』

 

 懐かしさも覚えるカズの指示に、エイハブは高揚感を覚えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、目覚めてしまいましたか」

 

 黒服は一人、モニターを眺めながら呟いた。

 だが想定の範囲内だ、と言わんばかりの態度で深々と高級椅子の背もたれに寄り掛かる。

 あのビナーはアビドスに倒されるだろう。連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)のバックアップに加え、小鳥遊ホシノがいれば倒せない相手ではない。それに、あの義手の男もいる。あの神秘にも似た怒りを秘めた男が。

 

「それよりも……やはりベアトリーチェは死にましたか」

 

 別のモニターに映る資料を見て黒服は呟く。そこには今日起こった一連の事案についての報告書が開かれていた。

 真っ赤な顔をした異形の女性の写真、その上から塗りつぶすようにバツ印が。つまり、死亡したことを示していた。

 

「一人の子供によるアリウスの武装蜂起……まるでゲバラとでも言いましょうか。困ったものです」

 

 報告書に書かれた文字を読み、そんな感想を漏らす。

 

「ですが、そうですね。強い怒り、ですか。それが彼女達の神秘を増幅したならば……興味は尽きません。場合によってはベアトリーチェの犠牲は仕方ないでしょう……クックック」

 

 怪しく一人、笑う黒服。その笑い声は漆黒の闇に吸い込まれ、届くことはない。

 

 

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