蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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蛇の目覚め 4

 

 

 仮面を通して、彼女は己の敵を見る。

 

 連邦生徒会の主席行政官が寄せ集めで組んだであろう臨時の編成は、思っていた以上にやるようだった。

 もう少しばかり足止めにはなるかと思ったが、こちらもこちらで寄せ集めのスケバンでは連携が取れず戦略的にもよろしくはなかった。

 内に秘める破壊衝動、それを止めることはできない。だから彼女は、壊す。それが連邦生徒会が大切に守っているものならば尚更。中身など、壊してから知れば良い。

 

「フフ……大人も連れてきて、頑張りますのね」

 

 分隊規模の少女達と一緒にいる大人を見て、彼女は嗤う。顔は見えないが、長身の男性のようだった。だがヘイローは見えない。つまり、何もかもにおいて自分達よりも弱い存在。戦術指揮でもしているのだろう。

 

 狐の面の下で、彼女は嗤う。

 故に気付かぬものだ。自然界の作り出した蛇ではない彼が、少女の人生を大きく変えるなどと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女達と蛇は走る。

 最期の時とは異なり疲れ知らずの身体で、少しだけ息を切らしながら、彼は自身の身体を確かめる。

 今の走る速度は、おおよそ一キロ四分程度だろう。その速度に、当たり前のように並走する少女達に驚く気持ちもあるが(ユウカは少し辛そうだ)、それよりも実際に走ってみて、自身の身体がどの程度若返ったのかを理解し尚更衝撃が走る。

 

 恐らく、この調子ということは──二十代後半(メタルギア2)から三十代前半(メタルギアソリッド)か。

 流石に新兵の頃(メタルギア)まで若返っているとは思っていなかったが、それでも不自然な歳の取り方をした彼にとってそれは奇跡としか言いようのない出来事だった。

 だから、こうして汗を流すのがとても気持ちが良い。これが戦場以外だったら良かったのにと考えてしまうほどに、思考も軽い。

 

「はぁ、はぁ、もう連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の部屋は目の前よ!」

 

 見えてきたゴールにユウカが嬉しそうに言う。蛇からすれば、彼女は十分に体力も速度もあるとは思うが、他の三人は息一つ切らしていない所を見るに、平均的ではないのだろう。

 

『先生、聞こえますか? この騒動を引き起こした生徒の正体が判明しました』

 

 通信機越しにリンの声が響く。

 彼らは一旦足を止めて、周囲を警戒しつつその声に応える。

 

「教えてくれ」

 

 こう言う時、いくらサイズが小さくても通信機をいちいち手に持って話す行為が煩わしく感じてしまう。ナノマシンによる体内通信が懐かしい。

 

『ワカモ。百鬼夜行連合学院を停学になった後、矯正局を脱獄した生徒です』

「脱獄? 刑務所のようなものか」

『厳密には異なりますが……概ねその認識で良いかと』

 

 この暴力溢れる街で脱獄とは、きっとそいつはジョーカーか何かといったコミックのヴィランみたいな奴なんだろう。

 勝手な想像が頭にいくつも浮かぶ。そもそも、百鬼夜行という名前を学院に付けるとは、中々にクレイジーじゃないか、なんて思ってしまう。

 

『似たような前科がいくつもある危険な人物です。十分に気をつけてください』

「前科、ね。わかった、俺もそのワカモとかいうヴィランにとって食われないように気をつける」

『ヴィラン? はぁ……?』

 

 彼のいた世界での話題で返すも、リンにはわからないらしく声色だけで疑問符を浮かべているのが理解できた。

 この手の冗談に、呆れるか乗ってきていた相棒が懐かしい。

 

 

 

 

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の建物近辺へと接近すれば、スケバン達が先程よりも守りを固めているのが見えた。

 物陰より、スズミから借りた単眼鏡(モノキュラー)を覗き、レンズ越しに偵察する彼は、すぐ横で隠れている少女達と情報を共有する。

 

「敵の数が多い。潜入する隙も無さそうだ」

 

 武装は短機関銃(SMG)狙撃銃(SR)、そしてミニガン(MG)。短機関銃と狙撃銃はともかく、あのミニガン持ちは制圧火力としてはかなり危険だ。彼が以前に対峙したことのある、巨漢のシャーマン(バルカン・レイブン)と同等の膂力だ。

 随分と露出が高いが……筋肉自慢は露出が高くなるのか。あのスケバンは特段筋肉があるようには見えないが。

 

「先生、一番奥にいる生徒をご覧ください」

 

 ハスミがこっそりと指を差して、スケバンの中に紛れる生徒を示す。

 その方向にピントを合わせると、スケバンとは毛色の異なる生徒が見えた。

 

「フォックス……?」

 

 それは、狐の面。

 まるで日本の振袖のような黒い制服に身を包み、顔は狐のお面で隠した生徒。

 面から出る黒い長髪とその抜群のスタイルが、彼の想像を掻き立てる。きっとさぞかし美人なのだろう。担ぐ小銃は似つかわしくないのは……もう言うまい。

 

「リン、ワカモを見つけた」

『了解、こちらでも確認しました。十分に気をつけてください』

 

 単眼鏡をスズミに返し、考える。

 手を貸してくれている彼女達のタフさは知っているが、いくらなんでも多勢に無勢。ならば、その数を逆転できるくらいの策を練らねばならない。

 彼は周辺を見渡し、使えそうなものを探す。戦場では有りとあらゆるものが武器となるものだ。

 

「ふむ……」

 

 色々と、目をつける。

 大破した車、ボロボロの看板、まだ走れそうな車……

 考えて、一つの作戦を練った。

 

 

 

 

 

 

 危険を察知する。それは危険な橋を渡ってきた七囚人であるワカモだからこそ気づけたものだろう。

 狐面の下から覗く瞳に鋭さが増すと、襲撃に備えた。それと同時に発砲音が響き、スケバン達が警戒し出した。

 

 人を狙ったわけではない。誰も倒れていない。だが発砲音の火薬量からして、少なくとも.30口径以上のライフル弾であることは分かった。

 続けてまた同一の発砲音が響く。今度はその軌跡を見ることができた。

 

「看板……大胆なことをしますのね」

 

 ただ一人、ワカモが上を見上げる。

 近くのビルの看板。その真下には、スケバン達。

 弾丸は、確実に看板に狙いを定めていた。詳しく言えば、その付け根を。

 

「うわぁああ看板がぁああ!」

「逃げろ〜!」

 

 落ちてくる看板に恐れ慄いて逃げていくスケバン達。

 もちろん戦意が喪失したわけではないが、無いよりはマシの隊形が崩れてしまう。

 その直後、車のエンジン音が遠くから鳴り響いた。

 

「あいつら頭おかしいのか!」

 

 突っ込んでくる車を見てスケバンが叫ぶ。

 一台のセダン。その中には、敵である寄せ集めの生徒と運転する大人の男性。

 生徒達は通り過ぎざまにスケバン達を銃撃し、運転は人身事故でも起こしそうなくらい荒々しい。

 

「やはり連邦生徒会は来ていないみたいですね……それにしても、あそこまでして連邦生徒会が守りたい大事なものがあると聞いてしまうと……ふふ、壊さないと気がすみませんね」

 

 彼女の瞳が運転手の男性を睨む。

 

「久しぶりのお楽しみになりそうです。ふふ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「掴まってろよ」

 

 掛かったエンジンの回転数を上げながら、彼は少女達で満載の車内に警告する。

 見つけたセダンは程度が良く、鍵も付きっぱなし。しかし定員は運転席含めて5名と、今の彼らで満席だ。

 ユウカやスズミ、チナツは小柄だから良いが、ハスミは長身なだけあって後部座席に座らせるわけにもいかない。

 

「ちょっと! もっと詰めなさいよ!」

「む、無理です!」

 

 流石に小柄と言っても少女が三人、しかも武器を持っているからかキツいらしい。ちらりとバックミラーで見てみれば、やいのやいのと楽しそうだ。

 彼はハスミのライフル(インペイルメント)を見ると、彼女に合図する。

 

「ハスミ、やってくれ」

「わかりました。では……」

 

 ハスミがウィンドウを開くと、その豊満な上半身を乗り出す。そしてその長い銃身を、スケバン達のいる真上へと向けた。

 狙うのは、ビルの袖看板。あれを落として敵を分散させ、その混乱に乗じて一気に接近する。

 作戦とも言えないようなものだが、今できる最善ではあるとは思う。死地に向かわせるのは、彼女達だけではない。彼もまた、運転という形で同行する。

 

 綺麗な射撃姿勢。

 ウィンドウフレームに座り、しっかりと利き腕を車に委託する。

 引き絞る指。呼吸は止めて。

 次の瞬間、大きな音を発てて銃口から発砲炎と発砲音が響く。

 弾丸は袖看板の基部に当たる。だが、一発では不十分のようで、傾きはしたが落とすには至らない。

 

「もう一発だ!」

「はい……!」

 

 そして、再度撃ち込む。

 インペイルメントが使用する弾薬は、.30-06弾。二次大戦で主に連合国に使用されていた弾薬だ。その威力は、7.62NATO弾よりも大きい。

 大口径の弾頭は、袖看板の基部を破壊する。

 

「やるな!」

「行きましょう!」

 

 助手席に座り込んだハスミを見て、彼はギアをドライブへと入れ込んだ。

 

「行くぞ!」

 

 同時に、アクセルを思い切り踏み込む。

 キュルキュルとホイルスピンしながら、車は一瞬で高速走行へと移っていく。

 障害物は多いが、相手はまだ看板が落ちた際の混乱を脱せていないから撃ってすらこない。

 彼はハンドルを手に、全員に叫んだ。

 

「やれ!」

「狙いが付けづらいわね……!」

「拳銃じゃないだけマシじゃないですか!」

 

 ユウカの愚痴に、チナツが反論する。確かに拳銃では車内での取り回しこそ利くだろうが、安定はしないだろう。

 次の瞬間、空いた窓から後部座席の三人が発砲した。目標は、通り過ぎ様のスケバン達。

 セダンはハリネズミのように周囲へと銃弾を撒き散らす。流石に撃ち返しもされたが、猛スピードで過ぎ去る車に当てられるほどスケバンの練度は高くないようだ。

 

 このまま順調に連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)の建物へと取り付ける……と、思われた時。

 バスン、っと何かが破裂したような音が響き、ハンドルの制御が効かなくなる。

 

「パンクしたか!」

 

 それでもハンドルをコントロールし、障害物にぶち当たることだけは避ける。流石に全部が上手くいくわけではないか。

 彼はハンドルを切って、ブレーキを踏む。するとけたたましい音をあげながら車がスピンする。もちろん彼がわざとそうさせたのだ。

 

「準備しろ!」

「わわわ!」

 

 相変わらずユウカは騒がしくて飽きない。

 ドリフトしながら車を緊急停止させれば、彼は叫ぶ。

 

「行けッ!」

「っ!」

 

 彼が合図すると少女達が勢いよく車から飛び出す。

 未だにスケバン達は慌てふためいていて、こちらからすれば絶好のチャンスだった。

 ユウカのSMGが、チナツの拳銃が、スズミの突撃銃が、そしてハスミの単発式小銃が文字通り火を噴いてみせた。

 それを確認して、彼は急いで下車し、車のエンジンブロックに隠れる。

 まだまだ熱が冷めないエンジンブロックは、降り注ぐ銃弾を完全に止めてくれている。流石にミニガンで撃たれればマズイだろうが。

 

「ユウカはシールドを張れ! チナツとスズミは周りを蹴散らすんだ!」

 

 彼が指示すれば、少女達は彼の指示通りの行動をする。

 ユウカがシールドを展開、その背後にいるチナツとスズミがスケバン達を蹴散らしていく。

 ──便利なもんだな、あのシールドは。彼の脳裏にある数多の強敵達との死闘において、もしあのシールドがあればもっと楽ができただろうに。

 

「ハスミ、君は奴を!」

「対処します!」

 

 ハスミが小銃を手に渦中の人物へと突撃していく。

 ワカモ。狐の面を被る、テロリストとでもいうべき存在。とはいえ、それは元の世界の彼も似たようなものだが。世間一般では彼は伝説の傭兵かつ極悪テロリストでもあるのだから。

 

 ハスミは身を翻しながら、ワカモが放つ銃弾を回避して接近していく。そしてゼロ距離になると彼女達の小銃がぶつかり合い火花が散った。

 

「フフ、連邦生徒会の子犬達が現れたかと思えば……可愛らしいこと」

「大人しく捕まりなさい!」

 

 一回り身長の高いハスミが力で押し、けれどワカモはまるで流水のようにその力を受け流してみせる。

 バランスを崩しかけたハスミに、そのまま小銃の先端に装着してある銃剣を向け──

 

 一発の弾丸が、ワカモの銃剣を弾いてみせた。

 

「忘れてもらっちゃ困るな」

 

 聞こえるかもわからないほどの声量で軽口を叩く蛇。弾丸は、彼が手にする拳銃のものだ。

 思わぬ横槍に驚くワカモ目掛けてハスミは弾丸を撃ち込む。けれどボルトアクションの銃は連射力が高くはない。ワカモは側転をしたりバク転をしてみせたりと、アクロバティックな動きでそれらを回避しながら距離を取った。まるで忍者だ。

 

「あらあら、先生が戦うんですのね」

 

 くすりと笑うワカモ。その時、周囲のスケバン達を倒したユウカ達がハスミに合流する。

 

「もう逃げられないわよ!」

「武器を捨てて投降しなさい」

 

 ユウカとスズミが勇ましく叫び銃を向ける。四対一の絶体絶命な状況。ワカモの背後には連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)のビルがあり、最早背水の陣だ。

 しかしワカモは余裕を崩さない。

 

 何かありそうだと、彼はそっと車の物陰から出て近づいていく。

 

「私はここまで。あとは任せます……ふふ」

 

 ミステリアスに笑うと、彼女が何かを落とした。

 空き缶のようなそれは、彼も見覚えのあるもの……スモークグレネードだ。

 一瞬にして赤いスモークを巻き上げるそれは、ワカモの姿を隠すとハスミ達にも嫌がらせのように襲いかかった。どうやら催涙効果のあるもののようだ。

 

「ゲホゲホッ、逃げられちゃうじゃない!」

「一旦離れましょう……!」

 

 涙目になりながら下がる少女達。どうやらワカモとやらは逃げたようだ。

 だが、いくら練度が低いとはいえ、こうも手下を蹂躙されて追い詰められたのにも関わらず、ワカモは余裕を崩していなかった。

 何か嫌な予感がする。

 

「……待て、何か来るぞ」

 

 耳には自信があった。

 彼の耳が、何か物々しい音を拾ったのだ。

 銃声ではない。もっと低く、まるで地響きのようなそれ。

 聞き覚えが無いはずがなかった。戦場のどこにいても、それはいるのだから。

 

 アウターヘブンでも、シャドーモセスでも、そして中東でも。その音は聞こえていたものだ。

 

「マズイ! 戦車だ!」

 

 彼が叫ぶのとそれが姿を現したのは同時。

 先程の車と同じくらいに勢い良く、大通りから走りこちらを轢き潰そうとするそれは、戦車。

 クルセイダー巡航戦車。ワカモの切り札が、楯突くネズミ達を粉砕すべく登場した。

 

 




次回でプロローグ終わり予定
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