蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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赫怒 18

 

 

 

 

 

「挿管急げッ!」

「出血が止まらない! おいゲヘナ! 固まるんじゃない、手伝え!」

 

 慌ただしくアビドスの救護部が指示を飛ばす。

 運ばれて来た負傷者を見て、ゲヘナの救急医学部部長である氷室セナはあまりの惨状に言葉が出なかった。日頃、死体以外は興味が無いと言うゲヘナ生らしい彼女でさえも、それを人間と呼ぶことを憚られる。

 見たことないほど全身血まみれ、無数の破片が突き刺さり、頭には焼け焦げた何かが刺さっている。おまけに皮膚の火傷も酷い。

 だが、心電図を見ればまだ生きている。生きているならば、治療しなければならない。

 

「血圧低下!」

「どいてください、私が治療します!」

 

 セナがアビドス生徒達を押し退けて適切な処置を行おうとする。彼女達の練度はそれなりに高いが、どうしても冷静さに欠けていた。

 刹那、心電図の音が連続する。心停止が起きてしまった。つまり目の前にいるのは、もう殆ど死体に他ならない。セナは一瞬、見たことのない死に震える。

 

「電気ショック! 急いで!」

 

 だが、突然手術室にやって来た人物の一言で我に返る。聞き知った少女の声だった。セナは装置を取り出し、急いで死にかけている男の胸に当てる。

 

「3、2、1!」

 

 セナの掛け声で高圧の電流が男の身体を流れる。だがまだ心停止は続いていた。

 

「私がやるわ! どきなさい!」

 

 救急医学部の少女がアビドス生達を押し退けると、心臓マッサージを施す。お手本のような処置だった。

 数十回心臓マッサージをすると、すぐにセナに電気ショックを指示する。そしてまた、男の胸へと電流を流す。

 断続した電子音が、ようやく響いた。セナはその事に安堵するも、仲間の少女はすぐに意識を切り替える。

 

「セナ、セナ! 部長は貴女よ!」

「! ……はい、分かっています。治療を実施します! 手伝える者は私の指揮下に!」

「そうよ、それでいいわ」

 

 まるで母親のような口煩さだが、こういう時は救われる。

 その後、治療、即ち手術は数時間にも及んだ。アビドスの救護部曰く、何度も死亡のリスクがあったと言うことが、記録には記されている。殆どの破片は取り除かれ、手術は成功。

 だが結局は、その頭の破片は摘出は困難であった。

 

 ──万魔殿の記録より。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ。

 ──フリードリヒ・ニーチェ

 

 

 

 

 Episode 18

 燃える白鯨:赫怒

 MOBY-DICK:WRATH

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラジオから世界を売った男が流れている。

 

 眩しい陽の光が瞼を焼いてその下の眼球に突き刺さったような気がした。

 意識がはっきりとしない。自分が今まで何をしていたのかも、よく分かっていない。まるで記憶に靄がかかっているかのようだ。

 

 しばらくぼぅっとしていると、誰かがやって来たようだった。ナース服のような、それでいて制服のような格好。肩にはゲヘナの学生証を胸元に下げていた。

 

 ゲヘナ。思い出してきた。そうだ、自分はあのカイザーの基地で。そうだホシノ、ホシノはどうなったんだ。

 ナースの学生に対し、声をかけようとするも上手く出ない。これじゃまるで、キプロスの時のようだ。

 

「う……うぅん……」

 

 辛うじて出た声が、まるで唸り声だ。寝かされているということは、つまりゲヘナの病院か。自分は助け出されたようだ。手術後というのは、体力を消耗するものだ。

 

 ふと、ナースがこちらの呻き声に気がついたようでこちらに寄ってくる。茶髪の、ボブカットで可愛らしい生徒だった。

 彼女は自分を見ると首を傾げている。まだ目覚めたと思っていないのかもしれない。

 だから、もう一度声を出した。俺は起きている、ホシノはどうなったと。けれど、出るのは呻き声だけだ。

 そこでようやく、少女は自分の覚醒に気がついたようで、心底驚いてみせた。彼女はそのままラジオを倒して走り去っていく。誰かを呼んだようだ。

 

 この日、アビドスに一通のメールが届く。

 内容は、Vが目覚めた。鬼が、本当の意味で目覚めたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数日前、ゲヘナ救急医学部保健室。

 スネークは花束片手に一人、ここに訪れていた。

 校舎の入り口で手続きを済ませ、たまたま会ったイオリに罵倒されながらもそれをスルーして保健室まで足を運ぶ。

 彼が聞かされているのは、エイハブが一命を取り留めたこと。しかし頭に刺さった破片のせいで、未だ昏睡状態にあること。そして目覚めても、破片のせいで後遺症が残るであろうことだった。

 ホシノには、ありのままを伝えるしかなかった。それ以来、彼女は自宅に篭り出てこないらしい。食事は対策委員会の面々が届けているそうだが、あまり食べていないらしい。

 無理もない。思いを寄せている自分の英雄が、こんな事になってしまっているのだから。しかも彼女は、エイハブの負傷の責任は自分にあると思っている。一人の少女が背負うには、あまりに大き過ぎる。

 

『お前が背負うことでもない』

「……マスター」

 

 一時的にシッテムの箱に住み着いているマスターミラーが、スネークの事を察したように言う。

 

『ボスはあの時、ようやく救われたんだ。お前は知らないかもしれないが、昔救えなかった命を、今度は救うことができた。誰かが責められることじゃない』

「……そうだな」

 

 少しは気が楽にはなる。

 そうしてスネークが、エイハブのいる保健室手前まで辿り着けば。

 

「あら、面会の方で……」

 

 救急医学部の生徒が部屋から出てきた。

 茶髪ボブの子だった。彼女はスネークを見上げた瞬間、驚いたように固まってしまった。

 きっと、初めての人間の男性を目の前にしたからだろう。こういうことはキヴォトスでは良くあることだった。

 

「悪いな驚かせて。面会のデイヴィッドだ、通してくれるか?」

 

 そう尋ねると、少女はすぐに我に返る。

 

「え、ええ……こちらに。あ、あの!」

 

 横に移動した少女が、扉に手を掛けるスネークを呼び止める。

 

「なんだ?」

「えっと……なんでも、ないです」

 

 それだけ言うと少女はそそくさと去って行く。一体何だったんだろうか。

 

『おいおいスネーク。今から見舞いだというのに、口説いてるのか? オタコン、お前の相棒だろう。しっかり手綱を握ってやれ』

『あ、あはは……えっと、マスターミラー? 貴方も人のことは言えないと思うよ』

 

 相変わらず元気な人だ、とスネークは笑う。アクシデントはあったが、少しは気が晴れた。

 そうして扉を開けると、エイハブが寝ているベッドに近寄る。布団を被せられ、顔には包帯が巻かれている。

 何よりも、頭からは角のように破片が突き出ている。

 

「エイハブ……」

 

 花束をテーブルに置き、ベッド横の椅子に座るとiDROIDを取り出す。それを、ベッドのヘッドロッカーの上に置く。

 彼に対して、思う所はある。だがエイハブは身を挺して自分の大切な生徒を救った。その気持ちだけは本物なのだと感じる。

 

「ホシノが待ってる。早く目覚めることだ」

 

 エイハブは何も言わない。

 代わりに、いつの間にか扉のそばにいた先程の少女が声をかけた。

 

「あの、ス……先生」

「君はさっきの。どうした?」

「いえ、その……報告することが、ありまして」

 

 恥ずかしがり屋なのか、少女は何やら落ち着かなそうにスネークに色々とエイハブの現状を伝える。そのほとんどは、事前に聞いていた通りだった。

 だが、最後の最後に伝えられた事象でスネークは耳を疑う。

 

「一つ、伝えることがあります。エイハブ先生の顔についてです」

「顔?」

 

 少女は頷く。

 

「搬送時、エイハブ先生は全身に大火傷を負っていました。それは顔面部も例外ではありません」

「ああ。俺も見ていた」

「ですが、先生の火傷はほとんどがもう完治しています。多少は破片の傷や縫合痕も含めて残りますが、そのほとんどは気にならないでしょう」

 

 真剣な顔だった。先程までの恥ずかしがり屋な少女はどこへ行ったのか。専門的なワードも含め、まさにプロだ。

 

「先生は、治療用のナノマシンについてはご存知で?」

「ああ。前にエイハブが負傷した時に使っていたのを。それがどうした?」

「今回救急医学部で使用したのは、極めて再現性の高い強力なナノマシンです。つまり、使用すると傷を含めて使用者を元通りにする、そんなものです。もちろんそのためには、外科的な手術も必要ですから、それは私達がアビドスの生徒と協力して実施致しました」

「何が言いたい?」

 

 焦らないで、と少女はスネークを制する。

 

「私が聞きたいのは、エイハブ先生は過去に……整形手術などの経験はおありでしょうか?」

 

 そんなこと、知る由もない。少女を待たせ、マスターミラーのホログラムを表示する。どうやら彼も話を聞いていたようで、何かを察したようだった。

 顔が、青ざめている。

 

『……まさか』

「見せていただいた写真と、その……エイハブ先生の今のお顔は、あまりにも別人なのです」

 

 そう言うと、少女はエイハブの顔面の包帯を取り外す。

 今度こそ、カズヒラは絶句した。

 彼だけではない。スネークも、そしてオタコンも。その場にいた男性は、エイハブの顔を見て絶句する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お話があります。どうか、落ち着いて聞いてください」

 

 覚醒から数時間。

 茶髪の少女が、あのミネとかいう少女を引き連れてやってきた。その言葉に、どこか既視感を覚える。まるであの病室でのやり取りだ。

 

 エイハブは力強く頷く。意外にも、身体に力が漲っている。あの時のように筋力は弱まっていないから、日にちもあまり経っていないのだろう。それにいつもの義手もある。錯乱し、狼狽えることはないだろう。

 

「貴方は数日、昏睡(コーマ)状態でした。その期間は九日……筋力の低下も見られません」

 

 何の因果だろう。今度は九日か。九年眠るよりはマシだが。

 

「もう声も出せますね?」

「ああ、さっきまでは出し辛かったが」

「それは結構。回復は順調なようです」

 

 少女はそう言うと、ミネに指示を出す。すると部屋に置かれたシャウカステン(レントゲン写真を見る際に貼る蛍光灯)にレントゲン写真を貼り付ける。

 エイハブは顔を顰めた。無数の破片と、そして頭に突き刺さっている破片が痛々しい。思わず自分の頭を触る。偶然が重なり過ぎている。

 

「貴方は先日の戦闘においてアビドスの少女を庇い、負傷した。幸いにも死には至りませんでしたが、貴方はこうして昏睡し、身体には無数の破片が突き刺さり、重度の火傷を負ってしまった。ここまではいいですね?」

「……ああ。ホシノは、無事か」

 

 少女は優しい笑顔で頷く。それを見て、少しはホッとした。

 

「手術により、その殆どの破片は摘出しました。しかし頭部と、そして心臓の破片については現状不可能です。これを無理に抜いてしまえば……」

「出血で死ぬ。そうだな?」

「その通りです。頭の破片を抜くと脳内出血によって、心臓の破片を抜けば心臓の大量出血によって死に至るでしょう。ですが安心してください、どちらもすぐに影響があるようなものではありません。後遺症は……残ります」

 

 少女が頭部のレントゲン写真を指差す。大脳新皮質にまで達するその破片は、まるで鬼だ。

 

「幻覚か」

「その通りです。あるはずのないものが見えたり、色覚に影響が出るかもしれません」

 

 少女が背中を向ける。そして意を決したように、振り返る。

 

「エイハブ先生。もう一つ、お伝えすることがあります」

 

 どこか緊張した面持ちで言う少女。

 

「貴方の、顔についてです」

「顔?」

 

 少女は鏡を机から取り出す。表面は見えない。

 

「貴方は、きっとそれを望んだから。だから……エイハブ先生。いえ……貴方はBIGBOSSとして。受け入れなければならない」

「君は?」

 

 自分のもう一つの名を知っている少女に、疑問が出る。もしかすると、ビナーを倒した後のやり取りを聞かれていたのかもしれない。あるいは伝わったのか。

 

 少女は、鏡をエイハブに向ける。

 きらり、と光が反射してエイハブの目を刺激した。光が眩しい。

 だが次の瞬間には、少女が言っていたことを理解してしまった。鏡に映る自分を見て。

 

 それは、BIGBOSSの幻影(ファントム)。傷も、顔も、その破片も。あの時(1984年)のまま。

 彼は遂に、キヴォトスにおいて目覚めた。エイハブ先生ではなく。BIGBOSSとして、パニッシュド・ヴェノム・スネークとして。

 鬼として。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベッドの上で寝そべりながら左手の義手を、天井に翳す。

 ひらひらと白い花弁が舞っていた。それを掴もうとして、けれど掴めない。考えることが多過ぎた。

 自分は、結局鬼を捨て去ることはできないのだろう。ホシノにあれだけ語っておいて、結局戦うことしか知らない自分では。それが少し、悔しくもあり。けれど生涯を賭した使命が、死してなおくっ付いて来たことが嬉しくもあった。

 この姿は、この鬼は。大切な仲間たち(ダイアモンド・ドッグズ)の道標だ。彼らの苗床なのだ。

 

 これで、良かったのかもしれない。自分が目覚めたことは既にアビドスに知られているだろう。自分ができることは、彼女達が来る前にここから去ることだ。

 この鬼を、ホシノに見せるわけにはいかなかった。

 

 

 

 

 不意に、誰かが部屋にやって来る。またさっきの少女だろうか。だがあまり興味は持てず、エイハブは……ヴェノム・スネークは、ただ天井を見上げるだけだ。

 足音がベッドの横で止まる。ただ、止まるだけだ。

 

「エイハブ」

 

 その声に、ゾワっと。背筋が騒ついた。

 デイヴィッドによく似ている。けれど、明確に違う。言葉に持つ力が、圧倒的に違う。

 久しぶりに感じるこのカリスマに、ヴェノム・スネークは驚いて。その人物を眺める。

 

 

 待ち続けていた。焦がれていた。

 あの姿が。目の前に、いる。

 

「イシュメール……?」

 

 その姿は、幾分か若く見える彼の()。本物のBIGBOSSだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゲヘナ校舎、屋上。

 目覚めてから初めて、ヴェノム・スネークは外の空気を浴びる。あれだけ眩しかった太陽も、今では何ともない。

 久しぶりの眼帯の感覚を懐かしむように、彼は半分だけの視界で見渡せる光景を眺める。迷彩服の腕を捲ると、気持ちの良い風が袖を通り抜けた。

 

「悪いな、ここくらいしか盗聴を回避できる場所がない」

 

 彼の前を歩いていたBIGBOSSが言いながら、葉巻入れを取り出す。

 

こいつ(葉巻)を吸えるのもここだけだ」

 

 ニヤリと笑みを浮かべながら、BIGBOSSは葉巻入れから二本モノを取り出し、一本をヴェノム・スネークに手渡した。

 そしてシガーカッターで吸い口と頭を切ると、ガスライターで火をつける。二人して、その豊満な香りを愉しむ。

 

JOYA DE NICARAGUA(ホヤ・デ・ニカラグア)……」

「懐かしいだろう。たまには偽物(幻影)以外も吸った方が良い。お前のためにわざわざ買ってきた」

 

 そう言って葉巻を吸う姿は、記憶の中の彼と何も変わらなかった。複雑な気持ちだ。嬉しいことは嬉しい。彼とこうして対面で会うなんて、あの病院以来なのだから。

 けれど、自分は未だ彼の幻影なのだ。最期にはザ・ボスの意志に辿り着いた彼には、そんな幻影は不要だろう。

 

「難しい事を考えてるな、エイハブ」

「分かるのか」

「長い付き合いだ、友よ。……懐かしいな。昔はこうして、マザーベースで吸ったもんだ」

 

 懐かしい。懐かしすぎる。

 今でも思い出す、あの喧騒を。

 海鳥が飛び、波の音が鉄筋を伝わり、パスが笑い、セシールが騒ぎ、アマンダが怒鳴り、チコが興奮し。

 

 俺達は人を殺して得た金で、大切な思い出を築いていた。全てが歪で美しかった。

 

「……ボス。あんたに、ずっと謝りたかった」

「爆弾のことか」

 

 ああ、とヴェノム・スネークが頷く。

 BIGBOSSはただ、煙を吐き出す。

 

「気にするな……とは言えない。あれのせいで、お前の人生まで歪めてしまった」

 

 慰めて欲しいわけではなかった。むしろ、責められるべきだ。自分はBIGBOSSの人生の9年間を奪ったのだから。

 

「むしろ……俺の方が謝らなくちゃならん。お前に、背負わせ過ぎた。俺の意志を。理想を。……お前は、役目を見事に全うした」

「完遂できなかったさ。あんたの……ソリッド・スネークに止められた。高い授業料を払ったよ」

 

 お互い様だ、とBIGBOSSは笑う。

 

「これからどうする」

 

 そう問うBIGBOSSに、ヴェノム・スネークは渋い顔をする。

 

「またノーマッドになるさ。あんたと出会った時のように」

「そうか。……近々、お前の手を借りるかもしれん」

「例の条約って奴か」

 

 BIGBOSSは頷かず、ただ地平線を見続ける。その目は、未来を見ているのだろうか。

 

「俺は戦うことしか知らない。お前も、BIGBOSSならそうだろう」

 

 ああ、と頷く。それこそ、戦士達の楽園を目指した理由でもある。

 

「だからこそ、俺は未来のために銃を取る。お前や……スネークのように」

「……ボス」

 

 フッと、BIGBOSSは笑った。そして葉巻を携帯灰皿に収納すると、ヴェノム・スネークの肩を叩く。

 

「ありがとう友よ。お前は確かにBIGBOSSだ」

「……光栄です、ボス」

 

 また会おう、それだけ告げるとBIGBOSSは去って行く。そう、また会うことになる。自分達は生きていて、やることがあるのだから。

 戦う理由があるのだから。敵になるかもしれない。けれどそれは、悲劇ではない。戦士の運命なのだ。

 

 ヴェノム・スネークはもう一人の自分を見送った後、iDROIDを取り出す。

 

「カズ、すまんな」

『……いいのさ。いつか俺から直々に、奴に謝らせてやるよ』

 

 カズヒラは、全てを聞いていた。けれど再会に水をさすほど無粋ではない。お互いに、どこか憑き物が取れたようだった。

 

『ボス、それよりも。ホシノ達がもうすぐ到着する。あんたの覚醒を聞いて興奮した様子だったぞ』

「そりゃあ……まずいな。今会ったら二度と離してくれなさそうだ」

 

 苦笑いしてそう言うと、ヴェノム・スネークはその場を後にする。葉巻の火種をしっかりと消し、持っていた携帯灰皿に入れて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先生がいなくなった!? どういうことですか!」

 

 アヤネちゃんが救急医学部の生徒に怒鳴る。それは私達がゲヘナに到着してすぐの事だった。

 エイハブ先生の意識が戻ったと連絡が来て、私は急いでアビドス高校へ向かい。そこからACC(空中司令室)ヘリに乗ってゲヘナの校舎へ。

 居ても立っても居られないとは、この事だったと思う。先生を守れなかった、或いは傷付けた私は、あれ以来ずっと失意に沈んでいたのだ。

 

「詳細は分かりません。ですが、ほんの一時間前までは確かにここに……」

「ふざけんじゃないわよ! 先生に何かあったらどうするつもりなの!? あんた達責任取れるわけ!?」

 

 セリカちゃんが明確に怒りを見せて生徒に怒鳴った。怒鳴られた生徒は頭を下げながら必死にセリカに謝っている。

 違う。私達は、怒鳴りに来たんじゃない。エイハブ先生に会いに来ただけなんだ。あの人が、また笑って、葉巻を吸う姿を見に来ただけなんだ。

 

「みんな、もう良いよ」

 

 務めて、いつも通りの笑顔を作って。私は怒鳴る二人の肩を掴む。

 

「ホシノ先輩!? 良いわけないじゃない! だって先生は」

「良いんだよ。ね? 怒ったらかわいい顔が台無しだよ、セリカちゃん」

「あ……」

 

 セリカちゃんの瞳を見つめた。気付かない内に、威圧してしまっていたかもしれない。私の言葉にセリカちゃんは黙ってくれた。アヤネちゃんも同様だった。

 私は振り返り、歩き出す。今は一人になりたかった。きっとみんなと居たら、当たってしまうかもしれない。

 

「ホシノ先輩、どこに?」

 

 シロコちゃんが尋ねると、私は振り返らずに答える。

 

「ちょっとゲヘナ観光にね〜、せっかく来たんだし。みんなは先に帰っててよ」

「ホシノ先輩……」

 

 ノノミちゃんの心配するような声が聞こえたが、私は歩き続けた。泣き出してしまいそうな気持ちを、ぐっと抑えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 校舎の外に出た私は、空を見上げる。

 予想は正直、していた。先生は目覚めたらすぐに旅立つのだろうと。私達に会ってしまえば、それが枷になる。先生も私達も、お互いに離れることを躊躇してしまう。

 

 けれどせめて、一言だけでも話がしたかった。ありがとうと。或いは、ごめんねと。

 

「会いたい?」

「うん……え?」

 

 突然、誰かから声をかけられる。目の前だった。いつの間に、誰かが目の前にいたのだ。

 ゲヘナの制服を着崩して露出が高く、茶髪をポニーテールにしている少女。その肩には、狙撃銃……彼女は、この前の戦いで手を貸してくれた子だ。確か、クワイエットと、先生に呼ばれていた。

 

「クワイエットちゃん……だっけ?」

「ボスに会いたいの?」

 

 こっちの言葉は聞いていないと言わんばかりに、クワイエットは尋ねてくる。

 そんなの、言うまでもない。

 

「……会いたいよ。でも、今会っちゃったらきっと、離れられなくなる」

「聞いてない。会いたいか聞いた。そう、会いたいのね」

 

 ぐいっと、クワイエットが私の事を抱き抱える。突然のことに驚いてしまった。

 

「ちょ、ちょっと!? クワイエットちゃん!?」

 

 けどクワイエットちゃんは何も言わず、そのまま跳躍する。いくらキヴォトスの人間とはいえ、ここまでの跳躍力は珍しい。まるで空を飛んでいるようだった。

 何度も跳躍し、ゲヘナ学園の敷地を外れる。そして私は見た。誰もいない荒野のような場所に。

 望んでいた先生が、歩いている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴェノム・スネークはただ、あてもなく歩いていた。

 そりゃそうだ、ああは言ったが今の彼は本当の意味で流浪の民(ノーマッド)だ。家もなければ職もない。だがそれも良い。なんだか昔に戻ったような気分だった。

 

『これからどうするんだ、ボス?』

 

 カズの質問に、ヴェノム・スネークは、ん? と声をあげる。ファントムシガーを取り出して、徐に咥えるとニコチンを摂取した。

 

「そうだな。また一からMSFを作るのも悪くないかもな」

『おいボス……』

「冗談だ。だが……うん、アルの面倒でも見てみるのも悪くないかもな」

『便利屋か。確かに、アビドスと違って彼女達とはビジネス面で関係を築いてるからな』

「それかブラックマーケットにでも行くか。俺とお前なら、てっぺんも狙えるんじゃないか?」

『ハハハ、そいつはいい! 現代のアル・カポネにでもなるか?』

「いやぁ、俺はそんなタマじゃないさ」

 

 二人で懐かしむように話しながら、ただ歩いていく。

 その時だった。

 

 いきなり空から少女が降って来る。驚いて拳銃に手を伸ばしそうになるが、あまりにも見知ったその動きにすぐに理解が追いついた。クワイエットがやって来たのだ。

 背中を向けるクワイエットに、ヴェノム・スネークは声をかける。

 

「クワイエット。どうした、急に……」

「その声……やっぱり、先生なんだね」

 

 不意に。クワイエットが何かを腕から下ろした。

 今会ってはいけないと思っていた人物。小鳥遊ホシノだ。彼女はまるで、小動物のような瞳でヴェノム・スネークを見つめる。思わず唸ってしまった。まさかクワイエットがこんなことをしてくるとは。

 

「……人違いだ。俺は、スネークだ」

「知ってるよ、スネーク……ヴェノム、スネーク。顔、変わったんだね」

 

 今の自分は、彼女の知るエイハブとは似ても似つかないだろうに。だが声が特徴的過ぎたし、何より左腕は彼を象徴する義手だ。

 

『ボス。腹を括れ。少しだけ、ホシノと話してやるんだ』

 

 どうやら副司令は味方をしてくれないらしい。参ったな、とは思いながらも、ヴェノム・スネークは彼女と話すことにする。

 

「……ホシノ」

「先生……先生!」

 

 ぎゅっと、ホシノが抱き着いてくる。まるでこの前のように。

 こうなってしまうから、会うべきではなかった。円満に別れることなんて、もうできやしない。こうして離れることでしか、自分やホシノは、お互いから離れることができないのだから。けれど、今だけは。彼の右手がホシノの頭を撫でる。

 クワイエットを見ると、彼女はただ頷いた。そして、いつものように透明になるとどこかに飛んで行く。今だけは二人きりにしてくれるのだろう。

 

「謝りたかった、先生。ごめん、ごめんね、こんなに傷だらけにしちゃって……私の罪を背負わせて……!」

「ホシノ。俺は、自分で戦う理由を決めた。だからこの傷はお前のせいじゃない。俺が決めたことだ」

「それでも……先生に謝って、ありがとうって、伝えたかった」

 

 涙する少女に、鬼となったはずの男は弱い。

 ヴェノム・スネークは彼女を一旦引き離し、しゃがんで視線を合わせる。

 

「ホシノ、俺からも言わなくちゃいけないことがある」

 

 眼帯に覆われていないヘーゼルの瞳が彼女を見詰める。

 

「俺はお前に、救われたんだ。昔救えなかった幻肢痛を、今度こそ払うことができた。だから、俺はお前に伝えなくちゃならない。ありがとう、ホシノ」

「先生……」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でると、ヴェノム・スネークは立ち上がる。そしてポーチから一つのカセットテープを取り出すと、それをホシノに手渡した。ラベルに書かれているのは、世界を売った男の幻影。

 そこで、ホシノはエイハブの、ヴェノム・スネークの真意を悟った。彼はまた、BIGBOSSへと戻るのだと。

 

「俺たちは、またいつでも会える。あの砂漠で。だからその時まで、お前があそこを守ってくれ。待っていてくれ」

「うん……わかったよ、先生」

 

 パンっと、ホシノの背中を叩くと。毒蛇は、また歩き出す。

 

「また会おう、ホシノ」

 

 空に上げた赤い義手を振りながら。

 

「うん、また。先生」

 

 ホシノはただ、彼の背中を、見えなくなるまで見詰めた。一つの思いを胸に抱いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ暗な部屋の中で、カセットテープを回す。イヤホンからは病室の無機質な静寂が流れていた。

 少しして、息を吐き出すような声が耳に響く。エイハブ先生が葉巻を吸っている音だ。

 

『ホシノ』

 

 先生の声が流れ出す。自分に向けたメッセージ。

 

『俺は昔、救うことができなかった。一人の少女を、目の前で殺してしまった』

 

 深い後悔、そして幻肢痛。楽しい話ではない。

 

『ずっと昔に負った幻肢痛が、今でも身体を這いずりまわる。まるで蛇のように』

 

 葉巻を吸う音。思い出すように、じっくりと先生は語る。

 

『世界を敵に回し、デイヴィッドに倒され、そこでようやく、俺たちがしなければならない事を気付かされた。けれどそれをするにはもう遅くて、俺たちは何も残せなかった』

 

 アウターヘブンの話。先生の、元の世界での話。

 

『ここに来て、俺はお前達と出会った。あの頃のように、必死に生きようとしているお前達を見て、俺は何かを感じたんだ』

 

 足音がする。先生のものだろう。それが止まるとまた、先生は語る。

 

『少しでもお前達の力になれるならと、俺とカズは……きっと、間違いを犯した。俺たちのやり方は、語り継いではいけないものだ。お前達に、負のバトンを手渡してしまった。だが、きっと賢いお前やシロコはそのことを分かっているだろう』

 

 先生が離れた理由だった。

 

『俺はアビドスを去る。これからは、お前達だけになってしまう。だから、お前達に忘れて欲しくないことがある』

 

 煙を吐き出す音。先生は、深呼吸するようにまた煙を吸う。

 

『いつか自分の中の鬼を捨てて、今日より良い明日を、アビドスを、お前に作ってほしい。いつか銃が、俺たちのような存在がいらなくなる、その時まで』

 

 私は、心にあることを決める。

 

 テープが切れると、私は立ち上がる。もう朝だ。学校へ行かなければならない。

 身支度をし、ショットガン(Eye of horus)と盾を取る。そして玄関へと行こうとして、足を止めた。

 鏡を、見たくなった。

 

 洗面台に行き、大きな鏡を前にして自分を眺める。

 

 小鳥遊ホシノ。

 お前は、今度こそ守らなければならない。

 力をつけ、先輩や先生達の理想を成就するために、今度こそアビドスを守り抜くのだ。

 

 だから、今から自分は鬼となる。最後の鬼となる。それが例え、先生の意に反していたとしても。

 

 鏡を叩き割る。

 拳は強く、傷も付かない。

 まるで今までの自分と訣別するように、私は鏡に映る自分を叩き割った。

 そしてヘアゴムを手にすると、無造作に伸びた長髪を一つに束ね、クローゼットからプレートキャリアを胸部に装着する。昔使っていたものではない。これは、今の自分の能力を最大限発揮できるように特注したものだった。

 

 鏡の中の私が、まるで闇の中に消えて行くようにフェードアウトする。ただ玄関に向かうだけなのに。まるで、地獄へと向かうように。

 私は鬼となる。いつか世界を敵に回すとしても。それで目的が達成できるのならば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アビドスの校庭に全校生徒が集まる。皆、整列し何かを待っているようだった。

 あまりにも規律正しく揃った列は、およそ数週間までゴロつきだったとは思えない。アビドスの各部活ごとに並び、その先頭には改編と共に中隊長として君臨することになった少女達が並んでいる。

 機動戦闘部の先頭にはキョウコ、装甲歩兵部の先頭にはミナミが、といった具合に。

 

『副会長臨場、部隊気をつけ』

 

 アヤネの一言で、全部活動が気をつけの姿勢を取る。

 するとすぐに、様子の変わったホシノが台上にやって来た。髪型も、服装も、雰囲気も。まるで違っていた。

 だが彼女はいつものようにへにゃっと笑うと、

 

「アヤネちゃんやめてよ〜、みんなももっとリラックスしていいからさぁ〜。おじさん緊張しちゃうよ〜」

 

 そこだけはいつも通りだった。皆が覚えた違和感は、気のせいだったのだろうか。

 ホシノは台上のマイクに口を近付けると、あーあー、と、マイクテストをしてから咳払いする。

 

『みんな、集まってくれてありがとね』

 

 にっこりと笑うと、ホシノは目を開く。笑っているのに、その顔はちっとも笑っていない。

 

『少し話さないといけないと思って。みんなに聞いて欲しいんだ。今後の私たちについて』

 

 少し列中がざわつく。今までホシノがそんなことを言ったことはなかった。そういうのは、アヤネや今はいないカズヒラの仕事だからだ。

 

『私達は今後、キヴォトスを敵に回すことになるかもしれない。世界を敵に回すかもしれない』

 

 その言葉に、新たな動乱を予想する。

 

『でも、私達はもっともっと、強くなる。ゲヘナもトリニティも、連邦生徒会すらも超えて。私達は、キヴォトスで一番強くなる。そうして、私達は私達の未来を創造する』

 

 強くなる、その一言に皆が盛り上がる。セリカの静かにしなさいという注意でようやく収まれば、ホシノはちょっと笑った後に言う。

 

『しばらくはまた、半分に減った借金の返済にひーひー言うかもしれないけど、そこは勘弁してね。でも、約束する。私はみんなを見捨てない。先生達が見捨てなかったように、私は、アビドスはみんなを見捨てない』

 

 新入生達は皆、世界から見捨てられた少女達。その少女達が、ホシノの言葉に震える。涙が出る。彼女達はホシノに心酔していた。

 

『ここは天国でもない、地獄でもない。その外側にある、私達だけの場所』

 

 それが、私達の。

 

『アウターヘブン』

 

 この演説の後、アビドスはゲヘナ、トリニティに次ぐ強大な軍事力を持つ自治区として認知されるようになる。

 新進気鋭の、しかし新たな脅威として連邦生徒会とヴァルキューレ警察学校はアビドスを密かにマークするが、その類稀なる軍事力と技術力、そして統率力に有効な手を出すことができないとの事だった。

 スネークとオタコンは、複雑な感情を抱きながらその光景をモニターで見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「クワイエット、お前ゲヘナに戻らないのか?」

 

 隣を歩く狙撃手の少女に尋ねる。

 

「単位は取れてる。問題ない」

「そうは言うがな、お前学生だろう。折角の新しい青春なんだ、それらしくだなぁ……」

 

 そう言うと少女はムッとしながらヴェノム・スネークを睨む。そんな顔もできるのかと、彼は驚いた。マザーベースじゃ何を考えているのか分からなかったから。

 

「ボスは……私と一緒じゃ、いや?」

「いやってお前……」

『ボス……あんたも大概だなぁ』

 

 やれやれとカズヒラが言うと、ファントムシガーの煙が空を舞った。

 

 

 




https://x.com/master_miller/status/1868600829764358287?s=46&t=sHbCyXdYOwl5KD9GoLA79Q

エンディングとなります。一部サルベージが失敗してヘイロー消失バグ起きてますが見なかったことにしてください。
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