蛇だった者たちへ。   作:Ciels

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大変お待たせしました。


補習 3

 

 

 まるで夢のような場所だな、とスネークは内心皮肉る。それほどまでにこの合宿場というのは放置されっぱなしだった。

 元々は、本来の意味でしっかりと合宿のために使われていたのだろう。けれどデータ配信による授業が通例となったこの世界で、わざわざ場所を設けてまで合宿する意味はない。この合宿場は単に、土地と財を持て余したトリニティが放置しているに過ぎなかった。

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)という不安分子である自分と、テロリストかもしれない人員を追いやるには都合が良い場所だ。

 

 補習授業部の面々がこの場所の感想を言う中、アズサの姿が見えないことをヒフミが気にしているが、すぐに当の本人が涼しい顔でやって来る。

 

「偵察完了だ」

「て、偵察?」

 

 アズサは自信たっぷりの様子で頷いた。

 

「トリニティの本校舎からかなり離れているし、流石に狙撃の心配はなさそう。外への入り口が二つだけという所も気にいった。いざという時は片方の入り口を塞いで襲撃者達を一階の体育館に誘導した上での殲滅戦が有効になるかな。まぁ他にセキュリティ上の脆弱性も確認できたけど、改修すれば問題ない範囲だ」

 

 どうやら施設の偵察をしていたようだ。考え方がゲリラ戦過ぎる。一体誰と戦うと言うのか。スネークは少し呆れ、けれどこの短時間でそこまで見積もれたアズサに称賛を贈りたくなった。とは言え、問題点も多いのだが。

 

「屋上からのリペリングにはどう対処する。それに君がやろうとしているのはある種籠城戦だ。戦力は五人、君たちはともかく、俺は華奢だぞ。数十分保てば良い方だ」

「周辺の針葉樹林が高いからヘリのランディングエリアには限りがある。指向性のある爆薬を仕掛けておけば十分に対処は可能だ。それに、籠城じゃない。誘い込んで敵を殲滅する。いくら数がいようと、閉所場所に入り込めるのには限りがある」

 

 これにはスネークも黙らざるを得なかった。まさかこのキヴォトスで、自分の専門的分野で言い返される時が来るとは。

 

「あ、あはは……あ、あのアズサちゃん? 私たちはここに戦いにきたのではなく、勉強をしにきたんですよ……?」

 

 まともなのはヒフミだけだ。いや、あのペロログッズのためならブラックマーケットに足を踏み入れる人間がまともなのかは疑問が残るが。

 

「きちんと準備もしてきた。各種着替え、水筒、歯ブラシ、石鹸、毛布……徹底した準備こそ成功への糸口だからな」

「ふふ、流石ですね、アズサさん」

 

 多少のズレはあれども、アズサも色々と準備して合宿に臨む気概があるようだ。

 

「うふふ。みんなで一緒に食欲を満たし、睡眠欲を満たし、そしてみんなが欲する目標へと向かって脇目もふらず手を動かす……良いですね、合宿」

 

 そう言うハナコの表情は、どこか心の底から楽しんでいるような気がした。普段の卑猥な物言いをする痴女のナリは潜んでいる。と言うよりも、多分こっちが本来のハナコなのだろう。

 どうしてあんな、淫らな装いをするのかはわからない。けれどスネークは、今のハナコを見て少しだけ彼女に対する評価を改めたのだ。

 

「……うん、そうだね」

 

 そしてアズサも、年相応の朗らかさを見せる。このぐらいの年の子は、笑っていた方が良い。

 

 

 

 

 

 合宿初日は、まぁ勉強とは程遠い状態だった。

 というのも、この合宿場は長い間使われておらず、まずは清掃から入ろうと言ったのはハナコの談。

 この広い施設を清掃するのは骨が折れたが、一週間もここで生活をするのだ。衛生環境は大切だ。これが兵士相手ならば多少汚れていても屋根があるだけマシということで問題ないが、彼女達は大切な生徒達だ。見つけたプールを清掃したは良いものの、水が中々貯まらず入れなかったのは残念だが、それはそれ。

 補習授業部とスネークのおかげで、この施設は十分に綺麗な環境となったのだ。

 

「綺麗……」

 

 コハルが瞳を輝かせながらそう呟く。

 プールの水面が施設の明かりに照らされるそれは、確かにどこか神秘的な雰囲気を醸している。

 

「そうですね……真夜中のプールなんて、なかなか見られない景色で……」

 

 ヒフミも頷いて水面を見ている。すると、コハルは少し眠たそうに目を擦っていた。流石に疲れたのだろう。今日一日、ずっと掃除をして動き回っていたのだから。スネークも、若返ったとはいえ腰に来ていた。

 

「あらコハルちゃん、おねむですか?」

「そ、そんなことないもん……でもちょっと、つかれた……」

 

 そんな言葉を皮切りに、彼女達は寝室へと戻ることにする。明日から本格的に始まる勉強会。それに備えて、少し早いが今日はもう寝ようということだった。

 綺麗になった寝室に戻り、補習授業部の面々と別れるとスネークは与えられた自室で考える。

 

『ナギサからの妨害はまだなさそうだ。アロナとドローンで周辺を調査したけど、兆候はない』

「そうか……だが疑心暗鬼になっている彼女のことだ。いつ何をしてきてもおかしくない」

 

 持ってきたビール片手に、ホログラムのオタコンを相手に話す。

 

『ねぇスネーク、彼女は本当に補習授業部の皆を退学させると思う?』

「どうだろうな。彼女個人としてはそうはさせたくはないだろう。だがティーパーティの長、それにエデン条約機構が控えているんだ。彼女は今、そのプレッシャーと戦わなくちゃならない」

『たとえ友人でも、全体のためなら切り捨てる……スネーク、僕にはナギサがそこまで悪い人間には見えないよ』

「俺もだ。だが時に大き過ぎる重責は人を変えてしまう」

 

 いつの世も、そういうものだ。特にまだ成熟し切っていない少女なのだから、ナギサは。そしてスネークは先生で、そんなナギサも救わなくちゃならない。それが先生としての役割なのだ。

 と、そんな時。部屋の扉がノックされた。時間はもうすぐ日付が変わる頃合い。一体誰だろう。

 

「どうぞ、鍵は開いてる」

 

 そう言うと、失礼します、と一言。ヒフミが寝巻きの体操服姿で入ってくる。オタコンのホログラムは逃げるように消えていた。

 

「その、夜中にすみません」

「いや……眠れないのか?」

 

 そっとビール缶を隠して彼女に対応する。椅子を出し、電気ケトルに水を入れると加熱した。粉のココアくらいなら持ってきていたからだ。

 

「はい……あれこれ考えていたら、その……あぅぅ……」

「悩んでいても仕方ない。ココアでいいか?」

「え、あ、はい……ありがとう、ございます」

 

 悩んでいるようだった。そんな生徒を放って置けるほど、スネークは非情ではない。すぐにお湯が沸き、カップにココアの粉を入れて混ぜる。本当はミルクから淹れてやりたいが。

 そうして、二人でココアを飲んで少しばかり話す。内容は他愛もないものだ。コハルやハナコ、そしてアズサとのこと。そして勉強のこと。

 

「明日から本格的な合宿、なのですが……私たち、このままで大丈夫なのでしょうか……」

「悩みの種はそれか」

 

 彼女は頷く。

 

「一週間後の二次試験に落ちてしまったら、三次試験……万が一、それにも落ちてしまったら……」

「全員退学、か?」

 

 ヒフミは驚かなかった。やっぱり、と言った顔でスネークを見る。

 

「先生も知っていたんですね」

「君も知っていたんだな」

 

 そう尋ねるとヒフミは頷く。

 

「まだ誰にも言ってませんが、そもそも言っていいのか分からなくて……学力試験なのにどうしてこういう全員一斉に、みたいな評価システムなのかもよく分かってませんし、私達の試験のためだけにこんな合宿施設まで提供してもらえるなんて……」

 

 それに、と言って。彼女は口籠る。理由はおおよそ推察できた。

 

「ナギサか。君も彼女から何か言われたんだな?」

「……はい。ナギサ様からは誰にも言わないようにと言われていたのですが、その……私の手に負える事態ではなくて……その、何と言えばいいのか……」

 

 裏切り者を探して欲しい。きっとナギサは、彼女にも言ったはずだ。ナギサはヒフミを友人として見ているようだから。

 彼女にスパイをやれとは、ナギサも鬼だ。

 

「裏切り者の件か」

「! せ、先生も、そう言われたって、ことですよね? あうぅ……」

 

 ヒフミは事の真相を話す。それは補習授業部が招集をかけられる前日のことだった。

 ナギサに呼び出され、ヒフミは彼女に補習授業部にいる裏切り者を探して欲しいと言われたのだ。そして、補習授業部に試験の結果など期待していないことや、退学は最終手段であることも。

 ヒフミがそのスパイに抜擢されたのは、スネーク……すなわち連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)との繋がりがあったためだ。

 連邦捜査部(S.C.H.A.L.E)と繋がっていれば、テロリストは動きを封じられる。ナギサはヒフミの退路を潰した上で、言い放った。

 

 ゴミがゴミ箱から飛び出さないための蓋。

 ナギサは、友にそう言ったのだ。

 

「みんな同じ学校の生徒じゃないですか……今日だってみんなでお掃除をして、一緒にご飯を食べて……これで、誰が裏切り者なのかを探れなんて、そんなこと……! 私には……」

「ヒフミ」

 

 スネークが少ししゃがんでヒフミと視線の高さを合わせる。ヒフミは大人の真っ直ぐな瞳に、息を呑んだ。

 ぽんっと、ヒフミの頭に大きな手が置かれる。優しく、彼女の頭を撫でるとスネークは言ってみせた。

 

「君はそのままで良いさ。その件は俺に任せろ」

「え?」

 

 一人の心優しい少女に、こんなことを背負わせる必要なんてないのだから。スネークは更に言う。

 

「君は君ができることをするんだ。君にしかできないことがあるだろう?」

「わ、私にしかできないこと……」

 

 ヒフミはどこか天啓を受けたかのような表情でスネークを見つめた。そして泣きそうだった瞳に活力が戻る。

 

「は、はい! な、何ができるかまだ分からないですけど、考えてみます! あ、あの、心が少し軽くなりました、ありがとうございます先生!」

「そうか、良かったよ」

 

 スネークは彼女に、ぎこちないながらも笑みを返してみせた。

 

 

 

 

 

 屋上で夜風に翼をはためかせながら、アズサは携帯端末を操作する。どこかにメールを送信し、すぐに返信が来ると彼女は顔を顰めた。

 夜は過ぎていく。けれど抱える思いは人それぞれで、まだこの部活は結束しているとは言い難い。

 そしてようやく、次の日。補習授業部の勉強がスタートする。

 何やら朝からコハルが騒がしいが、それはいつも通りかと思いスネークは授業の準備をしていると、ヒフミの艶やかなブロンドの髪が少し乱れていることに気付いた。

 

「ヒフミ、珍しいな。寝癖がついてる」

「え? あ、あはは、ちょっと寝坊してしまいまして……」

 

 その原因の一端を担っているのだから、スネークはこれ以上突っ込むのはやめる。

 だがすぐにヒフミは何かを思い出したのか、叫び出す。

 

「で、ではなく! 皆さん、こちらをご注目ください!!」

 

 そう言われ、スネークまでもが作業をやめて彼女を見た。おとなしめのヒフミが叫ぶのは珍しい。銀行強盗させられてた時は割と叫んでた気がするが。

 

「今日は補習授業部の合宿、その大切な初日です! 私達は大変な状態で、ともすれば慌ててしまいがちな状況ではありますが……難しく考える必要はありません! 一週間後の第二次特別学力試験で合格する、それだけです!」

 

 そうだな、とみんなが頷く。どうやら彼女の心が軽くなり、少し変なスイッチが入ったようだった。

 

「そこで……」

 

 ヒフミがわなわなと溜めて何かを言おうとしている。何だか嫌な予感はするが、それはスネークに対してではないだろう。

 

「今から、模擬試験を行います!!!!!!」

 

 ハナコとスネーク以外の顔が引き攣った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 荒れ果てた、どこかの自治区にある廃ビル。

 カーテンを隔てた先に、その人はいる。長い紺色の長身の少女は、カーテンの前で立ち止まるとその人を呼んだ。

 

「先生」

「サオリか。侵入者はまだ見つからないのか?」

 

 幼いが、鋭い声。そして何よりも変声期を迎える前の少年の声だった。サオリと呼ばれた少女は、はい、と肯定する。その声には僅かばかりの怯えがあった。

 少年の声は少し鼻で笑う。

 

「なに、お前が気にすることじゃない。奴の検討はついている。この手の事(鬼ごっこ)じゃこのキヴォトスで奴を出し抜ける奴はいないだろう。俺や兄弟じゃあるまい」

 

 多少なりとも怒られると思っていたのか、少女は少し安堵して質問する。

 

「先生はご存知で?」

「ああ。それはもう。嫌というほどな」

 

 声色に殺意が混じる。だがすぐに少年の声は態度を変えた。まるでそれはどうでもいいと言うように。

 

「ま、それはいい。それよりサオリ、シフト表を見たぞ。なんだこれは?」

 

 シフト表。侵入者対策の警備シフトだ。サオリが少年の声より命じられ、人員の配分や休息などを一任されている。それを指摘されたということは、まだ警備が足りないということなのだろう。

 サオリは、はい、と首を垂れて弁明する。

 

「警備の量を増やします。しかし今の戦力ですと、あまり期待は……」

「ちがーう、サオリ。働かせ過ぎだ」

 

 カーテンが開かれる。恐れ多いその姿を見ることなど、サオリはしなかった。ただ首を垂れ、その意図を聞く。

 

「働かせ過ぎ……とは?」

「そのままだ。一人当たり六時間は眠れるように警備をさせるんだ、効率が落ちる。それに飯は食えているのか? お前やミサキは線が細い。それにアツコもだ。ヒヨリは……まぁ良いとして。兵站を考えるのは指揮官の仕事だぞ、サオリ」

 

 その言葉に驚かないサオリではなかった。彼の前任であるマダムと呼ばれた女性は、それこそ使い捨ての駒のように彼女達を扱っていたのだから。

 ここに来て。マダムが彼の「蹶起」に打ち倒され、まさか労働環境が改善されるとは。彼が先生となってから、サオリ達は日々勉強だった。

 

「マダムはもういない。俺はマダムではない。トップが変わればやり方が変わる。覚えておけよ」

「はい、先生……その、例の件ですが」

 

 そう言うと、またカーテンの奥へ戻ろうとしていた少年が動きを止めた。

 

「何か進展が?」

「はい……潜り込ませている工作員から、どうやらトリニティがこちらの工作に勘付いていると」

 

 ふん、と少年は一笑する。まるで分かっていたかのように。

 

「随分と遅かったな。兄弟が二人もいてこうまで遅いとは。ま、所詮は元愛国者達の手駒同士だ、共生し合うのは無理な話か」

「愛国者達?」

「気にするな、最早死人だ。それとサオリ。警備の連中にダンボール箱を見つけ次第撃つように徹底は?」

「しています。今の所効果は無いようですが……しかしどうしてダンボール箱を?」

 

 窓からわずかに差す光が、少年の口元を照らす。その顔は、獰猛に笑っていた。

 

「奴ならそうするからだ」

 




仕事が忙しく、更新が遅れます。
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